FC2ブログ

2018年04月 | ARCHIVE-SELECT | 2018年06月

PREV | PAGE-SELECT |

≫ EDIT

せきしろ   「海辺の週刊大衆」(双葉文庫)

週刊誌「週刊大衆」。双葉社が発行して、毎週月曜日に発売される。月曜日は「週刊現代」「週刊ポスト」の主要週刊誌が発売される。この主要雑誌に隠れて、少し質が落ちると思われている「週刊大衆」。AV女優や人妻の少しどぎついヌードグラビア、芸能スキャンダル(あまり真実を書いているものはなく、想像ぶつが多い)、ギャンブル、風俗情報が中心。
この作品は、作者が「週刊大衆」を溺愛しているかわからないが、とにかく「週刊大衆」から浮かび上がる想像を膨らまし、広げられるだけ、広げ綴った作品。

 「週刊大衆」が置いてあるのにふさわしい場所ベスト5。
5位 電車の網棚に置かれている
   持ち帰る価値は無い。捨てられた夕刊タブロイド紙とともに、もっとも「週刊大衆」
   おかれている場所としてしっくりくる
4位 座席を確保するために置かれた「週刊大衆」
   ファーストフード店の席に置かれているのも似合うが、やはりパチンコ台確保のた
   めに置かれているほうが似合う
3位 夜中のコンビニに梱包されたままの数冊の「週刊大衆」
   あまり流行っていない、地元商店が転じたコンビニがよい。夜の薄暗い店内に置かれ「週刊大衆」。寂しげな店内によく溶け込んでいる「週刊大衆」
2位 時速80KMで走るダンプカーの風に煽られ、ページがめくりあがる「週刊大衆」
   幹線道路や大型車と「週刊大衆」の相性は抜群。
1位 「タクシーに乗るとき、荷物を積むためあけたトランクに置き忘れた「週刊大衆」
   様々な人を乗せ、様々な人生が通り過ぎていったタクシーに最も似合っているのが「
   週刊大衆」

なるほど。確かに少しわびしさと郷愁を呼び起こす「週刊大衆」にふさわしい場所である。

ランキングに参加しています。
ぽちっと応援していただければ幸いです。
にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ


| 古本読書日記 | 06:05 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

佐藤泰志    「大きなハードルと小さなハードル」(河出文庫)

  バブル時代、私が勤めていた会社は、主力製品の市場が急激に縮小して売れなくなり、業績は最悪になった。しかも、経営陣に血みどろの抗争が勃発していて、本当に会社は大丈夫かと心配な日々を送った。給料も上がらなくなりボーナスも減った。人員削減も行われた。

 まったくバブル景気の正反対の状態。狂ったバブルの情報を見聞きし、それはどこの話なのだろうと信じられない思いで日々を送った。

 佐藤泰志も、バブルに捨てられ、バブルとは全く無縁の底辺の生活を送った作家だ。主要な文学賞の候補にはなるものの、すべて落選。芥川賞には5回も候補になっている。

 同じように焦燥感ばかりの生活を私は送っていたので、佐藤泰志の作品は当時読んで共感し、大好きな作家のひとりとなった。だから、この作品も再読である。

 収録されている「鬼ヶ島」で、高校卒業を真近に控えた主人公が大学に進学もしないし、住んでいる町を離れると言い、公務員をしている父親に「どうして大学に行きもせず、町でも働かないのだ」ときつく叱責される。主人公が答える。

 まず自分で食っていきたい。それからたくさんの映画をみたり、酔っ払って友達を作ったり、時々は飲んだくれて道端に寝たり、夜になったらゴミ箱をあさって歩く男とか、本当の喧嘩とか・・・ボクサーの世界とか、キャバレーでボーイを働き生活している男とか、こそ泥とか・・・。

 父が言葉をひきとって
 要するにおまえは、長男で、父親の期待を踏みにじって、浮浪者になるか、刑務所暮らしをするか、そういうくだらない男になりたいというのか。気は確かか、十八の男がまともに考えることではないぞ。

 主人公をぶんなぐる。そして、
ゴミみたいなことをいっぱい知って、ゴミみたいな男になれ
 とプイと横をむく。

  ユーモアをこめて佐藤は心情をデフォルメして描写しているが、実際の気持ちもこれに近かったのではと思う。

  その心情に従って生きた佐藤は、前のめりで生きている人々から完全に捨てられ、孤独で苦しい世界でもがくことになる。
 爪に火をともすような暮らしの中で、懸命に小説を書き発表したのだが、どの作品も売れることは無かった。

  そして疲れ切った佐藤は、首をつって自殺をした。生きて頑張ってほしかった作家だった。

ランキングに参加しています。
ぽちっと応援していただければ幸いです。
にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ


| 古本読書日記 | 06:13 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

角田光代    「わたしの容れもの」(幻冬舎文庫)

本読みが若いころから習慣化して、今でも1日2冊までを決まりにして本を読んでいる。

時々、中高生時代に読んだ古い文庫本を引っ張り出して読もうとするときがある。それで驚くのは、文庫本の文字が小さく、1ページにびっしり書かれていることである。

 さすがに60歳も半ばを過ぎると、これを読むのは辛い。よく、若い時はこんな本を夢中になって読んでいたものだと(中味はわからずに)その読書体力に驚く。

 私の市でも、他の市と同じように街おこしを目的にマラソン大会が行われる。沿道で声援したり、ボランティアで運営に参加したりすると、マラソンランナーで若い人はわずかで、ほとんどが中年以上の人たちであることを知る。

 体力がありあまるほどある青年がスポーツをしないで、体力が無くなってくる人たちが懸命にスポーツをする。

 お金は、あればあるほど、だんだんけちになり使わなくてため込む。ところが、お金持ちではない人ほど、使い込んでしまう。
 体力(読書体力も含め)も、たくさんある人ほど温存し、無くなってくる人ほど使うようになる。
 お金と体力は同じと角田さんは、このエッセイで主張する。

 本当?首をかしげてしまう。

ランキングに参加しています。
ぽちっと応援していただければ幸いです。
にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ



| 古本読書日記 | 05:48 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

岩波明   「狂気という隣人」(新潮文庫)

電通の新入社員高橋まつりさんの過労死自殺が大きな問題になったが、この本によると、1991年に同じ過労死自殺が電通であったと書かれている。自殺者は大嶋一郎さん。大嶋さんも入社2年目の若い社員。そのすさまじい仕事の状況が記載されている。

 1991年8月1日 午前6:00まで仕事。午前7時 父の事務所 午前8時半出社
   8月2日 午前6:00まで仕事  帰宅 午前7時 家族が揺り動かす
  8月3日 午前4:00まで仕事  帰宅
     8月4,5日 会社入社以来初めて有休取得
     8月6日 午前7:30出社  帰宅できず
     8月7日 徹夜で仕事 帰宅できず

こんな調子で仕事を続け、8月27日自ら命を落とす。この時の自殺も「電通事件」といわれ世間を騒がせた。こんな厳しい経験をしているにもかかわらず電通でまた高橋さんが自殺したことが痛ましい。

 かっては精神分裂症と言われていた病気は、現在は統合失調症と言われる。このノンフィクションで驚いたのは、統合失調症を含めた精神病というのは、心因性が原因ではないことが臨床報告で明らかにされているということ。つまり、統合失調症というのは、苦悩や重圧などの体験から発症するのではなく、その因子は発症した人に元々備わっていて、トラウマなどは、その因子を刺激して、発症を後押しするものであるという。本当なのと少し疑問に感じる。

 統合失調症は全人口の1%が発症するが、実際因子を有しているのは10%から20%は存在する。ということは、発症可能性のある人は(作品では隣人としているが)周辺にあふれていることになる。

 犯罪を犯す人で統合失調症を発症している人の割合は0.63%。しかしこれを殺人者に限ると9.3%。すなわち、殺人者の10人に一人は統合失調症ということになる。

 ということは、責任能力が問えなかったり、その能力が不十分ということで、無罪や軽度の罰で済まされるケースが非常に多いということになる。

 日本では、責任能力が問えない殺人者については警察も無関心。簡単な判決を下す司法も判決後は無関心。それで、その後はすべて医者の治療、判断にゆだねられ、ここで殺人者の存在が消されて、世の中に再び送り出される。

 これに対して、2003年7月には「心神喪失者医療観察法」が成立したが、体制、システムが殆ど整備されておらず、旧態依然のままになっている。

 読み進むと、不安と恐怖感を覚えてくる。

ランキングに参加しています。
ぽちっと応援していただければ幸いです。
にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ



| 古本読書日記 | 05:41 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

有川浩    「明日の子供たち」(幻冬舎文庫)

 物語は児童養護施設が舞台。児童養護施設は、親が子育てを放棄したり、何らかの事情で育てるべき親がいない子が集められ生活する施設である。

 主人公は三田村という新人の指導員なのだが、本当に物語を動かしているのは17歳高校2年生の谷村奏子。
 奏子の行動や言葉を通じて、児童養護施設についての本当の姿を読者は知る。

3つの真実が物語で語られ、胸に迫ってくる。

 まず養護施設にいる子供を可哀想と思っていることは間違いだとうこと。親と生活していたときには、ごはんも満足に与えられず、しょっちゅう母や父から叱責され、ぶったたかれる。毎日腹を空かし、恐怖に震えている生活をしていた子供ばかり。確かに施設は守るべきルールはあるが、食事は思いっきり食べられるし、勉強も、ゲームも、おしゃべりも自由に気兼ねなくできる。施設以前の生活に比べれば天と地ほどの差がある。施設は良いところ。可哀想などということは収容されている子供たちには無い。

 施設にいる子は、みなし子のように思われているが、親はいる。ただ、その親が子育て能力が無かっただけ。

 それから、大きいのは進学の問題。養護施設は社会にでるまでが責任範囲。社会へでた以降は面倒をみる必要が無い。

 この前日本の大学進学率を調べたら約50%。選ばなければ、誰でもが大学に行ける時代と思っていただけにこの数字には驚いた。ということは、多くの学生が、親の経済力により大学には行くことができないのではと考えてしまった。

 当然養護施設では、大学進学の能力があっても大学進学は難しい。奨学金をもらい、生活費はバイトで稼ぐしかない。施設では高校の時からバイトを推奨する。入学金と受験料を稼ぐためだ。それで、大学に入っても、苦学生が耐えきれず中退してしまう学生が殆ど。

 だから、施設では大学進学を断念することを指導する。

私たちの中には長い間実家に帰らないという人が結構いる。それでも、実家はエネルギーの源になっている。しかし、児童養護施設育ちの子には実家が無い。施設をでたら、関係は絶たれる。やすらぎ、戻れるところが無い。

 物語では、奏子が主人公の三田村に施設の真の姿を伝えながら、最後にはその行く道に光が差し込んで終わる。

 と思ったら、とんでもない物語の真実が隠れていた。本の解説を笹谷実咲さんという人が書いている。実はこの物語は笹谷さんが、作者有川さんに自分が育った児童養護施設について物語にしてほしいという手紙により作られている。そして、物語の最後は、笹谷さんの有川さんへの手紙がそのまま載せられている。もちろん差出人は物語を動かしている奏子になってはいるが。

 この手紙と解説が物語の効果を高く盛り上げている。

ランキングに参加しています。
ぽちっと応援していただければ幸いです。
にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ


| 古本読書日記 | 05:53 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

辻村深月     「家族シアター」(講談社文庫)

家族を描いた7編の短編集。

学研といえば昔は雑誌「科学」と「学習」だった。同じような雑誌は旺文社も出版していた。旺文社の雑誌は本屋で買うが、学研の雑誌は、学校に販売するおじさんが来ていて、販売日になると袋にお金をいれて学校に持って行き、おじさんから買った。

 最初は「学習」と「科学」は半々で購入され読まれたが、だんだん「科学」が減り、「学習」を買う子が増えた。

 主人公の6年生はるかは「学習」派。妹の5年生のうみかは「科学」派。はるかにはうみかが読む「科学」のどこがおもしろいのかさっぱりわからない。漫画も無ければ、恋愛も取り上げられない。「ホーキング、宇宙を語る」とか「わかりやすい相対性理論」とか。

 家族で海へゆく。海で拾った貝殻を耳にはるかがあてロマンチックに言う。
「海の音がするよ、うみか」

 するとうみかが答える。
「よく貝殻から海の音が聞こえるって言うけど、それを出しているのはお姉ちゃん自身。保健室で耳の断面図見たことない?耳って、かたつむりの殻みたいな、蝸牛っていう器官があるんだ。あの中、聞いた音を鼓膜から脳に伝える役割をする体液が入ってるんだけど、それ、波みたいに揺れて動くんだって。お姉ちゃんが聞いたのは、その、蝸牛の体液が動いて認識した音だよ。」
 ロマンもくそもない。全く憎たらしい答え。

 はるかが、学校へピアニカを持ってゆくのを忘れる。うみかが貸してくれる。ところがその日同じ時間に音楽の授業がある。うみかはみんながピアニカを演奏している間、じっと耐える。

 それを知ったはるかが、うみかができない「逆上がり」を教えてあげようとする。2回目の練習をはるかは失念してしまう。一人で練習したうみかが鉄棒から落ち足を骨折して入院する。

 うみかは「宇宙飛行士になりたい」とはるかに夢を語る。しかし、骨の手術をすると宇宙飛行士にはなれない。はるかはごめんと泣きながらうみかに謝り続ける。うみかはお姉ちゃんがいてもいなくても鉄棒から落ちてしまっただろうからお姉ちゃんは関係ないと言う。そして、「私の代わりにお姉ちゃんが宇宙に行けばいい。はるかって名前だから」と。

さらにうみかが言う。
「私、言葉にして何かを言うことが苦手なんだ。海に行って貝殻の音の話をしたときも、その音はお姉ちゃんが奏でている音なんだよと言いたかっただけなんだ」と。

 全く辻村の小説はかなわない。心にしんしんと入ってくる。

ランキングに参加しています。
ぽちっと応援していただければ幸いです。
にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ



| 古本読書日記 | 05:59 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

貴志祐介     「新世界より」(下)(講談社文庫)

2011年にアゼルバイジャンで呪力を持つ人間が発見される。呪力を持つ人間は頭の中に浮かんだ世界を、現実に引き起こすことができる能力である。

この物語でも、山を破壊したり、風を起こしたりする場面がでてくる。

 この呪力を持っている人間は、調査により2011年現在0.3%人間世界に存在していることが判明している。我々の文明では、世界を破壊するために核爆弾が発明され造られた。しかし、核爆弾を超越する能力を持った人間が世界に登場した。地球を破壊したいと頭でイメージすれば、地球はその瞬間に完全破壊されるのだから。

 呪力を持った人間が、持たない人間を破壊したり、呪力を持つ人間同士が戦い殲滅しあうことを繰り返す。そんな時代が1000年続き、今や日本は9つの人間集落が存在するだけで、人口も5-6万人に減った。

 それにしても、現在は60億人以上の人間が地球上に存在する。いくら破壊、闘いが繰り返されたとしても日本人口が5-6万人になるのはいかにも激減しすぎる。

 読むとわかるのだが、5-6万人は呪力を有している人間だけのことを指している。60億人全世界に人口がいて、呪力を持っている人間が0.3%ということは人口は世界で1800万人ということになる。それだと日本が5-6万人でも理解できる。

 ということは、呪力を持たない大半の人はどうなっているのか。物語では人間と認められずバケネズミという生物として登場する。そして、世界は0.3%の人間が、残り99.7%の人間を支配し、使役する世界となっている。

 人間は同じ人間を殺したり、殲滅することはほとんどしないか激しく躊躇する。しかし、相手が人間だと認識しなければ、全く躊躇しなくなる。アメリカが広島、長崎に原爆を落とし大量の人間を殺戮しても、痛みを感じないのは、日本人を自分と同じ人間とは認識していないから。黒人を使役し、奴隷にしても、黒人は同じ人間とは認識していないから。できること。

 この物語は、人間は、自分とは異なると認識した人間を動物と同じように殺すことを簡単にするものということを語っている。

 最近は、昔と異なり、メンタルがおかしくなる病気の人が増加して、その存在が当たり前の時代になった。

 同じ文明が未来永劫続くことは錯覚。メンタル変調と思われる人たちが大多数生まれてくると、変調と思われていた人たちが正常ということになり、変調でない人々がその世界では精神がゆがんでいるということになる。

 秩序とか社会基盤というのは、ガラス細工のように壊れやすく弱いものということをこの物語は教えてくれる。

ランキングに参加しています。
ぽちっと応援していただければ幸いです。
にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ



| 古本読書日記 | 05:53 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

貴志祐介   「新世界より」(中)(講談社文庫)

中巻では、新しい人類の町、神栖66町の様子、社会構造、呪力の使用制限と制限が外れてしまった場合の人間の危険性がかなり明確になってきた。

 まず1000年後の日本には人口は5-6万人しかいない。集落は神栖66町を含み全国に6つしかないことが明らかにされる。電力も創ることができるが、発電は水力であり、ごく一部の家の灯りに使用されているに過ぎない。

 呪力を無制限に使用させないための方法は2つ。

一つは攻撃抑制。強力な呪力を持っている人間同士が対立を避けるような遺伝子を予め組み込んでおく。

 もう一つは愧死機構。他人に呪力を使おうとすると、警告が発生される。それを無視して呪力を使うと、使った当人は死んでしまう。

 さらに加えて、他人に敵対心を起こさず、融和させるために、肌を触れ合うことが推奨される。同性同士でも愛し合うことはよいこととされ、物語上では、早季と真理亜、瞬と覚は折に触れ愛し合う。

 この抑制機構と正反対でコントロールが効かない最も危険な状態に変化する形態が2つ。

一つは悪鬼。先天的に攻撃抑制、愧死機構の機能を有しておらず、他人を呪力で攻撃すると限りを知らず、殺戮をくりかえす。

 もう一つは、業魔。パニック障害に似ている。この障害が脳内で起きると、呪力の抑制が全く効かなくなり、大量の呪力を漏出させ、周囲の生物や植物のような無生物を異形に変えてしまう。
この業魔に陥ってしまった、早季が恋する瞬は、異形の谷や生物に飲み込まれ死んでしまう。

 中巻では、呪力を持つ人間と平和的共存関係にあったバケネズミがコロニー同士の戦いにより、小さいコロニーが統合され肥大化し、人間に刃向いだすところで終了する。

ランキングに参加しています。
ぽちっと応援していただければ幸いです。
にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ



| 古本読書日記 | 05:50 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

私も海に連れてって

KIMG0034.jpg
草ぼーぼー

KIMG0035.jpg
ここだけだと、いつもの公園と大差ない。

KIMG0042.jpg
海です。

KIMG0026.jpg
ゆめこは人間にはべってあまり走りません。デブだしねぇ。。。

一方のさくら

IMG_9086.jpg
走る

IMG_9094.jpg
カラスに逃げられる

KIMG0031.jpg
掘る

KIMG0040.jpg
寝そべる

IMG_9093.jpg
真夏へと続いてる ルート134  150

昨日より人が多いし、車が浜を走るし、さくらはカラスを追ったりサーファーに寄って行ったり。
今くらいが人口密度としてはちょうどいい。

おまけ
KIMG0043.jpg
犬の居ぬ間にリラックスモードの茶々丸。
頬の毛がプレスされている。

| 日記 | 14:32 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

明日で連休も終わりだと気づいたときの顔

KIMG0036.jpg

| 日記 | 14:14 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

貴志祐介     「新世界より」(上)(講談社文庫)

2011年アゼルバイジャンでPK,呪力(念動力)を持つ人間がいることが科学的に証明された。それ以降、科学的調査で呪力を持つ人間が世界人口の0.3%いることがわかった。その後、呪力者が引き起こす事件が頻発。それで、呪力者の弾圧が始まり、それに対抗して呪力者がさらに力をつけ呪力が強まる。そして、呪力者と非呪力者が対立する戦争が500年続き、我々の現在の文明は完全に破壊され、世界人口は最盛期の5%まで減る。それから500年破壊者が君臨する暗黒時代が続いた。舞台は現在の文明が破壊されてから1000年後。

 物語は、主人公渡辺早季の語りとして一人称で進行する。早季たちが住んでいる集落神栖66町は注連縄に囲まれ、その外にでることは固く禁止されている。

 その禁を破って、早季と同級生朝比奈覚・青沼瞬・秋月真理亜・伊東守は利根川上流に夏季キャンプに出掛ける。

 途上で、我々の時代の文明が遺した「国立図書館つくば館」で端末機械である「ミノシロモドキ」に遭遇し、我々の文明が破壊され、現在に至っている背景と呪力の恐ろしさなど禁断の知識を得る。

 その時、清浄寺の超呪力者の僧侶離塵が現れ、「ミノシロモドキ」を破壊する。

この物語、まだわからないが、神栖66町に住む人間というのは、呪力を有している人間だけを指し、呪力を有していない一般の人間はバケネズミなる生物に引き継がれているのではと思われる。

 神栖66町の住人は、バケネズミを使役でつかい、平和共存して暮らしている。
事実、子供たちは小学校「和貴園」に入学。呪力が現れてくると卒業し呪力の訓練をする「全人学級」に入学する。ただし、中には呪力を持たない人間がわずかながらいて、知らないうちにどこかに消えてしまう。

 呪力の破壊力は、我々の文明時代の核兵器の比ではないほど大きい。最も呪力を有している僧侶離塵は地球を2つに割ることができるらしい。

 ということは1000年後の人間世界は、呪力という一瞬で人間世界を破壊される力と隣り合わせで社会を維持させるという恐ろしい危険と共存している世界になっている。

 それにしても、1000年後の世界は、現在人間が営々として築き上げてきた科学文明が殆ど引き継がれていない。場所移動には車や飛行機は無く、歩行か水郷地帯を移動する舟のみ。ネットやTV、パソコンなど電気通信機器は全くなく、石器時代を彷彿させるような水準。

 なんだか読んでいて、侘しさを感じてしまう。

ランキングに参加しています。
ぽちっと応援していただければ幸いです。
にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ


| 古本読書日記 | 05:58 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

私を海につれてって

津波が来たら、このカプセルみたいなところに上るらしいです。

IMG_9085.jpg

道を間違えUターンし、釣り人たちがいるゾーンを避け。。。

IMG_9083.jpg
行くしかないぜ 俺を待つ太平洋(注:メスです)

IMG_9080.jpg

犬はたったか走っていくんですが、運動不足の三十路ねえやは足を取られる。
普段使わない筋肉を酷使した気分。

IMG_9080-1.jpg
拡大。尻尾は立っている模様。

IMG_9079.jpg
時々、遅い飼い主のところに戻ってきて体当たりする。

IMG_9081.jpg
足が濡れてくると、さすがにちょっと立ち止まる。
が。。。

IMG_9082-1.jpg
ビビッて飛びのくといった、おもしろいリアクションはありませんでした。

理想
IMG_2509s.jpg

現実
IMG_9082.jpg


道は理解しました。今度はゆめこも久々に連れていくべきか。

| 日記 | 16:15 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

貫井徳郎    「我が心の底の光」(双葉文庫)

この物語は、母が死に、父は人殺しをするという悲惨な生い立ちをした主人公晄が、その復讐として次々事件を起こすことに、共鳴を感じるか、違和感を感じるかで小説の評価が変わる。

 晄の母親は高校のころから、家をでて遊ぶ。そこでイケメンの男と知り合い結婚をする。父親が人殺しをする。母親は、幼い晄を部屋に閉じ込め、部屋からでられないようにして、外出をする。ごはんは外出前に母親がコンビニから弁当を買ってきておいてゆく。

 晄の部屋には、友達の慎司がみつけてきた捨て猫がいる。その猫と過ごすのが生活のすべて。

 母親が、外出して帰ってこない日がでてくるようになる。しかし弁当は一食分しか母親はおいていってくれない。しかも、帰ってこない日が2日から3日とだんだん増える。

 空腹が耐えられなくなる。それを、猫と話しをしながら凌ぐ。しかし、晄以上に猫の衰弱が早く、最後にすべてのよりどころだった猫が衰弱死してしまう。

 このことで、晄は人に心を閉ざす人間になってしまう。それと同時に、大切な猫を死においやった人、母をたぶらかし部屋に帰られないようにした人たちに復讐をしはじめる。

 復讐だけが人生のすべて。それを成し遂げたら、自分は死んでしまってもかまわない。光もなければ、冷たさしか無い世界。

 正直、私にはシンパシーを感じることができず、あまり物語にはいりこむことはできなかった。

ランキングに参加しています。
ぽちっと応援していただければ幸いです。
にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ





| 古本読書日記 | 05:51 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

中村航     「年下のセンセイ」(幻冬舎文庫)

予備校に勤めている主人公の本山みのりは28歳。ここ3年は恋もしていない。

 通いだした生け花教室で助手をしている滝川透に心がときめく。しかし、透はまだ20歳だ。だから、恋なんてとても考えられない。
 透は2浪していたが、東京の大学を受験して合格し、故郷の名古屋を離れて東京に行くことになる。

 透を愛していた記念、思い出にみのりはお酒を飲んだ後、透をアパートに誘い、甘い一夜を過ごす。

 それで、すべてを忘れるつもりだったが、透の恋心は募るばかり。透は、あれだけ愛し合ったのに、その後メールしても無しのつぶて。がっかりしながら東京へ向かう。

 大学に入っても浮かぶのはみのりのことばかり。思いはつのり、落胆と交錯する日々。

夏に名古屋に帰省したとき、思い切ってみのりにメールする。
 今日最終便で東京に戻るが、その前にいつもの公園の噴水の前で会ってほしい。と。

透は最終新幹線が名古屋を発つ11時間前に噴水のところに来てみのりを待つ。しかし、みのりはやって来ない。

 ところがみのりは来ていて、透の姿を確認していた。みのりはこの恋は無理と思っている。
透は大学生。これから、新しい世界で友達や恋人をみつけることがいくらでもできる。それを可能にする東京。未来は大きく開いている。

 もう自分は29歳。未来の可能性の扉は閉ざされているし、平凡な日々の繰り返しだけが待っている。好きだけど、とても付き合うことはできないと。

 みのりは名古屋駅にでて、あてもなくやってきた快速電車に乗る。そして、席に座り透のことをひたすら思う。電車は数時間走り、住んでいる県とは違う県の終点にたどりつく。そしてみのりは折り返しその電車でまた名古屋に数時間かけて戻る。

 夜のとばりがおりて暗い公園にやってくる。そこには、何時間もみのりを待ち続け、花を活けている透がいた。

 この瞬間が物語のクライマックス。歳の差も、遠距離も克服した瞬間だ。

物語のレベルとかリアリティなど雑念を捨てて素直に読めば、感動もあり中村は恋愛小説を創る名手だと感じた。

ランキングに参加しています。
ぽちっと応援していただければ幸いです。
にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ



| 古本読書日記 | 05:50 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

パン2

茶々丸のパンについては前の記事に載せました。
もう1匹のももこさんは?

back2.jpg


愛されピンク?

back.jpg
後ろ①

forward.jpg
後ろ②

さすがさび猫。統一感が無い。
真ん中の大きな肉球だけが黒いと、俺様タイプ。
まだらで、ウズラの卵みたいになっている肉球は、繊細でミステリアスな性格だそうです。
神秘のかけらもないですが、茶々丸に比べれば神経質でわかりにくいかな( ̄▽ ̄;)

pan.jpg
ちこり嬢のパン

毛モジャは、手のかかる甘えん坊だそうです。
だいたい長毛種はブラッシングを要するし、人間ごのみに改良されてきたから、甘えなきゃ生きていけないと思うわけです。
肉球はあんまり関係ないかも? 

IMG_5435.jpg

IMG_3336.jpg

甘えん坊だった記憶は、あまりない。

| 日記 | 01:13 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

パン

肉球のことです。くるねこの中で、そんな呼び名だったので。

IMG_9066.jpg

10・11の、抜けた巻を揃えたい。
過去にある程度まで揃えた漫画で、ある時発作的に売り払っちゃったんですね。
完結直前と知ってマイブームが再燃し、できれば古本で買い直そうと思うわけです。
TSUTAYA・イオン・ブックオフ・江崎書店・イケヤ……数か所で購入しても、そろわない。
金曜日に行った隣町のブックオフにはこの漫画自体が無く、気まぐれにほかの本を立ち読みした手前、何も買わずに出るのは申し訳ない。

IMG_9067.jpg
結果、こんなのを買ってしまう。108円。

肉球の色・模様から、性格を分類する「肉球占い」なるコーナーがあります。
全部ピンクは、誰からも愛される。

cha.jpg
茶々丸は、前足後足ともピンク。

ドラえもん・キティちゃん・マイケル・西根ミケ(動物のお医者さん)等、漫画の猫キャラの肉球も語っています。
西根ミケは、「絵によって全部暗色に見えたり全部明色に見えたり。足の見えるカラー絵がない」とのこと。
ただ、単行本5巻の表紙をめくったところにねじれているミケがいて

IMG_9073.jpg

どうやら全部ピンク。
性格は、愛されピンクタイプではなさそうですが。

IMG_9074.jpg

もっとも、みかん絵日記のみかんも、夜回り猫の遠藤・重郎もピンク。
肉球にこだわりがなければピンクで塗っておくのが一般的かな~とは思います。
くるねこも、カラー絵はそこまで細かくありません。線が太めですしね。
猫絵十兵衛は裏表紙で肉球を見せているキャラもいますが、表はコスプレ調なので掌が見えない構図多し。
はっきりわかるのがこれ。

IMG_9076.jpg

あずき色の肉球は、物おじしない犬っぽい性格の猫に多いんだそうな。
クロは確かに、飼い主の縁結びをしたり、悩める二代目料理人の味見をしたり、薄幸な少女を助けたり、犬っぽい情があるのかもしれない。

| 日記 | 00:52 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

藤岡陽子   「むかえびと」(実業之日本社文庫)

時に真実は隠し、暴かないほうがいい。そんなことを知っても詮無いことは多いし、知ることによって事態はもっと深刻になることだってある。

 主人公の助産士有田美歩が勤めるのは野原院長が経営する産婦人科医院。この野原院長の次男野原俊高は産婦人科医ではなく、都内で神経クリニックを経営。恰好も容貌も良く、産婦人科医院の助産士、看護士の憧れの的になっている。

 俊高は助産士である戸田理央と不倫を続けている。そして、理央は俊高の子供を孕む。俊高は堕胎することを強要するが、理央は産んで育てると言う。俊高は、不倫の子が生まれると自分の築いたステータスが瓦解すると思い、野原院長に相談、野原院長はカルテを偽造し、

バルタンという子宮筋弛緩剤を自らが不倫をしている師長を使い、薬剤室から持ち出さし、このバルタンを俊高が理央に注射し、堕胎させてしまう。

 俊高の行為は不同意堕胎罪にあたる。この罪は犯罪として裁かれた例は極めて少ない、平成10年から未遂を含めても今まで6件しかない。

 これは、堕胎が密室で行われ証拠物品が見つからない。また、多くが不道徳な関係により犯罪は行われ、裁判になっても被害者が大きな非難を浴びることになるため、女性被害者が告発をしないことにある。

 実際この物語でも、証拠品は別の佐野医師により押さえてあったが、警察は俊高を告発しても理央が受ける非難が大きいとして告発を止めるように理央を説得する。

 しかし、理央は説得をはねつけ告発。そして、助産士であることもあずかって、想像以上の社会非難を受けることになる。

 物語に登場する佐野医師の母親は乳児院を運営し寮長をしていた。乳児院は、主に捨て子を預かり育てる施設。子供が施設にいれる期間は3歳まで。

 施設にいた子の多くが、少年少女や青年になると施設を訪れる。そして、自分がどこで捨てられていたのか、わかれば母や父はどんな人だったのか聞きにくるのだ。佐野医師の母親は、わかっていることは隠すことなくすべて教えてあげる。自分が望まれてこの世に生まれてきたのではない事実を知り、訪れた人は驚愕し悲嘆する。

 しかし、佐野医師の母親はきっぱりと言う。
過去が暗かったことは消すことはできない。しかし、未来は変えることができると。

 作者藤岡は看護士として働いていた。彼女の信念が強く貫かれた作品となっている。

ランキングに参加しています。
ぽちっと応援していただければ幸いです。
にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ



| 古本読書日記 | 06:12 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

村上春樹   「ラオスにいったい何があるというんですか?」(文春文庫)

ボストンから熊本まで、世界各地を旅した紀行エッセイ集。

この本のタイトルは、村上がベトナムで飛行機を乗り換えラオスに向かうとき、ベトナム人から掛けられた言葉だ。

村上が訪れたルアンブラバンはラオス北部に位置する地方。村上もそうだが、ラオスが東南アジアのどこに位置するか、日本人の多くが知らない。ましてルアンブラバンという場所など。

 ルアンブラバンにはたくさんの寺院があり、多くの托鉢僧が通りを歩いている。托鉢僧に会うと、すべての人がもち米ご飯を寄進する。それも目線は僧より下げ、崇拝している態度で行う。

 村上は小さな寺院をいくつも訪れる。そこには無数の参拝者が奉納した、仏像、人形がある。そしてたくさんの襖絵がある。そして村上が尋ねると、子供から大人まで、ひとつひとつの襖絵にまつわる物語を語る。

 時間がゆったりと流れる。犬や猫も溢れるほどいる。しかし、穏やかな人々と同じようにストレスなど全く無くゆったりと暮らしている。

 こんなラオスに出会った村上のエッセイの最後が感動的に素晴らしい。
「僕がラオスから持ち帰った物といえば、ささやかな土産物のほかには、いくつかの光景の記憶だけだ。でもその風景には、匂いがあり、音があり、肌触りがある。そこには特別な光があり、特別な風が吹いている。何かを口にする誰かの声が耳に残っている。その時のこころの震えが思い出せる。・・・・それらの風景はそこにしかなかったものとして、僕の中に立体として今も残っているし、これからもけっこう鮮やかに残り続けるだろう。
 それらの風景が具体的になにかの役に立つことになるのか、ならないのか、今のところわからない。結局のところたいした役にたたないまま、ただの思い出として終わってしまうかもしれない。しかし、そもそも旅というものがそういうもではないか。それが人生というものではないか。」

 村上の作家としての卓越した能力に感服する文章、ラオスが読者の傍らに浮かび上がる。

ランキングに参加しています。
ぽちっと応援していただければ幸いです。
にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ

| 古本読書日記 | 05:47 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

PREV | PAGE-SELECT |