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2018年12月 | ARCHIVE-SELECT | 2019年02月

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キャスリーン・デマーコ  「クランベリー・クイーン」(ハヤカワepi文庫)

 この作品の解説でも書かれているが、現在まで女性はどんどん解放され、自由に生き方を選び、社会のあらゆる場所に進出してきた。

 それにより、「愛」が最も重要なテーマであった時代から、自由になるにつれ、それに伴いテーマは「孤独」となり、今は「癒し」に変化した。

 主人公のダイアナは33歳。モンスターと言われている恋人に振られ、更に、両親と兄の乗った車に酔っ払いの車が追突し、すべての彼女の家族が死んでしまう。

 高収益をあげているインターネット企業のマーケティング部門につとめ、優秀な社員として、高額な報酬を得ていた。しかし、恋人、家族を瞬時に失い、気をかけてくれた会社の上司や仲間に心の蔑みから、反射的に会社を辞めると宣言して、そのまま会社を去る。

 そして、おじさんから紹介された精神科病院に行く途中、住んでいたニューヨークがいやになり、そのまま病院に行かずにあてどなくボルボを運転してさまよう。

 アメリカ人好みのロード小説である。

そして、ある場所で、前を走っているオートバイに追突して運転手を跳ね飛ばす。おでこを打って傷がつき出血する。そこにマルボロくわえている女性が現れ、何もダイアナができずに茫然としていると、横たわっているオートバイの運転手に近付き抱き上げる。

 運転手は、年老いたおばあさんだった。おばあさんは少し手に傷を負っていたが、大丈夫、気にしない、気にしないと気丈に声をあげる。

 お婆さんの名前はロージー。そしてお婆さんを抱き上げたマルボロガールがお婆さんの孫娘であるルイーザ。
 事故を起こした場所は、ニュージャージーの小さな村。ダイアナはロージーの家でしばらく滞在することになる。

 その村はさわやかな空気、澄み渡る青空、暖かい人々。絶望、孤独の心が次第に洗われてゆく。作者は、このままダイアナがどん底から再生への道に踏み出す過程を描くのだが、これで再生につながってゆくのだろうかという場面が続き。アメリカ人の気質と日本人は大きく違うことを確認するばかり。

 特にルイーザとダイアナは、鋭く研ぎ澄まされた言い合いを続ける。絶望感から、暗く、心が弱くなっているが、その心の発露が、自暴自棄感情的に激しい言葉になる。

 理解できないわけではないが、ついてゆくのがしんどい。

癒すところがほとんどない。「人生を強くつきすすめ。」「新しい道に踏み出せ。」という前向きな励ましだけ。これでダイアナが再生への道に踏み出すとはとても思えなかった。

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小路幸也    「娘の結婚」(祥伝社文庫)

 正直今の時代こんなことで悩むのかなあと思える一時代昔の結婚小説。

一人娘の大事な実希から大切な人を家に連れて来たいと突然言われた父孝彦。少し待ってくれと戸惑い答える。

 実希は当然結婚相手を紹介するということである。その結婚相手というのは、今の家に移る前に、住んでいたマンションの隣の古市さんの息子真君。だから、真君は実希にとって幼馴染。小さいころはよく遊んだが、ずっと交友が続いたわけではない。

 実希は大学をでて出版社に就職。社会人3年目の25歳。真君は大手印刷会社社員。20年ぶりに偶然再会して、交際が始まり結婚を決意する。

 真君のお父さんは薬局勤務。そして実希の父孝彦は大手百貨店の人事部長。実希の母は、実希が小学生の時、交通事故で亡くなる。それ以来ずっとお父さんと2人暮らしの生活。

 真君の母は専業主婦。

 まあ、一人娘を手放すことが辛いという気持ちで、真君と会うことを逡巡するという気持ちもわからないではないが、そこを除けば、結婚を祝福こそすれ、反対する状況では無い。

 孝彦が気にしていたのは、亡くなった妻佳実が真君の母親景子さんとの関係がよくなかったように見えたところ。

 調べてみると、景子さんの評判は確かによくなく、マンションで一人浮き上がっている。しかも、孝彦一家がマンションをでた後、次の入居者の奥さんが飛び降り自殺、この原因が景子さんにあるのではと噂されていた。それで、孝彦は、真君を家に呼ぶ前に、真君の両親に会いにマンションまででかける。

 この物語、景子さんは少し物事をはっきり言う性格で、周りに少し誤解されているところはあるが、暖かく、優しく、実希を大歓迎で迎えたいと願っていることがわかりめでたしとなる。

 しかし、孝彦が真君の母が調べたらよくないとわかることで、結婚を潰すということが今の世の中でありえるだろうか。当人同士に内緒で、相手の両親の調査にでかけるなんてことをするだろうか。首をかしげてしまう。

でも、小室さんのお母さんの例もあるからねえ。

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森晶麿   「葬偽屋は弔わない」(河出文庫)

 主人公のセレナはその時、保険調査員をしていた。保険調査員というのは、保険請求者の事案に不審があると思った保険会社の依頼により事案調査を担う人たちのことを言う。

 セレナの扱った事案。7年前に妻のもとを突然夫が失踪する。7年たっても夫が現れないときは死亡届を提出できる。妻は7年半前に夫に保険をかけている。そして妻は現在再婚している。再婚相手は失踪した前夫の友人だった。

 これは保険金詐欺ではないかと更に調査をしようとすると、保険会社より調査打ち切りの指示がくる。そんなに時間と金をかけて調べる必要は、事件捜査ではないから不必要と言われる。ここでセレナは腐る。さらに、その時大切だった恋人を交通事故で失う。

 そしてダメ押しとなったのが、父の経営していたコンサルタント会社の倒産。母親より教育ローン、住宅ローンの肩代わりをしつこく要請されるようになる。

 死のうと思って夜の街をさまよっていると、死神のような男に声かけられ名刺を渡される。そこには
 「貴方の素敵なお葬式をお手伝い、葬偽屋 殺生歩武」と書かれていた。
葬儀屋でなく葬偽屋。生きている人が、すでに死んだものとして嘘の葬儀をする商売である。

 殺生はセレナに、どうせ死ぬのなら4か月自分に命を預けろとセレナに言う。

葬偽屋には結構依頼がくる。多くは、自分が死んだら、あの人はどういう態度をするかみてみたいというのが一番多い。それから、行方知らずになった、家族の誰かが、葬儀をするということで。表れるのではないかという希で。

 だから葬偽屋の葬式には、人生の縮図、物語がこめられる。
そして、殺生とコンビを組んでいるのが死体を創る黒村。

 殺生、黒村の人物造形がよくできている。

物語は、いろんな事案を描く連作短編集になっているが、最後に最初に描いた7年前失踪事件の真相が暴かれ、これが殺生、セレナを巻き込み、感動的な仕上がりになっている。
 単なる短編集ではなく、大きな筋の通った物語になっている。見事である。

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坂崎乙郎    「絵とは何か」(河出文庫)

1976年出版作品。このころの本の特徴。言葉は平易だが、かなり独りよがりで、自らに酔うところが多く、何を言いたいのかよくわからず、読むのに苦労した。

 絵とは想像力であり、個性であり、最終的には感覚であると坂崎は言う。

ゴッホの父親は聖職者だった。ゴッホは当初、画商であるグービル商会に勤め、ハーグやロンドンと渡り、パリ本店勤めとなるが、商会ではうまくゆかず解雇される。

 そのあと、父の志をついで聖職者の道を目指す。ここで、貧民窟の人々と知り合い、伝道師となり、彼らとともに暮らし、導きをしたいと考えるようになった。

 ゴッホの絵の基軸は、この伝道師を目指した時代に創られた。

 ゴッホはレンブラント、ドラクロア、モンティセリ、フェルメールの中で、ミレーを直接の師として仰いだ。

 しかし、ゴッホはミレーには欠けているものがあると考えた。ミレーは農民を描く。農民たちは確かに働いているように見える。労働の尊さを歌っているような節回しが絵画から聞こえてくる。しかし『落穂ひろい』の農民たちは優雅だ。

 現実の農民たちは、乏しい食事で烈しい労働を強いられている。その人体は、重荷を負えばゆがみきしみ、硬直したフォルムをつくりだす。

 ゴッホは真実のみが美しいとするリアリティのまなざしを持ち、苦しい農民や貧民と同じ眼差しで絵画を描く。ここがミレーと圧倒的な違いとなる。

 ゴッホは言う。
 「もし畑で働いている人を写真に撮れば、かならずその人は畑で働いていないだろう。」と。

 このところが、著者坂崎の絵は感覚であるという部分だ。
絵は、畑で働くひとの、辛さや切なさを描き込み表現するものでなければならない。それは写真ではできない。

 だから、美術館に行って、数分で絵は鑑賞できるものではない。じっくり椅子に腰かけこの絵で作者は何を語ろうとしているか感じとらねばならない。

 最も近年は、絵と対面して、感じ取らねばならないようなリアリティを持つ絵は殆ど無くなってきたと坂崎は嘆く。

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坂木司   「青空の卵」(創元推理文庫)

 「仔羊の巣」「動物園の鳥」に続く、ひきこもり探偵シリーズ、最初の作品、坂木処女作品でもある。

 ワトソン役である、坂木司が市中で遭遇した奇妙な事件を、ひきこもりの友人ホームズ役である鳥井信一が真相を解き明かし解決するというのが物語のベースになっている。

 坂木は、みんなとも仲良くでき、普通の家庭に育ち、一般的な少年だった。しかし、偉人伝を愛読していて、ダリやピカソのような異能者や奇才、孤高としていた偉人たちに傾倒していた。

 14歳の時にであった鳥井は、まさにダリやピカソを彷彿とさせる少年だった。異能、奇才ゆえに、他人とのかかわりができない。それゆえ、徹底的に他人から無視され、虐められる。常に孤高としている存在。結果、ひきこもりとなってしまう。
 しかし坂木にはそれが自分の理想とする人間に思え、「友達になってほしい」と鳥井にお願いして2人は親友となる。

 作品は5つの中編が収められた連作集になっている。

普通の作品と違うなあと思ったことが3点ある。

まずは、坂木の異常ともおもえる、鳥井にたいする友情、信頼の厚さである。
坂木は大学卒業して就職に外資系保険会社を選んでいる。比較的、勤務が自由で、外回りが多い。何かあればいつでも鳥井のところへ行ける。鳥井との友情が最も大事という観点で仕事を選んでいるのである。

 それから、一つの事件に遭遇した人が、その後の話にも登場するところ。最初の人間の係わりが、坂木、鳥井の2人から始まり、その係わりが、数々の事件を通して、広がってゆくことである。

 更に、すべての物語に登場する事件の中心になる人物が、人間関係がうまくいかず、それゆえに事件を引き起こしてしまうところ。つまり、鳥井の生き写しのような人間が事件を引き起こすのである。どの物語も鳥井が主人公のように錯覚してしまうように仕立てられている。だから、鳥井も事件の真相を見事に推理し、当てることができる。

 坂木、鳥井の特異と一見思われるような友情、関係が基盤になり、人間の交流が広がり、それに連れ、坂木、鳥井の関係が、徐々に拡大し、2人が成長してゆく物語になっている。

 ミステリーの体裁をとりながら、読者に、人間関係の大切なことを提示している。

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レスリー・メイヤー  「授業の開始に爆弾予告」(創元推理文庫)

 主婦ルーシーが活躍する、ルーシーシリーズの弟4作目。

ルーシーは小さなアメリカの町、ティンカーズコーヴで4人の子供と夫とともに暮らしている。臨時雇いで、地元の小さな新聞社で働いている。

 その子供たちが通っている小学校に爆弾予告の通信があり、爆破寸でのところで、生徒を避難させ、被害者はいないと思っていたのだが、身体障碍者のトミーが不明ということがわかり、何とかせねばと消防、救急隊員はあせったが、トミーを見つけ出せずに爆破は起こる。その爆破の中、副校長のキャロル・クレインがトミーを抱きかかえ、脱出。トミーは助かる。

 クレインは町の英雄となる。

この救出にきなくささを感じたルーシーがクレインについて調査する。

 クレインはメイン州の田舎町クィヴェットネックの出身。利発な可愛らしい子供だった。
しかしクレインの父は学校の用務員。暮らしは貧しく、町が提供するビニールハウスで生活していた。日本でいう中学校を卒業すると、お金持ちの家の手伝いとして働きだす。

 そこで、家の息子が溺れていたのを救って、今までに経験したことのない称賛を浴び人生の道が開ける。大学卒業までの費用を全部大金持ちの家が持つことになった。

 大学を卒業して学校の先生となり副校長となり、その学校からティンカーズコーヴの小学校に副校長となってやってくる。

 奇妙なことに、クレイン、前の学校でも火事騒ぎがあり、逃げ遅れた生徒を救出して英雄になっている。
 その英雄クレインが、彼女のアパートの部屋で殺害される。

クレインはクィヴェットネックの生活には戻らない。生活スタイルも距離もクィヴェットネックとは大きく離れる。そのためには、どんなこともするという強い決意で行動する。その一つが決死の救出劇を計画し実行する。

 それから、セックスやセクハラを仕掛け、男を追い詰め、弱みを握らされた男を踏み台にして人生を切り開く。

 美人で可愛い女性が、こんな意図で接してくると、男は間違いなく篭絡されてしまうということを作品を読んで思ってしまった。

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乾石智子   「夜の写本師」(創元推理文庫)

1999年、教育総研のファンタジー文学大賞を受賞した、乾石の出世作品。

古代エキズウム国は魔道師長アンジストによって支配されていた。

この物語では4つの魔術方法を扱っている。
獣をあやつるウィグチス魔法。人形を操るガンディール魔法。闇を用いるマードラ魔法。本を利用するギデスディン魔法。

 アンジストはまず、女性は魔道師になれないと定め、魔道の扱いができそうな女の子は、すべて殺害される。また、魔道師になれる男性も、その呪法を全部吸収、完全に自分の支配下に置く。

 主人公のカリュドウは、アンジスト魔道能力のある育ての母エイリヤと友達だった村の娘フィンに殺される。そして、アンジストにいつか仇をとってやると決意して旅にでる。

 その過程で、夜の写本師となる。
古代には印刷技術は全くない。書物はすべてパピルス紙などに、原本を書き写して製本し本になる。想像を絶する難作業である。だから、その作業は怨念が込められ、ページを開くと魔術が沸き立つページがある。あるいはパピルス紙の切り取られた端に、言葉は書いて妖術をかける人に貼り付けると、その人を破壊してしまうということが起きる。
 カリュドウは正当な魔道を極めて、アンジストとの戦いをしようとしていたが、写本の指導者イスルイールに写本を極めろと言われ、魔道会得をあきらめる。

 そして、夜の写本師となったカリュドゥは、アンジストと対決をする。

 実は、1000年前「塩の領主」の娘シルヴァインをアンジストは暴行をして、殺している。そのシルヴァインが500年前老婆の魔道師イルーシアとなって甦り、アンジストと対決するが殺害され、100年前10代の少女ルッカードとしてよみがえりアンジストと対決するがこの時も殺害され、そのルッカードが男としてカリュドウによみがえっていた。だからアンジストは1000歳になり、その間にカリュドウは3回殺害されていたということになる。

 そして、最後のアンジストとカリュドゥの対決となる。

 物語は、最初、古代西洋世界を描いているにもかかわらず、文章が和文調で、物語の主題と文章がかみあわず読みにくかった。

ところが、最後のカリュドウとアンジストの対決は、これが同じ作家が書いたとは思えないくらい、海外古代のファンタジー色が鮮やかに表現され、見事で心が躍り一気に読んでしまった。
 だから不思議なのだが、面白く壮大なファンタジー作品である印象が強く残った。

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竹内謙礼 青木壽幸   「会計天国」(PHP文庫)

 突然、事故死した経営コンサルタントの北条。そこに登場したのが黒スーツ姿の天使K。彼が提案したのが、現在経営状態がひどくて、がけっぷちにある5人を、会計学を駆使して経営を立て直し、全員経営者を幸せにできたら、天国に導いてやるが、ひとつでも失敗すると地獄に落ちてしまうという提案。そこから北条の天国へゆくための挑戦が始まる。

 食品卸業をしている浜口はそれゆけどんどんで業績を伸ばしてきた。その浜口にはライバルで互いに切磋琢磨してきた花丸食品の社長花丸がいた。その花丸が55歳で突然他界。
花丸食品では後継者もいなかったため、会社を浜口に売却。花丸食品の経営を浜口がすることになった。浜口は、そのため娘の美智子を経理部に投入する。

 その浜口に死んだコンサルタントの北条が乗り移り、美智子の相談にのる。美智子は資金繰り表の数字と通帳の残高が合わないという。

 即、北条は粉飾決算をしていると指摘する。
 花丸食品は弁当などを製造して、主にコンビニに販売している製造業。

北条は即座に、粉飾は「売掛金」「棚卸資産」「人件費」で行われているはずだから、それが示されている、「貸借対照表」「損益計算書」をもってこさせる。

 花丸食品は年間20億円の売り上げがある。月平均1.6億円。2か月以内に入金される契約になっている。ということは売掛金は最大で3.2億円となる。ところが「貸借対照表」には売掛金が4億円とありえない数字になっている。

 それで、売掛金先の会社を調べると、現在取引の無い会社が多数でてくる。
2年前の売掛金先をみると、全く同じ会社、同じ金額がのっている。

 銀行の回収不能先を回収可能としているのと同じ手口。

中小企業ではしばしばあるが、支払いを待ってくれと言われ、気のいい社長が、その関係からわかったと承知して、そのまま売掛金が回収されずに何年も引き継がれていっている。「貸倒損失」すべき金額なのである。

 そのほか、決算期末に注文も無い「お弁当」を大量に製造。当期の製造原価を膨らまし、売上総利益を増幅させる。そして決算月翌月の1日目で製造した「お弁当」は廃棄する。

 人件費は、子会社をつくり、製造人員はすべてその子会社からの派遣とする。消費税や社会保険料の負担をなくすため、毎年子会社を造り変える。

 会計を熟知している人には、こんなことは初歩の初歩なんだろうが、知識のない少ない私には新鮮だった。

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いしいしんじ   「海と山のピアノ」(新潮文庫)

 いしいさんは、他の作家のように頭で懸命に想像して世界を作り上げ描く作家ではなく、すでにいしいさんの頭に独自の世界がありそれを描写して物語を作る作家である。いしいさんには見えていて、そのまま描写でき、それが当たり前の世界だから、読者にわかるだろうと思い、物語を創作する。だから、いしいさんと同じように世界が見える読者には受け入れやすいが、まったく見えていない読者には拒否反応がおこり、読んでいても理解ができない状態になる。

 私は見えたり、見えなかったり半分くらい。この作品集も読んでいてもわからない作品があった。この作品集では「川の棺」が面白い。

 主人公は、ガーナの首都アクラでアフリカ関連問題の国際会議に出席する。そしてアクラのこみいった商店街のなかに変わった店があるのを発見する。

 極彩色に彩ったプラスティックの人形、大人2人分もある大きなビール瓶、それと同じ大きさの飛行機、それからまた同じ大きさのエビが店頭に並べられている。

 次の日、会議に出席していたダー君と運転手とともに同じ店に行き、店主にこれらは何か聞く。店主はこの店は棺桶屋で、亡くなったときに最後に入りたい棺桶を注文により作っている、つまり店頭にあるのも棺桶であると答える。

 主人公が店主にさらに聞く。今までに最も変わった注文の棺桶は何だったかと。店主が考えて「川」の棺桶だったと答える。その注文がきた村はアシュン村。場所は川をさかのぼり二俣になったところを右側に進めばあると教えてくれる。いわれた通り、右に進むと、また二股になる。そこを右に進むとまた二股になる。また右に進む。こんなことを繰り返していると、同じところを回っていることに気付く。

 で、船着き場のある岸に船をつけて、陸にあがる。そこに老人がいて、陸に上がった場所にある小屋で待つように指示される。

 そして夜がやってくると、ある老人の葬式が始まる。老人の棺桶は、どこからきてどこへ行くのかわからないが、棺桶の中に川が流れている。先ほど、待つように指示した老人が神魚といわれているエンドリケリーや子供たちが小魚を棺桶に入れると、どこに行くかわからないが、みんな泳いで消える。

 一緒に来た運転手の靴が盗まれる。翌朝、主人公と運転手は船着き場にゆく。途中川の中に、たくさんの死体が沈んでいた。川が棺桶、墓場になっているのである。一緒に来たダー君はもう少し村にいると言って帰るのをやめる。

 面白いのは、人間が生きているのと同じような世界が死後の世界にもあること。そこには、小屋のような結節点があり、そこを経由して死後の世界に行くこと。

 ということは運転手は靴を死んだ人に盗まれていたということになる。さらに、残るダー君はどうなるのだろうと心配にもなる。

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三崎亜紀   「ニセモノの妻」(新潮文庫)

 普通の夫婦の日常にズレが生じ、非日常が入り込む。それにより、巻き起こされる事態に対応する、少し切なく、しかしほほえましい連作短編集。

 本のタイトルになっている「ニセモノの妻」は、ある日妻が私は実はニセモノの妻かもしれないと言い出し、では、ホンモノの妻はどこにいるのか、それを夫婦で探そうとする物語。

 この小説も面白いと思ったが、発想がユニークで唸らせた物語は最後に収録されている「断層」。

 ある時から、妻に対する時間の速度と、夫に対する時間の速度に大きな差が発生する物語だ。妻の時間速度30分ほどが、夫では一日となる。

 妻は30分ほど何かをすると、少しいつも眠る。その間に夫は、会社にでかけ、仕事をして帰ってくるほどに時間が進む。

 大変なのは、妻が目覚めたときは、30分前と同じ状態になっていなくてはいけない。これが大変な作業となる。

 食材への対応が一番緊張する。

 自宅に帰る前に、必ずスーパーに寄る。その時には、いつも妻が寝た時の冷蔵庫の状態を記憶しておかねばならない。
 すでに開封済みの商品は、補充する分だけを購入する。

 しかし補充できる商品ばかりではない。
5日前に賞味期限が切れた牛乳は、新しい牛乳を購入して、残っていた牛乳と、新品牛乳の使用済み量を廃棄して、元あったようにせねばならない。
キャベツも購入して、使用済みの量まで減らして、減らした分は廃棄せねばならない。

 卵も新品を買って、未使用の4個を残して、6個は廃棄する

 未開封で、賞味期限切れの商品については、メーカーにお願いして、偽装日付けが貼られている商品を送付してもらう対応をとる。

 食材だけでなく、動かした置物や、衣装なども元の状態に戻しておかねばならない。

しかし、三崎はこんなことがおこったら、そのへんてこさを笑いで包み物語にしている。そのへんてこな状況が読みおわってもいつまでも残り少しくらくらした。

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佐々木丸美    「雪の断章」(創元推理文庫)

1975年出版、佐々木さんの処女作である。出版当時この作品は評判をとり、斉藤由貴主演で映画化もされている。この作品に続き、幾つかの印象的な作品を残すが、佐々木さんは2005年56歳の若さで亡くなっている。

 ということで忘れられていた作家だったのだが、最近見直され、創元推理文庫を中心に佐々木さんの作品が文庫化され再出版されだした。熱狂的なファンもいて、一部では佐々木さん研究が開催されている。

 この作品は、私の青春時代に作り出された作品だと実感する。パソコンを使わず、ペンで懸命に書き上げた香りがする。
 ゲームもなく、テレビのチャンネル数も少なく、金もなく、時間だけはたくさんあった。夜は車座になって議論やばか話、それか、一人じっと考えをめぐらして時間をつぶした。

 だから、物語は、会話より、物思い、心象を表現する部分が長く、重く描かれる。佐々木さんは北海道出身で札幌に住み、作品を書く。同時代に次々ベストセラーを世に送り出した同じ北海道出身の三浦綾子に作風がそっくり。ただし佐々木さんは、あくまでミステリー作家ではあるが・・・。そういえば、三浦綾子も文壇を嫌い交わりがなかったが、佐々木さんも同じだった。

 主人公の飛鳥は、孤児院で育てられ、5歳で大企業札幌支店長本岡の家に養女として引き取られる。今は無いとは思うが、当時は社会的地位の高い家にはお手伝いさんがいた。しかし、お手伝いさんにだす給金がもったいないと、孤児院から養女を引き取り、お手伝いさん替わりに使うことがよくあった。

 飛鳥もそんな意図で養女にされた。遊び、勉強はまったくやることができず、奴隷のような扱いにされた。

 これに耐えかねて、家を出て帰らない。ここで裕也という青年に拾われ、裕也のもとで生活するようになる。

 孤児院出身、本岡家での非人間的生活。このことが飛鳥の物事を考える視点、軸を形成してゆく。

 摩擦が起きる。あの人はこんな人だと思うが夜思い詰めていくと、次第に思うがとれて、こういう奴だと変わる。それが、事実をさらにゆがめる。そんなゆがみが、恐怖感を増幅させる。

 途中殺人事件が起きるが、青酸カリを飲ませ殺すが、飲ませたとみせる偽装を使い、実際に飲ませたところを見せないようにしたトリックにも感心した。

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中山七里   「総理にされた男」(宝島社文庫)

 全く売れない役者加納。ただ舞台劇の前座で、容貌としゃべり方が時の総理真垣とそっくりということで、真垣のまねをすることだけが取り柄の役者だった。

 ある日、真垣総理が難病を患い、公の活動が不能になる。官房長官の樽見が、加納の総理を演じる動画をみて、総理が回復するまで、加納に総理をしてもらおうと決め、加納を拉致し総理の影武者に据える。

 2-3日偽総理をしたら無罪放免となるはずだった加納。とんでもないことに総理が亡くなり、偽総理をやめることができなくなる。樽見の手回しで、亡くなったのは加納ということになってしまった。

 しかも、すべてを任せ頼りにしていた樽見までが、心臓発作で倒れ亡くなってしまう。

 加納は総理として東日本大震災の一年後、石巻を訪れる。復興予算として九兆七千億円の予算を組んでいるのに、復興が全く進んでいないことに驚き、どうなっているか調べると、各省庁が予算要望案で却下されていた案件を、復興支援という名目で流用して使っていたことを知る。

 これは、実際にあったことを物語にしている。復興支援に役立つということを頭につけ流用するのである。

 「反捕鯨団体の妨害活動対応費23億円、北海道の刑務所での職業訓練費3千万円、沖縄の道路整備六千万円、航空機設備費九十九億円、自殺対策三十七億円、NHK大河ドラマキャンペーン三億七千万円」など一兆円が使われていた。

 これに怒った加納は、官僚組織の改革を実行しようとする。しかし、国会議員は二世か官僚出身者ばかり。官僚出身議員が出身官庁とタッグを組んで改革阻止に動く。対決は熾烈だったが、加納が勝ち、改革が実行される。

 アルジェリアの日本大使館が過激派により占拠される。過激派の要求は、アルジェリア南部に展開する政府軍を支援するフランス軍の撤退。

 そして過激派は、撤退が受け入れられるまで、3時間ごとに拘束者を殺害。その場面を全世界に動画配信する。テロリストとの交渉ルートもないし、アルジェリア政府もテロには屈しないという姿勢。

 そして画面で日本人大使館員が射殺されるところが放映される。なすすべを日本政府は持たない。憲法九条で軍隊は持たず、交戦権は認められない。海外に自衛隊をPKO以外で派遣は認められないからである。

 追い詰められた加納は、自らが総理から身を引く覚悟で、自衛隊特殊部隊をアルジェリアに派遣する。日本人が4名殺害され残り日本人17名、現地人19名36名が人質にされていた。

 特殊部隊突入でさらに自衛隊員2名が殺害されたが、残りの大使館員は全員救出された。

マスコミも、議員の多くも、加納の対応に、日本を戦争に導くものとして一斉に非難。隣国中国、韓国も同じ論調で非難。

 国民もそれに同調するかと思われ、事実、国会周辺には毎日のようにデモが行われ、総理退陣の要求がなされたが、人数は200人程度だった。

 この物語。「国のかたち」がどうあるべきか真正面からとらえている。ズシンと重い小説である。

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宮部みゆき  「心とかすような」(創元推理文庫)

蓮見探偵事務所の蓮見所長、長女で事務所に勤め調査員をしている加代子、次女で美術関係の仕事を目指している高校生の糸子、それにジャーマンシェパードで元警察犬のマサが活躍する蓮見探偵事務所シリーズの連作集。

 「マサ、留守番する」が中では面白かった。

中年から老年近くなると、それまではほとんど無かったのだが、急に学生時代の同級会の開催案内が来るようになる。小学校から大学までは当たり前だけど、保育園の同窓会の案内にさすがに私は驚いた。

 こういう同級会は、そのまま学生時代に参加者を連れて行って、思春期、少年少女期に戻り、愉快で楽しいものだと思っていた。

 しかし、この作品では、今は地元の小学校の校長をしている中崎と不動産会社に勤めている藤堂が同級会で大ゲンカをする。藤堂はバブルがはじけ、勤めている不動産会社が明日にも倒産する状況で追い詰められている。一方、同級生で差もなかった、中崎が校長にまでなり名士となって現れる。これが憎いし、面白くない。

 加えて、藤堂の2番目の息子は、街の悪集団に加わり不良となり手を焼いている。この息子は小学校のとき、中崎が担任をしていた。中崎がいじめたおかげで、息子はぐれたと信じ込んでいる。

 普通は、そんな同級会には藤堂は参加しないと思うのだが、中崎に一泡吹かせようと、怒りを込めて出席する。

 長い人生を経て、大差がついた現在、そこに悔しさと怒りがこもり荒れる同級会もありえるのかと少し悲しくなる。

 この作品にハラショーという犬が登場する。飼い主が徹底的にハラショーをいじめる。食事もたまにしか与えない。やせ細ってゆく。ハラショーはいくらでも逃げる機会はあった。
 そして、ある日飢餓のまま死んでしまう。
いじめられても、ご飯が食べられなくても、主人に忠誠をつくしきるハラショーの姿。感動もするが痛々しい。

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| 古本読書日記 | 05:54 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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ガブリエル・ゼヴィン 「書店主フィクリーのものがたり」(ハヤカワEPI文庫)

 2016年、翻訳小説部門で本屋大賞を受賞した作品。

 主人公のフィクリーは、アリス島という小さな島で唯一の書店「アイランド ブックス」を営んでいる。もともと学生時代恋人だったアリス島出身のニコルに説得され連れて来られ2人で始めた書店である。

 そのニコルを交通事故で失い、がっくりと落ち込んでいた。そこに、書店に置き去りにされた幼児を見つける。一旦は警察官ランビアーズに捨て子を持ち込むが、決意して育てることにする。名前をマヤとつける。

 そのマヤや、フィクリーの再婚相手、出版社の営業女性アメリア、亡くなったニコルの姉イズメイ、それに警察官ランビアーズを中心として流れる人間模様を、美しい文章とくすっと思わず微笑ませるウィットをおりまぜ描く。

 やがて主人公のフィクリーが脳腫瘍を患い、日を追い言葉、記憶を失ってゆき亡くなる。妻のニコルは書店経営は無理と判断し、マヤとアリス島を去る。

 その時、警官のランビアースは定年で、教師だった妻のイズヌイも教師をやめ2人でアリス島から、暖かいフロリダに行こうと決めていた。

 そんなある夜、ランビアースが隣に寝ている妻に語りだす。

 子供の頃、本読みが遅くて、みんなにおまえは読書が嫌いなんだねと言われ、フィクリーに出会うまで本など読んだことはなかった。だけどマヤのことが心配で、本屋に行くとき、口実が必要だったので、フィクリーの薦める本を読み始めた。そして、俺は本屋が好きなったんだ。そして続く。

 「よくわからないけどな、イズヌイ。いいかい、本屋はまっとうな人間を引き付ける。フィクリーやアメリアのような善良な人間をね。おれは、本のことを話すのが好きな人間と本について話すのが好きだ。おれは紙が好きだ。紙の感触が好きだ。ズボンの尻ポケットに入っている本の感触が好きだ。新しい本の匂いが好きだ。」

 そしてランビアースとイズヌイはアリス島に残り、書店「アイランド ブックス」を引き継ぐことになる。

 この作品を読むと、誰もが本を愛し書店を経営したくなる。

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| 古本読書日記 | 07:29 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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ウィリアム・ゴールディング  「後継者たち」(ハヤカワEPI文庫)

 著者ウィリアム・ゴールディングは「15少年漂流記」の舞台を未来に置き換え作品にした「蠅の王」が有名な作家。アレゴリー作家、寓話作家の第一人者。1990年にはノーベル文学賞を受賞している。

 遠い将来を描く作品は多数あるが、この作品は過去にさかのぼり人類発生起源時代を舞台として描く。

 物語はマルという年寄りを首長として、おばあさんと称される女性、二組の男女、その幼い娘と赤ん坊で一族を成しているネアンデルタール人仲間と、猿人から発展した新しい人類の集団との争いを主に描く。

 読みこなすことが非常に難しい。というのは、どちらもまだ言葉の取得数が少ない。だから、体の動きにより、何をしようとしているか読者は想像して読まねばならない。しかもネアンデルタール人と新しい人類とは違う言葉を話す。コミュミケーションがとれない。作品はネアンデルタール人一族視点で語られる。だから、新しい人類の行動が何を意図しているのか、これも想像力を駆使しないと読者は読むことが難しい。

 ネアンデルタール人一族は、老人を首長にして組織、それに伴い個人の役割がはっきりしている。食料の分配も平等。そこでの、争いは皆無で、穏やかな平和の集団。

 何しろ、新しい人類集団より、矢の攻撃を受けるが、その矢は人類からの贈り物だと思い大切に扱うくらいだから。

 一方新しい人類は、野望、妬み、嫉妬が渦巻き、集団の中で、いつも争いが絶えない。リーダーの座もいつでも追い落とそうと狙っている者が多数いる。

 そして、争いは新しい人類が勝ち、ネアンデルタール人は絶滅する。

つまり人類は、殺戮、戦争、殺し合いという原罪を、この新しい人類より引き継ぐ。物語は勝った新しい人類が暗い未来にむかって歩みだすところで終わる。

 ネアンデルタール人というのは、現在の人類より頭が大きく、能力も優れているといわれている。ネアンデルタール人が発展して、今の人類になっていたなら、平和で穏やかな世界になっていたのではと思わせる物語だった。

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| 古本読書日記 | 07:26 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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北村薫    「朝霧」   (創元推理文庫)

 とにかく北村は古今東西の本、戯曲、それから古典、古典芸術をよく知っている。膨大な読書量。私も負けないくらい読書はしていると思うが、読んだはじからすべて中味を忘れる。しかし北村はすべてを自分の物にして、創造する作品のキーとして使う。凄すぎ。だから時に私のような知識の乏しい読者がついてゆけない場合がしばしば起きる。

 この作品は、評判の「円紫師匠と私」シリーズ5作目。私は大学を卒業して出版社に勤めている。

 連作小説、どれも味わいある作品だが、その中でも「山眠る」が印象に残った。

主人公の私が小学生の時担任だった本郷先生が、定年真近になりまた同じ小学校の校長先生として赴任してきた。その時には先生は有名俳諧雑誌の重鎮となっていた。

 本郷先生は公民館で俳句教室を開く。主人公の知り合いも含めたくさんの生徒が通っていた。

 しかし本郷先生はある日突然みんなの前で句作をやめると宣言する。そして最後の句を披露する。

 「生涯に十万の駄句山眠る」

精魂を込めて詠み続けた10万余にわたる駄句。その痛恨の思いこもった最後の句で、雪山に10万を超える駄句を葬ってしまい俳句の人生。その情熱のこもった俳句人生も埋葬してしまおうという本郷先生の決意の表れた句だ。

 しかし、この句が最後では辛いとみんなが悲しむ。

冬のある夜、私が偶然先生と出会う。私が寂しいと先生に言う。
 先生が想いを語る。
「-幼い芽が水を欲しがる。そうすると春の陽が少しずつ、山の雪を溶かす。雪は水となって流れ、地を潤す・・・」
 私が答える。
「・・・すみません。今思っていることが、上手く言えません・・・」
 先生が心のこもった言葉を言う。
「ありがとう」と。

 埋葬した雪山の駄句も、春になると溶けて新芽がでてくる。
北村は下手な説明はしない。しかし読者には、これだけで、先生はまだ俳句を詠み続けるだろうということが伝わってくる。

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| 古本読書日記 | 06:33 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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大倉崇裕   「福家警部補の再訪」(創元推理文庫)

 倒徐法推理小説中編集。倒徐法というのは、最初に犯人視点で事件が描かれ、その後刑事などが事件を捜査し、犯人を突き止めるというスタイルの作品。

 この方法で誰もが知っている作品が「刑事コロンボ」。このスタイルの作品は、読者がすでに犯人を知っているため、追い詰めてゆく過程を刑事視点のみで描写すると、だらだらと続き、しまりが無くなり、緊迫感がでず、結構テクニックとしては難しい方法である。

 作品は「刑事コロンボ」とよく似ている。
まず、犯人がその道で功成りを遂げていて、尊敬されていたり、金満家であるところ。それに引き換え追い詰める側はコロンボもそうだが、小柄でコートもよれよれ、風采があがらない。この作品のコロンボ役の福家警部補も、女性なのだが小柄でどこからみても刑事とは思えない。しばしば身分証を忘れ、事件現場にいれてもらえないなんてことを起こす。

 そして、何よりもコロンボ同様に上手なのが、繰り返し犯人と対面して、段々犯人を追い詰め緊張感を高めてゆくところ。

 藤堂という売れっ子脚本家が、三室という役者志望の男を別荘に呼び、この三室を藤堂を監禁した誘拐犯にしたてる。最後は三室が所有していた銃を奪って、藤堂が三室を射殺。しかし正当防衛だったとして乗り切ろうとする。

 藤堂が誘拐事件の脚本を書く。そのオーディションがあり、練習をしようと三室をおびきだす。そして藤堂が被害者、三室が誘拐犯で、ドラマの練習をする。

 その練習を藤堂が隠れ録音し、しかも臨場感をだすために、三室に藤堂は手首を縄でしばらせる。

 藤堂は事務所に電話して、吹き込んであるテープで誘拐、脅迫の三室の声を聞かせる。また警察がきたとき、手首の縛られた跡を見せて、ずっと縛られていたと証言する。

 別荘に向かう途中、藤堂は三室にコンビニに立ち寄らせ、夕食を購入させる。この時、三室は夕食以外に、おまけつきののど飴を買う。のど飴についているおまけの評判が拡がっていて、三室が収集していた。そのときのど飴は不要だから、コンビニの屑籠に捨てる。

 福家警部補がその事実をつかみ、藤堂に、誘拐犯がコンビニでわざわざそんな目立つ行動をするわけがないと藤堂に詰め寄るところから福屋の攻撃が始まる。そこからのコロンボばりのしつこい波状攻撃が卓越し、読者をひきつけ離さない。

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| 古本読書日記 | 06:30 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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マーク・ハッドン  「夜中に犬に起こった奇妙な事件」(ハヤカワEPI文庫)

 この物語の特徴は15歳の発達障害の子供が書いた小説となっていること。発達障害といっても、幾つか種類はあるかもしれないが、発達障害を持つ人が、他人や社会をどう認識しているか、思考方法はどうなのかが生々しく描かれ、非常に興味深い作品になっている。

 小説は世界で大ベストセラーとなり1000万部以上売れ、数々の文学賞も獲得。映画化もされ、日本でも舞台ドラマ化された。

 物語は15歳の主人公クリストファーが、彼の家から近い家の犬が耕作用のフォークで突き刺され殺されていることに出くわし、彼はシャーロック ホームズが大好きで、ホームズのように自分も探偵になって犯人を捜す、その過程を描く。

 聞き込み、調査の過程で、父親から母親が死んだと聞かされていたが、それが嘘だということを知る。そして、犬が殺された家の夫と母が駆け落ちをしてロンドンにいること、父親は犬が殺された家の妻と再婚しようとしていること、それで父親を問い詰めると、父親が自分が犬殺を殺したと告白する。
 絶望したクリストファーは父の家をでて、ロンドンの母に会いに行く。
 物語のあらすじは以上。

しかし、小説がクリストファーが描き、しかも彼が発達障害で一般の学校には通っていなくて、特殊学級の生徒であることが際立った特徴を示す。

 このクリストファーは、まるでコンピューターのような思考、行動をする。
2の45乗の計算をさくさくする。異常な記憶力。世界のすべての国の国名と首都を知り、7507までの素数をみんな言える。

 それから、想像する風景の記憶が無い。例えば、私たちは本を読んだりしてその情景を浮かべ記憶として残す。しかし、クリストファーは見えたことしか記憶しない。それも、一枚一枚写真のように積み重ね記憶する。

 物をどこかに置き忘れてしまうということが無い。置いたときの記憶を写真のようにとりだし場所を特定するから。

 すべての思考は論理の裏付けがあって成り立つ。感情、気分での思考は無い。だから、人の表情を感じ取ることが殆どできない。

 一日のスケジュールを、それこそ分単位に細かく決め、その通りにできないと混乱する。
赤は大好き、黄色が嫌い。人に触られるのが受け入れられず、少しでも触られると、反射的に殴る。

 発達障害の人の特徴思考、それによって引き起こされる摩擦が全編にわたり繰り広げられる。その描写、表現が素晴らしく驚愕する。

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| 古本読書日記 | 06:21 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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小川洋子    「琥珀のまたたき」(講談社文庫)

 小川さんは、思春期の頃、「アンネの日記」に心を打たれ、作家を目指した。そして、今でも、創作の原点に「アンネの日記」がある。

 この作品はその原点「アンネの日記」を彷彿とさせる。

公園に散歩にでかけた母親と4人の子供たち。3歳の末娘が野犬に襲われ命を落とす。それで、残った子供3人は母親と、父が残した別荘に引っ越す。

 野犬はここでは魔犬と称され、どことなくナチスを思い出させる。だから、その時から残された子供3人は母親の命令で、本名を隠し別の名前を変えさせられる。長女オパール、長男琥珀、次男瑪瑙と。そして魔犬のえじきにならないために家から一歩も出ないよう、さらに話す声は極力小さくすることをと厳命される。

 そして、母親は昼間温泉療養施設で働き、子どもたちは別荘に幽閉された生活が始まり、それは6年半続く。

 電話も携帯もテレビも楽しいおもちゃもゲームも何もない。

私の子供の頃も同じ。それでも、子供というのは創意工夫の力が旺盛で、姉弟でいろんな遊びを創り楽しむものだ。我が家でも兄が車のナンバーの4桁の数字を使い、四則計算をして結果10になる遊びをさせた。早く10にした者が勝ちというわけだ。車が通るたびに、この遊びに熱中した。今でもその癖が抜けず、車のナンバーをみると無意識に計算を始める。

 父親の残した膨大な数の図鑑を使い、それをめくりながら質問をだし、即座に回答する。あるいはオリンピック出場選手になったつもりになり、インタビューを受けたり、子供たちで合唱したりと。

 また、琥珀の左目は、図鑑をめくるたびに、ある像がみえる。その像をページの余白に描く。

 こんな生活も、やがて水道の検針員に発見され、終止符を打つ。
オパールは逃げ、失踪する。琥珀は保護施設に収容される。瑪瑙は、一旦保護施設に収容されたがその後里子だされる。

 母親は、救出時、踊り場で首を吊って自殺する。琥珀は、母親の言いつけを守って、机の下に隠れていて、母親の死をしらなかった。

 検針員が声をかけるが、何の返事も無い。しかし、それは検針員の誤解だった。声を出してはいけないと母親のいいつけを守っていたため、耳を澄ましても聞こえないくらいの声しかでなくなっていた。

 3人の子供たちの日常は楽しいものだったが、常に恐怖がとりついている、厳しい生活だったことがわかり、胸が痛む。

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| 古本読書日記 | 06:39 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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小川洋子 東川篤哉他   「世にも不思議な動物園」(PHP 文芸文庫)

 動物をテーマに5人の作家の作品競作集。
結構シュールな作品が多く評価が難しい。その中でもわかりやすかったのが東川篤哉の「馬の耳に殺人」

 深夜零時ごろ、太田と白崎は車で田舎を走っていた。コンビニにより酒を買い込み、車に戻ろうと夜道を歩いていると、反対方向から馬が猛スピードで走ってくる。すんでのところで体を躱してよける。馬には競馬の騎手のような体勢で男が乗っていた。

 翌朝、高校に行こうと陽子が家をでると、馬が一頭通りを歩いている。馬は清水牧場で飼っているロックだ。陽子はロックに乗り学校へ行こうと思いロックにまたがる。しかし、ロックは学校へは向かわず、反対方向に走りだす。そして通りから離れて、黒沢沼に向かう。

 黒沢沼でロックは止まる。そのロックの脇に男性が倒れ死亡していた。清水牧場のオーナー清水隆夫だ。それに、牧場で働いていた村上が行方不明になる。

 陽子の家も牧場を経営している。ここにルイスという15歳になるサラブレッドがいる。
この作品の名探偵がこのルイス。

 滋賀の栗東トレーニングセンターで調教されていた関西馬で陽子にたいして関西弁で話す。もちろん陽子以外には、聞こえない。

 ルイスは、陽子が小柄なのにあぶみの位置がぴったりあっていること、太田、白崎が見た馬上の人間が、腰を浮かせ気味で、競馬のジョッキーのようなモンキー乗りをしていたことから、推理する。

 ロックに騎乗していた人は、騎乗する前に殺され死亡していた。殺されたときは、椅子に座らされていて、殺されても同じ状態で放置されていた。やがて死後硬直がはじまり、椅子に座った形で、ロックに乗せられた。

 だから鐙の位置は、小柄な陽子に合っていたし、騎乗している姿が競馬のジョッキーのようだったのだと。

 さすが、一流ミステリー作家の東山。仕掛けの構図が見事でしかも美しい。

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| 古本読書日記 | 05:57 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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米澤穂信   「さよなら妖精」(創元推理文庫)

物語の舞台は、人口10万人ほどの地方都市藤柴市。主人公の高校生守屋路行が、女友達である太刀洗万智と帰宅する途中、雨宿りをしている少女マーヤと出会う。

 マーヤは日本を学ぶために、2か月間の期限で旧ユーゴスラヴィア(物語ではユーゴスラヴィアは存在している)からやってきていた。

 ユーゴスラヴィアは第一次大戦後の1929年に独立して2003年まで続いた。国は、もともと6つの共和国から成り立っていた。
 スロベニア、クロアチア、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ、セリビア、モンテネグロ、マケドニアである。ユーゴに統一されても、それぞれの国は独立して個別に経済体制を敷いていた。

 ユーゴはパルチザンとして戦った偉大な指導者チトーにより国家は維持されてきた。しかしチトーが没してから、各国の独立機運が高まり、内戦が勃発して、国は崩壊した。

 物語は最初、マーヤと守屋、太刀洗を中心とした仲間たちの異文化交流が描かれる。街の名所旧跡を訪れたり、裏山に登ったり、伝統的祭りに参加したり。それなりに、文化、風習の違いや、あどけない純真なマーヤの好奇心一杯の立ち振る舞いが面白いのだが、それが延々と続き、こんな交流物語で終わるのかと少し辟易としていた。しかし、この交流で交わされる内容が、謎を解くカギになっていて、それならもう少ししっかり読み込めばよかったと後になって後悔した。

 滞在期限が2か月とせまり、マーヤはユーゴに帰る日が近付く。しかし、その時、ユーゴでは激しい内戦が勃発していた。守屋はマーヤに帰国することをやめるように迫るが、マーヤは帰りますと譲らない。

 守屋はぬくぬくと親の庇護のもと、成長してきた。しかし、内戦とマーヤをしり、ユーゴに関する本や情報を徹底的に集め、読み込み、現状の自分を脱するためにユーゴにマーヤと行こうとする。
 しかしマーヤはユーゴは今は観光でくるところではないと拒否される。守屋には「観光」と言われ強い違和感を覚えるが、それを跳ね返し、マーヤを説得する言葉が無い。マーヤにどんな気持ちでユーゴに来ても、それは観光でしかないことを見透かされている。

 マーヤはユーゴに帰ったら、必ずみんなに手紙を書くと約束して帰国したが、待てど暮らせど手紙は来ない。

 マーヤは自分の住んでいる国、都市をみんなに明かさなかった。そこで、守屋の推理が始まる。その国、都市を特定するために、長々と描かれた交流物語にヒントがちりばめられていたのである。

 そして、それが紛争で大量難民と死者を出している、ボスニア・ヘルツェゴヴィナの首都サラエボであることをマーヤ帰国一年後に到達する。

 何が何でもサラエボに行こうとするところに、万智がやってくる。実は万智はマーヤから故郷の住所を聞いていて、手紙を書きその返事を入手していた。しかしそれはマーヤからでは無かった。マーヤはすでに首を撃たれて死んでいた。

 あれだけ多くのユーゴを知り学んだのだから、その情熱が燃えているうちに、どんな困難が待ち受けていても守屋にサラエボに行ってサラエボでマーヤの死を知ってほしかったと心より思った。

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| 古本読書日記 | 06:07 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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坂木司    「何が困るかって」(創元推理文庫)

 日常に溶け込んでいるように見える人や出来事を拾い上げて、別の角度から照らしたりして、ちょっとしたミステリーに仕立て上げた短編集。

 最後に収録してある「神様の作り方」が印象に残った。神様ってどうしてできてきたのだろうか。きっとこんなんだったんじゃないという物語。

 主人公はガードレールに花束を買ってきてくくりつける。これに呼応して誰かフォローワーがあるんじゃないかと期待したのだが、誰もない。そこで、ぬいぐるみと人形を買ってきて、花束とともにガードレールに添える。すると、2週間後に小さな花束が添えられている。

 主人公はやったと小躍りする。

 主人公が幼稚園児の黄色い帽子を拾う。帽子には「あき」と書かれている。そのままでは、個人を特定してしまうので「え」の字を追加して「あきえ」にして、添える。
 すると、供え物が次々添えられる。

 主人公はチョコレートが好きだったので、チョコレートを添えると、たくさんのチョコレートが続いて添えられる。

 20年、30年とずっと主人公はお供えを続ける。すると手を合わせる人が絶え間なく続き、あきえが実在していたことになる。

 主人公もあきえが存在していたように思うようになる。

 そして50年後、主人公はお供えのもとに跪き、滂沱の涙を流しながら「神様、神様、神様、あきえを返して」と叫ぶ。

 そこにある人が通りかかる。そして主人公に言う。
「あなたは神様を信じますか。」
主人公は強く首を縦に振る。

ふりかえると優しく穏やかにほほ笑む青年がいた。神様が生まれた瞬間だ。

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藤本義一    「鬼の詩/生きいそぎの記」(河出文庫)

 藤本義一は大学生の時、あちこちの脚本の懸賞募集に応募を繰り返していた。同じころ、やはり応募を繰り返していたライバルが井上ひさしだった。

 ある日、宝塚撮影所の入り口の張り紙に目が止まる。
「思想堅固でなく、肉体脆弱にあらずして、色を好み酒を好んで、金銭欲多少ある者を求む。
 監督室、股火鉢川島」

 周囲や映画関係者から反対された。川島の下についた者は、殆ど精神に異常をきたし、自殺した者もいたからだ。しかし、その張り紙に導かれるように藤本は監督室へむかう。

 土間の小さな部屋に確かに股火鉢をしていた男がいた。それが監督川島雄三だった。

川島に連れられ、川島の定宿にゆく。そこで、弟子になるのだからと思い、背広を取ってハンガーにかけようとする。その背広を手で取ろうとすると、ハンガーに背広がすでに乗っているように、くるくると背広が丸まる。変だとは思ったが、そのまま背広を取ろうとすると、ハンガー部分が引き抜けない。それで背広のなかをみると、小さくなった川島が背広の下にいる。ハンガーとおもわれたものにはゼンマイがついていた。

 川島の歩き方は確かにおかしくペッタン、ペッタンと音を発して歩く。
 川島は不治の難病筋萎縮性側索硬化症を患っていた。筋肉がどんどん縮む病だ。それを隠すために背広の中に仕掛けをしていた。

 川島は、同じ故郷出身の太宰治を毛嫌いしていた。その反対に大阪の作家織田作之助に傾倒していた。太宰は、津軽弁を捨てて、東京弁で物語を描いた、一方織田は関西弁を使い関西に根差した小説を書く。そのことにより、太宰は大流行作家となったが、織田は文庫もでない貧乏作家となったから。

 織田が倒れ病院にかつぎこまれた知らせをうけたとき、川島は銀座で飲んでいた。あわてて、花屋に寄り、その店の薔薇の花をすべて買って、病院に急ぐ。しかし病室には入れなかった。鉄格子が張られている病室で織田は亡くなる。
 そして、川島はそのとき、全部の薔薇の花を食べた。

川島は藤本義一のみならず、名監督今村昌平、中平康を育てた。

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石井好子    「私の小さなたからもの」(河出文庫)

石井さんは、日本シャンソン歌手の草分けで大御所。

1950年、戦争直後アメリカに旅立ち、サンフランシスコでジャズやダンスを習い、そこからニューヨークに行きシャンソンを習ったり、ブロードウェイで観劇をして暮らし、その後大西洋を渡り、パリにゆき、そこで小さなクラブにスカウトされシャンソン歌手としてデビューする。日本だけでなく、ヨーロッパでも名を馳せたシャンソン歌手である。

 この本は、エッセイストでも活躍した、石井さんのエッセイ集。

 石井さんは生涯自動車免許を持たなかった。
しかし、戦争直後、東京三田の教習所に通った経験がある。

そのころはタクシーも木炭車といって、背中に木炭を背負い、それを燃やして走っていた。当然教習所の車もすべて木炭車。何もない占領下だったから、車はがたがた、扉も閉まらないものが多かった。だから、ギヤを入れ、アクセルを踏んでも走りださず、胴体がブルブル震えるだけ。また、運よく走りだしても、ブレーキは、よほどコツをつかんで踏まないと車は止まらない。また、急ブレーキと踏み込んでも、その通りに車は動作をしない。

 それで、石井さんは5.6回教習所に通ったが、こんな状態で免許をとっても、運転するような車が無いということで、免許取得は無駄と思い、教習所をやめた。

 しかし、こんな状態で、どういう基準で免許が取得できたのだろうか。現在の車社会では想像できない時代があったのだ。

 石井さんは女生徒のころルパンに熱中して読んだ。ストーリーの面白さもあるが、それより颯爽と活躍するルパンに憧れ、ルパンのような男性を恋人にしたいと思ったから。

 ルパン。私も読んだが、「地獄罠」や「ルパンの結婚」などでは、ルパンが事件の解決で追い詰められると、美女が、いつもルパンに寝返って、危機を脱出して事件を解決した。

 私には嫉妬心がおこり、都合よすぎるじゃないかといつも読み終えると怒りを少し覚えた。

 石井さんも、40年後になってルパンを読み直してみたが、その都合のよさに引いてしまったと書いている。そうですよ。ようやくルパンの本性を知りましたかと私はほくそえんだ。

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浅田次郎    「獅子吼」(文春文庫)

胸に迫りくる珠玉の6編の短編集。
最も感動したのが、「流離人」。

主人公が、秋田のJRの地方線を旅していると、老人が一杯やりましょうと向かいの席に座ってきた。すこし戸惑っていると、名刺をだす。「沢村義人」とだけ書かれている。そして自分のことを聞いてほしいと言って話をしだす。

 沢村は昭和20年学徒出陣で学生でありながら出征することになる。留守部隊に赴くと部隊長から「関東軍に転属を命ず」と口頭で辞令を受けわたされる。将校の辞令は、秘密を守るためすべて口達に変わったのだと言われる。

 しかも関東軍に出頭する日も、交通網が時間通り動かないので、指示されない。

釜山桟橋駅から関東軍総本部のある新京までは30時間。
列車に乗ると、将校の軍服を着た軍人が乗り込んでくる。自己紹介を沢村がすると、自分は桜井中佐と答える。一緒に新京まで行くのかと思ったが、桜井中佐は新京の大分手前の公主嶺に独立守備隊があると言って降車する。

 沢村が新京に到着し総司令部に行き、桜井中佐のことを話すが、誰もそんな人は知らないと言う。そこで、沢村はチチハルにある第四司令部転属をこれも口頭で辞令を受ける。新京からハルピンまでは7時間。

 するとその列車でも桜井中佐に遭遇する。中佐に「中佐もチチハルに行かれるのですか。」と聞く。
 中佐は「チチハルには行くが、そこが最終地ではない」という。

 沢村は、日本を出て、新京に着くまでの難行を話し、最終地のチチハルに到着するまで一か月以上かかりそうと言う。

 すると桜井中佐が言う。
「一か月が何だ。私は最終地に参着できないまま2年以上さまよっている。」と。
「そんなこと続けて、どうやって寝食をまかなっているのですか。」
中佐で将校なので、どの部隊に行っても、食事も寝場所を提供してもらえると答える。

途中の奉天駅で中佐が下りる。そのとき中佐が言う。
 「戦争が終わるまで迷子になっておれ」と。
沢村も思わず答える。
 「中佐も死なないでください。」と。

列車が走りだす。沢村は、窓を開け中佐に向かって敬礼をする。
 中佐は帽子をとり、体を90度傾け半白の坊主頭を深々と下げた。

沢村は「死ぬなよ」という口達を絶対守ると誓った。

 釜山桟橋駅から新京まで走る列車は「のぞみ」と「ひかり」。この本を読んだ直後新幹線に乗った。兵隊になって死に向かってゆくのではないかと一瞬思った。

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石持浅海    「まっすぐ進め」(河出文庫)

 日常に起きる不思議な出来事の真相を主人公川端が解き明かす連作短編集。
また、この作品集は一方で、美しい恋愛小説にもなっている。

 主人公川端直幸には、同期で入社したが転職した黒岩正一という友達がいて、時々出会って飲みにゆく。黒岩には同じ会社で知り合った千草という恋人がいる。
 黒岩、千草カップルの紹介で、黒岩と同じ会社に勤める高野秋と知り合い、川端と秋は恋愛関係となる。

 黒岩と千種が結婚の意志を決め、黒岩が千種の実家にゆく。そこで、千種の母から、父から黒岩へと託された品物が渡される。

 実は千種の父は10年前急性白血病で他界している。

 黒岩に渡された遺品は、16本もフレームがあるがっしりとした傘だった。なぜ黒岩に渡されて品物が傘だったのか。また、千草には兄がいて、先年結婚をしている。遺品が兄ではなく、なぜ千草だったのか。

 黒岩が推理する。
「傘を結婚生活だと思うと、お父さんの考えがわかってくる。二人で一つの傘の中にはいる。それは一つ屋根の下で生活することを表しているんだろう。その屋根が安っぽい500円のビニール傘というわけにはゆかない。しっかりとした頑丈な傘でなければならないと。」

 確かに納得はできるが、それなら別に兄さんにあげてもよい品物、それがどうして千草に。

その時川端が「傘を開いてみるとわかるよ」と言う。
 黒岩が傘を開く。中から古びた写真が一枚舞い落ちる。
その写真は、千草と父が写っている写真。千草が中学生の時。しかも父は古い傘をしっかり千草にさしかけている。

 川端が言う。
「お父さんは、古い頑丈な傘で千草を守ってきた。亡くなっても、ずっと傘をさしかけ千草を守った。傘を開いた人が、お父さんからしっかり引き継いで、そこからは千草を守ってほしい。だから、遺品の傘とともに、千草を引き継いだのだ。」

 なかなか素晴らしい黒岩への贈り物だ。

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| 古本読書日記 | 06:36 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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津村記久子    「この世にたやすい仕事はない」(新潮文庫)

 主人公の私は、就業、失業を繰り返している。就職するが、会社側の都合だったり、自分には合わないと思ったりして、一年位勤めては失業して、ハローワークに職を求めて通う。

 ハローワークには親身に相談にのってくれる相談員の正門さんがいる。
それにしても、小説だから仕方ないと思うが、普通は勤め始めたら、少し辛くても我慢して働こうと思うものだが、時代背景なのかころころ転職しても再就職できるから、こんな小説ができるのだろうか。

 これは面白そうと思って読み始めたのが2作目の「バスのアナウンスのしごと」だ。

主人公の私の住む街には、循環バスの「アホウドリ号」が走っている。停留所と停留所の間に、近くの店の宣伝をしている。

 こんな感じ。
「私のお店、もう少し広いほうがお客さん来るかな?子供が大きくなったから、そろそろ住み替えなくっちゃ。そんな時は、丸本ホームにご相談を!看板のゴリラ君も、丸本ホームにお願いしてよかったって!ウホウホ。」

 広告募集は、タウン誌や回覧板にのせる。それで、応募があると、店の特徴を聞き出し、それを織り込んで私に仕事を教えてくれている江里口さんが原稿を創る。

 停留所間で広告が収まらねばならないので、三つまでの広告が流れるようにする。

江里口さんの原稿ができると、経理部にいる香取さんがいやいや言いながら、可愛らしい声で吹き込んでくれる。それを「アホウドリ号」に送信する。

 この仕事についたとき、上司の風谷課長より、江里口さんにおかしいところがないか見張って、報告をしてほしいと言われる。どんなこと?聞くと、課長は
 「ないじゃないかと思っていたら、ちゃんとあったりするし、なくなってしまったら、本当になくなってしまうし。」とわけのわからないことを言う。

 変なことを言うなと思って観察するがどういうことかわからない。

ある日、江里口さんが原稿を書いたフラメンコダンススタジオ、私がバスで場所を確認してみると、そんなスタジオは無い。しかし、黄色の膜がはられ、スタジオになると書いてある。そして、そのスタジオ広告が消されると、スタジオは閉店。また広告をアナウンスするとスタジオが復活する。

 江里口さんが絡むと、こんな状況を繰り返す店ばかりになる。

これは、面白い。津村さんは、この落とし前をどうつけるかと読み進むと、突然話は、不審者小学生通り道に出没する話に変わり、落とし前はつかずに物語は終了。拍子抜けした。

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| 古本読書日記 | 06:07 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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山本七平     「『空気』の研究」(文春文庫)

1977年に出版された作品である。発売された当時読み、新装版になって、懐かしくなり再読してみた。

富山県神通川の上流域に鉛を産出する神尾鉱山があった。そこの流域の住民に、あちこちの骨が容易に骨折し、激しい痛みが全身を覆い、亡くなってしまう人々が大量発生した。

鉛を算出する際発生するカドミウムが無制限に神通川に流れ込み、それを流域の人々が長い間飲み水にして飲み、腎臓が破壊されるために発生した公害であった。強烈な痛みを伴うため通称「イタイイタイ病」と呼ばれ1968年に公害として認定された。

 この作品を執筆する3年前、ある人が著書山本を訪ねてやってきた。その人は分厚い本を持っていた。自分は研究者で、この本は「イタイイタイ病」の原因はカドミウムではないことを証明している本だと言い、そして、後日そのことを説明する。それまでの間、この本を預かってほしいと。

 山本は化学の専門家でもないし、知識も無いから無意味として預かることを固辞した。
そして、それが本当なら、本を出版して世の中に発表すればいいのではないかと問うた。

 「社会もカドミウムが犯人として認知しているし、厚生省も判断したし、裁判でも負けました。とても今の『空気』では、出版できません。『出版』すれば、社会やマスコミから袋叩きにあいます。
 社外のみならず、社内でもとても、とても・・・会社のトップも『今の空気では書類はすべて破棄せざるを得ない』と言う。マスコミがカドミウムって何だと聞くから、カドミウムの金属棒をマスコミの前で安全ですよと言ってなめてやる・・・マスコミ全員が恐ろしがって逃げてしまう。」

 鉛は全世界で採取されているが、神通川流域でしか、「イタイイタイ病」は発生していない。欧米のマスコミは科学を求める。

 だから質問する。
「科学的証拠があるのか」
「証拠は全くない」
「全く証拠が無いのに、どうしてだれがカドミウムが原因と決めたのか。」
「誰でもない。『空気』が決めたのだ。」

『空気』は都合がよい。誰も責任をとることなく、重要なことを決めることができる。

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櫻井よしこ    「日本の未来」(新潮文庫)

 この本は2015年の、世界情勢、政治情勢を背景にして書かれている。まだトランプは登場していない、オバマの時代。

 2015年当時は中国が、南シナ海の海を自国領土と宣言して、埋め立て地をどんどん作り、軍事基地化した。また、中国主導の国際的投資銀行(AIIB)を設立し日本、アメリカはこの投資銀行に加わらなかったが、多くの国々、とりわけイギリスをはじめ欧州各国がこの銀行に参画し、領土だけでなく金融面でも覇権を握ろうとする中国のプレゼンスが急激に増した時代だった。

 現在でも一帯一路政策など中国の野望は当時と変化は無いが、オバマ大統領が中国と融和を第一の政策として掲げ、中国の野望に対し何の対応もしなかったが、トランプ時代となり様相が少し変化してきた。

 トランプは中国に対峙し、物も言うし反中国政策を推進しようとしている。2015年当時は高慢な態度ばかり目立った習近平が、最近おろおろしている態度が目立つ。その変化には驚く。

 オバマまでは、日本が軍事力増強したり憲法改正をしようとすると、必ずアメリカが干渉してきて不快感を示してきたが、現在は日本は独立国家として独歩道を歩んでもよいというふうにアメリカが変化してきた。

 本書は2015年の状況を反映して、中国の覇権主義を一貫して非難。日本の対応について情熱をこめて論じる部分が大半になっている。

 その中で、注目したいのが農協改革についてである。
驚くことに長野県川上村の農民は農協から脱することにより、高級レタス生産販売で2500万円/軒の収入を実現している。

 農協には、実際農業に従事している正会員が467万人、一方農協より生活用品などを購入している準会員が517万人いる。農協ではこれらの会員を中心にJAバンクにお金を集め、郵便局を除けば、資金量は90兆円で、三菱UFJに次ぐ第2位のメガバンクとなっている。

 しかしその資金は正会員への貸し出しはわずか2%、準会員に30%、残りは有価証券運用か株式投資である。

 各地域農協の理事を占めるのは、その地域の農業従事者で経営感覚など殆ど無い。しかも、人員は農業が盛んだったころの人数で運営しているため、人件費が嵩み、結果農家へ販売する農機具の価格が、市価の40%増しになっている。

 何しろ、農業従事者の数より、農協職員の数のほうが多いと言われているのだから。

 農産品の市場を開放すると、農業は致命的打撃をうけるというが、2014年から15年で比較すると輸出は畜産品で5.1%,穀物が35%、野菜果実は44%も増加している。

 官僚組織より硬直化が進んでいる農協の頚城から、少しでも農業を解放してやれば、農業の明るい未来が見えてくるのではと思う。

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森絵都     「みかづき」(集英社文庫)

森さんはチャレンジャブルな作家だ。この作品はどちらかと言うと社会では必要悪と思われている進学塾を扱い、しかもそれが「塾」という名称を初めてつけた進学塾を日本で立ち上げ、それを継いで3代にわたる大河物語に仕立てている。

 会社で働いていたころ、フランスに工場を作ることになり、その申請に不明点があって、フランスの官僚にお伺いをすることになった。そのとき、担当官僚が11時から30分間を指定してきた。それなら、打ち合わせの後、昼飯でもどうかと提案したところ、「何を言ってるのだ。空いてる時間は夜の11時だよ」と言われ驚いた。

 フランスは超エリートを育成して、それ以外の人たちはそのエリートについてゆき、国家や大企業をまわしてゆくという運営をとっていることをその時知った。エリートは国を引っ張る気概も責任感も意志も強固で、全身全霊を傾け、それこそ24時間身を粉にして働く。

 この作品で、今は否定されているが、一時期日本がゆとり教育を採用、その目的はフランスの方法を採用することにあったと書かれている。

 極少ないエリートだけを徹底的に教育、その他の人たちは、せいぜい読み書きそろばんができれば構わないという教育をして、一般人はエリートの指導政策に従う国家を作ろうとした。

 ゆとり教育の内容はよくわかったが、ゆとり教育を採用していた期間エリート教育はどのようにしていたのかこの作品ではよくわからなかった。

 物語は、学習塾を始めた吾郎、千明夫婦の苦闘、そして方針の違いで離別という、波乱の人生を描いたところも楽しめたが、孫の一郎の活動が感動的でよかった。

 塾というのは、高校、大学と難関を突破するために学ぶのが目的の第一ではあるが、もう一つ大事な目的、学校の勉強についていけない学生たちの学習の理解を深めることがある。、落ちこぼれ生徒に対して補習を設けている塾も多い。

 ところが、家計の収入の関係から、この補習塾にさえ通えない子供たちがたくさんいる。学習の理解度は、親の収入の多寡で決定されるというのが現状である。

 一郎は、教育の機会均等になっていないということで、無償で補習をする塾「クレセント(三日月)校」を立ち上げる。
 多くの塾生が集まるはずだったが、一人も来ない。何しろ塾に行くまでの電車賃が払えないのだから。

 そこで、ある人のサジェッションにより市の福祉課を訪ねる。民生委員のネットワークで生徒を集める。

 私の小学校時代に「綴り方教室」という映画を見せられたが、そこで生徒が書いた作文を、勉強嫌いの子に徹底して繰り返し読ませ、集中力をつけ学ぶことを根気よく教える。

 その子が試験で飛躍的に得点があがる。先生がその子を叱る。「カンニングはしてはいけない」と。母親もその子を叱る。その子はカンニングなどしていないと訴えるのだが誰も信じない。

 「綴り方教室」で徹底的に習った文章表現で、先生に自分はカンニングはしていないと手紙を書き訴える。先生はそれで、その子に申し訳ないと謝罪をする。

 だめと烙印を押された子をすくいあげてやる一郎の姿勢。これが教育だなと心底感じた。

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