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2019年09月 | ARCHIVE-SELECT | 2019年11月

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司馬遼太郎   「世に棲む日々 (三)」(文春文庫)

 「禁門の変」「蛤御門の変」を経て江戸幕府は長州征伐を決め実行する。「禁門の変」「蛤御門の変」の時、奇妙なことだが、水と油の関係だった薩摩と会津が同盟を結び、幕府とともに長州征伐を行う。作戦指揮には薩摩の西郷隆盛があたる。

 第3巻は、その長州征伐が中心に描かれる。
しかし、3巻では、日本変革の源となる重大事態が挿入される。

 一つは2巻の最後に描かれるが、高杉晋作が文久2年に上海に旅行したことである。当時はすでに、幕府は幾つかの国と通商条約を結んでいたので、上海にも派遣団が渡っている。  日本には海外と貿易業務ができる人材が殆どいなくて、その実務習得が急務のため派遣されたのである。

 しかし、派遣されたのは幕府や藩の役人ばかり。貿易など関心がなく、物見遊山の人間ばかりだった。

 高杉晋作が、上海に着いて驚愕したのは、ペリーが率いてきた黒船に匹敵する軍艦や商船が上海港には無数に停泊していたことである。とても、こんな国々と力では対決できなことを痛感。
 上海には2週間いたのだが、中国人は欧米人の奴隷と化していて、しかもアヘンに毒され悲惨、哀れな状態になっていた。日本を同じ状態に絶対させてはいけないと決意する。

 そして、同じ文久2年にもう一つの事件が起きる。

高杉晋作の松下村塾出身の同士2人がイギリスに密航する。当時、鎖国はまだ継続されていて、幕府の認可した使節団しか海外には行けず、密航が発覚すれば死罪であった。

 この密航を実行したのが井上聞多(後の馨)と伊藤俊輔(後の博文)の2人。井上は途中香港に着き、そこで、密集している艦船と高層ビルをみて「俺は攘夷をやめた」と宣言する。
 2人は6か月ロンドンにいて帰国する。

 長州藩といえば尊王攘夷の急先鋒。当然奇兵隊も同じ思想。
「開国」などと主張すれば、命無き状態にさせられる。

 高杉晋作、井上聞多、伊藤俊輔、3人は孤立してしまった。「攘夷」で同士を集めて、藩の思想にしてしまった3人が一転「開国」を主張するのは困難なことである。

 それにしても、学生時代、伊藤博文、井上薫のヨーロッパ密航、習ったかもしれないが、その影響重大さを知っていなかったので、すべて忘れていた。この作品で事実を知り驚いた。

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司馬遼太郎    「世に棲む日々」(二) (文春文庫)

 松陰は、通行手形を所持しない東北旅行で罪を問われ、実家の松本村で蟄居となる。松下村塾に松陰が関わったのは、蟄居から、安政の大獄で死刑になるまでのたった3年間。その時に高杉晋作が入塾してくる。

 黒船でやってきたペリーは日米通商条約を幕府が締結するか決定するための期間を1年と定め、1年後に再度日本にやってくると通告してアメリカに帰国する。
 松陰はその一年後にペリーの軍艦に乗り、アメリカに行こうと企てる。
 この企てはペリーの拒否にあい失敗する。

そして井伊直弼が大老となって登場して、幕府転覆を企てると思われる者をすべて捕獲し、処刑する安政の大獄を行う。これにより松陰は捕まり、死刑を執行される。

 この第2巻で、松陰の考えというか司馬の考えかもしれないが明確にされる。

革命の初期には思想家が現れる。しかし、思想というのはすべてフィクション虚構である。虚構を論ずるものは、それにより権力者たちから弾圧にあい非業の死をむかえる。

 しかし革命中期には、卓抜な行動家が現れる。この行動家は狂者である。高杉晋作、坂本竜馬、西郷隆盛がそれにあてはまる。

 そして、その後、国を統治する戦後処理家が登場して、新しい秩序、社会を作り上げる。伊藤博文、大久保利通などがそれに該当する。

 さらに当時何が何でも攘夷という時代だった。それで、幕府が外国と通商や和親条約を結ぶのは絶対ダメという世論が圧倒的だった。

 それに対し、松陰や晋作は、海外と通商をはじめ交流条約を結ぶのは必要という立場だった。
アヘンのように海外から購入を要求されるが、日本には売る物が何もないではない。だから海外の国に日本を開放してはならない。
 松陰や晋作は、だったら売れる物を作ればいいと主張する。

幕藩体制では、徳川幕府は、多くの藩の一つに過ぎず、日本全体の統治者にはなっていない。従って、徳川が日本を代表して条約を締結するのは許されないこと。徳川は通商の窓口を全部幕府直轄領を通じて行い、その権益を全部徳川が受けいれるようにしている。

 こんな体制はあり得ない。だから、徳川を破滅させ、そこから日本を代表する政府を確立せねばならないと松陰や晋作は考え明治維新に突き進む。

 2巻に至り、松陰、晋作の考えがクリアーになり、その正しさに拍手を送りたくなった。

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| 古本読書日記 | 06:30 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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司馬遼太郎   「世に棲む日々(一)」(文春文庫)

 幕末初期、長州の思想家吉田松陰と、松陰を師として仰ぎ、奇兵隊を結成して活躍した倒幕の志士高杉晋作の生涯を全4巻の長編で描く。

 松陰は山口の萩松本村で生まれる。山鹿流兵学師範である吉田大助の養子となり、吉田の嫡子として山鹿流兵学を学ぶ。その後、大助が亡くなり、叔父の玉木文之進が開塾している松下村塾で指導を受けるのだが、アヘン戦争で清国が敗れたことを知り、山鹿流兵学が通用しないことを知る。それで新しい兵学を習得のため長州藩より江戸に派遣された直後、ペリーの黒船がやってきて、驚天動地するまでを第一巻では描かれる。

 松陰が天才的に頭脳が優秀で、しかも、常になにがあっても明るく、子供のように人なつっこいところがあったことはわかったが、彼の天才的思想がどんなものか、それが維新を生む思想的バックボーンになっているのかはよくわからなかった。

 信州の松代藩で先進的思想家である佐久間象山と出会い、象山を思想の師と仰ぐが、ここも象山のどこに感銘したのかがもうひとつわからない。

 嘉永5年同志の宮部鼎蔵らと東北旅行を計画するが、通行手形を入手してないまま、旅行を挙行する。これは法律違反。そこで松陰は長州藩を脱藩して旅行にでる。

 脱藩は、当時は死罪に値する犯罪。その累は家族親族まで及ぶ、大罪である。
松陰の思想がわからないため、何故そんな危険まで犯さねばならないのか理解できず、すこしいらいらする。

 ペリーが浦賀に来て、鎖国の日本に閉じこもっていては、将来は開けないと思い、長崎にプチャーチンが率いる艦船が寄港していることを知り、この艦船に潜り込み、ロシアに行こうと決意実行する。直後、ロシアでクリミア戦争が勃発。艦船はそのため長崎を離れロシアにむかい、松陰は思いを果たせなかった。

 思想の核心はよくわからなかったが、国を変えねばという熱い情熱が、さまざまな行動を呼び起こす様は、心にズシンと重く響いた。

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司馬遼太郎   「この国のかたち ㈣」(文春文庫)

 このエッセイ集は、今から25年前に出版されているが、当時司馬は韓国朝鮮についてこんな考察をしている。

 朝鮮は14世紀末に李子朝鮮として独立、この国が520年の長きにわたり続いた。そして儒教を習俗に取り入れた。儒教は形式を重んじる。親へのつかえ方。祖先への祭祀。血族の順序や尊卑貴賤という身分制度固守のためには形式が最も重要だった。

 形式を厳格にするためには、常に相手を論難し、自分が正しいというために咆哮せねばならなかった。

 差別、区別が形式として通る。中国清朝は「天朝」として尊敬されるが、海を挟んだ日本は、軽蔑、蔑視の国であった。

 日本人には「人」という言葉は用いず、「倭」と言った。「倭」とは野蛮人ということで、人間ではないと日本人を認識した。

 明治維新がおこり、日本人が洋装をみにまとうようになった。これに、野蛮人がけしからんとかみついた。

 常に日本または日本人は自分たちにくらべ下等な野蛮人であり、徹底的に差別、蔑視をせねばならないということが根底にある。

 正しいかどうかはわからないが、なるほどと納得するところもある。

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岡本かの子   「越年 岡本かの子恋愛小説集」(角川文庫)

 岡本かの子短編恋愛小説集。筑摩書房の全集を持っているので、殆どの作品が既読。名作「老妓抄」や「家霊」も素晴らしい作品と思うが、以前に紹介したかもしれないが、掌編「気の毒な奥様」が洒落が効いていて面白い。

 ある繁華街にある映画館の窓口に、突然駆け込んできた女がいる。わなわな震えながら、窓口の少女に訴える。

 「私の主人が恋人と一緒に、ここに来ていることを知りました。家では急病で子供が苦しんでいます。その子供をかかりつけのお医者に頼んで置いて、私は夫を連れに飛んできました。どうか早く夫を呼び出してください。」

 少女は、夫の名前を教えてくれと頼む。しかし、奥様はそれだけは勘弁してと言う。しばらく少女と奥様の間で押し問答が続くが、少女は奥様を気の毒になる。別の少女が気をきかして、立て看板をもってきて、観客が見えるように、舞台の脇に次のように書いて置く。

 「恋人を連れた男の方、あなたの本当の奥様が迎えにいらっしゃいました。お子様が急病だそうです。至急正面玄関へ。」
 すると数十人の男が正面玄関に現れた。
 岡本かの子は、水をごくごく飲むという表現などを、ごくりごくりと3文字にすることが多い。そして、その3文字の使い方が実にうまい。

 「家霊」で、お金のない彫金師の徳永老人が、食堂「いのち」にいつもどじょうを無心に来る。これを店番をしているくめ子が嫌う。その後、徳永老人のどじょうの食す描写が、老人の心根の変化とともに見事。

 「人に妬まれ、蔑まれて、心が魔王のように猛り立つときでも、あの小魚を口に含んで、前歯でぽきりぽきりと、頭から骨ごとに少しずつ噛みつぶしてゆくと、恨みはそこに移ってどこともなくやさしい涙がわいてくる。」

 この「ぽきりぽきり」が実に効いていて、感動させる。

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恩田陸    「失われた地図」(角川文庫)

主人公の鮎見と遼平、遼平の甥である浩平は「グンカ」という過去の戦争に駆り出された人たちの記憶力と戦っていた。

 戦争が勃発したころ軍都だったところに、裂け目があり、その裂け目から飛び出すのが「グンカ」。「グンカ」が飛び出すたびに戦争の悲劇が繰り返される。これを防ぎ、戦争が起きないようにするのが3人の役割。「グンカ」が飛び出す場所と時間は、近くの煙草屋の主人が感知していて、彼らにその場所に行くように主人から指示がでる。物語で登場する場所は錦糸町、川崎、上野、大阪、呉、六本木の6か所。

 彼らは、「グンカ」を裂け目の中に押し込み、裂け目を縫い合わせて「グンカ」の発生を防ぐ。時に彼らの手に負えないほどの「グンカ」が発生する。そのときは「グンカ」の敵である蝶を大量発生させ抑え込む。蝶の数が足らない。呉ではそんな状態になったが、呉で製造されて戦艦ヤマトが海に浮かびあがり、ヤマトが発光する青い光により「グンカ」を抑え込むという奇跡が起きたりもする。

 鮎観と遼平には、息子の俊平がいた。俊平は普通の子と異なり、2人がいさかいを起こすと、異常な声をあげ2人には対応ができない。それがたびたび発生するため、2人は耐え切れず、離婚をする。2人特に鮎観は、「グンカ」を排斥する仕事をやめようと思っている。

 そんな時、六本木の首都高の壁から、かってないほど大量の「グンカ」が発生する。とても2人では抑えきれない。もう戦争は避けられない。世界はグンカのものだと2人は観念する。

 しかしその「グンカ」の様子がいつもと異なり、群れの動きが突然止まり、静寂が訪れる。

鮎観と遼平は六本木の交差点にゆく。そこには、2人の息子俊平がたった一人で立っていた。
2人を認めると俊平は「ダイジョウブ」と声をあげ二人に近付いてくる。

 俊平は両親の仕事を引き継ぎ、戦争は起こさせない人類の希望を表しているように思えた。

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| 古本読書日記 | 06:35 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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司馬遼太郎    「歳月」(下)(講談社文庫)

 江藤新平は、政府から離れ、地元佐賀で反乱を起こす。しかし、たった5日間で維新政府軍に制圧される。そして、薩摩に行き西郷に反乱を促せばと佐賀から逃げ、西郷のところに行くが、西郷が拒否。更に土佐に行けば、土佐は立ち上がると思い、土佐に行くが拒否され、土佐を逃げ回っている間に、捕縛される。

 驚くことに、この捕縛に、維新政府で実質首相をしていた、大久保利通が、行政の仕事を休んで加わる。大久保と江藤は全く主義主張があわなかった。

 捕縛された江藤は大久保が滞在していた佐賀に連れ戻され裁判にかけられる。

大久保は法律を無視して、江藤を死刑に処そうとする。しかし、維新政府で大臣まで務めた江藤にそんな法を無視した刑を下す裁判官はいない。困った大久保は1000円(現在の金額で2000万円)を報奨金として用意して法を無視する裁判官を求める。これに河野敏鎌が応じた。河野は江藤を尊敬する一番の部下だった。

 さらにこの裁判の異常だったのは、江藤の取り調べは一切なく、調書は河野や大久保が作った。裁判開始時にはすでに死刑の判決ができていた。法廷で調書が提示され、その場で江藤は署名捺印させられた。

 しかも判決は、首切り、さらし首の刑。江戸時代には、そんなことも行われたが、明治になりこの刑は禁止され、法律上も存在しない。そこで、河野と大久保は、当時この刑が認められていた中国の法律を適用して刑を決めた。

 そして、本当は上級審への上訴ができたはずなのに、刑は判決の翌日に執行された。
大久保は事の経過を「大久保日記」にして残した。当然、その日記は後に公開されることはわかっていたはずなのに、嬉々として経過を綴った。

 最初に死刑がある。そのためには権力は無茶苦茶な理屈を持ってきて実行する。権力の恐ろしさをこの物語は教えてくれる。

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司馬遼太郎    「歳月」(上)(講談社文庫)

 幕末の戊辰戦争で、彰義隊が殲滅。明治維新になり新政府で、廃藩置県を実行、文部大臣、法務大臣を務め、行政府で参議まで上り詰めるが、その後、行政府に反旗を翻し、地元佐賀県に戻り、「佐賀の乱」を起こす、しかし鎮圧され、高知県で捕縛され、死罪にさせられた江藤新平の人生を描いている作品。

 江藤新平は佐賀県の下級武士の家に生まれる。父親の失敗で、俸禄が藩から支給されず、食うや食わずの窮乏生活に見舞われる。その後、脱藩をして京都に行くが2年後に故郷に戻る。当時脱藩は死罪が当たり前だったが、藩主鍋島閑叟の死罪免除の一言で、これを免れる。その鍋島により京都に派遣され、そこで倒幕運動に加わり、維新政府で参議まで上り詰めるが、一転政府に反旗を翻し、佐賀にて反乱、そして死罪で亡くなる。

 この間、たった5年。人生の振幅の大きさに驚く。

江藤新平の功績は、廃藩置県の実行もあるが、何といってもフランス法を学び、日本の法律の基礎を打ち立てたこと。彼は、世論や政治家の思惑は一切斟酌せず、法によりすべてを判断した。

 彼が司法のトップだった時代、大蔵のトップは井上薫だった。井上は三井とくっつき、三井に利益誘導をして、三井から大きなお金を得ていた。

 尾去沢鉱山が岩手、秋田の県境にある。当時、銅、金を輩出。南部藩の所有だった。戊辰戦争で南部藩は会津藩とともに維新政府と戦ったが敗れ、70万両を賠償金として政府から要求される。困った南部藩は、鉱山資本家だった村井に資金を調達するよう依頼。村井は横浜の外人資本からお金を用立てたが、南部藩から外人からお金を借りるのはまかりならないと外人資本への返済を拒む。外人資本との契約に、返済が滞った場合2万5千両の罰金が課せられるとあったので村井は対応に窮する。
村井は、大蔵省に泣きつく。しかし、契約は南部藩が行ったことで、大蔵省は関係ないと拒否される。

 そこに岡田平蔵という人間が現れ、鉱山の土地と採掘権を格安で買い取る。江藤はこの裏には魔王がいるとして追及する。魔王は見つからないと思われた。

 大蔵大臣の井上薫が、東北の鉱山を視察する。付き人の中に岡田もいた。魔王はみつからないと思っていたところ井上薫が鉱山敷地内に「井上薫所有地」と看板をたてる。

 江藤は井上を法律で罰しようとする。しかし副島種臣に諭される。
「井上は辞任する。まだ維新政府ができて10年。こんな時に大臣が大疑獄で捕まると、政府は転覆させられる」と。井上は罪を免れる。

 上巻では、江藤は西郷の「征韓論」が受け入れられず謀反を起こすという物語になっているが、遵法第一主義の江藤は、井上が罪を免れたことにより謀反に走ったように私には思えた。

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深水黎一郎    「最期のトリック」(河出文庫)

 この世に推理小説ミステリーというジャンルが誕生して200年だそうである。その間、およそ考えつくトリックというのは出尽くしたと考えられている。

 この作品、スランプ中の作家である私に、今までにはないトリックを使ったアイデアを発見した。このトリックを2億円で買ってほしいという香坂誠一という人物から手紙と、彼の私小説が届く。

 そのトリックというのが「本を読んでいる読者が犯人になる」というトリックである。一特定の読者が犯人となるトリックは考えられるが、何ら関係のない不特定の読者全員が犯人になってしまうというトリックはあろうはずがない。

 物語は、私のところに分けて送られてくる、トリックの売買と私小説と、超心理学の第一人者の古瀬教授の超心理実験やテレビでの公開実験の場面がほぼ交互に描写され進む。

 人間以外の動物はコミュニケーションとしてのツールである言語を持たない。それで、テレパシーのようなESPの能力を使って、考えや意志を伝達している。人間もその能力を有しているが、言葉を持ったため、その能力を使うことがない。

 しかし、能力はあるのだからということで、そのコミュニケーションを実際に使う実験を古瀬教授は行う。このことが超心理学なのである。

 この実験を執拗に行い、それが真実ではないかと読者に思わせたところで、「読者が犯人」というトリックが登場する。

 しかし、その超心理学の能力も眉唾だし、事実、実験が成功したようにみえたものもインチキであることが暴露されている。
 作者の挑戦はわかるが、納得感のない物語になっている。

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司馬遼太郎    「尻啖え孫市」(講談社文庫)

 天下無敵の織田信長が、あまり知られていないが、何度戦っても殆ど勝利できず、最後の戦いも敗れた敵がいた。こんな敵、歴史上には殆ど登場しない。それは歴史資料というのは勝利した側によって書かれているからだ。それと、この敵は、戦をして負けた相手の領地を獲得、その結果最後は日本を支配しようという意図が全く無く、戦に勝つことだけを目的にしていた。だから歴史上重要な人間ではないからだ。

 それは、南紀に根城にしていた雑賀衆。その首領が雑賀孫市。この地には4つの部族がそれぞれ領地を持ち治めていた。

 雑賀衆は鉄砲使いが日本で当時最も優れていた。だから戦国時代、全国制覇を争った諸国領主たちは、勝利するためには雑賀衆を味方にすることが必須。雑賀衆は、領主たちから莫大な報奨金を獲得することで、部族を収めていた。

 雑賀孫市はもちろん実在の人物なのだが、殆ど資料は無い。そのことが司馬の想像を膨らませ、縦横無尽に孫市を活躍させて、楽しいエンターテイメント小説に仕上げている。

 まず、破天荒なのは、孫市が戦をする動機は、彼の理想とする女性のためだけということ。その女性のためには、絶対勝つという信念で一族あげて立ち向かう。

 これは、天下をとるなどという動機より、直接的で熱い動機。ばからしいとは思うが、最も納得できる動機である。

 それから戦国時代、領主にとって、別の領主だけが戦の相手ではない。

 当時は寺が強かった。寺は、商売の権益を握ったり、道路に関所を設けそこから通行料をとり莫大な資金を得て、その権益を守るため、多くの僧兵を有していた。歴史の教科書では、

関ケ原とか長篠などの合戦を詳しく説明し、寺と領主の戦いは数行ですませているが、領主同士の戦いより苛烈な戦いが寺と武将たちの間で繰り広げられていた。

 その最大の戦いが、石山本願寺と織田信長の戦い。石山本願寺は今の大阪城のある場所にあった。敷地は現在の大阪城公園の倍だったそうだから、その寺の威容はものすごいものがあったはず。

 本願寺は浄土真宗の本山。浄土真宗はキリスト教に似ていて、神の存在を認めていた。それが阿弥陀仏。阿弥陀仏を信じれば、阿弥陀様が死後の安らかな世界に救ってあげるという宗教。

 この宗教が蓮如という名僧が登場して、全国に燎原のごとく広がり、ものすごい数の信者が集まる。これが背景にあるから、武将もなかなか鎮圧できない。

 孫市もこの戦いに巻き込まれる。その動機は美人信者である小まちに憧れて。そして、悉く、信長を打ち破る。

 しかし、本願寺には、国家制圧という意図が無かったため、最後は本願寺と織田信長が単独講和をして、戦いは終了する。

 歴史にもしがあり、本願寺が治める日本ができたらどうなっていただろう。宗教国家は恐ろしいかそれとも・・・。

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アンソロジー   「文豪たちが書いた 怖い名作短編集」(彩図社)

 11人の文豪が描く怪談、奇談、幽霊譚の名短編集。半分くらいは既読。
読んでいて、変な心持になったのが芥川龍之介の「妙な話」。

 主人公の私は友人の村上から、彼の妹について2つの妙な話があると打ち明けられる。妹の夫は、第一次大戦のなかヨーロッパに派遣されていた。妹は少しノイローゼになっていた。

 ある日妹は鎌倉の友達に会いに行くといって家をでたが、途中でずぶぬれになって帰ってきた。中央停車場で、赤帽に突然声をかけられた。「旦那はお替りないか」と。今はいないと伝えると、赤帽は「私がみてきましょう」と言う。変なことを言う赤帽だと妹は思う。ヨーロッパに見に行くなんてできるわけないじゃないか。そこで、具合が悪くなり家に引き返す。

 兄が帰ってくるという日、中央停車場に迎えにゆく。すると声がかかる。「お兄さんは右手にけがをしていて、手紙がかけませんでした。」振り向いてもだれもいない。

 少しするとまた声がする。「お兄さんは来月に戻ります」と。
 また振り向いても誰もいないと思ったら、さっき近くで荷物を運んでいた2人の赤帽のうち一人がいなくなっていた。
 同じ時、妹の夫がフランスのカフェにいると、フランスにはいるはずのない日本人の赤帽が現れ、少し経つとふっと消える。

 そこまで村上が話をしたとき、村上の友人が4-5人やってきたので、失礼といって私は席を外して帰る。私は村上の妹と逢う約束をしたが、2回とも妹がやって来なかったことを思い出す。

 妹が私に会いに行くとき、現れた赤帽。帽子に2本の赤線がはいっている。この赤帽は、憲兵を暗示しているように私は思った。憲兵の圧力が、妹をノイローゼに陥らせている。手紙も検閲により届かなくなっていたのかもしれない。

 なかなか意味深い最後。日本の世相が暗くなり、戦争の影がひたひたと迫ってくる。芥川がシニックに戦争批判を描いた作品のように思えた。

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松本清張 「砂の器」

以前に少し触れた記事はこちら
ちなみに、「砂の器」が比喩としてがっつり出てくる部分はありません。
「彼の言葉で、私は指の間から砂がこぼれるような虚しさを覚える」
とかなんとか、犯人に利用された女が遺書で語る程度です。
犯人の立っている場所が脆いというニュアンスが伝わり、いいタイトルだと思います。

IMG_9240.jpg

現代音楽と超音波でヘロヘロにして事故死(転倒)や自然死(心臓発作)を引き起こすって、
なかなか無茶があると思いますね。
「第一の事件の時は、この完全犯罪ができる装置は完成していなかったのだ」
と刑事たちが推測していますが……どうだろう(;´・ω・)
御手洗さんみたいな科学者が探偵役だったら、
血中のストレスホルモン濃度がどうだの、内耳の平衡感覚をつかさどる部分がどうだの、
それっぽく謎解きしそうですが。

犯人の動機がハンセン病にあることや、方言の分布というトリックが売りで、
映画化の際には超音波うんぬんを省いているというのも、わかる気はします。

不謹慎ではありますが、大きな災害があると、
「これに乗じて戸籍を偽造したり、新しい人生に乗り換えたりする人が」
と思います。
電磁記録もあるでしょうし、この犯人みたいにはいかないと思いますが。
そういえば、「十二国記」の中で、高里要(泰麒)は津波(蝕)で行方不明になったという設定。
既刊をとっくに手放したので、新刊が出たと聞いてもネタバレ感想を読むだけです。

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町田康    「リフォームの爆発」(幻冬舎文庫)

 町田は熱海にあった築30年の中古住宅を購入して移り住んだが、そこを、リフォームして、住環境を思い切って変えることにした。

 リフォームとは、住んでいる家の不具合を解消するということで、修繕とは異なる。

テレビ番組で人気のある「ビフォアー アフター」、多少の打ち合わせはしているかもしれないが、原則施主は設計者に、丸投げして、その仕上がりをみて施主が感動するという番組である。

 しかし町田の場合は、自ら何をリフォームするかを決める。
①人と寝食を共にしたいい場所がない二頭の大型犬の痛苦をとりさる(犬は町田さん2匹じゃない?)
②人を怖がる猫六頭の住む茶室・物置小屋、連絡通路の傷みによる倒壊と逃亡の解消
③細長いダイニングキッチンで食事をする悲しみと苦しみの解消。
④ダイニングキッチンの寒さ及び暗さによる絶望と虚無の解消

 この実現に、町田は工務店の担当者と時間をかけ検討、希望を受けてのリフォームの提案をもらう。

 この時、工務店の担当者がきちんと打ち合わせメモをとっているか、しっかり確認。そして見積もりを入手したとき、その内容がちゃんと反映しているか細かにチェックする。

 だから、水道工事一式のように一式がはいっている見積もりを信用しない。

不思議に思ったのは、担当者にメモを要求するが、町田が内容を書き留めている様子はない。町田が打ち合わせ内容の忘れは無いのだろうか。
 そして町田は、工事中にもしょっちゅう現場にたち、自分が思い描いているリフォームになっているか確認をする。

そこまでやらないと、納得できるリフォームは実現しないと町田は言う。その通りと思うけど、大変なことだとも同時に思う。

  読んでいて不思議に思うのだが、妻や子供家族のことがでてこない。確か町田には敦子さんという妻がいるはずだ。

 キッチンを大改造しているのに妻が全く登場しない。町田自身が料理をつくり、一人でテーブルに並べているのだろうか。それでこの改造?そんなことはないとは思うが・・・。

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薬丸岳    「ラストナイト」(角川文庫)

 読み終わった後、茫然となり頭が真っ白になった。薬丸作品は鋭く深い。

東京赤羽で飲食店「菊屋」を営んでいた菊池は、店の常連だった片桐と仲良くなっていた。
片桐はやがてホステスだった陽子と結婚し、2人でおなじような店をだすと楽しそうに語り合っていた。

 そんなある日、菊池が用事で外出中に、暴力団員の梶原が店にいちゃもんをつけにやってきて、菊池の妻美津代を襲おうとする。止めにはいった片桐が、梶原をナイフで傷つける。

 片桐は逮捕されるが執行猶予となる。片桐の逮捕により、陽子は片桐と別れる。この時片桐と陽子の間にはひかりという子供がいた。

片桐に悪意を抱いた梶原は、陽子を拉致して、麻薬漬けにする。陽子は気がおかしくなり、マンションのベランダから飛び降り自殺をする。
片桐はこの事件で、実刑判決を受け、刑務所に収監される。

 そこから片桐がしょっちゅう事件を起こし刑務所にはいることを繰り返す。しかも顔を変形させるために顔に刺青を掘る。更に、工場勤めをしてわざと腕を切り落とすという異常な行動をする。

 片桐は、梶原が収監されている刑務所に自分もはいりそこで復讐しようと考えた。そのために顔を変形させ、腕を切断したのは梶原の刑務所を絞り込むために行っていた。

 荒木という男が登場する。
荒木は結婚したが、子供ができて、妻との間がおかしくなり、ギャンブルにおぼれ、お金がなくなり、空き巣を働き逮捕され、そのことで離婚をさせられた。

 荒木は、離婚後も元妻の実家に、元妻あての年賀状を送っていた。返事は一度もこなかった。そんな元妻から突然連絡がある。子供がガンにかかり、入院治療費が不足するので助けてほしいという。

 荒木にも金は無い。それでドラッグストアを襲う。お金はせしめたが、もう近くまでパトカーが来ている。だめだと観念したところへ、男が現れ、強制的に服を交換させ、逃げるように指示される。

 翌日荒木はドラッグストアで強盗があり片桐という男がその場で逮捕されたという記事をみる。荒木は元妻のところへ行き、お金を渡す。死にそうなっていた息子は「お父さんに会いたかった。」と言って3日後に亡くなった。

 他人の起こした事件の犯人になりすましてまで、梶原の収監されている刑務所を突き止めようとする、恐ろしいまでの片桐の執念。

 その迫力に読んでいる私が重圧で押しつぶされそうになる。

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下村敦史    「闇に香る嘘」(講談社文庫)

 作者下村敦史は2006年より4度江戸川乱歩賞の最終候補に残ったが、受賞はできず、この「闇に香る嘘」で受賞の栄冠を勝ち取っている。

 江戸川乱歩賞はすでに60数回の実績を誇っているが、受賞作品には、必ず選考委員より「ここを直したら」「ここの突っ込みが」等々注文がつくのが恒例。その注文がつかないすべての選者が満点をいれた作品が過去5作品ある。そのひとつが、この作品。これ以外に満点作品は薬丸岳の「天使のナイフ」などがある。

 この物語が素晴らしいのは、起きる事象について、180度視点を変えてみると、突然黒が白に変転、その鮮やかさが見事なことである。

 その変転により、起こった不可解な現象の、すべての謎が解かれ、回収されている。オセロが一手をおくことで、瞬時にすべての石の色が変わることと同じ。

 中国より戦争直後日本にたくさんの人たちが引き揚げてきたが、その途中で子供が行方不明になったり、子供をおいたまま逃げてきた人がいた。そのため、多くの子供たちが中国人に拾われ育てられた。

 中国に残された残留孤児の問題が1980年代に大きくなり、孤児の日本帰還事業が行われるようになる。

 当時はDNA鑑定の方法が無く、孤児と親たちが面会して、この子は自分の子だと言い、多少の物的証拠らしきものがあれば、日本人残留孤児として認められ、日本人となり、親のもとに引き取られた。
 日本が裕福であるということから、この帰還事業にのり、中国人が日本人として偽装し、日本へやってくる人も多くいた。

 物語は、主人公の兄が、残留孤児として日本にやってきて、実家で母親と暮らしているが、実は本当の兄ではないのではないかと兄の言動から疑い、そこから追及が始まる。

 しかも、追及する弟が、41歳で盲目となる。それゆえのスリラー感も味わえ、しかも見えないということが、ミステリーの仕掛けとして多く使われる。

 満州事変で、満州国を日本はうちたて、日本は多くの人を満州開拓団として送り込んだ。
その開拓団の土地は、開拓団が入植するまでは、中国人の土地。それを満州政府が略奪して開拓団に与えた。

 今まで裕福だった中国人が一夜にして貧乏になった。そんなある日、一人の中国人の女性が生まれたばかりの子を育てられないからと、井戸に放り込もうとする。それを目撃した開拓団の女性が、私が育てるからと懇願して、赤子をもらう。

 その赤子は、日本に連れていかれ、日本人として育てられる。彼自身は日本人と信じていたが、純粋な中国人だった。

 この真相が明らかになったとき、すべての事柄が見事にひっくりかえった。

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こだま    「夫のちんぽが入らない」(講談社文庫)

 購入してレジに持っていくのが恥ずかしいようなタイトル。しかし、読み終えるとこのタイトルしかありえないとしみじみ思ってしまう。

 主人公の私は、本当に何もない田舎から、都会の大学に入学する。そこで、オンボロアパートに入る。そのアパートにやってきた日に、ずうずうしくも同じアパートに住む、同じ大学の男の子が引っ越しの手伝いにやってきて、部屋に上がり込み自分の部屋に帰らない。

 それから、時々部屋にその子がやってきては泊まってゆく。そうすると、必然的に体の関係を持とうということになる。

 ところが、トンネルの掘削工事をしているように、岩盤を男の子が突き破ろうとするのだが、ドン、ドンと叩くだけで、全くちんぽが入らないのである。

 主人公の私は、高校生の村祭りのとき、同級生の子と好きではないのだが、体の関係を持ちそのときは入ったのである。
 アパートの男の子とその後、何回かトライするが、全くはいらない。
それなのに、2人は結婚する。

 夫は、高校の教師。私は小学校の先生となる。
 私は新人教師なのに、最初から学級崩壊のクラスの担任となる。何とかこのクラスの生徒が卒業するまで頑張ろうとしたが、5年生のときに体に異常をきたし、辞職をせざるを得なくなる。

 夫は、不良を抱える高校で、その対応に当たっていたのだが、パニック障害に陥る。何とか薬と通院で教師生活は維持している。

 そして相変わらず夫のちんぽは入らない。

 夫は出張や残業と称して、風俗にゆき処理する。私は出会い系サイトで男を探し、肉体関係をもつ。だから、2人のチャレンジは年一回正月だけ行うことになる。

 そして35歳を過ぎて正月網走の旅行でチャレンジしたのを最後に終了する。その時の私の感想が素晴らしい。

 私たちの性は網走監獄の鉄格子の奥に置いてきた。木目の剥げた床、申し訳程度に敷かれた藁。その寒々しい独房に、これまでの思いを放り込み、鍵をかけてきたのだ。

 率直にユーモアに包んで、世間の常識から外れた人生を告白する。じわっと心をゆする一生に一回しか書けない私小説。

 生涯一回しか書けない私小説を、書くことができず小説家をあきらめる人が殆ど。一回書くことができれば、次も書くことができる。こだまさんのこれからの活躍を予感させる作品だった。

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真山仁    「レッドゾーン」(下)(講談社文庫)

 世界は、時間単位で変化している。その変化をつかみ、莫大な利益をあげるハゲタカ投資家の行動力は異常だ。

 ハゲタカ鷲津のほんの2週間くらいの移動内容。マサチューセッツのケープゴッドを皮切りに ニューヨーク、東京、スイスローザンヌ、北京、上海、山口、東京、ニューヨーク、そこからジェット機で場所は不明だがアルというアメリカの投資家の邸宅、そして香港まで回る。

 すべての場所で、大きな決断を迫られ、移動中は常に電話で連絡、指示、報告をもらう。睡眠など、休息は全くといって無い。
 この中で、失敗すれば、身の破滅となる大損失を被る。

きっと、投資家、大金持ちは、こんな天国と地獄の境目の中で、恐怖や緊張とともに生活をしているのだろう。そんな生活を体現している鷲津と一緒に行動する体験ができる本書は、まさに手に汗握り興奮する。

 世界を闊歩するハゲタカ集団。その本質は、投資をすることで、利益を上げることである。しかし、世界は、そんな動機ではなく動くものがある。

  投資と言っても利益を実現するためには限界投資金額がある。ところが、世界では、限界投資金額など無視し莫大なお金を使う国がある。中国である。

 中国は貯め込んだ外貨を使い、想像を超えるお金を、世界でばらまく。過剰投資と世界から非難されるが、全くどこ吹く風。投資金額が回収できなければ、その国を支配下におく。

 金儲けという考え方は後ろにひき、共産主義型蹂躙を貫く。
 この物語を読むと、自由経済、市場開放が最も重要と叫んでいる自由民主国家が実にむなしくみえてくる。

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真山仁    「レッドゾーン」(上)(講談社文庫)

 真山仁の代名詞にもなっているベストセラー作品「ハゲタカ」シリーズの3作目。

今回は世界でも自動車メーカートップ争いに凌ぎを削る、日本最大の企業アカマ自動車へのTOBをめぐる物語になっている。

 読み始めて違和感とモヤモヤ感が沸き上がった点が2つあった。

突然、アカマ自動車に買収王子といわれている上海投資公司の賀一華と言う男から電話がかかってくる。

 賀は、自分はアカマのファンですでにアカマの株3%を取得している。来週東京に行くので面談したい。それは彼が、アカマ自動車を買いたいという。TOBの宣言である。

 この電話に、古屋社長、大内取締役社長室長がうろたえる。
それで、日本で最も成功しているハゲタカ ファンドの雄鷲津政彦にどう対応すべきか相談に行く。

 この対応に違和感を覚える。アカマ自動車は従業員36万人を抱える、世界的大企業である。これほどの企業には当然グローバルでの諸問題に対応する法務をはじめ、必要な部門、人材、外部アドバイザー組織を抱えている。

 アカマ自動車の対応は、街の中小企業を思わせる。普通大企業はこんな対応はしないだろう。この対応のため、36万人を率いるグルーバル企業のトップがいかにもみすぼらしくみえてくる。

 それから、曙電機を再生させた芝野専務が、大阪のマジテックという中小の機械メーカーに転ずる。

 物語は、TOBの攻防と、芝野の機械メーカーでの苦闘が平行して進む。いずれ、2つの物語がどこかで交わるのだろうが、内容に大きな差がありすぎて、芝野がなぜ物語に必要なのか、不思議な気持ちで上巻を読み終える。

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| 古本読書日記 | 06:26 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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白石一文   「ここは私たちのいない場所」(新潮文庫)

 釈尊は妻子をすて悟りの道にはいる。そして弟子たちに妻帯を禁じた。イエス キリストも妻を娶っていないし、子供ももうけていない。彼も弟子たちに妻帯を禁じている。それだから、カトリックでは神父は独身を通すし、修道士は童貞をもって本分としている。

 この世界で最も尊宗を集めている二人が性交渉を拒絶し、人類の存続を拒否している。人類が、2人の教えに忠実に従っていたら、人類はすでに絶滅していただろう。

 主人公の芹澤は大手食品メーカーの常務に上り詰め、次期社長も視野にはいっている。しかし、部下の妻と愛人関係を持ち、それで部下の不祥事に連座して、会社を退職する。

 人は、生殖機能を持つことにより、子供から決別して大人の世界にはいる。やがて、恋をして、結婚し、子供を持ち家庭をつくる。

 芹澤は、ずっと独身を保つ。結婚や家庭を持つことを拒否してきた。ということは子供の世界を貫いてきたということ。

 彼の大学時代の友人がブラジル単身赴任中、飛行機事故にあい、幸いにも軽傷ですむ。友人はブラジル赴任を無事勤め上げれば役員の道が約束されていた。しかし、友人は会社に日本に帰してくれるよう直訴した。家族の絆まで犠牲にして働くことに価値を感じなくなったからである。

 芹澤は思っている。家族を抱えた人たちは致命的な弱点を持っている。妻や子供を持つということは、会社を辞めるという選択肢が無い。そのため、人生のなかで思い切って力の限りアクセルを踏むということができない。

 芹澤はいくつかのるかそるかという場面にぶつかり、その度に、思いっきりアクセルを踏み人生の階段をかけあがってきた。それは、結果、満足と喜びを与えてくれた。誰にも依存しないことを目標にして生きてきた。誰にも頼らないことが信条だ。子どものようにわがまましほうだい、思い通りの人生を生きてきた。

 独身を意に沿うものとして貫いている人はまだ多くなく、独身のままにおいやられている人が殆ど。

 芹澤のように信条に従い独身をつらぬく。しかも、釈尊やキリストのように生殖活動を禁止しているわけでなく、愛人を持って堪能している。

 芹澤の生き方、殆どの人は実現不可能。そんな人の人生の悩みを物語で提示されても、実感が沸かない。

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| 古本読書日記 | 06:13 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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村田紗耶香   「殺人出産」(講談社文庫)

 近未来に起こる社会の仕組みの変化とその時の人々の行動を描いた4編の短編集。

人殺しは理由の如何を問わず、悪であり、刑罰を受けるというのが現在の掟。

しかし100年後、人口減少が進み、何とかせねばならない状態に追い込まれる。
 そこで、国は、人工授精で子供を10人まで産めば、人一人を殺害してよいという制度を創る。

 あいつだけは殺したい。この世から抹殺したいという人を持っている人は多い。10人出産を実現できれば、憎い奴を殺すことができるのである。

 この制度の問題は、10人と言えば最低でも10年の年月が必要となり、この間流産でもすれば、更に期間は伸び、憎く殺したいという感情がそれだけ長持ちするかということ。

 物語では、特定の誰かを憎むということではなく、とにかく人を殺してみたいという欲望が強い女性がいて、10人出産を行う。

 そして、殺しの対象の人が選択され、その人に通知がされる。通知がされると、その人は逃亡しようとすると警察に身柄が拘束され、死に場所まで連行され、強い麻酔が打たれ、正体をなくす。そこで、10人出産の女性が登場して、刃物で対象の人を殺害する。

 物語では、殺された人が妊娠していて胎児まで殺されてしまうという落ちがつく。
これが本のタイトルにもなっている「殺人出産」。

 その他、恋愛はカップルでするのが今までの常識だが、100年後はトリプルで愛し合うのが常識になっている。
 トリプルのほうが、一人が家事、育児に専念しても、2人が稼ぐから生活が成り立ちやすいという利点もある。

 また、医学が進歩して、人間は病気、老衰では死ななくなる。こうなると、面白いのだが、安らかに、楽をして死にたいという人たちがでてくる。そのハウツー本がバカ売れする。

 こんなSFまがいの作品が収録。発想がおもしろく、ドキドキしながら自分を未来世界に連れていってくれる。

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内田樹    「下流志向」(講談社文庫)

 2022年から。高校の国語の科目が変わる。現在は現代文A,B古典文ABなのだが、22年からは、論理国語、文学国語、国語表現、古典探求となり、この中から各高校で選択科目として選ぶ。

 論理国語、契約書を読んだり、作ったり、論理を組み立てる力、グラフや統計を読み取り表現する力を中心に学ぶ。つまり、社会にでて即有用な人材を創るための教科ということになる。社会で役立たないと思われる文学は、選択しない高校もでて、ますます文学は軽視されるのではないかと危惧されている。

 最近は、それをして何の役に立つのかという視点から、学ぶ中身を考える発言が多くみられる。流石に幼児期に、子供はそんなことは言わず、親の言葉を全面的に受け入れるが、小学校にあがると、それを習って何の役たつの?と聞く生徒がでるという。その生徒は納得ゆく答えが先生よりなされないと、全く授業に関心が無くなり、ゲームをこっそり授業中にしたり、隣の子と話しをずっとしたり、教室を徘徊したりするらしい。

 学ぶための不快に交換できる価値が無いと学びを拒絶するのである。

 最近引きこもりが大きな問題になっている。もちろん、突然のショックが引き起こしたり、メンタルの問題で引きこもりになっている人も多くいるとは思うが、自分の価値尺度で、不快だと決めて、それを拒否する生活をすることに価値があると考え、引きこもりになっている人も多いのではと思う。

 多少の修正はいるとは思うが、少なくても、大学までは、教育は有用という尺度で判断するのではなく、幅広く深く学ぶべきものだと判断すべきである。

 それは、無用という判断の尺度が30CMのものさしだけでなされるのではなく、長尺の複数の物差し、三角定規、分度器といったいろんな尺度を身に着けて判断せねばならないからである。

 この作品では、学ぶということは、幅広い見方、考え方を身につけるということであると一貫して主張されている。

20代前半で社会にでるとき、エクセルやパワポができる学生より、多くの教養をみにつけそれを背骨にしている学生のほうが社会にとって有用な人になると私は確信している。

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誉田哲也   「Qrosの女」(講談社文庫)

 ファストファッションメーカーのトップブランドQrosのCM撮りの現場。そのCMには何人かの旬の俳優が登場するが、そのメインはモデルあがりのスター福永瑛峲とイケメンで大スターの藤井涼介。

 このCM撮影でQrosのチーフエクゼクティブの桑島の眼に、撮影現場の世話をしている一人の女性がとまる。そして、桑島がその女性を急遽メインで起用することを指示する。CMの最後のクライマックスシーンは、Qrosの最新ファッションで身を包んだ女性を、藤井がハグをする。

 もちろん指名された世話係の女性は懸命に出演を断るが、桑島の決定はくつがえすことはできない。更に、完全に主演の座を奪われた、福永と藤井は面白くない。それを和らげる意味もあり、この女性は名前も明かさないし、タレントとしてデビューもさせないという取り決めを関係者でする。

 しかし、CMがオンエアされると、裏目にでる。あのハグされる美人は誰なんだと。ネットは炎上するし、週刊誌が真相をおって追及しだす。

 ネットでは最初は誰だから始まり、台湾人だとか、どこかのキャバクラに会ったとか、フェイクの情報が流れる。

 ところが、ある時、中目黒や豊洲で見かけたという情報が発信され、徐々にその情報が、その女性を貶める情報ばかりになる。そして、当然週刊誌も中目黒や豊洲中心に彼女を探し出す。

 この物語の面白いのは、ネットで「だきてえ」とか「お尻さわりてえ」とか品は無いが、中傷ではなく、欲望を表現しているツイートがなされる。一方で人格や行動を中傷しているツイートも多くなされる。しかし実際は中傷のツイートは多くの人からなされることは無いということだ。そんなに他人を貶めることに、一般の人は関心が無い。

 だから、この物語の貶め誹謗のツイートはたくさんの人を装っているが、たった一人でなされていた。しかも、その犯人は、(笑)を半角にする癖があることで発覚する。

 そういえば、少し前にネット上でのグルメサイトの評価が信頼できるものでは無い場合が多いというニュースが流れ問題になっていた。

 好評価も貶める評価も、意図した会社がサクラを雇って集中して投稿したり、ある個人が大量の評価情報を流す場合が多いのだ。

 運営サイトへの指導、注意が行政から求めるということだったが、こんなことは防ぎようがない。

 この物語は、ネットによりかかって生活するということは、フェイクの情報に囲まれて生活することだということだという認識を持って、利用者は対応せねばならないということを教えている。

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佐藤多佳子   「一瞬の風になれ 第二部―ヨウイー」(講談社文庫)

 全く恥ずかしい話だが、佐藤多佳子の出世作「一瞬の風になれ」が3巻もある大長編とは知らなかった。今回、その2巻目を手にとってみた。

 2巻目は、3つの出来事が起きる。

主人公新二が友人でもあり目標にしている連が、4継といわれるリレーで足を痛め、1年ほど走れなくなる。落ち込み、投げやりになる連。

 それから、ジュビロ磐田に加入した兄健一が車の事故に遭い、重傷を負い入院する。
この2つの出来事に、新二と谷口の恋の物語が流れる。

 谷口は、連や新二のように目立ち才能があるランナーではない。指導教師に中長距離に変わりなさいと言われ、黙々と練習をする。
 新二は、谷口が同じクラスで、たまに話はするが、気になっているわけでもない。

その谷口と新二は兄のジュビロ磐田の試合を見に行くことになる。小田原から青春キップ、普通電車で磐田までゆく。

 電車の中で、会話ができない。それが、試合中も終わってからも続く。でも、新二が「健ちゃんどうだった?」と聞くと
 谷口は答える。
「神谷君(新二の苗字)が一番すごい。健ちゃんを目指してめげず、いつも前向きで頑張っている」と言う。新二は心が暖かくなる。

 新二は、健一が大けがをしたことにショックを受け、陸上部の練習に行かなくなる。陸上部全員が、じっと新二の復帰を心待ちにしている。ずっとブラブラしていると、谷口が家にやってくる。 丹沢湖駅伝に谷口が出場すると言う。

「部のためじゃなくて、神谷君のためじゃなくて、私のために、私のわがままで、ただ来てほしいと思って、それだけなんだ。」
 谷口、もう正式な大会に出場することなんか無い。これが最初で最後の公式大会の出場なんだ。そして、新二は自転車で谷口の走る姿を見にゆく。

最近の物語では、こんな純粋な恋の場面が登場しない。キスや体の関係を持つことが当たり前のような物語ばかりで、ちょっと違うんじゃないかと不満を持っていた。

 高校生の恋はこういう恋が普通じゃないの。
佐藤さんのピュアでぎこちない恋の描写に、遠く過ぎ去った青春をなつかしく思い出した。

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深木章子   「鬼畜の家」(講談社文庫)

 この物語では、たくさんの不審死が起こる。物語は開業医の北川秀彦と看護師だった妻郁江、その子供、長男の秀一郎、妹の亜矢名、末娘の由紀名、この家族に起きる出来事が中心に展開される。

 まず、秀彦が診察室で毒薬を自ら注射してかされてかわからないが、死んでしまう。

次に、由紀名が養女にだされた田舎の農家菱沼家で、ある夜火災がおきて、由紀名は逃げるが、菱沼夫妻は焼死してしまう。

 そして、郁江とともに移り住んだマンションの5階のベランダから亜矢名が落ち、死ぬ。事故死か、自殺かわからない。

 さらに、秀一郎と郁江が、夜間ドライブをしていて港の岸壁から海に突っ込む。当然2人は亡くなったと思われるが遺体は発見されない。
 そして、亜矢名の交際相手(実は相手には妻がいる)の哲が死ぬ。自殺か事故かわからない。

解説の島田荘司は、いろんな事件が、矛盾なく推理が論理だてられていて、見事に真相に収斂していっていると作品を絶賛している。推理作家からみれば、論理だての手際よさが大きく評価のポイントとなるのはわかる。

 しかし、これだけ事件が起きると、その推理、論理は複雑になり、かつ、何回も読者が納得できるように同じ推理、論理が繰り返し表現され、しつこすぎて、物語としての魅力は全く薄れる。

 起こる事件を少なくして、本のタイトルである「鬼畜の家」の姿を全面にだした構成にしたほうがよかった。
 テクニックに溺れると、つまらない作品になる典型的な作品だった。

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大島真寿美    「青いリボン」(小学館文庫)

 主人公依子の両親は家庭内別居中。依子を含め3人家族なのだが、互いに適当に距離をおいて暮らしている。両親とも、仕事にかけている。そして父親が九州支店長となり母親は上海に長期出張となる。依子は、北海道の祖父母の家に住むように両親から言われるが、高校生の大事な時に転校はできないと拒否し、結局友達の梢の家に下宿することになる。

 梢の家は、梢の他に浪人中の拓己、妹の多美、両親、祖父母と大家族、音や話し声の無い依子の家と違い、いつも騒々しく、テレビや音楽が映され、流れている。その元気で笑い声が絶えない梢の家庭が楽しく明るいので依子はうらやましく思う。

 一方梢は依子の家にきて、静かで、きれいに整頓されている家をみて、うらやましく思う。

この作品を読むと、大家族がひとつの家で住むことが素晴らしいということでもないし、かぎっ子のようにひとりぼっちでいることが多い家がよくないということではないことがよくわかる。

 家族がたくさんということは、悩み苦しむ人が発生する確率が高くなり、それを家族で抱え込むことになると、全体ギスギスして揺れ動くことになる。
 事実この物語でも浪人中の拓己が、突然コメディアンになると宣言して、大学受験をしなくなる。

 梢も依子も、自分の家庭が唯一と思っていたが、違った姿の家庭があることを知り、考え認識が広がり、少し大きくなったように感じる。

 私も依子の家族が、家庭内別居であることは少し評価を下げねばならないが、決して悪い家庭とは思えない。

 子供を犠牲にして上海に長期出張する母親などありえないというのは間違っていて、母親が夢をおいかけて仕事に邁進する、その姿に娘依子は誇りをもっている。

 もちろん、両親が留守の間、依子をどうさせるかはちゃんと手当はせねばならないが。

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乃南アサ    「不発弾」(講談社文庫)

 短編集。本のタイトルにもなっている「不発弾」も面白かったが、「かくし味」がしゃれが効いていて面白かった。

 主人公の糸田は20代の後半。結婚生活が2年で破綻して、学生時代を過ごした街に帰ってきた。街はビルばかりになり、昔の面影はなくなっていた。その中に、通りを歩いていて、昔のままの木造の居酒屋「みの吉」をみつける。なつかしい気持ちになり、店にはいろうとするのだがいつも満員で入れたことがない。それでいて、「行列お断りの店」などという少し生意気な張り紙がなされている。

 行きつけのバーで聞くと、「みの吉」は古い店で、爺さんと婆さんが夫婦で切り盛りをしている。「煮込み」美味で有名な居酒屋とのこと。

 ある雨の日の夕方「みの吉」の前を通り過ぎると、ちょうどのれんをだすところ。流石にそのタイミングで入ると店は空いている。カウンターの奥の端の席に案内される。

 そこで、つまみに有名な「煮込み」を注文する。美味しい。何か秘訣のかくし味があるのではと爺さんに聞くが、それは無い。戦争直後に店を始めて50年以上、鍋は一回も洗っていなくて、汁は継ぎ足しでやっている。それで、特別の味がでているのではという。

 50年以上一回も洗っていないのかと糸田は少し気持ちが悪くなる。

10分もすると、店は満席となる。隣に座った客が、糸田の坐っている席は、 10年以上通っていた常連が坐っていた席だが、彼が突然亡くなり、昨日葬式だったという。
 死んだ人の席に婆さんは案内したのかとまた気分が少し落ち込む。

そうして、確認してみると、客の席は固定していて、亡くなった人がでると、そこに新しい客が据わるようになっているようだ。

 糸田が通いだして、一年もたたないうちに、病名は異なるが、3人の客が亡くなる。更に、数年で7人が亡くなる。老人もいるが、50代、40代の人もいる。
 そして、とうとう爺さんが、肺炎にかかり、数日寝込んだ後亡くなってしまう。

葬式の後、爺さんを懐かしんで、残りの汁をつかって婆さんが煮込みを作り、常連たちで食す。
 大いに飲んで食べて、煮込みも少なくなる。婆さんが最後の煮込みを掬うと、固い感触があり、石ころのようなものが現れる。鉛でできた地蔵だった。

 金属鉛は強い毒性がある。中毒になると全身疲労、貧血、便秘に始まり、やがて鉛疝痛という腹痛発作がでてくる。そして末梢神経麻痺になり、精神異常をきたし、亡くなってゆくとのこと。

 ちょっと洒落たホラー作品だった。

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黒川博行     「螻蛄」(新潮文庫)

 自称建設コンサルタントの二宮とイケイケ経済やくざの桑原、2人コンビ「疫病神」シリーズの4作目。

 760ページを超える大長編。よくここまで書けるものだと感心していたら、「螻蛄」週刊新潮連載作品だと知り納得。スカパーで「破門」に続き、テレビドラマ化されている。

 いかがわしい大金が動くという情報をつかむと、そこに噛み込み、一部でもいいからお金をかすめ取ろうと、策略を練りずんずん実行し、危ない橋をわたる桑原。それに巻き込まれ、桑原に振り回されこきつかわれる二宮。気弱なのだから桑原から逃げればと思うのだが、桑原がかすめ取ったお金の一部が欲しいばかりに、桑原から逃れられない。

 二宮と桑原、京都の宗教法人の総本山の寺から伝法宗慧教寺(えきょうじ)の宗宝「懐海聖人絵伝」の巻物をだまし取り、これを売りさばくことで大金をせしめようと企てる。

 その販売先が総本山の末寺である東京別院は名古屋別院と統合して、京都本院から独立しようとしている。その、策動に巻物取引に東京暴力団が裏で一枚かもうとしている。ここに、怪しげな美人画商が加わり、更にいつものように悪徳刑事も加わって、事態は複雑になる。

 取引で桑原が手品を使い、別商品を東京暴力団につかませたり、贋作を偽造して売ったり、途中、取引でせしめたお金を持って、取引場から帰ろうとするとヤクザに襲われ金を全部取られて桑原がヤクザに拘束される。何とか難を逃れた二宮のところにヤクザから連絡があり、桑原が死んだ、死体処理にきてほしいと。

 ショックだ。桑原が死んだ。この先このシリーズはどうなるのだと。そしてひっぱるだけひっぱって、これが二宮をおびきだす嘘だと明かされよかったと胸をなでおろす。

 とにかく、ドタバタコントのように、色んなことが次々起こる。よくもこれだけアイデアが浮かぶものだと驚愕する。
 700ページ以上、水戸黄門のように結末は同じだが、桑原、二宮の捧腹絶倒の掛け合いも

更に迫力が増し、実に楽しい作品だった。

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| 古本読書日記 | 07:09 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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薬丸岳    「Aではない君と」(講談社文庫)

 いじめを苦にして自殺するという記事が、当たり前のように新聞や雑誌にのる。今や不感症のようになり、事態に敏感に反応しなくなった。

 自殺した子は、いじめた子を憎悪し殺したかったに違いない。よく残された遺書やメモにそんな気持ちが書かれている。
 しかし、いじめられた子は、いじめた子を殺すことはできなくて、代わりに自分を殺してけじめをつける。

 この物語の中学生翼は、父親が弁護士である同級生優斗とその友達2人に虐められていた。父親が弁護士からなのか、苛めは裁判ゲームというものだった。

 常に被告は翼で、裁判官は優斗。そして後の2人が検察と弁護士だった。
 被告は、犯罪の刑として、万引き実行や他の生徒を殴るという刑罰を命じられる。それを実行すると、夕方裁判があり、万引きについて裁判をする。そして、また別の刑罰を与える。

 それが毎日繰り返され1年間も続いた。

最後は翼が飼っているペロを殺すことだった。ペロの首にひもを回してそれを、優斗と翼が引っ張って絞め殺す。それを携帯で撮り、ネットに流す。それに、完全に耐えられなくなり、翼は優斗を刺し殺す。そして逮捕される。

 父親の吉永が面会に行っても、翼は何も話してくれない。その面会の中で唯一翼がしゃべったこと
 「心と体とどちらを殺すほうが悪いの」
 吉永が答える。
 「それは体を殺すことが悪い。人を殺すことは、何よりも悪い。」
 この言葉で、さらに翼は心を閉ざしてしまう。

この重い言葉に、人の命ほど大切なものはないという何の心にもひびかない標語のような言葉ではなく、薬丸は苦闘しながら、魂が響く解決をこの物語で提示している。

 作家には2通りの人がいる。

想像力、妄想力が際立って優れ、それを縦横無尽に展開して物語を創る人。
そうではなく、テーマを決め、それに対し徹底的に現場で広く、深く調査をして、そこから物語を創り上げる人。

 薬丸は後者のタイプだ。こういう作家は、テーマの幅が狭くなる傾向にある。しかし、同じテーマであっても、認識、思考の深さは大きい。だから、どの作品を読んでも読者に深い感動を与える。

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| 古本読書日記 | 06:16 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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相場英雄   「トップリーグ」(ハルキ文庫)

 「トップリーグ」とは、総理大臣、官房長官、与党幹部に食い込み、それぞれの秘密の懇談に参加することを許されたマスコミ関係者のことを言う。「トップリーグ」は相場が作った造語で、現実は「トップグループ」と言うそうだ。

 そこで会話する内容は、基本的にはオフレコなのだが、総理、官房長官、与党幹部の許可があれば記事にすることができる。その場合「官邸」「政府首脳」「ある幹部」という方法で記事にされる。

 物語は、オリンピック開発現場で1億5千万円の入った金庫がみつかり、その帯封と一万円札の肖像が聖徳太子であったことから、週刊誌記者の酒井が、1973年当時発覚した戦後最大疑獄事件であるクラスター社からの航空機購入リベート事件で配られたリベートの一部ではないかと推察、これがそうであれば、芦原総理、阪官房長官を含め、内閣が破壊されるほどのスキャンダルになると追及を始める。

 一方、主人公の大和新聞松岡記者は、阪官房長官の「トップリーグ」に入ることを阪から要請され参加する。
 物語は、疑惑を追及する酒井と阪、松岡がみつどもえとなり進行する。

疑獄事件とは「ロッキード事件」のことであり、芦原は安倍総理のこと、阪は菅官房長官を指している。

 この作品でもそうなのだが、闇で動くお金のことを裏金といったり、その金を作ることをマネーロンダリングとわかり切ったことのように使うが、その裏金はどのような方法で造ったのか、具体的内容が読者に示されない。そんなお金を簡単に作れるものなのか、言葉でごまかされてしまうので、まったく現実感が無い。

 さらに見つかった1億5千万円の裏金作りは、今でも綿々と作られているのかが、不明のため、どうして、現政権が破壊されてしまうのか、ピンとこない。

 迫力ある表現力は感じるが、中身が申し訳ないが意気込みとはべつにスカスカに見える。そんなこともわからないのかと作者にバカにされたような気持ちが残る。

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| 古本読書日記 | 06:14 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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大島真寿美    「ゼラニウムの庭」(ポプラ文庫)

 主人公のるみ子は、小説家を目指している。るみ子は祖母から一族の秘密を聞かされ。そのことを書き記すように師事される。それは、嘉栄という女性のことだった。嘉栄は世間から隠され育てられた。

 嘉栄は豊世と双子で生まれた。豊世は、るみ子のれっきとした祖母である。嘉栄は不思議な子で、成長、時の進み方が一般と比べ遅いのである。例えば、双子の片割れ豊世が30歳になり子供を抱え中年にさしかかろうとするとき、嘉栄は30年生きてきても、実際の成長は15歳程度で乙女真っ盛り。

 そんな嘉栄、家にいるときは、蔵で住まわせ隔離されている。嘉栄はそれを自分の運命として受け入れる。桂という医者が、西洋に行けばこの病気は治せるかもしれない。生涯隔離では可哀想ということで、嘉栄をイギリスに連れてゆく。

 戦争が激しくなり、イギリスにいられなくなる。しかし日本に帰るとまた隔離生活になる。それを避けるため満州に行くが、戦争末期やむを得ず日本に帰国。元の蔵生活となる。
そんな中、人間は生まれ、多少の波乱と喜びをくりかえしながら、死んでゆく。

 この物語で、大島さんは嘉栄に言わせる。

 世界は命がつながり、時がつながる。
 いや違う。命も時もつながらない。つながるように見えているだけだ。命は命。時は時。
 ひとつの命がそこにあり、時は時で、それとは関係なくいつもそこにあるはずだ。それで 
 いいじゃないか、と私は思う。私は流れていくだけだ。私はそれを引き受けて、ただ、
 流れて行くだけだ。

今、嘉栄は140歳を超えた。明治から令和まで生き抜いている。嘉栄の後に生まれた係累の人たちも殆ど死んでいる。こんな人たちの人生を見てゆくと。上記のような思いになるのかも知れないが。見られている私たちには、何となくこの思いは受入れがたい。

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| 古本読書日記 | 06:17 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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