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2017年09月 | ARCHIVE-SELECT | 2017年11月

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濱井千恵    「この子達を救いたい」(エフエー出版)

濱井さんは鍼灸、気功をベースにした東洋医学療法『御薗治療院』を運営しながら、TAPS(動物の命を救う会)をたちあげ、平成13年7月21~23日、日本で初めて37の動物保護団体及び関連団体が一堂に会した『動物サミット2001 in NAGOYA』開催した人物。

 更年期障害の特効薬で「プレマリン」という薬がある。この薬の材料は妊娠中の馬の尿から抽出される。そのために馬は年がら年中妊娠させられる。できた子供は全部畜産用にまわされる。一生縛られたままで、尿を採取する目的だけのために、死ぬまで子供をはらませられている馬は、全国に75000頭いるそうだ。

 年老いた畜産用の牛を飼っている老人の話。

肉牛ように売られる母牛が、屠殺場へ連れて行くためにトラックに乗せようとしてもテコでも動かず、更に暴れまわった。仕方なくその老人が少し気が落ち着くまでその母牛を牛舎に戻す。するとその母牛は、ひとり残された子牛に腹いっぱい乳をのませる。その後、悲しそうな顔をして自らトラックに乗りにきたそうだ。

 老人が言う。
「あの母牛の眼が忘られへんでなあ~。今まで何百頭も牛を屠殺してきたけど、こんなに悲しいことははじめてやった。ワシは惨い仕事についたもんや。あの世では天罰がくだるかもしれんな。」

 動物は、暴れれば人間に勝てることを知っている。だけど、動物は殺される断末魔の土壇場まで人間を信じている。濱井さんの胸に堪える言葉だ。

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| 古本読書日記 | 06:03 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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宮木あや子  「泥ぞつもりて」

爺やの感想はこちら

「一般の文芸として出てるけど、ボーイズラブ要素のある小説はありますか?」という質問を、時々知恵袋で見かける。
こっそり浸りたい人がいるわけですな。
で、爺やが「薔薇小説?」と評価したこちらの本ですが、別にBLではなかったです。
後宮でライバルだった女たちの百合っぽいやりとりもあるし、姫君が男装してあれこれ嗅ぎまわるし、「灰になるまで性欲が消えない」と嘆くアラフィフ女性が妊娠するし、死産と偽り生き残る赤ん坊はいるし、いろいろ詰め込んだエンタメです。

百人一首に入っているような、有名な和歌を盛り込んでもいます。
タイトルの「こひぞつもりて」は、一般的には「恋ぞつもりて」です。ひねっていますな。

私は歴史に疎いので、陽成天皇が紫式部のいた時代より前か後かも知らなんだ。
(ちなみに、前です一条天皇のひいひい爺さんが宇多天皇とかそんな感じ)
彼が乳兄弟を撲殺したかもしれないというのは、wikiにも載っていた。
そういうカンケイだったかはさておき、想像を掻き立てられる事件ですね。

| 日記 | 00:44 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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宮脇俊三    「インド鉄道紀行」(角川文庫)

インドの紀行記は巷に溢れんばかりにあるが、どれも、驚愕、すばらしくあっても、ひどくあっても、感情が異常にはじけ、デフォルメされた作品ばかりである。宮脇さんの素晴らしいのは、もちろん随所に驚愕と思える体験だったのではと思えるところはあるが、それを感情を抑制し、あるがままに淡々と表現しているところである。

 タージマハールを一望できるホテルに泊まっても、そのタージマハールを観光しても実に感想は素気ない。ガンジス河で沐浴をするが、それも淡々としている。

 デリーからカルカッタ(コルカタ)まで列車でゆく。距離標が26、25、と段々減っていく。これはおかしい。首都からカルカッタに行くのだから、段々距離標は増えていかねば。

 インドの鉄道は、1953年ムンバイーターメ間約33kmが敷設されたのが最初。日本より13年早く敷設されている。そしてコルカタ-デリー間は1850年代後半から60年代前半にかけて敷設されている。
 その時代はイギリスの植民地であり、イギリスはコルカタに総督府をおき、東インド会社もコルカタにあった。
 だから当時はコルカタがインドの中心地だった。だからコルカタが地方への出発点なのであった。

 距離標をみて、こんなところまで気付くのだからまさに宮脇は鉄道大好き人間だと思う。

インドへのフライトもエアインディア。しかも、ファーストやビジネスクラスでなく、エコノミーのディスカウントチケットであるということも、シンパシーを感じる。

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| 古本読書日記 | 05:47 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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沼田まほかる   「ユリゴコロ」(双葉文庫)

大藪春彦賞受賞作品。吉高由里子主演で映画化もされている。

主人公の亮介は、幼い4歳のころ入院したとき、看護をしてくれた母親が、入院前に一緒に暮らしていた母親と違うのではないかという記憶がこびりついている。

 奈良の小さな都市でドックランを併設した喫茶店を開店しはじめたころ亮介の人生が暗転する。父親が末期癌になり、余命幾何かになる。結婚した千絵が突然失踪していなくなる。

 そんなとき、父親の部屋で「ユリゴコロ」と書かれたノート4冊をみつける。そこには、小学生のころから、人を何の恐怖心もなく平然と殺害ができる人の告白記が書かれていた。

 小学生の時には、池に落ちたミチルちゃんを救おうとせず見殺しにする。中学校のときには側溝に飛ばされた兄妹、その妹の帽子を拾おうとした兄が、手を伸ばしもう少しで取れそうとなったときに、溝の蓋を押し付け、腕がはさまったままどうすることもできないようにして現場を立ち去る。

 こんな告白から始まるノート。一体誰が書いたものか、ここから物語が動き出す。

その後、告白者はリストカッターのみつ子と知り合うが、ここでもラーメン屋の従業員をアパートの階段から落として殺人をする。

 実は母親美沙子は、暮らしに行きつまり、娼婦として街角に立っていた時、父親と知り合い、そして恋におち結婚した。しかし、父親は性的不能者だった。ということは亮介の父親は今亡くなろうとしている父親ではない。

 美沙子は、過去の殺人事件が警察により明かされそうになったある夜、4歳の亮介を連れだし、川で心中を試みる。亮介は飛び込もうとしているところを父親に発見され救われるが、美沙子は溺れ、川をゆらゆら流れてゆく。何とか救い出し、人工呼吸を行い死は免れるが、精神に異常をきたし、何も喋らない状態におちいる。

 亮介は肺炎になり入院する。美沙子はとても亮介の面倒がみられる状態ではないため、美沙子の妹の英美子を家族、親族で話をして母親代わりにすることを決める。

 この真相がわかるまでの沼田さんの読者を引っ張るストーリーが見事。
更に、亮介の喫茶店を支えてくれている細谷というおばさんの正体が実は美沙子であるという結末もなかなか良かった。

 人間の愛情、家族の愛情とは何なのかを考えさせられる作品だった。

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| 古本読書日記 | 06:08 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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宮脇俊三    「日本探見二泊三日」(角川文庫)

宮脇さんの旅する姿勢、心構えが良い。出版社の取材陣を引き連れ、豪華な旅館、ホテルに滞在して、大名旅行のような紀行記を書くような作品が多い中、いつも一人で時刻表を駆使して、普通の列車に乗り、あまり観光地化されていないひなびた場所で、庶民が泊まるような旅館に宿泊、派手さ豪華さは無いが、読者も一緒に旅をしているような雰囲気を作ってくれる。

 岐阜の恵那の奥の蛭川村にある鳩ノ巣山では松茸狩りが行えるということで、でかける。松茸狩りを目的の観光地が幾つかあるが、実際は、ガイドが松茸が生えているところに連れてゆき、松茸をみつけると、「ここにあります」と見せるとたちまち枯葉などで覆い、見るだけで採取はさせてくれないところが多い。

 しかし、鳩ノ巣山は採取ができるという。

林さんという松茸狩り名人に連れられ、鳩ノ巣山を登る。急な斜面を歩かされ、大変な思いをして松茸を探すのだが、あるのは毒キノコだけで松茸は無い。

 と、突然林さんが言う。「ありますわ。松茸が。」
林さんの指さすところを懸命に目を凝らしてみるが、そんなものはない。何しろ指さしているところが2mも先。しかし、そこに行くと、あるのだ松茸が。林さんの指導に従い傷つけないように松茸を採取する。それにしても、自分ひとりでは絶対に見つけることはできないと宮脇さんは思う。

 松茸7本を持ち、下山すると、縁台があり、そこで食事ということになる。入山料5000円。食事が9800円。入山だけとか、食事だけということは許されない。必ず14800円がとられる。

 その日も、それなりの数の人たちが入山したが、松茸を採取できたのは、宮脇さん、林さんのみ。

 それで、松茸を味わう食事となる。そこで宮脇さんは思う。これだけの人たちが食べる量の松茸がこの鳩ノ巣山でとれるはずがない。ここで出している松茸はあやしいと。
 それで、採取した松茸はそこでは食さず、家に持ち帰りじっくり味わおうと思う。

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宮下奈都     「メロディ・フェア」(ポプラ文庫)

 大学を卒業した主人公結乃は、田舎に帰り、デパートの化粧品を販売するビューティ・レディとなる。

 先輩でパートだが、とんでもない売り上げを記録する馬場さん。鉄仮面のような化粧をして意味不明なのだが世界征服をするという幼馴染のミズキ。職場があわず退職した美人の前任者。化粧が嫌いなだけでなく、姉である主人公も大嫌いな妹珠美・・・。
 色んな人たちが登場して、ちょっとした事態を引き起こす。その都度揺さぶられる主人公の結乃。

 ただ、物語は、あまり大きく動かず、むしろ淡々と進行する。ちょっとしたことが起こる度に、宮下さんはこの作品で何を描こうとしたのだろうかと疑問が浮かぶ。読みやすいからスイスイ読めるのだが、疑問が段々増幅する。

 最後に化粧嫌いの妹に化粧をしてあげるとき、宮下さんは次のようなことを書く。これがきっと言いたかったんだと私なりに今思っている。

 人はわかっているつもりなのだが、結局他人の心のうちはわからない。知ろうとは努力はするが。
 他人がわからないように、人は他人が自分の姿をみてどんなふうに思っているかも、案外知らない。で、他人はこう思っているのだろうとかってに解釈している。
 ビューティー・パートナーは、その人の良さすばらしさを引き出してあげるために存在する。殻をやぶりすてて、もっと自由になれるようにしてあげる。内面は理解不能でも、外面は誰から見ても「いいね」と言わせるものを創り上げてやるのだ。

 なるほど、そういうことなのかと思った。

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宮脇俊三   「線路のない時刻表」(講談社文庫)

昭和55年、新幹線を含め、多くの鉄道敷設工事が行われていた。それがその年に国鉄再建法案が国会に提出され、地方の新線について、そのまま開発するか、廃線にするか検討されることとなる。その目安が一日4000人以上の乗客が見込めるかということだった。建設をほぼ終えた区間も多数あったが、基準を満たす路線は茨木の鹿島線と愛媛の内山線のみ。

 確か当時検討路線は83路線あったと記憶している。だから、殆どが廃線という判断がなされることになった。

 この作品は、そんな廃線が決定されそうだが、まだ工事が継続している路線を訪ね、そこにどんな時刻表を作るか、宮脇が想像する紀行記だ。

 そのころを思い出すが、今は当たり前にその存在が認められているが、青函トンネルの工事を続けるか、終了するか、住民も巻き込んで大議論、大運動になったこと。

 工費は1兆円をうわまわる。その費用を賄うためには年800億円の利益をださねばならない。当時、東京から札幌までの長距離移動は95%が飛行機になり、残り5%が鉄道だった。とても800億円の利益など上げられるものではない。
 そこで、車用のトンネルも作ることが検討されたが、排気や火災等の危険が障害になり却下された。
 海外からは、世界最大の海底トンネルということで、訪問客はたくさんあったが、日本人は殆ど関心が無いか、反対の声が多かった。

 そんな時、宮脇は工事現場を訪問している。そして、トンネルが完成した後、列車に乗車して海底をわたっている。

 トンネルに入るときは興奮するが、入ってしまえば景色もなく、海底を走っているという感慨もなく、ひたすら退屈だとこの作品で書いている。

 ゆくゆく新幹線は札幌まで延長される。そうなれば800億円の利益は創出できるのだろうか。そうだ800億円は必要なかったんだ。たしか、かなりの建設費を税金で国民が負担したのだっけ。

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宮脇灯子    「父・宮脇俊三への旅」(角川文庫)

著者宮脇は、鉄道紀行作家で有名な宮脇俊三の長女。この作品は父親との思いでを綴った作品。

 名前の灯子はあまりない。幼いころ、どうしてこんな名をつけたのか、両親に聞く。両親は落語の「寿限無」の話を引き合いにだし、あまり名前が長いと、娘が事故にあったとき救ったり、呼んでみたりするのに時間がかかりすぎまずい。だからできるだけ短く簡単なものがいいといって「トーコ」とつけたという。

 しかし、中学校受験の時、面接で名前の由来を聞かれたらこんな風に答えなさいと両親から言われる。
「灯のように、世の中や他人の人生を照らす人間になって欲しい」ということでつけたのだと言いなさいと。
 また、テレビで父親がインタビューを受けた時、こんな風にも答えている。
「老夫婦に灯がともったような気がして」

 これが本当だと思ったら、父親が亡くなって、書棚を整理していたとき、原稿用紙がでてくる。そこに「〇―子」と書いて、「陶子」「昭子」「訪子」など20個ほど並んでいる。そして「灯子」に大きな〇がついている。

 人を明るく照らすという由来はどうも嘘だったらしい。しかし、悩んで一生懸命名前をつけてくれたことがわかり、心が暖まった。

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宮木あや子    「泥ぞつもりて」(文春文庫)

この作品は百合ではなく薔薇小説かもしれない。

 第56代、清和天皇は貞観18年に出家、藤原高子の子、貞明親王が9歳で、陽成天皇として即位する。高子は恋多き女性で、実は陽成天皇は清和天皇と高子の子ではなく、在原業平の子ではないかと言われていた。

 陽成天皇は生まれつき病弱で、肌は女の白粉のように白く滑らかだ。書を読むより、外に出て狩りを好んでしたが、日の光に弱く、いつも付人に介抱されながら帰ってくる。

 この陽成天皇は、母親高子を嫌い、屋敷に帰ると乳母全子の部屋に入り、ずっと出てこない。側室も何人かいて、天皇のお召しを待つのだが、全くお呼びがかからない。
 実は全子の息子益に恋心を抱く。

 その益と陽成天皇との性愛シーンが宮木さんによって描かれるが、ここが宮木さんの最も力のこもった読みどころ。卓越しているとは思うが、素晴らしいと思えない私がいる。

「二人は睨みあう。しかしやがて益が折れ、貞明の手を摑んで抱き寄せ、忙しなく衣服を脱がせあった。・・・・乱暴な時には慈しむような優しい愛撫により、その肌は徐々に赤味を帯びてゆく。乱れた衵の上でしっとりと濡れ、やがて雲雀の鳴き声とともに、再び宮社の上に静寂が訪れる。
 薄い胸を上下させながら、貞明は苦しげに呼吸を整えようとした。熱の余韻を残す下半身の痙攣に恍惚と眼を閉じていたら、唇を笠ねられる。息を妨げられた貞明は身を捩ってのがれようと暴れた。」

 うーん。抽象的言葉の羅列という印象が深い。

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村上春樹    「SYDNEY2」(文春文庫)

2000年に開催されたシドニーオリンピックに雑誌「ナンバー」から派遣され主にオリンピック観戦を中心に描いた紀行記。その前半コアラ純情編。

 それにしても、南半球に初めて行けるだけの興味ででかけただけで、いかにも仕方なく書いているという雰囲気がむんむんの作品。

 シドニーといえば、何といっても高橋尚子のマラソン優勝と柔道の田村亮子の優勝が印象に残り、日本中を沸かせたのだが、高橋については続編で書かれているようだが、田村をはじめそれなりに金メダルを獲得した柔道には全く触れていない。

 村上がランナーとして一家言あるからだろからか、トライアスロンに多くの紙数を割いている。しかし、一般にトライアスロンに日本に有力な選手がいることも知られていないし、馴染みが薄い。
 いかに村上が、言葉を駆使して、その魅力、テクニックを解説表現しても、読者は興味がわかない。

 トライアスロンで面白いと思ったのは、この競技は勝ち負けを争うものであって、速さを競い、それにより世界記録が刻まれるものではない。それで、2位に大きく差をつけて勝つことがわかりきっていると、陸上競技のように最後にラストスパートをすると言うことは無く、観客にゆっくり手を振ったり、握手をしたりしてゴールのテープを切るそうだ。
 へえ面白いと思った。

 村上春樹は開会式に辟易としている。4時間半もかかる。途中でそのつまらなさに退場する。その料金、もちろん文芸春秋社もちなのだが10万円。ため息がついついもれる。

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宮脇俊三   「時刻表2万キロ」(河出文庫)

いわずと知れた、汽車旅行ブームを巻き起こした、鉄道作家宮脇俊三の処女作。

宮脇は時刻表マニアで大の鉄道ファン。全国の鉄道乗車制覇90%を超えた時、すべての線路を制覇しようと決意する。
 しかしこれが難行である。全国至るところに主線路からすこし伸びている盲腸線がある。
90%を走破しても、路線数では40%を超えたくらい。宮脇もちょうど富士山登頂の3合目まできたあたりと書いている。

 この作品は78年に出版されている。68年に全国83線が赤字路線として廃線にすべきと指定された。それが80年に国鉄再建法により、ほとんど廃線指定された。その後数線が復活したり、第3セクターに引き継がれた線路もあったが多くの線路が廃線にされた。
 しかし作品が発表された78年は、全国に盲腸のようなローカル線が残存しており、これは難行である。今行えばかなり楽だったろう。
 何しろ、清水港線など日に一回しか走っていないし、多くが通勤用に朝と夕方しか走っていない線ばかりなのだから。

 面白いのは、北海道北見江差までの興浜北線。頓別川を渡ると、人家も牧場もない湿原のなか、線路脇に俎板を大きくしたような板が設えられていて、そこに時々一両編成のディーゼルカーが停車し、乗客が降りてゆく。こんな場所は、時刻表には全く載っていない。

 これは仮乗降場とよばれるもので、駅間が長い場合途中に設けられる。当時、全国で110くらいあったそうだが、正確な数字はわからない。国鉄(JR)が正式な駅として認めていないから資料が無い。

 九州の高千穂線には、水面から105Mもある、日本で最も高い鉄橋が架けられている。宮脇が運転席にもっとも近い席に座っていると、その鉄橋の真ん中に列車が急にとまる。
 そして運転手が振り返って言う。
「どうぞ窓をあけて、首をだして覗いてください。」
足がすくむ。怖い。そんなことをしないで早く鉄橋を通過してほしい。
運転手が言う。
「きょうは定時より2分早く進んでいるから、ゆっくりみてかまいませんよ。」
なかなかローカル線の運転手は楽しい。

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宮木あや子   「あまいゆびさき」(ハヤカワ文庫)

普通の小説と思って読んだが、この小説「百合小説」というジャンルの小説なのだそうだ。

 団地の隅のシロツメグサの咲く野原で主人公の真淳と照乃のは出会う。親が大企業の部長である真淳と、ぐうたらで働かない親、超貧乏な家庭の照乃。全く環境が異なる家に育った2人だが、ひかれあい大の友達となる。

 2人は一つのチョコレートを舌を互いに舐めまわしながら食べたり、身体を触ったりしあい、甘い時間を過ごした。しかし、それが周囲に見られ、2人は引き離された。

 そんな2人が女子中で再びであう。思春期というのは恋に恋するということがある。特に女性は、女性の憧れを持つことが多い。だから、真淳と照乃がひかれあうことにそんなに違和感は覚えない。だけど、そんな思春期を送りながら、異性に関心がむき、異性との交際に目覚めてゆく。実際真淳も作品ではホモとなっているが男である奥井に心が魅かれてゆく部分も描かれている。

 しかし、宮木さんは真淳と照乃は、男など関心が無く、女性同士でひかれあっていると描く。この後、本当に2人は男に惑わされず、2人の愛を貫くのだろうか。あまり信じられない。

 「真淳ちゃん、好き」
 「私も好き、照乃ちゃん」
額に、頬に、頤に、くちづけの雨が降る。その雨は甘くて、暖かくて、果てしなく優しい。
雨音の向こうに、女たちは思いを馳せる。

こんな文章に読者は幻惑される。

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宮脇俊三    「最長片道切符の旅」(新潮文庫)

宮脇さんは、中央公論の常務で編集長をしていたころ、国鉄(JR)の全線乗車を完遂するということで、週末の休暇を利用して実現、その乗車記「時刻表2万キロ」で作家デビュ―。そこで中央公論を退社する。

 退社をすれば、毎日が自由に使えて、何の制限もない。すると、宮脇さん、今度は北海道道広尾から南端の枕崎まで、線路を一筆書きのようにどこにも重ならず、それでいて最も長い鉄路を乗車することを試みようとする。この最も長い経路を発見するのに迷路のような鉄道網から探し出すのが大変。時刻表をにらめっこしながら、数か月これではという鉄路を探し出す。その距離が13319.4KM。地球一周分である。ちなみに最短距離は2764.2KM。
宮脇さんは最短の4.8倍の距離を乗りつくすのである。

 これが何ともすごいというか、殆どあほらしいという経路を辿ることがしばしば。豊橋まで到着した後、飯田線、小海線などを乗り継いで福島の会津若松まで逆上り、そして新潟、直江津、飯山などを通って戻ってくる。こんな、ケースが山ほどある。

 宮脇さんもこの作品で書いている。
「阿保らしさもここまでくると、かえって厳粛な趣を呈してくるかに私は思うのだが。」
読者のみなさんはどうですかと、にやりとしながら問い返す。こういう部分がこの作品には多く、それが作品の魅力になっている。

 昨年、私は金沢へ行った。金沢から島根の浜田にゆきそこの温泉で一泊する計画をたてた。それで、金沢から浜田までの経路をJRの駅から時刻表で検索。どうやっても米原にでて京都から山陰線に乗るか、同じ米原にでて新幹線で岡山に行き、そこから伯備線に乗るかそのルートしか出て来ず、とんでもなく大回りだと思い、浜田へ行くのを断念した。

 ところがこの本によると、北陸本線の敦賀から若狭湾沿いを走る小浜線があり、それで京都府の豊岡まで行き、そこで山陰線に乗り換えるルートがあることを知った。

 ショックだった。ちゃんと日本海側を通るルートがあったのだ。

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宮木あや子    「学園大奥」(実業之日本社文庫)

小学校時代、男の子の馬鹿らしさ、動物のようなところに嫌気がさしていた主人公の和美は中学は、女子中で良家の生徒ばかりがいる私立中学を選んで進学する。

 しかし、女子中と思っていた中学校は知らない間に共学になっていた。それでも男子は2人しかおらず、しかもその二人は生徒会長と生徒会監査役で、会長は上様とよばれ、この2人を囲むように女生徒の大奥が敷かれていた。

 和美のような外部からやってきた生徒、実際には3人だけなのだが、徹底的に学校では無視される。和美の身分では話もできないような雲上人である上様に和美が熱い恋心を抱いたり、一方小学生時代から「鼻くそギルバート」と呼んで、大馬鹿にしていた川島につきまとわれ、最後には告白までされる、楽しく笑い満載のライトノベル。

 しかし、その雰囲気が急に6話、7話で変化する。

宮木さんによれば、6話を書こうとするとき東日本大震災が起き、こんな時、こんなバカな作品を書いていていいものか。誰も本など読んでいるような状況ではないのでは。と深刻に想い、全く書けない状態になったそうだ。
 しかし、この作品が雑誌連載だったので、無理やり最後まで書いたと言っている。

何が変わったかというと、随所に宮木さんのメッセージらしきものが挿入されるようになった。宮木さんは、自分の考えや想いを物語にいれることを極端に嫌う。そういう小説に嫌悪感を覚えるタイプだ。

 しかし、第6話でこんなことを書く。
現実社会では「国民のための政治」によって「新しい風」を吹かせるはずだった日本政府の政権交代が、普通にみて散々な結果、結果というか渦中というかマジでこの国終わるんじゃないのかというか、そういう感じになっている。

 そして、この後、大人より中学生のほうがこのままじゃ自分たちの将来がヤバいと本当に感じていると書く。

 私は、作家の威張り押し付けのような作品には鼻じらむが、それでも作家は自分の考えを委縮することなく、作品に投影してもいいのではと思う。

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宮脇俊三    「鉄道旅行のたのしみ」(集英社文庫)

日本の鉄道の旅行は楽しいなどと言うが、スイスの登山鉄道終点のユングフラウ駅は標高3454Mの高地にあり、そこまで至る景観も素晴らしい。それに比べ、日本の鉄道の最高地点は小海線にある1375M。これ以上高いところへ行き、山の景観を堪能するためには観光バスやロープウェイを利用せねばならない。中途半端じゃないか日本の鉄道は。

 鉄道は、そこに住んでいる人たちの移動の足を確保することが目的、動機で作られる。そこの生活の匂い、暮らしの香りが醸し出されるから鉄道旅行は味わいが深くなるのである。

宮脇の鉄道についてのあり様に全くその通りと思う。
1)鉄道は輸送上の切実な必要によって敷設されたものをもって尊しとする。
2)輸送が目的である以上、車窓風景のよしあしは問わないが、景色のよいところにさしか かるとトンネルに入らざるをえない。という工学上の宿命を負いながらも、わずかに垣間見せる山水をもって無上のものとする

 北陸本線は、かっては海沿いを縫って走っていたが、危険でもあるし、輸送効率を重視して、迂回している場所を飛ばして、トンネルを作って、その実現を行った。だから、殆ど海岸風景をみることはできず、トンネルばかりに入る。

 この反対が山陰本線。すべて旧態依然のまま放置されている。一番の理由は北陸本線に比し、乗客数が圧倒的に少ない。更に、並行して山陽新幹線が走っている。山陰と山陽を繋ぐ線路が整備されて、東京へ行く人は、山陰本線を利用しないで、中国山脈を横断して山陽新幹線を利用する人が多い。だから、山陰本線を大きな金を使って、作り替えようとはならないのである。

  だから、山陰本線は味わいある風景を楽しむことができる。この前、北陸本線を楽しんだ。そうか汽車旅は山陰本線なのだ。今度の旅行は山陰本線を味わおう。

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宮木あや子    「憧憬☆カトマンズ」(MF文庫)

主人公の後藤と中尾。どんな馬鹿でも入学できる、東京郊外の僻地のユーラシア大学で学ぶということはせず遊んですごす。当時は就職氷河期。まともな大学生でも就職に苦戦しているのに、2人には就職などということは遥か遠い世界。

 仕方なく、新卒で、派遣会社に登録。そして、後藤は外資系ITセキュリティーベンダーのサポートセンターに派遣で勤めて5年、29歳になっている。中尾は派遣会社に勤め、派遣者のマネイジメント管理をしている。

 だからと言って、派遣での惨めさ、格差の象徴という雰囲気は微塵もない。

後藤は派遣でいることについてあっさり言う。
「これ以上頑張りたくないからサポートを続けるだけだよ。」
今は働き方改革ということが叫ばれている。しかし、後藤、中尾をみていると、頑張らない、テンション低い、上昇志向まったくなし。与えられた仕事はきちんとやるし、それだからちゃんと給料ももらう。でも、それ以上会社や社会にこき使われるのはいや。実にけれんみがない。働き方改革が色あせてくる。

 一流大学を卒業している人たちについて
 「勉強をする努力ができるひとは仕事をする努力もしっかりできる。」「頭のよい子というのは、努力も我慢もきちんとできる。」
 だから馬鹿大学の卒業者より、企業が一流大学卒を採用することは当たり前のことと中尾も後藤も認識している。

 今は派遣の人たちが正社員に比し苦しんでいるという面だけが強調されているが、中尾、後藤を使って、別な実態側面を描き出している。

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沢村貞子    「わたしのおせっかい談義」(光文社文庫)

連続テレビ小説「おていちゃん」でその半生がドラマ化された名脇役女優が著者の沢村貞子。東京浅草の生まれで完璧な下町娘。曲がったことが嫌いで、常に強い心棒を備え、生き抜く。戦前治安維持法で捕まり、刑務所生活暮らしも経験するが、彼女の作品を読むと、彼女の人生は全く波乱万丈にも拘わらず他人から同情や関心を得ようとするものは微塵もない。

 本書は1980年代に彼女が行った講演を編集して作られている。大上段にふりかざすものはなく、普段の生きてゆく彼女の姿勢をありのままに公開している。書いてあることは人として当たり前のことが綴られている。

 しゃくにさわることがある。それを相手にストレートに言ってはいけない。そういう時は、トイレか風呂場にこもって「何さ!あのばか」と喋る。

 口にだすと、肩の力がぬけ、癪に障った心持も消えてゆく。そして、冷静になって、どうしてこんなことになったのかと思うと、自分の至らなかったこともみえてくる。人のいないところで、思いっきり「何さ!あのバカ」と叫ぶことがストレスを解消させる。

 沢村さんの通っている歯医者さんはドイツで学んだ老齢な歯医者さん。
歯は抜いてしまうと新品ははえてこないからと、出来る限り残っている歯を使えるような治療をする。また、保険料欲しさに歯医者というのは、やたら治療期間を長くさせようとするが、この歯医者は、さっさと治療し、患者を何回も通わせない。

 だから評判がよく、待合室に入りきれない人が通りまであふれる。その人たちをあてこんで通りにうどん屋がでたり夏にはアイスクリーム屋がでるそうだ。

 ちょっと沢村さんそれは大げさではありませんか。

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宮木あや子    「群青」(小学館文庫)

いつもの宮木の特徴である毒気を含む表現も無く、平凡な物語。宮木らしくなくどうなったと思って、読むと、この作品まず映画があって、その脚本をなぞる形でノベライズされた作品であることがわかり納得した。

 「群青」という映画は評価が高い映画だったのだろうか。この脚本、ストーリーではそれほど大した作品だったように思えない。ノベライズは映画分野から宮木に提案があったのだろうと思う。宮木が進んでノベライズしたいと依頼したとはとても思えない。

 最近は、里山でも遠い小さな島でも、ステレオタイプでこれほどの素晴らしい場所はないという物語が多い。人情あふれ、みんなで助け合い、絆でむすばれ、そこには暖かい爺さん婆さんがいる。こんな設定が多い。

 この物語の舞台である南風原も八重山諸島に属する小さな島。
涼子を挟んで、一也、大介という幼馴染の同級生の物語。一也と大介はもともと島で受け継がれてきた家庭で生まれ育つ。涼子は有名なピアニストが、不治の病に陥り、療養をかね島を訪れ、暮らしている間に龍二という漁師と恋に陥り、自分の死と引き換えに生まれた子。

 こうなると、物語は一也、大介が涼子をめぐって三角関係になることが必然となる。大介は島を離れ沖縄の那覇芸術大学に進むが、一也は漁師に、涼子は看護師になり島で生涯暮らすという決意をする。

 その決意が真っ正直で素晴らしいように感じてしまうのだが、果たしてこんな小さな島での漁師暮らしで生計が成り立つのか、青春真っ盛りにこんな人生の決め方が本当にできるのか。そこが、表面的でもう少し深堀しないと絵空事の世界を読んでいるようで、薄い内容だと思ってしまう。

 宮木さんが関わったことが本当に残念だ。

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宮木あや子 「あまいゆびさき」

女性同士の性交渉を伴う関係を描く作家といえば、中山可穂くらいしか知らなかった。
宮木さんが女子校を描いた「雨の塔」もタイトルに記憶があるけれど、内容は全然覚えていない。

最終的に、親たちを捨ててアメリカに行って、お互いに自信をつけ、同性婚までします。
逃走劇は盛り上がる。アセクシャルや女装したゲイの味方が助けてくれる。
この辺はエンタメですな。
「会心幕張」の作者なので、地の文で「やるなおぬし」等のツッコミが入る。これを興ざめと感じるか面白いと思うかは、人それぞれ。
(「会心幕張」はアンソロジーに入っています)
表紙はヨーロッパのびらびらした人形が二体写っていますが、中味はそんなに耽美ではなく、泥やソースにまみれています。
親の選民思想に振り回されたり、ネグレクトされて空腹からパンツを売ったり、ヒロインたちの育ち方をがっつり書きこんである。

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ラヴァーズキス(吉田秋生)でも、「お互いを好きになればよかったのに。しょうがないね」と、女の好きな女子と男の好きな男子が友情で結ばれます。
そういう絆は美しいかもしれない。

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村山由佳 「天使の柩」

爺やの感想はこちら
卵、梯子、柩、と続く、天使シリーズです。私は随分前にを読み、梯子は未読です。
『卵』からファンの人は、歩太が「人を殴ったのは14年ぶり」とか「喋り方が、俺の知っている人に似ている」とか言うたび、該当するエピソードを思い出すのでしょう。
そして、歩太はいつまでも春妃を想っているという前提があり、わき役たちの性格やバッググラウンドを知っているので、
「30代半ばの息子が14歳の中学生を家に入れていると聞いたら、普通の母親は反対するだろう」
「眠っている中学生女子を抱え上げたリ、後ろから抱きしめたり、アウトだろう」
「虐待受けているらしい小学生を、簡単に家に招き入れて、問題になるんじゃないか」
とあまり心配しないのだと思う。傷を抱えた優しい人たちばかりだと、信用している。
(2つ目については、実際に事件が起こるので、「歩太くんはあぶなっかしいなぁ」とハラハラしながら読むのが正かもしれない)

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あとがきによると、茉莉とマグダラのマリアが重ねられているから、茉莉は美人局をしたり排尿を見せて金をもらったり、十分に堕ちてから救済される流れなんだそうな。なるほど。
味覚障害のエピソードはなかなか痛々しいですね。爺やも味付けは濃いめですが、たぶん亜鉛不足ではない。
歩太の家に養女となり、この後茉莉がどうなるかはわかりませんが、恋愛関係にはならず兄妹としてしばらく穏やかに過ごしてもらいたいものです。

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