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2017年12月 | ARCHIVE-SELECT | 2018年02月

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吉田修一   「愛に乱暴」(下)(新潮文庫)

この物語の仕掛けは凝っている。

物語は、3人称で描かれる部分と、主人公桃子の独白日記と桃子の夫真守の浮気相手と思われる女性の独白日記に別れ、交互に入れ替わる形で進む。

 だんだん、これはおかしいと思い始める。
桃子は何があっても真守と別れないと独白しているのだが、浮気相手の独白では、妊娠しそれを真守の両親にもちゃんと語り、その後流産したのだが、その間に桃子と真守の離婚が成立して、流産は離婚後に真守の両親に説明、真守の両親も受け入れ、式はあげなかったものの、両親と浮気相手と真守の4人で会食して正式に結婚する。

 離婚を受け入れない桃子が存在するのに、離婚は成立して、浮気相手と真守が結婚するというのはおかしい。しかも、その頃、桃子の義父は脳梗塞で倒れ、入院をしている。それなのに会食をするとは。

 そして読者は気が付く。(不思議なまま読んでしまう人もいるかもしれないが)浮気相手の独白日記と現在の桃子の独白日記、どちらも桃子の時差をおいた独白なのだと。

 実は、桃子は真守と浮気していたとき妊娠して流産をしている。
そして、今、歴史は繰り返し、桃子が真守の浮気相手に負け、真守と真守の家族からしめだされようとしている。

 田舎からでて東京の大学を卒業して会社に就職する。会社を退職して結婚をして夫の家族とともに住む。そして8年後に夫とその家族に捨てられる。会社を離れて8年もすると、相談したり支えてくれる人もいない。更に次の生活の糧となる会社への就職も困難。

 桃子の孤独と大きな壁の前にたっている辛さをひしひしと感じる。
だから、最後に、コンビニ店員であるリーさんに声かけられ、「いつも、ゴミ捨て場の掃除をしてくれてありがとう」と言われた場面は暖かさと救いを感じる。

 桃子、離婚は仕方ないが、そんなに孤独じゃないぞと思わせるシーンだ。

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吉田修一    「愛に乱暴」(上)(新潮文庫)

出だしから、これ何?とつまづく。

まず最初、主人公である桃子が友人葉月に不倫の相談をしているところから始まる。その2ページが済んで、そこから、桃子は結婚していて、旦那初瀬真守の実家の離れに暮らしている描写になる。ということは、主人公の桃子は、かって真守と不倫していたが、元妻から真守を奪ったのかと思う。

 ところが、そのすぐ後、真守が不倫している女性の日記が登場する。ただ、この日記には真守のことを名前ではなく、初瀬さんと記している。何だかうさん臭さを感じる。

 桃子は真守が浮気をしていることも知っているし、多分真守も桃子は知っているだろうと思っているのだが、2人はいつも普通の会話する。ここが何とも解せない。普通は憎悪がまきおこり、修羅場を展開するし、会話などなりたたないと思うのだが、普通に会話が成立している。

 さらにえっと思ったのは、真守の浮気相手が妊娠して、浮気相手から桃子と離婚するように迫られ、浮気相手に真守とともに桃子に合わせることを真守から桃子に持ち出させる。これを桃子が承諾するところもありかな?と疑問に感じる。

 わざわざ、旦那が連れてくる不倫相手に会いにゆくなんてあり得るだろうか。その前に旦那を罵るだけ罵り、そんな所へ行くわけないじゃないかと拒否する。もし行くとしたら、桃子一人で不倫相手の住まいにゆき怒り狂うだろう。

 それから離れで使われていない和室がある。そこは実は義祖父が妾である時枝を住まわせた部屋。桃子が古い写真でみた畳の並びと現在の並びが異なることを知り、床下に何か秘密があるのではと思い、チェンソーを購入して、畳をあげ、床を切り落とそうとする。このあたりから、徐々に桃子の心がおかしくなる。ここで上巻終了。

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堀川アサコ     「小さなおじさん」(新潮文庫)

市役所に新米公務員として働く千秋は給湯室で不思議なおじさんと出会う。黒田節をがなりながら歩き回るおじさん。何が不思議かと言うと、背丈が15cmしかない。

 このおじさん槇原伝之丞といい、明治維新のころ地元の名士で、大きな土地を市に寄付する。市はその土地に桜化公園をつくる。

 戦争が終わって、この公園に清掃工場が建設される。それに怒って、伝之丞は怨霊となって甦る。ただし、怨霊なので誰にも姿が見えるわけではない。孤独で寂しい状況におかれた人だけが彼の姿が見える。千秋も見える人だった。

 この桜化公園の清掃工場を他に移し、跡地を含めてその周りに植物園を創ることが決定する。それで、市が周囲の土地買収に着手する。地主で一軒だけ、土地売却に協力しない家がでる。

 それが旧長瀬医院の跡地。そこの豪邸には、長瀬医院の院長の母シオ子と次女の仮名絵の2人が住んでいる。

 長瀬医院5年前まで、シオ子、医院長の長瀬、妻で耳鼻科医の逸子、出戻りの長女真名美、医院で事務長をしている仮名絵、それに6浪して医大受験に失敗してひきこもりになっている長男の一也が住んでいた。

 その時、医院長である長瀬が青酸カリで殺害される。犯人はアリバイもなく、しかも青酸カリをネットで購入していた一也ということになり逮捕されるが、その直後長女真名美が自分が犯人であるという遺書を残しやはり青酸カリを飲んで自殺する。

 この決着に疑問を持っていたシオ子が、土地を売却する条件として、千絵と同僚の天野に事件を調査し真相がつかまえることを提示され、2人は事件の追及を始める。
 2人は狂言まわしに近いが、頑張って色々当時の長瀬家の状況について調査をする。それを最後に伝之丞が見事に推理して真相を暴く。

 ライトノベル感覚でさくさく読め、それなりに面白さもある。楽しい作品である。

しかし、伝之丞。特別な人にしかその姿は見えないのだが、常に大酒を食らっている。酒壜がひっくり返ってそこから酒が溢れているのは誰でも見えるわけだから、それが不思議なことにならないのはご愛敬かな。

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| 古本読書日記 | 05:51 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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坂木司     「先生と僕」(双葉文庫)

ミステリーというのは、通常殺人や殺人もどきがあるのが普通だが、坂木の作品はそんな作品群と一線を画す。日常生活の中で起きる小さな謎を解いてゆくタイプのミステリーで一般に「日常の謎」ミステリーと言われている。
 このジャンルで最も有名な作家が北村薫。それから光原百合、加納朋子、松尾由美などがいる。

 この作品のタイトル「先生と僕」がおかしいのは、主人公の僕である伊藤二葉は家庭教師だから先生と言ってもいいのだが、謎解き、頭脳の良さから言えば「僕」にあたり、先生は何と中学生の隼人であるところ。ただし、僕二葉は変わった特技を持っている。物や風景、本の1ページを瞬時に脳に記憶することができる。この写真のような特殊能力と隼人の明晰な頭脳が結合されて謎を解明してゆく。

 いつからか定かではないが、最近のコミックの新刊は立ち読みができないように、全部ビニールで封がされている。

 隼人と二葉がある本屋に行くと、漫画コーナーのところどころの本にわからないように付箋がつけられている。そこに女子高生の集団がやってきて、大きな本の中に隠すようにして付箋つきのコミックを鞄に入れる。付箋には電話番号らしきナンバーが書かれている。万引きにである。

 不思議なのは、コミックに脈絡が無い。ある作品の4巻目だったり、別の作品の3巻目だったり。
 隼人が付箋に書かれている番号に電話するとある古書店に繋がる。
古書店では、ビニールが剥がれて平積みされている。それを貪るように読んでいる立ち読みがたくさんいる。

 人寄せである。万引きをした新刊コミックを引き取り、立ち読みしてもらい、あわよくば購入してもらう。

 しかし、最近は古書店は古本を購入する場合、売り人の個人証明を確認し記録しておくことが法律で義務付けられている。あまり、現実的な謎解きでは無いように感じた。

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| 古本読書日記 | 06:13 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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古井由吉 大江健三郎   「文学の淵を渡る」(新潮文庫)

2歳しか違わない同年代の巨匠同士が、それぞれの立場から語りつくした文学の過去と未来を遠望する対談集。

 最初の対談「明快にして難解な言葉」読み出し、全く何を論じているのかわからない。これはとんでもない本を買ってしまったとお先真っ暗。2回目の対談から理解できるようになり本当に良かったと思った。

 その理解不能な最初の対談で、死んでいることと生きていることが話題となる。

古井が言う。
Dieということは自分ではこなせる。死んだということで、この世にもうその人はいないということ。しかしわからないのは、deadという言葉。I am dead。これは生きていても、死んでいるという状況があること。死んでいるということは生きていることの一部である。自分は生者であると同時に死者でもある。要所、要所の節目では人は死者になっているのではないか。それでこうして生きながらえている。

 それに呼応して大江が言う。
「楽天記」という古井の作品があり、天候の行く末を判断している主人公の周囲に多くの死者がいる。死者から生きている者をみて小説は書かれていると。梅崎春生の小説はまさに死者が生者をみて書かれていると実例をあげる。

 なるほどと思う。私など、息はしているが、最近はずっと死んでいるのではないかと彼らの対談を読み、ひしひしと感じてしまう。I am deadである。

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| 古本読書日記 | 06:11 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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浅田次郎    「神座す山の物語」(双葉文庫)

浅田は少年のころ母の実家である奥多摩、御嶽山にある神官屋敷で暮らすのが常だった。そこで地上の世界では起きないような妖怪、魔界の話ではないかと恐れる話を叔母さんの寝物語として聞く。
 そんな寝物語を収録した、短編集。

私は浅田と同い年。そして、信州の山の小さな部落で生まれ育ったので、浅田の短編は、幼いころを思い出し懐かしく感じる。
 私の部落には、部落内に神社があり、もうひとつ部落の裏山にもおおきな神社があった。2つの神社がどうしてあるかは今もって知らない。村の裏手にある神社で秋口に村最大の祭り、神事が行われる。その当日に私が誕生した。それで、神主が普通とは違った名前をつけ、その名前で今でも、人に名前を紹介したり、旅行のホテルの予約で苦労し、冷や汗をかいている。

 神から授かったと思われている子だったから、さぞ、神々しく、御利益いっぱいの人生が歩めるのではと期待したが、全くそんなことは無く、平凡な庶民の暮らしを淡々と歩み、老人の入り口にたっている。

 この作品にあるように、台風が襲ったときは大変。台風が去った後は、屋根が飛ばされてしまう家がたくさんあった。

 台風のときは、神棚にお供えをする。必ず停電になるから、蝋燭に灯をともし神棚にすえつけ、お婆さんはずっとわけのわからないことをつぶやきながら祈っていた。台風が去り、青空が徐々に広がると、確かお婆さんも「神さまが去った」と感慨深げに言っていた。

 それから、この作品のように天狗の話が多かった。この物語集で登場する小柄で美人な浅田の母親の姉。3日間失踪するが、天狗に攫われまたもどされたらしいという話。私の部落でも天狗に攫われたという話はよくあった。更にこの話の中で、叔母と母が妖気が沸き立つ中で、ころころ入れ替わる様は浅田の秀逸な表現で見事である。

 100日修行にやってきた若い僧の喜善坊が、奥多摩に来る前は羽黒山で修行、この後は熊野にゆく。歩けばとんでもない距離。
 この神官屋敷の近くに危険で絶対近付いてはいけないという急峻な天狗岩がある。修行を終えた喜善坊がこの天狗岩に立っていた。自殺でもするのではと心配していたが、すーっといなくなった。天狗になって熊野に飛んで行ったのではと想像してしまう。

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| 古本読書日記 | 06:15 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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濱嘉之    「一網打尽」(文春文庫)

今起きている社会問題、事件の真相を追う、現在同時進行シリーズの第10弾。
同時進行だから、絶叫脅迫の豊田議員が登場したり、韓国でのTHHARD敷設での中国との強烈な摩擦、中韓、日韓の通貨スワップ協定の話がでてきたりして、それなりに興味がわく。

 物語の発端は京都・祇園の夜に銃声が轟き、中国マフィアと韓国マフィアのうち何人かが殺されるという事件がおきる。そこには北朝鮮による仮想通貨強奪計画があった。

 と、こうなるのだが、殺害事件の真相を追うということが、横におかれ、現在の社会問題、事件をてんこ盛りにならべ、何がどうなっているのかよくわからなくなる。

 パナマ文書やバハマ文書、仮想通貨、サイバーテロなど作者濱はよく知っているのかもしれないが、殆ど読者にはカラクリがわからない。
 マネーロンダリングという言葉が繰り返しでてくるが、それはどんな手口により実現されるかが、描かれないため、どうにも物語の実感がわかない。

 今は韓流ブームは完全に去ったが、それでも、BSなどでは、殆ど一日中韓流ドラマを放送しているチャンネルがある。固定的な熱心なファンのために放送しているのだと思うが一日中韓流ドラマばかりというのはいかにも異常ではある。

 これは韓国マフィアと日本マフィアが芸能界を牛耳っていて、その利権を得るためにおきている現象だと物語では説明する。

 しかしそれがどんな利権で、放送局は何の弱みを握られているためこんなことが起こるのか殆ど説明がない。言葉と現象に踊らされ中味がわからないのだがわかったようにさせるマジック物語かもしれない。

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田中小実昌    「田中小実昌ベスト・エッセイ」(ちくま文庫)

田中は小説家、脚本家、エッセイスト、翻訳家として活躍した。戦争直後、こんなことが可能だったのだが、東大に無試験で入学、しかし、学校には殆ど行かず、途中で除籍となる。

 その間、ストリップの演出助手、米軍基地でのバーテンダー、テキヤのバイトである啖呵売、易者などを転々とする。このエッセイ集は、戦中戦後の混乱のなか、田中が送った人生を綴り田中の中では最も面白いとされているエッセイを中心に収録している。

 特に印象に残ったのがテキヤの助手をしていたころの話。テキヤというのはバナナのたたき売りや、ガマの油などを名口上とともに祭のときなど、路地にでて販売する商売。

 そんな中に法律のことを書いた本(パンフレット)があった。法律を知らないとこんなにソンをする、知っているとこんなにトクをするという本である。

 トクをするというのは、
 電気の高圧線の下は地所が安い。そこで、ここを買って桐の木を植える。桐の木は伸びるのが早いので、梢の先が高圧線に届くようになると、電力会社が困る。で、うんと補償金をとって、桐の木を切る。そして、その補償金でまた桐の苗を購入して植え・・・これをくりかえす。なんてことが書いてある。

 そういえば、実際にはみたことはないが、ロケットマンというのが当時いた。口に油を含んで、それに火をつけ、口から火をふくのである。

 このロケットマンが赤い球と白い球を飲み込む。そして、集まった人が「白い球」と叫ぶと、腹からうぐっていいながら白い球をだす。

 どうして要求通りの色の球を腹からだせるのか不思議に思ったことを思い出す。

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| 古本読書日記 | 05:52 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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梨木香歩    「僕は、そして僕たちはどう生きるか」(岩波現代文庫)

私の書架の奥にひっそりとたたずんでいるのが、昭和12年、日中戦争勃発の一か月後に日本少国民文庫より発刊された吉野源三郎の「君たちはどう生きるか」。この作品の主人公がコペル君。そして、梨木のこの作品もコペル君。梨木は「君たちはどう生きるか」を14歳のコペル君を登場させることで、現代の少年少女にも考えて欲しいとの強い想いをこめてこの作品を書いている。

 私たちは意味が十分わかっていて当たり前のように使っている言葉に「普通」という言葉がある。

 「普通」という意味は「一般的」ということである。私たちはこの「普通」という言葉に弱い。普通イコールみんな、~ってなっちゃう。「だって普通そうでしょう」みたいなことを繰り返し言われると、どうしてか人は弱気になるのだ。

 「普通」という言葉が持ち出された時はうさんくささを感じる。いざとなったら大勢の側についていたいという自己防衛本能が働く。普通でないということは、一人であるということ異端ということだ。これは本当に勇気がいる。そして一人を貫かったことで痛恨の極みが発生する。

 だから、今後は信念を貫くことを生き方の基本に据える。だけど、将来その信念を貫きとおせるかには自信が無い。

 しかし、普通、普通という言葉があちこちで言われだしたら気をつけねばならない。
動物はハチやアリであっても、滅私奉公というか、自分の命まで簡単に投げ出すことをする。そういうことが動物は得意なんだ。

 そんなことは日頃からわかっている。だけど梨木さんの言葉は私たちの心臓を抉る。

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壇一雄     「花筐」(光文社文庫)

 常識や規則を破る。空しさもあるが、変な昂揚感、達成感もある。それを、複数の仲間とやると、その仲間が友達になる。

 高校時代というのは、アホな行為がヒーローになったり、友を連れてくる。

榊山は、今の高校にちかい大学進学予備校に通う17歳。授業を受けていると、異様に頭の大きい生徒が先生の授業を無視して、教室から抜け出る。吉良である。続いて、鵜飼という美少年が飛び出る。それに触発されて、榊山も鵜飼の後を追うようにして抜け出る。

 それがきっかけで、3人は不良のようなことや、背伸びをしたようなことをつるんでするようになる。
 ところが、少しも友達となったような雰囲気が無い。3人、それぞれに孤独な影がさしていて、さびしく独立している。

 この3人にからむように、何人かの女性が登場する。

榊山の若く美しい叔母。その叔母の夫の妹である結核を患っている美女の美那。吉良の従妹である千歳。その友人であるあきね。

 みんなでパーティをする。鵜飼は千歳とつきあっているが、千歳を無視して榊山のおばさんに惹かれずっと踊る。吉良は美那に思いをよせているが、相手にされない。そのはらいせに千歳に美那の全裸写真を撮らせ鵜飼に自慢する。榊山は美那とつきあっているが、千歳にひかれ踊る。

 あかねに協力してもらい、鵜飼と榊山が女子寮に飛び込む。そのとき鵜飼は美那の部屋に、榊山は千歳の部屋に飛び込み、キスを敢行する。

 こんな無茶苦茶をするが、どれも楽しそうでなく、むしろはかなさが伴う。
そして、そのはかなさのトーンが最大になる。
 美那が結核で亡くなる。それを追うようにして、おばさんが海に身を投げる。そして吉良も自殺する。

 美那の鵜飼にあてた遺書が本当に悲しい。
遺体を湯灌しているとき、裸をみられるね。

 この青春のせつないトーンは、戦争にいずれ行かねばならないという諦念が背景にあるからなのだろう。

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| 古本読書日記 | 05:55 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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松本清張  「増上寺刃傷」

久々に、ちゃんとした本を読んだので、記録しておきます。

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簡単にいうと、「何も殺すことはなかったのに」という短篇が集まった一冊です。
価値観は今と昔じゃ違いますがね。
爺やの感想はこちら
主人公は、下男が生類憐みの令のころに雀を一羽殺したせいで失脚、いつまでたっても復帰できないので狂い始め、家族の判断で座敷牢へ押し込められる。
最後は世話してくれた家来を、自分を陥れた憎き男と錯覚して切りつけ、「こやつの切腹が下手だから手を貸してやったわ」と笑う。

他は、自分たちは現代の赤穂浪士だと酔いながら時代遅れの敵討をする奴らとか、被害妄想が限界まで膨らんで殺人に至るとか。

「疑惑」は、妻と同僚の仲を疑い、義父も自分ではなく同僚を婿にしたかったのではないかと疑い、最終的に裏切り者の二人(義父は一足早く病死)を斬ってしまう話。
何年もたってから、「妻は自分の気を引きたくて、嫉妬させたくて、同僚にべたべたしていたのだ。無実だ」と気づいたというオチです。
が、義父が下戸の主人公を邪険にし、いけるくちの同僚を可愛がって、娘と同僚が二人きりになる状況を作っていたのは事実。
斬られるまえにぽっくり死んでいた義父は、主人公に悪意があったかもしれないですね。

| 日記 | 15:11 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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猫派のマンガ棚

長期休暇といえば、掃除と洗濯の手がのびる。

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ネットに入れて洗ったら、はだけました。

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百貨店出身なだけあって、服は丈夫でした。しばらく乾かしたら着せましょう。

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最近、「夜廻り猫」を買いました。

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「ニャアアアン」と「夜回り猫」はネットでタダで結構読めます。(おまけで、くるねこも)
書下ろし分もあるし、良いのです。無駄とまでは思わない。
「ねことじいちゃん」を買ったなら、今話題の「おじさまと猫」や「俺、つしま」もチェックしているかというと、後者はほぼ知りませんでした。
おじさまは、ネットで最新話まで多分読みました。
猫の声(擬人化)が行き過ぎだし、萌え要素が入っているし、おじさまが孤独な男やもめだと強調しているのが狙った感じで。
紙で買うほどではない…かな。

| 日記 | 14:46 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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戌年スタート

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仲良くなったかと思いきや

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迷惑だそうです

| 日記 | 14:20 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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荻上チキ    「彼女たちの売春」(新潮文庫)

売春をソフトな言い方をする。今までは「援交」とか「サポ(-ト)」というのが一般的だったが、最近は「ワリキリ」という言い方が多いと言う。

 「ワリキリ」というのは、主に出会い系サイト、出会い喫茶、テレクラなどの出会い系メディアを活用して客をつかまえ、個人で自由売春を行うことを指し、「裏デリ」とも呼ばれる。

 最近は労働基準法が改正されて、売春女性の上前をはねてお金を取ることがかなり難しくなってきた。

 それで、違法にならないように流行ってきたのが「ワリキリ」を主体にした出会い喫茶方式らしい。

 出会い喫茶というのは、女性だけがいる女性ルームと男性だけがいる男性ルームとトークルームと3つに部屋が別れている。通常女性ルームと男性ルームはマジックミラーで分けられていて、男性からは女性は見られるが、女性から男性はみることはできない。

 そこで、男性が女性を指名して、トークルームで待っていると指名した女性が現れ、交渉を直接する。女性は、男性を拒否できる。交渉が成立すれば、その交渉金額すべてを女性が受け取る。

 では、喫茶店はどのようにお金をとるかといえば、男性にのみ、入場料や飲み物料を大きい金額でとる。
 更に女性にとっていいのは、時間の拘束がゆるやかなこと。空いている時間に喫茶店にやってきて交渉がまとまれば売春できる。

 法律の眼をかいくぐって、新しい売春方法を思いつく。こういうのは絶対関西人だと思って読み進むとやっぱりそうだった。大阪に「ツーバ難波店」という出会い喫茶があり、そこが発祥の地。福田さんという人が始めた。
 売春をしている女の子は、不幸で底辺にいる子。そこからはみでると生きる術を失う。そんな可哀想な子を何とか救ってやらねばと思い始めたと福田さんは言う。

 ひどい屁理屈のように思えるのだが、大阪の福田さんは真剣にそう思っているところ(そう思わせる)が凄い。
 それにしても、著者荻上はこの作品で何を言いたいのだろう。底辺を脱するために、生活費補助をすれば売春は無くなるだろうか。

 私は、それでもかなりの売春している女性はそのままの生活をするように思えてしかたがない。

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| 古本読書日記 | 06:19 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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佐藤優      「先生と私」(幻冬舎文庫)

知の巨人と称される佐藤優の中学から高校入学直前までを物語にした自伝的小説。

猛読、乱読者を自認する佐藤だから、幼少の時から本をたくさん読んできたかと思ったら、この作品によると、中学のとき学習塾で出会った国語の先生が取り上げた教材がモーパッサンの短編「首かざり」が初めての小説との出会いだと佐藤は書いている。

 この先生が素晴らしいと思った。本を読んだり、英語を学んだりすることは受動的能力。
それに対して、文章を書いたり、英語を話す能力は能動的能力。そして能動的能力は受動的能力の範囲内で発揮される。だから、本を読んで受動的能力を拡げなければならない。それで、色んな本を紹介して教材に使う。

 受験では要約、まとめることだけが問題となる。しかし、逆に敷衍する。文章や物語を更にわかりやすくするために拡大する、これが能力を発揮させる肝要なこと。
 この教育で、佐藤の読書、知識の貪欲な吸収に拍車がかかる。

マルクス主義の立場から書かれた「世界十五代哲学」に出会い。マルクス主義を当時体現していたソ連に興味を持つ。そして、塾の先生や、教会の新井牧師にソ連やマルクス主義についてしつこく聞く。しかし、わからない。だから、高校に入ったらソ連を自分の眼でみてみたいという欲求が強くなる。

 佐藤の両親が素晴らしい。「是非、見て確かめてこい。」と費用をだそうとする。

でも佐藤はマルクス主義に染まろうとはしない。高校入学直前、一人で北海道旅行をする。そのとき携えていった本が三浦綾子の「塩狩峠」。佐藤は洗礼を受けた母親のキリスト教に強く影響されていた。

 人間は神様によって創られたのだから、そのことを神様に感謝して、神様が喜ぶような生き方をしなければならない。では、どのような生き方をすれば神様は喜ぶのだろうか。それは、神様のたった一人の子供であるイエス様の生き方を見習えばわかる。イエス様はいつも他人のために働いたし、祈った。

 「塩狩峠」の主人公、永野信夫は、自分の死をかけて、暴走する列車をとめ、乗客の命を救った。その行為はキリスト教信者である永野には、当たり前の行為だったのだろう。

 佐藤のキリスト教に傾倒する姿が永野信夫と重なる。

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| 古本読書日記 | 06:24 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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