吉田修一 「作家の一日」(集英社文庫)
どのエッセイも素晴らしく、旅情あふれているが、私が旅の雰囲気を一番感じたエッセイが最後のエッセイ。
空港の出発検査場。
旅慣れていない夫婦が検査場に向かう。それを見送りにきた娘や息子たち家族。おそらく、両親は孫みたさに、長い旅をしてきて、これから帰郷するのだろう。だから、娘の手のなかには可愛い孫がいる。
息子や娘が心配するように声をかける。
「お父さんチケットはすぐだせる?」「お母さん財布もそのカゴにいれなきゃあ、財布も携帯も。ジャケットはあそこで脱げばいいから!」「お父さんカゴは自分で持っていくの!」
手荷物検査の前で、息子や娘に注意され、父や母はカゴを抱えて行ったり来たり、せっかく見送りに来た孫に「さようなら」もいう暇がない。
それでも、何とか両親は検査場にゆく。そこで「ばいばい、またね」と微笑みかける。
しかし、息子と娘はそこで立ち去らない。つま先立ちし、検査場をのぞき込み、カゴを抱えて列に並ぶ両親をずっと見続ける。検査場が2手に分かれている。「あーあ、右に行けばいいのに」とため息をつく。
徐々に進んで、両親が検査を受ける。金属探知機検査も無事通過する。両親は子供たちがまだ自分たちをみているとは知らずに、そのまま消える。このとき息子、娘のみせるほっとした安堵の表情。もう、両親は故郷の家に無事到着したかのようである。
「行っちゃった・・・」と短くつぶやく見送り側の言葉に愛情があふれんばかりにある。
吉田さんの情感のこもった、素晴らしい描写が心を暖かくする。機内誌にふさわしいエッセイである。
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| 古本読書日記 | 05:57 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑