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2017年05月 | ARCHIVE-SELECT | 2017年07月

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小川洋子編著    「小川洋子の陶酔短編箱」(河出文庫)

小川洋子が愛する短編を、短いが愛情こもった解説とともに収録している。半分は既読済み作品。

泉鏡花の「外科室」。主人公の伯爵夫人が外科室で胸の手術を受ける。先生が麻酔をかけようとするが、夫人が拒否する。手術中に、眠りの中であらぬことを喋るかもしれないからと。

先生や看護婦や身内の人が説得するが、頑として拒否。仕方なく、麻酔無しで手術が開始される。そのときの様子が、口語と文語が重なり合って描かれ、妖艶さがせまってくる。最初に読んだときの強烈な衝撃がまたよみがえった。

 この短編集の中で印象が強く残ったのは、庄野潤三の「5人の男」に登場する4番目の男N氏。

 目を手術して10日間N氏は勤め先の学校を休んでいた。その9日目、大雨が降り家のそばの小川の水嵩が増していた。そんな時、奥さんが4歳になる子どもを見ててよと買い物にでかけた。N氏がうたた寝をする。そして目が覚めると4歳の子がいない。外へでる。近所の家の人たちも出てきて子供を探す。

 やがて、子供の履いていた下駄がみつかり、そこでうつ伏せになっている子供を見つける。

医者に電話する。医者が来るまで、懸命にN氏は人工呼吸をする。30分後に駆け付けた医者も人工呼吸をする。しかし生き返らない。医者が「死んでいます。」と宣言して帰ってしまう。集まっていた人たちも三々五々立ち去る。

 最後になってN氏は子供の足首を持ち逆さにして振り回す。すでに、水は吐かせてあり、水はとびだして来ない。

 N氏が子供を振り回したのは、全く考えることもなしに、無茶苦茶をしたのだ。

振り回していたら子供が「くっ」と声を出したように感じた。更に振り回しているとまた「くっ」と。そして死んだとあきらめていた子供の心臓が動き出したのである。

 親の執念と無茶苦茶が医師の宣言を越えた。良かったと本当に思った。

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| 古本読書日記 | 05:51 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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馳星周    「古惑仔 チンピラ」(徳間文庫)

香港で吹けば飛ぶような底辺でチンピラ家業をしている家建。車のドアミラーに自分を映してスタイルをチェックする。

家健は俳優陳小春に憧れている。彼が主演した映画「古惑仔」での陳は最高だった。
身体にぴったりと貼りついた襟幅の広い水玉のシャツ、ブーツカットの黒革のパンツ。
だから自分も同じ格好をする。そしてため息をもらす。

「これが本物だったらなあ」と。

家健は、今、日本のヤクザの娘を香港観光に案内をしている。だから、彼の所属する黒社会の組長のベンツを運転している。わがまま言い放題な娘にも、懸命に我慢してつきあう。

 通りがかった洒落た喫茶店に娘がはいりたいと言う。でも、その店は客でいっぱい。そんなときは、腕に描いてある龍の絵を店員にみせる。店員は別の客を追い出し、彼らのために席を作る。娘は感心する。しかし、その程度のことは、この絵を見せれば簡単なこと。

 娘をホテルに送って、ベンツを親分に返しにゆく。

その途中でベンツに親分が乗っていると勘違いした、抗争中の組のチンピラに襲われる。チンピラは、親分が乗っていないことを知ると、家健をどうしようかということになる。

 そして、次の瞬間、すいか玉のように、家健の頭が、道路上にころがる。

 本当にチンピラは、虫けらのような一生をおくる。

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| 古本読書日記 | 05:42 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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高杉良    「小説創業社長死す」(角川文庫)

東邦食品工業の創業者小林貢太郎は創業30年で売上1500億円従業員2000人の大企業に会社を育てあげた。

 その経営能力、カリスマ性はすごいのだが、人間年齢を重ねると、判断力は衰える。しかし、どういうわけか、衰えに従い、自分ほど素晴らしい経営者はいないと思い込むようになる。そして、いつまでたっても、頭はシャープで、鋭く切れる、そんな人間はいるはずはないのだが。俺がいないと、この会社はだめになる、俺がいるからこの会社は存在すると信じ行動する。

 後継者となるべき社長も、無能で箸にも棒にも掛からないような人間を指名して、自分がずっと権力者として君臨する。
 そのワンマン権力者が突然この作品では死ぬ。すると、無能である社長が突然、横暴な権力をふりかざし勝手な行動をとるようになる。

 そして、会社は衰退の道を歩む。


この無能後継者がその後ろ盾として使ったのが創業者の妻。創業者の妻は会社経営に責任をもつわけではない。そうなると、ひたすら、あいつは嫌い、好きと好悪をむきだしにして、排除、取り込みに懸命になる。

 こういう女帝が登場してくると、本当に会社はおかしくなる。

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| 古本読書日記 | 05:44 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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川口松太郎    「鶴八鶴次郎」(光文社文庫)

表題作を含め、中編3篇が収録されている。表題作がその中では印象に残る。鶴八と鶴次郎は鶴八の三味線と鶴次郎の男太夫というめずらしい組み合わせの新内語りコンビ。この2人が重なり合って演ずる新内が、絶大な人気があり、客を多く呼ぶ。

 2人は惚れあっているのだが、どちらも頑固一徹な性格でしょっちゅうぶつかりあい喧嘩ばかりして、周囲をハラハラさせている。

 鶴次郎は、いずれ寄席をひとつ持ちたいという夢がある。鶴八は器量よしのため、嫁にしたいという男たちが引きも切らない。鶴八は芸一筋で人生を歩み、独身を通すということを公言している。

 しかし、鶴次郎の夢を叶えてあげようと、コンビを解消し、金持ちの懐石料理屋に1万5千円の結納金と引き換えに結婚し、その金を鶴次郎に与え寄席の資金にしようとする。

 鶴八は、三味線が弾けない辛さと、募る鶴次郎への恋心に耐えきれず、3年で嫁ぎ先から逃げる。

 そして、鶴次郎と一緒に舞台へ立つ。往年の集客まではいかないが、それでも客の2人の復活の期待は強い。

 ところが、舞台を降りた鶴次郎は、鶴八の三味線を下手とこき下ろし、もうコンビでは舞台にたたないと言う。鶴八は、三味線の技術は全く落ちていないのに、何故鶴次郎がそんなことを言うのか理解できない。

 鶴次郎は、自分の声の質が落ちたことを知っていた。3年前の拍手喝采を浴びた芸は自分には最早できない。それで鶴八との共演は無理だと思ったのだ。

 芸というのはピークがあるのだ。それを過ぎたらとても客には披露できない。こんな真剣な芸人は現在にはいない。その決断の潔さにはただただ驚く。

 川口松太郎は第一回の直木賞を受賞している。当時は作品でなく作家に与えられていた。

直木賞が受賞できたのは、この作品が大きく寄与したと直木賞研究家の川口則弘があとがきで書いている。

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| 古本読書日記 | 05:50 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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大人の味

昨日、イオンのペットショップに行こうと思ったら、駐車場が満車で入れなかったわけです。
「さくらのためにおやつを買ってあげたい。牛の蹄とか喜びそう」と、はなゆめママが言いまして。

んで、今日、ねえやが仕事帰りに寄ってみた。

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ん?

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↓3か月半
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しかたないので、もっとソフトなやつ

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「白いたいやき」とか「マドレーヌ」とかもあった。ていうか、ケーキ屋みたいなガラスケースでケーキっぽいものも・・・。
お犬様ですなぁ。
ひづめはこいつに。

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埋める場所が無いし、おばあさまには硬かったのか、あまり食いつかなかった。

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でも、盗られるのは嫌

さくらがでかくなったら、バキバキ食べていただきましょう。

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おまけ:食事中、爺やの膝へ乗りたがる茶々丸のために
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刺し身やちゅーるの方が好きなんだろうけど……まぁ、食べなかったら犬ご飯のトッピングだな。

| 日記 | 21:53 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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馳星周    「夜光虫」(角川文庫)

主人公の加倉はプロ野球でノーヒットノーランを成し遂げたことのあり将来を嘱望されていた投手だったが、肩を壊し大きな借金も作ってしまい、活路を求めて台湾プロ野球に入団する。

 台湾プロ野球は、八百長が蔓延していた。台湾野球賭博には、中国、香港、マカオから膨大な賭金が流れ込み、一試合で数億円の金が動く。賭けに勝てば一晩で数億円の金を得るが、逆に負ければ数億が一晩で消える。だから、選手に八百長をさせ、選手にも多額な報酬を与える。

 選手の給料は少ないのだが、この成功報酬がでかく、八百長に染まった加倉でも、すでに5000万円以上のお金が地下銀行には貯まっていた。

 この八百長の元締めが黒星という台湾暴力団マフィア。このマフィアが幾つかあり、対立するマフィアの間に入って加倉が滅亡してゆく過程を作品では描く。

 ここに、黒星だけでなく、加倉を追いつめる王刑事が、加倉の弟だったり、父親で加倉の付き人である王東谷が、実は黒星の重鎮だったりして、物語は重層になって展開し、中味の濃い内容になっている。

 通常このタイプの小説は、格闘、殺し合い場面を執拗に、鋭い言葉を多用し描いたり、女性との情交場面を読者を興奮させるべき、たっぷりと描くが、この作品は実にその場面はあっさりとしている。

 それが、物語にスピード感を与え、800ページを超える大作を興奮しながら一気に読ませる。
 見事なものだと感心した。この作品をものにした馳の筆力は芸術的であり、最高ランクの質の高い文学作品に私には思えた。

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| 古本読書日記 | 06:10 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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奥田英朗    「ナオミとカナコ」(幻冬舎文庫)

望んでいなかった職場で鬱屈した日々を過ごす直美、友達の可奈子の銀行員の夫がDVを繰り返し、可奈子が傷だらけになってしまっていることを知る。そこで、互いに今の環境から脱し、新しい世界に飛び出そうと、可奈子の夫を殺害することを計画する。

 この計画を実行しようと決意したのは、可奈子の夫にそっくりな不法滞在者の中国人、林の存在を見つけたところからだ。林に可奈子の夫のパスポートを渡し、彼女たちが殺害をしたときに、林は可奈子の夫にして上海に渡り入国させることにしたのだ。

 彼女たちは可奈子の夫を殺害し、富士山の麓の樹海に埋める。殺した可奈子の夫は、そのとき上海にいることになっている。

 彼女たちは林にその報酬として200万円を与える。しかし、そのお金をATMから彼女たちが降ろすと隠しカメラで彼女たちをとらえ、彼女たちの計画がばれる。だから、お金の引き出しは林にやらせる。その金を持って成田から出国させる。

 完璧だと思った計画に綻びがでる。

 隠しカメラは今や、ATM内にとどまらず、あらゆるところに存在している。ATMの外に取り付けられている隠しカメラに林と可奈子、直美が一緒に写っている画像が発覚する。

 ここで殆ど万事休す。

殺された夫の妹が興信所を使ってしつこく追求する。しかし、個人情報保護の観点で、興信所が警察に要請しても、カメラの画像が見られることはないはずなのだが、興信所には警察OBがいて、そこを突破できるようになっている。
 まったく世の中どうなっているのかと思う。

だから、読者は、どうしても可奈子、直美が逃げ切って欲しいと応援しながら読むことになる。そこのドキドキ感がたまらない。奥田ワールド全開である。奥田の作品の疾走感に酔いしれる。

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有栖川有栖    「江神二郎の洞察」(創元推理文庫)

京都にある英都大学法学部に入学した主人公の有栖川有栖が、27歳で未だに大学生である江神二郎が部長をしている英都大学推理小説研究会(EMC)に入部。そこで起こる数々の事件を部員である織田や望月と推理しながら、最後は江神探偵の名推理により解決する有栖川の名探偵江上シリーズ誕生から9編を収めた短編集。

 中には殺人事件もあるが、軽微な出来事も収録されていて、学生生活のリアルさも発揮された楽しい小説集になっている。

 最初の作品の「瑠璃荘事件」のアパートの2階の電球が点滅してきれそうだったのが、講義ノートが盗まれたとき、電球が変わり、点滅しなくなる。この電球誰かが、気が付いて新しい電球を購入してはめたはずなのだが、それだと盗みをした該当者がいなくなる。

 どうしてこれが解決されるか。実は1階の電球を2階と入れ替えをしただけ。単純だけど、盲点をつくトリックである。

 古書店「文誠堂」店主の溝口。一人娘を交通事故で亡くし、妻も病気で他界する。この溝口が、自分の土地相場5000万円するものを1000万円で手放してから、生活態度が豹変する。

 購入者の学生に対し、古書をどれでもただにする。居酒屋に時々現れ、知り合いの客の分を全部支払う。そして、とうとう推理小説研究会のメンバーが食事をしていた中華料理屋に居合わせ、そこで食事をしている全員の費用を持つ。

 流石にこれはおかしいと江神が聞き込みや、溝口の家のまわりの隣家や、駐車場の配置を調べ、週末の土曜日に事件が起きると推理し研究会メンバーが張り込みをする。

 溝口は隣家とずっといがみあっていた。娘の結婚話も隣家のあり得ない噂でつぶされた。隣家への憎悪は並大抵のものではなかった。それを江神は掴んだ。

 そして張り込みをしていた土曜日の夜、溝口は自家と隣家にガソリンをまき、放火をしようとした。

 恨みつらみの中身が十分に説明されていないので、納得感はもうひとつだが、江神の鮮やかな推理には思わずの納得。

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| 古本読書日記 | 05:49 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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北村薫編    「謎のギャラリー 愛の部屋」(新潮文庫)

色んな愛の形を描いた中編、短編を北村が編集してだした作品集。北村の気質がよくでていて、一筋縄ではいかない、特異な作品ばかりが収録されている。

 あの「長靴をはいた猫」で有名なガーネットの「狐になった夫人」が面白かった。

巻末で北村と宮部みゆきが対談しているが、ガーネット夫人は内気な人だったが、ガーネットに妻が狐になる話を書いて、書いてとせがみこの話が誕生したらしい。ところどころに、挿絵がはさまれているがこれは夫人の作品だそうだ。この作品最後に主人公が妻だった狐を猟銃から守ろうとしたが、妻は撃たれ死ぬ。主人公も瀕死の重傷を負ったが、その後全快して大変長生きをしたと結ばれている。ガーネットは90歳近く生き(当時は超長生きにはいる)をしている。自分のことを言っているのだろう。

 そのガーネットの作品。

 テブリック、シルヴィア夫妻が雑木林に散歩にでかける。最初は楽しく散歩をしていたが、猟銃を持った猟人が犬を連れて現れる。するとシルヴィアが散歩をするのを怖がり、散歩をためらう。それを無理やりテブリック氏は引っ張り散歩を続ける。シルヴィアの掴んでいた手の感触がどこかおかしいなと思って振り返ると妻が狐に変身していた。

 狐になった妻をテブリックは、人間だったとき以上の愛情をもって暮らす。最初は、シルヴィアもテブリックの愛に応えようとするが、段々本来の狐になってゆく。横で寝ていたものが、部屋の隅で寝るようになる。うさぎや、飼っていた小鳥を食べてしまう。

 危険だから家の外へ出ることを禁じていたが、シルヴィアは耐えられず、家から逃亡してしまう。テビリックは毎日のようにシルヴィアを探しにでるが、どんな狐をみても、シルヴィアに見えてしまう。完全に狐シルヴィアに狂ってしまう。

 やがて林の中で、シルヴィアに出会うが、そのときシルヴィアは5匹の子供を引き連れていた。この時のテビリックのシルヴィアの父親に対する嫉妬と、たかが狐じゃないかと納得しようという気持ちの搖動の描写が秀逸。

 更に、5匹の子供に教育を施さねばならないと思い、どの学校がいいか思いめぐらすところが、人間の生き方と重ねあって実に面白い。そして、人間より狐の一生のほうが、楽しいのではないのかというところまで到達してしまうところが、強烈なブラックユーモアになっていて、笑いとともに、胸にズシンと応える作品。

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| 古本読書日記 | 05:59 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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紀田順一郎    「20世紀モノ語り」(創元ライブラリ)

明治、大正、昭和そして平成と、四代にわたる事物の起源とその変遷をたくさんのエピソードを交えて描いた作品。

 コーヒーは明治8年泉水新兵衛という先覚者がフランスより初めて輸入し、客に提供したが、悪評フンプン。
「ちかごろコーヒーとかを飲みましたが、漢方薬にウシの乳をまぜたぐあい。どうもいけません。」

 馬車は明治3年新橋-横浜間に登場。4時間で走ったそうだ。車を曳いている馬が、のべつまくなし糞をしたり小便をする。これはまずいということでお尻にブリキ製の桶をあてがえた。ここからバケツ(馬穴)という言葉が生まれた。本当かね紀田さん。

 野球、サッカーに比べ、ゴルフ輸入されたのは大分遅く明治36年。野球でもまだバットを棒といっていた時代。ゴルフを紹介するのも当時かなり苦戦している。

 「長いサジの形の棒で、硬質のゴムのようなマリをすくい投げるのです。戯場と定めたところに直系六寸ばかりの穴を並べて掘っておきます。」

「さて、技をはじめるには、各自棒とマリを用意し、第一の穴から第二の穴に向かってマリを打ち送ります。そして、わずかな打ち法でマリが第二の穴にはいれば一穴の勝ちとなるが、敵も同じ穴へマリをいれて双方同穴となる半穴ずつの勝ちとなります。」

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| 古本読書日記 | 05:57 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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高速料金 360円

朝からゲームして、ゴミ捨てて、皿を片付けて。
家を出るのが遅くなったから、高速を使っちゃおうかな~

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……。

ドア開けて、玄関に放り込みました。

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脱走常習犯なので、迷子札付き。

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まいまい

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柴犬も少しは入っているんですかねぇ

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窪美澄    「水やりはいつも深夜だけど」(角川文庫)

 家族や子供の問題を扱った6編の物語集。いずれも、多くの作家が繰り返し扱っているテーマで新鮮味はあまりないが、それでも、真髄をついて読者に読ませる。

 主人公の母親は3年前に亡くなり、実家は父親の一人暮らし。一方妻の両親は健在。子供ができて、不承不承妻は退職。主人公は仕事をしながらも、妻をできるだけ助けて、子育て、家事も懸命に手伝っている。しかし、妻は手伝っているということでは納得しない。一緒に作った子供だから、手伝うのではなく、一緒に子育てをするということでなくては。

 妻は育児ノイローゼとなる。そこで、子供の育児を両親に託す。そして、段々、妻の両親への依存が高まる。ただでさえ、夫の疎外感が家庭で増しているのに、妻の両親への依存がその孤独感に拍車をかける。

 妻と妻の両親の要望で、自宅を引き払い、妻の両親の家の近くに引っ越す。最近は、両親は自宅を壊し、新たに2世帯住宅を作り、娘夫婦に老後の面倒をみてもらうことを当然のように語る。そして妻もそれに同意する。

 子供が生まれてから、2人の間に壁ができ、会話が思うようにできない。その間に、どんどん妻の両親との同居の話が進行する。

 主人公にも一人暮らしの父親がいて、たまに実家に行くが妻がついてくることは無い。

 妻と、妻の両親との生活基盤がどんどんできてゆく。そして主人公は孤独であり、心が揺れ動く。少しも主人公の父親のことなど話題にならない。

 主人公のおかれた苦悩がひしひしと伝わってくる。

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| 古本読書日記 | 05:58 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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紀田順一郎    「インターネット書斎術」(ちくま新書)

 読書をしていて、この言葉の意味は何なのだろうと思う。そのとき、以前は辞典を開いて検索する。そこには、多くても数行が書かれているだけ。これがネット検索となると一度に数十万の内容が飛び出してくる。それは、書いた人の主観が入っているものだから玉石混淆となる。今は、何か疑問が生じると、辞書をひくことはまずない。常にネットに向かって検索である。

 それにしても、他言語と違い、日本語のコンピューターの識別は本当に難しい。漢字でも字体が異なっても同じ中味で使う言葉がある。斎藤でも斉藤もあれば齋藤、齊藤もある。検索のとき、どの斎藤から検索しても、求める斎藤にぶつかるようにするか、検索者が間違いの無い斎藤で検索にはいるようにせねばならない。

 正しいのは60歳台なのだが、最近は60歳代のほうが間違っているのにも拘わらず、代が世の中では一般的になっている。これにも検索は対応せねばならない。

 明るみになる
 明るみにでる

 押しも押されぬ
 押しも押されもせぬ

 汚名挽回
 汚名返上

 けんもほろほろ
 けんもほろろ

 五里夢中
 五里霧中

 的を得た
 的を射た

 波紋を投げる
 波紋を広げる

 耳障りがいい
 耳当たりがいい

 どれも最初に記載してある言い回しが間違いなのだが、かなり一般的に流布されているのでネットでは両方の言い回し、検索ができなくてはいけない。

 この難しい日本語をネット、コンピューター世界ではよく捉え作られているものだと感心しきりである。

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| 古本読書日記 | 05:56 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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態度も体も

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↓ ↓ ↓

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伸びました。

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もうテーブルだって届きます

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がじがじがじがじ・・・

| 日記 | 21:32 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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国際焚火学会編    「焚火パーティへようこそ」(講談社+α文庫)

イラストレーターの本山賢治がよびかけて、写真家浅井慎平や椎名誠他16名が集まってたちあげた国際焚火学会。それぞれのメンバーが焚火への熱い想いを綴った作品集。

 自分の持っている焚火のイメージとは全然違う作品が多かった。海岸で流木を集めて火を燃やす。あるいは、山奥や河原で、枝木を集めて火を燃やす。そこで、魚や肉を焼いて食べる。或いは、学生のころやったキャンプ ファイアー。

 こんな燃やし火を焚火と称していいのだろうか。

私は、元神奈川新聞の役員だった石井尚武の描いた姿が、まさに焚火だと思う。

 僕らの小さいころはエアコンはもちろん、灯油ストーブも無かった。家では火鉢か、炭火のこたつ。とにかく家は冬はとても寒かった。
 まだその頃は地域コミュニティーが生きていた。焚火の原料は裏の栗山にある枯れ枝と落ち葉。その頃は、農家でなくても芝刈り用の背負子がどの家でも持っていた。その背負子に落ち葉や枯れ枝を詰めて栗山から持ってくるのだ。
 この落ち葉や枯れ枝は一か所に保管されていて、少なくなると誰かが補充して、切らすことはなかった。
 焚火をするのは早朝と決まっていた。真冬の寒さが厳しくて、出勤する大人も学校へ行く子供も、焚火にあたって体を温めないと、一日中寒さにこごえなければならなかった。
 火をつかさどるのは長老。そして焚火の恩恵を受けるのは、まずは枝や落ち葉を集めてきた人。それ以外の人は遠慮がちに手をだしたり、お尻をむけたりするのが決まりだった。

 そんな焚火が、次の段階で、燃えるゴミを家庭から持ってきて燃やすものに変わった。
或いは、工事現場で作業が始まる前ドラム缶に火をおこし、作業者が暖をとっているのもよく見た焚火の姿だ。

今はもう見られなくなったが、ここまでが、私が思い描いて来た焚火のあり様だ。
これ以外の燃やし火はどうしても焚火だとは思えない。

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岸本葉子    「まだまだ、したいことばかり」(中公文庫)

家に帰宅する。新聞や郵便物が届いてみる。今日はどんなニュースがあったのか。ふと目についた封筒の裏にしばらく会っていない名前がある。何かあったのかと思う。注文していた本も届いている。知りたいことが載っているかはやく確かめたい。だけど梱包材が硬くてうまく開梱できない。あせって鋏、鋏と探す。

 まあとにかくコーヒーでも飲んで落ち着いてから。
そうだ、昨日ぬか漬けした大根は食べごろになっているだろうか。その前にお湯を沸かさねば。それより、まずコートを脱いでからだ・・・・・。

 もう、次から次へと、思いがとびまわり。なにからしていいのか混乱をする。岸本さんは次々、関心、好奇心があっちこっちをいつも向いている。

 そんな様子がよくわかるエッセイ集。
こんな自分を岸本さんは肯定的にとらえている。

医者が言う。
「したいことが次々わいてくる人は老いに強い。病気にたいしても。」
だから欲張りの自分は素晴らしいのだと。

 でも、医者のいうことは、家にかえってきて、あれこれ思いめぐらす混乱とは私には少し違うのではと思う。

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北村薫     「リセット」(新潮文庫)

時と人をテーマにした作品、「スキップ」「ターン」に続く最後の仕上げ作品。遠い昔、青春時代に恋をして別れた人とは、当たり前だが、それから今までの数十年間会ったことはない。ということは、その人の姿は二十歳のころと今も全く変わっていない。

 数十年の間、ごくまれに、前からやってくる人が、或いはどこかのレストランで別テーブルで食べている人が、別れた人ではないかと思われるほどそっくりな人に出会う。そして、その度ドキっとして、その人を見る。

 ゆっくり考えてみると、そっくりさんは、二十歳のころのままの人。あれから数十年もたっているのだから、その人だって年齢を重ねたはずで、姿が二十歳のままではありえない。
自分もその時代に戻ったと錯覚して、あの人かもしれないと思ってしまう。

 この作品の主人公真澄は、友達の八千代が連れてきた、修一に恋心を抱く。そのきっかけとなったのが、彼から借りた「愛の一家」という小説。恋し、憧れだった修一は戦争にとられ、真澄が軍需工場で海上飛行艇を作っているとき空襲になり、真澄は惨禍を避けようと逃げて生き残ったのだが、修一は逃げることが許されず、空襲で亡くなってしまう。

 戦争が終わり10年のときが過ぎて、真澄は修一ではないかと思われる和彦という青年に合う。まして彼の読んでいる本があの「愛の一家」だったから猶更修一ではないかと信じ込む。またあのころに戻って時間がリセットされる。しかし、そうはいかない。

 時はとどまることはなく、進行する。

真澄の印象的な言葉が心に残る。
「親は子供たちのために、素敵な時代を手渡そうとするものでしょう。わたしたちの親の世代は、強い日本を渡そうとしたのね。<力>を。ところがうまくいかなかった。それを見ていた子供が、今親になった。だから今度は、豊かさと文化を手渡そうとしている。」

 世の中は、世代から世代、何かを手渡しながら動いているのだ。だから、リセットはできない。でもリセットしたい、或いは錯覚していたい気持ちは本当によくわかる。あそこからもう一度やりなおせれたら。

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北村薫    「八月の六日間」(角川文庫)

私が会社勤めをしていたとき、毎年必ず有休を連続でとって、スキューバダイビングにゆく女性社員がいた。海に潜りに行くのは、同好の志が集まって必ず何人かが連れ立ってゆくか、目的地にいつも何人かがいて、グループで楽しんでいるのが普通だった。

 山歩きや登山ももちろんグループで、ツアーでというのもあるが、結構単独で行動する人が多い。しかも、この物語のように単独で女性が山登りをすることが結構ある。

 41歳になる主人公の私は、出版会社で副編集長をしている。同棲したカメラマンとうまくいかず、別離する。パワハラの編集長と編集者の間にたって、心労や苦悩の連続。

 よく経営成功者が最後に自伝のような本を得意気になって出版する。決まって書いてあることは、自分もたくさんの失敗をした。しかし、それにめげたりすることはなく常に挑戦を繰り返し成功した。つまり、失敗を恐れてはいけない。常に創造と改革を突き進めと。

 しかし、北村はこの作品でも言うが、人生での失敗、また元に戻ってやりなおす、そんなことは殆ど不可能、その通りだと思う。

 山に独りででかける。山は一人で歩いている時間が殆ど。歩きながら、失敗や挫折を思いなおす。泣きたかったら、道をはずれて思いっきり泣けばいい。山小屋でせせらぎの音に耳を澄ませながら、悔しさを徹底して思えばいい。時には、同じ思いを抱えながら山にやってきた人にも出会う。お互いに自分の困難を語り合うことはあまりできない。でも、少しの会話で、同じように辛いことにぶつかってしまった人がいることを知る。

 そして、山をおりて、また一般社会へかえっていく。取り返しのつかない人生になってしまったかもしれないが、そこからまた歩みだそうという力を山ガールに山は与えてくれる。

 それにしても北村の登山の描写はすばらしい。ところが北村は山登りの経験は全く無いそうだ。この筆力には驚嘆せざるを得ない。

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| 古本読書日記 | 05:58 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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岸本葉子    「買わずにいられる?」(双葉文庫)

テレビショッピングやネット通販、どうしてもお客に買ってほしくて、興味をそそるような言葉を連ねる。最も典型的なのは、「ちょっと待ってください。今回は特別に〇〇をおまけしてお値段変わらず」というもの。或いは、本当かどうか確かめたことはないが、「放送後30分以内にお電話おかけになったお客さまに限り更にお安く〇〇円!」。もうこの2つは常套文句。

 ポテトチップス。おいしいのだが、カロリーが高く女性には逡巡してしまう人もちらほら。だいたい一袋400kcal。ところがある会社の製品大きく太字で110kcalと書かれている。これはすごいと思ってよくみると一食あたりと注釈。その一食は20gと表示されていた。

 だいたいポテトチップスは一袋75g入り。そして一旦開封すると、放置すればしけてくるので、袋全部食べることになる。そうすれば400kcalは超える。だいたい一食20gなど誰がきめたのかと岸本さんは怒る。

 それから通販でよくでる言葉「あのNASAのために開発された」。一般人はこのNASAという言葉に弱い。しかしどれも「ために開発された」とは謳うが、決して「NASAが採用した」とは謳っていない。

 冬は寒い。特に寝床が寒く、朝目覚めると風邪をひいてしまっていることがある。そこで、岸本さん暖かく寝られる商品を懸命になって探す。

 まずは発熱パジャマ。通販12800円で購入。ところが熱を発するまでにどえらい時間がかかる。数時間寒いまま床ですごす。次が高機能中綿掛け布団。これも送料いれて12000円。しかし使ってみると就寝はじめは暖かいが、朝は冷たくなっていて風邪をひいてしまう。

 今使っている羽毛布団と二重にかけて寝る。しかし重くてしかたがない。
それで、結局これだと行きついた商品は洗える専用カバー付きの湯たんぽ。

価格は498円。

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北村薫   「ひとがた流し」(新潮文庫)

女性同士の絆、本当の友情とはどういうものかを深く追求して感動的な物語を北村は完成させている。

 アナウンサーの千波、作家の牧子、写真家の妻となった美々は高校時代からの親友。それぞれ異なった道を歩み、多忙ななかなかなか出会うことは少なくなったが、熱い友情で50歳になった今でも結ばれている。

 千波が乳がんで手術をしたものの回復せず、余命が少ないことを宣告される。美々の娘の玲が入院している千波を見舞いにきたとき交わした言葉が強い印象に残る。

 「職場にも、知り合いは大勢いる。<わたしが生きていたほうがいいですか>ってアンケートをとったら、多分殆どの人がイエスと答えてくれる。―――でも、そういうこととは違うんだ。胸の内から湧き出る、本当の、ぎりぎりの真情をこめて<生きていて>と願ってくれる人なんて、誰もいるわけはない―――と思ってた」
 「牧子おばさんや、うちの母もですか?」
 「そりゃあ、悲しんでくれるとは思うし、泣いてくれると思った。でも、結局は他人なんだし、今いったような、ぎりぎりの切実さは無いと思ってた。―――不人情じゃない。悪いことでもない。それが、当たり前だと思ってた。人間てそういうもので、そうでなけりゃ、世の中、やっていけないと思ってた。―――でもね、今度の手術の時、色々、世話してくれた牧子が、病室から帰りがけに、ちらりと振り返った。その目に、<生きていて>っていう願いがあったんだ。例えば<自分の腕一本とでも引き換えにして、わたしに生きていてもらいたい>って感じ。―――びっくりした。後から来てくれた美々ちゃんにも、そんな感じがあった。意外だったなあ。」

 素晴らしいなあ3人の女性たちの友情。それが、最後のクライマックスにつながる。

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紀田順一郎    「名前の日本史」(文春新書)

明治維新後、政府は徴兵と納税制度確立のために戸籍の整備が急務であると考え、平民にも姓名をつける壬申戸籍制度を発布する。当時の平民の数は人口全体の93%をしめていた。このことは、全国に混乱を引き起こし、反対する一揆まで起きていた。

 時々、知ったかぶりのように解説されるが、あの村は〇〇性ばかりがいるのは、〇〇族が大半をしめていたからと言われる。しかし、どうもこれは実際とは異なるようだ。

突然、苗字を持たねばならないという制度の発布で困った村の平民たちが、有力者の庄屋に押し掛けた結果、庄屋が「向井」にでもこの村はしておくかと決めたことが、村で同じ苗字ばかりになったのが実態だ。

 海辺の村で、村の実力者が、村民に苗字をつけてくれるよう依頼される。漁業の村だから一人一人に魚の名前を苗字につける。しかし何百もつけなくてはならないとなると、途中でネタ切れになる。それで、あるところから「芋」「白菜」「大根」などと野菜の苗字をつけるようになってくる。

 江戸までは、村で生まれれば、そのまま村で育ち一生を終えるのが一般的であった。しかし明治以降は村を離れて暮らす人もたくさんでてくる。

 徴兵制度により兵隊にとられた「大根君」が軍隊で苗字をからかわれ、思い余って兵を刺殺すという事件が起きた。

 いい加減につけた苗字により、こんな悲劇がたくさん起こったそうだ。

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紀田順一郎   「古書収集十番勝負」(創元推理文庫)

神田神保町にある古本屋村雲書店の跡継ぎを決めるために村雲源三郎が考え出した方法は、長女の娘婿の倉島と次女の娘婿蜷川に稀覯本の古書10点をタイムリミットまでに収集できたものを後継者にするという方法。

 実は源三郎は重いすい臓がんに罹っていて余命一年が宣告されている。

 この争いに 古書マニアのアホ教授が一枚噛んで一儲けしようとするし、彼の宿命のライバルの塾経営者も絡むビブリオミステリー。

 後継者争いをしている2人。10冊のうち、半分は入手していたが、残り半分は苦戦する。

そこに、50冊の稀覯本を販売するという案内が、ある屋敷の人間から2人を含め、教授や別の古書店主にだされる。その中に入手困難だった5冊が含まれている。

 そして、その屋敷で、5冊のうちの1冊が突然目の前から消える。その1冊がどんな手を使い誰が消したかがこの作品の読みどころ。

 この場面にガンに罹っていた源三郎が突然車いすで登場する。
愛書家というのは、余命が宣告されると、死ぬ前にあの本だけは手に取ってみておきたいという悲痛な願いが強くなる。
 源三郎は後継者争いという手法を使い、死ぬ前にどうしても会いたかった本にめぐりあうことを企んだのだ。

 世の中では、知らないこと、わからないことは本によって解決する。本はそのためにあるということを主張する人がいる。とんでもないことである。本は、世の中に謎を広め、」迷いを深めていくために仕掛けられた最大のトリックである。

 この本の解説で長山晴生が書いている。この作品を読むと長山の論がその通りだと実感する。

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岸本葉子   「和の旅、ひとり旅」(小学館文庫)

地下鉄や電車は、どちらかというと会社員を中心に男性の乗り物だ。それに対しバスは女性、特におばさん、お婆さんのための乗り物だ。

 お婆さんは、いつも時刻よりかなり早めに停留所にやってくる。そして備えられているベンチに座りながらバスを待つ。そんな時、岸本さんが停留所にゆく。お婆さんが居ることに気付くが、ベンチに並んで座れないので、バス停の脇にたってバスを待つ。バスが来たらお婆さんに順番を譲ればいいと思って。ところが、時間が近付くにしたがって、後ろに並ぶ人の列ができてくる。これは困ったことになったなと思っているとき、バスがやってくる。

 どうしようかと悩む。その時バスを待っていたあるおばさんが大きな声で言う。
「おばあちゃん、バスが来ましたよ。」
この声のおかげで、岸本さんはお婆さんにバスの順番を譲ることができた。

 混みあっているバス。あるバス停に近付くと、「降ります」と言う声がかかり、人の中を縫って降りてゆく。一人目、二人目、三人目の50歳くらいのおばさん、気が弱いのか「降ります」の声が小さくて運転手のところまで届かない。運転手がバスを発進。おばさんも降車をあきらめる。

 そのとき大きな声があがる。
「降りますって」するとその前の人が
「降ります」その前の人が
「降りる人がいます」そして運転手の後ろに立っている人が
「運転手さん、降りるんですって」

この時の様子を描いた岸本さんの表現が本当に素晴らしい。
次々とわきあがる声が、しなやかな無数の腕となり、ひとりの人を守りながら、ステップの方へと、やさしく手送りしていくように思われた。

 そして、こんなことができたのはすべて女性によってだった。

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梨木香歩    「冬虫夏草」(新潮文庫)

私が幼いころは、神社を中心として、たくさんの祭りごとがあった。そして、神や霊の存在を信じ、動物も人間と同じ言葉をしゃべり、共生する存在として身近にあった。

 しかし、今は自然科学を尊重する世界となり、民俗学で世界をみることはマイナーになった。今は、盆の迎え火、送り火くらいしか古来の伝統行事をみることは無くなった。それも、都会ではあまり見られず、地方の一部の人々が行っている風景になってしまった。

 この作品は、自然科学の隆盛に背き、これでもかと伝統や古来からの民俗学を表にだして、その幽玄さ、不思議な世界を読者に提示している。

 舞台は100年ほど前、主人公の征四郎は、すでに死んでしまった友達高堂の家守をしながら物書きをして暮らしていた。そこから愛犬ゴローが失踪して2か月になり、そのゴローを探しに鈴鹿山脈にある村々や、山中を旅する。

 ある村で主人公と村民源助さんの会話がある。

「そのことは、ずっと萱尾の先の河原に棲んどる河童の方が詳しいと違うか、思うてましたんやわ。」
「河童は、河原でどういう風に棲んでいるんですか。」
「わしもよう知っとるわけでもない。そないじろじろも見られへんし。ほやけど、小屋つくったり、竈つくったり、なんや、してもて、流れに浮かんだりもぐったり、人のとこ行って、仕事もろたりしとるのもおるし、器用でんな。たいがいは。まあ、ええように暮らしとるんと違いますやろか。
 水掻き持ってるし。ありゃ便利おすな。見てたら。」

 もう、河童は普段の生活のなかに立ち現れているのだ。

時空の境も存在しない。人間と動植物の境界もない、幽明な世界を私たちは梨木さんと一緒に旅する。

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日経連出版部編    「新入社員に贈る一冊」(日経連出版部)

各界の著名人が、新入社員に是非読んでほしい推薦本をあげその理由を綴った一冊。中味は社会人として人生の新たなるスタートを切る時こそ読んでほしい本というより、推薦する人が今まで読んだ本のなかで感銘したり影響を受けた本が殆ど。

 えっこれがと思ったのが、久世光彦が推薦した映画評論家川本三郎が書いた「マイ バック ページ」。

 本当かよと思ったのが、久世がこの本を推薦するにあたって自分の人生を振り返っている部分。人生を振り返ると、成功体験は浮かんで来ず、30歳の時には3つの挫折体験が、50歳のときには一つの大きな挫折体験が繰り返し頭に思い浮かんでくるという。

 私もこの体験を全面的に賛同するが、しかし久世のような成功した人生を歩んできた人がこのような思いにとらわれていることは不思議に感じる。だいたい、世の中栄光の道を走って来た人はごくわずか。そんな人は、栄光の記憶の余韻にずっとひたっているのではと想像していた。

 さて、川本三郎は朝日新聞記者だった。昭和47年朝霞で起きた自衛官刺殺事件の犯人を匿った罪で逮捕される。

 権力による思想統制事件だからと周囲から無実を主張するように言われたが、川本は刑罰を受け入れ服役をする。当然、朝日新聞からは懲戒免職を受ける。

 この本は川本が事件より20年経て書いた本である。20年間、何が起きても、何を発言しても、いつでもこの事件の記憶が湧き上がってくる。20年を経て、その重い記憶の頚城から解放されようとして紡いだ一冊である。

 感動的な本ではあるが、これから社会人となる人に、君にも挫折を味わうことが間違いなくあると念押しするような一冊が、ふさわしい本とは余り思えない。

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中島義道   「東大助手物語」 (新潮文庫)

ウィーン大学の自費留学が終わりに近付き、中島が帰国して就職先が決まらず弱っていたとき、東大の糠谷教授の引きにより、東大助手に就職することになる。通常助手の任官期間は3年。そこで糠谷教授は3年後の中島のために就職先を見つけようと活動する。

 そんな時、中島には覚えがないのだが、態度が悪い、皆の評判が最悪、髭は剃れと教授から強烈に叱責される。それに対し、中島は教授に反駁する。糠谷教授の業績の無さ、学内での評判の悪さをこれでもかとこの本で暴露する。

 中島は自分の行動や発言により、周囲がどれほど振り回されているかに思いがいくことが無い。不都合なことが起きると、すべて周りが悪いとこきおろす。

 この本を読むと、糠谷教授の性悪さが読者の印象に残る。しかし、糠谷教授の想いは書かれているわけではないので、実際はどうなのかはわからない。

 中島の作品は、どうにも後味が悪い。

ただ、糠谷教授の中島の妻も巻き込んでのパワハラはすさまじいところがある。

 私の会社時代でも、税務署や税関の人の異動があり、引っ越す時、関連業者が当然のように、すべて対応していた。

 そんなことは、おかしなことではなく、当たり前のことじゃないかという常識に成り立っていることに世の中には、違和感のある世界があることをこの本で再認識した。

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| 古本読書日記 | 05:44 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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北村薫    「六の宮の姫君」(創元推理文庫)

主人公の私は大学最終年をむかえ、卒論のテーマに芥川龍之介を選択した。出版社の編集部でアルバイトをしていたとき、昔芥川と会ったことがある文壇の古老に会い、王朝物作品である芥川の「六の宮の姫君」について芥川が「あれは玉突きだね・・・・いやというよりはキャッチボールだ」と言っていたことを告げられる。

 これが、どういう意味があるのか、主人公の私の追及がここから始まる。

芥川は「ぼんやりとした不安」にいつもさいなまれ神経症で悩む。そのとき、菊池寛は小説は大衆に読まれてこそ価値があると文芸春秋をたちあげ文壇に君臨し、絶頂期にあった。しかし菊池は青年の頃から粗雑者として周りから扱われ、その心の底には深い孤独感を感じていた。

 表面的には好対照の芥川と菊池が文学を通じて、孤独感の共有者として結びあった。

主人公の私は、膨大な芥川と菊池の小説や随筆、書簡集を読み、更に彼らを評論したり親交のあった人たちの書き物を読み「玉突き」「キャッチボール」だと芥川が言った真の意味にたどりつく。

 日本の古典 沙石集-(反発)-菊池「身投げ救助業」執筆-更に「頸縊り上人」執筆-(反発)-芥川「往生絵巻」執筆-更に「六の宮の姫君」執筆と玉突き、キャッチボールがなされたのである。そして驚くことに菊池がこの後「六の宮の姫君」を更に独自に執筆していたことが私の追及で発覚する。

 小島政二郎と芥川、菊池の3人で名古屋に講演旅行に行ったとき、菊池が眠れないといってジャールという睡眠薬を大量に飲む。それにより瀕死状態に陥り、2日2晩昏倒して生き返る。菊池の深い苦悩がわかる。実は芥川は自殺するときジャールとペロナールを飲み亡くなる。彼は自殺を敢行するとき、菊池の昏倒を参考にしている。これには私も驚いた。

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岸本葉子    「旅はお肌の曲がり角」(講談社文庫)

岸本さんの国内外問わず旅行したときに出会ったびっくりしたことを描いた旅行記。
最近は大きく変化してきたが、30年位前までの中国のトイレは岸本さん指摘するまでもなく私も驚いた。

 中国の当時のトイレのタイプが3つあった。

仕切りもドアもあるタイプ。外国人が宿泊するようなホテルはこのタイプが殆ど。ただ、ドアと底面との間が異様に空いている。だから、しゃがめば、お尻は丸見え状態だった。また、中国人はドアを開けたまましてしまう人が多い。或いはドアが閉まっていても鍵をかける習慣がない。だから、ドアを開けてそこに人がいる。開けた人はびっくりするが中の中国人は悠然としている。

 次は「仕切りありドアなし。」一般の公共トイレがこのタイプ。腰までの高さの仕切りはあるが、前方は開放されている。このタイプから、便器が無くなり、四角い溝が切ってあるだけになる。

 その次は「ドアなし、仕切りなし、囲いのみ」。トイレと他を分ける囲いはあるが、「個室」の概念は全く無くなる。コンクリート、あるいはレンガの壁で囲んだ中に、溝だけが三本なら三本、縦に並べて切ってある。ここではまだ「一穴につき定員一名」という原則が保たてられている。

 この原則が無くなるのが最後のタイプ。長い溝が横に一本切ってあるもの。人々は好き勝手に鳥が止まるように場所を決めて用をたすタイプ。

 これが普通ならば、皆前の人のお尻をみるように並ぶと思うのだが、中国人は、向かい合ったり、お尻を互いに突きつけて用を足すのだから、凄いと思う。
 全く民族の風習、習慣というのはこんなに違うのかとため息がでるほどである。

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| 古本読書日記 | 05:43 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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後継者現る

先代。(記事はこちら
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やり残した仕事
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匠の後継者
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室内で犬を2匹3匹4匹と飼い続ければ、これはもうしかたない。
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ガジガジガジガジ・・・・・・
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さくらは今日も元気です。
リードをつけると地面に貼りつきますが、オフリードなら駆け回ります。
野犬の子ですしね。

| 日記 | 22:19 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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