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2019年01月 | ARCHIVE-SELECT | 2019年03月

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吉田修一    「作家の一日」(集英社文庫)

 ANAグループの機内誌「翼の王国」に連載した、主に旅を中心にしたエッセイ集の第3弾。
 どのエッセイも素晴らしく、旅情あふれているが、私が旅の雰囲気を一番感じたエッセイが最後のエッセイ。

 空港の出発検査場。

旅慣れていない夫婦が検査場に向かう。それを見送りにきた娘や息子たち家族。おそらく、両親は孫みたさに、長い旅をしてきて、これから帰郷するのだろう。だから、娘の手のなかには可愛い孫がいる。

 息子や娘が心配するように声をかける。
「お父さんチケットはすぐだせる?」「お母さん財布もそのカゴにいれなきゃあ、財布も携帯も。ジャケットはあそこで脱げばいいから!」「お父さんカゴは自分で持っていくの!」

 手荷物検査の前で、息子や娘に注意され、父や母はカゴを抱えて行ったり来たり、せっかく見送りに来た孫に「さようなら」もいう暇がない。

 それでも、何とか両親は検査場にゆく。そこで「ばいばい、またね」と微笑みかける。

 しかし、息子と娘はそこで立ち去らない。つま先立ちし、検査場をのぞき込み、カゴを抱えて列に並ぶ両親をずっと見続ける。検査場が2手に分かれている。「あーあ、右に行けばいいのに」とため息をつく。

 徐々に進んで、両親が検査を受ける。金属探知機検査も無事通過する。両親は子供たちがまだ自分たちをみているとは知らずに、そのまま消える。このとき息子、娘のみせるほっとした安堵の表情。もう、両親は故郷の家に無事到着したかのようである。

 「行っちゃった・・・」と短くつぶやく見送り側の言葉に愛情があふれんばかりにある。

 吉田さんの情感のこもった、素晴らしい描写が心を暖かくする。機内誌にふさわしいエッセイである。

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| 古本読書日記 | 05:57 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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米原万里   「必笑小咄のテクニック」(集英社新書)

 古今東西の小咄を分類紹介して、その面白さを論理的に解明した作品。
理論もそれなりに、面白いが、やはり多くの紹介された小咄が面白い。

 普通の小咄。
 注文した料理がなかなかこない、米原さんの友人の作家が言う。
「すみませんが私がメンチカツを注文したウェイトレスさんは、ひょっとしたら退職されたんじゃないでしょうか。」

 まあ、こういう真面目な小咄も悪くはないが、「ガセネッタ、シモネッタ」の米原さん、この本で紹介する小咄もやたらに下ネタ作品が多いのだが、それが本当に面白い。

 ヨボヨボの老人男性が医師を訪ねてきてバイアグラを処方してほしいと依頼する。
「健康状態は良好のようですから、問題ありませんね。それで、どれほど必要ですか。」
「ちょっとでいいんだ、ちょっとで。ま、4錠くらいもらっておこうか。ただね、先生、どれも細かく、細かく、砕いといてくれないか。」
「それじゃあ、効き目がありませんよ。」
「いや十分、十分。しょうべんするときにちゃんと取り出せて足にかからないようにすればいいんじゃから。」

 妻が夫に尋ねる。
「どうしたの荷作りなんかして。」
「もう君の過剰な要求に耐えられないんだよ。オーストラリアに行くんだ。」
「また何でオーストラリアくんだりまで。」
「オーストラリアでは、一回セックスするだけで、女が男に50ドルくれるんだ。」
 それを聞くと妻も荷作りを始める。
「私もオーストラリアにゆくわ。」
「なんでまた。」
「あなたか半年間50ドルでどうやって暮らすかみてみたいの。」

今度は淫乱の小咄。

「先生私あそこに毛が無いのよ。無毛症っていうんでしょうか。」
「どれ、横になってみせてください。一週間に何回セックスしますか。」
「週では勘定がむずかしいわ。一日7-8回でしょうか。」
「ああ、それなら心配ありません。交通量の多い交差点では、雑草もはえませんからね。」

こんな小咄を紹介していると、誰も私の書評を読まなくなるのではと心配になる。これらの小咄はすべて米原さんが紹介しています。その点よく理解していただくようお願いします。

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| 古本読書日記 | 05:56 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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米原万里   「パンツの面目 ふんどしの沽券」(ちくま文庫)

 世界の人々の下着はどんな変遷を経て今の姿になったのか。パンツとふんどしのルーツはどこにあるのか。大量の文献を読み、米原が紡ぎ出した経過と結論を描いた面白論文集。
 考察も興味深く面白いが、その考察にいたるエピソードが圧倒的に面白い。

 明治も中ごろになると、段々日本の下着もパンツが主流になる。特に女性にはパンツが急激に浸透する。

 そんな中、男性もパンツが当たり前になってきたが、陸軍はふんどししか認めなかった。それはふんどしに魂が宿っていたから。だから、気の小さい人を「金玉が小さい奴」と見下すし、「尻の穴が小さい」とも言う。男の下半身に、男の根本があるのである。

 米原さんが幼稚園のとき、担任のコバヤシ先生が、紙芝居をする。ミッション系の幼稚園」だったので聖書の紙芝居である。

 そこに全裸のアダムとイブが登場する。そのアダムとイブは大事なところをイチジクの葉で隠している。

 元気なタケウチ君が質問する。
「そのはずかしいところってオチンチンのことですか。」
コバヤシ先生は唖然として言葉がでない。

 さらにタケウチ君が言う。
「先生、その葉っぱはどうして落ちないんですか。」

 そこから、園児たちが大騒ぎになる。
「セメダインでとめてるんじゃない」
「セメダインじゃおしっこするとき、はがすんで痛いんじゃない」
「糊じゃないの。」
「やっぱしセロテープだよ。」

 好奇心いっぱいの米原さん、家に帰って試してみる。そしてやっぱしセロテープという結論になる。

 翌朝、タケウチ君の両親が幼稚園にやってきて、強烈に文句を言う。
タケウチ君。オチンチンにセメダインを塗りたくり、沁みて痛くてたまらなくなったそうだ。

 普通の人だったら、こんなことは成長するに連れ、忘れるのだが、米原さんはずっと思い続けて、いつか解明しようと思っている。解明できないことが気持ち悪いのである。

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井上荒野    「ママがやった」(文春文庫)

 日本のジェームス・ディーンと呼ばれていた赤木圭一郎が、ゴーカートの運転を誤って壁に激突し亡くなった。昭和36年圭一郎はまだ21歳だった。

 当時、ある民家の屋根裏部屋にいつも20人ほどの若者がたむろする部屋があった。そこに百々花は恋人拓人に連れられて行き、それからその部屋に出入りするようになる。酒瓶が転がり、映画のポスターが壁いっぱいに貼られていた。

 百々花は、中学校の国語の教師をしていた。ある日、一人の女生徒澄江が男の子たちに囲まれ襲われそうになっているところに遭遇。「何をしてるんですか。」と大声で叫ぶと、澄江を含め全員が散った。

 次の日職員会議で澄江の停学処分が決まる。不純異性交遊というのが理由だった。
澄江は妊娠していた。

 そのことを百々子は拓人に話した。
「まだ、15歳。恋なんか知らない。性におぼれているだけだわ。」
「お前も溺れてるのか」と拓人が聞いた。

 澄江が睡眠薬を大量に飲み自殺未遂を起こす。病院の早期の処置で大事に至らず、家に帰る。百々子の家、拓人の家、澄江の家は三角形に位置していた。

 百々子が澄江の家を訪ねる。部屋からでてきたのは、澄江でなく拓人だった。
百々子にはその時、すでに拓人の子を身ごもっていた。

 最低の男だったのだが、百々子は拓人と結婚する。
拓人は、常に女の出入りがあり、定職ももたず、自称イラストレーターだったり写真家だったり旅行記者だったりして、今は小説家だった。

 79歳になった百々子は、72歳の拓人が寝ているところを顔に布を覆って押さえつけ殺す。

百々子の家に子供たちも集まり、どうするか話合う。しかし、百々子をはじめ、とんでもないことになったという意識が無い。だから、百々子の作った筍ごはんを食べながらの相談だった。

 物語はその相談の場面から始まり、どうしてこんなことになったのか、それぞれの家族の経てきた道を、哀しい調子ではなく、コメディタッチで描き、最後拓人の死体を捨てに行くところで終了する。

 一般からみてダメな人たちばかりなのだが、当人たちは全くそんな気持ちはない。ダメな人生を歩むと、人を殺しても、それは当たり前の出来事になってしまう。少しぞっとした。

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佐藤愛子    「孫と私のケッタイな年賀状」(文春文庫)

 会社生活を始めたころ、忘年会がいやでたまらなかった。
各課が出し物を競い、それを部門長だった常務が審査して優勝だし物演芸を決めた。忘年会が近付くと、各課が昼休みや就業後、隠れて出し物の練習をやらされた。

 多くの社員が、こんなこと毎年やりたくないなあと思っていたが、こんな面白い忘年会があるものかとある年代以上の価値観でおさえつけられ毎年実施された。

 弱るのは、ある年代以上の人たちはこんな楽しい忘年会は無いと信じていて、だれもこのことに対し反駁できないことだった。

 このエッセイは佐藤愛子が孫の桃子に仮装、着ぐるみを着せ、佐藤愛子と桃子が演技をして、それを載せけったいな年賀状を自画自賛して配った20年間の軌跡をつづっている。

 確かにひとつひとつの年賀状に載った写真は面白いものが多い。もらった人たちも楽しかったのではと思う。

 しかし、やはりひとりよがりのものが多い。北杜夫は「みっともなし」と年賀状の返事を書いている。佐藤愛子は怒ってそれから年賀状を北に送ることをやめている。

 2009年にこの様式の年賀状を作ることを、体力の事情もありやめる。

そのとき、20年間を振り返り、佐藤愛子、娘の響子、孫の桃子が20年の年賀状をみながら振り返る。
 愛子 「20年間の記録をみてどうおもうの。」
 桃子 「どうなんて思うことないよ。みんなあんまり記憶が無い。」
 愛子 「だから今みてどう思うよ。」
 桃子 「わかんない。積極的に参加してないから。」
 愛子 「この子には佐藤家の血が流れていないよ。うちの兄だったら喜んで協力したと思うね。」
 桃子 「何が面白いかわからないし、教えてくれないし。」

桃子の気持ちがよくわかる。それでも、20年も続いたのだから、桃子も少しは楽しかったかもしれない。

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朝倉かすみ   「タイム屋文庫」(潮文庫)

 私が会社員のとき、席を並べて仕事をしていた後輩が、優秀だったのに、突然会社をやめた。彼はソフトボールと読書が大好きだった。それで、古本を大量に収集して、古民家を借り、カフェを始めた。

 カフェは、もちろん幾つかのテーブル席もあったが、自由に寝ころびながら本を読むスタイルのカフェだった。店は話題を集め、よくラジオなどに登場した。

 しかし、さすがに本を読むひとが減少するなか、お客も少なくなり、経営不能になったのか店をたたんで、故郷へ帰って行った。

 この物語の主人公31歳の柊子。会社で2年間上司との不倫に疲れ、会社をやめ、祖母の家に帰り2人暮らしをはじめ、祖母が101歳で亡くなったのを期に、祖母の家で、時間旅行の本ばかりを集めて貸本屋兼カフェを始める。

 私の同僚の古本カフェでもそうだったのだが、寝ころび本を読んでいると、強い眠気が襲ってきて、いつのまにか眠ってしまうお客が多かった。

 柊子の店も本を読みながら寝てしまう客ばかりだった。そして、眠った客は、自分の未来の夢をみるようになった。

 柊子は15歳のとき、大好きな子ができた。吉成君と言った。柊子は初めて2人だけで言葉を交わしたとき「結婚してください」と言ってしまう。驚いた吉成君は唖然としたまま。

 柊子は、また吉成君に再会したいと思い、再会できるまで続けるつもりで貸本屋を開いた。
きっかけはちょっとしたことだけど、平凡な人生からちょっとジャンプして夢だった生活を実現したかったから。

 柊子はジャンプした。そして15年後に偶然吉成君にプロポーズした同じ場所で再会をはたす。15年の没交渉は長い。吉成君はともかく、柊子は泥沼の不倫も経験していたし、今は貸本屋の近くのレストランシェフと体の関係を持っている。とても、吉成君と人生をやりなおせる状態ではない。2人はぎこちなく会話を交わし別れる。

 それでジャンプした柊子の人生は平凡な人生から変わったか。それから7年。柊子はレストランシェフと結婚して2人の子供を育てる母になり、全く平凡な人生に戻った。

 しかし、夫と時々、古民家に行き、スタンドナンバーをかけて、2人だけのダンスを楽しんでいる。

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米原万里    「米原万里の『愛の法則』」(集英社新書)

 米原万里晩年の講演会を収録した本。

どうして、生物には男と女がいるのか。もし互いに選ぶ必要が無くて、だれとセックスしても同じならば、一つの個体にオス、メス両性具を備えていれば、相手を振って振られて傷つくことも無い。あいつは残酷なやつだと自己嫌悪に陥ることもない。

 生物のなかでは、アメーバのように自己分裂して増加していったり、オスメス両方の機能を備えている個体が増えているそうだ。
 人間だけが、生殖の機能に喜び快感を感じて、疑似生殖活動をする。

メスのみに生殖活動があれば、オスはいらない。どうしてオスが存在するのか。子どもは、メスの遺伝や形状を受けて生まれてくる。それが、どんどん世代を次いでコピーされ、その果ては、遺伝コピー機能が摩耗して、生殖機能を果たさなくなる。どんどん、男が不必要な未来に向かっている。
 え?そんな副次的なために男は存在するだけなのか。

 米原さんのこの書では男はサンプル的存在だと言う。男性は女性に比し、背丈をとっても個体差が大きい。女性は大きな差のある個体差で男性を選択する。だから、女性はこの男性と決めて、一途にその男性に想いを馳せる。

 ところが男性は、女性は誰でも構わないという特性を持つ。

 米原さんは男性を3タイプに分類する。是非寝てみたいという男。寝てもいいかなと思う男。どんなに金を積まれても絶対寝たくない男。
 そして男の90%以上は絶対寝たくない男だそうだ。

 男女の平均寿命は女性のほうが長い。女性が受胎してから生まれた人の成長は女性のほうが早い。言語、身体能力、体の成長も女性のほうが早い。性的めざめ、生理の発生も女性が早い。男性はこの過程がずっと遅い。

 そして女性の生殖能力は50歳後半に終わる。しかし男性は、80歳を超えても子供を作れる能力がある人がいる。

 男性は、生殖能力が無くなるとそのまま死をむかえる。女性は60歳前後で生殖の頚城から解放され、自由に解放された人生を謳歌する。

 この差異が女性の寿命を延ばしていると米原さんは言う。
 本当かな。これでは、男は随分悲しい。

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| 古本読書日記 | 06:34 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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佐々木丸美    「崖の館」(創元推理文庫)

 佐々木丸美は1949年生まれで、1975年に「雪の断章」でデビューした。典型的な団塊世代のミステリー作家である。この世代の作家は、自分の考えや観念を抑制することができず、必要以上にそれらを書き表してしまう欠陥を持っている。

 処女作「雪の断章」でもそのきらいはあったが、ぎりぎりのところで押さえられ、むしろ個人の思いが、冬の北海道の雰囲気に溶け込み、リアリティのあるミステリーに仕上がっていた。

 しかし、この作品は、団塊世代作家の悪い面がですぎて、物語が現実から離れて空回りしてしまっている。

 物語は、高校生の女の子涼子の一人称で進行する。涼子は、突出した才能や知識があるわけでなく、平凡な高校生である。

 ところが佐々木さんが時々涼子に乗り移る。こんな風に普通の女子高生は考えない。
「絵の本質とは何なのか。
 人の霊魂を色彩と明暗によって豊かに表現してゆくもの。理論も構えもなく光のようにあらゆる層の人の心を埋めてゆくもの。そのときに真の芸術性が評価される。」

 由莉ちゃんという従妹が、密室で殺される。その時の涼子の感想が観念的で度が過ぎている。
 「死が不気味に感じるのは肉体の活動が停止し、魂の抜け殻らになった単なる物体であるから。死そのものは大宇宙の摂理に従うものであり、むしろこの世の悪を脱して清浄な無の世界へ還ってゆくもの。死は悲しむべきことではない。なぜなら生はあらゆる悪の温床でありどのように正しく生きたとて、生命維持のための弱肉強食の原罪からのがれることはできないのだから。」

 読者はミステリーとしてこの作品に接している。知りたいのは、由莉が密室でどんなトリックで、傷つけられることなしに殺害されたかを知りたいだけであって、こんな大上段に振りかざした死につての観念論を読みたいわけではない。

 自分の思いを書きたいというひとりよがりが、ミステリーを台無しにしてしまっている。

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| 古本読書日記 | 06:30 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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ももこ記念日

滑り込みセーフ
ももこが我が家に来たのが、2003年2月22日。
1歳くらいという話だったので、この春でセブンティーンですね。

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これは夏の写真

年齢のせいか、夜になるとよく吠えます。
「もも子が虹の橋を渡った。夜が静かすぎて落ち着かない。眠れない」
と記事を書く日が来るだろうか。

ちなみに、保護主さんのブログはちょうどその年の2月分がウイルスで消えちゃったそうです。
ももこについて残っている記事は、
「発情期で叫んでいて、近所から苦情が来るかもしれないと思った」
みたいな内容。
避妊手術から十数年たった今も、叫んでいる。春が戻ってきたんだろうか。(なんか違う)

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犬にも寛容?

「昔保護した子はほとんど吉本から名前を貰いました」ということで、ももこの名前も挙げられています。
そういえば、
「すでにりんごちゃんがいるから、ハイヒールつながりでももこにしたの?」
と聞かれたんでしたっけ。

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↑りんご

別にそういう理由ではなく(ハイヒールリンゴさんを知らなかった)、
子猫ならほかに貰い手がいるだろうし若猫くらいにしておこう、という感じで選んだ記憶。
紹介ページに載せられていた写真が、ひょうきんな顔だったんですね。

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茶々とは変わらず仲良し

この記事を書いている間にも吠えていて、明日も仕事のはなゆめママが「うるさい!」と怒っておりました。

| 日記 | 23:43 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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矢野誠一    「志ん生のいる風景」(河出文庫)

 時々新聞に全面広告で、落語CD DVD全集販売の広告がでる。
そこには収録されている落語家の写真が掲載されているが、圧倒的に大きい写真は志ん生である。

 著者、矢野は、新劇の裏方をしていたころ、精選した落語の名人を集め、落語会を行うことを企画した。知り合いだった円楽に相談したところ、円楽が「私がどんな大看板でも口説いてみせるから」という言葉に勢いを得て、名人5人を集め「精選落語会」をイイノホールで始めた。当然、大好きだった志ん生に登場してもらうつもりだったが、志ん生が脳溢血で倒れたため、志ん生ぬきで始めた。志ん生は後遺症は残ったものの復活して、この落語会で復帰を果たした。

 この作品は、志ん生が大好きで、心を鷲つかみされた矢野の思いが全面にでた作品かと思って手に取ったのだが、中味はかなり異なり、志ん生一直線というところはなく、内容は薄いと感じた。

 志ん生は自ら「貧乏自慢」「なめくじ艦隊」という著作を残しているし、志ん生と言えば結城昌治が表した大著であり名著でもある「志ん生一代」があり、矢野のこの作品も、それらに書かれているエピソードや出来事以上のものは無かった。

 志ん生はひとりよがりで、家族を含め、周囲と調和して生きようとするところが全く無かった。東京大空襲が激しくなったとき、東京にいれば死ぬかもしれないと思い、それを避けようと満州慰問団に参加し、圓生とともに満州にわたる。残された家族は貧乏でも大黒柱である志ん生が満州に逃げ大変な苦労をしている。

 このことが矢野の志ん生観にこびりついていて、志ん生絶賛にはならなかった。

志ん生の大の友人で、名人として並び称される桂文楽についての記述が印象に残った。志ん生は豪放磊落で、よく落語を忘れたり、間違えたりしたが、そこがまた面白いと聴衆に大喝采を浴びた。

 これに対し、文楽は精密機械で、どの演題もどこで演じても一字一句違わず全く一緒。演じる時間も一分と狂うことがなかった。

 東横落語会で「大仏餅」を演じていた時、登場人物の神谷幸右衛門の名前が浮かんでこなくなった。少し間をおいて
 「申し訳ありません。もう一度、勉強しなおしてまいります。」
と、高座をおりて、そのまま死ぬまで落語を演じることは無かった。

 この後のエピソードが驚いたのだが、このような日がくることを文楽は予想していて、何回もこの言葉を練習していたそうだ。名人の美のこだわりだと思った。

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| 古本読書日記 | 05:52 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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「名短篇ほりだしもの」 北村薫 宮部みゆき編

編者(選者?)二人の説明も面白いです。
伊藤人譽「穴の底」は、確かに怖いです。
石川桂郎「少年」は、私も宮部さんと同じ解釈・勘違いをし、
北村さんの語る正解に、なるほど、と。

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織田作之助「天衣無縫」
知恵袋とか発言小町とかに、
「うちの旦那、頼まれるとすぐにお金を貸してしまうんです。
 思い返せば、デートの時に持ち合わせがなくて私が払ったこともある。
 結婚してからは私が家計を管理して、給料の額を経理に確認しているけど。
 この前なんて、着ていたコートをリサイクルショップに売ってまで貸した。
 もうすぐ子供も生まれるというのに、どうしましょう」
とあったら、厳しいコメントがつくでしょうね。
子供がかわいそうだとか、わかっていて結婚したから自業自得とか。

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佐藤愛子さんも、
「夫の叔父が何度も借金を申し込んでくる。ほぼ返済されない。
 早くに父親を亡くした夫は、叔父に恩があるそうで、断れない」
という相談に、
「世間ではお人好しのアカンタレが鷹揚な大人物に見えることもありがち。
ひとごとながらイライラするねえ、この旦ツクは」
と返しております。

でも、この短篇は明るいトーンです。
外面だけよく、ヒロインに対して威圧的なわけではない。
憎めない旦那さんを尻に敷き、ヒロインがぷりぷりしている感じ。

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岸本葉子   「週末の人生 カフェはじめます」(双葉文庫)

 主人公の正美は、大学を卒業して、天下り団体の下部法人に勤めている。4人の勤め人がいる小社団法人で、今時PCも使わず、白紙に罫線をハンドで引いて、書類や資料を作るような法人。仕事は楽で、生涯も保障されているし、幸な状況だと正美は認識している。

 正美は、目立たない引っ込み思案の性格で、員数あわせで合コンにもゆくが、いつも片隅に座っている状態。こんな状況なので、44歳になるが独身である。

 そんな中、スーパーでスーパーの隣に住む独居老人ムツミと知り合い、ムツミの家に行く。ムツミの住む和洋折衷の家を気に入るのだが、その家は、2つの不動産屋に狙いをつけられ、買取をされそうなことを知り、家の1階を貸してもらい、週末の休日カフェを開き、家を残そうとする。

 このカフェを開店するまでが大変。保健所の認可がいる。この認可のためには、職員衛生法のもと、食品衛生管理士がいなければならない。さらに、保健所の検査を通過せねばならない。
 管理士になるためには、管理士講座を受け、その後にある試験に、合格せねばならない。

検査は事前に図面を作成し、保健所に持ち込み、改善指導を受け、これで大丈夫だろうというところまできて、改修工事に着手する。この交渉が大変。

 正美は全くその方面の知識は無かったが、周囲の協力を得て、保健所の認可を取得。店の開店にこぎつける。

 店は「おにぎりカフェ」。焼きおにぎり、塩むすびなどのおにぎりに、季節野菜の糠漬け、番茶をセットしたおにぎりセットのみで、900円/セット。

 物語は、暖かい雰囲気で進行するが、いくら舞台が吉祥寺といっても、このメニュー、値段では客はよりつかない。物語の暖かい雰囲気に水を差している。

 でも、44歳の平凡な人生を送ってきた独身の女性が、ふとしたきっかけで新たな道に踏み出したいという気持ちはよくわかるし、伝わってくる。
 名エッセイスト岸本さんの初めてチャレンジした長編小説である。

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年功序列

17歳・16歳・1歳(奥から手前へ)
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山本周五郎    「若殿女難記」(双葉文庫)

 古い一時間ものの時代劇を見ているような作品集。悪役が登場。主人公が追い込まれるが、最後は逆転。そして、その過程で知り合う女性とハッピー状態になって終了する。

 主人公の伝七郎は、福山十万石で中老、永井平左衛門の三男。長男、次男は頭脳もよく、体も俊敏で武術にもたけ、容貌スタイルも良い。それに引き換え伝七郎は、愚鈍で容貌も醜いし。武術はてんでだめ。家でも、父や兄たちにさじを投げられているし、周囲もあいつだけはだめだと言われてしまっている。

 一方足軽組頭村松庄兵衛の息子銀之丞、伝七郎とは幼友達だが、頭脳優秀、剣の腕も秀でていて、容姿も端麗。その上、出世欲も旺盛で、武士のなかをうまく立ち回り、家柄は伝七郎より落ちるが、今やはるかに伝七郎を抜いて、上位の地位にいる。

 実は伝七郎には心に秘めてる好きな女性がいる。通っている剣道場の師範代の娘三枝である。しかし、師範代は三枝は銀之丞にくれてやろうと考えている。伝七郎からみても三枝は銀之丞への慕う気持ちがあるように思える。

 伝七郎は思いあぐんだ末、商売をしている友達忠太郎に悩みを打ち明ける。忠太郎は、伝七郎に直接三枝に会って思いを伝えろと忠告。そこで、三枝に思い切って結婚してほしいと告白。しかしこのことは黙っていてほしいと言う。しかし数日すると、父と兄から呼び出され、烈火のごとく「恥さらし」と叱られる。師範代から手紙がきていた。

 「銀之丞と対決して勝ったら考えても良い」と。

どうやったって銀之丞に勝てるわけはない。黙っていてほしいと言ったのに、三枝は両親に言うし、何よりもまいったのは、銀之丞もこのことを知っていて、伝七郎をバカにしたことだ。

 忠太郎とまた相談。もう三枝を拉致して他国に行くしかない、忠太郎も協力すると言ってくれる。

 それで、三枝を路上で拉致し、逃げようとするが、ここで銀之丞が登場する。
銀之丞は言う。
 「俺は、もう少しでほしかった地位につける。もう、三枝はいらない。くれてやる」と。
これに怒った伝七郎が銀之丞に襲いかかり、銀之丞を切りつける。もうこれで、自分は大きな罪をおかした。逃げるしかないと他国に向かう。

 この時三枝が、「私もついてゆく」と叫び、伝七郎に追いすがる。
こんなに都合よく美女が一緒にゆくわけはない。ここが、テレビドラマということになる。

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黒柳徹子    「チャックより愛をこめて」(文春文庫)

 芸能界にはいって以来の多忙な生活から離れて一人ニューヨークへ行き、一年間を過ごしたニューヨーク滞在記。どうしてニューヨークに行ったのか。

 「明日は何をしようか。」という生活をしてみたかったから。芸能界に入ってから、明日は何をするかはいつも決まっていた生活。そこから逃れたかったのが動機だったと黒柳さんは述懐している。

 まずは黒柳さんらしいと思ったエッセイ。

ニューヨーク滞在中、10日間ほど、イタリア、イギリスにでかけている。この時のことを毎日旅行記として日本に送る。それを読んだ読者は、あなたは食べることばかり書いているとクレームがくる。

 そこで黒柳さん、決心して、今日は食べることは書きませんと宣言する。で、その前に、この原稿をどんな状態で書いているかというとさくらんぼを食べながら書いていると始まる。そこから、このさくらんぼがどんな状態で売られていて、その値段、そしてそれがいかにおいしいかを流々説明して、食べ終わりましたから寝ますでエッセイ終了。

 アメリカは素晴らしいと感じたエッセイ。

 黒柳さんがよくいくアイスクリームの屋台。ある日そこへゆくと、お客さんと店員が話しているのだが、全部手話かゆっくりと大きく口だけを動かす。お客さんも、店員も聾唖者と黒柳さんは思う。お客さんが注文品を買って去ると、店員が黒柳さんに「何にしましょうか。」
と声をかけてくる。聾唖じゃないんだ。よく手話を知ってますねと声をかけると。自分は聾唖の人たちのための芝居をしている団体の俳優なのだという。今は夏で舞台が休止しているのでアルバイトをしていると答える。

 アメリカでは、こんな特殊な団体が劇を演じることができる。ちゃんとスポンサーがつくのだ。アメリカの懐の深さを感じた。

 黒柳さんがアメリカに滞在していたとき、ブロードウェイで最も人気を博した劇が「オー、カルカッタ」。

 この作品は驚くことに、舞台で全裸の男女がラブシーンをする。この劇のオーディションでは全裸の女性を抱いて、興奮して男物が反応する人は悉く落とされたそうだ。俳優も大変だ。それで、舞台では観客たちを興奮させる演技をせねばなえあないから。

1972年当時は日本ではまだキスシーンはしているように見せる芝居が主流だった。黒柳さんが俳優に「いいですね。毎日キスができて」と言うと、「相手が好きな人ならいいが、嫌いな人とキスをするなんて大変。何しろ6か月もキスしにゃならんからね」と返答がある。

 そういえば、ブロードウェイで劇が当たると、半年どころか、数年ロングランなんてことになることもあるんだよね。

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井上ユリ   「姉・米原万里」(文春文庫)

 著者井上ユリは、ロシア語通訳、エッセイストで有名な米原万里の妹。故井上ひさしの妻でもある。料理研究家として活躍している。本作は妹ユリからみた万里と家族を語るエッセイだ。

 父親も含め、米原家一族はみんな太っていて、大食い、しかも早食いの一族。有名な中華料理店で米原家も含め一族12名で全部で16皿を注文する。

 途中でボーイがやってくる。
 「あれ、失礼いたしました。回鍋肉はまだでしたね。すぐお持ちします。」
あまりにも、米原一族が早食いのため、ボーイが料理を出し忘れたと思いこんで、回鍋肉の他にも数皿同じ料理がでてきたそうだ。

 20代はじめのころ、真里には恋人がいた。
レストランでコース料理を食べる。メイン料理を万里が食べ終わったとき、恋人の料理は皿の上にたくさん残っていた。
 恋人が「よろしかったらどうぞ」と差し出した。
これ以降、恋人からのお誘いは無くなった。

 驚くべき一族である。

米原万里は常識を飛び越えた行動力、感受性をもつ個性的な人だった。それに比べユリさんは社会性を備え、常識のある女性に思える。だから、万里を描いても、殻を破るような破天荒な描写は少ない。

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美濃部美津子    「志ん生の食卓」(新潮文庫)

 落語が好きで、たまにネットなんかで聞くが、やはり、最も素晴らしい落語家は古今亭志ん生である。落語は、全く志ん生で始まり志ん生で終わる。志ん生の落語は、出囃子が演奏され始めた途端、聴衆がさあ笑うぞと意気込んでいるのがわかる。そして、高座に座った途端、我慢できない聴衆の何人かが笑い出す。落語も超一流なのだが、それ以前に存在そのものが面白い。こんな落語家は今後出てくることは無いと思う。

 このエッセイ、志ん生の長女である美濃部美津子さんが、貧乏時代の志ん生一家の食べ物風景を中心に描いている。

 「多古久」というひいきのおでん屋で、しこたま酒を飲んで、お弟子さんに、車を探してこいと命令。その車を捕まえてくるまで、また酒を飲む。

 それで、高座にあがる。案の定落語の途中で眠くなり高座でいびきをかいて眠る。観客が「そのまま眠らせておこうよ。志ん生の眠る姿なんてみられるもんじゃねえ。」とそのまま起きるのを待つ。

 横綱双葉山と飲み比べをしたそうだから、その強さは尋常ではない。

何でこんな破天荒な落語家が誕生したのだろうか。
 それはやはり徹底的に貧乏だったから。しかし、底抜けに明るい貧乏だったから。お金も無く、食べ物が無くなると、外へ行って、はこべやせんぶり、たんぽぽを採ってきて食べたそうだ。

 志ん生の芸で名人と思うのは、そばを食べるのを演じるときだ。本当にうまそうで、その落語が終わると、ついついそばを食べにでかけるくらいだ。

 「藪蕎麦」の大将が、志ん生はそばを4-5本たぐってから3分の1たれにつけ、蕎麦を口に運び、一気に蕎麦を吸い込んだ。この姿が、本当にそばが美味しくみえると言っていた。

 この食べ方をそのまま志ん生は高座で演じた。
そばをとりあげ口にいれ一気にのみこむことを「たぐる」と言う。この作品でそばを食べる表現を「たぐる」にしているところも味わいがあり粋だ。

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| 古本読書日記 | 06:33 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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森村誠一   「終列車」(祥伝社文庫)

 30年ぶりくらい、久しぶりに森村誠一作品を読んだ。森村の香りがいっぱいする作品で、なつかしさを覚えた。

 ある日の夕刻、買い物帰りの母子。通りの犬の吠え声に驚いた子が、道路に飛び跳ねたところへ、車がやってきて衝突。子どもが即死する。車はそのまま逃亡する。それから数十分後、小さな子がいたずらで空き缶を車が走る車道に投げる。驚いた運転手がブレーキをかけた途端、後続の2台が玉突きで衝突。真ん中の車が炎上。その車に乗っていた母子が亡くなる。

 更に、玉突き事故で最初の車を運転していた女性と、3番目の車に乗っていた男女が他殺死体となってみつかる。

 犯人、3番目の車は母子を殺された父親。最初の車は実は2人が乗っていて、運転していた大手自動車メーカーの常務。

 森村らしいと思ったのは、次のこと。

この物語、直接事件の犯人とはかかわりのない、男女が、上高地から、奥穂高温泉まで、山荘やひなびた温泉を転々と逃避行をする。読者は2人が犯人ではないことはほぼわかっている。

 ここの山や渓谷の峰々や風景とそれに伴う2人の心象が、情緒たっぷりの文章で、鮮やかにそれも多くのページを割いて描写される。事件とは関わりないのに、森村が物語で最も力を入れて書いたところのように感じる。

 多分森村は映像化を意識して作品を作ったと思う。
この焦点ずれした描写が、森村だなあと強く思った。

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竹村公太郎   「日本史の謎は『地形』で解ける」(PHP文庫)

 歴史的出来事、歴史家や研究者がそのことが起きた要因を分析すると、いくつもの見方、考え方が提示され、論争がいつまでも続き、結果がでない。

 その、要因が地形にあれば、地形はいくつもあるわけではないので、要因は明白となる。
この本は、日本の歴史上での出来事を地形により起こった要因を提示している。

 忠臣蔵は徳川幕府が吉良家を嫌悪していて、高家である吉良邸を江戸城域内から、排除させたいために裏で糸を引いて起こした事件だというのは面白かった。

 吉良家は三河の矢作川の河口にある吉良町を当時治めていた。その吉良町の北側を治めていたのが徳川家。吉良家は矢作川の水利権を占有し、塩田も開発、裕福で繁栄していた。徳川がどんなにお願いしても水利権を割譲してくれなかった。その怨念が忠臣蔵に引き継がれた。何しろ、松の廊下での刀傷劇、諸説はあるが、なぜ引き起こされたのかいまだにわかっていないのだから。

 この本で一番驚いたのは、ホテル、旅館の客室数が最も少ない県が奈良県であること。法隆寺や東大寺があり古都で名所旧跡も多く、修学旅行生もたくさん訪ねるのに。

 欧州からシルクロードを経由し、文化や人々、多くの物資が動いた。中国や朝鮮を経由し、それが船によって、瀬戸内海を通り、日本にも届く。当初は湿地帯だった大阪ではなく、柏原に到着。そこで小さな船に乗せ換え、大和川をさかのぼり、奈良に運ばれた。だから、奈良は昔はシルクロードの東の終点だった。

 だから、日本の最初の都は奈良、平城京だった。

しかし、大阪の湿地が整備される。すると、人や物資は淀川を使いさかのぼるようになり、京都へ行きつく。

 奈良は、奈良からの先が山に阻まれそこから先に行けない。しかし、京都の先には琵琶湖がある、更に水路で東や北に行き、そこから、三河、美濃、北陸更には江戸につながる。

 だから、都は奈良から京都に移されたのである。

奈良は今は近鉄やJR、国道も整備され、取り残された町から脱却はできたが、それでも他県から比べると立ち遅れた位置にある。

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| 古本読書日記 | 06:16 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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ドン・ウィンズロウ  「ストリート・キッズ」(創元推理文庫)

 ドン・ウィンズロウの処女作。アメリカの調査活動員としてロンドンに駐在していたとき、背中を骨折。長い入院生活を送り、することがないので書いた作品だそうだ。内容は彼の経験をベースにしたものということ。想像も盛り込まれているとは思うが、アメリカの調査活動はこんなことまでするのかと驚いた。

 アメリカ、ローアイランド州のキングスブリッジ家は、地域の銀行を経営。名家であり、富豪だった。銀行ではお金、資産運用だけでなく、警察には頼めない相談を持ち込まれることが多く、その対応をしてきたが、専用窓口として作られた「朋友会」。

 その「朋友会」に上院議員で次期副大統領候補から、娘のアリーが3か月前に失踪して行方がわからない、捜索して探し出し、選挙までに連れてきてほしいとの依頼があった。

 この捜索を「朋友会」と契約している探偵のグレアムが受け、ストリート・チルドレンのグレアムの手下、主人公のニールに依頼した。

 アリー失踪、唯一の手掛かりがアリーと同級生だったスコットが修学旅行のロンドンでアリーを見かけたということ。

 更に調査をすすめると、アリーは何事も両親に抵抗、あばずれ女性となり、手に負えない状態で失踪していたことがわかる。依頼者の上院議員は、選挙前に娘が失踪中ということが知れ渡ると選挙に影響する。だから、選挙前に家族と写真におさまってくれさえすればいいというのが捜索依頼の真相だった。

 ロンドンにやってきたニールは、盛り場やクラブ、昼はホームレスが屯している公園を捜索しアリーを探す。そして、苦労の末、アリーを発見する。アリーはコリンという男が率いる麻薬売人、売春婦斡旋をする小さなグループに属していた。

 当然アリーは重度の麻薬中毒患者であり、売春婦であり、同時にコリンの恋人でもあった。
ニールはその仲間に加わり活動する。

 ここから、大きな麻薬密売や稀覯本の販売でコリンとニールの熾烈な戦いがあり、その中でニールはアリーをコリンから奪い選挙直前にボストン空港にニールとアリーは戻る。

 しかし、議員の体裁だけのための帰還。そんなアリーを議員には渡せない。

 日本でストリートチルドレンや下流民を描くと、暗く、絶望的なトーンが流れるが、この作品のニールは個性的で、元気いっぱいで楽しい。

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| 古本読書日記 | 06:13 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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アンソロジー    「ワルツ」(祥伝社文庫)

 戦後の大作家に松本清張がいる。どれも物語の出来栄えは完璧。だけど、すべての作品に共通の欠点がある。ユーモアが全く無いのである。

 この短編集は、苦笑や小さな笑いを誘う文章が挿入されている作品を選んで本にしている。

 圧巻なのは田中小実昌の「ご臨終トトカルチョ」

舞台は戦後まもない結核病院。そこには巨大な時計が飾られている。時刻を告げる音がものすごく大きく、夜も寝られない。患者の自治会から取り外すように要求がでるのだが、大事な有力者からの寄贈品のため病院側は拒否する。

 しかし、患者側もとり外されるとこまる事情があった。

 病院にはテンパイ室と呼ばれる部屋がある。ここに入れられる患者は、長くて数時間の間に死ぬ運命にある。

 今夜はとうとう町田さんがテンパイ室に入れられた。するとみんなでトトカルチョが始まる。町田さんの死ぬ時間を予想するのである。死んだ時間がもっとも近かった人が、掛け金を総取りする。万が一時間をピタっとあてた場合は掛け金の2倍がもらえるが、いまだ当てた人はいない。

 だから、みんなベッドで大時計の音を懸命に聞いている。この時の患者のしゃべりがすごい。

 「こい、今だ。一時三十八分・・・一時三十九分・・・一時四十分・・・ジャスト、ドンピシャリ?うーん、ドンピシャはだめだったか。・・・はやくう・・・うーん、じいさんなにをもたもたしているのだ。」

 「いや、いや、いや。じいさんは若いやつより案外保つからさ。あと一時間、頼みますよ。・・・もう一時間・・・息をしててよ。」

 「おねがいします。あと5分なの・・・ね。ドンピシャとはもうしません。さ、あと4分、3分。ほら、そこ・・・当たったら、半分香典あげるわ。だから、協力してよね。はい、あがり・・・」

 この凡人ではおよびもつかない発想と「・・・」を使ったみごとなしゃべり。田中小実昌の恐ろしい力をまざまざとみせつける。

 そのほか田辺聖子の「紐」も笑いがとまることなく、図抜けた作品になっている。
その昔「デート」という言葉はなかった。「デート」に代わる言葉「夜這い」と言ったと作品には記されている。

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| 古本読書日記 | 05:39 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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桜庭一樹    「ほんとうの花を見せにきた」(文春文庫)

 中国奥地からやってきた吸血鬼種族のバンブー。
主人公梗太一家、ある夜マフィアに襲われ、梗太を除いて、一家全員が惨殺される。梗太は寸でのところで吸血鬼バンブーの2人、ムスタァ、洋治に救われ、育てられることになる。梗太10歳の時だった。

 ムスタァと洋治は、昼は行李に入って眠り、夜になると行李をでて空を飛びまわり、夜明け前に帰ってきてまた行李で眠る。手を握ると氷のように冷たい。そして不思議なのは、少しも年をとらず、全く変化が無い。

 ムスタァと洋治は心を込めて梗太を育てる。梗太が毎日どんどん変化してゆくのが楽しみのように感じている。梗太の人生はロウソクの炎。この炎を絶やさないようにムスタァと洋治は守る。

 しかし、梗太の通っている学校で、尊敬していたユウタ先生と、大の親友だったニタが殺され梗太は人生に空しさを感じる。

 それで、梗太はムスタァと洋治に自分もバンブーにしてほしいと頼むが、それはできないと拒否され、梗太が18歳になったら、自分たちの手元から離れなければならないと告げられる。

 実は、バンブーには強い掟がある。生き血を吸ってはならない。人間と一緒に暮らしてはならない。暮らしていることがわかれば即死刑。バンブー族の集会場所を教えてはならない。

 洋治と梗太は、一緒に暮らしていたということで逮捕され、梗太は縛られ、洋治は殺される。縛られた梗太をムスタァが救ってくれる。

 また、梗太にははぐれバンブーの茉莉花という友達がいる。茉莉花は梗太をバンブーの集会場所に連れてゆく。また茉莉花は、殺人事件を起こし、逃げている人間の血を吸っている。

 この罪で茉莉花は15年の地に埋められる刑を受ける。

 そして梗太は普通の人間の世界に戻る。

 梗太は大学を卒業して社会人となり普通の生活を送る。15年後に茉莉花にであう。60年後にムスタァに出会う。
 梗太の大きな変化と成長にムスタァや茉莉花は喜ぶ。

 バンブーの世界は、今と過去しかない世界。人間でいえば全く死んでしまった世界。人間は未来があり、変化し成長する世界。だから、バンブーは人間に憧れる。ムスタァも洋治もだから梗太を懸命に育てる。

 しかし、人間の中に人生を60年、70年と生きてきて、ムスタァや洋治の憧れ、成長と夢を実現した充実した人生を送れた人はこの世にどれだけいるのだろうか。

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| 古本読書日記 | 06:14 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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中田永一    「私は存在が空気」(祥伝社文庫)

 6編のホラー、ファンタジックそして少し悲しい恋愛短編集。
最初の作品「少年ジャンパー」が印象に残る作品。

 主人公の大塚は、容貌が見にくいと信じ、それでいじめられ、登校拒否ひきこもりの高校一年生。

 お盆に親戚が集まってきた。そんな時、トイレに行きたくなったが、トイレに行くと親戚に会わねばなならない。それはできないと、2階の雨どいをつたい歩き外へでて公園のトイレに行こうとする。そこで、落ちそうになり、これはだめだと瞑った目を開けると、200mも先にある公園のトイレの横に立っていた。大塚は、行きたいところがあって念じれば、そこに行く能力を持っていることを知る。しかしそこは過去に行ったことがある所に限定される。

 ある日、本が欲しくなりこ使いをもらって、ジャンプして本屋に到着。そのままジャンプして家に戻ると早すぎ母がおかしいと思いそうなので、帰りは電車にする。

 電車をプラットホームで待っていると、3年生の女子高生瀬名先輩がいることに気付く。先輩が、おばさんの集団の尻でおされ、線路に落ちる。そこへ急行列車がつっこんでくる。あわやのところで大塚が線路へ飛び降り、瀬名先輩を抱えてジャンプで家まで連れてくる。

 ジャンプ能力を知った瀬名先輩が大塚に、今東京に行ってしまった恋人の先輩が冷たい。他に恋人でもできたのではとジャンプを使って恋人のいるところに確かめに連れていってほしいとお願いする。

 それで2回ジャンプを使い恋人のところまで連れていってやる。さらに大塚は一人でも一回恋人の動向調査にゆく。
 そして瀬名先輩の恋人は今でも瀬名のことを好きだということがわかる。

 大塚は引きこもり後、他人との会話ができなくなっていた。瀬名が久しぶりに会話ができる人になった。そして、恋心も芽生えていた。

 そんな瀬名が、ジャンプではなく、新幹線で泊りで恋人に会いに行く。そして帰ってきて大塚にたくさんの東京みやげをあげる。その時、アメリカのグランドキャニオンに行けたらなあと瀬名が言う。

 一週間後が瀬名の誕生日だ。プレゼントはグランドキャニオンに連れていってあげることだ。

 しかし、大塚はアメリカは家族でサンフランシスコにしか行ったことがない。その日から、大塚はジャンプでサンフランシスコに飛ぶ。そこで一泊して、翌朝ラスベガスまでバスのチケットを買いゆく。さらに泊り、またバスでグランドキャニオン、フーバーダムまで行く。そしてジャンプで家に着く。次の日の誕生日。瀬名先輩を連れ、同じ行程を辿る。瀬名は大感激。

 しかし、日本に戻ると、瀬名は恋人のもとに走る。

大塚は切ないと感じる。しかし、あのひきこもりの大塚が、アメリカまで行き、バスでグランドキャニオンまで行ったのだ。

 瀬名と日本に戻ってきた翌日、明るくたくましくなった大塚が学校にいた。
物語の設定はありがちだけど、中田の名手腕により、鮮やかな成長物語が生まれた。

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| 古本読書日記 | 05:53 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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三浦しをん 中村うさぎ   「女子漂流」(文春文庫)

 岸から離れてずっと漂流してきた、その漂流の方法は大きな差はあるが、女性作家2人が対談する赤裸々トーク集。

 それにしても、中村うさぎの赤裸々さ、何の躊躇、恥ずかしさもない、表現力のつきぬけさかげんには驚かされる。

 今の夫がゲイなのだそうだ。だから、女性への関心など生まれたときから無い。
まだ結婚前に夫の友達をいれて王様ゲームをしたそうだ。その時、中村さんに全部服を脱ぐというカードがあたる。

 ちょっと躊躇したが、どうせ見てるやつはみんなオカマなんだから気にすることはないと思って、全部脱いだそうだ。

 そしたら、夫が「気持ち悪い」と言ってゲーをしそうになる。
いくらなんでもそれはひどいじゃないかと思ったら、夫は今までに女性のオッパイを見たことが無い。それが見たとたん気持ち悪くなったのだそうだ。


 私は都会暮らしをしたことが無いので想像できないが、2人とも、小さい時から、露出狂の男にしばしば遭遇したらしい。

 三浦さんは、そんな男にびっくりすると男が喜ぶから、無視して本を読む。しかし、かなり頭にくる。

それを受けての中村さん。
 「雨の日に痴漢にあったら、勃起しているチンコにひょいと傘をかけてやりたかった。さすがに傘が汚くなるからやらなかったけど・・・・。おまえのチンコなんか、あたしにとっては、傘かけですよと言いたかったの。」

 いやはや、度肝を抜かれます。中村うさぎさんには!

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スーザン・イーニア・マクニール「チャーチル閣下の秘書」(創元推理文庫)

 主人公のマギーはウェルズリー大学の数学科を首席で卒業。大学院に進み、数学の道を究めようと思っていた。舞台は1940年のアメリカ。女性がそんなことを究めても幸せにならないと信じていた養母インディーヌは、熱を冷まそうとマギーを、ロンドンにある生家を処分する名目で一年間ロンドンに行かせる。もちろんマギーは不満だったが、大学院での授業料がインディーヌには負担できず、ロンドンの家を売却することで得たお金で大学院に行くということで、仕方なくロンドンに行く。

 そのウェズリー大学で友人だったペイジがロンドンにいて、彼女を含め何人かでシェアハウスをし、ロンドン生活をスタートする。そしてこのペイジの根回し、チャーチルの秘書官デイヴィッドの推薦で、チャーチルの主に口述筆記の仕事に採用される。

 インディーヌが養母になったのは、ロンドンでマギーの両親が交通事故で亡くなったためだった。

 物語は、最初、シェアハウスでの仲間との交流や、チャーチルやその秘書官との交流が描かれる。チャーチルが首相になり、ナチスドイツに宣戦布告。これにより、ロンドンがドイツの空爆を受ける、そんな場面も描かれるが、どちらかといえばマギーの青春物語のような雰囲気。

 ところが、マギーが両親の墓参りに行くと、母の墓はあるが父の墓が無い。父が教鞭をとっていたケンブリッジ大学に行くと、父は亡くなってはいないことがわかる。このあたりから、物語の緊張感が高まってくる。

 ナチスドイツにつながっているマイケル・マーフィが、チャーチルの暗殺と同時に大聖堂爆破をもくろみ、一気にイギリスを混乱に陥れ、そこにナチスが攻め込むことを計画し実行する。

 驚くことに、チャーチル暗殺の実行者は、マギーの最愛の友達ペイジ。ペイジはマギーと一緒に生活しながら、チャーチルの言動を仕入れ、それをマーフィに報告。さらにナチスに報告がなされ、マーフィは企みの実施時期を伺う。

 この暗殺実行と、大聖堂爆破がマギーの優秀な頭脳と推理で寸手のところで回避されるところが読みどころ。面白さと緊張感で手に汗の汗が止まらない。

 マギーの前向きで明るい性格と行動が好感を呼ぶ。

日本の戦時小説は、どれも暗く、悲劇的で戦争反対が全ページを覆う。欧米の小説は、平和だ戦争反対などの押し付けの香りがあまりなく、エンターテイメントに徹する。それもいいなあと思う。

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池田久輝     「枯野光」(ハルキ文庫)

 なかなか読んでいて楽しいハードボイルド小説だ。

羅朝森と元秋男は香港警察の同期生。香港は、悪や麻薬などの巣靴都市。こんなところで警察を仕事にするということは、常に身に危険と隣あわせ、殆ど正義感で警察官になるなんていう人間はいない。

 警官の相当数が、香港を牛耳るマフィアに取り込まれていて、そこから得るお金でそれなりの生活をしている。初めから、その繋がりを目的として警官になる者や、他に就ける仕事が無く、仕方なく警官になる者ばかりである。

 そんな中で、羅朝森と元秋男は新人警官研修の時に、食堂で会話したことで結びつく。羅は警察官にはめずらしく「悪党は決して許さない」という前向きで正義感いっぱいの警察官になっていた。

 一方秋男は、羅とは異なり、殆ど自分のことは話さず、羅には得体のしれない男に映っていた。何を話しても、フニャフニャしていて骨が無い。それで、「お前は雲吞だ。」といい、以降羅は秋男を「雲吞野郎」と呼ぶことになる。

 香港マフィアの三合会が近々大量の麻薬取引をするという情報が秋男に入る。秋男は羅と一緒に現場を押さえ、三合会を一網打尽にしようとする。秋男は、その現場で彼の計画したとおり、三合会から大金をせしめ、羅を現場に置き去りにして失踪する。

 それから21年後、秋男を香港で姿を見かけたという噂があちこちで語られる。羅は自分をだしぬいた秋男を捕まえたいと陳という香港の事情通と協力して、捜索をはじめる。

 一方三合会も奪取されたお金を取り戻すため、21年前と同じように近々麻薬取引があるとの情報を流し、秋男がその情報につられて、正体を現すことを待つ。

 やがて秋男が正体を現す。そして秋男、羅、三合会の対決が開始される。この場面が物語のクライマックス。

 最後は秋男、羅が勝利するが、そのとき羅が、ジュラルミンケース3箱を三合会の車にむかって投げる。このケースには署内に保管してある麻薬が詰められている。実際に麻薬取引が行われていたように装うためである。

 羅が言う。「これで三合会は一網打尽。悪は絶対許さない」と。そして、秋男と羅は別れる。
 この最後がハードボイルドの神髄。苦み走ったユーモアがあり、たまらない。

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高杉良     「起業闘争」(角川文庫)

 1981年、IHI(石川島播磨重工業)の情報システム外販事業部隊が、会社の意向で外販をやめることになり、リストラされることになった。

 そこで、この部隊の中核を担っていた碓井優が、部隊80人を率いて、会社を退職、コスモエイティという会社を設立する。
 この経緯を描いたのが紹介の作品である。

 この経緯、会社に反旗をひるがえし、脱藩の計画を見事にとげ、IHIに大打撃を与えたように描かれるが、本当なのかどうしても首をかしげる。

 そもそも、この事件は、サンデー毎日が一流会社の社員が大脱走を行うと大々的にスクープしたことで、世間に対し衝撃を与え大きな話題となった。

 そして碓井は大企業の横暴に立ち向かった人としてヒーローとなり、確かこのときにベンチャーという言葉が初めて流布された。

 しかし、よくよく経緯を冷静にみてみると、外販事業は撤退するのだから、会社としてはその部隊は不要人員となり、退職金割り増しなど不要な経費を使うことなく、会社を去っていってくれることは大歓迎。脱藩者も含め、どちら側も大騒ぎするような話題ではない。

 それを大マスコミが、大脱走と騒ぎ立て、煽った結果話が変にねじまげられたのである。

 だから、悪者に仕立て上げられた会社は、形式的に脱藩者に慰留工作をせざるを得なくなった。

 単純な話を、事実をしっかりみることなく、ねじまげて仕立て上げたサンデー毎日に責任のある問題であった。

  それで、碓井が設立したコスモ エイティ。アップルやグーグルのように革新的創造で世界に冠たる企業に発展することなく、IHIの時代顧客だった企業を引き継ぎ、単なるシステムハウス企業になり、13年後にセコムに吸収され企業名も消えている。

 この作品タイトルを変え再出版している。今読み返して、あの騒ぎは何だったんだろうかと再度、マスコミが悪の意図を持った報道のひどさを思い直した。

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レスリー・メイヤー  「新聞王がボストンにやってきた」(創元推理文庫)

 年にほぼ一冊の割合で出版される新聞記者ルーシーシリーズの弟10作目。

メイン州の小さな町ティンカーズコーヴで週刊新聞を発行しているテッド、そのもとでバイト記者をしているルーシーが、北東部新聞協会の年次総会に出席するためにボストンにやってくる。

 この協会は、大手出版新聞グループであるパイオニアプレスによって運営されている。
その総会の最初の夜、パイオニアプレスグループの総帥ルーサー・リードが突然倒れ急死する。そして警察は、彼の長男ルーサー・リードジュニアを殺人の容疑で逮捕する。

 新聞発行部数の急減、出版不況のあおりを受け、パイオニアプレスグループの経営状況は厳しく、このまま行くと破綻するのではという噂もでていた。そこでルーサー・リードはこのグループをナショナルプレスグループに売却することを考える。しかし、ジュニアをはじめ売却を反対する人間も多くいて、抗争が激化していた。ここに共和党から議会選挙に立候補予定をしていたモニカなどが絡み、事件がかなりきな臭い雰囲気になっていた。

 こういう雰囲気のミステリーはたくさんある。社会派ミステリー。どんな泥臭い抗争のはて犯人は果たしてだれかと読み進むのだが、しばしば肩透かしを食うことがある。

 この作品も、その典型。
実は、ルーサー・リードは社内の女性に次々手をつけ、それを1-2年ほどで捨てる。それによって、恨みと怒りを持った女性記者がリードを殺害するという結末。

 こういう竜頭蛇尾の小説に出会うと本当にガックリする。

この小説である女性を似ている人として「イヴァナ トランプ」という名前が登場する。これはアメリカ トランプ大統領の前々妻である。

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平石貴樹    「松谷警部と目黒の雨」(創元推理文庫)

 目黒のマンションに住む、雑誌編集者の小西のぞみが殺害される。捜査に松谷警部と山口警部補、アシスタントの女性巡査白石が投入される。

 小西の周囲の人間に聞き込みをおこなうと、小西の出身の大学のアメフト部に行き着く。このアメフト部からは過去5年間に3人の死者がでていることをつかむ。いずれも、死者は自殺として処理されている。

 その自殺と今回の殺害事件は繋がりがあるのか。
捜査を進めていっても、繋がりはでてこないし、アメフト部の出身者にも殺害を起こす動機が無い。

 通常捜査というのは、殺害する動機が何で、そこから容疑者を絞り出し、殺害の証拠を拾い集めるという過程を踏むのが一般的。

 デッドロックにぶちあたった捜査。白石巡査の「動機は後回しにしましょう。」の一言で捜査は回転しだす。
 この白石巡査の捜査が実にロジカルで見事。松谷、山口が泥沼をはっているとき、すがすがしく「あとひといき」と明るく宣言して、犯人をおいつめてゆく姿が好感が持て、魅力的である。

 殺害動機も納得でき明解。

著者の平石は頭脳明晰で、優秀な作家と想像できたので、経歴を調べたら、何と東大を卒業し、その後多くの大学で教鞭をとり、東大文学部の助教授、教授と上り詰め、2013年に退官。現在は東大文学部名誉教授になっている。
 なるほどと納得。

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パット・マガー    「七人のおば」(創元推理文庫)

 パット・マガーは、ドイルやクイーンと同時代にかさなって活躍したことがあるアメリカ女性ミステリー作家。紹介の作品は1951年に出版されているが、この年の全米ミステリー作品トップ10の7位にランクされている。この年には、バン・ダイン、クイーン、ドイル、アガサ・クリスティの作品もランクインしている。

 パットは実にユニークな作家で、通常ミステリーというのは被害者があり、その犯人を捜査追求し最後に犯人が突き止められるというのが基本。
 処女作品は「被害者を探せ」。作品では犯人はわかっているが、被害者がわからない。ひたすら被害者が誰かを追求する物語。こんな型破りのミステリーは無い。これと同じスタイル「探偵を探せ」「目撃者を探せ」がある。異色かつ面白い作家である。

 本作品はパットの2作目。

結婚してイギリスに渡り幸せな生活を楽しんでいたサリーのもとにアメリカの友人から手紙がくる。「おばさまが夫を毒殺して、その後、自殺をした」という。しかし、そのおばさんが誰なのか書かれていない。見当もつかない、なにしろサリーには7人ものおばさんがいたからだ。

 しかも、このおばさんたち、それぞれに独特の個性があり、言動も普通と異なり、誰もが犯人の可能性があった。

 長女のクララは極端に世間体を意識。古い意識、観念で妹たちを支配しようとしている。教師生活一途で結婚に行き遅れたテッシー。世間体があり反対していたクララを振り切って離婚し出戻ったアグネス。アルコール依存症のイーディス、相手が姉妹の夫であってもどんどん見境なく迫るドリス。極端な男性恐怖症のモリー。金銭感覚が欠如していて浪費をくりかえすジュディ。

 この7人の女性の異常な行動がサリーによって語られる。これに、関係する男たちが多数加わり、外国人の名前がすんなり記憶できないから、その都度表紙裏にある登場人物名を確認しながら読む。しかし、途中から、言動、人間模様の描写が強烈で引きずり込まれ全く確認をしなくても問題なくなる。

 それにしても、7人姉妹のしゃべりは、躊躇というものがなく、直截的で言いたい放題。そのすごさは圧巻である。これが物語初めから、延々と300ページを超えるまで続く。

 私はグロッキー状態になった。
明かされた犯人についても納得感があるし、その仕掛けも見事だった。

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