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2018年10月 | ARCHIVE-SELECT | 2018年12月

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宮本輝   「長流の畔 流転の海 第八部」(新潮文庫)

小説「流転の海」を書き始めたのは、宮本輝34歳の時。それから35年間かけて第八部の本作まで到達した。長い道のりであったと宮本は述懐している。この後、最後の仕上げとして最終巻、第九部「野の春」を書き始めているとあとがきで宮本は書いている。

 演歌という歌謡曲のジャンルが退潮して、主役の座から大きく転落してどのくらい経つだろうか。もう演歌など、見ることも聞くこともないと思っていたら、演歌はしぶとく、BSを中心に放送されている。70歳代以上のお年寄りにはやっぱり今でも音楽の主流は演歌なのだろう。

 演歌は愛している男と一緒になれず、一人男を慕い思い続ける、女性の孤独、哀しさ、切なさ、加えて男を想いもだえ苦しむさまを切々と歌い上げる。女は弱き者、捨てられる者、薄幸者として表現される。

 現在は様変わり。女性のほうが男より強くなり、捨てられ、こけにされるのは男性ばかり。
まあ、男性の孤独、哀しさなどを歌っても色気が無いから、歌謡曲としては生まれてこないが。

 この作品、舞台が昭和38年、39年だから、男優位の女性哀切のまさに歌謡曲演歌の世界を謡いあげる。しかし、宮本の本流は演歌、時代がいつでも演歌の世界をせつせつと小説にするだろう。

 宮本の実父がモデルとなっている主人公、松坂熊吾。モータープール、中古車販売、車の塗装会社と手広く事業をしていたが、玉木という男に二百数十万円を持ち逃げされたり、商売も苦しくなったりして、幾つかの商売はやめて、中古車販売をしている他の会社に声をかけ、此花区の千鳥橋近くにある電線工場の跡地に共同出資で中古車販売会社を設立する。

 その設立。現在の会社の整理。金策。どれも大変で、危ない場面をくぐりながら、販売会社創業にこぎつける。このあたり、宮本の筆の力で読者に読ませるが、中小企業の親父という者は、いつもそういう苦労を切り抜けている。目新しい事象は無い。

 私の会社時代もそうだったが、周囲の中小企業者というのは、殆ど愛人を持っていた。そのことが社長としての業界から認知される条件だった。そして、それが妻にみつかっても、妻は耐えてこそ女房という姿勢だった。

 熊吾にも博美という愛人がいた。熊吾自身67歳で糖尿病も患っていたため、博美とは別れる決意をし手切れ金を払う。ところが、新しい中古車販売会社で雇った牧田という社員の妻をみて、その清楚な姿に欲情し、がまんできなく博美をまた抱いてしまう。

 それでも、まずいと思い、ある日博美に別れを宣言しにアパートへ行く。それを、妻の房江が、追跡して、房江が夫熊吾のいる部屋へ上がり込む。

 その時の熊吾の言い分は、こういう男が必ず言う「たんなる止まり木じゃないか」という言葉。しかし房江は許さない。
 熊吾は博美と暮らすが、正月は家族と過ごしたいと思い、寿司屋で気付けの酒を飲み、何を言われても土下座をして謝ろうと決意して、家に帰る。

 その時、房江は、奥にかけてあるコートを持ってきて、外は寒いし風邪をひくからこれでも着てきとコートを投げる。

 それから、ずっと房江は嘆く。
「私は夫が好きだ。帰ってきてほしい。それなのに、狂おしいほどの嫉妬が夫を拒否してしまう。夫が帰ろうとしていたのに、私は、心とは逆の言葉で女のもとに追い返した。
 何故、あの夜、夫を迎え入れなかったのだろうか。私は取り返しのつかないことをしてしまった。いい年をして、拗ねて、いじけて、許したくてたまらないのに許さなかった。」

 じーんとくるが、こんな女性は今や天然記念物だよ。宮本輝さん。

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| 古本読書日記 | 06:04 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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三浦しをん    「あの家に暮らす四人の女」(中公文庫)

谷崎潤一郎没後50年を記念に、三浦しをんが、名作「細雪」を下地にして書き下ろした作品。

 東京の中心からはずれた杉並区、善福寺河畔にたつ古ぼけた二階家の洋館。ここに4人の女性が同居している。
70歳近いお嬢様育ちで仕事や家事を殆どしたことのない牧田鶴代。

そこに刺繍にいそしみ、近所の女性を集めて刺繍教室を開き、そのほかは人との交わりはせず、引きこもりのような生活をしている37歳の娘の佐知。

佐知が待ち合わせの女性と人違いをしたことがきっかけで、住んでいたマンションをでて、この洋館に住み込んでしまった、保険会社社員の雪乃。風貌はぼんやりしているが、性格はきっぱりとして主張が強い。

その雪乃がストーカーに付きまとわれて弱っていた10歳年下の多恵美を洋館に引き込む。血縁関係があるのは鶴代と佐知。それと偶然同居することになった女性2人。

 家族ではないのだが、とてもみんな生き生きしていて、普通の家庭より、家族のように思える4人暮らし。事実、多恵美は毎日帰宅すると、いつも「おかえり」と声がかけられ、自分の生まれ育った家に帰ってきたように感じている。

 この4人に佐知の祖父の時代から、牧田家に仕えていて、今は玄関の脇に小屋を建ててもらい住み込みをしている80歳をゆうに超える山田。表面的にはみんなに疎まれているように見える。しかし、山田老人は、洋館に住む女性たちにもしものことがあってはならないと、懸命に体を張って守る。失踪した佐知の父、鶴代の夫にかわり、佐知の父親のような存在になっている。

 佐知が生まれたその日、放浪をしていた父が、誕生祝として鶴代のところに河童の人形を贈ってくる。このふざけた贈り物に怒った鶴代が離縁をつきつけ、離婚が成立。

 この河童を、雪乃が洋館の開かずの部屋で発見する。河童を多恵美が面白がりリビングにガラスケースに入れ飾る。

 ある日、佐知が家に侵入した泥棒に脅される事件が起きる。ここで三浦しをんの想像、創作魂が発揮される。

 放浪をしていた父親は、離婚後数年で亡くなってしまう。
しかし父親の霊魂が成仏できず、洋館の周りを漂っている。そして、この事件に遭遇。なんとかして危機から娘佐知を救わねばならない。

 父親は咄嗟に河童の中に入り込む。河童になった父親は、泥棒に向かって歩き出す。これにびっくりした泥棒は遁走したが、警察の捜索で捕まる。他の住人がリビングに駆け付けたときはもちろん河童はころがったまま動かない。

 ここからいろんな出来事が起きるが、事件が、現実を飛び越え飛び回り実に素晴らしかった。

タイトルの「あの家」のあのは、いつも暖かく見守っている父親の視点からつけられている。

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村上龍  「村上龍全エッセイ 1987-1991」(講談社文庫)

村上龍初期のころのエッセイを収録。
村上龍は植木等の大ファンである。根津甚八も植木の大ファン。サザンの桑田は植木の全DVDを所有するほどの熱狂的ファンである。

 日本映画監督の巨匠といえば、黒澤明と木下恵介。大喜劇役者の植木がこの2大監督の作品に出演している。「乱」と「喜びも悲しみも幾年月」である。

 「乱」ではすべて俳優は、黒澤の意図通りの演技ができないと、何回も取り直しをする。映画をみても、黒澤流に染まっていることがよくわかる。しかし、植木だけは染まらず植木そのものがでている。植木の演技は1回でOKがでたそうだ。

 ビートたけしやタモリもすごいけど、彼らは頭がよく、笑いをとるところを計算して作っている。しかし、植木は、破壊的に明るく、人間のスケールが巨大で、その存在だけで、どぎもをぬかれ、笑わせてしまう。

 こんな人間がどうして出来上がったのか。それは、植木の父親植木徹誠の影響によると、この本に収録されている村上との対談で植木自身も認めているし、村上も納得している。

 植木徹誠については「夢を食いつづけた男」という本で植木等が書いている。ここではそれについてはコメントしないが、朝日文庫より出版されていて、村上も是非みんなに読んでほしいと薦めている。

 植木は声が太くよく通るので、クレイジーキャッツなどで、恋愛ソングを中心に舞台で歌っていた。ところがデビュー曲で与えられたのが、希望の恋愛ソングでなく「スーダラ節」。
何だこの歌はとは思ったが、まじめに歌った。しかし何十回歌ってもダメをだされる。

 それで「こんなひでえ歌を歌えるかい」と愚痴をいいながら、投げやりに歌う。するとそれがOK。しかも、大ヒットとなる。

 わりきれなかったなあと植木がふりかえる。

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水木しげる    「のんのんばあとオレ」(ちくま文庫)

のんのんというのは、水木しげる出身の島根、境港市にいる神に仕える人のことを言う。「のんのんばあ」は昔、水木家のお手伝いをしていた。そのお手伝いをやめても、水木家にちょくちょく出入りして、しげるの世話をしたり可愛がってくれた。

 そののんのん婆さんは妖怪のことをよく知っていて、寝物語にしょっちゅう妖怪の話をしてくれた。水木の漫画の妖怪の殆どはこののんのん婆さんの話から生まれている。

 水木は、子供のころから、興味の無いもの、特に勉強には全く無関心。しかし、少しでも興味のあることができると徹底的にこだわる。

 小学生のとき、「人口ゲーム」というゲームが流行った。日本地図を広げて、都市を指差し、多い人口の都市を指した子が勝ちというゲーム。そこで水木は日本の全都市の人口を調べ上げ表にする。これだけでも、ものすごいことだが、更に全都市の人口を暗記する。途中でさすがに断念したが世界の都市の人口も調べ出した。

 紙相撲に熱中する。それで、四股名のついた紙相撲の力士を、ここが異常だと思うのだが、幕内力士から序の口までつける。番付け表、15日間の全取り組み表をつくり、場所中は毎日取り組みを行う。

 興味の無いことはしないから、学校の成績はあまりよくなかった。小学高等科2年の後は、中学への進学をいやいや目指した。あまり見込みのない友達3人が集まって勉強をしようとした。しかし勉強はまったくしない。

 その中に寝てばかりいる子がいた。彼が眠ると、チンポコを出し、赤インキを塗って、糸でしばり天井に吊るす。そして彼を起こすときはその糸を引っ張る。

 人間の枠を飛び出した破天荒な少年時代だ。

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高橋安幸    「根本陸夫伝」(集英社文庫)

プロ野球監督の殆どは、現役で活躍した選手がなるものである。しかし。この作品の根本は、できたばかりの弱小球団近鉄パールズに入団。捕手だったが、並以下の成績しか残していないのにも関わらず、広島、西武、ダイエーと監督を歴任。しかも、驚くことに一度も優勝はしていないどころか、殆どがBクラスの成績しか残していない。

 しかし、根本を師として仰ぐかっての選手、球界関係者は多い。人脈は球界のみならず、政界、経済界、更にヤクザにも及び、その数は6000人と言われている。

 私が根本で驚愕し、これで球界は変わるかもしれないと思ったのは、1978年、巨人と争って、松沼兄弟を西武に入団させたことだ。

 当時は、プロ野球は巨人が盟主で、圧倒的人気があった時代。都会を離れると、テレビで観れる試合は巨人しかない。だから、ドラフトでも巨人以外は行かないという選手が続出した時代だった。今は、ドラフト以外で選手を獲得できなくなったが、当時は、ドラフトにかけられなくても選手が獲得できる時代だった。

 それにしても、野球といえば巨人、長嶋、王の時代に、巨人と争い選手を獲得するとは。この後も巨人は西武との争いで負け、西武は秋山、郭泰源を獲得に成功した。根本とはなんと凄い人物だと心底思った。

 そんな、巨人も凋落し、地デジの放送は無くなり、並みの球団になってしまった。代わりにパリーグが全国にうまく分散され、あのころはお荷物リーグだったのだが、多くの観衆を集め、往年の貧乏球団ばかりというイメージを完全に払しょくした。

 私は、眉唾だと思うが、根本は弱小チームが優勝できるチームになるまでの基盤をつくり、それができると、名プレーヤーだった人物に監督を引き継ぐことを信条としていたと言われている。

 広島では、衣笠、山本浩二、三村、水谷を獲得。黄金時代の基盤を造り、監督をやめている。
 西武では、石毛、秋山、清原、松沼兄弟、工藤やトレードで田淵を獲得、基盤を造った後広岡に監督を交代している。

 ダイエーでは西武の主力をごっそり引き抜き、松中を獲得し、監督をやめ王に交代している。

 ただ、基盤がすぐ成果につながったのは、西武だけで、監督をやめてから広島では3年、ダイエーでは6年優勝まで要している。根本が優勝の基盤を構築したというのは、根本を神格化する意図が球界に強いため、必ずしも結果はそうなっていない。

 根本は親分肌で、選手の面倒を引退後も徹底してみる。ヤクザの大親分安藤昇とも対等につきあう。古き良き時代の人物だと思う。これからは、根本のような人間は、野球界ではでてこない。一時のあだ花のように思える。

 監督としての根本はむちゃくちゃのようだった。作戦は選手が決め、根本に言ってこいというような決め方をしていたらしい。
 ピッチャー交代を告げられた森繁和が、交代させられて、ロッカーで着替えをしていると、根本が走ってきて、もう一度マウンドに行けなんてこともあったと言う。

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| 古本読書日記 | 05:58 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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村上龍   「歌うクジラ」(下)(講談社文庫)

 最近は中国が強国になった。共産党一党支配のもと、経済を成長させ、軍備も増強。
中国に近寄る国は多くなり、将来世界は中国が支配するのではと思わせる状況になった。

 私たちは、自由であり、民主主義を軸に、資本主義経済のもとで暮らしている。もちろん私たちの世界にも問題、困難は多いが、今の在り方が続いてほしいと願っている。

 村上のこの作品も、オーウェルの「1984」もそうなのだが、どうも世界は、我々民主主義の世界が否定され、中国の在り方が正しく、将来は権力者か、ある党の一党独裁のもと人々が暮らす社会がくるのではと予言する。

 そして、全人民は、混乱はあるが、権力者のもと階層が決められ、その階層により住む地域も決められる。個々人にはICチップが埋め込まれ、活動、言動は権力者により監視、管理され、ちょっとした歯向かうような言動をすれば、警備ロボットにたちどころに拘束され、

この物語のように体内の生きる期間をつかさどるテロメアが分断され、一日が15年に値するほど一気に老化、死んでしまうという罰をくらう。

 こうなると、人間はまず生きること、生き抜くことが最大の命題になる。それは、個人としての意思を持たないこと。犯罪者を集めた新出島の住人は、食べ物は棒食という食べ物だけ。みじめで辛い生活を強いられている。

 しかし、100年も同じ状態が続くと、全員がそれが当たり前で普通のこととして受け入れられることになる。

 面白いのは、優雅な権力者の生活を送る、上層、最上層の人々。科学が進化し、あらゆる事象が科学的に究明され対処方法も確立するが、どうしても解明できないのが性衝動が起こる原因。

 それで、上層、最上層では子供を含め性虐待、性暴動が頻発する。これを抑制する手段が確立できない。さらに、たいがいの病気は、先端医療ロボット(医師ではない)により治療、手術で全快するが、何とロボットをもってしても治せないのが床ずれ。

 階層化され住む場所も制限されると、そのほかの世界がどうなっているか全く情報が無くなる。
 この物語でも、主人公アキラが他階層にはいり路面電車やエレベーターに遭遇して驚く。

我々から見ると北朝鮮の一般の人々は可哀想でみじめに見えるが、当の人々はそんな感じは持っていないかもしれないと思ってしまう。

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| 古本読書日記 | 06:57 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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村上龍    「歌うクジラ」(上)(講談社文庫)

2022年、ハワイの海底を泳ぐザトウクジラの皮膚組織や神経組織を研究しているときに、付着しているDNAより不老不死の遺伝子SW遺伝子を発見する。そしてこの遺伝子を移植された人間は死から解放される。遺伝子を誰に移植するか。ノーベル賞受賞者や富裕層、権力者に移植される。

 また同時に、生命時計をつかさどる、染色体の最先端についているテロメアを切断すると逆に老化が一気に進み、若者が即座に老人になってしまう手術を、特に性犯罪者や凶悪者に実施をした。

この権力者の下、社会の階層化が文化経済効率化運動のもとに行われ、社会は最上層、上層、中層、下層、最下層に完全に分かれ確立された。

 2022年から100年後、その間には移民者の反乱や、暴動などが発生したが、階層は確立され、しかも層により、生活圏は完全に分離され、層間の交流は禁止、一切交わることができなくなった。

 最上層、上層に分類される人間はわずかで、90%の人間は中層以下に入る。
特に最下層に分類されるのは性犯罪者で、彼らは九州の北の新出島に隔離されている。

主人公のタナカアキラは、新出島に住む最下層の15歳。父親が島でサーバーデータ管理者をしていて、この世界を覆す秘密が記録されているSW遺伝子ICチップを最上層の権力者ヨシマツに届けろという命令のもと、サブロウという新出島をでたことのある男とともに、最上層を目指す。この過程で、それぞれの階層が暮らす、居住区を通る。ここで今まで見たことのない他階層の実態を見たり、彼らの攻撃を受けたりし大きな困難を克服しながら、最上層に向かうのがストーリー。

 最初の下層民の居住区。移民者が多かったり、文化経済効率化運動に従い、敬語が禁止されるなど、住民の日本語、特に助詞の活用が不自然になっている。

 ここで主要な役割を担う、不法移民の反乱分子の孫、ヤガラ、サガラの話ことばを村上が「」を用いず、文章にくみいれているため、やたら読みにくい。何回か?マークが頭に浮かび、その都度読み返すことが繰り返され、本当に疲れた。

 おれは対しては絶対で嘘はつくな、父は言ったの、それが感動して、父と娘になることで決めたのよ

 こんな文章の連続。集中力が続かない人はここで本を放り投げるのではと思った。

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秋川滝美    「居酒屋 ぼったくり4」(アルファポリス文庫)

シリーズ4作品目。シリーズで80万部以上売り上げている、知らなかったけど、ベストセラー作品なのだ。

 「居酒屋ぼったくり」という作品名から連想して、とんでもないぼったくり居酒屋で、そこで起こるトラブルを描いた作品かと思ったら、そうではなく居酒屋の店名が「ぼったぐり」だった。

 東京下町の商店街にひっそりとある居酒屋である。最寄りの駅からも離れていて、地元のスーパーが撤退するような環境、そんなところに古くからの商店街が存在しうるのか、少し疑問。

 主人公の居酒屋を経営している美音も父の店を引き継ぐことが規定路線だった。そんな美音の「ぼったくり」に、幼馴染のコウイチがやってくる。美音は大学に行っている。

 コウイチの家は魚屋をしていて、コウイチも魚屋を継ぐことが既定路線になっている。しかし父は大学だけは行っておけと言う。コウイチは勉強はいやだし、魚屋を継ぐのに何で大学に行かねばならないか理解できない。だから高校をでたらすぐに家の仕事をすると父親と喧嘩をしている。

 それで、美音に聞く。
「大学は楽しかったですか。」
美音が答える。
「ぜんぜん」
「じゃあどうして大学になんか行ったの?」
これからのお客はみんな大学を卒業している。自分が見たこと、経験したことのない人たちを接客しなければならないのはハンディとなる。

 大学には色んな人たちが全国から、最近は海外からもやってくる。いろんな知識も得られる。異文化習慣も知ることができる。大学は広い世界に扉が開いている。どんな人生を歩もうと、大学生活は貴重な経験になる。

 美音は言う。その通りだと思う。

この短編集のもうひとつの特徴が、美音が創作する数々の料理のレシピが掲載されていること。これが、本当においしそうに思える。

 この本で、最も簡単に創れる、料理。ピーマンをフライパンで炒め、醤油かつおぶしで味付けをするという料理。この料理創ってみたが、創り方が悪かったのか、あまりおいしくなかった。ちょっとがっかりした。

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小山田浩子    「工場」(新潮文庫)

企業城下町というところがある。その町に大企業の工場があり、6割、7割の人が工場従業員か、その工場の取引先で働いているような町である。昔拳母市といったが、市名を変えた豊田市がその典型である。

 この小説集のタイトルにもなっている「工場」は私が勤めだしたころの名残がありなつかしい。私の会社がある市は、大企業がいくつかあり、企業城下町である。こういう町は、その大企業に入社できると両親が鼻高々で自慢するのが一般的だった。女性は、大学、短大は東京など大都会に行くが、両親からは卒業すれば地元に戻ることが家を離れる条件で、やはり戻れば地元の大企業に就職することが求められた。

 工場にはスーパーがあった。バス停も工場のまわりに幾つかあった。まったく、この小説の工場と同じ状況だった。

 「工場」も面白かったが。最後に収録されている「いこぼれのむし」が興味をそそった。

契約社員の上には、複数の課長がいて、その上に部長がいて、更に常務がいる。社員にはそれぞれにきちんとした組織、階層があって、仕事は直属の上司から指示される。しかし、契約社員には、常務も含め、あらゆる階層から、仕事が下りてくる。複数いる課長はそれぞれ何の仕事をしているかもわからない。

 この書類をきれいにワープロで清書してくれ。EXELにまとめてくれ。総務課に行って判をもらってきてくれ。コピー機がうごかない。シュレッダーが紙詰まりをおこした。

 社員でいくらでも手のすいた人がいるのに、何か混乱が起きると、契約社員の仕事状況などおかまいなく何とかしなさいと当たり前のようにおしつけてくる。それでいて、残業申請をすると、課長は知らんぷりをして逃げる。

 一方組織を率いる課長は、孤立して一匹オオカミのような部下(契約社員含め)最も嫌う。
そして、チームにはいじめというものは無いと考える。いじめにみえるようなことは、いじめでは無く、いじりだと言う。いじりは家族、兄弟の中でもよくやる。チームは家族である。

集団で仕事を協調して進める。そのことが最も大切。いじりは互いを理解し、暖かいチームワークを築くために必要なことであると考えている。

 自分の会社生活もこんな風だったのか。いじめではなくいじりなのか。少しため息。

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| 古本読書日記 | 05:51 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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