北村薫 「水に眠る」(文春文庫)
北村の作品は、ミステリーあったり、SFだったり、内容は過激な作品ばかりなのだが、文章は柔らかく優しい。こういう文体を訓練して作り上げたのか、それとも北村自身が穏やかで暖かい性格なのか。読んでいて実に読みやすい文体である。
本のタイトルになっている「水に眠る」。主人公が同じ新入社員のときあるビルの地下にある会員制バーに連れていかれる。そこで、メニューには無い、特別なカクテル、シャンディ・ガフを飲みその味に感動する。
バーに連れていってくれた同期の同僚HS、1年後北海道へ転勤する。主人公はシャンディ・ガフを味わいたくて一人でバーにしばしばでかける。
マスターはシャンディ・ガフは多く作れないから、特別な人にしかださないと言って、そのカクテルの誕生の秘密を教えてくれる。
中学生の時、化学室でガラス管の底に指を突っ込み、そこに水を入れてあげる。その水を横から眺めると、水の表面に水の皮ができている。机の上に先に針が付いている千枚通しのような道具があった。それを右手につかむと、皮と水の間に差し込み、皮をすくってとりあげる。それを飲むと、澄み切った味がする。
中学校ではそれで終わったが、バーを持ったとき、ミキシンググラスにミネラルウォーターを注ぐ。そこにできた水の皮をナイフで取り上げ、それだけで飲むと少し塩味があり、それだけでは飲めない。その水の皮をウィスキーに入れると、あの切ないような味わい深いカクテルになるのだと。
水の皮を採取するところは秘密でみせてくれなかったが、シャンディ・ガフをマスターは作ってくれた。
主人公は帰宅して風呂にはいる、そして、風呂にできた水の皮をひとつひとつ鋏で掬い取って、風呂を水の皮でいっぱいにする。
水の皮がやさしく体を包む。極上の風呂に主人公はこれ以上ない幸に包まれる。
読んでいると、水の皮など無いのに、存在するように思えてくる。北村マジックの力だ。
水の皮に包まれた風呂につかりながらシャンディ・ガフを味わいたい。
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| 古本読書日記 | 06:03 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑