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2019年03月 | ARCHIVE-SELECT | 2019年05月

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祝☆二周年

覚えやすい、5月1日。
我が家に来て2年です。たくましくなっちゃって、まぁ。

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さくらと桜

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割と平和に暮らしています。

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ストーブ前でも共存

今日は雨です。
去年のゴールデンウィークはでしたが、今年は悪天候が続く。

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寝るしかない

| 日記 | 17:29 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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鎌田慧 「現代社会百面相 第3版」(岩波ジュニア新書)

 鎌田は数十年にわたり、一貫して時代を次のように語り、表現する。

このままでは、日本は再び戦争へ向かう。自民党や安倍政権は、戦争をしようと思っている。今まで、自民党政権が長く続いても、日本が戦争を行わなかったのは、自分たちのような平和を求める団体の力と声、それに何よりも平和憲法があったからと。

 更に、どんどん日本は、富裕層と貧困層の二極化が進み、貧困層が拡大、あふれ出し、破滅へと突き進んでいると主張する。

 そして、戦前の大凶作で、女の子を養えず、売春宿に売ったり、間引きしたり、女工哀史のように悲惨な姿、タコ部屋に詰められ、ひたすら危険な労働を強いられた坑夫、飢餓に苦しむ人々を描き、こんな人々が今の時代にあふれているようなレトリックを使い人々に衝撃を与えようとしている。

 だらだらとした世界に浸りきっている私が変なのかもしれないが、現在は鎌田がとらえてる世界とはかなりかけ離れてきているように見える。

 私が青年のころは、鎌田のように考えて行動する人たちはたくさんいた。しかし、今はその数はぐっと少なくなった。

 学校では毎日のようにいじめによる悲劇が起きている。
鎌田はその原因は、子供たちの自由、個性を封殺して管理で縛り上げているからと主張する。

いじめをなくすには、子供の人権を尊重し、豊かな個性が発揮できるような教育に転換せねばならないという。しかしこの個性が発揮できる教育とはどんなものかがイメージが沸かない。

 以前、ある子どもが5000万円も総額巻き上げられていたという事件が起きた。いまでもこの巻き上げがなくならない。

 しかし、鎌田が主張するような教育に変わったら、こんないじめが無くなるとは思えない。
個性を伸ばす教育と、いじめはあまり関係ないように思う。

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| 古本読書日記 | 05:57 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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海堂尊    「ゲバラ漂流 ポーラースター2」(文春文庫)

 「ゲバラ 覚醒」に続く、シリーズ第2弾。

医師になったゲバラが、また旅にでて、南米から中米にわたり、最後メキシコまで到達するまでを扱っている。その旅を通して革命闘士に育ってゆく過程を描いている。

 前作の「覚醒」のように、物語は山あり谷ありのダイナミックな展開は薄れる。もちろん最初のボリビアでは少し,戦闘に参加したり、パナマでは米軍も兵士養成学校に入学し、訓練を受けたりするが、その国々も含め、権力者や、革命リーダーが登場して、彼らとゲバラの会話体で、国の歴史、状況が説明されるところが多く占める。

 中南米に興味があったり、知識豊富な人は面白いかもしれないが、あまり馴染みのない人にとっては、読み進むのが苦痛で、途中で投げる人もいたのではと推察される。

 このまま平板に終わるのかと思っていたら、やはり海堂もそれはまずいと思ったのか、物語の最後のグアテマラで、旧共産勢力と新共産勢力との闘争にゲバラを巻き込ませ、これにリエプルという美少女をゲバラの愛する人として絡ませ、エンターテイメント小説の面目を保させようとしている。

 それにしても、前作もそうだったが、20代半ばの一青年が、訪れるすべての国々で、トップ権力者や、革命リーダーに次々出会う。こんな都合よく出会えるものなのか、それともフェイクなのか、もやもや感が残る。

 この物語で知ったのだが、中米のコスタリカは永世中立国で、軍備も持たない、日本以上に平和国家として存在している。
 カレン大統領夫人が夫の大統領に進言して決められたらしい。

そのカレン夫人が言う。
 「武器を所有することが禁止されているから、ゲリラが育たない。もともと貧乏な国だから、麻薬のようなお金になるものは全部素通りするだけ。」
 誰も、関心を持たない、金になるものが何もない国だからなのか。

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| 古本読書日記 | 05:44 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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小杉健治      「灰の男」(下)(祥伝社文庫)

 東京大空襲の開始日、今では3月10日ということで定まっているが、この作品と同様他でも読んだが、3月9日という説がある。

 これは、東京大空襲が始まって10分ほど後に、空襲警報が発令したため。その発令時間が3月10日午前0時8分で、それを空襲開始時間としているからである。しかし、10分前に空襲が始まっていたなら、空襲開始は3月9日午後23時58分になる。

 物語の信吉ともう一人の主人公伊吹には、異父の兄小原がいた。小原は新聞東日日報の客員記者をしているジャーナリストであり作家でもあった。そして小原は、3月10日に東京大空襲があることを事前に知っていた。

 そこで工作をして、当時の近衛内閣に戦争を放棄するよう上奏文を天皇に提出した。天皇も軍部も戦争は負けることは認識していた。しかし、敗戦宣言をする前に、米軍の大打撃を与え、戦後の交渉を有利にしようと目論んでいて天皇もそれに従いこの上奏を却下した。

 小原をスパイと定義できるか微妙だが、戦争中アメリカと通じ、早く戦争を終結しようとする活動家たちがいた。

 3月10日の東京大空襲が避けられなくなったことを知った小原たち活動家は、空襲は皇居や権力者がいる山の手は避けるようにせねばならないと考えた。

 東京は当時は灯火管制下にあり、真っ暗で戦闘機から地上が見えない。そこで小原たちは、空襲すべきところの建物を放火したり、懐中電灯を振ったり、電灯をともして戦闘機に教えた。

 つまり、10万人の庶民を犠牲にすることで戦争を終了させようとした。

 空襲5日後、天皇が空襲された現場を巡幸した。しかし、それまでに大量の死体は脇道に隠され、天皇は空襲の悲劇を十分認識しなかった。それで、戦争は続行することとなる。そして悲劇は広島、長崎に引き継がれた。

 この物語の核心は、小杉の想像からできあがっていると思うし、まさか、どこかの史料にこのことが書かれているのではないだろう。

 しかし、あり得そうなことのように思われる迫真の内容にぞっとする。それにしても10万人の被害者に対し、切なさがこみあげてくるし、愚かな権力者たちに怒りを禁じえない。

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小杉健治     「灰の男」(上)(祥伝社文庫)

 主人公信吉は、戦争末期、工員募集の広告をみて、応募し、かっては電動器具の部品を製造していたが、軍需工場に転換して、名前も大日本兵器産業と変えた会社に採用され働く。

 この工場に徴用工として働いていた大矢根から、工場倉庫から原材料を盗もうと誘われ、何人かで盗みを実行しようとする。

 戦後になって、第2次世界大戦について、あの戦争は最初から負けることはわかっていたとか、もう近々負けを宣言せざるを得ないことを知っていたと、主張する人がやたら多くいた。

 そんなことをいくら戦後になって威張って言っても、何の価値もない。それなら、戦争中に声を出し、抵抗しないと・・・・。

 こういった甲斐性なしの知識人と違い、戦争が敗戦で近いうちに負けることを知っていたのが、権力者や軍需工場経営者たち。そして、彼らは、敗戦後成功するために、今何をすべきか考え実行していた。

 大矢根は言う。
日本は最新式で最も世界で優秀な戦闘機ゼロ戦を開発製造した。しかし、ゼロ戦があっても、戦争は近々負ける。そんなときに、軍の指示通りゼロ戦を作って、戦争が終わり、ゼロ戦を軍が引き取らなかったら、販売不能な在庫を抱え、会社は倒産する。

 だから、戦闘機に必要な材料であるアルミインゴットは、闇の市場に流し、材料不足として戦闘機製造には回さない。その方が大きな利益がでる。

 また徴用工のための労務加配米を、できるだけ食事に使用しないで、貯め込み、戦後ヤミ米として販売し莫大な利益をあげる。

 特権階級は、国民窮乏でも、贅沢三昧の生活を享受している。だから、そのおこぼれを我々もいただくのだと仲間を説得する。

 特権階級というのは、戦争の中でどうやって儲け、戦後庶民を苦しめそこから搾り取りどうやって生きてゆくかを考えていたのだ。

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鎌田慧   「生きるための101冊」(岩波ジュニア新書)

 大学は地方で、生活は寮だった。まだ、学生運動の残り火が燃えていて、寮はその活動の拠点だった。

 机に並べる本も、読む読まないにかかわらず、真ん中に「資本論」それを挟んで「マルクス・エンゲルス全集」雑誌は「経済」。小説は高橋和巳。「共産党宣言」に「空想から科学へ」
「レーニン全集」が積み上げられていなくては先輩から厳しい叱責をもらった。

 もっと普通一般の本を読みたかった。当時、五木寛之が颯爽と登場してきた。先輩に見つからないように、隠れて読み、読み終わると押し入れのふとんの下に隠した。

 鎌田さんが読むべき101冊は、やはり鎌田さんを反映して、市民運動、社会弱者視点を軸にしている本が殆ど。当然、マルクス、エンゲルスの作品も入っている。沖縄を扱った本は4冊も入っている。

 固い信念を基盤に選んでいるだろうから、鎌田さんは思わないだろうけど、いかにも肩に力がはいり窮屈に見える。もっと肩に力を抜いていろんな本を読んでみたらと思ってしまう。
 と、思っていたら、101冊の中に、私がふとんの下に隠していた五木寛之の「風に吹かれて」があった。

 バスに乗って、振り返ると、通りを歩いている恩師横田先生と目が合う。
「お、君は景気がいいからバスなんだね。僕は景気が悪いから今日も歩きさ。風が冷たいねえ」
と自嘲されているようでもあった。私は身の置き所がなくなったように思え、もじもじし、もう血を売っても、バスに乗るのはやめようと考えていた。寒い、風の強い午後だった。

戦後間もない大学生は、貧乏だったので、よく売血をして授業料や生活費を稼いでいた。た。
先生を思いやる暖かいエッセイである。

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鎌田慧    「橋の上の『殺意』 畠山鈴香はどう裁かれたか」(講談社文庫)

 2006年世間を騒がせた秋田県の山間地、藤里町で起きた、児童2児殺害事件の裁判経過をドキュメンタリーにして扱っている。

 2006年4月、畠山鈴香の「娘の彩香が川に落ちて流された」との通報により、捜索がなされ、藤琴川、鈴香の家から8km下流で彩香の溺死体を発見される。外傷が全く無かったため事故として処理される。その一か月後、鈴香の2軒隣の米山豪憲君が米代川河畔で絞殺された死体が発見された。

 鈴香が豪憲君が殺害された時刻に自宅にいてアリバイが無いので、鈴香を任意同行して聴取したところ、犯行を自白したので、逮捕。さらに、事故として処理していた鈴香の娘彩香についても事件に切り替え、犯人は鈴香ではないかということで、鈴香を拘置したうえで追及が始まる。そして鈴香が彩香ちゃんを殺害したという自白を得る。

 裁判が開始される。
彩香ちゃん殺しでは、読んでいて2つの点が不可解に思えた。

 まず、殺しの証拠は全くなく唯一の拠り所は、鈴香容疑者の自白だけであるということ。
鈴香は、大橋という橋まででかけたことは認めるが、殺害したか覚えていないと主張する。だから、警察が殺害方法を創作し、それを鈴香につきつけ、脅し、甘言を弄し、調書にして鈴香の署名、拇印をさせる。

 鈴香は殺害の記憶が飛び、記憶が戻るのは、自分の車に乗り、彩香がいないことを知ったところから。それで家に戻らねばと車を発進させる。

 鈴香は裁判でも、一貫して殺害場面は記憶が無いと主張。自白したとされる殺害方法については警察が創作したものと主張する。

 もう一点は、8kmも下流に流され、何の傷もないとくことは考えられない点。

更に、豪憲君の殺害の動機。これも警察が創作。「自分の子は亡くなっているのに、豪憲君が元気でいることが憎い」それで殺したと。鈴香は動機はわからないと供述。

 殺害の見立ては4つに分かれる。「殺人」「無理心中」「過失致死」「監督不行き届き」。
殺人ということになれば、鈴香は2人の殺しをしているのだから判決は死刑に相当する。

 鈴香に殺意があり、2人を殺したのかが、裁判では争点となる。
現在死刑を実施している国は、世界で42か国。死刑を廃止している国は97か国。制度はあるがこの10年死刑を行っていない48か国。

 著者鎌田は。死刑は国家による殺人と規定し、死刑廃止論者であるため、論調は死刑にしてはいけないといトーンで作品は書かれている。

 そして、判決は検察の言い分を認めるが、鈴香には更生の可能性があるとして無期懲役の判決を下す。
 多くのマスコミ、コメンテーターが豪憲君の親の心情を思えば、死刑以外にありえないと発言する。
 しかし、著者鎌田はこれでよかったと振り返る。

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鎌田慧   「日本列島を往く(3)海に生きるひとびと」(岩波現代文庫)

 海に囲まれた日本列島で、人々はどう海と格闘し、育まれてきたかを、日本の5か所の漁場を巡り、ルポルタージュした作品。

 農業は、散歩にでれば、畑、田んぼがたくさんあるし、最近は家庭菜園が盛んで、イメージが浮かぶが、漁業は、距離が遠くて、大変な仕事とはわかるが、臨場感が無く理解しようと読むのだが、どうにもわからない。

 魚と言えば、初セリで大間のマグロがいくらで競り落とされたのかが唯一の話題になるだけ。著者鎌田さんも、この作品で何を訴えたいのかよくわからず、読むのが辛かった。

 日本の漁業は、遺跡の発掘で縄文初期、およそ9000年前より行われていたことがわかっている。当時の日本の人口は26万人と推定されている。

 食料は魚を捕獲しなくても、ありあまるほどある。わざわざ、丸木舟で危険を冒して、海にでる必要は全く無い。

 それでも、海にでたということは、魚がとてもおいしかったからだ。
縄文時代から日本の魚文化は始まり、積み重ねられてきた。この魚のおかげで、日本人は生活習慣病に罹る割合が低く、世界最長の長寿国になっている。

 しかし、日本の漁業従事者は1961年には70万人いたのだが、2017年には15.3万人に大幅な減少になっている。

 ところが、いろんな漁獲規制が国際的に行われているのにも拘わらず、世界の漁獲量は伸びている。日本だけが減少している。
 このルポを読んで、方法はわからないが、日本の漁業が復活できないものかと強く思った。

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鎌田慧    「家族が自殺に追い込まれるとき」(講談社文庫)

 作品が舞台となっている時代、1990年代はまだ「過労死」という言葉が認知されていなかった。その時代に過労により自殺に追い込まれた15件を取材して書き上げた作品。

 最近は、電通の事件もあり過労死ということは日本語どころか英語でも通じるようになり、大きな社会問題となっている。
 どの案件も、壮絶な労働実態である。年に休みは2日だけとか、朝早く出勤して、その日のうちには帰宅してこないなど。

 それにしても、今でもそうだと思うが、過労死TPして労災申請しても、労働基準監督署は労災と認定しない。つまり、過労が自殺の原因ではないとする。他の要因を探す。これはいじめに対するする、教育委員会、学校の対応に似ている。

 長野、塩尻にあるプレス加工会社の飯島盛さんの首つり自殺について、労災申請をして,,過労との因果関係を調べるのに、精神科医の意見書を客観資料として入手する。3人の精神科医から意見書をもらい、2人の精神科医は因果関係があるという意見書だったが、一人の精神科医は因果関係はなく、別の原因があるという意見書。労基署は当然、なしの意見書を採用する。

 この内容が本当?と首をかしげる内容。
飯島さんの妻の旧姓は松嶋。「嶋」と「島」では、「嶋」の方が格上。それで飯島さんは妻に対して顔が上がらず、ずっと重圧を感じていた。これが自殺の原因と断定する。

 労災はとにかく申請しても、認可されない。おかげで保険料は8兆円も当時繰り越している。このお金は、厚生労働省の天下り団体、例えば労災病院などの資金に使われる。

 企業は、労働者が死亡した場合独自に「団体定期保険」に加入する。この保険金は本来労働者の遺族に支払われるべきものなのだが、すべて企業にはいる。最近は裁判で、遺族に入るケースもあるようだが。

 81年に北海道北炭夕張炭鉱で爆発があり83人の炭鉱夫が死亡。企業に莫大な保険金がおりた。この時、7人の鉱夫を派遣していた経営者に大きな保険金が支払われる。これに味をしめた経営者夫婦は、雇っている労働者の住居に放火して6人を殺し、保険金を得ようとした。

 労働災害をめぐっては、本当にいろいろなことが起きる。

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鎌田慧   「死刑台からの生還」(岩波現代文庫)

 1950年2月28日未明、香川県財田村で一人暮らしの香川重雄が惨殺された。

事件捜査は難航したが、事件後3か月余をたったころ、当時、財田村で不良で手がつけられない19歳の少年谷口繁義が犯人として逮捕される。この犯人逮捕、犯人であることを認めなかった谷口を、取り調べ担当を宮脇主任に変わり、彼の追求により自白させた。これにより、宮脇は県警本部から表彰されている。

 宮脇は、谷口が犯人であるというカンと信念が通じたと語っている。え?カンと信念で犯人を決め付けるのかと驚く。

 裁判は最高裁までゆき、一貫して谷口は犯行を否認するのだが、認められず、地裁判決通り死刑が確定する。

 この時、高松地裁丸亀支部裁判長矢野に対し、自分は無実であるとの手紙が届き、矢野は調書を読み込み、谷口が無罪であることを確信する。そして、彼は裁判長をやめ、弁護士に転じ、事件の再審のために尽力し、再審を勝ち取る。

 この事件、谷口が犯人と決めつけそれを裏付ける証拠を警察は集めようとする。
まず、香川を殺害したとき、おびただしい血が飛散している。そこで、谷口が犯罪当時身に着けていた衣服や、所持品を証拠品として持ち帰る。しかし、どれからも、血痕が発見されない。

 それで警察はまた谷口の家にやってきて、弟たけしのはいていたズボンを脱がせ持ち帰る。これにわずかな血痕が発見される。岡山大教授の鑑定では微量すぎて、判定不能としたが、東大古畑教授の判定で、明白ではないがO型の血痕と判断もできる鑑定を取得。被害者香川の血液型がO型だったので、弟のズボンを穿いて谷口は犯行に及んだと結論つける。

 不思議なことに、警察は谷口が履いていた靴を証拠品として押収、足跡はいくらでも残されていたので、その跡が一致するという証拠をだせば、谷口が犯人であることの証明になるのだが、証拠品として法廷に提出しない。再審のとき、弁護側から靴を提示するよう求めたのだが、紛失したと提示を拒否している。

 実は、谷口は事件が起きた数日前に安井という不良仲間と香川さん宅に忍び込み1万円を強奪している。この一万円を5千円ずつ、安井とわけ、事件当時5千円を所持していた。

 事件後、家宅捜索で1万3千円が無くなっていることがわかる。そこで、残り8千円はどうしたかが、問題となる。谷口は警察に護送されている途中で、ポケットに詰め込んでいた100円札80枚を、車の幌の隙間から捨てたという。

 80枚ものお札はポケットには入らない。しかも警官に手錠をはめられ、監視もされているなかで、そんなことができるとは思われない。しかも投げ捨てたとされる札は拾った人も発見されないし、見たという人も発見されなかった。

 こんな状態で、何で事情聴取で嘘の自白をしてしまうのだろう。
実は、谷口は聴取時、ひざ下を縄でぐるぐる巻きにされ正座させられていた。しかも手錠も2つはめられ身動きできない。縄がひざ下に食い込み耐えられない。これを毎日12時間やらされる。限界がやってきて苦痛から逃れるため嘘の自白をしたのである。

 今はこんなことはないだろうが、先日も看護師の冤罪事件があり、再審がなされるとのニュースが流れた。裁判の判決が完璧ではないことを思い知らされた。

 それにしても再審の道は険しい。昔弘前大学教授夫人殺害事件というのがあった。犯人は捕えられたが、判決確定後に真犯人が自首してきた。それで、弁護団が仙台高裁に再審請求をしたのだが棄却された。
 恐ろしいことだ。

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石井光太   「『鬼畜の家』わが子を殺す親たち」(新潮文庫)

 小学4年生で虐待されたあげく風呂場で死んでいった栗原心愛ちゃんの事件は、最近では最も悲しい事件だった。時々、テレビで映し出される心愛ちゃんと両親の写真は、そんな現実とは真逆で、幸せそうな元気いっぱいの心愛ちゃんを囲んで、鬼畜である両親の笑顔、愛にあふれ幸いっぱいの家族写真。とても虐待を続け風呂場で殺すということが想像できる写真では無かった。

 2014年6月、足立区で起きた皆川忍、朋美夫婦による次男虐待死事件、そして次女虐待死。

 次男玲空斗ちゃんは3歳。犬のゲージに押し込められて育てられていた。食事が殆ど与えられない衰弱死だった。次女玲花ちゃんは首輪をつけられ鎖で括りつけられて暮らしていた。玲花ちゃんは父親が拳で殴りつけ亡くなっていた。

 しかし著者石井が取材の過程で、朋美の母小百合から見せられた写真は、幸せいっぱいの写真ばかりだった。
(父忍が幼い子供たちと湯舟につかり、笑顔いっぱいの写真)
(子供の誕生日にみんなでケーキのろうそくをともし祝っている写真)
(子供たちがカメラの前でふざけている笑顔いっぱいの写真)
(朋美が出産したとき、忍が子どもを連れて病院で、子供と一緒にあかちゃんを抱きあげて
 嬉しさいっぱいの写真)

 栗原真一郎は、心愛ちゃんを虐待死させたとは思っていないだろう。あくまで自分の行為はしつけだと言うだろう。

 足立区の事件でも、玲空斗は自然死と、両親は主張。結局殺人罪にはならなかった。そして玲花ちゃんについても過失死であり、あくまでしつけだったと忍、朋美は主張した。

 心愛ちゃんについては、アンケートのコピーを渡した教育委員会と、虐待の可能性があるのに心愛ちゃんを自宅に帰し、その後全く自動相談員が家庭訪問をしなかった児童相談所の対応に社会から強烈な批判を浴びた。

 4年前のことだから現在は状況が少し異なるかもしれないが、児童相談員が抱えている一人当たりの訪問すべき軒数は150軒だそうだ。虐待による事件は、現在毎年100件程度だそうだが、これはあくまで警察捜査があり、事件化したものだけ。

 現実は、病院に連れられている子供には、虐待が疑われるケースはたくさんある。しかし医師が面倒を避けて警察に連絡しないのが大量にある。

 闇は深い。痛ましい虐待事件は、まだ続いて発生している。

それにしても、著者石井の取材力のすばらしさには感心する。3件の有名な虐待死事件を扱っているが、その真相に確実に到達している。

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桐野夏生    「夜また夜の深い夜」(幻冬舎文庫)

 桐野さんは不思議な作家だ。この作品を出版したのは、60代半ば。近いか同じ年齢の作家には、小池真理子、宮本輝、浅田次郎など錚々たる大作家たちがいる。そして、大御所たちは、風格も十分で、60年の風雪を感じさせる作品を発表している。

 この作品、内容に重みはあるが、文体、文章は若々しく、桐野さんがデビューしたとき、得意としていたロマンス小説を彷彿とさせる。

 友達を作ってはいけない。名前を言ってはいけない。誰とも関りを持ってはいけない。学校は小学校だけゆき、その後は、一緒に暮らす母親が勉強を教えてくれる。その母親の名前がわからない。

 こんな状態でアジアやヨーロッパの都市を母親と一緒に転々とさせられている主人公マイコ(仮名)。今はイタリアのナポリの貧民街に暮らす。

 母親の名前は?父親は誰?何であちこち逃げ回るように転々としなければならないの?
真実を追求して疾走するアイコのサバイバル小説。

 ナポリの貧民窟で同居したエリスの告白が激烈。想像の範囲を大きく超えている。

エリスはアフリカ、リベリアの首都モンロビアで家族と暮らしていた。両親と兄弟、姉の6人家族。雑貨店をしていたのだが、リベリアで内線が勃発。家を無くし、家族で各地のキャンプを逃げ回る。隣国コートジボワールの国境近くのキャンプまで来たが、そこからが超えられない。そこに反政府軍がやってきて、政府軍と戦争状態になる。

 キャンプ難民は、爆弾が飛び交う中、逃げまくる。父親が言う。決して後ろを振り向くなと。
 女性の大きな悲鳴が聞こえたのでエリスは禁を破って後ろを振りかえる。

弟の首が鉈で斬りおとされる。母が銃撃され、血をふき倒れ死んでゆく。川へ姉と逃げる。血だらけの死体が浮かんでいる。それは父親だった。兄も殺されたことを確信する。

 姉は立ち止まったその場で兵士たちに囲まれる。震えていたところ、素っ裸にされ、兵士たちに玩具にされる。そのあと、兵士たちに発砲され、最初に腹、そして胸、最後に頭。

 姉と年齢が変わらない兵士たちが、姉の腸を蹴り上げながら大笑いしていた。

 エリスは娼婦もする。
 「祖国にいるよりマシだからさ。娼婦か盗みか、どころじゃない。生か死か、だもん。」

これを描いた桐野さん。その、真剣で熱いまなざしに脱帽する。70歳になろうとしている桐野さんは、まだまだ大きく成長する。

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司馬遼太郎   「燃えよ剣」(下)(新潮文庫)

 「燃えよ剣」は昭和37年11月から39年3月に週刊文春に掲載されている。同じ時期、週刊サンケイに「竜馬がゆく」を連載。さらに中央公論に「新選組血風録」を連載。
 信じられない作品創造力。司馬が最も油が乗り切っていた時代の作品である。

 作品は新選組の消長を描いているが、組長近藤勇の懐刀として活躍した土方歳三の人生を扱っている物語となっている。

 それにしても、近藤勇は最終的に何を目指していたのだろうか。鳥羽伏見の戦いで負け、敗走する。しかしそこで閃く。幕府直轄領はまだ、誰が支配するか決まっていない。

 そこで、甲府百万石の直轄領を自分の物にでき、藩主となれば、そこから維新政府を排撃し、近藤幕府をうちたて日本を支配する。司馬は近藤勇の意図をこう小説で描く。

 そして近藤は70人の同志で、江戸を出発。途中の武州八王子付近は、もともと近藤の地盤。そこで同志を募り、甲府に出撃する。

 この維新政府討伐の行動に対し、幕府から驚くことに5000両が近藤にわたる。近藤はどうしてもやってみたかった大名行列を実現しようとする。大金を道中でばらまき、毎晩贅沢の限りを尽くす。

 一方官軍は板垣退助を隊長に、長野の上諏訪に兵を結集、甲府城を目指す。
大名行列に浮かれて甲府をめざした近藤勇。殆ど無血で城を征服できると思っていたが、すでにその時は板垣が城を征服していた。そして、この戦いで近藤は破れ、新選組も消滅してゆく。

 佐幕は、どのように見ても、実現するわけは無い。新選組も隊士の多くは、佐幕は受け入れられないとしてどんどん離脱する。

 土方のような人間はいつもいる。佐幕が無理とわかっていても、最後まで近藤勇を最後まで支える。生き様は、義や情にはまり、大衆からは拍手となるわけだが、冷静にみれば愚かな態度になってしまう。

 だから、小説や劇では残るが、歴史上からは消される。

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司馬遼太郎   「燃えよ剣」(上)(新潮文庫)

 幕末の混乱期、京都は無法地帯の様相、京都所司代、京都町奉行だけでは、治められなくなっていた。そこで、幕府は京都治安維持のため江戸で浪士を募る。約200名が徴募に応じ、将軍家茂の上洛に警護として同行する。

 この浪士たち、その後江戸に帰ったものもいたが、近藤勇や土方歳三、芹沢鴨などは京都に残り、「「壬生浪士組」を結成し京都警護にあたる。
8.18の政変で警護にあたり、その功績が評価され幕府より「新選組」と名前を与えられ、京都での警察組織となる。

 上巻では、池田屋事件や蛤御門の変が描かれている。
新選組の絶頂期は、蛤御門の変での活躍である。長州藩排除の動きの中で、これを打破するために、長州藩が京都に派兵。これを排撃するために、新選組は獅子奮迅の活躍をする。

 倒幕が成功し、明治維新ができたのは、互いに敵視しあっていた薩摩藩と長州藩を紆余曲折はあったが坂本龍馬が最後に西郷隆盛を説得して薩長同盟が結ばれたことによると歴史では言われている。

 しかし、いくら権力側がその意志で動いても、一般大衆からの支持がなければ進まない。

 水戸藩の元執政武田耕運斎が茨木の筑波山で水戸尊攘派の激徒を集め「天狗党」を結成。その天狗党が京都にいる幕府の徳川慶喜に陳情するため、京都に向かう。しかし、加賀で力尽き、加賀藩に投降する。加賀藩は彼らを義士として扱ったが、幕府は許さず若年寄の田沼玄蕃頭を派遣、処理にあたらせる。

 敦賀の来光寺境内に5つの穴を投降した浪士たちに掘らせる。そして、彼らを裸にして馘首し、穴に蹴り込む。
 2月4日には24人、15日には134人、16日には192人、19日は76人。

 この日本歴史上未曾有の大虐殺により、幕府に対しての人心は急速に離れた。
司馬はこの虐殺が、倒幕を実現させた大きな力になっていると書いている。斬新な視点。さすが司馬だと感心する。

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鎌田慧  「日本列島を往く(2)地下王国の輝き」(岩波現代文庫)

 廃坑になっている日本のかっての鉱山の町を訪ね、その町の絶頂期の記憶から今に至る軌跡をルポした作品。

 数年前、秋田を旅行した。奥羽本線で大館まで行った。そこまでは比較的平野で耕作地がたくさんあったのだが、そこから先は青森県まで矢立峠を越えなければならない。さらに大館からかって奥羽山脈に向かって走る私鉄小坂鉄道が走っていたことを知った。

 終点小坂には有名な小坂鉱山があった。
鉱山が最盛期だったときは人口は2万4600人いたが、現在は7000人と衰退している。

 鎌田の鉱山史レポートを読んでいくと、鉱山のことも興味がわくのだが、そこに挟まれている小坂にまつわるエピソードを知って驚く。

 小坂町は日本の私小説の大家、葛西善蔵の出身地だった。葛西は東京に移ったが、弟勇蔵は小坂に残る。
 善蔵と勇蔵の関係は、ゴッホと弟テオの関係に似ている。
 勇蔵も貧乏な生活を強いられていたのだが、小説が全く売れず食うや食わずの状態だった兄善蔵を必死に支える。 

 また石川啄木の姉サタは、小坂で31歳の若さで亡くなっている。
サタは鉄道機関士と結婚。夫の転勤に伴って小坂に転居。そこで亡くなった。啄木は死因を肺結核と書いているが、サタの娘いねは公害病だったと言っている。

 そして私にとって極めつけだったのは、十和田湖が小坂に属していて、そこで和井内貞行が登場したこと。
 最近は痴呆が進み、記憶がどんどん薄れてゆく。こんな状態で和井内貞行が登場。多分小学校の社会の教科書に和井内は記載されていたように思う。

 和井内が十和田湖畔に住み始めた時は、十和田湖には巨大なイモリしか住んでいないと言われていた。ここで、いろんな魚の養殖に挑戦した。何年かけても成功せず苦戦をしたが、最後にニジマスの養殖に成功する。

 そんな負けない挑戦の姿に小学校時代感動したことがよみがえってきた。
今は、和井内貞行は学校教育で登場しているだろうか。

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鎌田慧   「ルポルタージュ・新日鉄 死に絶えた風景」(現代教養文庫)

 労働下宿と言われた、悲惨なタコ部屋に入り、新日鉄の孫請け労働者として現場に入った著者鎌田自身の経験を通して、新日鉄、鉄鋼産業をルポルタージュした作品。

 日本の鉄鋼造りは、日本刀を造る、たたら製法が島根県の奥出雲で開発され、たたら製法により行われてきた。しかし、この製法では、富国強兵の名のもとでの、軍事物資を大量に製造はできない。

 そこで明治政府は、軍需物資供給でのしあがった田中長兵衛に依頼して、本格的な高炉を建設して、大量の鉄鋼を生産することにした。

 場所は、鉱山が散らばっていて、コークス用の燃焼材料の木材が大量にあり、船輸送にも適している釜石が政府によって選ばれ、国有地を田中に払い下げた。

 田中は多くの失敗を繰り返したが、明治18年に出鉄に成功。その後日清戦争や日露戦争があり、鉄鋼生産は飛躍的に増えた。
 田中は大儲けをして、東京に宮殿のような豪華な自宅を作ったが、釜石の製鉄現場は悲惨だった。

 就業時間は朝6時から夕方6時まで。休日は正月一日と、お盆の中日の2日だけ。
年末手当は、製鉄所所長から一人一人労働者に支給される。そのとき、君は働きが悪かったからと何枚か紙幣をとりだし、これは働きのよかったA君にあげるといって別の袋にいれる。

 現場労働者の住まいはボロボロの長屋。土間しかない。雨漏りはする。
秩父宮殿下が視察したとき、長屋を発見してあれは何かと質問する。
案内人が答える。「あれは鳥小屋です。」と。
 とんでもない時代だったが、その状態が四半世紀前まで続いていた。

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垣谷美雨     「子育てはもう卒業します」(祥伝社文庫)

 夫は商社のエリートサラリーマン。自宅は親の援助もあり、親の自宅の敷地に建てる。恵まれているのだが、子供が思うように育たない。

 長男龍男は、まるっきり勉強ができない。勉強の成績が入学条件に必ずしもならない、修徳大学の付属小学校に入学させる。普通に学べば最後エスカレーター式に大学までゆける。

 しかし、塾にもゆかせて成績をあげようとする。入学のとき、授業料の他に大金を学校に寄付せねばならない。

 それで、大学まで行くが、必須単位がなかなか取れない。それで、これでは卒業が危ういと、大学生になって家庭教師をつける。大学生で家庭教師とはがっくりくる。

 卒業して次は就職。修徳大学ではとても入社できない、超一流会社亜細亜生命に、祖父が持っている政治家のコネで入社させる。これで、母親淳子は責任を果たしたと思う。

 ところが3年たって、龍男は、会社がいやになり、勝手に辞め、自宅で引きこもりとなる。

 次男の祥太郎は、ちょっと変人だったが、勉強はよくできた。小学校から塾に通わせ、勉強を支援した。

 高校の受験時、突然、学校をやめ音楽をすると宣言するのを、何とか説得して一流城南大学それも医学部にいれる。大学4年の時、ケニアに井戸掘りの支援でボランティアとしてでかける。

 そこから帰ってきて、目を輝かせ、ケニアでは水がなくて毎日何人もの子供が亡くなっている。医者なんかやってる場合じゃない。すぐにでも、学校をやめケニアに井戸掘りにゆくのだと言い出す。

 母親淳子は目の前が真っ暗。
淳子は、お金をきりつめて、不自由なまま、子供にかける。こんなことだったら、金などかけずに自分のために使えばよかった。そうしていれば、どんなに楽しく、生き生きとした生活ができたことか。

 そして今、龍男は左官屋に弟子入りして働いている。祥太郎は何とか説得し、医者になり勤務医として働いているが、来年はケニアに行くと言っている。

 淳子は決意する。こどもはもう好きに生きてゆけばいいと。
そして淳子も今から自由に楽しく生きてやると。

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桐野夏生   「対論集 発火点」(文春文庫)

 桐野さんの小説家を中心に各界の代表者との対談を収録した作品。

坂東眞砂子との対談で、自らの小説ではどういう視点で描こうとしているのかを語っている。
「私は小説を書くときに、高い山の頂と低い谷があったら、低い谷のほうを漁っている感じがするんです。低い谷というのは、決して底辺の人というのではなく、人間のセコいところとか、ちっちゃいところとか、醜いところという意味です。高邁なところが高い山の頂で、すごいセコいところが谷の底なんです。その振幅を描くのが小説だというふうに思っているので、私は高い山の頂ではなくて、底から輝きを見上げたいと思っています。」 
 彼女の作品を読んできて、なるほどと思う。

小池真理子との対談で小説のネタについて語る。夕方の通勤電車に乗ると、疲れたような男の人が、タブロイド紙を読んでいる。日刊ゲンダイとか夕刊フジとか。
 あのひとたちは、今何を考えながら、夕刊タブロイド紙を読んで?いや見ているのだろうかと想像すると小説が浮かんでくるという。

 彼女の作品「東京島」では島に取り残された31人の男と女性一人という設定だったのだが、編集者がこの後、「大阪島」という作品を書き、今度は女性30人に男一人で小説を書きましょうと勧めたのだが、桐野は拒否している。

 女性が男が能力が無くても殿様のように崇め男と共存するからと理由を語っている。
共存するなんてありえない。

 男はゴミのように扱われ、無視され、わびしい状態になると私は思う。

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太田靖之    「産声が消えていく」(祥伝社文庫)

主人公の菊池は希望会総合病院の産婦人科医師として働いている。希望会総合病院はすべての緊急患者を受け入れるという方針で運営している病院。

 ある日、白沢みどりという患者の通常分娩を行うことになっている時、尾張由里というお腹に激しい痛みがある患者が緊急ということで、救急車で運ばれてきた。すべての患者を受け入れるという方針だったので、受け入れたが、通常の状態ではない、陣痛ではないかと菊池のところにまわされてきた。

 白沢みどりは助産婦にまかせて、菊池は由里の診察を行い、出産直前であることを知る。ところが、由里は2人の子供を帝王切開で産んでいる。ということは、出産は帝王切開しかない。しかも、すでに子宮が破裂しそうな状態である。

 この治療場面は専門的な処方が多く、よくわからないが、緊迫感は十分。その処方の途中で、小幡から連絡がある。白沢みどりの容態が悪化して、脈拍が60にまで落ちていると。

 ここで、思い切って胎児をとりだせば、胎児、母親も重大な障害が避けられないかもしれない。しかし白沢みどりも危ない。

 結局、由里の子供は健康で誕生、由里も問題なかった。

 しかし、白沢みどりは瀕死の状態で、生まれた子供は仮死状態。懸命の人工呼吸で、命はとりとめたが、重い障害を抱えることになった。

 それで、白沢みどりの夫が、医療過誤として、1億2千万円の損害補償を病院と菊池に求めて提訴する。

 裁判はすべて仮定を想定して、裁判官がその仮定のどれが真実か判断することとなる。

もし、由里の子供を優先せず白沢みどりの緊迫状態を優先で、取り出していたら、みどりは健康な子供を産めたかもしれない。しかし、由里の子供は健全で産めなかったかもしれない。

 そもそも、由里を病院が受け入れたことが間違い。しかし、受け入れなくて病院を探していたらその間に子宮破裂が起こっていたかもしれない。

 裁判は原告の要求通り1億2千万円の賠償を病院に課した。

物語は、作者太田の経験からできているように思う。しかし、どんな方法が最適だったかを裁判官が判断して、それができなかったからと、莫大なお金を支払わねばならない、こんな判決がでてしまうと、医者になる人は無くなってしまうのではと思ってしまう。

 この物語によると、医師の平均寿命は通常の平均より10歳短くて、更に産婦人科医師はその寿命より更に10歳短いそうだ。

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原宏一    「星をつける女」(角川文庫)

 最近は以前より一時間遅れの朝5時少し前から犬をつれて散歩をしているが、その前は長い間朝4時から散歩をしていた。

 その時、いつも感心したのだが、近くの中華食堂から転じたラーメン屋と、家から少し離れた昔から営業しているラーメン屋、それにパン屋に明かりがついていて、仕込みをしていた。

 それがパン屋を除いて、店の前を通ってもラーメン屋から灯りが漏れてこなくなった。その時から、味が変わった。しかし、店は儲かったのが、3店、4店と店舗を拡大していった。

 また、びっくりしたのだが、古くから続く、ある人気ラーメン屋が、店主が年をとったため、廃業。その秘伝のスープレシピを6000万円で買い取り、近くでラーメン屋を始めたあんちゃんがいた。スープが6000万円とは?これだけ稼ぐのにどれだけ時間がかかるのだろう。

 そして、驚いたのは、いつも行く喫茶店の客から聞いたのだが、実は朝仕込みをやめたラーメン屋のスープは、同じスープ専門工場に製造委託していると。同じ敷地で異なった店のスープを作っているのだ。そこでは、メンマもシャーチュウも作っている。

 この連作小説集の2番目の作品。「麵屋勝秀」の鯖江社長のスープ創りの最初の場面。
「がつん。がつん。がつん。
 拳骨を叩き割る音が厨房に鳴り響いている。
 拳骨とは豚の大腿骨。鉄アレイのごとき形状の太い骨の幹に向けて、胡麻塩頭を五分刈りした鯖江社長が、渾身の力を込めて鉈をふりおろし、スープの中に骨髄が溶けだしやすいようにひびを入れている。」

 その後も、材料との格闘が続く。
 ラーメンの命であるスープは職人の技によって作られるものだと感じた。

 しかし、店舗拡大をして、経費節減のために、機械やコンピューターで管理して、スープは作られるようになるのだ。

 それにしても、朝四時に灯りがついていたラーメン屋のラーメンはおいしかった。もう食べられないのがとても残念だ。

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海堂尊   「ポーラースター ゲバラ覚醒」(文春文庫)

 キューバでカストロとともに社会主義革命を起こしたゲバラ、その後、アフリカ各地を回りコンゴ動乱に加わり、更に東ヨーロッパをまわり、最後南米ボリビアの小さな村にいたところを、当局に発見され捕まり、当時のボリビア大統領の殺害命令で39歳の射殺され波乱万丈の生涯を終えた。

 この作品は、生まれたアルゼンチンで、ブエノス大学医学部を卒業、その直後、親友ピョートルとともにオートバイで南米大陸を一周してきた紀行を中心に、ゲバラ青春期4作品の第一巻として書かれた作品。

 この作品は、ゲバラが書いた「モーターサイクル南米旅行日記」を下地にして書かれていると思われるが、かなり海堂が話を感動的にするために創っているんじゃないかという感想を持った。

 アルゼンチンの無名の医大生にも拘わらず、チリのバルパライソで、後年チリで革命を起こし民衆の英雄となったアジェンデに会っていたり、他の南米指導者や偉大な作家にも偶然のように会っている。

 この旅行の最大の目的地は、ペルー サンパブロハンセン病療養所。ここで、ピョートルがマリアという看護師に惚れる。そして、一旦はここを離れるが、すぐに戻ってくるとマリアにピョートルがプロポーズ。これをマリアが受け入れる。しかし、ピョートルはボリビア コントラクト鉱山に向かう途中で地雷を踏み死んでしまう。

 このピョートルは、ゲバラと一緒にオートバイ旅行をしたアルベルト・グラナードがモデル。彼はこの旅行では亡くなってはいない。

 この物語の最大の悲劇は、全くの海堂の創り話。

 なによりも、ゲバラが恋心を抱いた、女優ジャスミン。そのジャスミンの導きで、人気のなかったペロンが政界で頭角を現し、アルゼンチン大統領まで上り詰める。旅行から帰ってくると、ジャスミンにゲバラは呼びつけられ、自分はガンになっていて余命幾ばくもないと言う。

 ペロンはそのことを知らず、2人でバルコニーに立って、ジャスミンを副大統領に指名すると宣言する。直後ジャスミンが登場すると、大衆の大応援。しかしジャスミンは副大統領就任を辞退すると宣言する。

 これもとっても現実にはありえない。

 読み終わり、次のページを見ると、膨大な量の参照資料が載っている。
この資料を全部読み終えて、物語は作られているのか。何だか、物語は実は真実ではないかと思ってしまう。

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真梨幸子   「6月31日の同窓会」(実業乃日本社文庫)

 伝統もあり名門女子高である蘭聖学園。その学園の卒業生が連続死をする。調査を依頼された松川凛子も学園の卒業生で、卒業生で組織されている「鈴蘭会」の副理事長もつとめている。

 凛子が調査を進めると、死亡した女性たちに「6月31日の同窓会」の案内状がきていることがわかる。そして、その案内状が凛子にも届く。

 蘭聖学園は小学校から高校までの一貫教育学園。原則一貫校なのだがわずかながら、中学、高校で受験して入学する生徒がいる。

 実は、「6月31日の同窓会」の開催場所はホテルニューヘブンで、このホテルは昔の女子刑務所だったところ。蘭聖学園の前身は、受刑者出所後の更生、生活支援施設だった。

 その精神が引き継がれて、社会問題児を受け入れている。受験の試験もやさしい問題となっている。
 ということは、受験をして途中ではいってくる生徒はすべて問題児ということになる。そしてこのことは他の生徒はみんな知っている。

 だから、途中から入ってくる生徒は、かなりひねているし、問題を引き起こす生徒が多い。
問題のある生徒や、かって問題があった生徒が、問題を起こさないか監視する組織が「鈴蘭会」である。

 そして同窓会の案内状をもらった人は、すべて中途編入者だった。

弁護士になり、蘭聖関係者からしょっちゅう相談をかけられる凛子も途中編入者。しかし高校時代優秀な生徒で学園始まって以来東大生になるのではと期待されていた。

 しかし東大は無理で他の国立大学に入学したが、その後は頑張って弁護士にまでなった学園誉れの女性である。

 蘭子が多くの相談を持ち掛けられたり、鈴蘭会の副理事長についているのは、「鈴蘭会」が途中編入者である蘭子を監視しているためである。

 何しろ、蘭子は感情が昂ると、行動に見境がなくなる。それで弟2人を鉈を振り回して殺害していた。

 こんな不気味な背景が、いくつかの殺害が発生するたびに、すこしずつ明かされ、恐怖感が増してくる真梨得意の手法の物語になっている。

 しかし、途中から入ってくる生徒には学園を卒業しても、生涯監視が続き、何とも辛い学校である。

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真保裕一    「繋がれた明日」(朝日文庫)

 90年代に作家デビューした真保裕一。デビュー当時の「連鎖」「奪取」は大長編。海外出張での長時間フライトで読むのに適していて、当時機上で読んだ。
 最近はご無沙汰していた。久しぶりの真保作品を手に取った。この作品も500ページにならんとする大長編である。

 主人公の中道隆太は、ゆかりという女性を巡って、飲み屋で男と言い争いになり、店から外へその男と一緒ににでる。そこで男から殴られ、カッとして持っていたナイフで男を刺し殺してしまう。

 裁判で、男と一緒にいた男が証人として出廷して、一方的に中道が刺殺したと嘘の証言をした。ただ、未成年19歳(90年代当時の法律)だったので、最短5年、最長7年の判決を受け刑に服した。そして満期7年より前、6年1か月で仮釈放された。

 仮釈放というのは、生活に厳しい条件がつく。保護司がつく。この保護司に居場所を明らかにしておく。また、たいていは保護司がみつけてくれるが、何らかの仕事について収入を得ていねばならない。旅行など遠出をする場合は保護司に届け許可をもらう。定期的に保護司と面談し状況を報告せねばならない。

 これらを怠ると、再度収監されてしまう。

こんな活動の制限があり、その上で最近は被害者保護という観点から、被害者の家族に、加害者が仮釈放される日時を通知する制度がある。さらに、ネットの普及で、しばしばその日時が流れる。そこから、殺害者がどこに住むかが明らかにされてしまうことが多い。

 この物語でも、中道の職場や、住んでいるアパートのすべての部屋に、中道が人殺しであるというビラがまかれる。

 更に、被害者の元恋人と名乗る女性がストーカーになって現れ、アパートの前で人殺しとわめきたてる。
 それに対し、ビラまき犯人をさがしたり、怒りからちょっとした暴力的行為を行うと、すぐ警察に通報され、警察も前科者だからと、簡単に逮捕するような状態になる。

 極めつけは、保護司の人にも言われ、被害者の家族には直接謝罪はできないが、返事を期待しないまま謝罪の手紙を書く。

 それでも、あるとき意を決して被害者の家に謝罪にゆく。ドアをあけると、部屋が散らかり放題。そこに被害者の母親が横たわり大声をあげ「たすけてください」と叫ぶ。また警察が出動する。

 中道は仕事をやめざるを得なくなり、追い詰められる。そして、昔の不良仲間や刑務所での仲間と連絡をとりだす。他に誰も相手になってくれる人がいないので。

 そして、裁判のとき偽証した男をつきとめ、彼を問い詰め脅すために近付く。

こんなことをしても無駄なのだし、また犯罪者に逆戻りしてしまう。それをしてしまわざるを得ない社会の環境、中道の行為にも理解できてしまう。

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江國香織   「ヤモリ、カエル、シジミチョウ」(朝日文庫)

 私たちは3歳ころまでの記憶が殆ど無いのはどうしてだろうか。それは多分言葉を持っていなかったからじゃないか。出来事が言葉によって表現されるから記憶として残るのだ。

 では言葉が持ちえないとき、私たちは世界や周囲をどのようにして把握していたのだろうか。耳に聞こえる音、目に見える情景をそのまま五感で、体でとらえている。

 この物語の主人公拓人は5歳になるが、言葉の能力が欠けている。

 しかし、ヤモリやカエルや周囲の生き物たちと会話ができる。植物だって、何を言っているかわからないが、一生懸命植物がしゃべっていることは知っている。

 言葉はできないが、代わりに世界は広いし、毎日が楽しい。そんな拓人を一生懸命理解しようとしているのが姉の育実。カエルに葉っぱと名付けて壜にいれて肌身離さず持ち歩く。それは拓人が葉っぱが育実と一緒にいたいと言っていることを信じているから。

 では、言葉を持って生活している大人の世界はどうなのだろうか。
拓人の両親。母親の奈緒は、夫耕作の浮気に苦しんでいる。一旦外へでると、何日も帰って来ない。そのことについて耕作をといつめたい。その言葉はいっぱい浮かんでくるが、どうしてもそれが言えない。

 拓人と育実のピアノの先生千波は加藤さんと結婚の約束する。しかし、両親特に父親は反対している。結婚準備をしている途中で加藤さんが、突然結婚を延期したいと言い出す。ひどい男だと、両親は加藤さんを非難する。しかし、千波の母の志乃は、夫に内緒で浮気をしている。

 言葉を自由に操れる人の方が窮屈で小さな世界で不安と摩擦を抱えて生きている。

この物語は拓人の一人称で描かれている部分は全部ひらがなで書かれていて、そのほかは通常の表現体で描かれる。

 生き物しか友達がいなかった拓人に、幼稚園で拓人に興味をもって近付いてきたシンイチ君と友達になる。そこから、突然ひらがなから普通の表現体に変わる。
 そして、拓人の世界が狭まり、言葉を持った世界に入ってゆく。

 残念という思いに切なさが重なる。

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立川談志   「自伝 狂気ありて」(ちくま文庫)

 今でも高視聴率をとる化け物番組「笑点」は、談志の企画から生まれている。それを思うと大落語家の一人である。

 この作品を読むと、談志の超人的な記憶力にきょうがく驚嘆する。
戦前から、現在までの、寄席芸人はもちろん、作家、政治家、ラジオ番組、ジャズ、タップ、映画、漫画とそれらに登場する俳優と名場面、ありとあらゆることを微細にわたり披露する。

 年がら年中、舞台やテレビなどでしゃべっているから、記憶が失われないのか、それにしても特殊な才能である。

 とにかく、落語家としてだけでなく、多くの分野で自分ほど能力のある人間は存在しないと信じていて、それを死ぬまで通したのだから、充実した人生だったと思う。

 いいたい、やりたい放題だったから、猛毒なことも吐いた。
昔、鈴本演芸場で談志の漫談を聴いた。この本でも書いている。

 昭和天皇が長命で、なかなか平成天皇の時代が来ない。

美智子妃殿下が皇太子(今の天皇)に文句を言う。
「ねえとうちゃん。いつ天皇になるの。おまえさんが天皇になるっていうから嫁にきたのに、ならないんじゃないの。同窓会に行って、恥かいちゃった。何もテニスやりたくてこの家にきたんじゃないのよ、どうする、家出する?」
「まあそう言うなよ。親父元気だからさあ。」
談志はこの話を聞いて、心配して「家出はやめなよ。」と手紙を書いた。でも出さなかった。
皇太子夫妻の住所がわからなかったから。

 この漫談がえらい受けたそうだ。
今だったら、ネットが炎上。間違いなく芸能人生命を絶たれる。

こんな漫談がやれたのだから、人生思い残すことは無かっただろう。

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角田光代   「坂の途中の家」(朝日文庫)

 主人公の里沙子は専業主婦、3歳になる子と夫との3人暮らし。そんな里沙子が世間を騒がせた幼児虐待殺人事件の裁判員裁判の裁判員補欠員に選ばれる。

 殺害者の水穂は、自分の娘を風呂の中に落とし殺害。当初は水穂を愚かな女性として軽蔑していたのだが、公判が進むにつれて、自分の子供の育児と重ねあわせ、その境界がなくなっていくような感覚にとらわれるようになる。自らの育児経験が思い出され、だんだん自分が裁判にかけられているような思いがしてくる。

 10日間、8回の公判の内容が里沙子の視点から詳細に描かれる。それにしても、長い、500ページにも達しようという作品。本当に読んでいて眠くなった。

 角田さんは、物語で何を言いたかったのだろうか。
里沙子の夫は、家具や内装の設計事務所に勤めていて、里沙子29歳のときに結婚、すぐ娘が生まれる。

 一方、殺害者の水穂。夫はスポーツ用品店の販売員。水穂は企業の海外部門に勤務。子供の誕生を期に、悩んだが退職して、専業主婦となる。子供の誕生した時に、戸建て住宅を購入している。

 確かに子供を作って、自分は育てられるだろうかという思いが募りマタニティーブルーに陥ったり、出産から母乳でうまく育てられなかったり、子供の第一次反抗期で、泣き止まない子供にうんざりし、夫も思うように支えてくれなかったりで、水穂は完全に育児ノイローゼ状態になる。

 里沙子が述懐する。
順風満帆とは、何もかもが思い通りになることを言うのではない。大きな挫折もなく、重大な決意もなく、何となく日を送っているだけの楽しい日々をすごしてきたのではないか。こういう生き方が順風満帆ということではないか。

 運動も勉強もそれなりにこなして、第一志望というわけにはいかなかったが大学にもはいり、思い通りの会社では無かったが就職もでき、逃げ出したくなるようなことも無かった。多くの人のように。

 その点では里沙子も水穂も順風満帆な人生を送ってきている。子供を産み育てるには、多くの人たちが同じような道のりを経てきている。たまたま水穂は子供を殺害してしまったのだが、それをとりだして、里沙子に共鳴させ、育児の大変さ、辛さを異常出来事のように、描写してみても、それでどうしてと、誰もが通る道じゃないかと、物語に溶け込むことができない。

 裁判員や、たくさんの事件にたいする証言者が、人により出来事に対する見方、とらえ方が違うものだということを表現したかったのだということなら、多少この小説の意味がでてくる。

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彩瀬まる   「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出」(新潮文庫)

 その日、彩瀬さんは東北旅行を一人楽しみ、仙台駅から磐城市にむかっていた。電車が突然止まる。駅名を見ると「新池」と書いてある。車内アナウンスがある。

「この先、線路わきの多くで火災が発生しており、しばらく停車をします。」と、そして直後緊急地震速報が携帯電話で一斉に鳴り響く。地面を突き上げるような大きな音とともに電車が大きく揺れる。このままでは危険と。乗客全員が外へでて、避難を開始する。彩瀬さんも、隣に座っていたリカコさんに促され避難をする。

 避難途中で、町の車が「津波が来ます。高台に避難してください」と声をあげる。
道路は陥没。電柱は60度曲がり、家々は崩落してがれきの山。みんなで中学校がある高台をめざす。

 中学校に着き、屋上に行くと、足下が海になっている。車や家が流されている。

中学校でたくさんの人たちと避難生活が始まる。リカコさんが、「相馬の家まで行き、車で迎えに来るから待っていて。今日は私の家に泊まったら」と申し出て、避難所から出てゆく。
一時間ほどで帰ってくると言っていたが、何時間待っても来ない。

 隣で避難していたショウコさんが、家と電話がつながる。弟さんが迎えに来る。家は壊れた箇所があるが、泊まることができるから、一緒に行こうという。

 たくさんの避難者がいるのに、私だけが、泊まりに行くなんてと逡巡していると、避難してきたあるおじさんが、「気にせず行きなさいよ。」後押し。それで南相馬のショウコさんの家に行く。

 4日間ショウコさんの家にお世話になり、3月15日に脱出を決意。福島駅まで送ってもらい、高速バスで那須塩原駅まで行き、そこから新幹線で東京にそして家に着く。
 彩瀬さんは、震災被災者だった。被災から東北脱出までをドキュメンタリー作家になり描く。

 その後彩瀬さんは、被災者の窮状を目の当たりにしたこと、更に被災者の人たちの支援で東北脱出ができたことを思い、復興ボランティア活動をする。

 当然、相馬の町でのボランティア。そこで、町の担当者が確認する。

「活動していただく場所は、原発から27KMの場所ですが、大丈夫ですか。」と。
彩瀬さん、そこは被災者のためと思い、大丈夫と足を踏み出す。

 ボランティアが終わると、依頼主の人が土のついた玉ねぎを、「お疲れさん。この玉ねぎは安全だよ」と言ってみんなにあげようとする。貰わない人もいたが、彩瀬さんは4個もらう。

 その玉ねぎを宿泊先のミツコさんの家に持ち帰る。
 彩瀬さんが戸惑った顔をしていると、ミツコさんが察して、「ウチで引き取るから大丈夫よ。」と言ってくれる。玉ねぎをミツコさんに渡す。

 ボランティアなどと気取ってみても、玉ねぎが放射能汚染しているのでは、それが怖い。このことが今でも彩瀬さんを苦しめている。

復興支援、絆など、世の中を覆いつくした言葉がむなしく、切ない。


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阿久悠    「無冠の父」(岩波現代文庫)

 小説の体裁をとっているが、中身はほぼ実際にあったことを書いている。作詞家阿久悠と主に父親深沢武吉(仮名)をめぐる物語である。

  阿久悠の父武吉は、戦前、戦中、戦後と人生の半分を巡査として暮らす。しかも、殆どが淡路島の駐在所勤務で、55歳依願退職するまで平巡査。退職直前に巡査長の辞令をもらった。

 戦前と戦後では、社会の価値観が180度ひっくりかえった。

 しかし武吉には変化はなく謹厳実直、職務に忠実な巡査だった。戦前の巡査はみんなに怖がられていた。ちょっとした話をすると、すぐ捕まえることが多く、サーベルの音が聞こえてくると、お巡りさんが来たとみんなが一斉に逃げた。

 しかし、戦後になると、駐在所は破壊をする対象に変わった。事実、この物語にでてくる
もうひとつの交番に勤める鶴田巡査の交番は終戦日のその夜破壊されていた。そして鶴田夫婦は夜逃げをしていた。

 鶴田は武吉に、肩の力を抜いて、柔軟に世の中に対応しないと、生きていけなくなるよと忠告するが、武吉は受け入れなかった。鶴田は、闇屋になり大きなお金を手にいれる。食料が枯渇して困っていた阿久悠の母に闇物資をそっと武吉に内緒で渡してくれていた。

 姉の千恵が神戸の軍需工場から引き揚げてきた。やせ細り、埃まるけだった。千恵は家に着くなり、風呂おけに水を汲みいれ、窯に火をつけ風呂をわかしてはいる。

 一番風呂は父親がまずはいるというのが家の掟だった。母は父が帰ってくると、怒られると千恵に父が帰ってくる前に風呂をでるよう言うのだが、千恵はいっこうに聞かない。

 一時間以上も風呂につかっていた。その間に武吉が帰ってくる。怒鳴られると思ったが武吉は何も言わない。

 家の掟が崩れた瞬間だ。阿久悠はこの日戦後になったと思った。

昭和20年8月15日。終戦日は、色んな作家が、描写しているが、阿久悠のこの作品の以下の描写は心に残った。

 陛下の玉音放送を聞くために、小学生が校庭に集められた。陛下がしゃべっているとき、校庭に蛇があらわれ、生徒の足元を走りまわる。阿久悠は怖かったが懸命にこらえていた。

 その時、突然大声をある生徒があげた。その途端に、先生が走ってきてその生徒を殴りたおした。

 作詞家阿久悠の作品だから、感情が高揚して熱い文章が並ぶのではと思ったが、抑制された静謐で端正な文章で綴られたよくできた作品だった。

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| 古本読書日記 | 06:04 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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万城目学    「バベル九朔」(角川文庫)

  万城目さんは、大学卒業後、一般の会社に就職したが、退社し、おじさんが所有する東京のビルの管理人となる。会社をやめたことは両親に言えなかったので、東京へ転勤となったと嘘をつく。

 それから、作家としてデビューするまでの3年間、ビル管理人として生計をたてる。
この作品には、その3年間の揺れた思いが、詰め込まれている。

 書いて、書いて、あらゆる文学賞を調べて、応募する。しかし、一次予選さえも通過せず、落選ばかり続く。
 小説は書けたのだが、なかなかピッタリとくる、タイトル名が浮かばない。いい加減なタイトルをつけたばかりに、賞選考に落ちたのじゃないかと疑心暗鬼が募る。

 悶々として揺れる自分。
作家になることは諦めて、ビルの管理人一筋でもいいのではと思う。

 そう思うと、この作品のように想像が広がる。主人公の九朔は祖父が38年前に建てたビルの管理人をしているが、そのテナントに入っていた過去の店がすべて連なって伸びるビルの中の異界にはいる。そのビルの後継人として祖父は九朔を指名する。過去に消えた店は90店に及ぶ。ということはビルは90階あることになる。その90階を九朔は旅する。

 しかし、一方、小説が新人賞をとり、豪華な授賞式が行われ、文壇の重鎮に称賛の言葉をもらい、懸命に受賞の挨拶をしているところを想像する。さらに、書店で受賞作家サイン会をしているところも想像する。

 そんな3年間の悶々とした生活を、現実から異界へとびまた現実に戻る、パラレルワールドをユーモアをふんだんに投入し、描く。

 都会の古い雑居ビルは、最上階までの階は、色んな事務所や、居酒屋、スナックなどが入居しているが、最上階だけは、窓から障子がみえたり、カーテンなどが敷かれ一般住宅になっている。ビルのオーナーが住んでいるのである。

 そんな小さなペンシルビルが目立つ。
こんな風景を書いていている万城目の、3年間の漂流を、ひしひしと感じてしまう。

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| 古本読書日記 | 06:01 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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藤原美子    「藤原家のたからもの」(文春文庫)

 藤原正彦の妻美子さんが、藤原家に残されている品物を取り上げ、それにまつわる話をまとめたエッセイ集。

 エッセイの中での思い出の品は、何といっても美子さんが小学校2年から3年の夏休みに書いた日記帳である。夏休みは今でもそうなのだが、日記を宿題で書かせる。しかし、それをよくとってあったものだと感心する。

 日記には美子さんの妹玲子さんが頻繁に登場する。母親に玲子さんの面倒をみるようにと世話係を命じられているからだ。

 玲子ちゃんのために、「アンデルセン童話集」を読んであげる。「アンデルセン好き?」と聞くと玲子ちゃんは「嫌い!」と答える。「イーダの日記」半分ほど読んだところで、玲子ちゃんは眠りに入る。しかし美子さんは夢の中でも聞けるように最後まで読んで本を閉じる。

 みんなでかくれんぼをする。玲子ちゃんを探すのは簡単。「玲子」と呼ぶと必ず「アーイ」と答えるから。

 そんな玲子ちゃんも、25歳のとき再生不良貧血を患い亡くなってしまう。
こんな幼いころの思い出が日記を通して、ありありとよみがえる。素敵だと思う。

 藤原家の両親、作家新田次郎と藤原ていは長野県の諏訪出身で私と同郷。
正彦、美子夫妻は、茅野の蓼科山麓に土地を借り菜園をしている。その指導と手伝いをしているのが御年90歳の源次さん。

 畑仕事が終わり、家に帰ると源次さんがいう。
「ああ、ごしてえ」と。ごしてえは方言で疲れたという意味。

 大学の寮で、「ごしてえ」が方言とは知らず私が口にすると、同じ部屋の住人が「おう、やろうやろう」と押し入れから碁盤をだしたことを思い出した。

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