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2019年12月 | ARCHIVE-SELECT | 2020年02月

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司馬遼太郎   「中国・江南のみち 街道をゆく19」(朝日文庫)

 中国江南というのは長江の南岸地域のうち特に下流地域である、蘇州、無錫、嘉興などの都市がある地域をさす。河口デルタ地帯には上海がある。この紀行記はそんな江南地域を旅した紀行記である。

 蘇州は会社時代、仕事でたびたび訪れたが、仕事ばかりで、蘇州のことについてはなにも知らず、街をゆっくり歩いたこともなかった。この作品を読んでから、蘇州に行けばよかったとしみじみ感じた。

 蘇州は、絹織物の産地で、土産物にもちょっとした刺繍を施した絹織物が多い。はるか昔紀元前から19世紀まで世界一の絹織物の技術を持ち続けた都市である。この絹織物は大和時代に最大の紡織取引商品として中国よりもたらされた。

 応神天皇時代、江南蘇州から、阿知使王・都加使王父子がやってきて日本に帰化した。蘇州のことを当時は呉と言った。応神朝はこの父子に呉に行って絹織物の女工を4名連れてこいと命じた。

 高級和服のことを「呉服」というが、それは蘇州呉からきている。

ところで、呉というのは「ご」と発音する以外に「くれ」とも発音する。
 応神天皇時代に、日本-中国(上海)に航路は開設されていない。東シナ海の季節風を克服する技術が無かったからである。航路が開設されたのは遣唐使の時代である。

 従って中国へは、朝鮮を経由して往来した。

 当時朝鮮には「高句麗」という国があり、織物、染色技術は高句麗に呉から移植され、高い技術を誇っていた。それで応神天皇から命令された父子は蘇州まで行かずに、高句麗で4人の女工をみつけて日本に連れ帰った。「高句麗」の発音が「くれ」だった。それで「くれ」との音読みができた。

 この4人の女工は摂津池田で織物生産をした。池田には呉波神社がある。それが縁で池田市と蘇州市は姉妹都市を結んだ。

 呉羽神社は「くれ」と発音して「ご」ではないのに、姉妹都市になるとは何かしっくりこない。

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| 古本読書日記 | 06:21 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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窪美澄    「やめるときも、すこやかなるときも」(小学館文庫)

 主人公の家具職人の壱晴と会社員の桜子は、知人の結婚式で偶然知り合い、2人で酒を飲み、そのまま壱晴の部屋で一夜を過ごす。2人は同じベッドで過ごしたが関係は結ばなかった。

 壱晴は、毎年12月になると一週間声がでなくなる。一方、桜子は会社経営を失敗した父を持つ。それでいて生活のすべてを両親によりかかっている。32歳の今まで男性経験が無い。

 互いに傷を心をもつが、躓きあい、傷つけあいながらも歩み寄り、最後に添い遂げる道のりを描く。

 設定、物語はありふれていて目新しくない。この平凡なストーリーを心を引き付ける物語にしているのが、窪の実に丁寧で連続するはっとさせるような表現。

 実は、壱晴の声がでなくなる原因は、高校時代の出来事にあった。

壱晴は友達の堀内の両親が経営している松江のホテルで夏休みアルバイトをする。そのホテルで毎日学校が終えてからアルバイトをしている同級生の真織とであう。壱晴や堀内は劣等生だが真織は必ず10番以内にはいる優等生。京都の国立大学を目指していた。

 その真織はいつも自転車でホテルまでやってくる。ある日自転車がパンクして自転車を押してきた。その自転車を、真織がアルバイトをしている間、壱晴が自転車屋に持っていて直してきてあげる。

 そこから2人の恋がはじまる。ところが、もう少しで受験というときに、壱晴の目の前で、自転車が車と衝突、真織は亡くなってしまう。それが原因で声がでなくなる。

 壱晴が真織を大好きになり、夜真織を家まで送っていこうとする。その時の壱晴の気持ち
の表現

「自分の気持ちがまるで制御できていない。それを真織にぶつけている。真織という人間を意識しはじめてから、自分の知らない自分が、自分の中で次々に孵化しているようでそのことが怖かった」

 壱晴が毎日夜家まで送ってあげると真織に言う。真織は何でそこまでと答える。その時の表現。

「君に興味があるから。君の顔を見たいから。君と時間を過ごしたいから。たくさんの言葉がサイダーの泡のように僕のなかに浮かび、僕はそれを必死でのみ下した。」

 孵化とサイダー、いつまでも残る印象深い表現だ。

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| 古本読書日記 | 06:23 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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柚月裕子   「あしたの君へ」(文春文庫)

 柚月は、それほど凝ったミステリーは描かないが、起きた事件に対して追求する強さ、深さが尋常ではなく、そこまで掘り下げなくてもと、いつも思ってしまうとても熱い作家。

 この作品は、大学卒業したばかり、研修の一環として福森市の家裁に赴任した家庭裁判所調査官補の望月大地が主人公の短編集で、いつもの柚月の作風が影を潜め、軽いタッチの作品集に仕上がっている。
 その中で、少し柚月の雰囲気がでているのが「迷う者」。

今回望月が扱う案件は夫婦関係離婚調停案件。離婚申し立て人である妻は、片岡朋美三十五歳。相手となる夫、片岡伸夫は四十六歳。二人には十歳になる息子悠真がいて、伸夫の両親が同居していた。

 離婚に際し、明美は悠真の親権を主張。伸夫は親権はもちろん離婚も受入れていない。
そのため、主人公の大地は片岡家を訪問する。明美は保険会社に勤め、出退勤時間は融通をきかせてもらえることになっている。悠真の世話には全く問題ないから親権は自分にしてほしいと主張する。

 伸夫の両親は、悠真は可愛く、自分の家を継ぐ子であり手放せないと主張。当事者の悠真は聞いても口を閉ざし答えない。弱り切って大地が面談をやめようとすると突然悠真が
 「親ってなに?」と大地に向かって叫ぶ。しかし大地は全く答えられない。

 大地はすでに別居して明美が住んでいるアパートの大家を訪ねる。そこで、大家からしょっちゅう男が出入りしていることを聞く。
 大地は明美を責める。男がいて裏切っている明美に親権などありえないと。血がつながっている父親に親権は渡しなさいと。

 すると明美がとんでもないことを言う。
悠真と伸夫とは血がつながっていないと。しかも、明美は伸夫と結婚するまえに不倫をしていて悠真はその不倫相手の子であると。そして、不倫相手はこのほど離婚が成立して、その彼と再婚する。そうなれば本来の両親と暮らせれる。

 更に、伸夫も自分は子供を作れない体であると告白する。そして悠真が不倫相手の子であることを結婚前か知っていた。それを承知で結婚したという。

 どろどろとなったところで、悠真が叫ぶ。
「血がつながってるなんてどうでもいい。僕はおじいさんとおばあさんと、お父さんとお母さんと一緒にいたいだけだ。」と。

 大人たち自分に都合よくなるように子供を振り回す。悠真の叫びが大人の胸に鋭く突き刺さる、

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| 古本読書日記 | 06:03 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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恩田陸   「錆びた太陽」(朝日文庫)

 二十一世紀も半ばを迎えようとしていた時にそれは起きた。過激な活動で有名だった、ある環境保護団体が世界即時原発停止を要求して、日本のすべての原発にたてこもり、要求をいれないと爆発すると宣言する。日本政府や各国政府との交渉を行うが、一か月すぎ決裂。団体は予告通り、原発を爆破。これにより、日本の20%が立ち入り制限地域となる。

 それから4世代の時間が過ぎ、日本の人口は5千万人にまで減少する。

 この爆破と放射能汚染により、3万人が死に、埋葬された。しかし、制限地域で生存している人を見たという人が続出。実は、4世代たっても生き残って世代を継いできたマルピーとよばれるゾンビがいた。

 この立入制限地域を監視、管理をしているのがAIロボット隊。それに、放射能に対する免疫がつき生き残った生物、猫、ねずみ。それから、タンブルウィードという植物。この植物には赤玉と青玉があり、青玉は刺激により爆発を起こす危険植物。

 この危険地域にある日、軽自動車に乗った財後徳子というふざけた名前の国税庁の役人が侵入してくる。

 人間というのは、感情的で不合理な活動をする。その人間である徳子。それがどんなにおかしくても、人間を守り抜くことが最大の使命のAIロボット。更にゾンビに怪異な動物、植物。これらのヘンテコな関係がユーモラスに展開する未来小説。

 この物語で、発想がユニークでドキッとしたのが次の点。

日本は放射能汚染国となり衰微の一途。何とかお金を稼がないと、国が持たない。それで政府が考えたのが、各国が処理に困っている放射性廃棄物を日本で預かり、その保管料で収入を得ようとする。廃棄物は人が住めなくなった立入禁止地域の地中に埋める。

 最初は輸送費サービスなどの宣伝を打って各国に売り込む。

今は福島原発の放射性物質は薄めて海か空中に散布するという案で政府は動いているが、この作品を読んだら、もし現在この案がだされるとグッドアイデアとして本当に実行されるのではと思い、ブルッと体が震えた。

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| 古本読書日記 | 06:13 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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原田マハ    「デトロイト美術館の奇跡」(新潮文庫)

 デトロイトにあるデトロイト美術館通称DIA。主人公のフレッドが40年勤めていた自動車製造会社を解雇されたのは13年前55歳のとき。妻ジェシカは「私が働いて生活は支えるから心配しないで」と宣言。その代わりお願いがあると。

 「DIAに一緒に行きましょう。」と。

芸術や美術なんて全く関心も縁もなかったフレッド。セザンヌの「マダム・セザンヌ」の絵画に衝撃を受ける。そして、口にはだせないが、「マダム・セザンヌ」はジェンカに似ているなと思う。

 それから毎週のようにそのジェシカと一緒にDIAに行く。

 そのジェシカが末期ガンになる。高額な医療保険に加入していなかったので、殆ど治療されないまま自宅で過ごす。やせ細り死の直前になったとき、一緒に最後の「マダム・セザンヌ」を観に車いすでDIAに行く。ジェシカが最後のお願いをする。自分がいなくなっても、ここで待っているから会いにきてと。そしてジェシカは天国へ旅立つ。

 その直後、とんでもないニュースが流れる。
デトロイト市が財政破綻。DIAは売却へ。年金金額を維持するためには、100億ドルが必要。当然、市民はDIAを守るより自分たちの年金を守れという声が大きくなる。

 DIAは美術品6万点以上を所蔵している。売却すれば100億ドル以上になる。当然市、美術館には美術品を売れとの圧力が強くなる。

 どうなるか。しかしアメリカの富裕層の底力はすごい。一般人の募金に加え、幾つかのセレビリティの財団から大きな募金があり、100億ドル以上になる。これでDIAは継続することになる。

 アメリカは、上位3%で国民所得50%以上の富が集中する国。とんでもない国だが、社会的責任に対する意識は高い。日本で同じことが起きればどうなるだろうか。富裕層は社会的貢献を進んでしてくれるだろうか。

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| 古本読書日記 | 05:58 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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司馬遼太郎   「街道をゆく39 ニューヨーク散歩」(朝日文庫)

 1993年「週刊朝日」連載。ニューヨーク在住の平川英二氏をガイドにしてニューヨーク散策スケッチ作品。

 コロンビア大学について多くさかれる。
コロンビア大学はアメリカで5番目に古い大学で、まだイギリス植民地時代、英国王の勅許によって設立されたキングス・カレッジが起源となっている。アイビー・リーグの一つである。

 コロンビア大学で我々世代が思い出すのは、世界の大学紛争の発火点となった大学であること。ベトナム戦争反対、黒人差別の撤廃、大学民主化実現をかかげ、紛争が始まり、建物、設備の破壊、備品、本、資料の損失が甚大。その紛争は、1968年にピークを迎え、最後には警察隊1000名が投入され制圧した。この紛争が日本の大学にも波及。東大安田講堂陥落で徐々に下り坂になる。

 コロンビア大学紛争は映画「いちご白書」にもなり、日本でもバンバンというフォークグループにより「いちご白書をもう一度」で歌われヒットした。

 それから、コロンビア大学で多く書かれているのが、日本文学の研究家ドナルド・キーンについてである。

 ドナルド・キーンはコロンビア大学で中国語学習コースをとった。しかし、三年目の夏休みに友達に誘われノース・カロライナにいる日本語教師に日本語を教えてもらうために行く。

 初めて覚えた言葉が「サクランボ」。そして当時の小学校1年生の教科書「サイタ サイタ サクラガサイタ」を覚えその発音の美しさに魅了される。

 その直後、日本が真珠湾攻撃をする。日本は最大のアメリカの敵になる。中国語コースの生徒はすべて中国研究コースに進むが、ドナルド・キーンはただ一人日本思想史に進む。

 その時、大学で教鞭をとっていたのが、コロンビア大学唯一の日本人教授角田柳作。当時64歳で、抑留も経験している。

 ドナルド・キーンはただ一人の生徒。申し訳ないと思い角田先生にすみませんと言う。
先生言う。
 「心配は御無用。生徒は一人で十分です。」
と言って講義を続ける。

 ドナルド・キーンはあらゆる場面で最も尊敬している先生として角田教授をあげる。

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| 日記 | 07:04 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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司馬遼太郎  「街道をゆく3 陸奥のみちほか」(朝日文庫)

 陸奥、肥後薩摩、司馬の住まいのある大阪河内の街道を描く。熊本県と鹿児島県の県境に久七峠がある。この県境におおきな石の石碑がある。その石碑には県境と彫られていて、左は熊本県、右は鹿児島県と彫られている。まるで県境でなく国境の趣である。

 江戸幕府においても、肥後まではその権力下に置くことができたが、薩摩だけは権力下におくことができなかった。薩摩は過去3回、中央より攻め入れられた。織田時代、豊臣時代そして最後は西南戦争である。

 攻められ負けても、独自の政治、統制方法、文化、風習は変えず、幕府から独立した藩政を貫く。

 幕府は鎖国だったが、海外との交易をおこない、営利をあげていた。英国艦隊と戦ったり、留学生も派遣していた。幕府はキリシタン禁制を敷いたが、薩摩では浄土真宗を禁制にした。
浄土真宗信者は徹底的に取り締まり、迫害された。薩摩流宗教迫害である。

 薩摩は、日本統治までを描いていなかったも知れないが、少なくとも日本を離れて独立国家樹立は目指していたと思う。

 乃木将軍は、日露戦争で奉天、旅順で日本軍を率いて戦ったが、西南戦争で薩軍を率いて維新政府軍戦っている。
 乃木将軍は西南戦争こそが熾烈ですさまじい戦いだったと述懐している。

司馬がこの作品を書いたとき、まだ西南戦争を経験した人がわずかだが健在で、取材を試みている。
 彼らにとって戦争は、日清、日露、第二次大戦ではなく、まさに西南戦争だった。

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| 古本読書日記 | 07:02 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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夢枕獏    「神々の山嶺」(下)(集英社文庫)

 羽生のライバル長谷は、エベレスト無酸素登頂に失敗し遭難死する。
羽生は、エベレスト南西壁ルートの登頂の先発メンバーに選ばれず、それに落胆。抗議を隊長に示し、エベレスト登頂途中で断念して下山する。

 その後エベレスト隊は帰国するが、羽生は帰国せず行方不明となる。
羽生は長谷の無酸素エベレスト登頂失敗を横目でにらみながら、自分は成功させて見せると決断し、ネパールに残り、無酸素高所訓練を続けていた。しかも挑戦は冬季単独東西壁登頂である。

 このことを知った主人公の山岳カメラマン深町は羽生に頼み込みカメラマンとして同行する。それも、羽生と同じ訓練をして無酸素である。

 この作品で、人間は何があっても本能的に死に抵抗して生きようとする生物と思っていたが、必ずしもそうではないことを知る。深町が、7000Mの氷壁で戦う描写がそのことを教えてくれる。

 「ここにしがみついていることを決めた。だからしがみついている。決めたことを守りとおす。それだけのことだ。
だが、何故、そんなことを決めたのだ?
自問する。
死なないためだ。
しがみついてないと、落ちる。
何故、死なないためにそんなことをするのだ?
死ぬのがいやだからだ。
何故死ぬのがいやなのだ?
経験したこともないくせに。
怖いからだ。
怖い?
経験したこともないくせに。
そうだ。
嘘だ。
お前は、今、死ぬことなんか怖がっていないんじゃないか。
死ぬことはいやかもしれないが、もっといやなのは、この寒いなかで氷壁にしがみついていることだろう。
手も足も、棒のようになり、疲れ切っている。
感覚もない。
この苦痛から逃れることができるなら、死の怖さくらい何だ。」

作品のもう一つのテーマだったマロリーのカメラは、曖昧のまま物語は終了する。
 それはそうだ。もし明らかにしたらエベレスト征服史が変わってしまうから。

夢枕はこの物語に、直球ばかりを投げ込んだと述懐しているが、感情が先走り空回りしている。残念だが球の走りはもうひとつだった。

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夢枕獏     「神々の山嶺」(上)(集英社文庫)

 夢枕が直球をど真ん中に投げ込み勝負したと言う、柴田錬三郎賞受賞の山岳小説。主人公は山岳カメラマンの深町なのだが、もう一人の主人公がいて、彼のカメラを通して写し出される天才クライマーの羽生である。

 物語は2つのテーマが並行して進む。

一つは、深町がカトマンズの登山用具店で中古の貴重なカメラをみつける。

世界最高峰エベレスト登頂への挑戦は1921年イギリス登山隊により開始される。その後何回もの挑戦が行われるが悉く失敗。結局最初の登頂成功は最初の挑戦から32年後、1953年ニュージーランドのヒラリーとシェルパのテンジンによってなされた。

 この間1924年にイギリスの第3次挑戦で、挑戦者マロリーとアーヴィンは死体でもどってきたが、深町が見つけたカメラは、マロリーが携帯していたカメラだった。マロリーとアーヴィンは登頂に失敗したことになっているが、もし登頂後、遭難して死んでいれば、このカメラに登頂成功の写真が写っている。そんなことになれば、登山の歴史が変わる。このカメラを深町が160ドルで入手するが、ホテルの部屋において外出。そして戻ったとき部屋から消えている。果たしてカメラはどうなってしまったのか。

 次の視点は天才クライマーの羽生の挑戦。それがどんなに危険であっても、挑戦しないと収まらない、仲間と協調できない孤高のクライマー。無謀な岩、山への挑戦。成功した挑戦もあっただ、それにより、3人のクライマーの遭難死も引き起こす。

 その羽生をあざ笑う様に登場したクライマー長谷。羽生が目指す挑戦にいつも数歩前に挑戦をする。長谷だけには負けたくない。

 そして長谷と同じ登山隊でエベレストを目指すことになる。隊長は、過去成功率の高い東南壁からの登頂を決断。しかし、納得できない羽生は危険で殆ど成功しない東西壁からの登頂を望み譲らない。

 羽生は登山者から嫌われていた。隊長は東西壁からの登頂挑戦の先発に別の隊員の組を選び、控えに羽生の組を選ぶ。控えの組はまず、エベレストに挑戦するが途中で引き返し、登頂の道を築いて、先発隊に道を譲る。しかし、先発隊の実力では登頂することも厳しい。先発隊が断念したら、羽生の組が登頂にむかう。隊長は羽生の組が最終的には登頂すると確信していた。

 しかし、羽生は、先発して途中まで行ったところで、後発隊に登頂チャレンジを譲り、自らは、登頂を放棄する。
 東南隊である長谷はエベレスト登頂を成功する。

 長谷はこの後、エベレストへの無酸素登頂を試みる。しかし、失敗し遭難死する。
天才羽生はどうするか。

 興味がつきず、下巻に進む。

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山田宗樹    「きっと誰かが祈ってる」(幻冬舎文庫)

 DV、貧困小学生、現代の問題を扱っている。山田宗樹の作風だと、少し暗く重い基調になりそうだが、極めてテンポよく描かれ、読者の気分を暗くすることなく、作品が創られている。

 主人公の島本温子は乳児院「双葉ハウス」に看護師として勤めている。11年目でベテランの域にはいっている。

 乳児院とは、この世にうまれてきた子供を、何らかの理由で親が育児養育ができなくて、収容する施設のことである。乳児院は法律上0歳から2歳までの子を収容する。2歳を過ぎると、児童保護施設に収容されるか、親の育児環境が整ったと判断されれば親元に帰すか、あるいは里親がみつかり引き取られるか、いずれかになる。

 多喜は、温子が施設で働きだして、初めて育児を担当した子だった。2年後に里親となった樫村夫妻に引き取られた。引き取られるとき、温子は泣きながら樫村夫妻の正面にたちはだかり、連れて行かないように懇願した。一旦引き取られた子供と関係をもつことは禁じられている。養父母と看護師の間にトラブルを引き起こす可能性があるからである。だから、多喜とは偶然が無ければ生涯の別離ということになる。

 新人の寺尾早月が担当している幸太が里親に引き取られる。そのことが早月に衝撃を与え早月が双葉ハウスを辞めるといいだす。そんな言い合いが、温子に多喜を思い出させる。

 多喜は幸に暮らしているだろうかと思い、樫村多喜でネット検索をすると、何と多喜は3年前父の運転する車が交通事故に遭い、両親は即死、多喜も重傷を負い病院に運ばれたという記事をみつける。

 いろいろ調査して、多喜は母方のお祖父さんに引き取られ暮らしていることがわかる。ところがこのお祖父さんがここ半年姿が見えないことを知る。お祖父さんの家では久野浪江というおばさんが多喜と一緒に住んでいた。この浪江がひどい。多喜にショッピングセンターで化粧品を万引きすることを命令する。また内縁の男がいて、しょっちゅう多喜に暴力を振るう。お祖父さんが風呂場でショック死をする。倒れたときに病院に駆け込めば助かったかもしれないのに、浪江と男は放っておく。その死体を内縁の男がどこかえ運んで埋めてくる。

 お祖父さんを生きていることにして年金を取得するためだ。この現場をみて多喜は緘黙症になりしゃべれなくなる。

 更に男は客を集めて多喜にヌード撮影会のモデルを強要する。

追い詰められた、極貧の多喜を、温子が、小林巡査、熱血漢の市役所の近藤とともに、魔窟から多喜を救い出す。この場面が読みどころ。

 温子の多喜への溢れる愛情に裏打ちされた熱い行動に胸がうたれる。

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横山秀夫    「第三の時効」(集英社文庫)

 名作名高い作品。未読だったので手に取った。

今は殺人事件は時効がなくなったが、この作品はまだ時効が存在している時代に書かれている。当時の時効は15年。

 15年前、タクシー運転手が刃物で刺され殺害される。犯人は電器屋の竹内。竹内が電気修理に運転手の家を訪ねてきたとき、運転手の妻ゆき絵を襲い強姦する。その現場に帰ってきた運転手が遭遇。しかも、ゆき絵はその時妊娠して、娘のありさを身ごもった。

 怒った運転手が金属バットで竹内に襲い掛かったとき、竹内が持っていたナイフで運転手を刺し殺した。

 竹内はその場から逃走。そこから15年たった今も行方はわからず逃走している。捜査第2係、キャップの楠見や刑事の森たちが、ゆき絵の家に竹内から電話があるのではと最後の望みをかけてつめている。

 無情にも、午前0時になり時効となる。しかしこれは第一の時効。実は、竹内は逃走中海外に1週間行っていたため、時効は1週間後となる。これが第二の時効。

 楠見はかっては公安に所属。大きな失敗をおかし、事務職に回され、何故か捜査第2係に異動してきた変わり種。部下を人間扱いせずに、森をはじめ全員から嫌われていた。

 更に3年前、竹内がゆき絵のところに電話をしてきた。このことは当然署内では秘密となっていた。それが、マスコミにばれ、大騒ぎとなった。誰もが楠見がマスコミにしゃべったと思った。

 この楠見が森に理解不能の指示をだす。地裁の判事の普段の行動を細かく調べ報告すること。このさらっとした一行が、最後に抜群の効果をひきおこす。

 実は1週間がすぎ,第二の時効も成立。これで完全に時効となったわけで、ゆき絵の家につめていた捜査陣も撤収しようとする。すると楠見は捜査続行、撤収不要と部下に命じる。

 そこに時効成立ということで、竹内からゆき絵に電話がはいる。かけてきた公衆電話をつきとめ竹内を補足する。逃げようとする竹内が激しく警棒で打ちたたかれる。

 思わず、ゆき絵が叫ぶ。
「やめて!実は運転手を殺したのは私」と。

 ゆき絵は、殺害していたとしても、すでに時効は成立。犯行を自白したのではなく、述懐しただけ。

 そこで楠見が登場。実は、楠見は時効直前に竹内ではなく犯人はゆき絵として地検に被疑者不在のまま告訴、さらに地裁もその公訴を受理するというとんでもない策謀を行っていた。第三の時効だ。

 面白い。楠見が地裁判事たちの行状を調べさせていたというところが実にうまい。横山の作品の創りのうまさに感心しきりだ。

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和田宏   「司馬遼太郎という人」(文春新書)

 著者の和田宏は、文芸春秋社で編集者として30年司馬遼太郎を担当した。彼の見た司馬遼太郎を綴った作品。

 司馬遼太郎が今の上皇が皇太子時代に御進講をしたことがあった。御進講とは、天皇は皇太子に、専門学問を御講義することである。

 司馬遼太郎はトイレが近く、御進講途中でトイレに行きたくなる。ところが御進講をしている東宮御所が大きくてトイレの場所がわからない。また、彼は方向音痴で一回トイレに行っただけではその場所を覚えられない。
 だからトイレに立つ都度、前の天皇がつきそってくれたそうだ。

この作品を読んで、司馬に惚れ直した。すばらしい人である。

 司馬は、だんだん地位があがってゆくたびに、そっくりかえるようになる人を極端に忌み嫌う。会話をしているときは、司馬は悪印象を与えてはならないと気をつかうが、一旦離れると、二度とその人には会わないようにする。

 接待、会食も極端に嫌う。
というのは、面白いのだが、司馬は酒は殆ど飲めないし、魚介類は受け付けない。寿司、刺身は食べず、肉類もあまり好まず、そして小食である。

 「街道を行く」シリーズで長期間取材に同道した画家の須田剋太さんが嘆く。
「司馬さんはずいぶん偏食の人で、鶏でも魚でも全然食べない。食べるものといったら、トンカツかソバぐらいなもので、それも少ししか食べない。・・・天才は少ししか食べないんですかね。腹がへってしょうがなかった。」と完全にサジを投げている。

 長年、「司馬さんを囲む会」というのが、出版関係者と司馬さんの間で行われている。この作品には、会費や会場までの交通費は自費としているが、出版社がもっているのが多いと思う。

 驚くのは。会費から足が出た費用はすべて司馬が払っている。

作家は売れ出すと、出版社に寄りかかり、横柄になったり、いろんな費用は出版社持ちという場合が殆ど。だから司馬のクリーンな態度が際立ってすがすがしい。

 それにしても「坂の上の雲」4巻から初版の数が20万部だったそうである。一般の初版数は3000部程度。流行作家でも1万部。それでも殆ど再販されず、消え去ってゆく。
 20万部とは、強烈である。

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司馬遼太郎    「宮本武蔵」(朝日文庫)

 武蔵が極めた兵法というのは、室町時代から戦国時代にかけ立ちあらわれてきた。しかし乱世において兵法技術は尊重されなかった。戦国時代の戦いは馬を駆って槍と小銃をもっての戦いになっていた。太刀を振っての戦いは雑兵の戦いであった。兵法の兵は雑兵の兵であり、兵法はその技術であった。

 しかし、武蔵が活躍したころは、家康の時代。家康は兵法を重んじ、自らも進んで兵法を学んだ。これにより、各大名にも兵法を学ぶ機運が高まり、自らの腕次第では大名が抱えてくれる時代になった。

 しかし、所詮兵法使いは雑兵の技術。戦場では足軽程度に過ぎず、俸禄も300-600石程度。
 佐々木小次郎を破り、すでに日本一の兵法術者との評判の武蔵はそれが不満だった。

自分を抱えるなら、3000石は最低ほしい。3000石は兵ではなく、一隊を率いる大将がもらう石高であった。

 徳川2代将軍秀忠に仕えていた北条氏長、武蔵の兵法術を高く評価して、抱えたいと思い武蔵と面談したが、3000石要求に応えられず、破談になる。しかし武蔵の技術がもったいなく、尾張の徳川家に紹介し、推薦状も送る。武蔵との交渉相手は大名などの監視役にあたっていた、成瀬正虎である。

 ここでも、武蔵は3000石を譲らない。すでに尾張には武術の指南役として柳生兵庫助があたっている。その兵庫助にして俸禄は600石である。

 正虎は、お抱えは不可能と思ったが、一応主君に推挙してみる。
すると主君は「3000石で抱えてもいいのでは」と言う。そんなことをしたら、他の士官に示しがつかない。それで、正虎は兵庫助に武蔵の兵法とは何かを聞く。

 兵庫助は、武蔵に以前町の往来であっている。その時、武蔵の眼光は鋭く、地を這う影までも生きるがごとく油断なく、歩を運ぶだけで五体から精気を発しいささかの隙もない姿におののき、思わず通りの端に飛び避けた記憶がある。

 兵庫助が答える。
「武蔵は指南役にはなれない。武蔵の兵法術の根本は氣であり、剣や武術ではない。残念だが氣は指南できるものではない」と。

 武蔵は死ぬまでに63回試合をして、一度も負けたことが無い。立ち合いからその精気で相手を圧倒するのである。

 なるほどとは思うが、武蔵に立ちはだかる壁は、能力があっても浮かばれない公務員のノンキャリアの壁のようにも思えた。

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絲山秋子     「小松とうさちゃん」(河出文庫)

 主人公の南雲咲子は、海岸から海の中に入り込む。自ら固定した足元にミズクラゲがいた。

そのミズクラゲには他の仲間と違ったところがひとつあった。お腹の部分が透明で、時々そのお腹の色が黄色から水色になったり、紫からピンクに変化をする。何かを考えるとき、かれの精神を表す波形のように思えた。

 咲子の心がミズクラゲのお腹に落ちた。すると、ミズクラゲが「こんにちは」とあいさつする。咲子も「こんにちは」と答える。

 ミズクラゲは考えたり、思ったりすることはあるが、脳を持っていないから、それが行動に移ることはない。

 クラゲの中には、無性に生殖ばかりするクラゲもいるし、光を発生したり、波に逆らって立ち向かうクラゲもいる。

 しかしミズクラゲは、まわりにいるプランクトンを食べるだけで、他に一切しない。仲間との間に隙間を作って、群れることもなく孤高としている。仲間友達なんて考えたことも無い。

 咲子は、小さい時から、他人との関わりを避けてきた。居心地の悪い学生時代を送った。
就職して事務員になったが、人と交わることができなかった。就職して3年後に求愛され男と結婚したが、3年で破綻。悲しく思ったが、ほっとした自分がいた。

 離婚後は実家に帰り、地元の会社に就職。休日は畑仕事を手伝ったり、病気がちの親を世話しながら暮らしてきた。

 そんなことをミズクラゲに話した。
すると、驚くことにミズクラゲが笑った。ミズクラゲが笑ったのは生まれて初めてのことだった。つられて咲子も笑った。
 「私たちって同じだね。」

ミズクラゲは、脳が無いから、思っても行動はおこさない。しかし咲子には脳がある。行動を起こさないのは切ないことだなとも思ってしまう。

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| 古本読書日記 | 05:54 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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荻原浩    「ストロベリー ライフ」(毎日文庫)

 主人公の望月亮介は、グラフィックデザイナーの会社から独立して、事務所を開設。デザイナー自らクライアントを探すというのはプライドが許さず、ひたすら注文の来るのを待つスタイルを貫いているのだが、全く注文は無い状況で厳しい経営が続いていた。

 そんな時、父親が脳梗塞で倒れたと静岡の実家から電話がある。
実家では両親がいちごのハウス栽培をしている。父親は倒れ一命はとりとめるが、長期入院が必要となり、農業ができなくなる。

年老いた母親だけでは、農業はできない。それで、母親の手伝いを急遽亮介がすることとなる。
 手伝いをはじめると、農家の仕事は次々わいてでてきて、とても片手間でやれるものではないことがわかってくる。

 私の実家も農家だった。そして父親は、毎日、今日は何をしたか簡単な日記をつけていた。それを次の年の作業に役立てていた。

 亮介の父親も作業日誌をつけていた。これを参考に日々の作業を決めて実行しようとしたが、独特の言い回しや、専門用語があり、中身がわからない部分がある。そこでネットでイチゴ栽培の方法を調べ、それを冊子に閉じて、父親の日誌と冊子をつきあわせて亮介は作業をする。

 それでもわからないところは、同級生の同じいちご栽培をしているガスに教えてもらい支援を受ける。

 荻原は、徹底していちご栽培を調査研究している。実に丁寧にイチゴ栽培を描写している。

亮介のいちご栽培にはもうひとつ大きな問題がある。

 妻美月と息子銀河と別れて暮らさねばならないこと。美月は東京生まれで農業を嫌っている。しかも、亮介の収入がないので、美月のアルバイトだけでは暮らしていけない。美月は結婚前にやっていたモデルの仕事を再開する。すると銀河を世話する人がなくなる。それで、銀河は亮介と静岡の実家で暮らす。ずっとこのまま家族は別れて暮らすのは辛い。

 それから、亮介が田舎に戻り農業をすることに、最初は若い人が田舎にもどってきたと好意的だった周囲の農家の人たちが、素人が作るいちごと、自分たち作ったいちごの出荷価格が同じというのは気に入らないと亮介を村八分にする。

 こんな困難にぶつかりながら、亮介は一つ一つ課題を克服し、最後はハッピーで終わるストーリーとなっている。

 終わりが最初から決まっていて、それに向かって物語が展開している感じ。ちょっとできすぎのストーリー。現実感が薄いかなという思いが残る。

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桜木紫乃    「氷の轍」(小学館文庫)

 この作品、何となく背景やストーリーが「裸の華」に似ていると感じた。そう思っていたら作品はABC朝日放送開局65周年記念作品として、朝日放送より桜木さんに脚本依頼された作られたことを知った。その時の監督からの依頼が現代の「飢餓海峡」を書いてほしいということだった。時間も限られていたから、「裸の華」に似通ったのかと納得した。

 しかし、桜木さんの度肝を抜く表現が最初の数行目に登場。これで読者の心を鷲摑みにしてしまう。主人公の北海道警釧路方面本部の刑事大門真由の父大門史郎が脳梗塞で倒れ左半身が不随となる。ここでの表現

 「六十四で、左半分が天に召された」想像を超える表現だ。

 北海道釧路市の千代ノ浦海岸で老齢のタクシー運転手が他殺死体で発見される。刑事大門が犯人を必死に追うが、真相がつかめず膠着状態に陥る。

そんな、悩んでいる真由に元刑事の父親史郎が病床から言う。
 「目の前にある情報に重いも軽いも、ない。偶然も、ない。都合も、ない。発生も消滅も、ない。ものが抱えてきた時間と向き合え。・・・被害者にも加害者にも、お前にも、時間は止められない。唯一時間を止められるのは“もの”だ。“もの”が抱えていた時間を丁寧に解いて犯行に近付け。」

 ここから、津軽海峡を挟んだ壮大なタクシー運転手の人生が徐々に明かされてくる。

小百合という女性が2歳のときに釧路の金持ちに養子としてもらわれる。その小百合が、蒲鉾屋の息子と逢ったこともないのに結婚させられる。小百合が頑張り蒲鉾屋は繁盛する。

 その小百合と殺された運転手の接点が明らかにされて事件の真相解明にひたはしる。

 真相が近くなるにつれ、そこに挟まる、生き様を表した深い表現が、重厚な物語にぐっと響き、深い効果を導きだす。

 2歳で養子、結婚、そして蒲鉾屋の女将さんへの変転。その時の中での小百合の気持ち。
「小百合はなにも放りださないかわりに、何一つ内側に取り込まない。自らも傷つかないし、他人を傷つける自覚もない・・・感情をおもてにだせば、ひとの感情にふりまわされる。そういったことを生まれながらに知っている。」

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| 古本読書日記 | 06:30 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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カルロス・ルイス・サフォン   「風の影」(下)(集英社文庫)

 「忘れられた本の墓場」の管理人イサックの娘ヌリアは、バルセロナの出版社に勤務。その会社の倉庫が、悪魔のような顔のない男ライン・クーベルトによって放火される。その倉庫には「風の影」を含めたフリアンの作品が保管されていた。放火直前にヌリアがフリアンの作品を持ち出し、何とか消失を防ぐ。

 そのヌリアは、パリで孤独な生活をしているフリアンを懸命に支えていた。

何故、フリアンはスペインを追われ、パリに隠れるような生活をせねばならなかったのか。それがヌリアの手記によって明らかにされ、読者である私にとって、その手記でフリアンがなぜパリに逃れたのかその原因となるところが、この作品の最も印象に残った。

 フリアンの父、フォレトゥニーは帽子屋を営んでいた。一方フォルトゥニーの妻になるソフィーはピアノ教師をしていた。ソフィーの教え子のアナ・パルスは才能のある子だった。父親は紡績機械製造の会社を経営していた。このアナ・パルスが結婚適齢期になって、バルセロナで最大の財閥リカルド・アルダヤの息子ホルヘと結婚することになる。

 最初に二人を引き合わせたとき、ソフィーも同席する。その時にリカルドは強引にソフィーと関係を持つ。ソフィーは当然、こんな男と付き合うことはできないと思ったが、その圧力に負け、それから96日間リカルドと関係を持つ。リカルドは関係を維持するために、ソフィーに会うたびに暴力をふるい、恐怖を与える。

 そんなとき、帽子屋のフォルトゥニーより求婚される。フォルトゥニーが彼女の体についている傷や痣を気にしないでくれたから、ソフィーはフォルトゥニーの求婚を受ける。しかし、その時には、ソフィーのお腹にリカルドの子供がいた。その子がフリアンだった。

 そしてこともあろうに、フリアンがリカルドの娘ペネロベに恋する。そして、2人が愛し合っているところをリカルドの妻にみられてしまう。しかも、この時、ペネロベは妊娠していた。

 フリアンとペネロベは異母兄妹だったのだ。当然、リカルドは怒髪天、猛り狂った。
そして、ペネロベを鍵をかけた部屋に監禁。フリアンはバルセロナをリカルドにより追放され、パリに行くしかなかった。

 リカルドはバルセロナのすべてを牛耳って、反駁する者はすべて抹殺。その実行者こそ、フリアンの幼馴染、バルセロナ警察の刑事部長に上り詰めたフメロだったのだ。

 この作品。独裁国家は、独裁者が法律のすべてであって、彼の権力にぶらさがっている人は、気に入らない人をなぶりころそうが、虐殺しようが、まったく罪は問われないという悲惨さを描きだす作品だった。

  この作品。訳者が素晴らしいのか、18世紀から19世紀にかけて文学が花開いた時代の物語を読んでいるような雰囲気に包まれ、ディケンズやフローベールやスタンダールを彷彿とさせるような作品だった。

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| 古本読書日記 | 06:52 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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カルロス・ルイス・サフォン   「風の影」(上)(集英社文庫)

 37か国で翻訳出版され、殆ど宣伝なしに口コミだけで500万部以上売り上げたという超ベストセラー本。

 1945年10歳を過ぎた主人公のダニエル、父に連れられ「忘れられた本の墓場」を訪れる。そこは、人々の記憶から忘れ去られてしまった本がやってくる最後の場所。ダニエルの父は古書店の店主をしている。彼が言う。

「本に持ち主などいない。ここにある本たちは、昔は誰かの親友だった。だけど、今ここに本があることは私たちしか知らない。」
 そして、一冊だけダニエルに持ち出してもよい。その一冊は、ずっと大切に手元において誰にも渡してはいけないという。

 ダニエルがフリアン・カラックスの「風の影」を選び持ち出す。
ダニエルは早速「風の影」を読む。面白い。だけど作者フリアン・カラックスは無名。

 ところが、同じ古書店主バルセロが「風の影」を譲ってほしいとダニエルにしつこく迫る。なぜこの本がとダニエルが不思議に思い、バルセロに聞くと、作者カラックスについては姪のクララが知っているという。

 クララによると、フリアンは生まれ育ったバルセロナでは、本は出版できず、パリにゆきそこの小さな出版社から何冊か本をだす。しかし、全く売れず、故郷バツセロナに帰る途中決闘を申し込まれて、その決闘に負け殺され共同墓地に埋葬されたとわけのわからないことを教えられる。

 更に、「風の影」にも登場する、ライン・クーベルトという顔もない悪魔のような謎の男がダニエルの前に現れ、「風の影」をよこせと脅す。

 この不思議なフリアンが、ダニエルの追求によりその実態が明かされてゆく物語かと思って読み進むと、「忘れられた本の墓場」を管理しているイサックの娘ヌリアが登場。

 彼女が元出版社に勤めていて、フリアンと緊密な関係を持っていて、彼女からフリアンについて語られはじめる。

 フメロというバルセロナ警察の刑事部長が登場する。フメロはフリアンと友達だったが、バルセロナ一番の富豪リカルド・アルダヤの娘ペネロベに密かに恋心を抱いていた。ある日、このペネロベとフリアンがキスをしているのを見る。
 これで怒り狂ったフメロは、いつか必ずフリアンを殺すと誓う。

 スペインは長い間フランコの独裁政治が続いていた。独裁体制では、独裁者におもねりとりたてられた人間が、人殺しをしようが、罪を犯そうが、決して逮捕されない。フメロはたくさんの人殺しをしながら、のしあがってきた人物。

 フリアンのパリでの逃亡生活を余儀なくされたのは、スペインが独裁国家で、その独裁権力をかさにきた、ならず者フメロがいることを匂わせるところで上巻は終わる。

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| 古本読書日記 | 06:49 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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西加奈子     「i」(ポプラ文庫)

 最近の小説では、殆ど無くなったが、世界、社会とのかかわり方、人間としてのあり方、生き方を明白に描いた作品である。

 主人公のアイは、シリアで生まれる。そこで、日本人の女性とアメリカ人の男性夫妻に養子として引き取られ育てられる。生まれたシリアでは、独裁アサドの虐殺や、内戦により数十万の人々が殺される。

 もし、養父母に偶然に拾われなかったら、自分も犠牲になっていたかもしれない。それなのに、自分は裕福な生活が送れている。そこに、強い引け目とこの世に存在していいのかという思いが強くなる。それで、ノートに毎日のニュースから、死んだ人が発生した事件と死者の数を拾い出し書き留める。

 そして、人との関わりを徹底的に避け、生きることには役立たない数学の勉強、研究に逃げ込む。友達はたった一人で名前はミナ。大事な友達なのだが、このミナはLGBT。

 アイの人生の転機となったのは、街でビラをもらい、そのビラに誘われ、安保法制反対のデモにでかけ、そこでカメラマンユウと知り合い、結婚してから。

 アイは自分の血を継ぐ子供が欲しいと強く思う。しかし、子供ができなくて、思い切って人工授精にかける。困難を克服して妊娠したが、11週めで流産。

 そんな失意の中、ロサンゼルスへ行っているミナと連絡をとると、驚くことにLGBTのミナは妊娠していると言う。しかも、相手はアイも知っている中学の同級生。

 アイはロスに飛ぶ。ミナから子供を産むということを聞き、心から喜ぶ。
子どもは、親に会う前にできる。親はその後で子供にであう。できた奇跡にありがとうと言いたい。

 日本にも貧困子どもの問題がある。しかし、存在はよくわからない。貧困は、存在が認められず無視されている。世界は移民、難民を排斥する風潮が席巻している。

 しかし、人間は生まれてきてくれたことに感謝しあい、そして生きてゆくことに理解しあわねばならない。

 それからLGBTの人が妊娠したってかまわない。人間は多様であり揺れ動く。その多様性を受容せねばならない。
 他人の生き方考え方を認め尊敬しあえる世界にせねばならないと作品は訴える。

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| 古本読書日記 | 06:27 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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恩田陸   「EPITAPH 東京」(朝日文庫)

 主人公の作家Kは、戯曲「エピタフ東京」を書きあぐねている。吸血鬼と名乗る吉屋は「東京の秘密を探るためのポイントは死者です。」と言う。そこで、死者にまつわる場所を求めて東京を歩く連作短編集。

 東京大手町の三井物産ビルの傍らに首塚がある。

 平安時代に望んだポストを得られなかったために不満を募らせ、朝廷に反旗を翻し、関東で反乱を起こし、あえなく討たれてしまった平将門。京都でさらされた首が、胴体を求めて飛来して落ちた場所が首塚。

 史跡では通常案内板は教育委員会や自治体が主体になって書かれるものだが、首塚は商社有志により作られている。本社から転勤でだされた商社員が、また本社に帰ってこられるようお祈りにくる史跡だそうだ。

 首と胴体がきりはなされている人形といえば、すぐ浮かぶのがこけしである。こけしはよくみると、顔の表情がどれも異なっている。頭が大きいこけし。胴体と頭が同じ大きさのもの、いろんな種類がある。こけしは木地師が端材から作る。だから木地師により形表情が異なり、それぞれ流派がある。

 こけしは漢字では小芥子と書く。芥子は女の子が初めて髪を結ってもらった時の髪型を指し、そこから女児のことを芥子と言うようになったと言われている。

 しかし別説がある。昔は労働力にならない女の子が生まれると、貧乏で育てられない貧しい家が多く、そんな家では間引きされてしまう。

 そんな子を供養するために生まれた人形。子消しからきているとも言われる。
小芥子より、子消しのほうが真に迫ってくる。

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| 古本読書日記 | 06:04 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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森瑤子    「垂直の街」(集英社文庫)

 僕らが70年代に憧れるようにして映画でみたニューヨークの香りが匂いたってくるような、ニューヨークを舞台にした短編小説集。

 その中で「タクシードライバー」が印象的だ。

タクシー運転手のバーニーは仕事が終わり帰宅途中でペットショップに立ち寄り、黒のラブラドールの子犬を買い、名前をブルースとつけて持ち帰ろうとしている。

 運転途中で土砂降りの雨がやってくる。その雨の中で、突然女性が車の正面にとびだし、タクシーを止める。そして、バーニーの事情を無視して乗り込みラガーディア空港まで行くように指示する。

 突然の雨で、車は渋滞。今は夜8時50分。女性客は、9時20分発のトロント行き最終便に乗りたいという。かなり無理な状況で女性客は急ぐように必死で訴える。

 バーニーは2年前妻エズメをガンで亡くしている。しかし、3か月前ノーマと再婚している。しかし、いつも、いつもエズメのことを思い出し、彼女がいなくなったことに悲嘆の涙を流している。そんな話を女性客にする。

 すると女性客が言う。今日が二度目のニューヨークだと。大好きな金持ちのスティーブとニューヨークに駆け落ちしたのだと。座席もファーストクラス。夢のような旅行。

 飛行機のベルト着用のサインが消えると、スティーブはリクライニングシートを目いっぱい傾け、背広を脱ぎ、靴下も脱いであおむけに寝そべる。

 その姿をみて女性客は、急に恋心が冷める。
ニューヨークに着き、彼の誘いを振り切って、ホテルをとり、部屋ですごす。二時間が過ぎ、今夜は夫は仕事で11時の帰宅と言っていたことを思い出す。

 最終便に乗って帰宅すれば11時前には家へ着ける。何もなかったように自宅で夫をむかえよう。それで、バーニーのタクシーを無理やり停車させた。

 女性客はバーニーに聞く。
「どうして、再婚したノーマがだめなの。嫌いなの。」
バーニーが怒って言う。
「ノーマが嫌いではなくて、エズメじゃないからだめなんだよ!」と。
女性客は何とか間に合う。

 2つの異性に対する思いと物語が短い間に鮮やかに交錯する。

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桂望美    「総選挙ホテル」(角川文庫)

 大学で28年間社会心理学を学び、研究し教えてきた元山。現実の社会での実践が不足しているため、空理空論ばかりで、社会で応用できるものではないと評価されてしまっている。そんな元山に、中堅ホテルだが、業績が落ちて、厳しい経営状態にある、 

 フィデルホテルの社長にならないかとのオファーがあり、元山はそれを受ける。

 元山がくりだした改革が破天荒だった。

  各部門の定員数を決め、それからあぶれた人は解雇する。その定員をだれにするかは、従業員による投票の評点で決める。ただし、所属部門では活躍できないが、他部門にゆけば活躍できるという人選も従業員が決め、その評点の高い人は、他部門への移籍ができる。

 その結果、料理部門の人がベルボーイになったり、フラワーショップ担当の人が、レセプションになったり、派遣の清掃の人が、ウェディング担当になったりする。

 また、管理職も従業員の投票で決める。
こんなことをやると、自分は解雇されたくないと思い、他の従業員に評価を高くしてくれるよう活動する人がたくさんでてくる。

 結果、解雇された人たちの恨みつらみがネットで発信され、その悪い反響に襲われたが、そんな文句も次第に収まり、ホテル内は活性化され、勢いをとりもどしてゆく。

 元山は次に、ホテルにはりめぐらされている監視カメラの映像をつかい、それぞれの従業員のサービスの質をみんなで評価しあい、その評価の高かった人に賞金をだすという活動をする。それで、更に社内は活性化し、ホテルはよみがえる。

 著者の桂さんは、会社に足場があるわけではない。これはファンタジーな非現実な世界を描いた小説だ。こんな人事組織対応をすれば、会社は混乱を引き起こし、収拾不能になる。

 日頃、組織、人事に大きな不満を持っている人は、この作品を読むと一時的には痛快になるかもしれないが、それを過ぎると虚しさだけが沸き上がってくるだろう。

 しかし、掃除夫だったおばさんの、就職志願者に贈る言葉はその通りと思わず頷く。
「どんな仕事でもキラキラしているものではないのよ。しんどい仕事ばっかりよ。しんどいから仕事になるのさ。あまり期待しないことだね、自分の未来に。だけど、そんなに悲観する必要もなくてね。地味な生活の中にも、笑ったり、嬉しいことがあったりするものなのよ。予想もしない展開になったりするものなのよ。ごくたまにだけど、平凡な毎日にだって、数えきれないほど幸な種がある。」

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| 古本読書日記 | 06:14 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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中山七里    「翼がなくても」(双葉文庫)

 主人公の沙良は、陸上200mで日本歴代9位の記録を持ち、オリンピック出場も視野にはいっているアスリート。

 その沙良が交通事故にまきこまれ左足をつぶされ、手術でその左足を切断してしまう。車を運転していたのは、隣家の幼馴染相良泰輔。小学校時代は毎日2人で学校に通った。

 泰輔が変わったのは中学3年の時、父親が自殺してから。そこから、泰輔は引きこもり、友達もなく、学校にも行かなくなる。実は泰輔は無免許だった。

 この物語で知って驚いた。危険運転致死傷罪は、飲酒運転、危険運転、未熟運転によって引き起こされた場合適用される。その罪は従来より重く、人を傷つけた場合は最高で15年以下の懲役、死亡させた場合は最長20年以下の懲役になる。

 泰輔の場合は無免許であっても、日ごろ車を乗り回しており。未熟運転は適用されず、過失致死罪となり7年以下の懲役。場合によっては執行猶予もつく。泰輔も実刑にはあっていない。免許を有するか否かは罪の軽重とは直接関係ないからである。

 物語は、事故を起こした泰輔が殺される。その真相を追求する捜査過程と、足を失った沙良がパラリンピック陸上200mに活路を見出し、取り組む過程が平行して進む。

 沙良を世界有数の義肢装具士でありスポーツインストラクターでもあるデビッドと彼がバックアップしている東大生産技術研究所がバックアップする。

 デビッドはアスリート用の沙良専用の義足をつくる。生産技術研究所は科学的トレーニングを沙良のために開発し、練習、実戦をサポートする。

 私たちは眼鏡をかけている人を異常な人とは思わない。通常の人として受け入れる。視力に欠陥があるにも係わらず。

 この物語を読んでいると、手足を失い、義手、義足になっても、普通の手足のように義手、義足を使い、人々の中に溶け込んでしまう世界がそこまでやってきているような気持ちになる。

 それどころか。科学や機械技術の進化により、障害を持つ人のほうが、健常者を凌ぐ記録を打ち立てるのではという予感を起こしてしまう。

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今野敏    「臥龍 横浜みなとみらい署暴対係」(徳間文庫)

警察小説では、署内の組織を描くのに、光が当たり、活躍する課として描かれるのが、捜査一課。殺人などの強行事件を捜査解決する課だ。これに対し、問題のある課として描かれるのが暴対係。暴対法に従って、暴力団の動きを監視して、未然に暴力団の危険な行動を防ぐ係である。

 この暴対係は、暴力団と常に接しているので、団員やその幹部と癒着してしまう。以前は暴力団が自分のしまの商売している店や飲食店からみかじめ料をもらっていたのだが、今は暴対刑事から店や飲食店から暴力団追放協力金という名目でお金をむしりとられる。暴力団は自分たちの犯す罪を消すために、女性を刑事にあてがったりする。暴対部刑事の行動が、市民を守るより、暴力団の味方をしているような行動になる。

 こんな物語が多く、暴対刑事こそ悪の根源なのではと読者に思わせてしまう。

この物語は、通常の物語と逆になって、暴対係から、署のエース、捜査一課の問題を抉り出す。

 捜査一課の弱点は、事件捜査現場から集めた情報をもとに、課長や署長が事件を見立て捜査方針、方法を決定、これに担当刑事が反論できないところにある。

 容疑者を特定して、徹底的に容疑者の周辺や関係者を捜査しろとか容疑者を引っ張ってきて自白させろという指示をしばしばする。

 これで間違っていることが起きる。ごくまれに、裁判の過程で、その間違いが暴かれ、無罪ということになるが、日本では、犯人として逮捕され、検察も受理起訴されれば、99.9%有罪となり無実であっても刑に服することになる。

 物語は、上の見立てが間違っていると思っていても、反論ができない組織体制とその捜査過程に対し、立ちはだかる、暴対係を描く。

 それにしても今はどうなんだろう。特殊詐欺も増加していて、その後ろには暴力団もあるだろうから、暴力団の活動も活発なのかもしれないが、暴対法施行以前に比べれば、暴力団は表面から消え、あまり話題に上らなくなった。それでも、今野が主要テーマにしている、暴力団、マフィアの物語は売れているのだろうか。

 読んでいて、何か焦点がずれているのではという思いがして仕方なかった。

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| 古本読書日記 | 06:32 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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翔田寛    「左遷捜査3 三つの殺人」(双葉文庫)

私が勤めていた会社のある市には、税関と税務署があった。この2つの役所に、本省である財務省から、若いキャリアの人間が、勉強を兼ねた骨休み期間として署長となって派遣されてくる。

 私が現役のとき、税関に男性、税務署に女性が派遣されてきた。特に仕事も無くて知り合いもいなかったので、2人が仲良くなり、ペアでコンサートをするから、会場確保と人集めをするように要請され往生した。

 副署長は、その時は署の現実のトップとして、采配を振るうと同時に、署長に最大の気を使い、そそうのないようにして、勤めを終えていただき本省にご帰還頂くことに集中した。

 たいがい赴任してくるキャリアも、骨休め、研修期間として認識して、采配を振るうことはまずないのだが、時に自分は署長であり、署員を統率する立場にあると勘違いしてしまう人がいる。

 この物語に登場する所轄署の署長丸山も警察庁から派遣されてきたキャリア。
最近、署の管轄エリアで、麻薬所持、使用の犯罪が急激に増加している。どこかおかしい。

こんな時は、厚生労働省の麻薬取締官や、暴対課の刑事が、内偵捜査をして、取引現場や物を現場を抑える。そこに捜査一課が登場して逮捕にふみこむというのが基本的手順。

 ところがキャリアで派遣されてきた署長が。自分が署長だから捜査の采配を振るうと言い出す。キャリアで地位も署長だからだれも諫められない。
署長は麻薬取引や販売していると思われる暴力団に対し徹底的に捜査をすることを指示する。

 暴力団はこんな表だった捜査が行われたことが無いため驚き、麻薬取引のメンバーにスパイがいるのではないかと疑う。そして小島という若い団員をスパイとしてあぶりだし、殺害をする。

 しかし、この小島は実際は麻薬取締官で、暴力団に潜入したスパイだった。

若いキャリアの署長の指示、命令がとんでもない事態を引き起こした。しかもこの署長の父親は国会議員。

 警察庁、警視庁は、議員やキャリア署長に累をおよばせてはならない。そこで失態の責任は副署長にかぶせ、殺人事件の犯人もわかっていたが、取り締まり逮捕せず、捜査を打ち切ってしまう。

 物語は殺された麻薬取締官の父親である棟方刑事が掟を破り、組織を無視した捜査で、真実を明らかにする。

 通常、それでも真実が隠蔽されたり、権力者には何も影響が及ばない空しい最後で物語は閉じるのだが、この物語は、最後まで落とし前をつけている。作家の姿勢に拍手をおくりたい。

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堂場瞬一     「共犯捜査」(集英社文庫)

 「検証捜査」シリーズ4作中の1作。全部シリーズを読んだわけではないが、この作品が一番納得感があった。この物語では、「検証捜査」で、福岡より出張して捜査に加わった島村が、地元福岡で発生した誘拐事件に挑む。

 物語では、福岡で人材派遣の事業に成功した松本俊也が、あまり経営能力のない息子に事業を引き継いだのだが、案の定、業績が落ちてくる。それで、どうしても再度自分が社長に返り咲いて、経営の実権を握ろうとする。しかし息子が抵抗して社長になれない。

 そこで、松本俊也は旧知の大島に相談。大島に松本の孫の莉子を誘拐するよう依頼する。大島は、自分の経営している建設資材の会社が行き詰まっていて、倒産寸前にあった。それで松本俊也の話にのり、犯行実行者を闇サイトで募る。身代金は5千万円。

 俊也の息子のところに5千万円の身代金の要求が犯人よりくるが、息子は急にはそんな大金を用意できない。それで父親の俊也に相談する。

 俊也は息子に、当面自分が用意するから、持っている株を俊也に譲るように要求し、息子も承諾。5千万円は、大島が集めた犯罪実行者に払われる。

 ここで、ハプニングが起こる。誘拐された莉子が犯人実行者グループにより殺害されてしまう。ここからさらに複雑なストーリーが展開する。なんと大島が自分の息子の偽装誘拐を誘拐実行者グループにさせる。

 実権を握るためならば、孫まで誘拐させる。会社を倒産させないために、その誘拐計画に乗る。
 何ともすさまじい話だが、目の前の危機をのりきるためには、追い込まれた人間の中には実行する奴もいそうだと思ってしまう。

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| 古本読書日記 | 06:49 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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堂場瞬一    「時限捜査」(集英社文庫)

 この物語での事件の主犯は伏見という男。その事件の5年前、伏見は大阪府警に組織を持たない一人テロリストではないかと逮捕起訴される。しかし、伏見はテロリストとは裁判で認定されず、結局凶器準備集合罪で執行猶予つきの判決を受ける。

 いろんな人間が世の中にはいるから、何とも言えないが、その伏見が、逮捕した大阪府警に強烈な恨みを抱き、大阪府警を壊滅するという目的で事件を起こす。

 まず、ここが私のような平凡な人生をおくっている人間には違和感を感じる。凶器準備集合罪で執行猶予判決。これで、恨みを募らせ、物語のようなとんでもない事件を引き起こすものだろうか。正直疑問だ。

 事件は、まず万博の記念塔である太陽の塔の放火から始まる。そしてUSJをはじめ4か所の放火事件が起きる。

 さらに大阪駅構内、時空の広場にあるカフェで若いカップルの拉致監禁人質事件が起きる。そして、銀行強盗事件まで発生する。

 これらの事件を伏見一人が計画する。

 そして、それぞれの事件の実行者をネットで募る。
とんでもない金額の報奨金でもあれば別だが、その報奨金の保証もなくて、いかにネット時代とはいえ、こんな事件をおこす人たちが集まるのだろうか。

 実行者は、警察に逮捕され、厳しい判決を受け、辛い服役生活をすることになる。出所後も厳しい生活が待つ。

 それをわかった上で、伏見のよびかけに応じる人がたくさんでてくるとは思えない。
こんな現実感が乏しい物語は、読み進むのに苦痛が増えてゆく。

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| 古本読書日記 | 06:47 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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中山七里    「悪徳の輪舞曲」(講談社文庫)

 悪徳弁護士御子柴シリーズの4作目。

御子柴は14歳のとき、5歳の女の子を殺害し、遺体を切り刻み、あちこちに放置する事件を起こし、少年院に収容された経験を持っている。出所後名前を改名して、努力し弁護士事務所をもち、弁護をすると、必ず勝利するという実績を持つ。弁護料は高額で、勝利のためには手段を選ばない悪徳弁護士として有名な弁護士。

 今回の物語は、御子柴の母親の再婚相手が首つり自殺をするが、それが偽装で、実は母親が殺害したという容疑で逮捕起訴される。その弁護を妹梓から依頼され御子柴が引き受ける。

 実は、30年前、御子柴が殺人をおかし、少年院にはいっているとき、御子柴の父が自殺している。この時は、自殺で処理されたが、母親の再婚相手の殺害手口と全く同じ手口であることが、裁判の過程で、検察より暴露される。

 これを、悪徳弁護士御子柴がくつがえすことができるかが、読みどころとなっている。

最近テレビドラマでもよくでてきて馴染みになっている科捜研。この作品を読むと、実は以前は証拠物件などの検査は、民間会社が行っていた。それを、経費削減という名目で、検察が提示する物件検査は当然だが、弁護人が提示する物の検査も科捜研が行うことに変わった。

 これは、冤罪とか、提示された証拠物が検査により、検察の思惑がひっくりかえることを防ぐためにとられた措置であることが透けて見えてくると中山は物語で書いている。

 御子柴は、殺害方法を民間の検査機関に検証を依頼する。そして、その殺害が不可能なことを法廷で実証させる。
 今をときめく科捜研も、検察、裁判官の描いたストーリーを認証するための補完機関なのか。これが本当なら恐ろしい機関である。
 
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| 古本読書日記 | 05:56 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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谷崎潤一郎  「谷崎潤一郎マゾヒズム小説集」(集英社文庫)

 谷崎の多くの小説がマゾヒズムを扱っている。その中から、短編を集めて作品集にしている。

 短編小説もそれぞれに面白いのだが、最後に収録されている「日本におけるクリップン事件」で谷崎は自分が考えるマゾヒズムについて論じているが、それが興味深い。

 「マゾヒズムは女性に虐待されることを喜ぶけれど、その喜びは、どこまでも肉体的、官能的のものであって、毫も精神的要素を含まない。・・・実のところはそういう関係を仮に拵え、あたかもそれが事実であるかの如く空想して喜ぶのであって、言い換えれば一種の芝居、狂言にすぎない。・・つまりマゾヒストは、実際に女の奴隷になるのではなく、そう見えるのを喜ぶのである。」「したがって、彼らの享楽する快感は、間接または直接に官能を刺激する結果で、精神的の何物でもない。彼らは彼らの妻や情婦を、女神のごとく崇拝し、暴君のごとく仰ぎ見ているようであって、その真相は彼らの特殊なる性欲に愉悦を与えるひとつの人形、ひとつの器具としているのである。」

 だからマゾヒストは共演者であるパートナーを自己の理想にふさわしい女性にしたてあげるために教育せねばならない。

 なるほど、マゾヒストには、マゾであるための恋心とか愛情は無いのである。ただひたすら遊戯における愉悦のために、行為がなされているのだ。
 「痴人の愛」「刺青」。この谷崎の説明でより理解が深まったような思いがする。

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| 古本読書日記 | 06:54 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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池上彰   「そうだったのか!中国」(集英社文庫)

 中国で理解できないのは、経済成長率が6.8%だったのが、今は6%いくかどうか。これは大変なこと、中国経済は失速して世界経済が大変なことになるという報道。

 今時、経済成長率は2-3%もあれば御の字。6%成長は高度成長を現在でも実現しているということ。なぜこれだけ成長していて、中国、世界経済が大不況となるのか。

 中国では、昔、毛沢東が大躍進運動政策を実施。中国体制を支えているマルクス主義というのは、労働者同士が同じ階級として団結し、敵対する資本家階級と戦って革命をおこし、資本家階級に打ち勝って社会主義社会を実現することが歴史的必然であり、科学であるということ。

 毛沢東は、これは人間社会だけにあてはまるだけでなく自然界でも同じであるということで、農業にもこの考えをあてはめた。

 農作物も同種のものを高密度に作付けすると、作物同士が団結、協力しあって豊作になる。
だから、例えば稲作もすきまがなく苗を接近させ植えなさいと指導する。こんな無謀な政策は無い。

 ところが毛沢東が視察にゆくと、稲穂が実った稲を集めてきて、大豊作のようにみせかける。そしてどの地域からの報告も大豊作となる。

 中国のGNPも地方からの報告をもとに算出される。だから6%成長が目標となれば、実態がどうあれ、6%の成長を実績として地方から報告があがる。
 実態は闇の中である。

これだけではないが、共産党幹部や共産党員の不正、汚職は警察は取り締まれない。国家より上位に共産党が君臨する。共産党員、幹部の罪は共産党規律委員会が捜査し、処罰する。そしてその刑罰は苛酷なものとなる。

 そして、不正の摘発は、共産党内の対立から生まれる。摘発されると、死命を制せられることが多い。だから、徹底的に権力におもねりすりよる。

中国は鄧小平が断行した「社会主義市場経済」で成功した。思想や統制は社会主義で行うが、経済は資本主義でゆくという政策である。それで、労働者階級に対立するはずである資本家の共産党員や共産党幹部もたくさん存在することになる。

 中国主席の任期は2期10年だったが、その制限が習近平により撤廃された。ということは、習近平が間違った政策を指示しても、誰もとめられなくなり、植物も労働者と同じなんて指示がでる可能性がでる。

 そういえば日本でも一強などといわれ、誰も反対できず、忖度ばかりがまかり通る状態になってしまった。

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| 古本読書日記 | 06:25 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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