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2019年10月 | ARCHIVE-SELECT | 2019年12月

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司馬遼太郎   「覇王の家」(下)(新潮文庫)

 この作品、家康の天下をとるまでの軌跡を描いている作品と思って読んだが、実は違っていて作品は関ケ原の戦い直前まで。それで気が付く。この作品が信長の天下を取り光秀に殺害するまでを描いた「国盗り物語」に続く作品で、その後「関ケ原」「城塞」に繋がり織田、豊臣、徳川3代にわたる長大な物語になっていたことを。

 今まで司馬の熱心な読者でなかったので、今頃になり未読作品を読んでいるのだが、今でも司馬作品は多くの人に読まれているのだろうかと少し首をかしげる。

 司馬の作品は文学というより、司馬の歴史に対する解釈論である。

司馬作品の多くは、昭和40年代に出版されている。当時はNHK大河ドラマの全盛期。それを見て、その後、家庭で酒場で歴史の解釈を口角泡を飛ばすことが世の中の風潮となった。

 司馬の作品はその潮流のど真ん中にいた。

 この作品では、徳川と豊臣が戦った「小牧長久手の戦い」が延々と描かれる。現在の小説なら数ページで終わる。

 それが370ページにもなるのは、起こる事象について、司馬がひとつひとつ彼の解釈を長文にしたためているからである。

 多くの人が歴史に登場する人物、事件についてああだこうだと言い合った時代を背景にしているから、こんな解釈小説が流行したように思ってしまう。

 「小牧長久手の戦い」は家康が織田信長の次男織田信雄に要請され戦ったいくさである。家康はこの戦いに勝利するのだが、何と信雄が家康を裏切り、豊臣に寝返る。

 そのため、勝利した家康が卑屈にも秀吉の家臣となり関ケ原の戦いに参戦することになる。

 上巻では、信長により、家康は息子信康を自害に追い込む。
 よくも、ここまで忍従することに驚くとともに、家臣たちを抑え込み統制したことは奇跡とさえ思う。

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司馬遼太郎    「覇王の家」(上)(新潮文庫)

 家康の誕生から、関ケ原の戦い直前までを、家康視点で描く。上巻は、信長が明智光秀に本能寺で殺害され、秀吉が台頭してくるまでを描く。

 上巻では家康の嫡子である信康の悲劇が印象に残る。

 家康の生まれた三河の国は、西に織田、北に当時最大の勢力があると言われた武田信玄、東に今川と巨大勢力に囲まれていた。だからどこからでも攻め入れられる恐怖を抱えていた。

 特に北の武田は強く、侵入に対抗するため、駿河を治めている今川とは同盟を結んであおく必要があった。戦国時代は同盟を結ぶためには、領主や領主の腹心の家族を人質として差し出すことが頻繁に行われた。

 このため家康は、駿河の今川のもとに幼少時預けられる。また今川からは腹心の関口親水の娘築山殿が家康の嫁として差し出される。築山殿は家康の次男で嫡子となる信康を生む。更に後年、織田信長も徳川を警戒して娘徳姫を秀康の嫁として差し出す。

 桶狭間の戦いで今川は織田・徳川連合軍に敗れ無くなる。築山殿が悲劇だったのは父関口親水が織田軍に寝がえり実家を失ったこと。

 行き場の失った築山殿は、息子秀康を巻き込み、甲斐の武田勝頼と内通し、信長殺害を実行しようと考える。

 このことを家康の腹心である酒井忠次が、信長へ使者として赴いたときに口をすべらす。
信長は2人を殺せと命令する。これを聞いた家康は3日間悩むが生き抜くためには選択の余地は無いと息子の殺害を決断する。

 妻である築山殿は浜松の冨塚というところで、2人の武士によって殺され、信康は家康が派遣した介錯人により、浜松郊外の二俣城において自害のはて首を刎ねられる。

 信長による究極のいじめ。これを本当に受けざるを得なかったのかとは思うが、息子を殺害せねばならなかった家康の胸のうちを想うと、無情の風が私の心を吹き抜ける。

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| 古本読書日記 | 06:30 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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司馬遼太郎  「本所深川散歩 街道を行く36」(朝日文庫)

 私は信州諏訪の生まれ、高校のOBに岩波茂雄がいる。言わずと知れた岩波書店の創始者である。

司馬遼太郎はこの作品で何回か言っているが、信州人は意固地であると。意固地かどうかはわからないが変人が多いことは認める。

 明治36年5月22日にわずか16歳の青年が華厳の滝に身を投じて死ぬ。藤村操である。

遺書に有名であり流行語ともなった「人生は曰く『不可解』」という言葉を残して。この遺書が収められている「巌頭の感」に刺激され、読みながらしょっちゅう岩波は泣いていた。

 ある同級生と雑司ヶ谷にある一軒家にこもり、「巌頭の感」を読みながら大声で泣くので、この家は「悲鳴館」と呼ばれていた。

 岩波茂雄は私のいた高校(当時は中学)をでて、家出同然で東京にゆき第一高等学校にはいる。2度続けて落第し退学したが、その後東京帝大にはいり3年後に卒業。そして女子高等学校の先生をする。

 神田で大火があり、古書店の多くが消失する。いちはやく書店を新築した尚文堂の手代に進められて、隣の家を借り、古書店を始める。

 古書店では飽き足らず出版をてがける。友人の安倍能成らに執筆してもらい「哲学書肆」を出版。とても売れそうにはない本だったが驚くことに9万部以上売る。この成功により岩波書店のカラーは決定し今日まで続く。

 安倍は漱石の門下生。そのつながりで岩波も漱石の家に出入りする。当時漱石の本は春陽堂か大倉書店より出版されていた。漱石が「こころ」を出版するとき、岩波は強く岩波書店からの出版を漱石にお願い。漱石が了解するが、出版費用が無い。それでその費用を漱石に用立ててもらう。

 漱石が亡くなったとき、葬儀に岩波は出席した。その時、厠で足を踏み外し、這い上がったところをみんなに見られた。

 やっぱり、信州人は意固地で変人であると、この作品を読んで再認識した。

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| 古本読書日記 | 06:15 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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司馬遼太郎   「島原・天草の諸道 街道を行く17」(朝日文庫)

 松倉重政という男がいる。この男、大阪夏の陣では藤堂高虎の配下にあり、後藤又兵衛の隊と渡り合い、153の首を落とすという大きな実績をあげ、一介の家臣から一気に4万3千石、肥前島原藩の藩主にとりたてられる。

 重政が島原に赴任する。しかし、そこには稲作に適した土地は殆ど無く、2万石がせいぜいの領地だった。

 この重政の悪政はひどかった。2万石の土地しかないのに、年貢米は4万石の基準で取り立てる。

 更に、すでに領地には3つの城があるのに、4万石以上だと城が持てるという幕府の規制に従い新たに城を建設する。この城がとんでもない巨城で櫓が88もある。更に家康が江戸城を建設。この費用と人工は石高によって各大名に割り当てられる。大名は費用も膨大となるので、自分の対応できる石高数を少なく申告する。しかし重政は家康に倍以上の10万石まで対応すると回答する。

 最早島原藩は、破滅寸前となる。

この重政が亡くなるが、その後を継いだ息子の勝家は、重政以上、空前絶後に領民を絞った。
自分の食糧まで無い百姓が続出。それでも勝家は年貢米拠出を強要する。

 それができないと、厳しい拷問をする。家族全員を川にかごにとじこめたまま沈める。あるいは紐で逆さに吊って、肥溜めに顔を埋める。

 領民は、このままでは死んでしまうと恐怖と危機感が高まる。いっそ死ぬのなら、藩主と戦って死のうと決意する。

 島原の乱はキリシタンの反乱が主ではなく、原点は農民に対する圧政にある。

キリシタンの乱としたのは徳川幕府である。キリシタンになると、このような結末をむかえるという戒めを徹底するために、島原の乱を利用したのである。

 本来なら、幕府や周りの藩の協力を得て、キリシタン反乱を封じ込めたのだから松倉勝家は褒章があってしかるべきなのに、何と家光から首切りの刑を受ける。

 武士は失敗を犯すと、切腹を自らの意志で行い、プライドを最後まで保つ。首切りは武士の末路としては最低、最悪のもの。家光は勝家の圧政を認識していた。

 もうひとつ司馬がこの作品で面白いことを言っている。

 人間の本質はノンポリであると。思想、生き方、宗教などを強制して、それに従わせることは人間の本質からはずれている。
 酒飲み談義の材料として、世相、政治、思想を批判している分には問題ないが、権力が批判に対して厳しい対応をしだすと世界はおかしくなる。

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司馬遼太郎   「戦国の女たち」(PHP文庫)

 戦国時代有名無名の女性が戦乱の中で咲かせた花を描いた短編集。

秀吉は尾張の国の下層小百姓の家に生まれる。秀吉は、母親のお仲が最初の夫の死後再婚した竹阿弥と仲が悪く、小童時代に出奔して流浪する。秀吉には異父の妹旭がいた。

 秀吉も信長の家臣となり、できれば田舎の家族や親族を呼び寄せ、自分の家臣として養い中核部下を育てようと考えていた。異父は百姓を選択して、秀吉のもとには来なかった。

 そこで、秀吉は姉に母お仲、弟小一郎、それに佐治という亭主を持つ妹旭を夫婦で呼び寄せる。

 佐治は田舎の百姓のほうが生活にあっていたのか、呼び寄せてしばらくすると病気で亡くなる。そこで旭は未亡人となる。その後、秀吉の家臣副田甚兵衛と秀吉の命令で旭は結婚する。

 信長が光秀により殺される、その後、秀吉と家康が小牧長久手で戦争になる。家康は信長の次男信雄の要請で秀吉と戦ったのである。結果は家康が勝利する。ところがその後信雄は家康を裏切り秀吉の家臣となる。

 秀吉は家康に上洛して秀吉に会いにくるよう命令する。しかしそれは家康が秀吉の家臣となることを意味するので、家康は上洛しない。

 そこで弱った秀吉は、妹の旭を家康の妻にしたらと提案する。家康は妻だった築山殿が不祥事で自害していたため独り身となっていた。家康は悩んだが、この要請を受け入れる。

 この旭。もともと小百姓。日焼けして色は黒く、武士の妻として作法もできない。前夫の副田甚兵衛が作法を懸命に教えるが無理。その部分の司馬の表現が傑作。
 「野の獣を家畜にするより困難だった。」

 それにその当時家康は44歳で、旭は43歳。家康が、夜伽をするような相手では無かった。しかし、家康はそんな旭も抱いてやった。

 家康は旭と結婚しても上洛しなかった。

それで、秀吉は母お仲を家康に差し出す。それでやっと家康は上洛して秀吉の家臣となる。

 家康というのは恐ろしいほど冷静。とても、旭や秀吉の母を受け入れるなんて、怒りがこみあげ発狂しそうなはずのに、忍従の上受け入れる。これは、これで狂人だと思う。

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| 古本読書日記 | 06:22 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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彩瀬まる   「朝が来るまでそばにいる」(新潮文庫)

 文章が透き通っているから、本当は怖い話なのに、美しいホラーになっている6篇を収録した作品集。

気が弱いのか、気に入れられたいのか、主人公はいつも他人と話すときにちょっとした嘘をついて他人の関心を得ようとする。

 クラブ活動が終わったとき、最後まで残っていた一年生の女の子がいた。主人公が校門をでると、一年生が憧れていた男の子が、別の女の子と短い会話をして別れたところに遭遇する。後からでてきた一年生の女の子に、言う。

 「さっき○○先輩に会ったよ。」「女の子と一緒だった」これで終わればどうということもなかったのかもしれないが、余計な嘘をつく。
 「腕を組んで二人で楽しそうに帰っていったよ。」

その夜、一年生の子はリストカットした手首の画像とともに、悲哀なメールを部全員に送った。そして、嘘がばれる。

 それから、主人公に話しかける生徒はいなくなり、それにつれ苛めにあうようになる。そして、お金をせびられるようになり、それができないと殴られ蹴られるが始まる。

 もうこれ以上は無理という状況になったとき、屋上のフェンスから後ろ向きに身を投げる。宙に舞いながら「嘘をつかなくても、誰にも負けずにすみますように」「ぶくぶく太った気持ちの悪い化け物が、二度と私の中にうまれませんように」と祈った。

 体は地面に打ち付けられ、スクランブルエッグのようになる。これで嫌な現実からおさらばと思ったら、気がつくと化け物になって学校の中を彷徨いはじめていた。

 学校には、自分と同じような化け物が他に3人、それに主人公と同じような目に遭ったことがある、化け物の姿が見える汝教師がいた。

 死ぬということはどういうことなのかわからないが、主人公は消えてなくなりたいのだが、化け物の元生徒たちと一緒に、学校に棲みつく。

 何と妹が娘を連れて卒業式にきたときも、まだ主人公は学校にいる。

長い時間かけると、目がなくなり、口や耳もなくなり顔がのっぺらぼうになり、だんだん消えてゆく。ところが、誤って学校の生徒を階段から押し倒したりして、その生徒がけがをすると、消えた目や口がまた復活する。

 ねっとりと終わりなきホラーが続く。人生の中で、失敗したことが、いつまでも心に憑依して、死ぬまでその人を悩み苦しめる。そんなことがじーんと心にしみこんでくるのが最後に収録されている紹介した「かいぶつの名前」という作品だ。

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原宏一   「ヤッさんⅣ 料理人の光」(双葉文庫)

 「誇り高き宿無し」にして食の達人・ヤッさん」シリーズの第4弾。最近、ラーメン屋より多いのがパスタやピザを売り物にしたイタリアもどきレストラン。これのどこが本場の味なのかと言うほど質の低いレストランばかり。で、そんな店の宣伝文句にあるのが、店主が本場イタリアで修業しましたとい文句。

 その修業の実態。まずイタリアに行くことが先決。それで観光ビザで行く。星付きレストランで修業なんてのはまったく嘘。そんなレストランで不法就労の外国人など雇うことは無い。

 街中にある安食堂にかけあいやっと下働きで安賃金で働かされる。やるのは、ジャガイモ、大蒜、エシャロットの皮むきばかり。そのうちビザの期間が切れそうになる。それであわてて帰国。2か月ほどの体験で、日本に帰ると本場イタリアで修業と変わるのだからお客はたまったものではない。

 物語はそんなエセイタリア修業のショータが、ヤッさんにしごかれ料理人として出発できるまでを6篇の短編により描いた連作集。

 私は長野県生まれ。作者原宏一も長野県生まれ。長野県生まれの人たちには失礼とは思うが、とにかく理屈っぽい。原のこのシリーズは、料理を扱うが、少しも美味しさを感じさせない。料理人として生き抜くための料理道とは何かを具体的な料理修行をしながらヤッさんに導かれみつけてゆく。理屈ばかりの作品。

 この本のサブタイトルになっている「料理人の光」。星を獲得した料理人が、その星の評判を背景に、店を展開、海外まで出店をしようとして、失敗して自殺未遂までおこしてしまう。

 この中でも、原得意の理屈がさく裂する。

「食欲というものは人間が生きてゆくための力の源泉だ。肉体的な満腹を得るためだったら、家畜の餌みてえに、食材をそのまま食えばいい話だ。なのに、人間はなぜ料理をするのかと言えば、食材をそのまま食う以上の喜びがあるからだ。つまり料理人には、明日も頑張って生きようという喜びを感じてもらう使命がある。生きる喜びを感じてもらう喜びさえわすれなけりゃ、対価は自然とついてくる。」

 こんな大上段に振りかざした料理道哲学満載。
読んでいる私が、家畜の飼料のようなものを毎日食しているためか、読み進むほど気分が重くなってしまう。

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百田尚樹   「錨を上げよ二座礁篇」(幻冬舎文庫)

 同志社大学へ入った主人公作田(百田)は、ヨーロッパ文学研究会というサークルにはいる。私の大学でもそうだが、こういう人文系のサークルというのは、殆どが当時学生運動家たちの集まった集団だった。作田はもちろん学生運動を毛嫌いしている。しかし、そこには加納沢子という美女学生がいた。その沢子に惚れてしまったのだ。

 沢子は筋金いりの活動家で、作田に惚れるはずがない。しかし、沢子は、目が合うと微笑んでくれた、沢子も自分のことを想ってくれているに違いないと信じ込む。

 部室では、沢子や部長の浅川中心に社会矛盾、運動について議論が行われる。ある日、作田に意見が求められる。そこで、作田は感情をこめてそのあまっちょろい議論を粉砕否定する。沢子は「作田はさいてー」と言い返す。

 帰り際、作田は沢子に謝り、実は沢子が好きだと告白する。あきれ返った沢子は足早に消える。

 やはり作田(百田)も普通ではなく変わっている。これであきらめずに沢子に電話をする。
沢子は「私を女だと思ってバカにしているのね。」と強い声で言い電話をたたっきる。

 しかし、自分が愛する人間は当然自分を愛してくれているはずと思い込み、何回も書き直した末ラブレターを沢子にだす。当然、何日待っても返事が来ない。

 意を決して、行き辛くなっていた部室に行き沢子からの返事を直接もらおうとする。
部室にはいると、部員が驚愕し、たじろぐ。何とたじろいだ先に作田のラブレターがはりだされている。

 さすがにこれはもう無理と作田も思った。ところが2-3日すると、驚くことに沢子から手紙が来る。「明日1時に部室に待ってるから来てください。」と。

 瞬間私はこれは行かないほうがいいと思った。
私の大学時代、寮で同室の先輩が過激派の活動家だった。ある日、顔中血だらけになって帰ってきた。当時は、過激派同士の内ゲバで、他セクトの学生を殲滅するという名目で徹底暴力リンチが行われていた。それに先輩が被害者となったのだ。

 だから作田が沢子恋しさにでかけてゆくと、このリンチにあうとおもったから。
しかし、作田はでかけ、案の定リンチに遭い大けがをする。

 いつも不思議に思うのだが、この前おきた神戸での教師間のいじめ事件、当然刑事事件としていじめ教師は逮捕されるべきなのだが、事件として扱われない。学校で起きる事件は、殺人にもなれば別だが、けが程度では治外法権となり事件とされない。
 学校内では、いじめ、殴り放題。異常な世界がそこにある。

 作田は、高校は殆ど頭脳を必要としないレベルの商業高校にはいった。そこでも授業にでず、成績も最低クラスだった。その作田が3年生になり、大学へ行くと急に勉強をしだし、東大を目指すと豪語する。

 それでも滑り止めとして、同志社、立命館、関大、関学を受ける。当然全部受かると信じていたが、受かったのは同志社だけ。東大は当時は1次、2次と試験があった。1次を受け楽勝と思い、合格を待ったが通知は来ず。東大はおかしいのではと思う。

 恋も受験も自分は常に正しく、うまくいかないのは世の中に問題があるから。作田(百田)は今日も狂ったように思いのまま世の中を突き進む。

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百田尚樹   「錨を上げよ一出航篇」(幻冬舎文庫)

 百田は「永遠の0」がデビュー作なのだが、その10年以上前に書かれ、屋根裏に保管していた作品があった。原稿枚数2000枚。さすがに、新人作家のこんな大長編を出版してくれる会社は無い。それで眠ってしまっていた作品が紹介作品である。講談社で出版した本を4冊に分冊して文庫で出版された。

 作品は多少フィクションもあるかもしれないが、百田の自伝となっている。テーマがあるわけでなく、思い出すままぐいぐい書いているので、文学作品としての評価は難しいが、百田を知るには恰好の本となっている。

 私が大学時代の1972年冬にあさま山荘事件が起きた。軽井沢にあった河合楽器の保養荘あさま山荘を革命集団連合赤軍が襲撃、管理人夫妻を人質にして11日間立て籠った事件だ。

 高校時代にこの事件に遭遇した物語の主人公作田又三(百田尚樹)は事件に釘付けになり毎日放映された中継をみていた。

 そしてこの事件に対し強烈に反応。現在の百田の思想の根源が形成された。
「ぼくがこの事件に異常なまでに怒りの感情を覚えたのは、この犯罪が正義と信じるもののために起こされた行動から生じたということにあった。そしてその正義とは、おそらく心から導き出されたものではなく、理論と理屈から導きだされたものだったからだ。科学や数学などを除いて、およそ人文的な分野における理論といったものほど嫌いなものはなかった。」

 この前にて、彼は言う。
自分の成功を二の次にして、他人や社会のために頑張るなどということがあるだろうか。もちろんわずかにはいるかもしれない。しかし、そんな人間になるためには、恐ろしい多くの困難や過酷な経験をして、人間変革を成し遂げねばならない。

 何不自由なく暮らし、ぬくぬくと育つ人間にそんなことが実現できるはずがない。

 世の中に起こる問題に、この強い信念で激しく反応する百田の破壊力はメガトン級だ。
 そしてこの強い信念は、自分はだれよりも優れている人間であるという人間像を百田の中に作りあげてゆく。

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高山正之   「習近平と朝日 どちらが本当の反日か」(新潮文庫)

 愛知県のトリエンナーレ展示会の中止再開に対する朝日の一連報道は、異常にすさまじかった。連日のように憲法学者や表現の自由の侵害を主張する朝日が好きな有識者を動員して、トリエンナーレ中止を批判。特に文化庁が交付金認可とりけしを決めた時は、一面トップから始まり、5面を使い大批判を展開した。

 数日前には昭和天皇をガスバーナーで焼く作品を作成した大浦信行さんに作品の意図を説明してもらっている。

 大浦さんは「自分自身の心の動き」を表現していて、天皇は自分の心そのものであり。天皇を批判しているものではないと答えている。

 朝日はそこから更に突っ込まない。それじゃあ、天皇じゃなくて一般の人を燃やしたっていいということなのかと。

 憲法における表現の自由の幅はどんどん広くなり、朝日が厳しく批判するヘイトスピーチでの表現の自由はどんどん狭くなってきている。そして朝日は自らの都合で、憲法とヘイトスピーチを使い分ける。

 この作品で、高山が取り上げている事件。
昭和50年に全日空機を中学生がパンを袋にいれ、それを機長に突き付け、爆弾だと言ってハイジャックする。これにより一時空港は閉鎖。多くの便が欠航となる。

 全日空は後にこの中学生の家族に694万円の損害賠償を求める。この中学生の家庭は母子家庭であった。

 そこに朝日が一面で「全日空が700万円の損害賠償を加害者の家庭に求める。大企業の横暴な弱者いじめである」と報道する。

 私は朝日が好きな政党が権力を握ると、今より表現の自由は無くなり、生活も窮屈になると思えて仕方ない。

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南英男    「特捜指令 冷血鬼」(コスミック文庫)

 南英男は、戦争中の1944年生まれ。大学卒業後雑誌編集者の傍ら青春ハードボイルド小説を描いて人気を得た。その後80年代に本格ハードボイルド小説を中心に描き人気を博している作家だそうだ。恥ずかしいのだが、これだけ長く活躍しているのに、全く知らなかった。

 弁護士は日本に16万人もいるそうだ。このうち年間数億円稼ぐ花形弁護士はわずか、うらやましく一見みえるが、一人当たりの年収平均は630万円ほどで、普通のサラリーマンとそれほど差はない。中には収入が無くて生活保護を受けている弁護士もいるそうだ。こんな状態だから悪徳弁護士もでてくる。

 物語は、個人総合病院の医院長が、80歳を過ぎた患者から安楽死の依頼を受けて、これに抗することができなくて、筋弛緩剤を使い死なせてしまう。

 当然、医院長は殺人者となる。このことを知った看護婦が医院長を恐喝して金をせしめる。
その金で老人ホームを創る。それもたった4年間で全国に14もの施設を展開する、その資金27億円を投資詐欺を行い老人から巻き上げる。

 検事には裁判に登場して活躍する検事ももちろんいるが、窓口業務として、一般の人から告訴をしたいとかこんな不正があるというような告発状やクレームを受け付け対応する検事もいる。検事の王道からはずれて、窓際的存在となった検事たちである。ここにも悪に染まりやすい検事がいる。このクレームの中からお金を召し上げれそうな案件を手に入れ、関係者を脅迫するのである。

 こんな悪徳な人間たちがうごめき、事件がいくつも起きる。

これに、警視総監、警視庁長官から特命を受けて活躍する刑事コンビが登場する。一人は真面目一直線の刑事だが、もう一人は賭博、酒、女大好きな崩れた検事。こんな設定は黒川博行の小説に似ている。

 黒川の小説はいつも分厚い。それは事件のカラクリ、背景を読者が納得できるよう、説明に費やすからである。

 この小説は、新聞の社会面にでている流行りの事件を表面的につなぎ合わせているだけ。
気楽に読むには恰好な作品かもしれないが、ただそれだけという作品。

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角田光代    「なんでわざわざ中年体育」(文春文庫)

 角田さんの、マラソンを中心に参加体験した運動実践記。

最後に収録されている、メドックマラソンinボルドーがユニーク。ボルドーのワイン畑の中を走る大会である。強制はしないができれば正装で参加してほしいとの要請がある。角田さんは、正装、仮装をして走るなど無理と思って普通のランニング用のスポーツ着で走ろうと考えていたが、大会近くになり、みんな正装して走ったらまずいのじゃと不安になり、チョンマゲのかつらを被って走る。沿道の仏人から、「コンニチワ」「ガンバレ」のやんやの応援。

 コースの地図をもらう。いろんなマークがある。給水所、救護所はわかるがわからないマークもたくさんある。中には「ビーフステーキ」「牡蠣の貝殻」「チーズ」「アイスクリーム」など。思わず何?と聞くと、走りながらフルコースを楽しむのだと教えてくれる。

 走りだすと、沿道の醸造所でワインとつまみのサービスがある。角田さんは無類の酒好きだが20kmまでは我慢しようと決め走り続けるが、殆どのランナーはサービスカウンターに立ち寄りワインを飲む。

 角田さんも20km地点で、他のランナーたちと乾杯してワインを数杯飲む。

こんなことをしているとどうしてもお腹がゆるくなる。すると、多くのランナーが遠藤のブドウ畑に入り用をたす。男女まったく構わないのである。

 角田さんは思う。日本で飲むワインは、このランナーたちの用便、用水がしみ込んでいるのだと。

 39kmを過ぎると、生ガキのサービスがある。その後ビーフステーキ。フルコースの始まりである。もちろん、角田さんも楽しむ。

 マラソンの制限時間は6時間30分。角田さんは6時間10分でゴールする。

 徹底的に楽しく、愉快に走ろうぜ。こんなマラソンもまた素敵だ。

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奥田英郎   「variety」(講談社文庫)

 短編の間に、イッセー尾形、山田太一との対談がはいっているバラエティー集。

奥田は最初の一行目をひねりだすのに大きな苦労をする。しかし、それが決まると、後は自動的に言葉や文章ができる。テーマとか構想はあまり考えない。そうは言っても最後の文章は決めていて、それにむかって一気に突き進むのだろう。

 所収されている短編も名作ぞろいなのだが、私には山田太一との対談が印象に残る。

山田太一の脚本は、哀しさや苦しさを描いても、そこに決して深く立ち入ったり、責め上げたりしない。あるいは、言葉を断定的にしない。「~、なんちゃってね」とか「それ。ほんとかよ」みたいに最後に加える。

 テーマを描くのではなくディティールを描く。ドラマには関係ないが、日常的にいつもおこっていることを掬いだし描く。

 ファミレスでウェイトレスと客とのやりとり。客が差し出された料理に「ありがとう」と言うようなところ。

 それから、演劇では長いせりふをしゃべるが、日常ではそんなことはない。相手が「それで」「なんなの」「なるほど」とか途中で言葉をさしはさむ。

 視聴者は今そこにある日常をみているように思ってしまう。

山田の眼は、夢だ生きがいだと口角泡をとばして力の限りしゃべり行動することに肯定的にとらえない。次に紹介する言葉がその通りと、人生終わりが近くなっている私をうなずかせる。

 「過剰に生きがいを求めることに疑問を感じるんです。水害がいちどあればとたんに何年も続くダメージを食らうように、文明社会ある面で実に無力です。
 精子卵子の段階から、人として生まれて、次々に降りかかる難問を切り抜け切り抜けして三十代四十代になっていくことはそれだけでもすごいことなのに、なおかつ生きがいなんて言う。」

 等身大の人々を描いたら山田太一にまさる人はいないと心底思う。

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中山七里   「ワルツを踊ろう」(幻冬舎文庫)

 主人公の溝端了衛は外資系の金融会社に勤めていたが、リーマンショックで会社が人員削減を行い、その対象にされ退職。実家に一人で住んでいた唯一の家族父親も亡くなり、実家にでも帰ろうと思い20年ぶりに帰る。

 しかし、この実家のある村は、バス路線も廃止されたという限界集落。現在は7家族9人だけが暮らしている。

 田舎は閉鎖的。だから、まずは田舎に溶け込もうとしなければいけない。しかし、エリート意識の高い了衛は、溶け込むということは、自分が村をリードして、村の再生改革をすることだと思い込み行動する。これで、村から遊離、完全に村八分になる。

 どんなに村八分にされても、了衛の自分が正しいという思いは揺るがない。

了衛はブログで言う。
「本当にね、こういう所に住んでいるとわかるんですけど、田舎から都会に人が流れていく理由も、田舎がどこも限界集落になってしまう理由も同じなんです。要は、その地域が優れた人材を使いこなせないものだから、人が流出し、田舎は廃れてゆく。ただそれだけのことなんです。
 だいたい田舎というのはどこも第一次産業が主要産業になっていますよね。第一次産業というのは言い換えれば肉体労働です。早朝から夜遅くまでへとへとになるまで働く。屋根の無い場所で雨風にうたれ、強い日差しに灼かれながら身体を動かす。当然家に帰っても、飯食って風呂にはいったら、そのまま寝ちゃうんです。本を読む暇もない。だから、政治や経済や哲学についての知識もない。本を読まないから思考を巡らすことも纏めることもできない。唯々諾々、昨日も今日も明日も同じ仕事を繰り返すだけです。だから進歩も無ければ問題意識もない。毎日毎日不平不満はこぼすけど、能力も経験もないものだから自分からは決して動き出そうとはしません。そのくせ他人が新しいことをはじめると、いつ失敗するかと、期待に胸を膨らませている。」

 こんな思いが日々どんどん強くなってゆくと、結果は悲劇につながる。

物語はだいぶデフォルメして現実離れしているように思うが、14年前山口県周南市で、都会から帰ってきた男が、5人を連続殺害したことを思い出すと、ありうることなんだと少しぞっとする。

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高樹のぶ子   「オライオン飛行」(講談社文庫)

 1936年飛行士アンドレ・ジャピーはパリから東京まで100時間以内で到達すればフランス政府が破格の30万フランを与えるという宣言に応じて挑戦する。当時アンドレのライバル飛行士に「星の王子様」のサン・テグジュペリがいる。

 アンドレは日本に到達できたが、九州の背振山付近で悪天候に遭遇、飛行機は墜落する。アンドレは、重傷は負ったが命は助かり、九州帝大医学部に収容される。ここで、専用看護を指示されたのが桐谷久美子。

 アンドレを世話する。ベッドで体を起こしたり、ベッドからの上げ下ろしのためには、久美子は全身を使わねばならない。そうなれば、アンドレと体全体の接触をすることになる。それを繰り返していると、アンドレがキスをしてくる。いけない、拒みたいと思うのだが、言葉が通じない。そして、しばらくすると体の関係が生まれる。

 もし言葉があったら、拒否をするだろう。体の関係になる前、恋の言葉での交換があり体の交歓に進むだろう。

 高樹さんは、久美子に物語でこう言わせている。
 
 セックスでの接触なんて、わずかな面積しかないのよと自分に言う。快楽の坂を駆け上がれば、それも終わるのです。快楽の記憶は残るけれどやがてきっと忘れるのだわ。

 言葉があるから、恋は思い出として、苦くあっても、楽しくあっても残る物。体だけの関係は、食べたり、寝たりすることと同じで、どんどん忘れてゆくもの。さすが恋愛物語の女王高樹さんの深い言葉だ。

 いくら愛し合っても、2人は別れざるを得ない。これが、久美子にはあまりにも悲しい。
それで、思わず「せつない」とつぶやく。アンドレには意味がわからないし、いくら久美子に意味を聞いても、久美子も説明できない。

 それでアンドレは久美子の「せつない」こそ愛の表現だと思い込む。
この「せつない」が物語の軸として最後まで貫かれている。

「せつない」をこれだけ見事に表現した物語はあまりない。

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江波戸哲夫    「集団左遷」(祥伝社文庫)

 この間新聞で、今年の企業の希望退職という名目の退職者が日本国内で1万人以上になったと報道されていた。1万人を超えるのは、バブル崩壊、リーマンショック後以来の出来事らしい。

 以前は不用人材は、机だけがある部屋、追い出し部屋なるところに集め、何の仕事も与えず、集められた人たちが耐えられなくなる環境にして退職するのを企業は待つような策を用いた。

 現在は、こんなことをやれば労働基本法に違反するし、そんなことをマスコミに報道されたら受けるダメージは甚大なものになるため、企業は新しい方法で退職に追い込もうとする。

 私が働いていた企業も、かっては機動隊部門を作り、そこに不用な人々を集めた。機動隊部門は、事務所に溜まるゴミを集め廃棄したり、清掃したり、ビルの外の木々や庭の手入れをする部門だった。

 しかし、今は特販部隊というところを作り、戸別訪問で販売する専用部隊に不用要員を集め、成績が上がらないと会社に残ることは難しいと圧力をかける。

 この部隊は、営業部門に属すが、販促用の商材はカタログくらいで、他は何にも与えられない。それで、たまに商売が成立すると、成績は営業部に付け替えられる。

 この物語の三有不動産の副社長横山は、退職前提の不用社員50名を集めて「首都圏特販部」という新設部門を作る。

 バブル崩壊で売れなくなった、ビルや土地、住宅などを販売する部門として立ち上げたということになっているが、実態は首切り人員用の部門である。別にこの不良在庫を処分販売する正式な部門はある。

 特販部は、チラシだけが販売用にあるだけで、例えば割引権限は、営業部門の部門長か横山副社長と交渉して決めることになっている。

 実は50人の部隊には横山副社長のスパイがいて、特販部の状況が逐一報告されている。
だから、商談が成立しそうになると、お客に破格な条件を提示して、特販部の成績につながらないようにする。

 驚いたのは三有不動産が造成販売している建売住宅の販売が成立すると、スパイに対象の物件に火をつけるよう指示し、またスパイも実行しようとする。

 この横山副社長、土地の買収造成のために、その街の有力者に対策費を払わねばならないのだが、このお金の殆どを自分の懐にいれる。すべてこういう類のお金は現金渡しで領収書もないからこんなことが可能になる。それが発覚して失脚する。

 まるで、どこかの電力会社をみているような錯覚が起きる。

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司馬遼太郎   「風の武士」(下)(講談社文庫)

 熊野に向かうと思われた紀州隠密は、熊野に向かわず大阪に行く。大坂には紀州藩大坂蔵元である豪商・紀州屋徳兵衛の屋敷がある。紀州屋徳兵衛も安羅井国の金銀を狙っていた。つまり安羅井国の金銀は、幕府、紀州藩、紀州屋が獲得を狙っていたのだ。

 信吾は大阪で紀州屋隠密の首領である早川夷軒と知り合いになる。 

早川夷軒は信吾に紀州藩とその隠密を征伐するようお願いする。早川は安羅井人が、日本人や韓国人とも似ているがまったく異なった人種であることを知っていた。だからどうしても安羅井国を滅ぼしてほしく無かった。

 やがて信吾は、隠密からちのを奪い絵草紙『丹生津姫草子』を手にいれる。

 その後、ちのと安羅井人はもうひとりの錬心館の代稽古人だった伝次郎に拉致される。実は伝次郎も安羅井人だった。またちのは安羅井国国主の娘だった。だから絵草紙『丹生津姫草子』に描かれていた女性と瓜二つだったのだ。伝次郎はちのの婿養子となり、安羅井国国主となることを狙っていた。

 早川と信吾は絵草紙『丹生津姫草子』に従って安羅井国を目指しついに安羅井国に到達する。
 そして伝次郎と運命の対決をして、伝次郎を殺害する。しかし、信吾も疲れ果て意識を失う。

 信吾が目覚めると、安羅井国や安羅井人はあとかたもなく消えていた。しかも、目覚めたとき日本は維新政府により運営されていて、江戸幕府や諸藩はなくなっていて、武士も存在しなくなっていた。全く浦島太郎状態になってしまっていた。

 安羅井人はじつはローマ帝国から追い出されたユダヤ人たちであった。1000年もの間、その存在を知られずに、熊野の山中に国を築いていたが、存在がしられたために、また新しい国を創りに流浪の旅に出て行ったのであった。

 安羅井国探索と3者幕府、紀州藩、紀州屋の争いは、もうひとつ迫力がなく、面白くなかったが、最後のおちは司馬らしく雄大でズシンと決まった。

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| 古本読書日記 | 06:24 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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司馬遼太郎    「風の武士」(上)(講談社文庫)

 昭和36年「週刊サンケイ」に連載された小説。映画化もテレビドラマ化もされていて、司馬三作目の長編小説。司馬はこの作品の後、歴史上の人物を主人公とした小説を描くようになる。その博識により、歴史小説の大御所的存在になり、司馬史観なる独自の歴史観を確立した人物として崇拝された。

 この小説は、歴史小説を手掛ける以前の小説。この小説までは司馬作品は伝奇小説、冒険小説だった。

この小説は紀伊熊野を舞台としているが、司馬は少年時代から熊野の山々が大好きで何回も登っている。戦争で軍隊に入営する前に、死ぬ前に上る最後の山として、友達と3人で熊野の山々に登っている。そこで失踪して九死に一生を得る体験までしている。

 主人公の柘植信吾は貧乏御家人の次男坊。それで家を継げず、さりとてどこかに養子の口があればいいのだが、女道楽のためその口もなく、町道場の錬心館の代稽古人を頼まれてしていた。

 この連心館の道場主平間退耕斎が何者かに刺殺される。実は退耕斎は熊野の山奥にある、いまだに誰もその存在を知られていない安羅井国出身の人物。この山国には、とんでもないお金があると信じられていて、15年前から、そこを所領にしてしまおうと紀州藩が安羅井国探しを必死に行っているがその場所を発見できていない。

 退耕斎は、ひそかに幕府に安羅井国庇護をお願いするために江戸に派遣されていた。
幕府も財政が逼迫していたので、安羅井国を天領とすべく、その場所の探索を主人公の信吾に命ずる。

 実は、退耕斎を殺したのは、錬心館で信吾と同じ代稽古人をしていた浪人・高力伝次郎だった。この伝次郎が手引きをして紀州隠密に退耕斎の娘ちのを拉致させていた。退耕斎はいずれちのを伝次郎の嫁にして錬心館をつがせようと考えていた。

しかしちのは伝次郎より信吾に心を惹かれ、信吾もちのが好きだった。

紀州隠密は、ちのと、安羅井国への道のりが記された絵草紙『丹生津姫草子』を手に入れ、熊野に向かう。

 一方、信吾もたまたま道場にやってきた安羅井人とともにちのを追い熊野に向かう。

絵草紙『丹生津姫草子』に描かれている女性とちのが瓜二つであることが描写される。安羅井国は本当に存在するのか、この瓜二つに隠されたものは何か、そんな興味でわくわくしながら下巻に進む。

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| 古本読書日記 | 06:22 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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司馬遼太郎   「城塞」(下)(新潮文庫)

 家康の謀略。豊臣側との和議の中で、豊臣側に2藩の領地を与えるという約束をなかなか守られない。しびれをきらした豊臣側が領地の話を決定するよう家康に迫る。

 じらしにじらして、家康は房総(千葉県)の2藩を与えると通告する。
豊臣側は今の大阪か、少なくても馴染みのある近畿の藩がもらえると思っていた。

房総は全く未知の土地。しかも周りから攻められたら、海に逃げるしかなくなる。とても提案は飲めない。

 そこで、追い詰められ戦うしか無いという姿勢に転ずる。しかし、今や和議により、城壁、内堀、外堀は無くなり、大阪城は攻め入ることができる裸の城と化してしまっている。

 そして最後は、淀君、その周りの女性たちや秀頼のいる館を、スパイによる情報で特定し、そこに火を打ち込み、燃やす。閉じこもった豊臣側の人間たちは全員自害する。

 この物語で、もうひとつよくわからなかったのが、真田幸村、加藤又兵衛など牢人部隊。

淀君たちが家康の和議を受け入れ、内堀、外堀を埋めてしまう。それをすると、豊臣側が負けることが明白になる。それで牢人たちはそのことを猛烈に反対するのだが、淀君たちは拒否する。

 幸村も又兵衛も、豊臣側につくことに何の義理もない。負けることがわかっている戦になぜ最後まで戦いぬいたのか、そこがこの物語では説明されていない。その疑問が残ってしまう。

 徳川のスパイだった小幡勘兵衛。スパイだったことがばれて、最後は徳川側に逃亡する。
この勘兵衛、徳川側スパイなのだが、豊臣側へのシンパシーもあり、心が揺れ動く。

 そして、徳川が敗れ、また以前のように戦乱の世になることを望み、そうなれば、自分が天下をとり、日本を支配することを夢見ている。

 一介の浪人がそんなことが実現することなど考えられない。しかし、秀吉がそうだったようにその当時の世の中はそんな夢がかなえられると思わせてくれる時代だった。

 豊臣が徳川に敗れ、そんなことが思える時代は完全に終わった。
「城塞」を読んで、確かに一つの時代が終わったことを深く実感した。

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| 古本読書日記 | 06:27 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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司馬遼太郎   「城塞」(中)(新潮文庫)

 主に冬の陣が中巻では描かれる。

淀君は、関ケ原では家康に負けたが、世の中は家康に対し逆風。いずれ戦いになれば、反対大名が味方につき豊臣家と一緒に打倒徳川で戦ってくれるものと信じていた。秀吉の息子秀頼が右大臣で徳川秀忠は内大臣。位は豊臣秀頼が上、徳川秀忠は秀頼の家来、いずれ秀頼に将軍が移譲され豊臣天下が復活すると考えていた。

 冬の陣を戦う前に、執権の大野修理は、西国を中心に豊臣側につくよう要請状をだした。しかし家康はスパイより要請状のことを聞き、絶対に要請に応じてはならない、その場合は藩をとりつぶすと手紙をだす。そして豊臣側につく大名は皆無となった。

 そこで仕方なく、領主につかない彷徨っている浪士を徴募する。これに部下の兵士をつけて応募していたのが真田幸村や加藤又兵衛などの浪士たち。

 しかし、徳川と戦うための総大将がいない。織田信長の第十一子の織田有楽が候補になったが、有楽は文化人で軍を率いるリーダーにはなれないし、自らも断る。

 余談だが、有楽町という名前はこの織田有楽からきている。

 冬の陣では、又兵衛や幸村の類まれなる戦法で、徳川にたいし勝利を勝ち取ってゆく。
そこで家康は、淀君や侍女たちが生活している館に集中して砲弾を浴びせる。

 これに震えあがった淀君。

家康は頃合いをはかって、淀君に和議を提案する。
 ①秀頼の命は保証する。領地を2藩分与える。
  但し、謀反の動きがあると、この和議は無効となる。
 ②豊臣側に敵意が無いことを証明するため、城壁は壊し、外堀、内堀は埋める。

幸村や又兵衛は和議に反対したのだが、女性たちと大野修理は、恐怖ゆえ和議に応じることを決める。

 そして、家康はスパイを使い、豊臣側が謀反を働かざるを得ない状態に追い込んでゆく。

 全く家康は悪の権化のように描かれる。

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| 古本読書日記 | 06:24 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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宵越しの図書カードは持たない(19’後半)

何故19’前半が無いかって、確か資格試験の参考書か何かを買って、
ネタにならなかったんだと思います。

1冊は、「ねこがかわいいだけ展」のテンションを引きずったまま、
「必死すぎるネコ」。
もう1冊は、インスタグラムやなんかで見かけた四コマ漫画で、
「拾い猫のモチャ」。

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どちらもクスっとさせてくれるんですが、1日1枚(1ネタ)くらいがいいですね。
まとめて読むと味わう余裕が無いというか、飽きてくるというか( ̄▽ ̄;)
漫画でも、「ニャアアアン」や「悪のボスと猫」くらい笑いに走っていたり、
夜回り猫くらい1つ1つが濃かったりすれば、1冊じっくり読めるんですが。
モチャは、ほのぼの、あるある、しみじみ、な感じの作風でした。
「ああ。またこのパターンね」となってしまう。

写真も、「かわいい展」で引き伸ばされるようなのは確かに面白いですが、
インパクトの小さいものもあるわけで。

だから、臨時収入がなければ買わなかったタイプの書籍だな、と。

おまけ:天疱瘡で毛が抜け、肌が赤くなったので、服を着せてみた。
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梨木香歩 「西の魔女が死んだ」

映画にもなったはず。
爺やの本棚で、手に取りやすい箇所にあり、なおかつ薄かったので、
秋の夜長の読書に選出。

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女子中学生にしちゃあしゃべり方が気取っている気もするけど、
クオーターの繊細な少女ならありなのかなと。
魔女といっても、不思議なことは起きません。
「魂脱出成功」のメッセージも、生前に書いておいたのでしょう。
近所の粗野なおじさんとの和解を変に盛り上げず、
転校先で主人公が上手くいったのも努力の結果という展開にしなかったのは、
いいと思います。世の中そんなもの。

視点の移動があってちょっと読みづらいですね。
その時の主人公の立場では知りえなかったことも、いろいろ挟んでくる。
親が口にしなかった気持ちや事実とか、2年後や大人になってから理解できたこととか、
読者と主人公を置き去りにして盛り込んでくる。
同時収録の短編みたいに、言葉遊びも入れてノリで書いた文章だったら、
そんなものだと思うのですが。

| 日記 | 00:09 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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司馬遼太郎    「城塞」(上)(新潮文庫)

 昭和44年から46年にかけて「週刊新潮」に連載された、「関ケ原」に続く家康シリーズの2作目。日本国内戦争史上最も多くの戦死者をだしたといわれている、大阪冬の陣、夏の陣を扱っている。

 物語を動かしている小幡勘兵衛と豊臣秀頼の侍女お夏は架空の人物なのだが、その他の登場人物はすべて実在した人物である。

 主人公は大阪城。その巨大さは想像もつかないくらいで、読んでいてもよくわからない。外堀、内堀がはりめぐらされ、その外に巨大な外壁が覆う。大量の食糧を備蓄して籠城すると、その城を打ち落とすことは不可能か長い年月を要する、まさに落城不能な城と考えられていた。

 関ケ原の戦いで勝利し、天下人になった家康が征夷大将軍となり江戸幕府を開く。しかし、その数年後将軍を息子の秀忠に譲り、自らは駿府城に移り、院政を敷く。

 家康の心配は、自分が死んだら、豊臣家や、反徳川の大名が反乱を起こし、徳川幕府が消滅するのではということ。そのためには、豊臣秀吉の嫡子である秀頼を殺害し、豊臣家を滅亡させる。しかも、他大名が反乱を起こさないように方法は世間が納得できる方法でなければならない。そのために、家康は謀略を綿密に練る。

 家康は、まず、滅亡した武田家の遺臣で、秀忠に仕えていたが、武芸軍略に優れていた牢人である小幡勘兵衛を豊臣側にスパイとして送り込む。

 当時は、自軍にスパイが潜んでいることは当たり前。多分豊臣側の人間で半分はスパイであったのではと考えられている。このスパイにより、家康は豊臣側の状況がリアルに近く把握していた。

 家康が謀臣本多正純に言う。
「城というものは固いものだ。正面からゆけばたたこうと突こうと崩れない。それよりも城の中味を腐らせ、水がでるばかりに饐えさせてから、ゆるりと攻めにとりかかるものだ。」

 その時の大阪城内は、秀吉の正室である寧々は僧となり城をでていて、秀頼を生んだ側室の淀君と、淀君の乳母や、侍女たちが権力を握っていた。更に、執権の最高責任者は、淀君の乳母が生んだ大野修理がついていた。

 大野は総大将になったりリーダーを務める力はない。家康は実現しなかったが、この大野修理さえも自分のスパイにしようと画策した。

 家康の目的、大阪城内を腐らせるには、大阪城内はおあつらえむきの人間たちばかりだった。

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| 古本読書日記 | 06:01 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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司馬遼太郎   「花神」(下)(新潮文庫)

 戊辰戦争とその後、大村益次郎に遺恨を持つ、神代直人ら8人の刺客に襲われ益次郎が重傷を負い、しばらくの後敗血症で亡くなるまでを描く。

 徳川幕府最後の将軍徳川慶喜は、幕府代表の勝海舟と薩長代表の西郷隆盛の討議により江戸城を無血開城することになり、ここに倒幕は完成する。 なぜ無血開城になったかというと、薩長派の西郷も幕府側の勝も戦争になれば負けると思っていたから。それにどちらもお金が無かった。

 この戦費を創るのにどんな手を使うか。当時の勘定奉行である小栗上野介は勝に上申する。幕府に好意を持っているフランスに北海道を売り戦費をねん出しようと。

 それは良い考えとフランス側に打診するが、その当時フランスはナポレオン3世が、戦争で負け力がなくなり、とても北海道は買えないと断ってきて、この考えを断念する。

 そしてここからは、あまり根拠は無い司馬の想像。

旧幕軍を北海道に早めに集結させ、五稜郭を中心にして、北海道を独立させ、各国とも新しい国として条約締結をさせる。

 あるいは、主要な港を各国に租借地として譲渡する。
しかし、これをすれば隣国清のようにアヘンに侵され、植民地となってしまうと考え断念する。もし、ナポレオンが隆盛だったら、北海道はフランスになるところだった。歴史はこれだから面白い。

 それからうなったのは、大村は薩摩は日本統一を求めていなくて、維新後は薩摩が統治する国にしようと考えていると思っていたこと。

 そのため、維新後必ず、維新政府と薩摩で戦争が起きる。だから、死ぬ間際遺言で薩摩に対して戦えるよう武器を調達しておけと言い残す。
 大村が予言したとおり、その後西南の役がおき、薩摩の野望は破壊される。

 明治維新成立の裏側にはいろんな真実が隠されており、興味がつきない。

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| 古本読書日記 | 06:17 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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司馬遼太郎   「花神」(中)(新潮文庫)

 長州では、高杉晋作の奇兵隊などの反藩の戦いにより藩主毛利の統治がなくなり、山田右衛門を国守にして統治が行われていた。
 この巻では、幕長戦争で長州が勝利を収めるまでを描く。

この物語の白眉は、長門国の海に面した場所で荷受問屋小倉屋を経営していた白石正一郎の邸宅に坂本龍馬の仲介で、西郷隆盛、桂小五郎、大村益次郎が面会した部分。

 長州は京都での幕府との戦いで、薩摩藩が裏切り幕府側につき、会津藩とともに攻められ大敗をする。だから、この時は薩摩は敵となる。

 しかし、維新に動く薩長志士達は、龍馬を中心にすでに裏では結束しようとしていたのである。

 白石正一郎は、高杉晋作の奇兵隊を全面的に支援。晋作のためならすべてを失ってもかまわないと考えていた。
 だから、いつも密議などに自らの家を自由に使わせていた。坂本龍馬は、革命は薩長と出身の土佐藩が組まねば成就しないと考えていた。そのための談義に白石邸を利用したのだ。

 桂小五郎は大村に聞く。どうすれば幕府に勝利できるかと。大村はミニュー銃5000丁と軍艦一隻が手に入れば勝てるという。ミニュー銃は今でいうライフル銃。それまでは日本では旧式のゲベール銃があるだけ。とても最新式のミニュー銃などこんなに大量に入手は不可能。桂や益次郎も長崎に使いをだし買い求めようとしたが、だめだった。

 密議のとき、坂本龍馬に銃と軍艦のことを言う。
すると坂本が「私が集めましょう」と簡単に引き受ける。

 坂本はこの時長崎に私設海軍の結社を持っていた。亀山社中である。この結社は薩摩など雄藩から資金をだしてもらい貿易商社の機能ももっていた。日本で最初に創られた会社である。
そして坂本は軍艦とミニュー銃4300丁とゲベール3000丁を集める。

 この坂本の力も驚愕だが、それを購入し支払いをする長州藩にも驚く。

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司馬遼太郎   「花神」(上)(新潮文庫)

 江戸末期の第2次幕長戦争や明治維新の戊辰戦争で、軍隊を指揮し、勝利に導いた長州出身の大村益次郎の生涯を描いた3巻にわたる大長編。大村益次郎は日本陸軍の創始者として靖国神社に記念像がある。

 大村益次郎は。長州の田舎村に村医の子として1824年に生まれる。医学の習得に長崎などをまわり、その後当時医学の最高峰といわれた大阪の緒方洪庵の適塾に入塾、塾頭にまで上り詰める。

 その後江戸に出て「鳩居堂」という塾を作り、オランダ語、医学を教える。この時期オランダの兵学書を読み、兵法、兵術を獲得する。

 ペリーが浦賀にやってきて、それにより西洋文明を学ぶことの重要さを認識した、伊予藩主伊達宗城に俸禄100石の藩上士として招かれる。そして宗城に大砲と砲台及び軍艦を建造しろと命令を受ける。当時日本は、帆船だけで蒸気船は無い。蘭学兵法書を解読して、天才的職人嘉蔵とともに3年で砲台大砲と蒸気軍艦を作り上げる。ただし薩摩藩のほうが建造は少し早く日本最初ではなかった。

 その後、長州藩に嘱託として招かれ、幕長戦争の指導者にあたることになる。
ここまでが第一巻。

 この第一巻で、司馬は明治維新は革命だったという。革命とは、それまでの伝統や思想文化をすべて捨てて、全く新しい文化思想を創造することである。日本は明治維新でそれまでの思想、政治の根幹をなしていた儒学や、中国から移入していた漢学をすべて捨てた。また仏教についても廃仏毀釈として捨てようとした。ここまで徹底した革命は世界でもわずかだ。西洋においても、インドなどでも革命は起きたが、自らの風習宗教までは否定するものではなかった。

 江戸時代は西洋の窓口はオランダ。だから蘭学が重要な学問、西洋の言葉はオランダ語。

しかし、開港した横浜には全くオランダ語の看板もなく、言葉としても通用しなくなった。するとあっさり蘭学を捨て、英語、仏語、ドイツ語を習得することに力をいれる。

 この切り替えの明白さこそ明治維新の核心である。なるほどと思う。

 この「花神」では、司馬の作品ではめずらしく、シーボルトの娘イネと益次郎の恋物語が描かれ潤いを与えている。 

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又吉直樹      「劇場」(新潮文庫)

私は田舎の地方都市に住んでいる。20年前から朝4時に起きて、2匹の犬を連れて散歩をする。流石に田舎では4時に起きている人は、工場勤めの外国人労働者かコンビニの店員くらいしかいない。丹念に調べれば、引きこもりで完全に夜型人間になっていて朝4時には起きている人もいるかもしれないが。

 しかし東京は夜型人間を吸収する余地がある。この作品、年寄りの僻み読みかもしれないが、主人公の永田、劇団の脚本家という仕事の前に、朝起きて活動するということができなくて、夜ふらふら活動するという気質が前提でできあがっている。

 専門学校の学生だった沙希は、永田の劇団で女優をしていたが、学校を卒業すると、昼は社員として衣料販売会社で働き、夜は居酒屋で働くようになる。

 昼活動する世界でできる人間関係それに創られる思考と夜のそれとは大きく異なる。夜はどうしても妄想が膨らむ。それを、永田は沙希に居丈高にしゃべる。沙希は、永田が頭がよくて自分の知らないことを何でも知っていると尊敬し、膨らんだ妄想を周囲にも話すと、周囲からも尊敬の目でみられる。その尊敬が愛になり、ずっと永田といたいと思う様になる。

 しかし、生活パターンによる2人の乖離はどんどん拡大する。このままでは沙希が可哀想だから、別れたほうがよいと読者は思うが、沙希は何と、社員もやめ居酒屋のバイトもやめる。そして、引きこもりになり、酒にひたる毎日となる。

 しかし、夜型になると、生活資金が手にはいらなくなる。

 結局、沙希は田舎に帰る決断をする。田舎で近くの会社にはいる。

アパートに残した荷物を自宅に配送するため沙希が東京にでてくる。そこで永田とデートをする。昼あちこちに2人は行ったはずなのだが、そこの記述は殆どなく、やっぱり夜そばを食べ酒が入っているときの記述が長い。永田が言う。

 「沙希ちゃんは田舎に帰る。俺は演劇を続けて、飛躍的な成長をして、大金持ちになる。
そしたら、ふぐの薄つくりをさらっと全部つかんで一口で食べる。沙希ちゃんはウニが好きだからどんぶり一杯のウニを食べる。温泉旅行もいっぱいするし、海外のテーマパークにも行く。バルコニーのある大きな家に住んで、大きな犬も飼う。庭には季節の花をいっぱい咲かせよう。CDも小説も雑誌もDVDも何でも買いたい放題。」

沙希が「ごめんね」と言う。
「ゴメンなんて答えがちがうよ。俺は早く家に帰るの。誰からの誘いも断って、一番会いたい人に会いに帰るんだ。」

 最後は普通の人たちがしている生活を永田が夢のように語る。しかし、それはとても実現不能なこと。もちろん沙希は永田と別れる。
 一旦しみついた夜型生活は生涯変わらない。永田の行きつく先は暗い。

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| 古本読書日記 | 05:40 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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司馬遼太郎    「峠」(下)(新潮文庫)

 下巻は、維新史上もっとも激しい戦争だった北越戦争を描く。
 非武装中立論、あるいは武装していても中立を貫く。他国との摩擦は外交によって解決をはかるという主張が今の日本でも強い。

 小藩越後長岡藩大家老の河井継之助は、武装はしているが中立を貫いて、藩の生き残りをかける。

 西からは維新政府軍が攻めてくる。一方東からは、幕府の存続を目指す合津藩が攻め上げてくる。そこを河井は外交により両者を説得して藩の破壊を防ごうとする。だから、会津にしても維新軍にしても長岡藩が戦いで勝利しても、自軍は専守防衛を貫くとして、決して追いかけ相手を破壊しようとはしない。

 そして、やがて、どちらからも攻め入られ、会津に逃げ込もうとしている途上で、銃で撃たれ亡くなり、会津軍が敗れたことにより、長岡藩は破壊され消滅する。

 時代は今と異なるかもしれないが、外交や話し合いだけで国が保て、繁栄できるのか、この作品を読み深く考えてしまう。

 それから、河井継之助は、武装中立を主張し、外交によりそれを実現しようとするが、その抽象論の実行により、藩は消滅し、おびただしい数の被害者が発生させてしまった。

 その河井が維新のりっぱな志士として、本当に長岡で尊敬されているのか疑問に感じる。
 この物語には、河井が藩の人々から支持尊敬されるような実績、場面は殆どでてこない。

 河井は強烈なナルシストとして行動。そこにはたくさんの屍だけが残った。

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| 古本読書日記 | 06:18 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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司馬遼太郎    「峠」(上)(新潮文庫)

 幕末、越後長岡藩で藩主に次ぐ、大家老にまで昇りつめ、藩政改革と、長岡藩存続に知力を尽くし奮闘、戊辰戦争のなか、殺害され波乱万丈の生涯を送った河井継之助を描いた作品。

 河井継之助は歴史上の人間としては、殆ど知られていなかったが、この司馬作品と、この作品が別の司馬の幕末時代の作品とともに、大河ドラマになったことで、一躍有名となり歴史上の人物として評価をされる。まさに司馬が発掘した人物。

 継之助、長岡から江戸にでて、古賀謹一郎が主宰する久敬舎に入門、陽明学を学びその間佐久間象山の塾でも学ぶ。

 しかし江戸学問は知識主義ばかり。継之助は知識など生き方の何の足しにもならない、行動精神のない学問は腐儒として嫌う。

 そこで実際の行動主義者、藩財政を改革し立て直した備中山田方谷に教えを乞うために継之助は遊学の旅にでる。
 その学びの旅を中心に描かれるのが上巻である。

 遊学の申請を首席家老の牧野頼母に対し提出する。
頼母が言う。
 「藩の政治は家老がきちんと行うから、お前たちはその指示に従えばよい」
継之助が言う。
 「今の世界動向をみると、日本のみならずわが越後長岡藩も危急存亡の時が参ります。」
 「大げさなことを言う。」
 「いや3年、4年以内に藩はこのままでは粉々に破壊されるでしょう。その時藩を率いて 
  その危機を救わねばいけません。」
 「誰がそれをするというのだ。」
 「拙者で、ござる。」

 この自信と覚悟がすごい。藩費はだせないが頼母は継之助の圧力に押され遊学を認める。

 継之助は、通商が始まった横浜で、福地源一郎(毎日新聞の創始者)の紹介でスイス人に出会う。スイスには鉱山資源もないし、高地で土地もやせていて農業にも適していない小国。にもかかわらず、ヨーロッパでは裕福な国になっている。乳製品を創る、更に精密機械を創り、ヨーロッパの他国に輸出するから国が豊かなのであるとスイス人から説明される。

 継之助の長岡藩も小藩。日本のスイスを目指そうと継之助は考える。

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| 古本読書日記 | 06:16 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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乃南アサ   「殺意・鬼哭」(双葉文庫)

 殺人事件の加害者真垣徹は36歳。被害者の的場直弘も36歳。真垣が14歳のとき、的場は真垣の家庭教師となる。その後、2人は、学生時代、社会人と通じて大の友達となり、20年後に真垣は的場を殺害する。

 物語は2つに分かれている。一つは真垣が逮捕され、裁判から8年の獄中生活で出所するまで真垣の視点で書かれた部分。それから的場がナイフで刺され、死ぬまでの間、真垣との関わり、それに今までの自分の人生への追憶を的場の視点で書かれた部分である。

 真垣は的場を殺害したことは認めるが、動機については一貫して裁判終了まで黙秘をする。

 物語では事件が起きる3年前、真垣の電話に的場が「呆れて物が言えねえよ!」と叫んだとき、真垣に的場を殺すしかないと決意したとだけ書かれる。

 動機が明確でないのは、作品を読んでいても、把握感が全く無く、読むことがかなり苦痛となる。

 乃南は、動機が不明ということで、裁判での精神鑑定に多くを割く。これが専門的、学術的、普通こんなところまで鑑定士が、裁判で表現しないだろうと思えるところまで描く。

 この物語で、びっくりしたのが、以下の理論。

新人類が登場する以前のネアンデルタール人までは、動物や自らの種を殺すという本能は無かった。それゆえ、他から攻められると守ることはしても攻めはしないからすべて絶滅した。

 しかし16万年前に登場した新人類は、殺すということを本質として所有しており、それ故、生き抜くことができた。人を殺すということが罪だということになったのは、数千年前のことで、人間の歴史からみればつい最近のことである。

 人の命は尊い、平和が大切、人殺しは悪という考えを創造して、本能の殺すを押し込めるようにしてきた。

 真垣は「呆れて物が言えねえよ!」の的場の叫びで、本能の殺すが動き出す。殺すまでに3年」かかったのは、殺すを抑制している近代の価値観、概念の皮をひとつひとつ剥くのに時間がかかったため。

 何だか私たちは、人間の本質である殺戮欲求を無理をして人殺しは悪などの概念の皮で何とか覆いつくしているのかと思いため息がでた。

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| 古本読書日記 | 06:24 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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