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2019年11月 | ARCHIVE-SELECT | 2020年01月

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松本清張   「疑惑」

爺やの感想はこちら

きっかけは、Suites-women.jp というサイトで連載されているコラム。
「70代無職の父親が、40代女性と不倫して家を出て行ってしまった。
 40年間尽くしてきた母親はショックで向精神薬に頼る状態。
 一等地に家を持っているから狙われたのだろう。入籍されたら大変。
 息子(30代)が相手の40代女性に会ってみたら、泣きながら謝るので、
『そんなに悪賢い人間に見えなかった』という感想」
それをうけて筆者が、
「相手の女の身上調査をした方がいいとアドバイスしました。
『松本清張サスペンス』みたいな事って、現実にも起こるんですね……。
清張といえば、『疑惑』の悪女・球磨子

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さて、「疑惑」です。殺人事件はすでに起きた後です。
「もし球磨子が無罪だったら、釈放されたら、
 犯人だと決めつけ煽る記事を書いた俺に、お礼参りをするだろう」
と新聞記者が追い詰められていくのがメインです。
邪魔な子供を捨てたり殺したりするよう旦那に促す嫁(鬼畜)や、
殺した男を肥料にするケチで不細工なOL(鉢植えを買う女)のような
ヤバさはないです。
記者がビビっているだけで、悪女は前面に出てきません。
途中で嫌な予感はしたんですが、真相不明のまま話は終わります。

併録の「不運な名前」も、自説が披露される(推測合戦)だけで、真相不明。
日本の銅版部署の人が腕試しで作った偽札が出回っただけで、
熊坂長庵は冤罪だし、井上馨がドイツで偽札を作ったわけでもないってこと……かな。
ねえやのオツムでは難しかった。

| 日記 | 22:19 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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司馬遼太郎    「坂の上の雲八」(文春文庫)

 日露戦争で日本勝利を決めた、日本海決戦にてバルチック艦隊を打ち破る過程を中心に描かれる。

 司馬は、もしこの戦争に敗れていたら、どうなったかを書いている。

「この当時、日本政府は日本の歴史のなかでもっとも外交力に富んだ政府であったために、恐らく列強の均衡力学を利用して、かならずしも全土がロシア領にならないにしても、最小限にかんがえて対馬島と艦隊基地の佐世保はロシアの租借地になり、そして北海道全土と千島列島はロシア領土になるであろうということは、この当時の国際政治の慣例から見ても極めて高い確率を持っていた。」
 更に、「満州はそのままロシアの領土になり、朝鮮の宗主国は中国からロシアとなり、馬山,元山、釜山は租借地になり、仁川付近にロシア総督府がおかれることになっただろう」と司馬は書く。

 私は更にこれに加えて、ロシア社会主義革命は遅れるか、実現しなかったのではないかと思う。

 しかし、日露戦争は日本の歴史においてどんな価値があるのだろう。司馬のこの作品は本当に力作だと思うが、その価値は現在からみるとあまり無かったのではと思う。

 それはやはり第2次大戦の大敗北があったからだ。第2次大戦では、出兵した兵隊の73%以上が戦死した。

 日露戦争では、国民も兵士も日本国のために戦うという意志で統一されていた。その点がロシアと異なった。この当時明治天皇のために戦うという気持ちは日本人の中では薄かった。

 それが日露戦争から大正、昭和になり天皇第一となる神秘主義国家となり、国より天皇に命をささげるというロシアの専制君主体制のような国になってしまった。

 日露戦争の分析をきちんとしていれば、こんな神秘主義に陥らなかったと司馬は書く。

それにしても「坂の上の雲」全8巻は長かった。久しぶりに大長編を読み堪能はしたが疲れた。

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| 古本読書日記 | 06:02 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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司馬遼太郎   「坂の上の雲七」(文春文庫)

 満州での決戦地奉天での戦いと、インド洋を経て、南シナ海を北上してくる当時世界最大の艦隊といわれたバルチック艦隊の航行を描く。

 奉天決戦のロシア総司令官はクロパトキン。この決戦で常に彼を苦しめたのが、旅順攻防戦で戦った乃木の部隊がどこにいるかということ。

 中国からの情報によると、乃木の部隊は、旅順戦勝利後、ウラジオストックまで行き、その後南進して、北よりロシア軍を攻めるという。

 そうなればロシア軍は上下挟み撃ちにあい、破壊されてしまう。更に、兵隊、武器の補給路である鉄道を爆破されると、補給ができなくなり窮地においこまれる。

 この幻影のために、戦力のかなりを南進してくると想像する乃木の部隊のために割く。結果正面から責め上げてくる日本軍に対応できなくなり後退を余儀なくされる。

 その乃木軍が突然、西方より現れる。それによりロシア軍は大混乱に陥る。ここでクロパトキンは奉天を捨て、隣の街、鉄道駅のある鉄嶺まで退却し、そこで体制を整えて、反撃をすることを決断実行する。

 この決断は戦略としては間違っていないが、奉天を明け渡すということに兵士の間でクロパトキンが敗戦を認めたという空気が広がり、兵士の士気は急速に衰える。

 司馬は違うと物語で言っているが、ロシアは革命前夜で、ロシア皇帝に身をささげ戦うという人たちは極端にすくなくなっていて、兵士のなかにも多くの皇帝専制に抵抗意識を持っている人がいた。いかに日本より戦力は勝っていても、蔓延する厭戦」気分。ここのところが、奉天決戦がぎりぎりながら日本勝利で決着した要因のように私は思う。

 事実、奉天から鉄嶺退却中にロシア兵2万人が投降してきた。

 奉天を日本が獲った後も、ロシア軍を追ってロシア軍を満州から外へだしてしまえという意見も多かった。しかし、日本も奉天獲得までが限界。武器も底をつき、新たな補充兵力は無かった。

 クロパトキンの幻想、迷い、ロシア皇帝がけっぷちに助けられた日本勝利だった。

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| 古本読書日記 | 05:54 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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車谷長吉  「人生の救い」

朝日新聞「悩みのるつぼ」に、著者が回答した内容をまとめています。
このタイトルなのに、「人に生まれた以上救いはない」と何度も書いてある( ̄▽ ̄;)
そして、爺やの感想はこちら

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青空と見せかけて、実は髑髏

あとがきで万城目さんが、「他人の悩み事を回答者が片っ端から殺している」と。

「就職氷河期で内定が決まらない。2歳上の先輩たちに比べて不運」
回答「私は生まれつきの蓄膿症で鼻呼吸ができず、手術すれば失明するといわれた」

「義父母の自慢話にうんざり」
回答「私の父は金持ちの長男から貧乏に転落し、死ぬまで愚痴を言い続けた。
   まだ自慢話の方が聞き良いはず」

「1円でも安い店を探し、ポイントカードを忘れて落ち込む、セコイ自分が嫌い」
回答「私は貧乏のどん底だったとき、駅のベンチで寝起きした。
   三重苦の障碍者の施設や子供に捨てられた老人の施設に、寄付でもしなさい」

「仕事ができないうえに嫌味っぽい同僚に、毎日むかつく」
回答「山で大声で歌ったら?」

自分の経験・知識に話を引き寄せ、答えになっていない内容で締めているケースも。
後の方になると、「会社の外で趣味仲間を見つけなさい」「親離れしなさい」と
無難なアドバイスもあります。

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ちなみに、先日の「悩みのるつぼ」は確か上野千鶴子さんで、
「夫が倒れたので、遠方で働いていた息子を呼び戻した。
 夫が元気になったので、息子に再度自立・就職してほしいが、毎日ゲームばかり」
回答「自分たちの都合で呼び戻しておいて、用済みだなんて勝手な話。
   『ブラック企業にいた息子は、喜んで辞めて戻ってきた』も都合のいい解釈。
   あなたもブツブツ言いながら、かわいい息子の世話を焼いているんでしょ。
   自立に必要なお金を渡して出て行ってもらいなさい。関係修復は無理でしょうね」

普通は、こういう耳のいたいお叱りを期待(予想)しますな。

| 日記 | 14:22 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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司馬遼太郎   「坂の上の雲六」(文春文庫)

 司馬は物語のなかで、戦争について語る。
戦争は、勝つ戦力、体制を準備した後で行うもので、これが整わない間は戦争にうってでてはいけない。

 ごくまれに、奇策、特異な戦術を持って、圧倒的戦力を持つ敵を打ち負かす例があり、これに対し拍手喝采を送る場合があるが、こんなことは本当にまれ、家康、信長でも(桶狭間の戦いは除く)、多くの領主と同盟を結び圧倒的戦力を持つまで我慢して、その後に戦争の火ぶたをきっている。

 この司馬理論にあわないのが、日露戦争である。兵力、戦力ともに圧倒するロシアは日本と戦争して何故負けてしまったのか。

 明石元二郎という軍人がいた。士官学校時、仏語の成績が抜群で外国語の習得力が高かった。この明石を、在露日本公使付としてロシアに送る。そして日露戦争が始まる直前に総合軍事参謀の児玉源太郎による電報指示がある。内容は
①ロシアにてスパイ活動をせよ
②ロシアの革命を指導せよ
その資金として百万円が送られる。明治時代の1円は現在の2万円といわれている。ということは200億円。途方もない大金である。

 首都ペテルブルグでロシア語を習う。どういうきっかけがあったのかわからないが、革命家レーニンと知り合い親交を深める。

 当時ロシアは領土拡張主義でポーランドとフィンランドを制圧、支配下においていた。明石はロシアからスウェーデンのストックホルムに移る。ここで、フィンランド過激反抗党の党首シリヤスクと知り合い、更に彼を通じて「フィンランド憲法党」党首カストレンとも知り合う。彼らの人脈で、ロシア軍将校や労働運動家たちと知り合い、彼らに金を与えスパイとして使う。

 またシリヤスクやカストレンにも活動資金を与え、革命達成のための支援をする。そして、明石の発案で多くの同じ志を持った政党が集まりパリでロシア政府打倒の集会を開催する。それを契機にロシアで労働者や農民たちの専制君主体制打倒の活動が発生。そして血の日曜日が起きる。これらの活動のいくつかには、明石の資金が流れている。

 当時のロシアはニコライ2世が国を支配。ニコライ2世と貴族は土地と人民の私有をしていた。人間は動物、家畜と認識されていた。だから大部分の人々は悲惨な生活を強いられ、ニコライ2世の専横政治に対しマグマが爆発寸前まできていた。

 他国では、ロシアの体制は破壊されると認識されていた。

 この状況では、日本が戦力で劣っていても十分勝機はあった。
革命の過程で明石の名前は登場しないが、彼と日本のお金がその原動力になっていた。

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| 古本読書日記 | 06:19 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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司馬遼太郎   「坂の上の雲五」(文春文庫)

戦争物や歴史物を読んでいて時々いやになるのは、戦死者、犠牲者が無機質に何千人とか何万人とか書かれるところ。

 旅順奪取でロシアの頑強な堡塁、要塞を攻める。そのとき、乃木、伊地知は銃をもたせた兵隊を、要塞に向かって突撃させる戦術を繰り返す。それは、待ち構えているロシア部隊から攻撃を受け蹴散らされ射殺されるだけのための突撃。

 それでも、日本の兵隊の死をいとわない突撃が成功してロシアの要塞を奪還したことがある。1000人で突撃して、奪還したときの人数は100人である。

 乃木、伊地知のひどいのは、どうせ皆殺しにあうだろうと考えて、奪還したらどうするかを全く考えていなかったことだ。

 100人は、応援、支援もなく孤立したまま、残され、翌日ロシア軍によって全員殺される。

旅順攻防で、ロシアの投入した戦闘員は4万5千人。うち死傷者は1万8千に余。亡くなった戦闘員は3千人。これにたいし日本は兵力十万人。うち死傷者は6万百十二人。うち戦死者は一万五千四百人。そのうち将校はたった十人。

 突撃隊で突っ込む歩兵がまっさきに犠牲者となる。
この歩兵はそれぞれが人間であり、家族を持ち、日本に変えれば、平穏に暮らしていける人たちである。

 感情的になってしまうが、たとえ戦争で勝利をしても、多くの人を犠牲にする、そこに何の価値があるのだろうと考えてしまう。
 しかも戦死を生じさせる将校たちは、犠牲者が圧倒的に少ない。

旅順には、統合参謀長の児玉源太郎が乗り込んできて、乃木の指揮権をはく奪して、みずから指揮をとる。日本独自で開発した二十八サンチ砲をもちこみ、203高地を奪取する。

 児玉が乗り込んできたときの怒りの言葉が心にしみる。
 「この連中が人を殺してきたのだ」
「陛下の赤子を、無為無能の作戦によっていたずらに死なせてきたのはたれか。これ以上、兵の命を無益にうしなわせぬよう、わしは作戦転換を望んでいるのだ。」

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司馬遼太郎   「坂の上の雲四」(文春文庫)

 日露戦争の雌雄を決する場所は、中国北東の満州、当時、ロシアが侵略し治めていた首府奉天の決戦にあった。

 奉天に向かう大陸の入口は、遼東半島の旅順。この拠点もロシアが抑えていた。まずは、この旅順を日本は獲得しないと、その後の奉天決戦には向かえない。

 この旅順には、ロシア艦隊が駐留していた。日本はロシア艦隊と黄海で戦い勝利をおさめたが、ロシア艦隊の戦艦が旅順港に港の入り口を封鎖して立てこもる。

 そしてロシアは、太平洋に展開する艦隊として、最新式の艦船を新造してバルチック艦隊を設立。この艦隊を極東に派遣する。この世界最強の艦隊が極東にやってきて、旅順に閉じ込められている艦隊と一緒に日本に襲いかかってくると、日本はひとたまりもない。

 だから、バルチック艦隊が旅順に来る前に、ロシアの艦隊を全滅させることが、日露戦争を勝利する必須条件となる。

 もし旅順を占領できないと、奉天で戦う日本軍のための兵隊や武器、食料を積載した補給船が旅順到着前にロシア艦隊に破壊され、奉天での決戦は不能となる。
 それで、海軍は陸軍に対し、旅順の戦略地である203高地を占領し、ここから停泊しているロシア艦隊を攻撃破壊するように要請する。

 ところが、この旅順攻撃を担当している第3陸軍の乃木将軍と伊地知参謀が作戦について海軍には言われたくないと、どんなに要請されても拒否する。

 司馬はこの3巻と4巻を通じて、乃木と伊地知の無能さを徹底的にこきおろす。

 その無能さの最たる戦略。乃木、伊地知はロシアが固めている堡塁への攻撃を毎月26日に行う。ロシア軍は理由はわからないが、日本軍は毎月26日に攻めてくることを承知していて、その日を目指して頑強な堡塁を作り上げ、日本軍を返り討ちにしていた。

 26日に行う理由は伊地知によると3つある。
火薬は一か月持つ(科学的根拠はない)から一か月単位に攻撃する。最初の攻撃した日が26日だったので、毎月攻撃は26日となる。最初に攻撃した日は南山の堡塁獲得に成功しており縁起がよい。攻撃日付けの26日は偶数で2で割れる。要塞を2つに割ることができる。

 まったく、乃木、伊地知の戦いにはガックリする。

 そして、いよいよバルチック艦隊がバルチック湾から極東にむけ出発する。
 こんなリーダーで本当に日本は大丈夫だったのか。不思議である。

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司馬遼太郎   「新選組血風録」(中公文庫)

 新選組というのは、会津藩が守護職として幕末の京都の治安取り締まりにあたったとき、浪士を集め守護職の傘下におき実際の取り締まりを行わせた浪士預かり隊のことを言う。幕府の京都での警察取り締まりを担う集団である。

 幕府は倒れ、維新政府になる。その際、新選組が戊辰戦争などの歴史的出来事で活躍したということもなかったので、ずっと新選組の歴史的な意義が認められることはなかった。

 昭和3年歴史小説の大家である子母澤寛により「新選組始末記」が書かれベストセラーとなり、埋もれていた新選組が脚光を浴びる。それから30年後、司馬遼太郎により新選組の物語がいくつか出版された。紹介した本や「燃えよ剣」が大ベストセラーとなりテレビドラマ化もされ、維新ブームと同時に新選組ブームが起き完全に歴史的認知を獲得した。

 しかし、この作品にもあるように、相手との戦いに際しひるんだり、臆病な言動がある者は容赦なく断首。

 大将が戦いで殺害されたときは、逃走は許されるが、自らが属する組の組頭が殺害されたときは隊員は全員切腹をせねばならない。

 私事により決闘になった場合、或いは街で決闘をした場合、必ず相手を殺さねばならない。逃がしてしまった場合には、切腹せねばならない。

 とんでもない戒律で組織を統率している。
これを読むと、新選組隊員が起こす人殺しは、理由がなく自由。結果毎日4-5人が殺されるということになった。

 この作品は、そんな動乱期に剣によって死んでいった隊員の生きざまを15の短編により描いている。

 私は、新選組というのは無差別殺人集団であるという思いがしみ込んでいて、その価値をどんな波乱万丈に描いても全く評価しない。
 だからこの作品集も殆ど印象に残る作品は無かった。

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| 古本読書日記 | 06:22 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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押川剛   「『子供を殺してください』という親たち」

タイトルの頭に一言付け加え
「こうなったのは自分たちのせいなのに、『子供を殺してください』という親たち」。
無責任な親たちには言葉を失うという、怒りや嘆きをにじませる個所もありました。

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「親が、まずは自分自身を振り返ってみるべきです。
ノートなどに時系列に沿って書き出してみるのもいいでしょう。
子供の問題行動が起きたのはいつ頃で、どんなことだったか。
そのとき自分は、一体何に心を奪われ、何を中心に生活していたか。
おそらく、子供のことよりも優先していた『何か』があるはずです」
という具合に。
そこまで因果関係がはっきりしているかはわかりませんが( ̄▽ ̄;)
筆者は、いろいろなケースで、「この時に対応を誤ったな」なんて、ピンと来たのでしょう。

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「ある確率でこういう狂った子供は生まれるんです。親の学歴も育て方も関係ありません。
今まで大変でしたね。こんな子供にあたってしまって、不運でしたね」
とはいってもらえない。
家族が覚悟を決め、
「自分たちは接し方を間違えていました。家族として責任は取ります。お金も払います。
どうか協力してください。ご迷惑をかけします」
と医療関係者や近所の方々に頭下げなきゃいけない。
そんなものでしょう。
容疑者の親がテレビで謝るのは、よくあること(ちょっと違う)

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この本読んでいるときに、熊谷の事件が無期懲役というニュースが流れました。
……結局のところ、警察沙汰になったって「殺して」はもらえないですよね。
刑務所や施設に「預かって」もらっても、出所や退院の恐怖におびえる。

誰かが正義感から殺人代行というのは、フィクションとしてはありですが、
現実になったら、やまゆり園事件や強制収容所のガス室でしょうし。

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こういった問題で、現在進行形で悩んでいる人が読む本じゃないでしょうね。
テレフォン人生相談や悩みのるつぼを、面白がって聞いたり読んだりするのと同じ心理。

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なお、画像の本はタイトルで適当に並べました。
実際の内容は知りません(´-∀-`;)

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司馬遼太郎    「坂の上の雲 三」(文春文庫)

 明治35年9月19日に正岡子規は亡くなる。そして、明治37年2月4日御前会議にてロシアとの戦争を決議、6日に国交断絶をロシアに通告、戦争に突入する。

 海軍は旅順に向かい、陸軍の第一軍は朝鮮半島に上陸、第二軍は遼東半島に上陸。日露戦争の火ぶたがきられ、海軍の旅順近郊での戦いまでを三巻では描く。

 この作品は昭和43年から47年まで産経新聞に連載され、大ベストセラーになった。当時は企業での組織論、戦略、リーダーのあるべき姿が高度成長を背景にサラリーマン世界で沸騰していた時代、この作品も、そんな雰囲気にのり、戦場におけるリーダー、戦術が中心に描かれた作品だった。

 しかし、戦争における大きな負の側面は殆ど描かれない。唯一語られる部分が一ページだけある。

 日清戦争の最中、明治28年の軍事費は九千百六十万円。翌29年は平和時代だったのに2億円と倍以上に膨れあがる。総予算の軍事費の割合が28年32%なのに翌年は48%になる。そして驚くことに30年には55%を占めるまでになる。想像不可能な予算である。

 司馬は描く。どうしてこんなことが可能だったのか。

 「ひとつは日本人は貧困になれていた。この当時、子供は都会地の一部を除いては靴を履く習慣もない。手製のわら草履かはだしであり、雪国の冬のはきものはわら靴でこれも手製である。こどもだけでなく、田舎ではおとなもほぼそうであった。
 食物は米と麦とあわ、ひえで、副食物のまずしさは話にならない。
その上、封建的な律儀さがまだ続いており、ひとびとは自分の欲望の主張をできるだけひかえることを美徳としていた。」

 もちろんこの作品は、明治期の坂の上の雲をめざす、軍人、政治家の群像を描く作品だから仕方ないとは思うが、こんな表層的な表現で負の部分をおさめてしまっていいのだろうかと考えてしまった。

 ごく一部の人を除いては、貧乏なひとびとであり、飢餓で死んでしまうひとや、その貧しさに子供の間引き、女衒に女の子を売り渡すことも多かった。

 たくさんの人々の犠牲の上に戦争が行われたことに間違いない。明治のリーダーたちは称揚されるほど立派だったのだろうか。

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司馬遼太郎   「坂の上の雲二」(文春文庫)

 物語は、日清、日露戦争での秋山兄弟の活躍が軸になるのだが、この2巻では彼らの友人正岡子規のすごさが描かれているので紹介したい。

 俳句は、そのもととなった連句の最初の17文字をきりとったもので、当時松尾芭蕉はしられていたが、詩歌の世界ではあくまで支流で、芸術としての評価は低かった。それを子規が登場して芸術的評価をたかめ、芸術としての地位を確立した。

 子規が発掘した俳人に与謝蕪村がいる。

 子規は芭蕉の次の有名な句を高く評価していた。
  五月雨を集めてはやし最上川

 名句と評価はしていたのだが、「集めて」という言葉が巧みすぎて面白くなくなっている。巧みすぎることに臭味を強くかんじ、技巧過ぎていやな句になる。

 同じ五月雨をよんだ句ならば、圧倒的に蕪村の次の句がすばらしい。
  五月雨や大河を前に家2軒

このほうがはるかに絵画的実感がある。刻々と増水してゆく大河という自然の威力をことさらに強調していうことなく、ほんの一筆のあわい墨絵の情景にしてしまい、しかもそこに家2軒がそこはかとなくたたずむ。その心もたなさを見事に表現している。

 俳句における言葉遊びや技巧を嫌い、写生写実をもって俳句を作るという主張を確立実践している。
 なるほどと思う。2つの句を繰り返し読めば読むほど、子規の評価が胸にしみ込んでくる。

この物語の最後に秋山真之は、アメリカに海軍について学ぶために留学をしている。驚くことに、軍艦にのり、キューバをめぐる米西戦争を見学。そこで、サンチャゴ湾の出入り口にアメリカ軍が自らの船を破壊して沈め、スペイン船を湾内に閉じ込める作戦をみる。

 これが後の日露戦争の戦術のヒントとなる。どのようにこの作戦を日露戦争で実践したか。三巻以降を手に取るのが楽しみになる。

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司馬遼太郎    「坂の上の雲一」(文春文庫)

 今頃になってぼちぼちとあまり熱心な読者でなかった司馬遼太郎未読作品を読み始めている。松本清張を読了したのかなと思ったときの冊数が183冊だった。長い間読み切るのにかかった。司馬遼太郎は文庫だけで300冊近くある。膨大である。現在まで2億冊が累計で販売されているらしい。

 司馬の作品は、単品、上下巻というのも無いではないが、とにかく3-4巻は当たり前。取り上げた作品も8巻まである。ひとつの作品ではないが、有名な「街道を行く」シリーズは43巻もある。全部読み切れるだろうか。

 「坂の上の雲」は「龍馬がゆく」とともに司馬作品では最も売れた超ベストセラー作品で誰でも知っている。今頃手に取るのはかなり恥ずかしい。

 この物語は現在の愛媛、伊予の国出身、騎兵部隊を創設した秋山好古、海軍で多くのすぐれた戦術を立案実行した秋山真之兄弟と2人の大の親友で、日本文学に改革を起こした正岡子規の人生をたどりながら、近代日本の勃興期を描いている。

 3人はいろんな経路を経て、東京にでる。明治7年に陸軍士官学校ができ、授業料が無料ということで好古は試験を受ける。その時のテストに作文がある。ところが好古は作文とは何かをわからず、大慌てでまわりの受験生に聞く。試験に受かり、生徒に制服と靴が支給される。靴ははいたことがなく、履くことに汲々とする。

 真之と子規は松山中学校に入学する。

驚くことに国語、修身が授業にない。韓国の積弊清算ではないが、江戸時代の悪い文化、学問は除去しないといけないということで学科からはずされていた。
 しばらくして、国語は学科として復活したのだが、教える先生がいない。神主にでもやらしとけということで神主が先生になる。

 英語教師、当時は松山など地方には殆どいない。教科書はパーレーの「万国史」など原書が用いられ、先生と一緒に声をだして読み。先生が一文、一文を和訳する。しかし、先生が訳せない文が多発する。
 その度に先生は首をかしげ「不可解なり」と言って次の文に進む。

第一巻は秋山兄弟が陸軍、海軍士官学校にはいり、軍の道を歩み始めるまでを描く。

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薬丸岳    「友罪」(集英社文庫)

 この作品で扱う問題はどんなに突き詰めても解決されるようなものではない。しかし、その問題にむかう、薬丸のきりもむノミの鋭さ、深い情熱の凄さはただ事ではない。どうしてここまで真剣に追及するのだろう。読んでいて、圧迫され、何度も押しつぶされそうになる。

 主人公の益田は、同じ日に転校してきた桜井が厳しい苛めにあっているので、いつもそばにいて、支えてあげていた。桜井は益田を唯一の友達だと思い、めげずに頑張っていた。そのクラスで葬式ごっこがおきる。色紙に最後の別れの言葉をクラス全員で書いて桜井に渡す。全員が書くから益田も何か書かねばならない。益田は「じゃあね」と色紙に書く。

 桜井は益田に悲痛な思いで電話をする。「もう僕は限界。死ぬしかない。」。益田は冷ややかに答える「勝手にすれば」と。そして桜井は自殺する。

益田はそれからずっと苦しむ。「桜井を殺したのは自分だ」と。

 その益田がホームレスのような生活から脱するために入社した工場に、同じ時、鈴木という青年も入社してくる。2人は友達となるが、鈴木が実は益田が小学校時代、家の近くで起きた小学生殺害事件「黒蛇神事件」の犯人だったことを益田が知る。この事件では2人の小学生が殺されたのだが、眼球をくりぬかれていたりして、その凄惨さで全国で大騒ぎとなった。

 工場で唯一の事務員である藤沢美代子は、俳優を目指していたが、プロダクションにだまされ若い頃AV女優にされてしまう。その時恋人だった達也から無修正の彼女のビデオをおくりつけられ脅迫されていた。達也は、ビデオを工場の社長や社員に送り付ける。

 タクシー運転手だった山内の息子が交通事故を起こし、2人の子どもを死なせてしまう。山内は弱り切り、自らの家族を解散してしまう。

 こんな重すぎる罪や失敗を背負う人たちが重なり合い物語は、重く深く進む。

こんな問題は」解決しようがない。だから重苦しさのまま最後まで至り、物語は閉じる。辛く切ない。しかし、最後の益田から鈴木への、薬丸が渾身の力を振り絞って表現した手紙は、力強くずっと心に響く。

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薬丸岳     「誓約」(幻冬舎文庫)

 この物語はいつもの薬丸のように罪と償いがテーマとなっている。特にこの作品は、事件の加害者は死刑にならない限り、社会にでてきて普通の暮らしができるのに、被害者にはなんの社会的救済がなされないというやりきれない問題を扱っている。

 物語はそんな深いテーマを、ホラーとサスペンスで全編を覆う。サスペンスの点でも一流の作品に仕上がっている。

 主人公の高藤文也は、生まれつき顔半分が痣で覆われていた。そのため、誰もよりつかず、孤独の生活、その辛さを暴力など暴れることで対処していた。そして26年前佐藤秀美という女性の家に侵入して、縛り上げ強姦しようとする。秀美はその後ショックで自殺する。

 実は文也は強姦していなくて、別の男が強姦していたのだが、状況からみてそんなことはとても言えず、刑務所にいれられる。

 文也は刑期を終え、ネットカフェを渡り歩いて生活していた。金も無くなり行き詰まって街を歩いていると、橋から飛び降りようとしているおばさんに会う。彼女を取り押さえて、そのまま彼女の自宅に行く。そして、彼女の自殺をしようとした原因を聞く。

 彼女の名前は坂本伸子。一人娘が2人の男に襲われ、強姦され殺されてしまう。犯人は近くに住む門倉と飯山という20歳の無職の男。

 2人は無期懲役の判決を受け刑に服す。しかし無期懲役というのはいつか出所する。

文也は、金もなくこれからの暮らしが成り立たない。すると伸子が全預金500万円をあげるから、門倉と飯山を出所したら殺してほしいと依頼する。実は伸子は、末期ガンにかかっていて余命わずかだった。ということは文也が殺しを実行しなくても、伸子にはわからないと思い、門倉、飯山の殺害を約束して500万円を受け取る。

 それから16年後、突然伸子から手紙が文也の元に届く。門倉と飯山が出所した。手紙には2人の住所が記載されていて、約束を実行してくださいと。

 それを放っておくと、電話がかかってきて何故約束を果たさない。もし実行しないのなら、文也の子供帆子の身の安全は無い。自分はすでに死んでいて魂だけになっているから、帆子をどのようにしても捕まることはないと。

 ここから節目、節目で死んだ伸子が登場して、文也を脅し続ける。恐怖感充分。
そして、最後考えつかないような見事な真相が明らかにされる。

 本当に薬丸の読者を引き付ける力は半端でない。

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| 古本読書日記 | 05:44 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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司馬遼太郎   「豊臣家の人々」(角川文庫)

 貧農の家に生まれた秀吉は関白となり天下をとる。それは、貧農の身にあまんじ、ひたすら百姓を生涯の仕事としている、家族、親族の運命を大きく変えることになった。それが、豊臣家滅亡への予兆となった。甥の関白までになった秀次、宇喜多家から迎えた養子の秀家、息子の秀頼など、豊臣家を彩った人々の盛衰を描いた物語。

 そもそも豊臣家の家族とはどんな人たちだったのだろうか。

 秀吉の母はお仲と言った。尾張の中村で百姓をしていた。縁あって隣村の弥右衛門という同じ百姓に嫁ぎ、息子を授かる。それが後の秀吉である。その風貌から村では秀吉は猿と呼ばれた。

 お仲の夫、弥右衛門が重い病のため他界する。その時、隣の家に風来坊の竹阿弥がいた。間にたつ人があって、お仲は竹阿弥と再婚する。そこに、息子が生まれる。小太郎である。

 秀吉は幼い頃から手がつけられない粗暴で、背丈も小さく、容貌も悪く、手が付けられない子供だった。新しい竹阿弥をどうしても父と言えず、そんな家に嫌気がさし、家出をする。

 小太郎は可愛らしく性格も穏やか。しかし秀吉が長男だから家は秀吉がつぐことになる。母お仲は、秀吉がどこへ行ったのか行方知らず、心配はしていたが、彼があらわなければ小太郎が家督を継ぐことになる。そのほうが安心だとも思っていた。

 ある日放浪していた秀吉が突然田舎に立ち現れる。駄馬に乗った貧相な武士になっていた。秀吉は小太郎を武士になるよう説得。小太郎は両親もいるし、武士の世界など知らないので断ったのだが、その説得は執拗で、とうとう抵抗できず秀吉とともに村を後にする。

 それから20年、小百姓の母親お仲は、大阪城で夥しい数の侍女にかしずかれていた。秀吉の妹は、ある大名の息子に嫁いでいた。そして小太郎は秀長と名前を変え播磨・田島の2国を治める領主となっていた。

 お仲は武士家の作法になじめず、大便はトイレではせず、庭の砂場でする。それを侍女が拾っている。

 お仲が聞く。おまえたちが拾っている糞は、肥しに使うのかと。侍女が答える。「いえ違います。侍医のところに持っていて、お仲さまに病気がないか検査しているのです。」と。

 秀吉と正妻寧々の間に子供ができなかった。だから弟小太郎秀長を後継ぎにしようとしていて、秀長を愛した。しかし51歳、大和の領主だったとき病に倒れ亡くなってしまう。

 秀吉は後継者を失い茫然とする。この時を境に豊臣家滅亡の歴史が始まる。

 秀吉には武家の係累を持たなかった。家臣はすべて、秀吉を乗り越え天下をとろうとする野心を持っている。秀吉が亡くなれば、それを継ぐのにふさわしい武家風情を持つ人がいなかった。秀吉の悲劇である。

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| 古本読書日記 | 06:36 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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笹沢左保    「白い悲鳴」(祥伝社文庫)

 笹沢左保、60年代から80年代まで大活躍したミステリー作家である。テレビドラマ化された「木枯し紋次郎」は、社会現象となるほど売れに売れた。

 本書には4作品が収められている。最近多い警察物や社会派ミステリーのような重さ、暗さが無く、更に凝りに凝ったありえないようなトリックもなく、さくさく読めて、そしてトリックも想像力豊かで楽しく読めた。

 久保田万造は全国にホテルを持ちホテル王として、君臨していた。京都にも新しいホテルを造り、屋上にしつらえた執務室に部下たちを呼んで訓示をする。その時、大きな音がする。娘の理江子がボーイフレンドの谷本富士男を屋上から突き落としたのである。

 しかも、富士男の体が地上にいた女性にぶつかり、富士男だけでなくその女性も死んでしまった。

 一人殺しただけでも大変なことだが、2人殺したとなると、万造のホテル経営はたちゆかなくなり、人生は破壊されてしまう。それで、万造は事件を目撃していた部下たちに大金をあたえたり、京都のホテルを与えたりして口止めをはかる。しかし、たまたま屋上にいた泊り客宇田川だけはお金はいらないと受け取りをどれだけ金額を積んでも拒否する。

 事件は警察により、自殺として処理される。それでも心配になった万造は、宇田川をなんとか説得しようと、興信所を使い宇田川について調べる。しかし、依頼された住所に宇田川なる人物はいないとの報告があり、対応不能となる。

 どうなるだろうと読んでゆくと、とんでもない落ちがあった。実は宇田川も殺人を依頼されていて、理江子が殺人を起こす前に、殺人対象者の女性を屋上から突き落としていたのである。そこに、突き落とされた富士男が重なって、宇田川が突き落とした女性は、通行人の女性として処理された。

 宇田川がお金の受け取ることを拒否する理由はないと思うのだが、やはり、自分の殺人も目撃者がいて、もしそのことが何かの拍子で暴かれたらという不安が受け取り拒否になったのだろう。それにしても無関係な2つの殺しが同時に起きていたというのは、面白いひらめきトリックだと思った。

 紹介した作品は最後の4作目として収録されている「拒絶の影」という作品である。

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| 古本読書日記 | 06:33 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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帚木蓬生 「風花病棟」

表題作はなく、医者をテーマにした短編集に意識的に花を取り入れ、
まとまりを出しています。
黄色い彼岸花なんてあるんですねぇ。

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で、収録作ですが、「閉鎖病棟」ほど時代を感じさせず、熱すぎず、
するする読めました。
軍医経験(父島とサイゴン)のある人物を題材にした話も、淡々と。
英文で書いたはずの手紙や、英語で語ったはずの心情は、
ここまでニュアンスが伝わるものかと思いますが。
衷心より云々、みたいな。

あとがきで、「白血病になって、患者側としての経験を論文として発表した」とあって、
雑誌の情報もあって、当然本名もオープンにしています。
転んでもただでは起きない。
田舎の医者を書いた人というと、南木さんが浮かびますが、
もっと引き出しが多くエネルギッシュな印象です。

| 日記 | 00:42 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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老犬と服

病気で毛が抜けたブーグルのため、カ〇ンズで服を購入。

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イメージ(公式オンラインショップ)

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現実

ぱっつんぱつん
とりあえず、フードは被れない。襟巻。

ビーグルの特徴である「先だけ白いしっぽ」も、裸になってしまった。

| 日記 | 00:15 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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