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2020年07月 | ARCHIVE-SELECT | 2020年09月

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縄田一男編  「戦国武将列伝1 信長」(徳間文庫)

 信長自身や信長に深く関わった人たちを描くことによって、信長の本質を描き出した短編を収録。

 戦国時代を含め、武将の家族内の女性は、恋愛で結婚することは皆無。すべて人質や政略のために結婚をさせられる。人間ではなく物として扱われた。

 なかでも象徴的だったのは、信長の妹、次女であるお市の方。
信長は天下取りのため、上洛を目指したが、美濃の斎藤竜興と江南の六角氏に阻まれ苦戦していた。既に、徳川家康とは同盟を結んでいて、これに江北の浅井氏と組めば、斎藤も六角も排除できると考え信長は妹のお市を浅井長政に嫁がせ浅井と同盟を結ぶ。

 浅井はかって江北で京極と争い、常に敗走し、その都度越前の朝倉に助けを求め、朝倉の支援により江北を治められることになる。だから浅井家にとって朝倉家は最も大切な武将だった。

 この朝倉家を信長と家康同盟軍が一乗谷で決戦を行う。浅井家は、信長と同盟を結んでいるからといって、朝倉家を裏切れない。同盟関係を破って、朝倉家とともに信長と戦う。朝倉家は敗れ、結局浅井家の武将とその家族も自刃する。その過程で、浅井はお市に、「お前は娘たちを連れて逃げろ」と言うが、お市は「娘たちは助けてやってくれ。私は長政とともに自害する。」と言ったが許されず。信長に引き取られる。

 信長が本能寺の変で殺害される。この後、天下取りを目指しているのが豊臣秀吉と柴田勝家。

秀吉が柴田との関係を強化するということで、お市を柴田勝家と結婚させる。お市36歳。勝家は61歳である。しかし秀吉と勝家は賤ケ岳で決戦。勝家が敗れる。

 この時お市は子供たちは逃し、自分は柴田家の家族だからと言って残り勝家の刀により殺害される。実に無残で切ない話だ。この物語は収録されている澤田ふじ子「戦国佳人 お市の方」から。

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額賀澪   「拝啓、本が売れません」(文春文庫)

 タイトルから想像して、一つ二つの作品は、何かの文学賞を受賞して文学界にデビューするも、その後鳴かず飛ばずの状態になって、本も出版できないほどに追い詰められ、困窮生活をしているというような自虐的作品なのだろうと思ったが全く違っていた。

 作品を造ってゆく過程、販促の事情、更に書店からみた本の評価、それに最後、本のカバーの装丁、更に作品が映像にされる背景などを調査して、今はどんな作品が求められるかを現場調査から考察した前向きな作品だった。

 出版社の人が言っているが、本の市場は実に小さい。だから、作品を何とかアニメ化したり映像化して、そちらで稼がねばならないのが現状らしい。アニメとのタイアップは殆どライトノベル。だから、今出版社の経営を支えるのはライトノベル小説だそうだ。

 一般の作品の映像化は目安だが、最低30万部売れてないとされないそうだ。30万部も売れている作品だったら映像化しなくても出版社にも利益がでていると思うが。

 最近不思議だと思うのは、出版と同時に帯や広告に書店員の感想が書かれていること。本を出版前にプルーフという原稿に作家の思いが書かれたものが、事前に多くの書店に配られているそうだ。それで前もって原稿を読み、感想を出版社に送る。中には辛辣な感想や欠点が指摘しているものもあり、結構出版前に書き直すことも多いらしい。

 装填も重要。装填をみて本を手にとる客が多いから。

川谷康久というデザイナーがいる。彼は挿画を立体的にする。例えば雲の下にタイトルが来る。それでも川谷さんは、タイトルを邪魔しないようにする。全く新しい装填を使う。この作品の中に過去の作品の装填が載っているが、すべて素晴らしい。この装填を見たら、本を買いたくなる。

 額賀さん、2015年に作家デビューして5年の間に18冊の作品を出版している。

よくそんなに次々アイデアが沸いてでるものだと感心していたら、アイデアは最初編集者と額賀さんとで出し合い、そして2人で作品のプロットを創るそうだ。そしてプロットが決まると、後はひたすら作家額賀さんが執筆するそうだ。そうだろうと思う。そうしないとこんなに短期間にたくさんの作品はできない。

 一人で作品を書いている作家は、プロットを数年かける場合もある。額賀さんは、本の自動作成機械のようだ。

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益田ミリ    「夜空の下で」(集英社文庫)

 ときどきSFに、反地球なんてものがでてくる。太陽をはさんでちょうど地球の反対側の場所に地球と同じような惑星があるのではということである。もちろん、そんな星は存在しないのだが・・・。

 地球と同じような環境であるためには水が必要となる。太陽に近すぎると、水は蒸発してしまう。遠すぎると凍ってしまう。ちょうど水がある距離をハビタブルゾーンという。

 この距離にある惑星を探すことは困難と思われていたが、最近話題となった恒星に「グリーゼ581」という星があり、この星のまわりを回っている惑星6個あることがわかり、このうち2個がハビタブルゾーンにありそうだということがわかりつつある。

 地球に住めなくなるということで鍵を握るのは太陽だ。実は太陽はだんだん大きくなっていて、50億年後には完全メタボになり、地球の軌道付近まで太り大きくなる。

 当然、人類は地球に住めなくなる。火星に逃げても、生きることはできないだろう。
地球を人類は脱出してハビタブルゾーンにある惑星に移住せねばならない。
だから数億年後に人類はどこかに移住しないと生き残れない。

 天文学というのは、人類が地球に迫る危機から脱出するために、どんな準備をしてどこに脱出すべきかを追求する学問のように思われてくる。

 それにしても、この作品で知ったのだが、我々地球が属する銀河系には2000億個もの星があるそうだ。そのうち見ることができるのはたった8600個だ。
 2000億個の星の中で、彦星と織姫が年一回出会うのは超奇跡なのだ。

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池内紀     「作家の生きかた」(集英社文庫)

著者池内が愛する作家たち20人の「生き方名人」の、作品をひもときながら、彼らの人生を語る。

 生涯3回も心中を企てた太宰治の項に、世界は心中をどうみているかについてエピソードを紹介している。

 海外には心中にあたる言葉が無いそうだ。無理やりに外人に尋ねると「ダブル スウィサイド」とでも言うのかなとこじつけのような言葉をひねり出した。

 ドイツの劇場で心中ものを浄瑠璃で演じたところ、死を決めた2人が改めて愛を誓いあい、思い入れたっぷりのセリフを言うたびに爆笑が起こった。愛してるーだから死のう。この非論理性が悲劇でなく喜劇に思えてくるのだ。浄瑠璃が演じている間中、大爆笑につぐ大爆笑だ。

 私の故郷にある町立病院は、かってのサナトリウムだ。サナトリウムは戦前不治の病といわれた結核療養所。多くの著名人が入院療養していた。その一人が作家の堀辰雄。「風立ちぬ」はこの療養所が舞台になった。記念館として残されていたが、何年か前に取り壊され無くなった。「風立ちぬ」は何回か映画化され、記念館でロケが行われ山口百恵が寄りかかった木というわけのわからない木が写真とともに残されていた。

 当時の我が町は、貧乏農家が集まった町で、堀が描いたような町ではなかった。「風立ちぬ」で描かれている堀や芥川がよく泊まりにでかけた軽井沢も、西洋人が住んだ別荘地は白い柵や白樺の木に囲まれ美しかったかもしれないが、そんな所はごくわずか、堀や芥川が泊まった旅館の隣は、農家で唐辛子やシソの葉がぶらさげてあった。どろ道にひしゃくで水を打ってある。めざしの焼く匂いがしてくるような街道。手洗いは井戸水。もちろん便所は汲み取り式。とても今の軽井沢とは思えない貧乏な田舎町だった。

 しかし堀にかかると、風光明媚の高級リゾート地として、素晴らしい場所として描かれる。
堀が活躍した時代はプロレタリア文学が全盛でいわゆる「人生派」といわれ、リアルな社会人間を描く文学が主流として扱われた。

 堀は書物をたくさん読み、そこから啓発され、文学作品を描いた。特にラディゲやプルースト、モーリヤックを読み込み膨大な書き込みノートを残した。そして、そこの風景や物語をモチーフとして扱った。

 「人生派」からは「お嬢様文学」と揶揄されたが、よほど彼らの描く物語より人間を描けた。堀は「人生派」に対応して「書物派」といわれた。

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益田ミリ   「どうしても嫌いな人」(幻冬舎文庫)

 主人公のスーちゃんはチェーン店のカフェの店長をしている36歳の独身。カフェの社長の姪っ子が配属されてきて、その姪っ子とうまく仕事ができなくてスーちゃんは困っている。そしてスーちゃんは姪っ子が大嫌いで仕方がない。

 恋に夢中になると、恋人のことしか頭に浮かばなくなるなんてことはうそ。大嫌いな人がいると恋人がいるのに浮かんでくるのは嫌いな人ばかり。

 どうすれば、こんなことから逃れられるか。そうだ、嫌いな人のよいところを思い出そう。そして明日からそこばかりをみてやろう。
 それでよいところを書きだそうとする。
 そしたら、更に心が鬱屈してきて、自分がノイローゼになってしまいそうになる。

自分はあの人の上司だし、絶対あの人の悪口は言わないようにせねばならない。ほかの部下はあの人の悪口を平気で口にだす。口にだす必要もないことなのに、みんなはどうして心の中にとめておけないんだろう。

 どうしてこんな悪口を聞かねばならないんだろう。聞きたくもないのに。
私が悪口を言われてるわけでもないのに、なんで私はこんなに傷付くのだろう。
あーあため息しかでない。

 スーちゃんは素晴らしい女性なのに、なんか切なく悲しい。

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アンソロジー   「BUNGO」(角川文庫)

 文豪と言われる大作家たちの、傑作といわれる12編の短編を収録している。殆どの作品が既読。

 この本に収録されている谷崎潤一郎の「富美子の足」。何年か前に映画化された。小説は

あくまで静かで、富美子の足にとりつかれた主人と画家が富美子の足を眺め鑑賞することが中心の小説なのだが、実際の映画は、足をひっぱりあげていたぶったり、嘗め回すシーンばかり、そんな場面は小説にはどこにもない。この小説のどこからそんな場面がでてくるのか、少し見て怒りがこみあげてきた。ひどい映画を創るものだ。

 この作品集では三浦哲郎の「乳房」がなつかしい。思春期のころ、父親の書棚にあり、すこしドキドキして手にとった。

 主人公は思春期の中学3年生の男の子。時々変な夢をみる。自分が子供に乳房から赤ちゃんに乳を与えている夢だ。思春期は体が大人に変化する時期。

 そんな夢をみていると、ある日、手を乳首に触れてみると、めっきり柔らかくなり、ふくれてきていて、五本の指からはみだしそうになっている。

 まだその時分はよかったが、そのうち乳房が張って痛くなる。そして乳房も大きくなる。ほかの同級生たちと違って、乳輪も少し黒ずんでくる。

 自分は男ではなく女かもしれないと誰にも言えず悩みだす。

 ある日床屋にゆく。髪を床屋の女将に刈ってもらっていると、空襲警報が鳴る。あわてて女将と二人で床屋の防空壕に避難する。

 爆撃音を聞きながら、主人公は女将に打ち明ける。

自分は女かもしれない、乳房がどんどん大きくなる。女将が主人公の下着の中に手をいれて
「こんなの女じゃない。」と主人公の手を自分の乳房に触れさせる。柔らかい乳房に触れて、主人公の男が強く反応する。強く反応した男根を女将が摑んで、「ほらりっぱな男じゃないか。」と言う。

やがて爆撃は終わる。
その夜、乳房は細り、元の乳房に戻る。

 中学生の私には、刺激が強い作品だった。思わず、胸に手をあてたことを思いだす。

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伊集院静   「伊集院静の流儀」(文春文庫)

 週刊文春の「悩むが花 おとなの人生相談」からの抜粋、他の雑誌からの抜粋、雑誌「オール読物」に掲載された対談から収録されている。
 「人生相談」から。

 ふとしたきっかけから50歳なのにアダルトビデオにはまってしまい、家族に内緒でびくびくしている。アダルトビデオから脱出するにはどうしたらいいか。

 回答:ふとしたきっかけなんてないの。フトしたことがなくても、あなたはすでに心の準備はできていたの。
  なぜやめにゃあならんの。見ていて、悦ばしいし、愉しいんだろう。愉楽、悦楽といって君が生きている証しであり、実感じゃないか。やめる必要なんか全然ない。

 万が一、娘にみつけられ「パパ何してるの、いやらしい」と言われたら、「いやらしいからおまえが生まれてきたんじゃないか。」と言い返せ。

 驚いたのが、作家重松清との対談。重松の顔つき、作風からして、先輩伊集院の作品について意見を言ったり、執筆、小説造りについていろいろ尋ねるのかと思ったら、すべて、自分の作品について一方的にしゃべるだけ。へえ、重松はそんな性格だったのか。明らかに伊集院もとまどっている雰囲気がありあり。

 重松が11,2歳の少年を描くのが難しいという。伊集院が、それは女性読者を意識するから。女性は少年のことはわからないし、関心もない。

 それを作家が女性読者を意識すると、故意に少年をナイーブにしてみたり、不幸を背負わせたりする。人間は7割が、何らかの不幸を背負っている。それは少年にもあてはまる。あるがまま少年を描けばよい。

 自分の想像するステレオタイプの少年像を作る重松にたいする、強烈なしっぺがえしを対談の最後に伊集院はしている。

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伊集院静   「女と男の品格」(文芸春秋)

「週刊文春」で伊集院が担当している「悩むが花、大人の人生相談」を抜粋収録している。

福山雅治が結婚したニュースのあった日、家に帰ると妻がショックを受けて寝込んでいて夕ご飯を作ってくれない。おまけに一週間「喪に服す」と言って家事を全く放棄する。こんなことが許されるか。こんな怒りの相談。

 これ本当に送られてきた相談?編集者が勝手に作っているんでは?疑問を持ちながら読むと、どうやらフェイクでは無くすべて実際に送られてきた相談らしい。

 多くはこんな類。伊集院もいやにならなのかなあと思う。伊集院も、真剣に相談に向き合うというより、殆ど感想だけをのべている。だいたい相談なんて、自分で解決するしかないし、伊集院が言う様に、大きな苦しみでも時間が解決してくれる。

 夫の実家に行くたびに、義母さんから、「早く孫の顔がみたい」と言われる。夫は淡泊で、自分が誘っても応じてくれない。義母さんは○○ちゃんは繊細だから、あなたからムードを盛り上げてなどと言う。「オメーの息子がヤル氣がネエーのに、孫ができるわけネエーだろ!」と口にでそうになるが、それを言っちゃおしまいとぐっとこらえる。どうしたらいいのか。

 結構伊集院は真面目に答えているが、答えの前に言っている冗談のほうが素晴らしい。これを答えにした方がよかった。
「競輪選手ならあと一周と半鐘を叩きまくりゃ、皆一斉に動き出す。ベッドに半鐘をおいて叩きまくりゃどうかな。

 感動的回答だ。

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集院静    「無頼のススメ」(新潮新書)

 伊集院の本を集中して読んでいる。それにしても、伊集院がこんなに人生訓のような本をたくさん出しているとは知らなかった。そろそろ飽きがきた。まだ手元に同じような本が数冊ある。

 六本木の蕎麦屋に、夏目雅子とでかけた。その店で、蕎麦だけでなく、お酒をたくさん飲んだ。女将さんが、「今日は車で帰ってはいけないよ」と注意すると、夏目が「私が運転するから大丈夫」と言う。
 店の外にでて、伊集院が助手席に座る。
「知らなかった。いつ免許とったの。」
「免許なんて持ってないよ。大丈夫。お兄さんが運転を教えてくれたから。」

伊集院が夏目の家に行く。
そこにはいつも、身体の悪い子供がいた。夏目が介助しながら食事をあげる。
しかしその子は食べると直後一斉に思いっきり吐き出す。
夏目は「ダメな子ね」
と言って、吐き出した食べ物を何もなかったように、箸ですくいそのまま食べる。それが当たり前のように。

 伊集院も無頼だとは思うが、それ以上に夏目雅子は無頼だと思った。

伊集院は両親とともに、韓国から日本にやってきた元在日韓国人である。この作品で従軍慰安婦についてふれている。

 朝日新聞の捏造により、従軍慰安婦問題が起こった。しかし、捏造だからといって、従軍慰安婦は存在しなかったことにはならない。業者が斡旋したか、軍は斡旋したかは不明だが従軍慰安婦は確かに存在した。どこの親が自分の娘を従軍慰安婦として差し出すか。それはやはり強制であったろう。従軍慰安婦が存在していたことを事実として認め、それが戦争を起こしてはならない悲劇の象徴として語り継がねばならないと伊集院は主張している。

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伊集院静   「続大人の流儀」(講談社)

 伊集院は最近、寿司屋や和食屋の味が落ちたという。それは、職人がいっぱしの人たちと同じように週休2日、そこまでいかなくても日曜日は休むようになったからだという。

 技や腕を磨け上げなければいけないときに、休むなどということはもっての他と言う。

甥っ子が、伊集院のところに来て聞く。
「就職が決まったのだが心構えは?」と。
「30歳までは、土日は考えず懸命に働き仕事を覚えろ」と。

今時、過労死の問題や働き方改革が喧伝されているとき。こんなことを言っていると時代錯誤、やっぱし団塊おやじだと言われたり、ネットで非難を集中的に浴びる。

 しかし30歳まで必死に働くと、会社にとどまっても、会社をやめることになっても、働いてきたことの自信が基盤になり、確実に人生を送っていけることが保証される。

 私も嫌われ爺だ。伊集院の主張に全面的に賛成する。

よく会社をひけて仲間と飲みにゆく。それを冷ややかにみる人がいる。仕事が終わってからも、同じ会社のやつとつるむ。そして、飲むと話題は会社の愚痴やら、上司の悪口、とにかく会社のことばかり。四六時中仕事のことばかり考えている。寂しい人生だ。仕事以外の趣味や話題はないのか。

 しかし、一日の8時間は少なくとも、会社に拘束されている。当然、仕事や会社の話になる。そんな時に、文学だ、芸術だなんて話をすることは無理をしているように思う。

 私は今の時代では典型的に嫌われる人間だ。わかっているが、それでもいい。

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橘玲   「知的幸福の技術」(幻冬舎文庫)

 この本を読んで、自らの頭の悪さを実感する。
自衛隊というのは装備、能力からみても軍隊であることは間違いない。だから自衛隊は憲法違反の組織である。

 国家間の摩擦は、粘り強く交渉により、互いが了解する落としどころを探り平和的に解決させねばならない。
 こんなことがすべてにおいて可能なのだろうか。交渉により平和を実現すべきという主張をなす団体、人々がいる。

 そういう人たちには何故警察は憲法違反とはならないのだろうか。事件トラブルに強制的に介入して、権力により人を拘束、逮捕する。

 平和を希求し、事件、いがみあいを嫌うのだから、警察不要と主張すべきなのに。警察がなくなれば、トラブルは当事者間の話し合いにより解決され、殺人事件など起きなくなり
平和な世界が実現する。

 なぜ国家の軍隊創設には反対するが、国内の秩序維持のために存在し、時に力により
武器も使う警察の存在は認められるのだろうか。

 変な思考とは思うが、どうもこんなことがぐるぐる頭の中をまわり続け、弱っている。

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伊集院静    「大人の流儀5 追いかけるな」(講談社)

 徳光和夫さんが、現役の野球放送のアナウンサーだったころ、神宮球場の近くに美味しい蕎麦屋を見つけた。蕎麦屋の壁には長嶋の写真が止めてあった。

そういえば、長嶋はそばが大好物であった。

徳光は、長嶋を蕎麦屋に誘った。なかなか時間があわず、その蕎麦屋に2人で行けたのはシーズン前半が終了後。後半戦が始まった試合前だった。

あこがれの長嶋がやってくるということで、主人は何をだそうかと悩み眠れない日々が続いた。結局徳光さんと話をして、おろしそばと決めた。

当日、徳光さんが言う。
「私は、おろしそばでいきますが、監督はどうします。」
「僕はかつどんにします。」
「・・・・・・・。」
「やっぱし試合前はかつどんでしょう。トクさん。」

これに続いて、伊集院が書いてる。
書くことが無くて、弱ったということがわかるかな、と。
そんなことはない。伊集院の交流関係者は本当に広くたくさんいる。

このエッセイ集を読んで、殆ど同じ話や安直な話は無い。交際の広さがにじみでている。

そういえば、伊集院は作詞もする。
近藤真彦の「ギンギラギンにさりげなく」「愚か者」は伊集院の作詞である。
近藤真彦歌手生活35周年記念に発売したCDは全曲伊集院が作詞している。

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谷恒生     「毛利元就」(河出文庫)

 毛利元就は1497年安芸の国の国人領主毛利弘元と正室福原の次男として生まれる。国人領主というのは、地方の小豪族、狭い地域を治めていた領主のこと。この領主は、別の領主と同盟を結び、それが集合したところに、室町幕府が指名した大名が守護大名として存在し、地方政治を行う。しかし、室町幕府は弱体で、守護大名は治めている領地の領主の反乱にあったり、同盟した領主も中には同盟を脱退し、領主同士争ったりして混乱極めた世界になっていた。

 元就の幼名は松寿丸。父弘元は長男興元に家督を譲り、松寿丸とともに多治比猿掛城に移り住む。しかしたて続きに、松寿丸は母、弘元を病気で失い、更に猿掛城も家臣井上元盛にのっとられ、あばら家のようなところで叔母の杉大方に育てられる。困窮して苦しい幼少期を送っている。

 その松寿丸1512年2月に因島に旅立ち、因島の海賊で有名な村上源左衛門義元の館にやってくる。その義元の親分、村上酔夢軒とともに観世音丸にのって中国浙江省の小島、雙嶼島に行く。

 雙嶼島に行ったことは史実かもしれないが、谷は物語の半分以上をこの雙嶼島での松寿丸の活動に費やす。島での松寿丸(元就)の姿は、谷の全くの想像。元就の原型は双嶼島で造られているとして、描写に情熱を注ぐ。

 谷は、小説家になる前、船員をしていて世界を駆け巡っている。船乗りとしての思いを元就に託している。なにしろ、島を牛耳っている狼策と戦い、元就は狼策を打ち負かしてしまう。そして、これが松寿丸 元就の戦いでの初陣としている。

 元就の山陽、山陰の10か国の領主に攻めあがっていくハイライトの部分は殆ど無く、初期の戦いの描写で終わっている。

 谷は双嶼島での、元就をえがくことで十分。それ以降の元就の活躍には関心は無かったようである。「毛利元就」というタイトルは他に変えてほしかった。 

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織田作之助    「五代友厚」(河出文庫)

 これは不思議な本だ。五代友厚の伝記が織田作之助作で一つの本に2編収められている。
しかも内容は殆ど同じ。何でこんなことが起きたのか。織田作之助は同じ話を2作作っているのだ。

 実は、五代友厚の伝記は友厚会編「故吾田友厚伝」と、昭和8年に友厚の娘婿が執筆した「五代友厚伝」がある。多分織田は友厚会編の伝記を参照に物語を初め執筆したと思う。

 ところが、その作品が出版されると、上海歴史研究会の幹事をしている沖田一さんより、
この物語は事実と異なるところがあると指摘され、再度、昭和8年版の「五代友厚伝」を検証、他の史実についてもそれなりの調査をして書きなおしたのだろう。「故五代元厚伝」は、未確認のことや、あるはずもないエピソードを記述してあることがわかったらしい。

 例えば沖田さんは、五代友厚が上海に密航したと織田作品では書かれているが、これは密航ではなく、幕府が諸藩の人材を募って、貿易手続を学んだり、外国の軍事、武器装備の状況を調査するために派遣したものと指摘。

 この指摘で思い出す。高杉晋作を描いた司馬遼太郎の「世に棲む日々」で、高杉晋作が坂本龍馬の手をかりて上海に密航する場面がでてくる。どうも事実は高杉晋作も幕命で五代とともに調査団に加わっていたようだ。司馬もだまされている。

 ところで五代元厚は名前は何となく知っているが、殆ど何をなした人なのか知られていない。

 5年前NHKの連続テレビ小説、明治の女性経営者、大同生命を設立した女傑広岡浅子を描いたドラマにしばしば五代友厚登場していて、覚えているかもしれない。

 五代友厚は大阪会議所の前に銅像があるから、大阪商工会議所を創立している。その他、多くの鉱山を開発した鉱山王でもある。船会社大阪商船、現在の商船三井MOLを設立した
大阪の現在を作り上げた大経営者だった。

 五代友厚の素晴らしいところは、開国論者で、攘夷が日本を覆っている江戸末期から明治維新にかけて、誰にあっても堂々開国を主張していたこと。この時代、開国など主張したら、命を落とすことを覚悟しなくてはならない。五代は、あらゆる討論相手に開国の必要性をとうとうと喋り、相手を納得させてしまう。

 本当に、よく殺されず生き延びたと思う。

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伊集院静    「大人の流儀」(講談社)

 ここから始まったのか大ベストセラーエッセイ集「大人の流儀」は。奥付けを見ると、このエッセイは2009年7月から「週刊現代」で始まっている。このシリーズの6巻だったと思ったが、伊集院は50代半ばから、今までの3倍の量の仕事をこなそうと決意し実行している。毎日多くの締め切りを抱え、とんでもない多忙な生活を送っている。

 伊集院は1950年生まれだから、エッセイを書きだした時は57歳である。多分この週刊誌連載のエッセイを始めたころ、仕事をバリバリする決意をしたのだ。

 あれほど、酒とギャンブルの日々にはまり、アルコール依存症にもなった伊集院がよくそこから脱出したものだ。このエッセイを読むと、そのきっかけがわかる。

 講談社の編集者から、2番目の伊集院の妻になった夏目雅子のことを連載コラムに書いてみないかと言われた。短編「乳房」で物語として少し書いたことはあったが、体験談として書いたことは無かった。いろんな思いが交錯したが、伊集院が決意して筆をとった。

 その作品がこの本の最後に収録されている。

カネボウの宣伝用映像、お金に糸目はつけないから最高の物を作れしかし絶対に売れる作品にしろと電通社長に言われ、スタッフはパリに来ていた。キャンペーンのモデルはジャン・ポール・ベルモントだった。しかし、ベルモントと制作側とトラブルが起こりベルモントとの契約が破棄された。その後何百人のモデルとオーディションをしたがこれぞというモデルがいなかった。

 その時、スタッフが宿泊していたホテルの屋根裏部屋に泊まっていたパンフレット用のモデル小達雅子の部屋に伊集院がゆき、小動物のような彼女をみて、映像に彼女を使おうとみんなに提案し、アフリカで彼女の映像を撮った。これで夏目雅子は完全ブレークした。

 伊集院は夏目雅子と恋愛関係にはいった時は不倫だった。そのことがマスコミに知られ、電通をやめた。

 そして、何もせずブラブラと今は無き鎌倉のなぎさホテルで支配人の好意によりただで生活を始めた。そこに夏目雅子はしょっちゅうやってきて2人の愛を深めた。

 結婚直後に夏目雅子の白血病が発覚。そこから、けなげな夏目雅子の伊集院には心配させないようとする気使いと切ない伊集院の気持ちの重なり合いが始まる。その描写は美しく見事である。

 白血病は今では治療方法が確立して、生存率は高くなったが、発症した1985年当時は、治療方法が殆ど無く不治の病だった。治療法が進んでいたのがアメリカにゆけば治る可能性があった。しかし金額が1億円。ブラブラ生活の伊集院には1円の金も無かった。これは伊集院を痛めつけた。情けなかったろう。

 夏目雅子が亡くなり、伊集院は途方に暮れた。酒とギャンブルに溺れたが、友達や家族に支えられ何とか苦悩から脱出した。

 長い時間がかかったが、夏目雅子との日々を書くことができるようになり、そのことをコラムで発表することで、作品を造ることに真正面に取り組む決意をした。

 今までも、伊集院の作品は素晴らしかったが、これからの伊集院の作品に出合うことが本当に楽しみになった。

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伊集院静   「大人の流儀6 不運と思うな。」(講談社)

 伊集院の生家にはさよというお手伝いさんがいた。小学生の時、弟と2人で伊集院はさよの実家に行かされた。

 中国山脈に向かい、電車の最終駅でおり、そこから山の中を2時間も歩き、やっとひなびた小さなさよの生家に到着する。

 夕食を御馳走になり、することもないのですぐに寝る。夜トイレに行きたくなる。真っ暗でどこにトイレがあるかわからない。困っていると、別部屋に寝ていたさよの父が言う。
「便所か。うちには便所は無い。障子をあけて縁側にでて、そこから外へ行け。小川があるからそこでしろ。」
 と言う。2人は並んで小川で小便をする。星が手で捕まえられるくらい近くで輝いていた。

私の生家もそうだった。私は離れで寝ていた。トイレはあったが少し遠い。おしっこは縁側から外にでて畑にしていた。おばあちゃんも、モンペをおろして、畑にしていた。田舎は、どこでもトイレになった。

 さよは、お母さんとともに、中学生の時に伊集院の家にやってきた。中学校は転校した。
お母さんの後について、懸命に家事手伝いをした。さよは伊集院家の子供たちを一生懸命世話をした。さよがみんなに一番影響を与えた。ずっと家族の一人だった。

 美空ひばりがやってきた。それをみてさよは、美空ひばりの付き人になると言って、家出をしようとした。伊集院の父親がこっぴどくさよを叱った。

 伊集院の家が火事になった。さよはお子さんたちと一緒に歌を歌えなくなると言って、燃え盛る火のなかに飛び込んで、オルガンを背負って飛び出してきた。

 同じ名前、吉村昭の名短編「さよと僕たち」を思い出した。

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| 古本読書日記 | 06:14 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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伊集院静    「大人の流儀7 さよならの力」(講談社)

 伊集院には、社会に背を向けて、全国を流浪するニヒルな作家という印象を長い間持っていた。流浪する場所は公営賭博場だ。競輪、競艇、オートレース場。
そこで予想紙を振っている姿ばかりがいつも浮かんでいた。

 この「大人の流儀シリーズ」と最近文庫化された大長編「琥珀の夢」を読んで印象が180度ひっくり返った。

 伊集院は1950年生まれ、団塊の世代だ。団塊の世代というのは、挫折を知らない。挫折を味わってもそれは挫折ではないと認識する。自分の言動は常に正しく、それを内に秘めることはなく、常にしゃべる。そしてそれを相手に強要する。

 伊集院はサントリーが成人の日にだす新聞広告で成人たちにおくるメッセージを寄稿している。退廃の匂いが覆っている伊集院がそんなことをしているとは想像がつかなかった。
 「こころのもちようとは、覚悟だ、決心だ。
  ・・・・・・
  覚悟とは、品性の上にあるんだ。苦しい時、辛い時に、
  その覚悟と、誰かのために生きようとしたことが救ってくれる。
  生きるということは必ず、苦いものと悲しいものをともなう。
  それが人生だ。」

成人に贈る言葉には情熱があふれ、魂を揺さぶる。同じ思いは誰もが思っているが少し青臭くて中々口にできない。伊集院は団塊の世代、胸をはり、堂々と言う。
 
文章家、文人とは何かについての発言も明確で強い。
 「文章は才能で書くものではない。
  文章は腕力で書くものである。腕力とは文字そのまま腕の力である。つまり体力が文章
  を書かせるのである。
  体力の素は、気持ち、気力である。
  気力が続くかぎり、その人の仕事は文章家であり、文人なのだ。」

もう一度、伊集院の作品を読み直したくなる。

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| 日記 | 06:19 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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瀬尾まいこ   「君が夏を走らせる」(新潮文庫)

 「あと少し、もう少し」で登場する中学生の太田君。学校の成績はまったくダメなわんぱく坊主、走りが早いというだけで、個性的なメンバーが集められた駅伝に出場。そして何と県大会までかちあがった。その物語の太田君。中学を卒業して、名前さえテスト用紙に書けば受かるような高校にはいり。頭は金髪、耳に穴を3つもあけ、学校にも殆ど登校しない、その不良のままの太田君が16歳の夏休みに経験した物語。

 中武先輩の奥さんが切迫流産しそうで1か月ほど入院になる。先輩は仕事があり、近くに親もいないため、一歳十か月の長女鈴香ちゃんを夏休みの間アルバイトで面倒をみてほしいと太田君が頼まれる。

 奇怪な容貌の太田君を見ただけで、鈴香ちゃんは強烈な泣き声をあげる。もう何をしても泣き止まない。
DVDをみせてもぬいぐるみを与えても、ひっくり返って手足をバタバタさせ号泣する。積み木をやろうと太田君が積み上げると全部はたいて崩してしまう。3日間やって、もうだめとあきらめかけた時、大好きなビスコを見せると、飛びつくように食べる。そこから少し雰囲気が変わる。

 ままごと遊びを鈴香ちゃんがやりだす。太田君が台所にたちチャーハンを創る。鈴香ちゃんもやってきて、おもちゃのフライパンを手に持つ。そこにお米をいれてあげる。うれしそうに太田君の真似をしてチャーハンを作ろうとする。一緒にチャーハンを食べるが、ひとさじ食べると鈴香ちゃんが走り回る。それを追いかけて椅子に持ち上げて座らす。またひとさじ食べると走り回る。追いかける。ヘトヘト。

 公園にゆく。砂場でどろまんじゅうを食べさせられる。何回も、何回も滑り台のてっぺんに抱きかかえつれてゆき、際限なく滑り台をやらされる。肩車をすると大喜び。しかし肩から降ろすと大泣きをして、これも何回も繰り返させられる。うんちのおしめも代えるのが一苦労。次々とやってくる困難を何とか克服するまで頑張る。

 もう疲れたとしかめっつらをしていると、鈴香ちゃんが手のひらを目にあて
「ななば、ななば」と太田君の眼をみて繰り返す。
何を言っているのかわからない。見ていると「ななば」と言うたびに手が開く。太田君がうるるとくる。

鈴香ちゃんは太田君をはげますため「いない、いない、ばー」をしているのだ。
鈴香ちゃん最大の「ありがとう」だ。

 瀬尾さんは小学校の先生だった。そしてこの作品を執筆している時は、三歳の娘さんの育児中だった。子どもたちを描かせたら天下一品の作家である、瀬尾さんは。

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| 古本読書日記 | 06:50 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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伊坂幸太郎    「ホワイト ラビット」(新潮文庫)

 伊坂は、現実を飛び越えて、妄想力、想像力を駆使して作品を作る。だから読者は常識現実を忘れて作品に向き合わないと、作品を楽しむことは難しい。

 この作品も、誘拐ビジネスを生業にしている稲葉が率いるグループでコンサルタントをしている折尾が経理事務の子と共謀して組織のお金をすべて盗み自分の口座に移し、行方をくらます。

 稲葉は組織の兎田に自分の妻綿子を誘拐して、それにより失踪した折尾をおびきだし誘拐場所まで折尾に連れてくる、そこで折尾と交換で綿子を解放する。指定した期限を超えると、綿子を殺害すると脅す。

 のっけから、自分の妻を誘拐すれば、折尾がでてくるというところがよくわからない。

 兎田は折尾の居場所などどこか全く見当がつかない。そこで、あるマンションに住む親子を誘拐して、やってきた警察に折尾の居場所を捜査してつきとめることを要求する。誘拐現場では警察の特殊部隊夏の目課長が率いるSITが対峙する。

 この物語に、オリオン星座の伝説や「レ・ミゼラブル」「古事記」が織り込められる。このあたりがいかにも伊坂独特で伊坂ワールドなのだが、このワールドに馴染むのが結構大変。

 実は、失踪した折尾は、兎田が誘拐した母子の子が通りを歩いていた時、折尾に偶然衝突、折尾はその際仰向けに転倒、後頭部を強く打ち死んでしまう。失踪した折尾は母子がマンションの部屋に運びベッドに寝かせてある。

 この状態で、綿子が拘束されている場所を突き止め、どうやって綿子を救出するか、その方法を誘拐された母子を含め、兎田や兎田に協力している窃盗グループが作戦を練る場面の描写が異常に長い。普通のサスペンスでは、首謀者がいて方法をスパっと言って物語は進行する。伊坂の場合は、いろんな人々のああでもない、こうでもないという会話があふれかえり、そこに味わいがあり。更にレ・ミゼラブルや古事記が挿入されるからややこしくなる。

 兎田が稲葉に捕まり、麻袋に入れられ、妻綿子の前にひきずりだされる。稲葉が綿子に拳銃を与え、兎田を撃てと命ずる。妻綿子が夫の兎田を撃つことなんてあり得ない。案の定綿子は振り返って稲葉を撃つ。銃弾は稲葉の太ももを貫く。

 とにかく起こることに疑問をさしはさまない。伊坂ワールドにすべて身をゆだねれば、なかなか心地よい世界がそこでは展開する。

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| 古本読書日記 | 07:59 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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伊集院静    「大人の流儀9 ひとりで生きる」(講談社)

 長年週刊現代に連載しているエッセイを収録している。
今や大ベストセラー作家の伊集院。実は小さい頃は全く読書に関心がなく遊びに野球にあけくれていた。

 その伊集院が読書に目覚めたのは高校2年のとき。
新しくやってきた野球部顧問の下宿に行くと、壁3方向に書棚がたてつけられ膨大な書物が所蔵されていた。
全部この本読んだのですかと聞くと「読んだ本もあるが未読の本もある。」
「何か自分が読んだらいい本ありませんか。
「カントの純粋理性批判だ。今から読んどけば大人になればわかるやもしれん」
「何が書いてあるんですか。」
「君が感覚的所与を秩序づけることによって、そこに立っとるということだ。」
「はあ~?」

その後2人で外にでてキャッチボールとバッティングをする。野球部顧問なのに、先生はまったくキャッチボールもバッティングもできなかった。伊集院が懸命に手取り足取り教えてあげる。
部屋に帰る。先生が聞く。
「西山(伊集院の本名)、どうやったらバットにボールが当たるのかね。」
「そんなもの来たボールをよく見て、カント純粋な気持ちで打てばいいのです」
「君、言葉のセンスあるね。野球だけをさせとくのはもったいないな」

カントという表現が効いている。
こんな会話から伊集院は本をむさぼり読むようになった。

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| 古本読書日記 | 06:04 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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伊集院静   「大人の流儀3 別れる力」(講談社)

 伊集院以前「お父やんとおじさん」で父親のことを描いているので、2人は良好な関係だったと思っていたが、子供の頃はよく殴られ、結局父の海運業を長男にも拘わらず継が無かったため父から勘当されてしまい、ふるさと防府を離れる。それから一切関わりを持たなかった。

 伊集院には3人の姉がいて、何年かおきに全員東京の洋裁学校に進んだ。あんなに怖い父が姉たちを見送るプラットホームでは涙ぐんだ。

 姉たちはやっと自由になれると喜んでいた。後年その思い出を長姉に言うと、姉が東京へゆく前日父に呼ばれ
「必ず生きて帰ってこい。」と言われたそうだ。故郷山口防府から東京はそのころは本当に遠く、東京は海外だった。おとうさんの悲しい気持ちが伝わってくる。

 戦争直後父親は、東京に仕事に行く。母親が富士山を見たいから連れて行ってくれとせがむ。それで仕方なく父は母を連れて東京に行く。
 戦争直後の汽車はぎゅうぎゅうすし詰め。20時間立ちっぱなし。母親は初めての富士山を見て感動する。

 しかしこの旅行でもっと感動したことがあった。母が言う。
「東京まで汽車の床に足がついたことがなかった。お父さんがずっと抱いてくれていたんだ。」

 物言いと振る舞いは不器用なのかもしれないが、暖かい素敵なお父さんだ。

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| 古本読書日記 | 06:02 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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寺山修司    「幻想図書館」(河出文庫)

 反体験主義者に反駁して、世界の都市を疾駆し、そこで発見した奇書にインスパイアされ想像と真理をつきつめてゆく寺山の興味がつきない書物案内書。

 髪の毛の変遷や、娼婦に関する想像、寝台の歴史とその意義、靴のおいたちなど、想像の原点は身近に存在するものが殆ど。

 寺山の好奇心、関心の対象はものすごく広い。あらゆる知識が吸収され蓄積され、ふと世界の片隅で見つけた書物によりその知識が燃え上がり興味が尽きない想像が作られる。

 日本でもかえるが来ると雨が降るという伝説がある。

南米ペルーでは、かえるを丘のいただきに置き雨ごいをするらしい。

逆にオーストラリアでは、大雨が来ないようにかえるを大切に扱う。かえるの腹の中には水が詰まっている。少しでも傷つけて水が漏れると大雨になると信じられているから。

 この地方の伝説。
昔、一匹のかえるが湖や川の水を飲みほし、大きなお腹をごぼごぼいわせていた。そしてすべての水を飲みほしたために、他の動物は一滴の水を求めてあえいでいた。

 動物」たちは、かえるを笑わせば、水を吹き出すと思い、一匹ずつ、笑わせにいったのだが、かえるは全く笑わない。
 そこで、アナゴ一族がまとまって、湖のまわりの草や藻にまきついてまっすぐにして伸び上がり、フラダンスをしはじめた。これにはカエルもたまらず、大笑いして、水をはきだし湖は元の水をたたえた姿にもどった。

 寺山は、こんな伝説を世界から拾ってくる。
面白く、驚く話が満載の作品である。

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| 古本読書日記 | 06:58 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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村山由佳  「ありふれた祈り」(集英社文庫)

 現代ではまれな超大作である「おいしいコーヒーのいれ方」シリーズの完結編。
この「コーヒーのいれ方」は何と25年の歳月をかけ全19冊にも及ぶ。

 物語は勝利とかれんの恋愛物語。

完結編は、その前に書かれた「地図のない旅」から7年の後に上梓されている。

 主人公の勝利とかれんの恋愛は、最初の作品から完結編までの間10年もたっていないと思うが、作者村山さんは25年を要している。その間村山さんも多くの人生経験もされ、ピュアな恋愛を描き続けるのはとてもしんどくなったことだろうと想像する。

 私は読まれる小説ほど、いい小説だと思う。このシリーズは累計で545万部も売れたらしい。いくら芸術性が高いとインテリ中心に評価されても、売れなければ価値は無い。

 このシリーズは、凝ったり、こねくりまわした表現は一切無い。けれんみが無く、真っ向勝負の直球でぐいぐい読者をひっぱる。
 勝利とかれんが結ばれる場面の描写はまったく見事。恋愛作家の現代の旗手、村山さんの面目躍如である。

「愛しすぎて、切なすぎて、心臓は引き攣れ、肺はつぶれ、皮膚から爪の中から疼いて傷んで止まらない。僕の名を呼ぶかれんのかすれ声が、まるで哀しい
悲鳴のようだ。
 すべらせたてのひらに、彼女の鎖骨があたる。以前より痩せて尖ってしまったそれを包み込むようになでると、はっと息をもらし、溺れかけた人みたいにしがみついてきた。
・・・・無我夢中で身体を進める。あまりの安堵に食いしばった歯列の間から抑えきれない呻き声が漏れる。」

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| 古本読書日記 | 06:56 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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鈴木伸子   「大人の東京散歩 昭和を探して」(河出文庫)

 東京は生涯関わることなく過ごすことになりそうだ。もちろん、しばしば出張にはでかけたが、日帰りが殆どで、東京で過ごすということは無かった。

 初めて東京に行ったのは、昭和30年代の前半。村でセロリを初めて栽培したので、それを売り込みにみんなで行ったときについていった。

 後楽園球場に行くと、巨人が練習をしていた。新人の王はまだ2本足で打っていた。

ちばてつやの「ちかいの魔球」が流行りみんな少年は読んでいた。「ちかいの魔球」では、投げた球がバッターの手元で止まり、それから浮き上がったり、球が消えたりした。

 当時のエース中村稔が目の前で投球練習をしていた。田舎の無垢な少年だったので、消える魔球を投げろとか大きな声で中村稔に叫んでいた。そしたら、強面のコーチ、別所がやってきて、「うるさい!」と叱られた。

 当時フランク永井の歌った「有楽町であいましょう」が大ヒットしていたので憧れの有楽町へも行った。
 人は多かったが、まだ戦後の闇市の跡が残っていて、田舎とあまり変わらないなあと思った。

 今は西新宿に移転したが、東京都庁が有楽町駅前にできたばかりだった。

鈴木さんのこの本によると、東京交通会館が昭和40年に竣工。この会館の最上階には回るレストランがあり名所となったそうだ。
交通会館の隣には「すしや横丁」という飲み屋街があり、飲み屋と寿司屋が鈴なりのようにして集まっていた。

 かって、有楽町には朝日、読売、毎日の三大紙の本社があり、記者が横丁でくだをまいていた姿があった。

 そのころは、ふらっとやってきた人のたれこみがあり、スクープを物にしたことがしばしばあったと古い記者は言う。今はどうしてスクープがとれないのかと聞くと、本社のビルには警備員がいて、たれこみをしに来る人をシャットアウトしてしまうからスクープが取れなくなったと嘆く。

 そんな東京の人間臭い匂いがどんどん無くなる。東京に縁無く暮らしてきていると、最近ますます東京が遠くなってしまった氣がする。

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| 古本読書日記 | 06:23 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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浅田次郎   「竜宮城と七夕さま」(小学館文庫)

 日本航空機内誌「SKYWARD」に17年の長期にわたり連載したエッセイが収録されている。

 浅田次郎は本当にすごい。17年もエッセイを連載していると、たねが枯渇してしまい、あんちょこに済ます作品がありそうなものだが、どれも、内容が変わり、質の高いエッセイに仕上がっている。浅田は記憶、知識というのが、原稿用紙に向かうと、突然立ち上がってくるとこの作品で書く。その立ち上がってくるところが天才的才能である。

 しかし大御所作家となるとすごい。JAL機内誌掲載のエッセイだから当然旅が主たるテーマとなる。旅の殆どは取材になるわけだが、旅が浅田一人ということは一切ない。必ず出版社の編集者が同行する。多分旅費、宿泊費、取材先の手配はすべて出版社が行い、費用は浅田は何も払っていない。ある旅行には何と6人の同行者がいる。売れる作家の威力というのはすごい。

 去年汚職でケチのついた、IR法案は。日本にカジノ場所を設置し、観光振興をはかろうという法案だ。

 しかし浅田は言う。日本は世界最大の賭博国家だと。日本中央競馬会の売り上げは二兆五千億。ぶっちぎりの世界一。それに公営競技の売り上げ。競艇が九千五百億。競輪が6千億。地方競馬が三千五百億。オートレースが七百億。ここまでしめて四兆四千七百億。宝くじが九千億。何と合計で五兆三千七百億。

 これに、まさしく実態が賭博そのものになっているパチンコパチス・パチスロが二十兆。
まさに世界随一のギャンブル大国。

 その上にカジノなど必要ないし、また大金をかけて作ってみてもお客は少ないだろうと浅田は言う。

 本当にその通りだと思う。もうこれ以上日本に賭博場を増やしてほしくない。

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馳星周 『少年と犬』

直木賞受賞作

犬派のはなゆめママが買ったんですが、「思ったよりバイオレンスで読み進められない」と。
このブログで検索したら、この著者の作品名は、
「不夜城」「暗闇で踊れ」「美ら海 血の海」「チンピラ」💀

この本も「少年と犬の運命的な絆」「東北から九州まで、犬は少年に会いに来た」と
美しく締めくくられますが、途中でばんばん人が死にます。
娼婦と犬のくだりでは、重松清「疾走」を思い出しました。
彼女は、消されずに済んだのだろうか。

さくらもゆめこも、マイクロチップは埋め込んでいないはず。
飼い主が代わるたび、情報が足されていくような仕様じゃないんですね。
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山田風太郎   「伝馬町から今晩は」(河出文庫)

幕末を舞台にした伝奇小説中編集。高野長英の牢獄からの脱出後、その逃亡を扱った表題作も面白かったが、山田風太郎らしさを発揮している「ヤマトフの逃亡」が素晴らしかった。早過ぎた近代を生きた掛川藩太田備後守の家臣立花久米蔵を扱った作品。久米蔵は斎藤弥九朗の練兵館では免許皆伝の腕を持つ剣道の達人であり、一方佐久間象山の下では勝鱗太郎と並ぶ逸材。弁はたつのだが、反幕主張を歯に衣着せずどこでも主張する。扱いに困った

太田備後守は、蘭学を学ばせるため長崎に留学させる。5年後長崎から妻と娘を連れて戻ってくる。この妻がハーフかオランダ人、とにかく日本人の容貌とは異なる。娘の容貌も異なる。反幕主張に長崎留学により磨きがますますかかる。

 ペリーの黒船がやってきて国交を開くことを幕府に迫ったが、これを幕府は拒否、ペリーは「来春またやってくるから、その時までに回答を用意しておけ」と言い残し浦賀を去る。

 幕府はアメリカは海のはるか向こうで、また来年にやってくることはあり得ないと思い、放っておくことにする。
 しかし久米蔵は、「かならずやってくる。何も戦争ではないのだから、条約を結べばいいんだ」とあちこちで公言する。

 幕府と掛川藩は久米蔵を逮捕し、伝馬町の牢屋にぶちこむ。獄中にいた時に、伊豆を中心に大地震が起きる。伝馬町の牢屋は破壊される。そこで幕府は囚人を三日後には帰ってくることを約束させ出獄させる。

 しかし久米蔵は帰らず、妻と共に逃亡をする。幕府は久米蔵の母と娘を人質にして、久米蔵と妻が牢屋に帰るよう説得する。
 ここも少し愉快。普通人質というのは、権力の無い犯人が手にいれ、権力と戦う。久米蔵の場合はさかさまになっている。

 久米蔵と妻は伊豆の戸田に隠れたが、幕府に発見され、久米蔵は妻を捨て、戸田で難破したロシア船に代わり建造していたスナーク船に乗って、ロシアに逃亡する。

 文久元年十二月十二日、幕府によるヨーロッパ使節団が派遣される。一行は英国やフランスの万国博覧会を視察し、歓迎もされたがいささか疲れていた。その後、ロシアのペテルブルグに行く。

 そこのホテルで一行が会食する。外を見ると、知っている人がいると一人が叫ぶ。

ネヴァ川の河原で2人の男が談笑している。一緒に会食している通訳が言う。
「一人はおっしゃる通り日本人で、クメッセン・ヤマトフという男です。もう一方はシベリアの流刑地から戻ってきたばかりのドストエフスキーという男です。あんな男と話すのは危険です。」

 山田風太郎の想像力は。世界の大作家と日本人を結びつける。

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北野勇作    「かめくん」(河出文庫)

 日本SF大賞受賞作品。主人公のかめくんは本当のかめではなく、レプリカメと言われている模造品。レプリカメの甲羅は薄いシリコンとセラミックでできている。この中に、過去の記憶、知識を記録している。言動、行動はこの積み重ねた記録を再生したり、組み合わせて行う。

 不思議なのは、今地球は木星と戦争をしているが、その戦争が、社会に不安や恐怖を与えているのに、今戦いがどうなっているのか、ましてどうして戦争しているのか、明かされない。

 レプリカメは、戦争のために造られたと思われる。木星ははるか遠い。人間は行くことができない。しかしカメだったら、冬眠ができる。木星に到達するまで、冬眠していればOKだ。

 物語はSFのように、不思議な現象や行動の原理を説明しようということは無く、一般のカメ(人間のような)としての生活や行動を、SF的雰囲気に包んで描く、少し不条理でユーモアのある、市井の物語となっている。

 レプリカメを含むカメについての説明がある。
「カメというものは、甲羅とそれ以外の部分(この部分は甲羅を運ぶためのモジュール)に分けることができます。
 この甲羅の耐用期間は半永久的と言ってもよく、経験を重ねることによって記憶と学習を行い、その内部に世界モデルを形成します。もちろん、そのモデルは、外界とのフィードバック・ループによって常に書き換えられ拡張され、つまり、より進んだ世界モデルへと更新されてゆくのです。成長と呼んで差支えないでしょう。・・・更に、ここが今回の重要な点でありますが、例えば、甲羅以外の部分が修復不可能になっても、甲羅さえ保護されていれば、別の個体への積み替えが可能であることである。」

 このことはカメは万年生きるということを証明している。甲羅を積み替えてゆけば、半永久的に生きるのである。だからカメには死というものがなく、死にたいする恐怖もないのである。

 これも木星で戦争できる理由になっている。

 この物語では、女子学生の間に甲羅を背負って歩くというファッションが流行り出している。

 失礼な想像だが、ノーベル賞の山中教授の甲羅を背負っていけたら、自分の記憶はどうなるだろうと思うと、少し気持ちが想像にワクワクしてくる。

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筒井康隆    「筒井康隆の文芸時評」(河出文庫)

 筒井流の「感情移入批評」を実践して丁寧に本を読み解き、読んで楽しい、筒井最初で最後の文芸時評。

 今でも同じだと思うが、新聞社の文芸時評は、編集者が新刊書を積み上げ、そこに集まった評者に、一冊ずつ誰にどの本を書評してもらうべきか、評者たちに決めてもらうことによって評者が決まる。

 殆どの評者は評者になるのを多忙などを理由にしていやがり、他人に押し付けるようにする。また村上春樹の新刊があると書評をすることをみんな嫌がる。下手なことを書くと火の粉が自分にかえってくるから。最大限の提灯記事にしなければならない。
総体的に評者は熱心な読者ではない。だいたい決まり文句がある。評者の本音はどこにあるか筒井がこの作品で教えてくれる。

「特に若い人に読んでほしい」-本音「若い者に言いたいことは多いが、言うのは面倒くさいからこれを読め」

「この資質を生かして、これからどんなことを書いてくれるか楽しみ」-本音「まったく未熟であり、今後の方向を示唆してやることすら不可能である」

「わたしもいつか、この地を訪れてみたい」-本音「読者が行きたくなるという、旅行記としては最低レベルには達している」

「・・・と、なかなか手厳しい」-本音「どぎつい。反論したいが書くのが面倒」

「いろいろ意外な発見がある」-本音「自分のような読み飛ばしではなく、じっくり読み込めば何か発見があるかもしれない」

「著者の個性がでていてなかなか面白い」-本音「当たり前のことだが、それ以外に書くことを思いつかない」
 これら以外にも、抱腹絶倒の本音が紹介されている。

これを読むと、書評家は本当に対象本を読んで書評しているのか、首をかしげたくなる。

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荻野文子   「ヘタな人生論より枕草子」(河出文庫)

 枕草子。恥ずかしいが殆ど中身は知らなかった。この作品で知ったのだが単なる季節の変わりを愛でるようなエッセイ集ではなく、作者清少納言の恋の赤裸々な告白や権謀術渦巻く宮廷政治に翻弄されつつもそれに負けないよう懸命にもがく姿を率直にしたためた作品だった。

 その枕草子から学び取れる教訓をわかりやすい解説とともに説明したのが本作品。
本当は、清少納言の恋や政治についてのエッセイを紹介するのが本筋と思われるが、脇道にそれるが、面白くてうなった部分を紹介する。

「気に食わないもの・・・うっとうしくにくらしいと思っている人が、こっちがそっけなく言っても、ぴったりとくっついて親密な態度をとっているの。『少し気分が悪い』などと言うと、いつもより近くに臥して、・・・気の毒がり、別になんとも思ってはいないのに、まとわりついて追従し、世話を引き受けて大騒ぎする人」

 これに著者の萩野が自分の経験を重ね合わせる。

 学年が変わり席替えが行われる。それほど親しくも無い女の子が隣の席になる。その途端彼女が言う。
「アタシたち今日から親友ね!」

 ちょっと違うんじゃないとは思うが、言い返すほどのことではないので放っておくと、いつのまにか「トイレまで一緒」の女学生生活が始まる。

 自由行動のイベントなのに、「ほらここよ。席をとってあげといたよ。」と手を振ってくる。鞄も文具も「ほらオソロよ」。もらった手紙をのぞきこまれて、「なに?なに?」と全く一人になれない。

 もう少し怒って「友達はあなただけじゃないのよ。」と態度で示す。すると悲しそうに「私のどこがいけないの」と古女房が浮気亭主に迫るように聞いてくる。まいって「そんなつもりはないのよ。」というと、「いいわ。許してあげる。」と自分が罪人になってしまう。
 これこそ、萩野流最大の「気にくわないもの」


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