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2018年05月 | ARCHIVE-SELECT | 2018年07月

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河出書房新社 編集部編 「太宰よ!45人の追悼文集」(河出文庫)

昭和23年6月太宰は愛称サッチャンと呼ばれていた山崎富枝とともに、玉川上水に入水して自殺した。40歳だった。
 この太宰を追悼し、思い出をつづった中から45人の文章を厳選し収録した作品集。

太宰が最初に単行本を出版したのが「晩年」。実は、この「晩年」ができあがったとき、太宰は自殺をしようと考えていた。もし、自殺していれば、太宰の本はこの一冊だけになっていた。それほど、太宰の思いが詰まった作品だった。太宰はその後13年間生きたが、「晩年」から始まり、最後「晩年」に戻る道をたどったように思われる。

 出版社の機関紙に太宰が小説とは何が大切か「晩年」を紹介しながら書いている。
「『晩年』は私の最初の小説集です。もう、私の唯一の遺書になるだろうと思いましたから、題も『晩年』として置いたのです。読んで面白い小説も、二、三ありますから、おひまな折に読んでみてください。私の小説を、読んだところで、あなたの生活がちっとも楽になりません。ちっとも偉くなりません。なんにもなりません。だから、私は、あまり、おすすめできません。『思い出』などは読んで面白いのではないでしょうか。・・・・
 (小説は)やさしくて、かなしくて、おかしくて、他に何がいるでしょう。
 あのね、読んで面白くない小説はね。それは下手な小説です。」

 そして、太宰は仏文学者河盛好蔵への手紙に自分の小説の源泉を書いている。
「文化と書いて、それに文化(ハニカミ)とるびを振ること、大賛成。私は、優、という字を考えます。これは優れるという字で、優、良、可、なんていうし、優勝なんていうけど、でも、もうひとつ読み方があるでしょう。優しい、とも読みます。そうして、この字をよくみると、人偏に、憂うると書いています。人を、憂うる、人の淋しさ侘しさ、つらさに敏感なこと。これが優しさであり、また人間としていちばん優れていることじゃないかしら。
 そうして、そんなやさしいひとの表情は、いつも含羞(ハニカミ)であります。私は含羞でわれとわが身を食っています。・・・・そんなところに『文化』の本質があると私は思います。」

ナルシスト気味で、若干引いてしまいたくなる文体だけど、なるほどと感じ入る。

 吉行淳之介が、とんでもないことを太宰の自殺について書いている。
太宰が亡くなった時、精神安定剤としてトランキライザーが売り出された。薬メーカーが太宰と組んで、精神不安定な人が増加させ、トランキライザーが大いに売れるように、自殺を仕組んだのだと。
 強烈な想像だ。

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山崎ナオコーラ   「ジューシーって何ですか?」(集英社文庫)

25歳の広田と岸と佐々木、26歳の別所、27歳の魚住と津留崎の6人は、大きな会社の小さな「夕日テレビ班」のメンバー。ラジオ、テレビ番組表を創り、新聞社に配信している。新聞社は大手だけでなく、地方紙もカバーしている。

 これは結構大変な仕事。何か大きな事件が起きると、番組の内容が差し替えられる。それがテレビ局から送信されてくる。それを一定の枠、文字数に書き直して、新聞社に配信する。
 誤字脱字、誤った文になっていないか読み合わせをして、配信する。これを限られた時間内に行わねばならない。

 高校野球が雨で順延されたり、勝ち進んでいる地方の新聞は、負けた場合や中止の場合は通常番組に急遽切り替える。通常番組と常に二股かけて対応せねばならない。

 だから、夜中の11時、12時まで仕事をするというのが通常の風景。しかし、この班、朝の出勤時間に遅れると、欠勤となり給与から引かれるが、残業は全くつかない。

 本当なら、上司や会社に不満を爆発させるところだが、このメンバー6人の人柄が実によく、仲間意識が大きく、不満に至らない。

 会社では、時に声高にあるべき姿とは何かとか改革を進めるとか、逆にこうなってはいけないとか熱く語りあう。
 ところが真理であろうあるべき姿には、口角泡をとばして、議論しても、現実はそうはならない。

 真理と思われることで、チームワークとか、仲間意識を壊したくない。真理というのは、意外に極端な論にあるのではなく、薄ぼけた中間の状態にあるかもしれないということをこの作品は教えてくれる。

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太宰治 小山清編   「太宰治の手紙」(河出文庫)

太宰治25歳(昭和八年)から32歳(昭和15年)まで。太宰の文学活動初期から一応安定した作家活動に入るまでの8年間、100通の太宰が書いた手紙を収録している。

作家井伏鱒二に師事した門下生が3人手紙には登場する。太宰と東京日日新聞記者高田英之介、それに伊馬鵜平。高田が井伏を通じて紹介したのが、太宰の2番目の妻になる石原美知子。

 この石原との新婚時代、甲府に住み執筆をしていた頃の太宰は油も乗り、優れた作品を次々世に送り出す。私もこの時代の太宰の作品が好きだ。
 「女生徒」「冨獄百景」「走れメロス」「駆け込み訴え」など。

 しかし、これだけ優れた作品を世にだしても、太宰の収入は50円だと手紙には書かれている。50円は今の貨幣に直すと12万円である。これが油の乗り切った時代の収入だから、ここまでの時代は悲惨である。

 昭和12年、最初の妻初代が太宰の甥の画学生善四郎と不貞を働き、それに衝撃を受け初代と水上温泉で自殺未遂。その結果、故郷の津島家から分家させられ勘当状態になる。

 津島家に出入りしていた、商人中畑慶吉、北芳四郎への手紙の多くはお金の援助、無心のお願いである。

 太宰が腹膜炎の手術をして、その際に処方された鎮痛剤パビナールの中毒にかかって苦しんだことは有名。このパビナールは経口薬だとずっと思ってきたが、この作品によると注射で体にいれる薬だったと書かれている。太宰は多い時には注射を日に50本も射った。この事実は衝撃だった。

 名作「冨獄百景」。実話を基にした小説だ。初めて読んだとき、こんなこと書いて大丈夫かと衝撃を受けた部分があった。
 「井伏氏は、濃い霧の底、岩に腰を下ろし、ゆっくりと煙草を吸いながら、放屁なされた。」
作品では仮名を使っているのが殆ど、しかし井伏鱒二については実名で書いている。

 これで井伏鱒二はよく怒らなかったと初読時思っていたが、やはり井伏は相当ご立腹したようで、太宰が平身低頭の謝罪の手紙を井伏に送っている。

 普通はそうだろう。ちょっとしたもやもやがこの作品で晴れた。少しうれしい。

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山本周五郎    「暗がりの弁当」(河出文庫)

山本周五郎、昭和30年代、晩年のエッセイを中心に35編が収録されている。

昭和36年発表のエッセイ。山本は大人気作家として功成り遂げている。そんなときのエッセイで家人の箪笥を開けると、嫁入りの時に彼女が持ってきた母親から譲られた着物、持ち物がすべて無くなっていた。

 そして、周五郎は書く。
「その時に受けたショックは、死ぬまで忘れないだろうと思う。男にしんそこ勇気をあたえるもの、男をしんじつふるいたたせるものはこういうふうな無言の愛と信頼である、とわたしは今でも確信しているのであります。」

 あれだけベストセラーを創造し、大流行作家であった周五郎が、なぜこんな窮乏生活なような状態になるのか、このエッセイ集を読んでもまったくわからない。

 周五郎は原稿料のことを収入とは言わない。これは、出版社が未来に周五郎が書く作品への投資であるという。

 作家が創造するストーリーやテーマは、生まれながらに無尽蔵に作家の頭にあるわけではない。それを何かから掬い取ったり、掬い取ったものを厚くするために資料を購入調べたり、あるいは物語の舞台に旅してみる。そうして、物語が創り上げられるのである。

 原稿料はそのための投資だから、テーマによっては、生活費にお金を回せないほど、使うこともあったのだろう。

 周五郎は毎日午後散歩にでかけ、必ず場末の映画館にはいる。映画は、同じものを何日か続けて上映する。ということは、同じ映画を繰り返し見に行くことになる。これは変だと思っていたら、目的が違った。

 当時は日本の高度成長期の真っ只中。国一丸となって、懸命に働いていたころである。そんな時に昼間の映画館には、一丸からこぼれた人たちが溜まる。世間の価値観からはじきだされた人たちの会話を聞きにゆくのである。

 周五郎の作品の本質は、この人たちへの共鳴と寄り添いから生まれている。それが、時代を超えて、読み継がれていく理由だ。

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柚木麻子    「あまからカルテット」(文春文庫)

最近は、いじめなどで社会や組織からはみ出された人を題材にした物語ばかり。孤独で追い詰められた人生、苦悩ばかりを読まされて辟易としていた。

 この作品は、その逆で、女子中学校時代の友達同士の絆が、アラサーまで続き、それぞれの人生の困難や、問題を友達が一緒に、懸命になって、立ち向かい解決してゆく、友情物語。しかも、おいしそうな料理が解決の鍵になり、少しミステリー雰囲気も加わり楽しい連作小説集になっている。

 物語の中心になるアラサーの4人の女性。
ピアノ講師をしている咲子。デパートで美容部員をしている満里子、料理研究家としてテレビにも出演する由香子、そして雑誌の編集部員である薫子。

 花火大会のときに隣のシートに座っていた見知らぬ男性からすすめられた稲荷ずしのおいしさに感動した咲子。見知らぬ男性に一目ぼれしたのだが、名前もわからない。その男性を他の3人がいろんな推理を働かせ、懸命に咲子のために探す。そんな物語から連作は始まる。

 だんだん物語が盛り上がってゆき、最後の「おせちでカルテット」。スケールも大きく、起伏に富みハラハラさせ魅力的なストーリーに仕上がっている。

 ずっと不仲であった薫子の母親が正月に故郷鹿児島から上京してくる。鹿児島の実家では正月には母親がお節料理を作る。母親がやってきたときお節料理が用意できてないと母親は怒り爆発させる。

 しかし咲子一人ではとてもお節料理は作れない。そこで、一の重を由香子。二の重は満里子、三の重を咲子、四の重は薫子が創り、大みそかの夜に持ち寄ることにする。

 ところが当日大雪が降る。

 正月の料理番組収録が終わり、由香子が薫子の家に行こうとすると、テレビ局のディレクターが青ざめ、由香子のところにやってくる。新年早朝の番組に使うために京都の老舗料亭に注文したお節料理、新幹線が大雪でとまり、届けられなくなった、由香子に大急ぎでお節料理を作ってほしいと。社員食堂など、局内で集められる食材を使いお節料理をつくる。約束した集合時間には大幅に遅れるが、新年早朝には何とか薫子の家にはいけるだろう。

 満里子は派遣社員の失敗により、売り場に取り残され、しかも扉のすべてが自動的に閉じられ、完全に密室に閉じ込められる。初売りの新年2日になるまで、外へでられなくなる。

 秩父まで仕事に行っていた咲子は、大雪で鉄道が動かなくなり、秩父に置き去りとなる。
しかも、薫子の母は、大雪で飛行機が欠航になることを心配して、早めに薫子の家にやってきてしまう。

 それぞれが崖っぷちのピンチにたたされ、そのピンチを克服してよかったと幸せな最後をむかえるまでの展開が実によくできている。面白かった。

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山崎ナオコーラ  「論理と感性は相反しない」(講談社文庫)

山崎が最高傑作という、14の掌編作品集。
奇妙な感覚に襲われる作品ばかり。

 ある時、地上に光が生まれる。その光が石にあたり、石が膨張する。その石が膨張しすぎて、ころげ落ちる。落ちたところが海で、そこで壊れて、アメーバになる。アメーバはひとりでSEXして、たくさんのアメーバが生まれる。そのアメーバが魚となり川をさかのぼる。その魚が陸に上がりシーラカンスが生まれる。そのシーラカンスの子供から蛙が生まれる。そして蛙から恐竜が生まれる。

 恐竜が2匹の子供を産む。一匹が鳥になり一匹がネズミになる。
ネズミが地上の土地を全部自分のものにしたため、仕方なく鳥は空を舞うようになる。

 そのうちにネズミは立ち上がり、日本の足でたち、歩くようになる。ネズミは他のネズミに出会うと「あー、うー」と声をあげるようになり、それが言葉となる。

 言葉ができると、ネズミ同士でSEXして、そこから田中が生まれ、田中から鈴木が生まれる。鈴木は500人の子供を産む。これだけたくさん生まれると、違う言葉をしゃべる鈴木がでてくる。同じ言葉を使う同士が集まる。そこから国ができる。
 そこから佐藤がうまれ、そして伊藤が生まれ、高橋が生まれた。

 高橋から神田川が生まれて。
神田川は会社勤めをした。恋人と一緒にくらし、赤い手ぬぐいマフラーにして、横丁の風呂屋にでかけた。

 なんだいこの物語は。我々人間の祖先はねずみだったのか。

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三浦しをん  「ビロウな話で恐縮です日記」(新潮文庫)

三浦しをんが約2年間、ネットにアップしていた日記を抜粋して収録した作品。

小説家というのは、孤独な職業だ。終日部屋に閉じこもり、時には5日間も誰とも会話しない日が続く。どんどん物語が浮かんで、パソコンに文章が打てる状態であれば、孤独も気にならないが、現実はなかなかそういう状態にならない。

 悶々として、いらだちがいつも頂点に達している。こんなとき三浦さんは、頭にティッシュボックスを乗せ、ペンを持ち、部屋の隅の柱に立ち、線をひき、背丈をはかるそうだ。

 毎日どころか日に何回もする。背丈など成長も終了し、変わるものではないから、同じ場所にいろんな形をした線が引かれる。

 三浦さんの知り合いの夫が、ある日妻を呼んで神妙な顔をして、大事な話があると言う。
何か重大な話でもするのかと、緊張して聞くと。旦那が言う。
 「小学生のとき、元旦から7月まで何回オナラをするか数えたことがある。」
 「?」
 「でも、何回したか忘れてしまった。」

贈収賄事件が時々摘発される。
 その際、だいたいお金を渡した人が、簡単なメモで記録を記載、そのメモが証拠品となり逮捕される。

 モリカケ問題が社会を騒がしているが、現場の人はまじめで、行ったこと、見聞したことをすべて記録として記載しようとする。それが、政権には都合が悪いから、改ざんが行われる。

 人間は、記録を取っておくことに執念を持っているのではと三浦さんは言う。
日記もそうだが、それによって、誰かとつながっていたいという本能がなせるわざなのだと。

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川上弘美     「猫を拾いに」(新潮文庫)

  発想が突き抜けていて、それだけで感動しまくる21編の短編集。

  主人公がはたらいている会社は、小田切さんが起業した「にせ家族」が源の会社。
「にせ家族」というのは一時期話題になった、本物ではないけど、お父さん、お母さん、妹などのふりをする会社のこと。

 このにせをふくらましいろんな要求のふりをして金を儲ける。例えば、不倫をしているカップルから頼まれ、不倫カップルがホテルに入るまで、友達のようにして、一緒に歩き、ホテルをでたらまた一緒に歩く。

 このニセ活動は5人が一組になって行動する。そして、呼称はすべてレッドとかホワイトとか色で振り分けられる。

 5人に新年仕事が舞い込む。会社で地位の高い人からの依頼だという。

 そこで、5人は依頼者の家にでかけ、大きな声で「あけましておめでとうございます。」と言う。すると主人が「まあどうぞ、どうぞ」と玄関からあがるように明るく言う。

 多分会社で嫌われている上司で、新年に挨拶に誰も来ないのでは、世間体が悪いと思って、自分たちは呼びつけられたのだと5人は思う。

 5人が、ある部屋に通される。そこで主人がボタンを押すと、部屋の壁がせりあがり、天井まで行くと、そこには5つの事務机と椅子が用意されている。主人が言う。
 「さあ向こうが事務所です。仕事をしてください。」と。

 5人の1人が、「仕事といっても、パソコンが無いと」というと、またべつのボタンを主人が押すと、天井からパソコンが下りてくる。

 仕方なく、5人は、むやみにエクセルを打ったり、ワードをつくり仕事のふりをする。
一人が、「この前たのんだ企画書はできてるかね。」というと「少し待ってください。すぐできます」と別の一人がこたえ、数分後に企画書をプリントする。

 規定の一時間半、仕事の振りをして5人は、新年の割増料金を含めて、代金をもらい事務所に帰る。

 そして、今の依頼は何だったんだろうとみんな首をひねる。

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山崎ナオコーラ  「あたしはビー玉」(幻冬舎文庫)

高校2年生の清順の部屋においてあったビー玉が突然「あたしは、女の子」としゃべりだす。
そしてビー玉と清順はいつも一緒に行動しだす。

 清順には好きな子がいる。アルバイトをいているファーストフード店のタケチュウこと竹中さん。

 クラスに冴えない、引っ込み思案で少しみんなからいじめられている岡本くんという生徒がいる。文化祭で仲間外れにされた岡本くんが、清順と友達の紺野くんが担当する音楽係に加わることになった。

 あるとき岡本くんが、いつもの汚くダサい恰好をやめ、急にパリっとした恰好で学校にくる。そしてためらいがちに清順や紺野くんに言う。「タケチュウさんが好きだと。」
 清順はびっくりするが、まさか岡本くんとタケチュウさんが付き合うことなどないと思う。

 文化祭のとき3人はバンドを組み、演奏する。そこにタケチュウさんが来ている。
岡本くんが作詞、作曲した「タケチュウさんに捧げる歌」を、演奏する。そこで岡本くんは「タケチュウさんが好き」と告白。タケチュウさんも「私も」と応じ、2人はその場でキスをする。

 ビー玉は、清順が好きだった。だから、懸命に清順の行動をうまくゆくように後押しした。
しかし、タケチュウさんに対しては強く嫉妬していたし、どんなに愛しても自分はビー玉だから清順は愛してくれないのではという不安を抱えていた。

 ここが作品のクライマックスになるのだが、バンド演奏のあと、清順がビー玉に、「ビー玉を愛してる」と告白する。ビー玉は嬉しくてたまらなくなる。そして、道端に埋めてくれと清順に言う。それじゃ土の中で死んでしまうんじゃないかと清順が言う。

 ビー玉が言う。
「そんなことはないよ。春になると、清順を思って花を咲かすから、それをなでて」と。

 清順は、姉の亜美が、婚約者を家に連れてきたとき、自分も結婚すると宣言し、相手はこのビー玉と言う。

 両親はびっくりする。清順がそれでも、ビー玉と結婚することを強く言い切ると、父が
「清順の人生なのだから、好きにしてもいいよ。」と結婚を認める。
 すると喜び一杯になった清順がビー玉に突然変身する。

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柚木麻子    「伊藤くんAtoE」(幻冬舎文庫)

この物語の主人公伊藤くんは30歳手前のイケメンでおしゃれ、千葉の大金持ちの一人息子で実家ぐらし。学習塾の講師をしながら、シナリオライターになる夢を追っている。

 物語は、この伊藤くんをめぐって5人の女性が登場。それぞれの女性の視点から伊藤くんを描く連作短編集。ということは伊藤くんはAからEまで登場するが5人とも同一人物。

 伊藤くんは、わがままで自意識過剰で無神経。言い寄る女性はあまた、彼の周囲は恋の話題が尽きない、しかし近付く美女たちは、粗末にされる。まったくこんな男のどこがいいのか。

 伊藤くん、シナリオライター気取りをするが、いつまでたってもシナリオを描かないどころか企画書も作らない。ここで踏ん張らねばというところで常に逃げ腰となる。

 大金持ちの一人息子だから許されるのだろうが、肝心なところで飛び出さないのはどうしてなのだろう。
 昔ドラマでヒットをとばしたが、今は完全に落ちぶれたシナリオライターの矢崎莉桜に責められて伊藤くんが言う。

 「『傷付くことを恐れるな』と言うけど、それは強者主導のルールですよ。傷ついても平気で生きていけるのは、恥をかいても起き上がれるのは、ごく限られた特殊な人種だけなんですよ。そのことを誰も気付かないから、不幸が起きるんです。大抵の人間が夢をかなえないまま死ぬのは、夢と引き換えにしてでも、自分を守りたいからですよ。楽しいより、充実感を得るより、金を稼ぐより、傷つけられないほうが重要なんですよ。僕もそうです。・・・
誰からも下に見られたり、バカにされたり、笑われたりしたくないんです。傷つける側にたつことがあっても、その逆は絶対いやなんです。」

 自分が一番大切。30歳にもなって、傷ついてしまえば一生立ち上がれない。とべないまま、とばないまま、シナリオライターの卵と自称して、彷徨する。

 彷徨できる環境にいることが、普通の人と違い異常なのだが。

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金原ひとみ    「持たざる者」(集英社文庫)

震災、原発事故、子供との死別、家庭環境の変化、4つの大きな問題に遭遇して、人生の岐路にぶつかり、そこでの葛藤と決断の様を描く短編集。

 4作目の「朱里」の場合が胸に突き刺さり考えさせる。

企業もどんどんグローバル化して、海外駐在員として働く人はたくさんいるし、突然海外駐在を命じられることなど当たり前の時代になっている。

 結婚して、幼児がいる。保育園などを利用して共働きをしている。こんな環境のとき、夫に海外赴任の辞令がでる。
 朱里がまだ働きたかったかよくわからないが、ここで決断が必要となる。そこで、かなりの場合、妻は会社を退職して、夫と一緒に海外へ行く決断をする。

 この物語では、ロンドンに夫と娘ともに行き、英語もできず、他人との交わることができず、2年で妻と娘だけが夫の実家に帰る。実家は、義理の両親と夫がお金を負担して、二世帯住宅にしてあったのだが、帰ると失職中の義兄夫婦と娘が住んでいて、自分と娘が片隅に追いやられる。その葛藤を描いているのだが、それにもまして、姉真里と一杯やりながらの朱里の独白がたまらない。

「何者にも干渉されず、自分の好きなように生きていく。それができる人には、この世界はどんな風に見えるだろう。子どもの頃は親に干渉され、大学生になってようやく親元から自由になったと思ったら、今度は社会人になって会社で人の視線や空気を気にしながら、会社での人間関係、立場を守り続け、結婚して子供ができたら子供に干渉する側になり、義父が倒れてからは介護の問題が浮上して親戚との関係が重たくのしかかり、これから子供が小学校に入学したりしたら、今度は学校内のママ友関係やPTAだとか、そういうものにかりだされ、気が付いたら子供たちがでてゆき、いずれ子どもたちに面倒くさいと思われながら介護されたり、同居してもらったり、そこまで考えると、私はそこはかとない虚無感に襲われる。」

 まだ、未来は長いのに、行く末がこんな風にしか見えてこない。未来が抗らいようのない形で規定されてしまっている。

 今はこんなような生き方が最も否定されみじめに思われる時代になってしまったかもしれない。しかし、自由で能力を十分発揮させるんだという世界も、成功する人はごく一握り。

どちらにころんでも、なかなか明るい未来は見えてこない。

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池澤夏樹    「砂浜に座り込んだ船」(新潮文庫)

東日本大震災をモチーフにした作品を中心に収録した9編の短編集。

被災地が原発の放射能汚染で住むことができず、故郷を捨てて、日本各地に避難を強いられている人たちがまだたくさんいる。

 多くの人たちが故郷へ帰りたいだろうが、とりわけ帰りたい人のなかに、郷土の遺産や、歴史を一生懸命生徒に教えてきた社会科の先生がいる。この短編集「苦麻の村」の主人公、元教師の老人菊多憲一もその一人。

 今は、故郷の福島 大熊町を離れ東京東雲の高層マンション34階で避難生活をしている。最近、一人暮らしの老人の避難民が孤老死するということが相次ぎ社会問題となり、役所や社協のスタッフが訪問して様子を伺う活動に力をいれている。

 スタッフが菊多の部屋を訪ねたとき、菊多は地元の新聞が読めないのが辛いと嘆く。そこでスタッフは、図書館にお願いして新聞を取り寄せてもらう。菊多は、図書館で地元紙を読むのだが、更に持ってきた鋏で地元の記事を切り抜こうとする。
 それは、彼が現役教師のとき、子供たちが記事を書き、それを割り付けして一緒に新聞にしたことが懐かしく思ったから。

 子供たちは、彼が郷土のことを話すと、一生懸命耳を傾け、メモをとってくれた。大熊町というのは味も素っ気もない。大川町と熊野町が合併してできた町名。その昔、菊多が先生をしていた町は熊川町といった。この熊はその昔は苦麻と言って、石城国の北の境にあった。

 石城は磐城と今は言う。城は蝦夷からの攻撃を防ぎ攻め入るために築かれた。律令時代の話だ。そんな話を生徒の前で話すのだ。

 社協のスタッフがある日、菊多を訪ねるが、ドアをノックしても反応しない。それが数日続く。そのままにしていたら、新聞屋から報告があり一か月以上新聞がポストやダンボール箱にたまっていると。
 合鍵を大家から借り、部屋にはいるともぬけの殻。しかし、壁一面に地元紙の鋏で切られた記事が貼ってある。

 菊多は、故郷立ち入り禁止地域にはいり、自分の家で暮らしているのが発見される。
 お米はまだたくさんある。精米が大変だが一升瓶にいれ棒でつつく。水は井戸がある。
調理は、プロパンがあるが、無くなれば近くから薪を拾ってきて、竈で燃やせばいい。
 それで一か月以上、自分の家で暮らした。

発見されたとき、「もう年寄りだし、この先、何十年も生きるわけではない。数年で亡くなってもいいから、自分の故郷で死にたい」と。

 みんなに迷惑をかけるとんでもない年寄りと非難されるかと思っていると、あちこちから支援物資が届けられるようになる。

 死ぬことに意味があるかどうかよくわからないが、考えさせられる物語だった。

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吉田篤弘    「レインコートを着た犬」(中公文庫)

「つむじ風食堂の夜」から始まる、月舟町シリーズ三部作の完結編。
吉田の作品は、どれもやわらかい光に包まれ、暖かさや優しさを醸し出し、その余韻がずっと続く幸せな作品ばかり。

 古い映画館「月舟シネマ」の元はフィルムの置小屋に住む直さんの家の夜の風景描写が吉田の真骨頂で余韻を残す。

 「小屋の中は音楽もなく静かなので、風が吹けば風の音がして、雨が降れば雨の音がする。晴れていれば月の輝く音まで聞こえそうだ。いや、月は音など発しない。夜中にふと耳を全開にすると、小屋の薄い壁を通して、町の音が聞こえてくる。
 夜空をゆく飛行機の音。電車の音。銭湯の湯が下水管に流れてゆく音。酔って歌を歌いながら家路を辿るひと。猫の喧嘩。夜中に料理をするひと。夜中に洗濯物を干すひと。虫の声。車の振動―。
 私は目を閉じる。
 目を閉じると、なぜ、音がよりよく聞こえるのか。必ずそうなる。」

 最後の一文が、強く印象に残る。

この物語に、雨降り先生という雨を研究している、冴えない研究者が登場する。この研究者の発想が素晴らしい。

 宇宙はいつも夜。だから、夜が正常な状態。地球に昼間があることは、普通のことではない。
 それから、地球は太古は雨がずっと降っていた。それで海ができ、宇宙からみると地球は青く見える。海が無く、水が無ければ生物は生きることはできない。ということは、雨降りが正常で、雨降りのあい間に晴れが現れるのだ。
 で、この物語に登場する人々はみんな雨降りが好きだ。

古本屋の親方がいいことを言う。

 「どうして、日曜日が休みになったのか。働きはじめてから7日目に神様が疲れちまったんだ。だから、日曜日が休みになったんだ。それで、人間も7日目に休むようになったんだ。しかしだな、このごろ俺は思うんだよ。なぜ4日目くらいで疲れてくれなかったんだ。神様はタフだったんだよな。」

 親方の言う通り。本当に神様はいけない。

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高橋秀実    「不明解日本語辞典」(新潮文庫)

普段何気なく使っている、「ちょっと」「~ていうか」「普通」「適当」など32語について、その意味、語源などを調べ、日本語のあいまいさえ果敢に挑戦した言葉エッセイ。

 最初の「あ」から、なるほど無意識によく使っている。電話が留守電にかわり、伝言を吹き込むとき「あっ、高橋です」や電話ででるとき、やっぱし「あっ、高橋でございます」すると相手も「あ~、藤田です」と。

 知り合いと街でばったり「あっ、どうも」。あるいは「あっ、これ知ってる。」「あっ、そうだね」「あっ、そうかも。」
 ちゃんと辞典にも載っていて、この「あ」は感動詞。「驚いたり、感動したりしたとき発することば」なのである。

 グローバル化に伴い、欧米人のように、物事をあいまいにしないで論理的に主張できるようにしないとグローバルなビジネス世界では勝てない。ということで、最近書店にゆくとビジネスコーナーに「ロジカルシンキング」という言葉の入った本がたくさん並んでいる。

 ロジカルシンキングとは
・結論がある ・その理由がある ・結論と理由がつながっている という論理の組み立て方法のことを言うらしい。

 えっ、こんなこと当たり前のことじゃないか。よくわからない。それで具体例がある。
「当社は量販店チャンネルの管理不全による、中核商品LX-20不良品発生にいかに対処すべきか」

 ロジカルシンキングを取り入れると
「当社は、中核商品が全社にもたらす悪影響を最小化するという視点にたち、全チャンネルで管理体制を見直し、世の中に安全性を訴求する」

 これは、課題があって、また結論が課題にもどっているだけ。
・人間はみな死ぬ ・ソクラテスは人間である ・ゆえにソクラテスは死ぬ
とまったく同じ。

 ロジカルシンキングは、実際のビジネスを知らない人だから、言えることば。役に殆どたたない。横文字の流行り言葉を創り、それができないと企業に未来はないと脅し、飯を食えるんだから、コンサルタントなどは笑いが止まらない。

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池波正太郎   「私が生まれた日」(朝日文芸文庫)

  池波が多く書いたエッセイから、食べ物、散歩、旅、下町、家族、新国劇舞台、映画に関する厳選62作品を収録。

 池波は大正12年1月25日に生まれた。雪が降っていたそうだ。その日、父親はたまたま会社を休んで、家の2階で酒を飲んでいた。酒が切れそうになったので、母親に酒を買いにいかせる。酒屋に到着したところで、産気付く。あわてて産婆を呼ぶ。

 そして「オギャー」という産声とともに池波が生まれる。産婆が2階で酒を飲んでいる父親に男の子ですよと呼びにゆく。父親が答える。
 「今日は寒いから、明日見に行くよ。」すごいお父さんだ。

  このお父さん、小出商店という綿糸問屋に勤めていたが、そこが倒産。その後、ビリヤード場をやるが、こんなところに埋もれる人間ではないと、母親と離婚して家を飛び出る。

 母親は、姑と折り合いが悪く、年がら年中嫁姑で大ゲンカばかりする。

 ある日、正太郎が堪忍袋の緒が切れて、母親を投げ飛ばす。すると姑である祖母が言う。
「裏の大川(隅田川)は蓋がしてないから、大川に放り投げておくれ。」

 お母さんも、離婚後男を作り家をでて、池波は祖母に育てられる。そのお母さんは、男に捨てられ、やがて家に戻ってくる。そのとき新たな子供を連れ帰った。

 池波のエッセイを読んでいると、自分の幼いころをくっきりと思い出す。

 昔は、一家に祖父母、父母、子供3世代が同居するのが当たり前、というより同居しないと家族が持たなかった。

 さすがに小さいころはすでに水道が通っていて、井戸は廃墟になっていたが、洗濯は裏の河原で行っていた。ご飯炊きや料理はすべて竈で火をおこして行っていた。調味料である味噌も醤油も自家製だった。家事、育児は祖母と母が共同しておこなわないとやりきれなかったし、母は祖母からすべてを教えてもらって初めて一人前となった。

 池波も書いているが、炭屋、油屋、服屋、弓師、仏師、鍛冶屋、下駄屋、駄菓子屋、酒屋が街にはあった。

 一日は納豆売りの少年の声から始まった。季節には、金魚売り、苗売り、さお竹売り、蟹売り、朝顔売り、薬売り、威勢のいいあさり売りが軒を回っていた。

 まだ家の前の道路は未舗装。殆ど車も通らなかった。だから、道路は子供たちの格好の遊び場だったし、たき火場所だった。

 隣の家との間に垣根はなく、子供たちは同じように入り乱れて遊んだ。そして、食べ物、家庭用品は頻繁に融通しあった。どんなに貧乏であっても、年末には畳を変え、新年を新しい気持ちで迎えた。

 池波は、こんな日常が無くなってしまったことを嘆き、このままでは日本は滅亡すると声高に言う。

 池波は30年近く前に没している。更に池上の思いとかけ離れた今の世界を見ていたらどんな風に言うのだろうか。想像ができない。

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白石一文    「光のない海」(集英社文庫)

この小説は、殆ど理解できなかった。白石はスピュリアルだけど、人生とはこう生きるべきだという信念があり、それに従って小説を書いてきた作家というイメージが過去の作品を読みあった。

 しかし、この作品は、確信は無く、主人公の高梨を中心にたくさんの人々の絡み合いが延々と描写されるのだが、そのことで作者は何をいいたいのか、さっぱりわからない。

 例えば、高梨の妹篤子が、バリ島でスキューバダイビングの最中に、行方不明になり何日かして遺体で発見される。

 この篤子、実はお使いにでたとき、徳本産業の当時の社長京介のクルマにはねられ、右足に後遺症が残る。社長の京介は、これにより、篤子を中心に高梨家を金銭面を全面的に支えることになる。

 高梨も徳本産業に入社。そのとき亡くなった京介に代わり、社長についた娘の美千代と愛人関係を結ぶ。そして、美千代の娘と結婚をさせられ、その後美千代の後をついで、高梨は徳本産業の社長となる。

 一方、妹の篤子は就職した会社の上司の部長と救いようのない愛人関係にはいる。篤子は父親の醜悪な人生と、明日の無い自分の人生に絶望して、バリ島では自殺したのではということが匂わされる。

 篤子の死の直前に、この作品のタイトルに合わせ鏡になっている言葉が篤子によって発せられる。
 「水が光そのものになったように感じることがあるの。そんなときにはね、水の中にいると全身が光に包まれているみたいで、もう二度とこの水の中から出たくないって本気で思うの。」

 孤独と絶望の中で、死を決意する人はいるが、その死を実行することができるのは、異界から誘われそうせざるを得ないような世界が拡がるからなのだろうか。

 高梨や寮の管理人をしている堀越夫妻は、篤子と同じような絶望の中を歩むが、死を誘うような場面に遭遇できないため絶望の中を死ぬこともできず光のない海を彷徨せねばならないということを白石は言っているのだろうか。

 わからない。すんなり受け入れられない自分にいらつく。

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| 古本読書日記 | 06:11 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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山崎ナオコーラ   「指先からソーダ」(河出文庫)

朝日新聞の土曜日版に連載していたエッセイを収録した本。

山崎日経エンターテイメントのインタビューで次のように小説を語っている。
「小説は映画と違って、人物が出てきたときにはそれは紙の上でのインクの染みでしかないんですよね。確固たる顔や性格があるわけではなく、あくまでも読者それぞれの自由な想像に委ねられるんです。私はあえて読者の目に思い浮かびやすい人物を書こうとは思わない。だからこそ小説は自由なものだと思うし、小説でしかできないことがあるはずだと思っています」

 この言葉に山崎の思いが表れている。

山崎は、人生の経過を時間的にとらえて消長を描くということはなく、過去は背負っているかもしれないし、未来への思いが影響しているかもしれないが、常に今、瞬間を切り取って作品にしようとしているように思える。

 そして、今ある瞬間が未来にどうつながるか、過去がどんな影響を与えているのかは、読者が自由に発想したらよいというスタンス。

 このエッセイ集で、「永遠」について次のように表現する。
「永遠じゃないとわかりきっているのに、永遠であるかのような口ぶりで会話をするとき。それは別に嘘をついているわけではなくて、永遠という感覚がたまに現れるというだけのことだ。
 永遠というのは、長い長い時間のことでは決してなくて、一瞬にしてパッと広がって、またパッと一瞬に戻るような時間のことなのかもしれない。帯のようにくるりと丸まった時間には、終わりがない。」

 この特異と思われるような感覚を理解したり共感するのはかなり難しい。熱狂的に支持する人は一部にでるかもしれないが、普遍的な作品を生み出すのは困難。

 処女作「人のセックスを笑うな」で衝撃的デビューをはたし、芥川賞候補にもなり、注目を浴び、2作目「浮気でランチ」で更なる販売数を期待したのだが、全く売れなかったようだ。

 しかし、山崎のするどい、突き抜けた表現は、私には中毒を引き起こし、読むことをやめることはできない。

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| 古本読書日記 | 06:20 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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酒井寛    「花森安治の仕事」(朝日文庫)

2016年のNHK連続テレビ小説「とと姉ちゃん」で唐沢寿明が演じた花山伊佐次は花森安治がモデル。「とと姉ちゃん」は花森と組んで、戦争直後、女性のための雑誌「スタイルブック」を創刊し出版社社長になった大橋鎮子である。

 「スタイルブック」はその後花森の提案で「美しい 暮しの手帖」に変わり現在は「暮しの手帖」となって発行は続いている。

 花森は戦争中召集され満州に兵として行っている。しかし、そこで体を壊し、日本に帰され、悪名高き大政翼賛会に入社している。公募で集まった標語「欲しがりません、勝つまでは」を選んだり、「ぜいたくは敵だ」という標語を創ったり、戦争推進の立場で活躍した。

 その反省もあったのか、戦後彼を訪ねてきた大橋を前にして「男たちの勝手の戦争が国をむちゃくちゃにした。自分も女性たちに償いたい」と言って、大橋の提唱する女性たちのための雑誌の発刊を手伝うことを決めた。

 「暮しの手帖」が凄いのは、団体や企業の影響を受けることを防ぐため、全く広告を取らず、雑誌の購読費だけで出版費用を賄ったこと。そして、広告をとらない代わりに、大企業を含んで、あらゆる企業の商品を調査テストして、ユーザー目線からその優劣をつけた。

 洗濯機のテストは、あらゆる汚れを衣類につけ、一か月間洗濯機を回し続けるほどの徹底ぶり。回し続けるのだから、検査は徹夜で交代で行われる。労力も法外なものになる。

 この徹底検査と審査基準の公平性により評価があがり、発行部数は伸び最盛期には100万部近くまでになる。

 花森の編集姿勢は厳しく、原稿の多くは、あまり読むことなく書き直しと突き返すし、彼の使う鉛筆がきちんと机上に並べられていなくて、一本でも曲がっていると、怒り狂って一切仕事をしなくなる。奇人ぶりはおかっぱ姿で女装をときにする。

 新入社員受験の会場にやってきて、あいさつをする。その後野菜や肉をとりだして料理人に「酢豚」を作ってもらう。受験者は酢豚の料理方法を懸命に覚える。それが終わって安心していると、再び花森が登場して、「受験問題です。酢豚を作る前に、私が言ったことを600字以内にまとめなさい。」
受験者は完全に目が点になる。

 この作品、花森の生い立ちから、「暮しの手帖」時代の輝かしい功績までの生涯を描いている。しかし、なぜか、花森の大政翼賛会時代については殆ど触れていない。

 そこが私にポッカリとした空しさを連れてくる

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| 古本読書日記 | 06:17 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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吉村昭   「下弦の月」

あとがきが、全収録作についてオチまで解説しているような内容で、
余韻に浸りたい読者にとっては「その辺で止めてよ」となりそうな。

「海の奇蹟」「鷺」「探す」
私が小学生の頃は、臭い子をハブにするとか、自分を名前で呼ぶ子を見下すとか、
わりと単純だった気がします。
親同士の上下関係も別に考えなかった。
もしそれが、成長とともに当時の感覚を忘れているだけなのだとしたら、
こうやって子供の残酷さを描ける作者は、すばらしい感性の持ち主だと思います。

「十点鐘」
オチがピンとこなかった話です。

IMG_9129.jpg

「動物園」
有名な絵本「かわいそうなぞう」に比べ、この話は事実に即しているようです。
ほぼ、wikiの記述通り。シャンシャンが生まれる約七十年前の悲劇。
まだ生きているのに「慰霊祭」が行われ、処分を急ぐという皮肉な事態だったそうな。

「炎と桜の記憶」
この短編集の中では、一番読後感の良い作品です。
いい意味で裏切られるし、オチを話すのはもったいないと思わせる話。

「下弦の月」
表題作。「鬼熊事件」は実際の事件です。
先日も、愛媛の刑務所を脱走してしばらく捕まらなかった人がいましたね。
どうしたって犯人は人を殺害した凶悪な人物だし、自殺や自首を促す記者も特ダネ目当てだし、
決していい話ではない。
犯人をかくまっていた人に情状酌量したり、自殺ほう助を受け入れたり、そういう時代はもう過去だなと思ってしまう。
瀕死の犯人を先祖の墓の前に運んだのは、記者たちの作為ですしね。
今は、他の住民の不安を長引かせたとか、自殺エンドじゃ被害者遺族の気持ちも晴れないとか、結構批判が出ると思う。

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柚木麻子    「王妃の帰還」(実業乃日本社文庫)

主人公の範子は、私立の女子中学校に通う2年生。女子生徒というのは孤独が最も怖い。だから、何とか友人、あるいは友人のような子をみつけて、何人かのグループを作り、その集団にいることによって安心、安定を得る。だからクラスはいくつかのグループに分かれる。

 グループは範子が所属している地味グループをはじめ、ゴス軍団、ギャルズ、姫グループ、優等生に分かれている。

 そしてこのグループたちの頂点にたつのが、姫グループ。その姫グループの頂点が美貌でスタイル抜群の滝沢で王妃とよばれ、クラス全体を制圧している。

作者柚木はこの物語についてこう語っている。
「フランス革命から王政復古まで階級が次々ひっくり返ってゆく様子を頭にいれて書きました。範子のグループは革命のとき最も活躍する農民グループ。トップは滝沢さんが所属する姫グループ。女の子っぽいギャルズは、伯爵グループ。ロック好きなゴス軍団は、最も革命となると力をもっている商工層。優等生は聖職者で体制側。」

 フランス革命は何だったのだろう。

スクールカーストという言葉をよく聞く。しかしカーストというのは、生まれた出自で階級は固定されていて、そこから逸脱することはできない。

 確かにこの物語でも、所属するグループにより、クラスでの権限や行動、言動が制限されているように見える。

 しかし王妃滝沢が王妃の地位を追われ、地味グループに加わってから、グループは大きく揺れ動かされ、それにより、各グループから別のグループに移る生徒が発生し、個々のグループの力関係がダイナミックに変化する。

 集団は基盤としては残るが、それが常に変動する社会をもたらしたのがフランス革命。そして、そのことが民主化ということなのだ。

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| 古本読書日記 | 06:29 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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アンソロジー   「それでもお金は必要だ!」(日経文芸文庫)

過払い利息返還請求、仮想通貨、遺産相続など、お金が影響する人生の局面を切り出し収録した、人気作家たちの作品集。

実家に住んでいる兄から電話がある。遺産相続について話があるから、金曜日に帰って来いと。母は5年前、父は2年前の亡くなり、実家では兄と妻の葉月さんが住んでいる。子供はいない。

 兄は電機メーカーに勤め20年が経っている。外面はいいのだが、家にあっては意地悪、自分勝手でいつもねちねちせめる。前の奥さんは美人で可愛かったが、結婚して九か月で家をでてしまう。主人公の百花も、法事以外では実家に帰ったことが無い。

 今の奥さんの葉月さんは兄より一歳年下。学校時代から兄に憧れていた。体形は太っていて背は低い。よく兄が結婚したものだと思う。

 実家に帰ると、兄が封筒を投げてよこす。
「はい。おまえの分の遺産。3万円。」

なに~。実家までよびだして遺産3万円。遺産といえば普通千万円単位じゃないの。バカにしている。でも、これが兄。いつでも、自分を小馬鹿にして、偉そうに振る舞い、大のケチ。

 頭にきて夜も眠れず、朝起きると、兄は不在。もう帰ると、家をでようとすると葉月がやってきて少ないけど百万円と言って封筒をくれる。私が貯めたへそくり。また貯めたらあげるからと・・・。

 元は兄が稼いだお金と少し後ろめたさを感じたが、割り切ってもらう。
新宿のデパートで3万円分の服を買いすっきりして、帰りのバスに乗り込む。

大分バスが走ったところで、100万円の封筒が無いことに気付く。新宿のバス停でバスを待っていた時に男の人がぶつかってきた。あのとき盗まれたのだと・・・。
絶対とりかえすと思い、降車ボタンを押す。だけど、ここから新宿まではあまりにも遠い。

 それで、どうせ3万円しかもらえなかったのだ。100万円など無かったのだ。また頑張って働いて100万円を貯めればいい。

 諦めて、自分を慰めて、ふと胸のポケットに手をあてるとそこに封筒があることに気付く。
降りる予定のバス停を2つ過ぎたところで、降車ボタンを押し、通路を進むと、腰の曲がったおばあさんが外をみつめている。おばあさんが寂しそうに見える。百花はおばあさんの脇においてある小さなバックに100万円が入った封筒をそっといれてバスを降りる。

 そのときは暖かい心がわきあがり、お金などどうせ無かったんだと思いおばあさんにあげたけど、やっぱし後で絶対大きな後悔をしただろうと思うのは私だけだろうか。

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| 古本読書日記 | 06:27 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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山崎ナオコーラ   「浮世でランチ」(河出文庫)

14歳の主人公丸山君枝。あまり学校は面白くない。

造語でしゃべりあったり、お互いを必要以上に褒めあったり、ベタベタいつもしている。ちょっとしたことで大きな歓声をあげてだきあったり、自分のことを大事にするよりも、協調することに価値を見出す。こんな関係が嫌いで、また不慣れ。だから、みんなと距離をおいて行動する。

 それでも、これも不登校気味の犬山と優等生のタカソウとタカソウに恋心を抱く新田さんと、4人で少し不可思議な関係を続けている。

 こんな、窮屈な14歳。君枝は犬山と早く25歳になりたい。25歳は10億倍自由な人生が待っているからと語り合う。

 物語はそんな14歳君枝と25歳になった君枝の日々の生活が平行して語られる。
 変わった14歳の4人だから、面白いことをやる。犬山の部屋で宗教ゴッコ。机に白いシーツをかけ、果物などを盛って、祭壇もどきまでつくる。でも、何となく私も同じころだったらやりそうだなと思ってしまう。

 面白いと思ったのは、君枝が祭壇の足に神様あてに手紙を書いてセロファンでとめておくと、なんと神様から返事がくる。この部分が山崎の真骨頂で、突き抜けて素晴らしい。

君枝の神様への手紙
 お風呂に入ると、石鹸で泡ができます。その泡の形はそのときのものだけ。世界で私だけが見ることができます。葉っぱの影の形もそう、雨が窓を伝って落ちる雫の形も、私だけが見ています。立派な人間になれなくても、周りの人に迷惑をかけたって、こういう化学変化が絶えずおきている世界で生きているのは嬉しいことです。」

 神様から君枝へ
「14歳、熱くて、いいですね。私も似たようなことを思ったことがあります。
 線路や道を走る、電車や車をみると『私は今、平安時代の子供たちが決して見ることができないことを見ているんだ』としみじみ感じる。
 あと、自転車で坂道を下っているとき、『江戸時代の子供は、自転車を持っていないだろうから、こんな風に坂道を風を切って、下りていく感覚を味あうことはなかったはずだ』なんてことも思います。だから今を、この時代を生きていると思うとわくわくしますよね。」

 君枝は思う。
本当に毎日の生活に目を凝らせば、新鮮なことばかり。歯ブラシの歯磨き粉までしげしげとみつめてしまう。

 で、こんな君枝が25歳になる。普通の小説は、成長物語として語られるのだが、自分の思いをうまく伝えられなくて、仕事中は会話ができず、お弁当も一人で公園にゆき食べている。そして、耐えきれず会社をやめ東南アジアへの旅にでる。

 その今をまた、山崎は鮮やかに切り取り読者の目の前に提示する。
それで。君枝の人生の行く末がどうなるのかは一切提示しない。

読者は山崎の今を切り取った情景描写や言葉が、自由に解放されとびちることを心地よく感じる。物語の登場人物の今やその後についての想像や評価は読者にゆだねられる。

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池波正太郎   「私の仕事」(朝日文庫)

村上春樹も言っていたが、物語を書くとき、最初ひらめいた場面を書く。ある時から、最初に書いた人たちがかってに動き出すときがある。そうなると、その動きを追いながら書いていくと物語ができあがる。だから最後がどうなるかは、書きだしたときはまったくわからない。

 正直信じられない。物語のプロットが最初に創られ、それに従って書かなければ、意図した作品はできないとどうしても思ってしまう。

 ところが、このエッセイ集でも池波も同じ手法で小説を書いていることを告白している。

池波は戦争中徴用工として招集される。しかし、13歳で小学校を卒業しそのまま株仲買人の店で働く。それで、徴用工として招集されたが、工場では現場は無理だということで事務に回そうとしたが池波が現場にこだわる。

 それで旋盤工になる。図面を渡される。しかし、図面の製品を完成させるには、どういう段取りで行うか全くわからない。やみくもに適当に製造を始めると途中で必ず行き詰まる。
 それで、じっと時間をかけて図面をみつめる。すると、ある瞬間にこれだとひらめく。

池波の大ベストセラー作「鬼平犯科帳」。

 盗賊改方の長官・長谷川平蔵が、市中見回りも途中、大根河岸にある「万七」という料理屋へ入り、名物の兎汁で酒を飲むところから始まる。そこで、隣部屋に入った男の声を聞く。

 それが20年ぶりにあった友人、池田又四郎ではないかと思い、又四郎が店をでると、平蔵が尾行する。

 ここまで書く。しかし、このとき又四郎がどんな人間で経歴がどうなのか、平蔵とどんな関係にあるのか池波には全く浮かんでいない。だからここで筆が止まる。

 そこから筆を放り出し、寝たり、散歩をしたりまったく執筆とは違うことをする。しかし、トイレに行こうが、食事をしようが、音楽を聴いていようが、ずっと尾行する場面を頭に浮かべている。そうして、ある瞬間に、旋盤工時代の図面をじっと見ていた時と同じように、これだと閃く。それから登場人物に引っ張られ筆が進むようになる。

 池波、村上大作家。いきあたりばったりのような作風であれだけの名作をものにする、恐ろしい天才である。

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原田マハ    「フーテンのマハ」(集英社文庫)

旅をこよなく愛する原田。女性フーテンの寅さんを自任する原田の旅エッセイ。

殆どは、旅先での感動、素晴らしい情景を描いているのだが、餃子の章では、高知の屋台餃子「松ちゃん」の絶賛に続き、とんでもなくひどく不味い餃子を描いている。

 場所は仮名にしているが北関東の地方都市。これはだれがみても宇都宮とわかる。そこで最も有名な餃子店にゆくと長蛇の列。それで仕方なくそれよりは列が短い餃子店に並び餃子を30分待って食べる。これがとんでもなく不味い。生煮えの皮。ぬるい具。口いっぱい広がる化学調味料の味。とんでもない餃子とケチョン、ケチョン。さすがに店名までは書いていないが。教えてほしいと思う。

 原田マハは、美術館の設立や美術展の企画をするキュレーターとして、会社に属して活動していたが40歳に独立して、そこから、美術ライターとして雑誌などに、原稿を寄稿していた。

 転機は40代半ばに訪れた。ある出版社から沖縄在住で変わった女性がいる。彼女を取材してみないかという依頼。その女性は金城祐子さん。OLをしていたのだが、お酒がべらぽうに好きで、それが嵩じて沖縄で起業してラム酒製造会社の社長をしている。彼女のことは「風のマジム」という作品に結実している。その取材を終わって、民宿に泊まっているとおかみさんやだ旦那さんに、フェリーで離島の伊是名島に行き、漁師のカツオさんに会ってみたらと勧められる。

 そしてフェリーで伊是名島に行く。カツオさんは、ラブラドール連れて海辺を走る。口に大きなサンゴをくわえている。そのサンゴを海のなかに投げる。それをラブラドールが海にもぐりくわえて帰ってくる。それをまた投げる。くわえて帰ってくる。それを繰り返す。

 原田さんが「犬の名前はなって言うの。」と声をかける。
 「カフー」という。幸せ、よいしらせという意味だと返ってくる。

ここで原田はひらめく。カツオさんを取材して物語を書こうと。
それが処女作でラブストーリー大賞を受賞した「カフーを待ちわびて」だ。

 原田さんのこの旅。依頼した出版社は、旅費、宿泊費は自費にしてくださいということだった。ここで踏ん張って原田さんは素晴らしい作家になった。

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柚木麻子   「ランチのアッコちゃん」(双葉文庫)

主人公野百合はカード会社に勤める30歳の契約社員。毎週合コンに参加している。
自分に合コン参加者を引き付ける殺し文句は清盟という清楚で有名なお嬢様学校の出身であることを明かすこと。これで、参加男の子は憧れの瞳に変わる。

 野百合が高校生だったころは、社会は女子高生中心にまわっていた。清盟は評判とは異なり、清楚で純真な学校では無かった。
野暮の極みのセーラー服を、挑発的なキュートなミニドレスに着替える。いつも、指導教師とつばぜりあいの戦い。
校舎が見えなくなれば、靴下をルーズソックスに履き替える、そしてミニスカートに履き替え、中にはガングロに顔をぬる生徒もいる。そうすればもう自由な世界。

 仲間同士で渋谷にでる。そこには、たくさんの大きな館がある。身分証明書など提示しなくても、かわいい仕草をすれば誰でも入場OK。パラパラを朝まで踊り狂う。VIPルームでは薬まで味わえる。

 お前たちみたいなやつは社会にでてもはみ出し者になり、底辺においやられ大変な生活を強いられると言われ、自分もどうなるか少し不安になった。
 しかし、30歳になった今は、合コンで少し夜更かししても、ちゃんと時間までに会社に出社し、勤勉に働いている。

 それにしても、高校生の存在が希薄になった。今の女子高生はどうなっているのだろうか。合コンをやっているバーに、高校のころの指導教師が、はみだし高校生を追いかけてやってくる。ハマザキというはみ出し高校生を野百合は指導教師と一緒においかける。

 ハマザキを見失ったとき、指導教師がハマザキの作文をみせてくれる。
「一人で街を歩いていると、私は他の女の子をいつも心に思い浮かべます。その子は私と同じようなことを考えながら、この道を歩いたのに違いありません。未来も過去も、何人もの私が同じ道を歩いていて、交わることは決してありません。だから、私は一人ではないのです。」

 今の高校生のことは全く知らないが、かたまりで行動しないで、一人一人で孤独に行動しているのか。少し、寂しい。

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村上春樹   「村上さんのところ」(新潮文庫)

村上春樹が17日間限定で、読者の質問にこたえる「村上さんのところ」というサイトを立ち上げる。その17日間にサイトが受けたメールが37,465通。このメールを全部読むのに村上は3か月かかる。そのうち、3716通に返事をだし、その中から473通を選び一冊の本にしたのがこの作品。

 このメールのやりとりを読んでいると、意外に思ったのだが、村上の回答は、実に常識的で、普通の社会人として標準的な回答ばかりだ。なぜ、そんな常識人なのに、一般の心情、風景から離れた物語を次々創造できるのか不思議に思ったが、この作品でわかったが、心に浮かぶ、情景、世界が全く我々とは異なっている。この心の世界を村上は描いているのだ。

 村上は本当のヤクルトファンだと思う。

ヤクルトのマスコットはつば九郎、つばみ、トルクーヤの3つ。かってこれに加えて燕太郎がいた。燕太郎は村上によると、オリックスとの交流戦で、オリックスのマスコットガールのスカートの中を覗き、クビになり追放されていなくなったそうだ。

  よくもこんなことを知っているものだ。

 面白いメールもある。

  村上は猫をこよなく愛することで有名。
あるメール。友達から「子猫がうまれたからあげるよ。」とのメール。楽しみにしていたら、なんと親猫が届けられる。子猫を生んでくれたから、親猫が用済みになったのだそうだ。

 この作品で村上が言っている2点について本当にその通りだと感じた。

 「ペンは剣より強し」。最近は本当にその思いが強い。ネットやSNSの発達で、直接相手とやりとりをする。相手が見えないと、相手を全否定するような強烈なメールを送る傾向になる。それで、相手を抹殺する。全くペンは強い。

 新聞の存在が薄くなった。どんどん発行部数が減ってきた。もちろんネットの発達がその背景にあるとは思うが、新聞記者が足で歩いて掴み汗の匂いのするような記事が少なくなったことも大きな要因のように思う。

 同じことは野党議員にも感じる。週刊誌や新聞で報道され、誰でも知っている情報だけを使って、政府を追及するだけ。自分で汗を流して独自情報をつかみ政府を追及する姿勢が全くなくなってしまった。

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梅雨の散歩

もっさり

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降り出す前に出かけたので、涼しくてちょうどよかった。

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曇っていようと、ゼーハーな犬がこちら。

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車も随分慣れました。

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走りだすと顔を窓から出します

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ボールをキープ

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窪美澄     「さよなら、ニルヴァーナ」(文春文庫)

エリア カザンが監督した映画に「ブルックリン横丁」という作品がある。その中に「真実を伝えるためには嘘が必ず必要です。その嘘のことを物語といいます」というセリフがある。

 この物語、1997年神戸で14歳の少年Aが起こした連続児童殺傷事件を扱っている。社会を驚愕させ、困惑させ恐怖に陥れた大事件であり、物語を創造するにはテーマが重過ぎ困難な事件である。

 窪は、この大事件に同じ年におきた地下鉄サリン事件、阪神淡路大震災、さらに東日本大震災まで絡めて物語を創ろうとするが、カザンがいうところの嘘という部分の創造に失敗して、臨場感が伴わない物語になっている。

 少年Aは、少女を殺害する前に猫を中心にたくさんの動物殺害し解体している。人間は怒ったり、悲しんだり、悩んだりする。そのとき、心はどんな風になっているだろう。動物ではいくら解体してもわからない。悩んでいる心の形をみてみたい。これが、7歳の少女を殺す動機になった。この部分は、なるほどと納得できた。しかし、真に迫ってきたのはそこだけ。

 少年Aの家庭は父親が電機メーカーに勤める標準的な家庭だったのだが、窪さんの物語では、母親がオウム真理教のような新興宗教にのめりこみ、父親と離婚して、教団の教練場にAを連れて行ってしまう。これが、Aをゆがめる原因としているが、実態と違いすぎ戸惑う。どうしてそんな筋だてにしたのかと思っていたら、最後にAはまた教団に逃れ生活するところに結びついていた。

 この事件で一番問題にならねばいけないところは、少年Aが少年院に収監され、そこで完全に更生できたのか。少年院を出所してから、元犯罪者としてどんな心情で日々の生活を送り、どんな職についてきたのかというところ。窪さんがどんな物語を作るか興味があったのだが、そこへのアプローチは殆どなくて、いきなり陶器作家としてAが登場する。

 なんでAが陶器作家になれたのか。事件についての現在の思いはどうなっているのか全く窪さんは描かない。

 更に、Aを写真でひとめみて気に入った莢という女性と、少女を殺された母親が一緒に陶芸場に会いにゆくというところ。これは、奇想天外すぎ、とても共鳴できない。

 この作品が出版されるという情報を得たのかわからないが、出版直前に驚くことに少年Aによる「絶歌」という自伝が出版されている。この作品を窪さんが読んでいれば、窪さんの作品も違ったものになっただろう。

 「絶歌」。全く少年Aから被害者に謝罪がない。それどころかAの母親までもが本をだして、被害者に償いをするどころか、印税で豪邸を建てた。

 「絶歌」は最初幻冬舎に持ち込まれた。社長の見城は出版を指示したのだが、その情報を察知した東野圭吾が、出版するならば幻冬舎が持っている東野の版権をすべて引き上げるとともに、一切自分の作品は幻冬舎より出版しないと宣言したため、驚いた幻冬舎が太田出版に紹介。「絶歌」はそれで太田出版から出版された。

 売れればなにをしてもOKという幻冬舎、太田出版の節操のなさは非難に値する。その点東野はさすがと感じた。

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小杉健治     「最期」(集英社文庫)

貝原は、裁判員に指名され、ある裁判に立ち会う。

裁判は、ホームレス同士が争い、岩田貞夫という77歳になるホームレスが、馬淵という若いホームレスを金属棒で殴り殺したという事件の審理だ。

 貝原は被告人岩田をみて驚く。貝原が中学生のころ、地元で憧れていた船尾にそっくりだったからである。

 貝原が中学生のころ、貝原の地元四日市は、国策で誘致した石油コンビナートが煤煙を大量にまき散らし、それにより喘息が蔓延、日本4大公害になり大きな社会問題になっていた。

 当時船尾は中学校教師だったが、その職をなげうって、四日市公害訴訟運動に飛び込む。
喘息患者や住民は、コンビナートを形成する大企業を告発したり、対峙してもとても勝てるものではないという空気が蔓延していた。

そんな雰囲気のなか船尾は情熱をこめ喘息患者を一人一人説得して運動に参加させたり、原告に加わるようにさせる。
 その熱い姿をみて、貝原は船尾にあこがれたのである。
 そして、公害訴訟は住民側が完全勝訴し、大企業は負ける。

ところが、勝訴祝勝会が開催されたのだが、運動の先頭にたち、みんなを導いた船尾が出席せず、失踪したのである。

 当時、光り輝いていた船尾がなぜ今ホームレスにまで落ちて、岩田という別名を名乗っているのか。しかも殺人まで犯す。いったいどうなっているのか。

 裁判では、岩田は犯行を否認する。しかし、犯行時間に岩田を見たという早川という証人があらわれる。早川毎日犯行時間に犬の散歩をする。そこで岩田の犯行を目撃する。

 ところが早川が犬の散歩で外出しているとき、宅配業者が早川の家を訪ねるが、そこで犬に吠えられるという話がでて、早川の犬の散歩は偽証ではないかという疑惑が浮かびあがる。

 こんなたくさんの疑問が提示され、だんだん真相に近付いてゆく。この手際が素晴らしい。

 小杉はもってまわした言い回しは全くなく、短い文でびしびしと状況の変化を小気味よく読者に提供する。これだけわかりやすく、読者をひっぱれる小杉はやはり名小説家であるとしみじみ思う。

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山田風太郎    「忍法双頭の鷲」(角川文庫)

徳川4代将軍家綱の死去に伴い、跡目争いが起こり、若年寄堀田筑前守が擁立する綱吉が5代将軍に就く。それに伴い、公儀隠密の要職にあった忍者集団伊賀組が解任され、その後を根来衆が就くことになった。

 この物語は、その根来忍者秦蓮四朗、吹矢城助を中心に時に根来忍者首領である根来狐雲、その娘お蛍(おけい)が、幕府の密命により不穏な動きのある大名領地に忍び込み、実情を調べ上げ幕府に報告する。その調査過程を短編にまとめあげ作品にしている。

 行く先々には、追放された伊賀忍者がいて、彼らとの戦いが物語の中心となる。
物語で使われる根来忍者の秘術が忍法泥象嵌。変装する体の型を泥でとり、そこに変装者がうつぶせ、あおむけ浸かり、変装すべき人間そのままに変わってしまう術。

 信州八万石筑摩藩。藩主が亡くなり跡目争いとなる。その筑摩藩で、藩主の次男松平綱康の夜の御伽を務める側女が、任を解かれると次々自害するという事件がおきる。この自害は何が原因か調査を根来衆に密命がくだる。

 ここからが、山田の破天荒な物語になるのだが、実は綱康には陰毛が全くない。しかも、綱康は人間には普通陰毛があることを知らない。

 それで、御伽をする女性は床入れする前に毎回陰毛を剃る。しかし、これが重なると剃ったあとがチクチクと痛い。そこに阿坂行太夫なる伊賀者がとりいり、特殊鉋を使い剃った陰毛は2度と生えてこないようにする。このため、側女を解かれた女性のなかで、人生を儚んで自害する者が続出していたのだ。

 この綱康が、夜を務める側女に何と孤雲の娘、お蛍を指示する。すでに、綱康は素っ裸で床に入っていてお蛍を呼んでいる。
 お蛍が覚悟を決めて、着物を脱ぐ。美しい乳房。見事なくびれが現れる。しかし、腰から下にたくさんの毛があり、そこから突起物がつきだしている。

 蓮四朗が忍法泥象嵌を使いお蛍に変装していたのである。

実に馬鹿らしいと思うのだが、そのあまりにも突き抜けた馬鹿らしさに、感動している自分がいる。

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