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2017年11月 | ARCHIVE-SELECT | 2018年01月

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坂木司    「シンデレラ・ティース」(光文社文庫)

最近はラーメン屋とおなじくらいに、いたるところにあるのが歯科医院。だから、患者さんなどという呼び方はしない。すべてお客さんである。診察券などと言わずメンバーズカードと言う。

 スポーツクラブに通うか、エステを利用する感覚で通って欲しいから。だから室内は洒落たインテリアで統一され、トイレの横にはパウダールームまである。治療中に化粧が落ちることがあるため備えられている場所だ。

 主人公のサキは夏休み中のアルバイトで母の紹介で叔父さんのやっている歯科医院の受付をする。そんな歯科医院には、歯の治療のみならず、様々な問題を抱えた患者がやってくる。そんな患者と最初に対面するのが受付。色んな人に微笑み一番で対応しながら、スタッフに援助され、問題をサキが克服してゆく連作短編集。

 高津裕美という若い女性が歯の詰め物がとれたとこの歯科医院にやってくる。そのときの問診票に一日パソコンを操作しているせいか肩こりや疲れがひどいと書かれている。

 ある日、予約も無いのに若い男がやってきて受付で声をはりあげ怒鳴る。
「この歯医者は時間がかかりすぎる。いくら丁寧な治療とはいっても私生活まで影響が及んではいけないじゃないか。更にたくさんの薬をだすし、風呂に入ってはいけないというときさえある。」

 このクレームを言ってきたのが、高津裕美の彼氏。

歯科技工士の四谷が歯型を調べて、裕美が歯ぎしりで困っていることをつきとめ、それが彼氏のクレームに繋がっているのではと推理する。

 裕美が歯医者にやってくるのは、調べると夏休みなど長期休みの前日。歯ぎしりがばれることが怖くて、旅行に誘われるが断るために休暇前ばかりやって来たのだ。飲む薬がお風呂にはいってはいけないとか断る理由をついてきたが最後は理由がなくなり、詰め物をほじくりだし旅行を断っていたのだ。

 四谷君の推理は素晴らしいが、しかし裕美の歯ぎしりを無くす方法は無い。中途半端な結末だった。

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町田康     「餓鬼道巡行」(幻冬舎文庫)

熱海在住である主人公の私(町田康のこと)は、素敵で快適な生活を求めて、自宅を大規模なリフォームをする。それで、台所が使えなくなり、普段はしない、コンビニ弁当やレトルトパウチに挑戦することになる。

 それでコンビニからトマトリゾットのレトルトパウチを購入してくる。これが不愉快な食品である。レトルトパウチの上端を切り取るという指示が書かれている。

 その指示に従って切り取るが、切り始めは良いのだけれど、レトルトパウチの袋が何層かの袋を張り合わせた構造になっているかだろうか、最後のところまでくると、まっすぐに切れないで必ず歪んで切れない部分が残る。

 これが全く不愉快なのだが、この袋にはいっている具とソースをご飯にかけるのだが、必ずこの切れない部分に具とソースが残り、完全に絞り出すことができない。しかたなく鋏でこの部分を切る。すると、鋏が具とソースで汚れる。見た目も汚れてしまうし、鋏も汚くなる。

 更に干からびたような冷たい飯にこれをかける。食事というより、餌を与えられているように思えてくる。

 しかもご飯には蓋としてシールがはられている。これがちゃんとはがすのがうまくいかない。必ず端がくっついていたまま具をかける。
 こんな面倒くさい手続をしてやっとご飯にありつける。

 外側には「レンジでチンとするだけ」と書かれているが「様々な不愉快事をへて、レンジにチンするだけ」という表記にすべきと町田は言う。

 たしかにその通りと思うが、そんなに不愉快に思わず手続をして食べている多くの人たちがいることも現実である。

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坂東眞砂子     「イタリア・奇蹟と神秘の旅」(角川書店)

坂東がイタリアに建築とデザインを学びに、彼女が暮らす、北部の都市パノヴァに到着した日にある奇蹟をタクシーの運転手から聞く。

 パノヴァは聖アントニオが死んだ街だ。そう聞かされても聖アントニオが誰なのかわからない。そこでガイドブックを買って調べる。

 聖アントニオは1190年リスボンに生まれ、養子縁組をしてパトヴァにやってくる。やがて彼は信仰心の篤いフランシスコ派修道士として知れ渡る。市の聖マリア・マテニ・ドミニ教会の修道院で暮らしながら、精力的に説教活動をする。その喉は枯れることは無く、最終的には3万人の前で説教するまでにいたる。そして溺死した人を生き返らせたり、彼の妹の子供を生き返らせたり、切断された子供の足を元に戻したり数々の奇蹟を行った。

 その遺体が市内の聖アントニオ教会に安置されていることを知り、坂東は訪れる。そこで遺体はみることはできなかったが、彼の衣類などの遺品が陳列ケースに収められみることができた。

 その中にひからびたスポンジ状のものがあった。説明を読むと、聖アントニオの舌であると書かれている。更に読むと、遺体はすべてが腐敗する。舌だけが腐敗せずに残るというのは非常にめずらしいと書いてある。しかもよく遺品を見ると、そばには声帯まで保存されている。

 聖アントニオは非常に声力があった。多分、彼の生涯を通して、その舌を生かして語り続けただろう。その行為を通して、人智を越えた力が舌に集中して、死後、何らかの作用が舌に及ぼしたのだろうか。

 なるほど。我が家の嫁さんも、死後、800年以上たっても、舌はそのまま腐敗せず残されることは間違いない。

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篠田節子   「ミストレス」(光文社文庫)

ミステリーやらホラーやら、官能やら、異なった種類の小説を収録した短編5編。

印象に残ったのは、最後に収録されている「紅い蕎麦の実」。

主人公の佐久田悠里は人生の絶頂とおもわれる時は20歳のころ。彼が制作した金属彫刻が国際展で入賞。天才と世間から評価されイタリアに渡る。イタリアに当時留学していた女性と結婚。彫刻と音楽の二つが統合したと周囲から祝福された。

 しかしイタリアは昼から酒を飲むのが普通。それにならされ大酒を飲むようになった。最初は勢いもあったが30代になると忘れ去られる。そして、ニューヨークに渡った妻から離婚届が送られてくる。

 30代のとき、金属や針金などのガラクタでわけのわからない彫刻を作るのが流行った。悠里はそのときルネッサンス期の彫刻のレプリカをガラクタで作り、それが注目を浴びた。
 しかし、それもすーっと引いて、元の底辺の生活に戻る。

 40代のとき、そんな波乱万丈の生活を小説にすると、ある文学賞を得て、注目をあびるが、次作の依頼がどこからも来ず、凋落した。

 アルコール中毒がひどくなり、断酒の会に参加したがそれも合わず、軽井沢の地元にある「援農グループ」にはいる。

 ある日、会が終わって、岡野というおばさんを霙が降ってきたため、車にのせて岡野の家まで送る。収穫した野菜がたくさんあった。岡野の自宅はアパートの4階。ひとりでは持ち運べないので、悠里が一緒に運んであげる。その流れで、アパートの部屋を訪れる。

 女性遍歴がたくさんあるが、悠里はさすがに岡野には性的欲求はでない。しかし、岡野の穏やかさ、暖かさに安寧し、いつまでも部屋にいたい思いが湧き上がってくる。岡野が聖女、天使に思えてくる。

 農作業で汗をかいただろうと、岡野が悠里に風呂を勧める。下着が無いなと困っていると、風呂に入っている間にブリーフとU首の下着が用意されていた。岡野が父親を介護したときに買っておいた下着である。

 岡野には16年間ともにした恋人エリカがいた。会えば必ずセックスをするし、愛していると互いにささやきあった。

 悠里は岡野の部屋からでると、エリカの部屋へゆく。そして、いつものようにセックスをする。その途中でエリカがじじむさい下着をみて、どうしたのかと悠里を問い詰める。悠里は岡野のことを話す。恋人にはなりえない、しかし尊敬していると。

 それから何日かたつと、エリカからメールがくる。
「下着を用意してくれる、尊敬する人には勝てない。」と。そしてメールは遮断される。

崇高なプラトニックラブは肉体関係を越えたところに存在することをこの作品で篠田は表現している。

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坂東眞砂子   「道祖士家の猿嫁」(講談社文庫)

私の祖母は40年前に亡くなった。明治に生まれ、隣村から嫁いできた。この物語のように、百姓の我が家で、下女のように毎日働かされ、夢も希望もなく生涯を終えたのではと思う。

 この物語の主人公蕗、狭の国という高知県の山奥の村から、火振り村という落ち武者が住み付いたこれも辺鄙な狭の国の山を隔てた隣村の名士道祖士家に嫁いできた。風貌が猿に似ていたため、猿嫁と呼ばれ、夫のみならず道祖士家からは蔑まれた。

 その蕗の生涯を描いた、明治、大正、昭和の時代にわたった大河小説がこの作品である。
坂東さんは、時々に起こる事柄や、事象を、時代状況を摑んで、実にリアルに書き込んでいる。読者は、その時代にまさにいるのではという錯覚に陥る。

 蕗の80歳になったときの述懐。

 「道祖士家の嫁に入って以来、舅姑や義姉妹弟、夫や子供のためにひたすら家の中で働き続けてきた。隠居の身になっても、夫の清重は中風となり、下の世話までしなくてはならなかったし、夫が死んだと思うと、次には老齢で動きの緩慢になった義姉が、蔦の世話が待っていた。すべてのしがらみから解放されたのは、蔦の死んだ七年前だ。八十歳を越えて、ようやく蕗は自分のためだけの時を持つことができるようになったのだ。」

 この慨嘆そのままに物語は描いているのだが、本当に蕗がこのように思っているのかは何となく疑問を感じる。
 物語は、現在の社会環境で、蕗の生き方を見つめるから、いかにも不幸せな生涯を蕗が送ったように描く。

 私のお婆さんも、蕗と同じ時代を生き、同じような生涯を送った。しかし、自分が不幸せだと嘆いたことは無かった。誰もがおなじような時代を送っていた。

 私の生まれたころ、家は茅葺きという家が多かった。一般の家の屋根はトタンか、ブリキ、板、それがふきとばされないように石を重しにおいていた。今はスレート屋根が一般的になり、瓦葺の屋根は少なくなった。瓦葺屋根というのは、戦後創られた家で採用され、当時は瓦葺がモダンと言われていたそうだ。瓦葺はそれほど古い屋根ではなかったことをこの作品で知った。

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宮沢章夫     「長くなるのでまたにする。」(幻冬舎文庫)

宮沢、「牛への道」や「わからなくなってきました。」は、ブラックユーモアが効いて、面白く拝読したが、このエッセイ集は苦しさが表にでていて読むのが辛かった。

 宮沢はたぶん、多くの友達や仲間に恵まれ、快活な毎日を送っているのだろうと想像する。エッセイというのは、少し孤独で、世の中を拗ねてみる人の方が、変な見方をしてユニークで面白いものが書ける。

 宮沢のこのエッセイ。自分でも本当に面白いと思って書いているのだろうか。締め切りがどんどん迫ってきて、無理やり面白さを装うとして書いているように思える。

 「なぜ私は沖縄に行くことになったか」というエッセイはその悪さが顕著にでている。

 ふとどこかへ行きたくなった。何の根拠もない決断である。沖縄でなく別の場所でもよかった。そこがどんな国かわからないが「アゼルバイジャンに行こう」でもよかった。
 でもいつもよく行く平凡な場所はだめだ。「ハワイに行こう」「グアムに行こう」ではだめだ。

 「そうだ幡ヶ谷に行こう」。
宮沢は京王新線の「初台」に住んでいる。「幡ヶ谷」は隣駅だ。地下鉄が乗り入れている、京王線の「仙川」「そうだ仙川に行こう。」仙川がゆるされるなら、もうどこでもいい。赤羽でもいいし、東池袋でもいい。西荻窪でもいい。府中競馬正門前駅でもいい。何も駅でなくてもいい。

 「サンリオピューランドに行こう」はたまた「ピレネー山脈に行こう」
それでも私(宮沢)は「沖縄に行こう」と決めた。

 この、意味のない、そしてまったくつまらない、しつこい前触れに宮沢の行きづまりを感じる。

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開高健    「巷の美食家」(ハルキ文庫)

 開高、題名は忘れたらしいが、水をテーマにした素晴らしい掌編をこのエッセイで紹介している。

 ある夕方、一人の若者が放浪の旅に疲れて、故郷の小さな町に帰ってくる。そしてある家の庭のよこを通りがかる。一人の老人が芝にホースで水をかけている。若者が垣にもたれて水滴のほとばしるさまをみつめていると、老人がやってきて、ホースの口をさしむけて、一杯いかがと言って若者に水を飲ましてやる。

 若者が飲み終わって手で口を拭いていると、老人が
「何といっても故郷の水が一番だよ。」
と言ってたちさる。

 これだけの物語。水の命が伝わってくる。

水といえば何といってもアルコール。それも日本酒。

 開高が厳冬期に訪れた灘の酒蔵。近代化と称して、一階、二階をぶちぬいて大きなスチームにお米を入れて蒸し上げる。それが蒸しあがると、蒸気モウモウの中へ、草鞋をはいた丹波の若い杜氏が木の鋤を片手にワっととびこんで、蒸しあがったご飯を仲間の背負子に放り込む。その若者の露見した二の腕がピリピリと震える。たちまち全裸の身体は真紅に燃え上がる。汗がほとばしる。その流れる汗は、お米に潤味を与える気配である。

 感動しながら見つめていると、六尺ふんどしが湯気で緩み、赤いものがゆらゆらしているのが見える。そこからも汗が流れお米にしみわたってゆく。

 開高は感動してつぶやく。
 「そういえば、どこかに金露というお酒があったけ」と。

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宮部みゆき    「荒神」(新潮文庫)

東北にある、永津野藩と香山藩は戦国時代から、物語の時代である徳川綱吉の時代になっても互いにいがみ合っていた。しかも状況は、永津野藩藩主側近である曽谷禅正の強硬政策により、更に関係は悪化していた。

そんな時、永津野藩の境に接する、香山藩の開拓村が、一夜で壊滅してしまう事件が発生する。それを、調査に行った藩士もすべて行方がわからなくなり戻っては来なかった。

 ここで、その原因は怪物により行われたということが示唆される。
ただ、物語の半分を過ぎても怪物は登場しない。何か別のトリックがあり、怪物は最後まででないのではと思って読み進む。

 しかし、開拓村近くの名賀村に暮らしていた禅正の妹朱音のところにいた、開拓村の生き残りの蓑吉により、開拓村が怪物に襲われ壊滅したことを知らされる。
 それでも、怪物はなかなか登場しない。

朱音が心配になり、国境の砦に用心棒の榊田宗栄などを引き連れて、赴くと、何人かが殺され、そこでやっと怪物が登場する。

 この怪物のシーンがすさまじい。ちょっとした山くらいの大きさがある。きりつけても、全く効かない。きりつけるたびにヘビやらトカゲに姿がかわるだけ。ふりまわす尻尾は2つ。長い舌。ここから吐くつばをかぶると、焼けついて亡くなってしまう。
 しつこく、繰り返し悲惨なシーンが展開される。

 この怪物は、永津野藩と香山藩の争いの中で、呪術者の呪いにより生まれた。この怪物を倒すには、呪術者の子孫である、朱音の背中に呪文を絵師にかいてもらい、その背中を怪物が食いつくし、怪物が弱ったところを刀できり倒すしかなかった。

 犠牲になった朱音の最後が切ない。

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西村賢太    「無銭横町」(文春文庫)

平成きっての無頼派、私小説家の西村、油ののりきった短編6編。

西村を表している主人公北村貫多。20歳のころ椎名町の4畳半の安アパートに暮らしている。港湾荷役などの日雇いで糊口を凌いでいるのだが、あまり荷役仕事にも行かない。それで懐はピーピー。

 とうとうある日一円も無くなる。夕飯を食べねばならない。色々考えて先週買ったばかりの黒岩涙香などの作品が収録されている「日本探偵小説集」の文庫本、まだ読み終えていなかったがこれを古本屋に持っていって金に換えることにする。高い文庫本だから二百円はまちがいない。二百円あれば駅の立ち食いそばが食べられる。

 ところが古本屋にもっていくと100円でしか買い取れないという。何とかと懸命に懇願しても店主「それなら持ちかえれ」といって譲らない。

 100円をポケットに入れアパートに帰る。その途中でコンビニによりインスタントの塩ラーメンを55円で購入。レジのおばちゃんに頼んで割りばしとビニール袋2枚をわけてもらう。

 しかし、貫多のアパート。共同水道はあるが、ガスがきていない。
ビニール袋を二重にしてラーメンと粉スープと水道水をいれ、ビニールの口をとめて、ビニール袋をやわやわと揉む。こうすれば、麺がやわらかくなりスープと溶け合うはず。

 しかしいくらもんでも、イメージのようにはならない。放っておけばイメージのようになるかもしれないが腹が減って待てない。それで、口留を解いて割りばしで拾ってたべる。ポリポリと音がする。心底まずいと思う。

 恐ろしく毒とユーモアが混ざった切ない小説である。完全に突き抜けている。


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| 古本読書日記 | 06:03 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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田中慎弥    「宰相A」(新潮文庫)

正直、田中の芥川賞受賞作品「共喰い」を読んだとき、よくこれで芥川賞がとれたものだと不思議に思った。頭のなかで、それも小さい世界で、こねくりまわし書いた作品。これでは読者はつかず、早晩消えていってしまう作家だと思った。田中は引きこもりで社会との交流を遮断している人だと当時知り、作品を読んでむべなるかなと感じた。

 しかし芥川賞というのは大きな賞だ。この作品の解説を読むと、全国版では無いが朝日新聞に政治論評や、同様な論文を山口新聞に寄稿しているし、下関で行われたパーティでは安倍首相とも言葉を交わしているのだそうだ。
 

タイトルの宰相Aは安倍首相のこと、あるいはヒットラーを指すと田中は言っていた。とこの作品の解説者が言っている。

その宰相の言葉
「我が国とアメリカによる戦争は世界各地で順調に展開されています。いつも申し上げる通り、戦争こそが平和の何よりの基盤であります。戦争という口から平和という歌が流れるのです。戦争の器でこそ中身の平和が映えるのです。戦争は平和の偉大なる母であります。両者は切っても切れない血のつながりで結ばれています。健全な国家には、健全な戦争が必要であり、戦争が健全に行われてこそ、平和も健全に保たれるのです。」

 結構ブラックユーモアが効き、きつい言葉である。

小説は、こんな言葉があるにも関わらず、その言葉が生かされず、中味の薄い小説になってしまっている。

「共喰い」同様、頭でこねくりまわしているだけ。「共喰い」で感じた印象をそのまま私はこの作品を読んだ後でも引きずっている。

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桐野夏生     「奴隷小説」(文春文庫)

奴隷、抑圧され、絶対にそこから抜け出すことができない人たちを描いた短編集。

アイドルというのは、1980年代までは、テレビのあまたある歌番組に登場して、みんなのキューピッド、憧れる存在だった。90年代にはいり歌番組が殆どなくなる。しかしアイドルという歌手やグループは存在し、その活動は小規模なライブハウスを中心に行われている。彼女たちは小さな芸能事務所に所属、ライブに合わせ物販なども行う。

 以前は「地下アイドル」と呼ばれていたが、差別ではないかと言われ、現在は「ライブ アイドル」と言われている。

 主人公の友梨奈は、小さいころから人前で踊ったり、歌ったりすることが大好きな子だった。母親の多佳子もスマップに憧れ追掛けまでしたが、自分も芸能界に入ろうなどと思ったことは無く、娘の友梨奈も同じだろうと思っていたがそうではなかった。

 友梨奈は内緒でいくつものオーディションを受けていて、小さな芸能事務所のオーディションに合格して、高校を中退上京、その事務所の所属タレントになった。とはいえ、レッスン費用、生活費はすべて両親が負担。

 何年もたつのだが、デビューすることはかなわない。そんな中「MAY BEE DOLL」という5人組のユニットが結成され友梨奈も加わることになった。5人はみんな仲は悪いが、外に対しては仲良しで振舞う。

 そんなMAY BEE DOLLがライブハウスのイベント「アイドル イクスプロージョン」に初めて出演する。母親と友梨奈の妹は、いさんで状況しイベントにでかける。

 MAY BEE DOLLは4番目の登場だ。その前にアイドルとして人気のある「東京女子界」が出場する。観客の殆どはこの「東京女子界」が目当て。
 「東京女子界」のライブが終わる。ほとんどの観衆が会場の外へゆく。物販と握手会があるからだ。

 閑散とした会場でMAY BEE DOLLは歌う。曲目がすべて終わると、メンバーが「海上を盛り上げてくれてありがとう」とか「今度はみんなと一つになりたいです」など、最後の挨拶をする。友梨奈の番になって、友梨奈は困って声をあげる。
 「お客様は神様です。神様よろしくお願いします。」完全にすべる。

そして握手会。MAY BEE DOLLには20人ほどしか並ばない。

 その中の一人が友梨奈に声をかける。
「お客様は神様ですはよかったよ。君たちは夢の奴隷。お客様である神様がいつか解放してあげるよ。」
 そのいつかは残念だが、来ないんだよね。

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| 古本読書日記 | 06:15 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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宮部みゆき    「悲嘆の門」(下)(新潮文庫)

4人の人が場所も苫小牧から戸塚まで、指など身体の一部が切断されて殺害される。場所は離れているが、4つの事件は何か繋がりがあるのではないか。しかも、最後には、主人公の孝太郎がアルバイトで勤める「サイバーパトロール会社」の女性社長まで殺害される。

 そして、新宿の廃墟となった茶筒ビルの屋上のガーゴイル像が夜中になると無人にもかかわらず動く。
 これらは、何かトリックがあり、事件解明時、なるほどという種明かしがあると思って読むと、全くそれは無い。

 実はガーゴイル像は異界、無名の地からやってきたガラという魔物。しかも5つの事件は全く関連性はない。

 これだけ期待させてそれは無いよなと思う。

戸塚の保育園の母親殺害事件は、主人公孝太郎がガラから授けられた、霊力を使い解決する。

保育園のサイトに入り込んだ孝太郎、パソコンに犯人と思われる中園孝輔が浮かび上がる。深山は、保育園の近くで花屋をやっていて、時々保育園のプランターの花を入れ替えている。園児や保育士さんからは「町のお花屋さん」といわれ親しまれている。
 「町のお花屋さん かつら屋 お花の配達・お庭の管理、何でもお引き受けします。めばえ保育園のお庭番 中園孝輔でした。」
 このブログの画面に、鮮血を発している人形たちが、孝太郎めがげてとびかかってくる。ガラから手にいれた霊力によるものだ。

 これで、とても犯人とは思われない、優しい花屋の主人が人殺しの犯人だとわかる。

 最近の宮部はリアルが無くなり、魔界、異界と現実を重なり合わせた作品が多くなった。
殺人事件を、魔界の力で解決してしまうのにはがっくりする。

 宮部は今後こんな作品ばかりを書くのだろうか。現実に根をおろしたミステリーはもう書かないのだろうか。残念に思う。

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貫井徳郎    「空白の叫び」(下)(文春文庫)

14歳の中学生3人が人殺しをする。力がすべての久藤は、その力を奪われてしまうのではないかと思い、柏木という女教師をレイプ後殺害。医師の息子で成績も優秀な大金持ちの息子葛城は使用人夫婦の息子英之を苦労して完成したプラモデルを壊され、それに怒り殺す。神原は母親が男に狂い育児をほったらかしにされ、母親の妹の叔母さんと祖母によって育てられる。祖母が死にその遺産をめぐり母と叔母が相続争いとなる。母親は誰かにそそのかされ叔母を苦しめる。これに怒り母親を焼き殺す。

 この3人が少年院に収監され、やがて出院して、それぞれの道を歩みだすが、社会から疎外され、社会と闘おうと少年院仲間2人を加え5人で銀行強盗を働き成功する。

 物語では、少年の悪はどのように作られ実行されていくのかを丹念に描く。

しかし、私は別の面で作品の凄さ、貫井のミステリー作家としての矜持を知り、感心した。

 実は、神原の養育費は、父親が秘書に持たせて毎月叔母に届けている。ここにもう一人瀬田という悪が登場する。瀬田は自分の父親は葛城の父だと思っているが、瀬田には養育費が払われていない。ということは神原と葛城は異母兄弟だったのかと読者は理解する。同時に瀬田については葛城の父は、自らの子ではないと思っていて、神原は自分の子供だと認識しているのだとわかったような気になる。

 ところが貫井はそんな単純な関係を用意していなかった。

 葛城の父の妻が葛城を産んだとき、実は父親には愛人があり、その愛人に子供を孕ませていた。それに、祖父は激怒した。しかし葛城の父が真剣に愛人を愛していたことを祖父に訴えたので、この愛人をどうするかということになり、使用人宗像に妻として押し付けようとした。しかし、そのとき宗像には妻子がいた。

 宗像の妻は、多大な手切れ金と、月々の生活費と養育費を葛城の父に要求。それを条件に宗像のところを子供を連れて去る。そして葛城の父の愛人を宗像は再婚妻として受け入れる。

 何と愛人に孕ませた子は宗像に押し付けた愛人の子である英之。神原は、宗像の子だった。
葛城は、使用人宗像の子を殺害したと思っていたのだが、実は父親の子であり、葛城は異母兄弟である弟を殺害していたのである。

 とんでもない父親を巡る相関図を貫井は用意していた。読者に対して、どうだ君たちにはわからなかっただろうとほくそえむ貫井が私には見える。

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宮部みゆき   「悲嘆の門」(中)(新潮文庫)

この物語の中で、異界からきた友里子に宮部は物語や言葉とは何かを語らせている。この言葉は宮部がこの物語のためだけに造ったようにも思われるが、最近の宮部の著作を読むにつけ宮部が信じている考えのように思える。

 「輪とは何か。」

 「輪とはこの世を包み込んでいる全ての物語が織りなしている世界のこと。世界はここにあるでしょ。宇宙もここにある。見えないけど、私たちは知識として知っている。科学が解明してくれたことだから。人は実在する事象のなかに存在しているけれど、それだけで生きられるものではない。事象を解釈し、そこに願望や想像を重ねて、初めて人間として生きることができる。その願望や想像が物語よ。輪は、そういう物語の集積。世界に対する解釈の集積。その結果輪は、実在する世界よりも宇宙よりも広大になる。そして輪は、その中に多種多様な領域を内包することになる。

 わたしたちがいるこの現実、これも領域。わたしたちがいるこの国も領域。人類を単位と考えるなら、地球全体がひとつの領域。民族や国家をひとつの領域として考えるなら、それらも一つの領域。そこには、それを構成する人々が共通に保持している物語があるから。

 科学は常に前進しながら、最前線のわからないことに直面している。それが、科学であり、科学者の仕事でしょう。同時にそのわからないことについて、様々な仮説をたてたり、推測したりする。それは創造なのよ。そして解明されるのではなく創造されることは、どれほど確度が高かろうと、物語なの。」

 そして、この物語で宮部は言う。この輪のなかの領域のひとつに「無名の地」という場所があると。その「無名の地」は言葉の始源地。同時に物語の始源地でもある。

 言葉が生まれなければ、物語は生まれない。言葉が生まれれば、物語も生まれる。

ということは、私たちは今実在はするが、発する言葉はすでにそこでは物語であり、存在はしない。

 この長編のキーワードは「実在はするが存在はしない」だ。

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貫井徳郎   「空白の叫び」(中)(文春文庫)

辻村深月も中学生を主人公にして素晴らしい作品をたくさんものにしている。辻村が中学生を捉える姿、青春の手前の思春期の中学生というのは、社会とのギャップや人間関係に、感情的怒りや、軋み、憎悪、逆に厚い友情、絆、恋心を持っていても、それを表現できる言葉を持たない。だから、強い感情が前面にほとばしり、抑制できないもどかしい時代が中学生と捉える。

 私も、全く辻村に賛同するし、その表現に感動してしまう。
この作品は、14歳の中学生が主人公になっているが、どうにも心がざらついてしかたがない。

 登場人物は中学生だが、持っている言葉、考えの広がり深さは40歳代貫井そのもの。とても中学生の言葉だとは思われない。

 少年院にはいった14歳の葛城が考える。
「屈辱とは一体何か。人はある一定の価値観に照らし合わせ、身に生じる事象に優劣をつける。無理強いされたことを屈辱に感じるのは、果たして本能的な反応だろうか。実は幼いころに外部から注入された、後天的なものではないのか。ならばそれは他人の価値観だ。他人の価値観に翻弄されるのは馬鹿馬鹿しい。」
 こんな考え方を整然と創り上げる中学生など存在するとは思えない。

 中巻では、ばらばらに殺人を起こした、久藤、葛城、神原が色んな人間関係や因縁で徐々に結びついてくる。そして、新聞配達をしていた久藤が、少年院出ということで配達の邪魔をされたり、いやがらせを受け、一生社会から敵とみなされる運命を知る。

 そこで、そんな社会から逃げるか、それとも闘うか悩むが最後に「闘う」と決断。その方法は「銀行強盗」と宣言したところで終了する。

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| 古本読書日記 | 22:08 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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避妊手術終了

言い換えれば、成犬ということです。9か月ですね。

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ハイエナぽい

比較してみましょう。
ビフォア
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アフター
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ポテポテ、ムクムクだったのは、最初の2週間くらいだったのではないかと。

見た目はあれですが、甘えん坊かつ温厚です。たぶん。
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ちなみに、ほか3匹は別のソファー。
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冬ですね。

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歌野晶午   「ずっとあなたが好きでした」(文春文庫)

ミステリーの味わいが香る、佳品が並ぶ恋愛小説集。
どの作品も面白いし、驚くことに13作品全体での仕掛けもあり、歌野はなかなかやるなと感心する。

 辰雄、年齢は定かではないが、80歳半ばは超えているだろう。糖尿病が悪化して丸山病院に入院している。糖尿だけでなく、認知症も進行している。

美由紀は、辰雄の長男を夫にしていたが死別、本来なら辰雄は次男が面倒をみるべきだろうが、次男は世話をせず、義理の娘になる美由紀が面倒をみる。

主人公の私は、たまたま小学校の同級生の美由紀と街で出会い、美由紀の境遇を聞き同情して、美由紀とともに週一回会社をぬけでて辰雄を見舞っている。

辰雄は美由紀を死んだ彼の妻昌子と思っているし、主人公のことは美由紀の夫で長男の治だと思っている。

 近くで中年の女性がやっている花屋で見舞いの花を買って行って枕元の一輪挿しにさしてあげる。最初はプリムラ、次にシンビジウム、そして薔薇。この花のすべてが一日たつと辰雄のベッドから消えてなくなる。

 看護婦に聞くと、大量の花は、アレルギーのある人がいて禁止されているが、一輪、二輪なら全く問題ないと言う。
 美由紀と私は病院の関係者か、他の患者が故意に捨てているのではないかと疑う。しかし、そんなことは言えないからじっと堪えている。

 すると、何日かたつと、辰雄の腕に切り傷ができている。最近は病院や施設で、看護師や介護士が、患者や入所者を傷つける事件が多発している。さすがにこれはと心配になる。
 直接には聞けないので、遠回しに聞くが真相はわからない。

 そして、ある日辰雄が行方不明になる。どこを探してもいない。美由紀と主人公が困っていると、ある看護師が「辰雄さんいましたよ。」と教えてくれる。

 301号室の個室に入院している安治川さんというお婆さんの部屋にいたのだ。あわてて美由紀と主人公が301号室に行くが、辰雄の姿は見えない。どうなっているのかと思い布団をはがすと、安治川さんの胸に顔をうずめてまるまっている辰雄がいる。安治川さんも意識しているかどうかはわからないが、細い腕で辰雄を抱きかかえるようにしている。

 そして安治川さんの枕元には辰雄に買ってきてあげた花がある。

 無くなっていた花は、辰雄が安治川さんに捧げていたのだ。腕の傷は持ち運んでいるときに薔薇の棘が刺した傷だった。

 これだけでも、いい恋愛小説だと思うのだが、更にこの話には、印象深いフィナーレが用意されている。

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| 古本読書日記 | 21:56 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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柳家小三治     「柳家小三治の落語7」(小学館文庫)

柳家小三治が国立劇場で演じた20席を、収録した本の7冊目。全部で9冊ある。

高校のとき、落語研究会をつくり、素人の下手落語、誰も笑う人がいないのに、一生懸命あちこちで落語をやった。

 落語には真打がかけるような大きな話もあれば、前座が専用にしていて、口がまわるようにするための簡単な話がある。我々が高校で演じたのはもっぱら前座話。
 「寿限無」「時そば」「道具屋」「初天神」
など。

明治の初めはラジオもテレビもない、今でも津軽弁になると殆ど何を言っているかわからないが、当時関西弁を東京の人間が聞いたら同じように何を言っているのかわからない状態だった。

 この落差を面白く表現した前座話が「たらちね」と「金明竹」だ。この2つの落語は私の高校時代、多くの落語家が演じ、身近に感じた。

 「金明竹」東京の古道具屋に兵庫の仲買人の番頭の弥市がやってきて、古道具屋から取り次いだ道具7点の処理について説明する。その時、店主は留守で、丁稚の松公が取り次ぐ。

この松公、つめを切れといえば、猫の爪をきるなど、少し能が弱い。だから、弥市の言っていることがさっぱりわからない。

 そこで女将さんが、松公をどかして対応する。松公の手前知ったかぶりをするが、女将さんも弥市の言っていることがさっぱりわからない。で、帰ってきた店主に報告するのだが中味がムチャクチャ。ここが面白いところ。

 この本を読むと、あれほど誰もかれもが演じていた「金明竹」も、今は演じるのは小三治だけになったそうだ。結構寂しいものがある。

 20年くらい前に演じた小三治の落語が収録されている。今は、まくらで面白いことを言ってお客をつかむのが一般的なのだが、小三治は殆どまくらで面白いことを言うことは無い。びっくりした。

 高校のときよくやった小咄を小三治も「転宅」で使っている。
賽銭を盗もうとした泥棒が仁王様にみつかり、蹴られ踏んつけられる。それで下腹が圧迫され、思わずプーっと屁をする。
 「クセ者め」仁王が言う。おもわず泥棒が顔を見上げて「おお、仁王か(匂うか)」という。

 本当になつかしい。こんな小咄で何でも笑い転げた高校時代を思いだした。

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| 古本読書日記 | 06:09 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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貫井徳郎     「空白の叫び」(上)(文春文庫)

貫井をして、これを書きたくて作家になったと言わしめた作品。大長編。3巻にわたり1100ページをこえる。

3人の14歳の少年の物語がバラバラに進行する。そして、それぞれの少年が上巻では殺人をおかすところで終了する。

 神原は、母親が外を遊びまわっていて家にいない。それで母親の妹である叔母と祖母に育てられている。祖母が亡くなり、母と叔母で遺産相続争いが起こる。母が男にだまされ遺産を取ろうとする。その危険を神原が察知し叔母に言うのだが、叔母が全く聞きれないので、思い余った神原は母親を殺害する。

 葛城は医者の息子で裕福な家族の一人。宗像という住み込みの使用人家族も別棟だけど、同居している。宗像父母は、使用人として葛城家族を立てて行動するが、息子の英之は同年齢の葛城を友達のようにして行動する。葛城はプラモデル作りが好きで、パーフェクト グレードのプラモデルを頑張って完成させるが、これを英之が破壊してしまう。これに怒り狂った葛城は英之を殺害する。

 3人目の久藤が私にはよくわからない。久藤が力により抑えてきたクラスに、産休教師の臨時として柏木という女性教師が赴任してくる。この教師も当然久藤はひれふさせようと授業時間に悪さをするのだけれど、全く意に介さない。そこで久藤はレイプをすると脅す。
それでも、動じないので、久藤はレイプを実行する。

 これで教師をやめるかと思っていたら、変わらず淡々と授業をそれからも行う。久藤はレイプが警察や他の生徒や先生にばれたら、自分の権力は破滅するとの思いに襲われる。それに耐えられなくなり女性教師を殺害する。

 久藤の想いと女性教師の言動がとても現実にはありえない。貫井もそこが弱点と思ったのか、実にくどく、しつこくその説明にたくさんのページをさく。

 いずれこのバラバラ殺人少年が結びつくことになるのだろうが、それがどのように結びつき、どう展開してゆくのか楽しみになる。

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| 古本読書日記 | 06:00 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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大槻ケンヂ   「サブカルで食う」(角川文庫)

大槻は50歳を超えた今まで、これだというメインの職業は無く、ありとあらゆるサブカルチュアの世界で泳ぎ飯を食べてきた。

 ロックバンド、アニソンシンガー、作詞、小説、コラムニスト、テレビタレント、ラジオパーソナリティー、トークイベント、映画原作、舞台原作、映画俳優。そして自らを「サブカルクン」と呼ぶ。

 そんな人生から得た蘊蓄を、今人生に悩んでいる人たちのために語りつくしたメッセージ。

 小説を書くにも特別な才能は必要ないと彼は書く。
まず、何でも心に浮かんだことを、つじつまなど考えずにアットランダムに書く。これを10回くらいくりかえしていると、書くべきテーマが浮かんでくる。

 テーマが決まったら、そこに自分の経験や思っていることを重ね合わせる。さらにその「自分」をほかの何かに置き換えてみる。例えばゾンビだったり、超能力者だったり、ぬいぐるみだったり、そうすると段々物語が動き出してくる。

 そうしたら、小説の決まったルール
①変な出会い ②いい感じになる ③失敗して悩みの時期 ④再会して何とか話が収まる
にあてはめて書いていけば何とか小説ができあがってゆく。

 重要なことは途中でなげださず、書き続けること。

そしてテクニックとして、最後のつじつまがあえばいい。その間は、ペンが動くにまかせて書けばいい。

 大槻の言っていることは何となくわかるが、それでも小説を書くことはそんなに簡単なことではないと思う。

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| 古本読書日記 | 22:21 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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坂東眞砂子     「曼茶羅道」(集英社文庫)

主人公の麻史は、家業の薬売りを継ぐため、会社をやめ実家のある富山に妻静佳とともにやってくる。そこで、祖父漣太郎が住んでいた隠居家で蓮太郎が使っていた「懸場帳」を見つける。「懸場帳」というのは薬売りが持つ、各家の住所と名前と使用した薬と補充した薬が記録されている帳面のことである。その帳面に「曼茶羅道」の記録があり、そこに薬売りに行く。

 ということは祖父蓮太郎の辿った道を歩くということになる。

実は蓮太郎は戦争中マレーに薬売りの行商にたびたびでかけ現地にサヤという妻と勇という子供を作っていた。戦況が厳しくなり、蓮太郎は富山に引き揚げるが、驚くことにサヤが引き揚げ船にのり勇を連れて富山の蓮太郎の家までやってくる。

 蓮太郎は妻をはじめ家族の凍った視線に耐えられず昭和22年に曼茶羅道に薬売りにやってきていた。

 曼茶羅道で、麻史は車が故障し動かなくなり、仕方なく助けを求めて右往左往することになる。何しろ曼茶羅道は廃屋ばかりで人の住んでる家屋が無い。やっとあった一軒に泊めてもらうのだが、そこで大失敗をして追い出され、野宿をする。その野宿から目覚めると世界は一変する。

 廃屋ばかりで人っ子一人いないと思っていた曼茶羅道に人が溢れている。その人たちは姥婆を先頭に踊り狂いながら羅道を行列を作って歩いている。そして、そこで麻史は祖父蓮太郎と出会う。

 ここからが、私には理解不能な世界が展開する。

姥婆を先頭に踊り狂う行列は「薬師参り」という行列。その行列に加わっている人は、普通の人の輪からはじき出され苦行を強いられている人たち。薬師に出会うまで、ずっと歩き続ける。

 過去も今も全部忘れてしまっている。忘れてしまっているひとたちは自分では何も決められない。死ぬことさえ決められない。だからずっと踊っているしかない。

 この風景は昔を表しているのか、破壊尽されてどうにもならなくなった人間の未来を表しているのか、坂東は何を言いたいのか全くわからなくなった。

 しかし、現地妻が押しかけて来た蓮太郎はすべてを忘れ、薬師参りを一生続けたかっただろうことはわかる。

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| 古本読書日記 | 22:19 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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島本理生     「RED」(中公文庫)

男というのは本当にダメだなと思う。

主人公塔子は大企業のSEとして働いていて、ずっと仕事を続けたかったが、同じ企業に勤めていた真が、結婚しても働いてもよいという言葉に信頼して真と結婚をする。しかし子供の翠ができるが引き取ってもらえる保育園がなくて、仕方なく会社を退職する。

 今は義理の両親の家で、夫の両親と住んでいる。
夫の真は、大企業のサラリーマンであること、家もあること、それから塔子を理解して接している(真が勝手に思う)母親がいる。これほど恵まれている一家は無いと思っていて、塔子への接し方にもそれがでる。これでどこに不満があるのか理解できないし、認識しようともしない。しかも翠を妊娠してからセックスレス。

 塔子の怒りの言葉に思わず真はドキっとする。
「私は、あなたの家に家具として搬入されたわけじゃないんだよ。」

 塔子は昔バイトで働いていて、その頃、その会社の社長だった鞍田と再会し、不倫の関係に陥る。

 鞍田は、妻とも別れ、自由な選択ができるのに、「君は特別だ。好きだ。」とはしょっちゅう言うが、絶対「一緒になろう」とは言わない。そして、塔子の友人の矢沢にも手をだす。

 鞍田は「君は特別だ。好きだ。」を矢沢やほかの女性にも調子こいて囁いているのだろう。

 俺ほど、幸せな家庭も築いている男はいないと自分の都合でしか世界が見えない真のような男が、鞍田のようなバカ男をはびこらすことになるのだろう。

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| 古本読書日記 | 20:40 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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阿川弘之    「あひる飛びなさい」(ちくま文庫)

戦争には負けたけど、日本人の力を呼び戻し称賛するような事象が起こる。例えば、古橋廣之進の世界新記録を次々打ち立てる、「トビウオ」と称された無敵の水泳だったり、ノーベル賞受賞の湯川秀樹だったり、ボクシングの初の世界チャンピオンになった白井だった。

しかし戦後からの飛躍は、アメリカに負け、占領されたが、自分たちのほうが優れていると自負していた、それぞれの分野の人たちがいつかみていろと胸に誓いをひめて日々研鑽努力を積み重ねた結果によってもたらされた。そして日本人は、負け犬根性から脱却して、日本は素晴らしい国だと改めて確信し、自信と誇りを摑みもどした。

 この物語、主人公は、進駐軍相手のキャバレーで成功を収め、その後観光バス事業に乗りだし成功する横田なのだろうが、やはり阿川、横田と交錯する、戦争中名機を創り上げた加茂井元中尉の、いつか日本国産のジェット機を作り空を飛ばせたいという夢の実現が主軸だ。

 日本では戦闘機は当時27000機まで作られた。戦争に負け、GHQにより航空禁止令は発令され、航空機がすべて破壊され、日本での航空機開発製造は禁止された。

 加茂井元中尉は、「通信科学懇話会」を発足させ、日本の戦闘機を開発製造した人たちと研究、情報交換の場を作る。そして、いつか日本で開発した飛行機を飛ばすことを目指す。

 1952年に航空禁止令が一部解除され、日本でも航空機開発製造ができる道が開けた。
 そして、加茂井が専務をしている飯塚興業の横に、「新日本空輸株式会社事務所」という看板が掲げられ日本独自の航空機の開発が始まる。

 ターボプロップエンジン旅客機が開発される。物語ではYK20,実際はYS11。物語の愁眉はYS11の初のテスト飛行の場面。
 日本製の飛行機の初飛行を中継放送しようと多くの報道陣が櫓を組んで、テストフライトを実況中継する。飛行時間57分。見事に成功する。

 そしてYS11(YK20)は全日空や日航、東亜国内航空に購入され、日本の空を飛び回る。それだけでなく、大韓航空やハワイアン航空、オリンピック航空など、海外の航空会社からも受注し、海外も飛行する。

 やがて、安値競争にまきこまれ、採算が悪化し、1973年に生産終了してしまう。

この時の技術は、三菱重工業に引き継がれる。三菱がMRJで国産飛行機を開発しているが、これがなかなかものにならない。技術だけではなく、加茂井元中尉の熱い情熱をきちんと引き継いで欲しかった。

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| 古本読書日記 | 06:37 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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阿部和重 伊坂幸太郎  「キャプテン サンダーボルト」(下)(文春文庫)

戦争末期になり、負けが避けられない状態になると、起死回生を狙って取り組むのが「細菌兵器」の開発。これを相手国に撒くのである。ドイツでも日本でも行われていた。その日本の研究開発施設が五色沼にあった。

 人間には750兆にものぼる細菌が体の中にいるという。村上という博士をリーダーとして開発された特殊な細菌は、五色沼の水に入れると、750兆すべての細菌を悪玉細菌に変え人間の細胞を破壊する。

 だから、テロリストも五色沼の水を奪取しようとする。その片棒を井ノ原、相場がかつぐ。

 「我が国戦力、日本の二万千六倍」という米国がまいたビラ。これは細菌開発施設の扉の鍵の開錠番号「21006」を表していた。こんなことを含めて上巻でたくさんバラまいたトリックの謎あかしがなされていく。

 この作品、どの部分が伊坂が執筆、どの部分が阿部執筆したのか明かされていない。だから、本当のところはわからないが、前半の早いリズム感のある展開と、井ノ原、相場の掛け合い漫才のようなユーモア満載に比べ、後半はリズム感やユーモアが影を潜め、やや冗長的になる。

 当代一流の2人の合作。発想や展開に読者の発想領域を超越し、想像を絶する作品になっていることを期待したのだが、正直内容は平凡だと感じた。
 2人合作となると、互いが牽制しあって、平凡な作品になってしまうのかと感じた。

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| 古本読書日記 | 22:11 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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阿部和重 伊坂幸太郎  「キャプテン サンダーボルト」(上)(文春文庫)

上巻は、トリックがらみの謎をばらまけるだけまきちらす。

蔵王の近くにある五色沼。ここの水を取得する。このために、一攫千金を夢見て、五色沼水の謎に迫る、小学校時代の悪友コンビ、相場と井ノ原。これに、謎の大柄な白人が絡む。

 この五色沼は、戦争中伝染病である「村上病」の発生源として、立ち入り禁止がなされていた。しかし戦争直後、ワクチンが開発され、相場も井ノ原も含め日本人全員にワクチンが接種され、発症することはなくなった。それでも、立ち入り禁止はとけていない。

 1945年3月10日の東京大空襲の日。米機の編隊を離れ、3機がこの五色沼に漂着する。その目的は何だったのか。

 更に、戦争末期、米軍は日本が降伏するよう、宣伝ビラを大量に撒く。「抵抗はムダ」や「降伏せよ」とのビラに混ざって「我が国戦力、日本の二万千六倍」というビラがまかれる。ビラの数字が、異常に変わっている。何でこんな数字にせねばならないのか。

 それから、井ノ原、相場が子供時代テレビの特撮番組「サンダーボルド」シリーズが大人気になった。

 そこで劇場版として「鳴神戦隊サンダーボルド」が作られた。この映画、五色沼でロケが行われる。ロケは、何も立ち入り禁止がなされている五色沼で行う必要は全く無かった。何でそんな田舎の不便なところでロケをせねばならなかったのか。
 しかもこの映画が、上映禁止となってしまう。どうなっているのだ。

 こんな謎の数々が上巻で撒かれる。これがどう事件真相と繋がっていくのか後半が楽しみになる。

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| 古本読書日記 | 21:35 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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坂東眞砂子     「狂」(幻冬舎文庫)

1844年土佐藩領内の阿波の国境の村、豊永郡岩原村で起こった狗神憑依事件の顛末を史実を辿りながら創られた物語。

 この憑依事件。岩原村で毎日四の刻になると、百姓の一部の人たち、それまでは普通に農作業をしているのだが、突然狂ったように身体を反り返し、大声でわけのわからない叫び声をあげ歌をうたい狂う。そして夕刻になると、また元の状態に戻り、疲れきって家に帰り、死んだように眠る。

 土佐藩では、最初2人の下っ端役人を派遣して状況を把握しようとする。その役人の報告は、憑依は収まるどころか、毎日、とりつかれた人間は増えていく。このままでは村は破滅するという報告。そこで、藩のなかでも屈指の5人の祈祷師による大祈祷会が行われるが、全く収まらない。このとき、最も力のある祈祷師が、狗神ではなく狸にとりつかれているというご宣託がをする。

 そこで土佐藩は、足軽40人を編成、鉄砲を持たせるとともに狸が弱いとされる犬を引き連れ、岩原村に乗り込む。狂い踊る百姓たちを前に、空にむけ発砲し脅したり、犬を放ち百姓たちを襲わせる。これにより、とりついた狸は逃げ、落ち着くと思われたが、状態は全く変わらない。

 時は江戸末期。幕藩体制は大きく揺らぎだし、諸外国からの圧力が日に日に増し、世相は騒がしくなってくる。

 この物語では、武士からみた百姓は、違う動物と思われている。ところが、岩原村に派遣された武士は、百姓が自分たちと同じように考えたり、意見を言うことを知り、同じ人間であることに驚く。そして、百姓の女と逢引までするようになる。武士と百姓が垣根を超える。

 憑依は当時の既成概念では狂ったとんでもない事件と思われたが、そうではなくて、虐げられていた人たちの自由や、解放への叫びだった。

 既成概念を打ち破り、それが当たり前になる、最初のきっかけは狂ったと思われる事件から始まる。

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| 古本読書日記 | 22:02 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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宮部みゆき      「悲嘆の門」(上)(新潮文庫)

 ちょうどこの本を読み終えた。それで、下巻も購入済だったので、手にとろうとしたところ、上と下の間に中巻があることを知ってショックを受けた。会社帰りに買ったがちょっと確かめずに買ってしまった。上巻が面白かっただけに余計に悔しい。本屋は我が家の近くには無い。

 作品の評価は全巻読破した後でする。

上巻で面白いと思ったのは、2点だ。

 ネットメディアがどんどん拡大して、それに反比例してテレビとか新聞のような従来のメディアの価値がどんどん低下しているというのが大方の今を表しているというのが常識だ。

 しかし、ネットを見ているとはたしてそうだろうかと疑問に感じる。殆ど、現実の情報というのはまずテレビで知る。

 ネットを多用している人々は実によくテレビをみている。そして、テレビで得た情報が瞬く間にネットで拡散する。テレビそしてネット、またテレビとリアルタイムで何が行われているか知ろうとする。ネット依存の人々は、必死になってテレビに依存して、争ってネット上にテレビ情報をいちはやく流そうとする。

 作品では4人の殺害された人がでる。場所は苫小牧、三島、横浜戸塚、秋田と遠くかけはなれている。しかも、指が一本、或いは足が一本切断されている。秋田の事件は不明なのだが、他の3人は夜中に帰宅中か、保育園に子供をピックアップする途中で殺害されている。

 同じ手口の犯罪が、複数犯で行われているようには見えない。同一犯だろう。しかも、真夜中、被害者も警戒して、喋りかけられても、危険と恐怖で、逃げるだろう。ということは、犯人と被害者には既知の間柄でなくては成り立たない。しかし、これだけ殺人場所がバラバラ。とても知り合い同士とは思えない。

 座間で7人が殺害されるという事件が発生した。殺人犯と被害者は親しい関係でもない。
そうなんだ。ネットを通じ合えば、面識がなくても、親しい間柄が作ることができる。

 ネットが犯罪を生む。こういうストーリーになるのだろうか。

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藤岡陽子   「ホイッスル」(光文社文庫)

  周りからみれば、それぞれの家庭の相違はわからないし、みんな同じように幸せにみえる。聡子の家庭は、聡子と夫章、長年連れ合い信頼しあう家庭を築き、娘香織を嫁にだし、幸せな老後を迎えている。この作品の悪役となる和恵だって、2人の男の子を持ち、夫も普通に働いているし、和恵は総合病院で有能な看護婦として評価を得て、社会の前線で頑張っている。どちらの家庭も良い家庭にみえる。

 何が違うか。聡子の家庭は確かに幸せだった。しかし和恵の家、和恵の夫は、マンションのローンは負担するが、残りの給料は一切家庭にいれず女との遊び、ギャンブルにつぎ込む。生活費、子どもの養育費は一切和恵が払う。しかも2人の子供はグレかかっている。そして何より、有能であっても勤めている病院に支えあう友達や同僚がひとりもいない。孤独な暮らしをしている。唯一仲間といえるのが詐欺をそそのかすレミという少しあばずれな女。

 大腸がんで入院手術した聡子の夫章が、和恵が仕掛けた詐欺の網にひっかかった。和恵が、章を取り込み、章は30歳近い年下の和恵に完全に篭絡される。そして、家も含め全財産を和恵に与え、老後を和恵と愛し合いながら生活しようとする。

 失踪していなくなった夫章と一緒に暮らしてきた家が、章が勝手に売り払い、聡子は我が家から放り出される。そこからの聡子の生きる姿が素晴らしい。

 小さなアパート暮らしになってしまった聡子は、姪っ子の紹介で清掃会社の作業者となる。家庭しかしらない聡子が、突然社会に放り出され、懸命に事務所やスーパーのトイレや窓を清掃する姿が胸に堪える。このとき聡子は66歳である。

 更に、和恵を相手どり訴訟をおこす、きりっとした聡子もよい。和恵を責めたり、説得するのではなく、聡子と夫章との歩んできた道を思い出し語る姿が凛として素晴らしい。

 そのきっぱりとした姿はほれぼれする。
訴訟は、聡子が勝つ。
 しかし、和恵には負けた悔しさだけが残り、聡子の凛とした姿からは何も影響は受けない。また和恵の詐欺人生が始まる。

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坂東眞砂子    「桜雨」(集英社文庫)

  戦争中に描かれただろう一枚の絵がある。闇の中を渦巻いて、立ち上る朱色の炎、火の粉とともに乱舞する桜の花びら。そこに描かれている二人の女性。

 二人の女性は、戦前、池袋モンパルナスと言われたところで、少し有名になった画家榊原西遊を愛した、五木田早夜と小野美紗江。
 その絵には、よく観ると、火の粉の中を昇ってゆく女性が描かれている。顔に眼鼻が無くだれなのかはわからない。

 年老いた美紗江に、小出版社に勤める額田彩子が、戦前幻想絵画集の出版準備をする
ためにインタービューしたときの美紗江の言葉が印象に残る。

 「ええ。穏やかな表情をした女の人が煙に乗っていくんです。アトリエの窓辺にいる思いつめた表情をした女の人や、泣いてる人を置き去りにして、消えようとしてるんですよ。顔はぼかされていて誰ともわからないんですが、炎の中から昇華していくみたいな幻想的な雰囲気で描かれているんです。・・・燃える火は、女の燃やす情念の炎。そこから逃れてどこかに行きたい・・・女なら誰しもそんな気持ちを抱く時があるでしょう。」

 西遊を巡って、愛憎の限りをつくし、嫉妬と憎悪の中で生きてきた、早夜と美紗江。西遊が空襲から脱出するなかで、美紗江の鉄の棒に殴られ西遊は亡くなった。それで、ふっきれると思った西遊を、数十年たっても、今でも時は止まって美紗江は引きずって生きている。

 愛憎の炎から昇華することなど願ってもとてもできない。この数十年は何のための人生だったのだろうか。

 インタビューをしている彩子も、秀人と別れて数年がたつ。あれほど憎しみ合って別れたはずだった秀人。携帯電話が反応すると、秀人ではないかと、秀人であってほしいとドキっといつもする。

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藤野恵美   「金色のゴルダ2 君と僕のポリフォニー」(GAMECITY文庫)

柚木は高校3年生。生け花の大家の家元の3男。上に2人兄がいる。現在は父が家元を継いでいるが、まだ祖母が健在。祖母が権力者ですべてのことは祖母が決める。

 柚木家は生け花から派生して、多くの企業を参加に持っている大企業化集団。祖母はその集団を維持するために、子ども、孫の人生を決定する。そして、それは従うことが運命付けられていて、反発するなどということはあり得ないし、柚木にもそのことが沁みついている。

 人生は決定されているが、優雅でセレブの生活は生涯にわたって完全に保証されている。

 柚木は音楽家として傑出した才能を持つ。フルート演奏のすばらしさはプロとなっても超一流になることは間違いない。
 国際コンクールで優勝したバイオリン奏者玉崎とピアノ国内コンクールで一位になった浅川とのセッションで、浅川の指が故障していて、途中からコンサートが不可能になり、代走者として柚木がピアノ演奏する。それが見事で、大喝采を浴びる。色んなプロヅクションやレコード会社から演奏会やレコード化のオファーがある。しかし、柚木は全く関心を示さない。

 それが、主人公加地には理解できない。

まだ自分たちは若い。可能性は未来に大きくひろがっている。それを家に縛られ人生を決める、そんなことは想像できない。柚木は音楽家として卓抜した才能を持っている。何故その世界を捨てるのか。

 だから、加地は柚木と時々大きな争いをする。

 怒り、非難する加地は、サッカーを中途半端でやめ、バイオリンもずっと演奏を続けたが、途中で挫折。今はビオラを演奏している。

 どれもこれも、才能はなく、中途半端。だから、予備校の講習に通いながら、受験勉強に邁進する。こんな人生には、未来が拡がってはいない。枠のなかに制限された人生である。

 柚木からみれば、そんな枠にはまった人生をおく加地に柚木は未来が決まっているつまらない人生を送るのだと言われたくない。

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