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2017年02月 | ARCHIVE-SELECT | 2017年04月

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花房観音    「楽園」(中公文庫)

 この作品に登場する「楽園」という赤線は、花房が想像で作った場所だと思っていたが、実は京都の繁華街にかって「五条楽園」という名で存在していて、それを意識して小説にしている。赤線が廃止されて、その界隈は、風俗店や飲食店が立ち並ぶ街に変貌をとげたが、赤線そのものは細々と続けられ、2010年に摘発されるまでの長期間続いたそうだ。

 その楽園の跡地に建てられた「楽園ハイツ」という小ぶりなマンション。実はオーナーは元置屋を経営していた婆さん。

 そこに何人かの家族や、母子家庭、独身の女性が住んでいる。その中の田中みつ子が夫を事故でなくしてから「綺麗になった」と評判がたつ。実は、みつ子は近くに喫茶店を経営している鏡林悟にかどわかされて、売春をするようになっていた。更に、マンションに住む女性たちは何気ないように暮らしているが、同じように林悟にいわれ秘密に売春をしている。

 実はみつ子の娘芽似奈高校2年生も同級生文雄にそそのかされ売春をしている。その文雄をあやつっているのは林悟である。

 その芽似奈の独白がすさまじい。

「そんな自分を可哀想だという男がいた。・・女を売ると言いたがる人は多いが、そもそも私はセックスをしてお金をもらっているだけで、女という人格を売り渡しているわけではない。だから私は傷つかないし、いやな思いもしない。
可哀想と思いたいのは男のほうなのだ。どうしてこんなことをするの。きみみたいな娘が。・・・男だけでなく女のほうも、セックスを売る女に優越感を感じるために、可哀想と言いたがる。
 持てたいとか好かれたいと自意識にはまってループしている連中に、男とセックスして金に換算すれば女の価値を見出せるのだと言ってやりたい。男の精を受け止める穴があるだけで、男たちは安くない金を払ってまで求めてくるのだから。」

 強烈で身もふたもない言いぶりである。

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| 古本読書日記 | 06:26 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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ペヤンヌマキ 「女の数だけ武器がある たたかえ!ブス魂」(幻冬舎文庫)

 女性にとって最も屈辱的な言葉は「ブス」。ブスは容姿のみにとどまらず、全人格を否定する。それを言われたとき、地の底に落ち込み絶望してしまう。

 著者は、それを逆手にとって、ブスと言われる女性たちと「ブス会」という集まりを作り、負けない「ブス魂」を発揮して、強く明るく生き抜く。

 著者は大学を卒業したが、演劇が好きで、就職はせずアルバイトをしながら舞台女優をめざしていた。大学卒業後一年たったとき、ネットで「アダルトビデオスタッフ」募集の広告をみて面白そうと女性でありながら、応募し採用され、アダルトビデオ助監督としてビデオ作製に携わる。

 これは変わっている。女性スタッフがアダルトビデオ制作現場でどんな仕事をして、どんな思いでいるのか興味深々で読み進める。

 しかし、こんなものだろうと想像の範囲内のことしか書かれておらず、特に女性だからそうなるのかということもなく拍子抜けしていると、突然、エッセイは、アダルトビデオ界から離れて、女性はどう生き、青春を送るべきか、人生論風に変わる。

 そんな薄っぺらなありきたりの人生論など本の帯には書かれておらず、帯はいかにものぞき見趣味をあおっている。それにそそのかされて買ってしまった最悪の結果になった本だった。

 私以外にも失敗した人はたくさんいただろうなと思ってしまった。

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| 古本読書日記 | 06:11 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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宮下奈都 小路幸也    「つむじダブル」(ポプラ文庫)

小路幸也と宮下奈都が合作で作った物語。兄由一は高校2年生でプロのミュージシャンを目指してバンドを組んで頑張っている。妹のまどかは小学4年生で、柔道を御祖父さんに習う、柔道大好きな女の子。

 由一の視点を小路が担当し、まどかの視点を宮下が担当し、章をわけて執筆している。
2人は今はいかにもありきたりな平凡な両親のもと、幸せに暮らしている。そして、時々思う。自分と同じ年だった頃が両親にもあった。そのとき、両親はそれぞれどんな思いをしながら日々を送っていただろうか。

 今が平凡だからといって、その昔、両親が平凡な青春を送っていたとは限らない。

松田聖子を彷彿とさせる櫻井華子という、かってのスーパーアイドルから突然由一の家に電話がかかってきた。それから、由一が組んでいるバンド「DSR」に石崎という小さなプロダクションの社長からスカウトの申し込みがある。

 そんなできごとが繋がる。

櫻井華子が歌って大ヒットをしたデビュー曲「あなたのわたしのKISS」は、20年後の今もCMに採用され、今やだれでもくちずさむことができる歌だ。

 実は、その歌は石崎が作った曲だ。そして、その曲は、石崎が由一、まどかの母由美子のセカンドシングルとして作った曲だった。

 しかし、そのとき母と石崎は恋人関係になっていて、母は石崎の子を身ごもっていた。母はアイドルになることを諦めた。そして、生まれた由一はだから石崎の子だった。

 しかし、そんなことは克服して、両親は、暖かく幸せな家庭を築いた。

 小さなライブ会場で、「DSR」のコンサートが行われる。それを石崎や母がみている。コンサートが終わり、観客がいなくなる。

 石崎がバンドに「あなたのわたしのKISS」の譜面をわたす。演奏が始まる。ステージには母が上がる。20年の時を越えて、アイドル小宮由美子の万感が籠った歌声が会場に響き渡る。

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| 古本読書日記 | 06:18 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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葦舟ナツ 「ひきこもりの弟だった」 (アスキーメディアワークス)

電撃小説大賞の奨励賞ですが、ガチなラノベではなく、ビブリアとか日暮旅人とか出ているレーベルです。

「とても衝撃的なラストも、高評価の一因でした。ここだけは、本になっても直さないでください」
「結末が嫌だという人もいたが、私はこの結末がいいと思う」
こんなのが、審査員や評者の感想。

それぞれ問題のある家庭で育ち「子供は要らない。持つのが怖い」という点で意見の一致した男女が結婚する。
一年くらいたって、妻のほうがやはり子供を欲していると夫が気づいてしまい、「君はもっと幸せになれる人だよ」と離婚する。
ざっくりいうと、そんな話です。

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「それから一週間後、僕と千草は離婚した」で終わっていたら、文句ないですね。余韻が、想像の余地がある。
しかし、まだ2Pあるんですよ。六年後、別の女性と結婚した主人公が子供を連れて帰省するという描写が。
……うん。私は「この結末が嫌だ」のタイプですね(-_-;)
この、「正解」を提示されちゃった感じがなんともいえない。
子供を持てば、確執のあった母親ともうまく付き合えるようになりますよ〜と、一気に安いドラマにされちゃった気分。

野良猫に餌をあげることの残酷さを説いたり、家族への感謝を要求する採用面接の作文で苦戦したり、けっこうこの主人公の卑屈さや不器用さには共感できます。
うーん。最後の2Pさえなきゃなぁ。
蛇足としか思えないんだけど、これあってこその受賞だといわれると、自分の感覚がイカンような気もする。

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青山七恵     「快楽」(講談社文庫)

 今までの青山のイメージでは考えられない官能小説。官能場面を、これでもかとあらゆる言葉を駆使して描きつくす。それは挑戦としては評価するが、青山の他作品からかけ離れすぎて、少し引き気味になる。

 最初の導入部分が、引っかかる。社会的地位も金銭的成功も収めている慎司。美貌と上品さを備えているが常に心が揺れている妻の燿子。この夫婦が、喫茶店をしている、美男子の徳史とその妻で可愛く、無邪気な笑裕子をヴェニスで会いましょうと誘う。

 慎司、耀子夫婦がヴェニスを旅行するのはわかるが、喫茶店オーナーのあまり海外体験のない夫婦を誘い、その夫婦がヴェニスまで行くという設定が浮世離れしすぎていて、話に無理がある。

 クライマックスは、耀子がかっての恋人だった徳史とヴェニスで、愛を交歓するところ。

 そこを最大盛り上げるために、耀子と徳史の、初めての愛の交歓場面の描写が、青山のイメージをくつがえす。

 「彼は彼女の首をつかんで、無理やり自分のほうにむかせ、その冷たい唇で彼女の歯や舌を貪った。耀子は自分が彼に食べられているのを感じた。そして同時に、彼を食べていた。・・・
口付けは長く続いた。彼女は初めて、自分の舌の分厚さや滑らかさ、そしてその驚くほどの獰猛さを知った。口蓋で激しくぶつかりあう二人の歯は、自分のものかも相手のものかもわからない肉を触れるそばから引っ掻き回して血まみれにした。彼女は血の苦さを味わった。
下半身の痛みはまったくと言っていいほど感じなかった。耀子は右足のスニーカーを脱いで、足に引っかかっていたジーンズとショーツを振り落とした。それから、彼らは、もっと奥まで密着することができた。彼は彼女の首を解放し、血の味の残る歯をくいしばってちかづいてくる瞬間に向かって集中した。やがて二人はほぼ同時に叫び声をあげた。」

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大島真寿美    「三月」(ポプラ文庫)

 短大をでて20年。40歳を超えた。則江が、学生の頃、自殺した森川雄士の夢を最近見るようになって、それが自殺ではないのではと思い、その頃の仲間にそのことを電話で話すことから、話が膨らみ、20年ぶりに旅行がてらみんなで会おうということになる。

 年賀状くらいのつながりはあるが、この20年間殆ど交流が無かった当時の仲間。未来が拡がっていて、幸せを疑うことが無かった二十歳のころ。それから20年間、結婚どころか恋がひとつもできなかったり、夫の浮気に苦しんだり、親の介護にふりまわされたり、望んだ子供ができなかったり、それぞれの悩みを抱えた現在をもっている当時の仲間。

 それぞれの20年間が、連作になって語られる。

 震災のことを描いた作品は多々あるが、悲惨な風景だったり、その震災が起こったときの作家の状況や、取材して歩いて得た話ばかり。この作品では小沼花の姉夫婦が震災で亡くなる。家族が火の海の中、倒壊した家から運び出されたところは衝撃的だった。身内が震災で亡くなるというところまでつっこんだ作品は無かった。大島さんの鋭さに唸った。

 毎日の生活に追われ、20年前などうかんでくることはない。しかし、20年の時間を飛び越えて、あの時代の空気に浸る。

 世界の舞台女優になるんだと短大を終えニューヨークにやってきた美晴。結局落ちぶれて、舞台どころか、ニューヨークの片隅のアパートで貧乏暮らし。そんな美晴が、みんな集まってるよとメールで報告を受ける。

 大島さんのこの作品への想いを、その時美晴に言わせている。
「遠い日本、遠くの友、遠い過去。そのすべてを渾身の力を込めて抱きしめたくなる。
 ぎゅうっと。ありったけの力で。
 せつなくてたまらなかった。」

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| 古本読書日記 | 06:26 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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岡田尊司    「人はなぜ眠れないのか」(幻冬舎新書)

 人には体内時計があり、この時計の周期により眠くなったり、覚醒されたりを繰り返す。
この体内時計には3種類ある。

 まず、サーカディアンリズムである。一日単位でやってくる周期である。実は人間の体内時計は24時間より少し長めに設定されている。したがって眠る時間を多くしようとすると、だんだんずれが生じてきて、ついには夜と昼が逆転するようなことが起きる。

 次に、サーカセメディアンリズムである。これは数時間周期で覚醒と眠気が繰り返す。眠気が起こる2時間前が覚醒期で活動が活発になる。午後一番、眠気が襲ってきてこまることが多いが、これは昼食を食べ、満腹感があるために起こる現象ではなく、主たる要因は体内リズムによって起こるのだそうだ。更に、夕方帰宅すると眠気が襲う。それを過ぎると、夜8時くらいから2時間くらい活動期が到来する。これは、生殖活動を活発にするよう、体内に仕組まれていると考えられている。

 最後にウルトラディアンリズムがある。一時間半の周期で、活動期と睡眠期が繰り返す。眠たいと思っていて、少ししたら休もうと思っていると、覚醒期がやってきて、眠れないということが起きる。

 不眠症を克服する一番のポイントは、このリズムに沿った生活を確立することだ。

 また睡眠にはレム睡眠とノンレム睡眠がある。レムというのは急速眼球運動(rapid eye movement)の略である。つまり、薄い眠りのことであり、ノンレムは深い眠りのことである。睡眠中はこのレムとノンレム睡眠を繰り返す。

 当然睡眠中のことは、誰もがどういう行動をとったかは認知していない。ところが、睡眠研究者のスティーヴン ラバージが睡眠中の瞳に光をあて、睡眠者がみている夢を自覚できるようにした。その夢のなかで、自ら苦手な行動を行ったり、苦手な人と仲良くなったりさせて、精神疾患を治癒させる方法を創り上げた。

 不眠というのは、もちろん体内リズムに自らの生活を合わせることにより克服することが主題でこの本は書かれているが、それより、悩みや不安なことが床につくと襲ってきて眠れないということの方が通常多いように思う。

 これに対し克服する方法は、心を無にして瞑想しなさいとこの本では言っている。随分乱暴な結論のように思う。それができれば苦労はしないよと言いたくなる。

 私は最近は床につくと、大統領や大会社の社長になったと想像し、人々をかしずかせている自分を思い浮かべる。すると、幸せな気分になり、よく眠れるようになった。 

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| 古本読書日記 | 06:24 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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宮下奈都    「よろこびの歌」(実業之日本社文庫)

 都会ではないが、地方では公立高校に行くことが普通の姿になっている。ところが、公立高校受験に失敗すると、私立高校に行くことになる。これが結構挫折感を引き起こし高校生活を暗いものにする。もちろん、最初から私立高校を目指して入学した子も多いだろうが、概して受験に失敗して入学してきた子が多い。

 こうした生徒たちでは、受験のことを喋ることはタブーである。また、世を拗ねて、こんな子たちと交わりたくないと孤高とした生活を送る子や、もう自分の人生は終わり、余生を送っているなどと考え行動する子がでる。

 この作品の主人公の御木元玲は、有名なヴァイオリニストを母にもち、自らも音楽の世界で活躍することを目指し音大付属高校を受験するが失敗。新設の私立高校に入学することになる。挫折感から他の生徒たちとの交流を拒み、孤高とした高校生活をおくる。

 その高校の定例行事で合唱コンクールが開かれる。主人公の玲は、指揮者に選出される。しかし、練習にはほんの数人しか現れず、玲の要望でコンクールで歌った「麗しのマドンナ」は最悪の出来となる。

 この後のマラソン大会。運動音痴の玲は最下位で、学校の運動場に戻ってくる。そこで級友たちが玲への激励であの「麗しのマドンナ」を合唱する。

 ここが玲の分岐点になる。うれしい、涙もでる。そして、この歌をみんなでもう一度歌いたいと強く思うようになる。そして、卒業式で玲の指揮で、この歌を歌う。

 このときの皆に言う玲の言葉が印象に残る。聴衆は卒業生でも他の生徒たちでもない。
「いい?みらいの自分を思い浮かべるの。わたしたちの歌を聴いてくれているのは未来の自分だって。今のわたしたちはこんな『麗しのマドンナ』だよって見てもらおう。」

 本当に素晴らしい言葉だと思う。そして、若いことがどれほど大切なことか、この短い言葉に表現されている。

 ケレン味のないストレートな青春小説。いい小説だと思う。

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| 古本読書日記 | 06:20 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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岡田尊司   「働き盛りがなぜ死を選ぶのか」(角川ONEテーマ21)

 日本人の自殺者数は1998年に前年より8000人以上急増し年間34427人と初めて30000人を突破した。この本はまだ30000人を突破していた2011年に出版されており、問題が深刻化していた時代を反映した作品になっている。自殺者数は2012年には30000人を切り、24025人まで減少している。それでも、大量の人たちが自殺をしていることには変わりはないのだが。

 この作品は、自殺の原因が経済停滞と結びついているのではとの仮定からスタートして、その結び付きではなく、経済を立て直すための処方を論じている。自殺からの脱却については殆ど論じていない。タイトルの過激さと中味があっていない本である。

 人口減少社会では、経済成長を実現することは難しいと認識されているが、実際は違う。

 アイルランドでは1820年には人口が710万人だったのが100年後の1920年には310万人となり100年前の半分以下となっている。さすがにGDPは18%下がったが、一人当たりのGDPは43%上昇し一人当たりの所得は大幅に伸びた。これは一人当たりの労働生産性が大幅に向上したことにより実現している。

 1993年から2008年まで、先進各国では2割から4割の生産向上がみられた。アメリカ、イギリス、オランダでは所得が5割から7割ものびた。

 つまり、人口減少社会になっても、生産性向上が実現できれば、GDPも増え、所得もあげることができるのである。

 ところが日本は同時期、生産性は30%あがったのに、個人所得は下がったのである。つまり日本では、技術革新や労働方法の改革により、生産性向上が実現したのではなく、非正規雇用の拡大や、中高年を大量リストラすることによって実現したことを表している。

 日本の実質労働生産性を向上させるところに、財政をつぎこんだり、投資をすることが、自殺を減らすことへの重要な鍵とこの本で岡田は主張している。

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アンソロジー 「スタートライン 始まりをめぐる19の物語」 (幻冬舎文庫)

爺やの感想はこちら
わりとメジャーな人を集めたアンソロジーで、作者名を並べた表紙です。

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「会心幕張」(宮木あや子)
30代のバンドマンが、ウサ耳帽子が似合う奥ゆかしい理想の女の子を見つけた……思ったら実は男で、カマを掘られてしまい、新しい世界の「スタートライン」に。
「魔コごろし」(万城目学)
神が天から降りてきたとき、海のものが皆恭順を誓う中、ただ一人従わなかったのが「魔コ」。
憤った神に小刀で口を割かれ、今も割けたまま。
「魔コ」へ誤って石を投げ、その皮膚を破いてしまったものは、恐ろしい病気にかかって死んだ。
ある村の若い長が、父親の遺言に従ってこの恐ろしい「魔コ」を槍で突き刺し、食そうとする。

この辺がぶっ飛んだ感じですね。
あとは、父親の再婚・夫の死・初潮・引っ越し・ロックフェス・結婚等、大小さまざまな転機で悩んだり吹っ切れたりという。
爺やがほめた「1620」(三羽省吾)「恋する交差点」(中田永一)や、「ココア」(島本理生)あたりは、読後感がいいです。

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ちなみに、ナマコを食べたことはありません。たぶん。

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初野晴   「ハルチカ番外編 ひとり吹奏楽部」(角川文庫)

 番外編ということで、いつものハルタ、チカが事件や謎に取り組む推理小説の味わいは影を潜め、迷探偵の登場は殆どなく、青春小説の趣が強い。

 東京国際音楽コンクールの指揮者部門で2位にはいり、将来が嘱望されていた草壁信二郎がどういう経路を辿ったのか不明なのだが、26歳に突然、清水南高校の音楽教師となって登場する。

 彼の言葉が印象的だ。
「私たちは悲しいから泣くのではなく、泣くから悲しいのだ。」
この説明として、彼の言葉には確かに説得力がある。
「たとえば呼吸だ。呼吸をゆっくりしていくと、心は落ち着いてくる。身体の変化が最初にあって、心はその結果として生まれるだろう。」

 「呼吸以外も、表情や、発声や、姿勢や、歩き方といった日常の行動が先で、心というものは後からついてくる。」
 たしかに心が先ということは、概念が先行するということ。それは何もないところに、生まれるということ。無から生ずるものはない。

 歌を聴く。演奏を聴く。時に名演奏はジーンと身体が反応する。その後に、過去の辛かったことや、幸せだったこと、今の辛さ、楽しさが浮かんできて、涙をながしたり、笑ったりする。

 素晴らしい音楽というのは、その音や演奏で、人々に悲しさや楽しさを想起させることができるものなのだ。

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岡田尊司     「母という病」(ポプラ新書)

 子供が生まれ、母性を育み、母子の愛着を示す源は、陣痛を引き起こし、授乳のときに活発に分泌されるホルモンは、オキシトシンという。このオキシトシンが大量に分泌されるほど、母親は生まれた子を慈しみ、無私の愛を子どもに捧げるようになる。

 ところがこのオキシトシンの分泌が少ないと、赤ちゃんをほったらかしたり、関心も示さず、時には邪魔扱いするようになる。

 赤ちゃんの2年間で、その後の人生の性格が決まる。愛着たっぷりに母親から受けた赤ちゃんは、普通のように成長し、正常な人生を歩むが、2年間冷たい母親の仕打ちの中で育つと、後年人格障害を発症する確率が高くなる。また、こういう環境で育った女性が子供を産むとその子供もかなりの確率で人格障害を発症する。

 岡田は、本の80%以上を使い事例を発表する。与謝野晶子、宮崎駿、曽野綾子、ヘルマンヘッセ、ショウペンハウエル、ジェーンフォンダ、ジョンレノン、オノヨーコ、岡本太郎などをあげ、母との関係に失敗して、人格障害を発症した事例をあげ、それがいかに恐ろしいことかを説明する。

 これだと、何だか人格障害患者の殆どは赤ちゃん時のいびつな母子関係から発生しているように思われてくる。しかし、素人の私だけど、論が強引で、首をひねらざるをえない。

 人格障害が起きるのは、赤ちゃん時のいびつな母子関係によるものもあるとは思うが、やはり、その後の人生の中でのストレスや圧迫される出来事により発症する事例が殆どのように思う。

 発生源は多岐にわたり、治療方法は、発症背景を認識し、それをどのようにしたら克服できるか、あるいは背景と上手につきあっていくかを獲得することだと考える。

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五味洋治  「父・金正日と私 金正男独占告白」(文春文庫)

 クアラルンプール国際空港で、北朝鮮金正恩の指示で暗殺されたのが間違いないとされる

 金正日の長男である金正男と150にも及ぶメール交換と、マカオの高級ホテルでのインタビューに成功した作者のその内容のすべてを書いたとされる本。

 身の危険が常に存在する雰囲気はある。

 しかし、記事を書き発表して構わないという前提で、3代にわたって権力主席を世襲することは反対だと言ったり、改革開放政策を推進し、経済を活性化させ、国民を豊にさせるべきと主張する。しかしそれはできないだろう。そんなことをすれば、豊な世界の情報が国民にしれわたり、金王朝の維持は不安にさらされるから。

 投資のための特区を作っても、金王朝の気分次第で投資した会社をいつでも追放できるような状態ではどこからも投資をしようなどという企業はあらわれないだろうと記事にされては、金正恩はだまってはいられない。当然、消せということになる。

 金正男自身、北朝鮮に帰ることなく、資本主義社会、自由社会にどっぷり浸っている。こんな人間が、恐怖政治、閉鎖社会の北朝鮮にもどって生きてゆくことができるとはとても思えない。

 今、旬な男を扱っているということで、著者と出版社が結託して売ろうというすけべごころが見え見えの本。センセーショナルな帯にひかれてしまい買って読むが、中味は薄い。

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| 古本読書日記 | 06:38 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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一路翔   「甲子園名選手列伝」(宝島社文庫)

 甲子園の高校野球では最近はアイドル並みの人気選手が出現する。今は早実の清宮選手がこれにあたる。

 最初のアイドル選手と言えば、昭和44年夏に活躍した青森三沢高校の太田幸司投手だったと思う。決勝戦の松山商業井上投手と投げ合った延長18回引き分け試合、私が高校卒業した年に行われ今でも瞼に焼き付いている。その後、アイドルフィーバーは荒木大輔投手に引き継がれ、それから東邦高校のバンビ君こと坂本投手や、最近でハンカチ王子と呼ばれた斎藤祐樹投手などがいた。

 それでも、超怪物だったのは、何といっても江川卓である。なにしろ、高校3年間の野球生活で完全試合が2回、ノーヒットノーランにいたっては9回も達成している。奪った974のアウトのうち三振が493個で半分以上をしめている。県内大会では140イニング無失点というとてつもない記録をうちたてている。高校野球で、こんな怪物ぶりを発揮した選手は後にも先にもない。しかし、これだけの成績を収めても甲子園での優勝経験がない。不思議だが、それも江川らしい。

 しかし、プロ野球入団時に、ドラフト制度の盲点をつき、巨人へ入団。ここで悪役イメージができ、ごねることを「エガワル」という新語が流行った。

 高校野球であれだけ、怪物だったので、プロ野球でも快刀乱麻を期待したのだが、確かに最優秀投手には2回輝いてはいるが、期待ほどの活躍はできなかった。むしろ、試合中に金儲け、投資の話を投資会社としていたなどというスキャンダルのほうが有名になった。

 しかし、やはり高校野球でということなら、一番すごかったのはやはり江川だったと思う。

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大槻ケンヂ  「いつか春の日のどっか町へ」(角川文庫)

 私らのような平凡な人生は、敷かれたレールにのり、行きつく地位などはそれぞれ異なるが、流れるまま日々を送る。しかし、乗っかるレールが無い人は、いつも不安をかかえ人生を送っているのか。

 大槻ケンヂ、筋肉小女隊でブレークし80年代のロックシーンを引っ張てきて、功なりとげ、名声もお金も十分以上得たと思えるのに、40歳の声を聞き、人生を見つめなおす。

 40歳代、周囲にポツリ、ポツリではあるが亡くなる人もでてくる。今まで死など考えたことが無かったのに、死が大きく迫りだす。社会からも疎外され、孤独がひしひしと迫る。

 40歳になったというのに、成長や成算性のない、生活。小学生がそのまま40歳になってしまった感覚に陥る。

 人生半分。この惰性と幼稚性の状況から脱皮して、新たなる場所へ飛躍せねばならない。

 驚いたことに、大槻はロックバンドで派手に活躍しているのに、ギターを全く弾けない。

 そこで一念発起して、周りから揶揄されながらも、エレアコの演奏習得にまい進する。そして、習得できたかどうかはよくわからなかったが、無謀にも弾き語りのコンサートを行う。それも、谷山浩子や遠藤賢司とジョイントまでするから驚き。

 筋肉小女隊のメンバーの橘高さんと弾き語りコンサートをしたとき、譜面台の譜面が右と左で曲目が違うことを歌っているとき判明。 
 「わわわわ・・」と困って泡をふいていると、観客が
「大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫だねえ」の大合唱。これは筋肉少女隊のときの「蜘蛛の糸」の歌ででてくる。

 もう、死ぬほど聴衆に感謝。

 それにしても、おもいついたら挑戦。挑戦には年齢はかんけいないのだと大槻は強く主張する。

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岡田尊司   「人格障害の時代」(平凡社新書)

 ここ最近は、欲望や感情を抑制できず、アルコール依存症や、パチンコ依存症、自己破産、家庭内暴力事件や虐待事件、強制わいせつ罪が急増している。これらは、体の一部に欠陥があり起こされるのではなく、育った環境や社会的抑圧により人格障害が引き起こされることによって発生している場合が殆ど。

 この人格障害は以下の症状に現在分類されている。

 「妄想型人格障害」人の行動を信じない。ちょっとした目線や行動を、自分を嫌っているとか、浮気をしているとか妄想し、徹底して相手をせめあげる

 「統合失調型人格障害」妄想型に似ているが、ちょっとした他人の行動をすべて自分に結びつけて解釈する。

 「自己愛性人格障害」自分は優れている、自分は特別であると思い込んでいる。だから、常に他人からは賞賛や評価を受けるように求める。

 「演技性人格障害」虚言、演技により注目をあびたり関心を引こうとするタイプ。地位やステータスや経歴詐称などがこれにあたる。

 「境界性人格障害」情緒面や他人との関係の変動が激しい。周囲に対し操作的態度をとることが特徴。ついさっきまでハッピーだった態度が突然投げやりになったり暗くなる。この振幅により周りを困惑させ、混乱させる。

 「反社会的人格障害」裏切り、騙し、傷つけ、搾取することだけにすがり生きてゆく。無差別殺人などこれにあたる。

 「回遊性人格障害」失敗を恐れるあまり、行動や決断を避ける

 「依存性人格障害」権力者や他人に依存しないといいてゆけない。責任は他人におしつけようとする。

 「強迫性人格障害」物事には決められた秩序があり、それにすべて沿って行動しないとならないと考える。

 こんな風に並べると、自分もどれかにあてはまっていると思わざるを得なくなる。まあ、社会適応ができないくらいに極端に症状が発揮される場合障害という病である診断がなされるのだろう。

 しかし、これらの病気は治るものだろうかと思ってしまう。何か、薬によって抑えるということもできない。励ましたり叱ってもいけない。ひたすら、患者のおかしな行動をひきだし、患者自らがおかしいということを気が付き、自らが変わろうとしていかないと治癒は不可能だ。医者はそれを我慢強く助けることしかできないように思う。

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高橋英彦 「なぜ他人の不幸は蜜の味なのか」 (幻冬舎ルネッサンス文庫)

爺やが似たような本の感想を書いていたので、便乗しておきます。

鬱に関して「分類もいいが、メカニズム解明に挑戦して、効果のある処方をみつけてほしいと思う」と爺やが感想を締めくくっていましたが、この本もそんな感じです。
メカニズムについて突っ込んだ話があるのかと、期待して買ったんですよ。(ブックオフですが)
脳科学の歴史だの、嫉妬についての描写が秀逸なのは『タッチ』だの、七つの大罪だの、サイコパスに向く職業だの、ネイチャーの総括は欧米の研究しか取り上げていなくて不満だの、fMRIやiPS細胞の説明だの、脱線が多い。

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★被験者に、妬ましい他人が不幸になるシナリオ(スポーツ万能で女にもてる一郎君が、車の故障に悩まされる)を読ませたら、脳の線条体という部分が働いた。
線条体:報酬系と呼ばれる部位で、美味しいものやお金を得たときに反応することで知られる。
☆自分の家族や恋人が針で刺されている様子を見ると、自分が刺されたときとおなじように脳が反応する。
★拘束されたネズミのストレスホルモン分泌量は、目の前を別の自由なネズミが走り回っているときは増加し、目の前に同じ境遇の拘束されたネズミがいるときは(傷を舐めあって?)減少する。
といった実験結果が紹介されています。
あとは、意識するより前に脳が判断しているだのバイアスがかかるだのという事例もあるんですが、一般読者にとっては「だから何?」です。
心と脳の関連を証明するのは難しいってことなんでしょうかね。やっぱり、話を広げすぎちゃっている気が(;´・ω・)

最近はほかに、
香山リカ「老後がこわい」
渡辺淳一「鈍感力」
池波正太郎の仕掛人藤枝梅安シリーズ2冊
などを読みました。感想を書くほどのこともなく、、、ですな。再びブックオフへ売っちゃったものもある。

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3月の、猫の日

「猫の本棚」とタイトルでうたっている以上、月に一度くらいは猫写真を貼りませう。
ほら、明日は22日。にゃんにゃんですよ。
↑猫派なので犬は無視

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最近、ファンヒーターを買い換えました。いい感じです。
前のヤツは、ねじが行方不明になってガタガタ言い始めたので。

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しっぽの持ち主と、背中の持ち主は別です。

2匹とも元気です。この春で、15歳と16歳です。
茶々丸を最初に拾った家の人に最近会って、「まだ生きてるの!?」という反応をされました。
鼻はずびずびで、お腹も脂肪か水かわからないものでたぷたぷですが、問題ない。

| 日記 | 22:23 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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春風亭昇太   「楽に生きるのも、楽じゃない」(文春文庫)

 今やお化け番組「笑点」の司会者まで上り詰めた、大人気落語家春風亭昇太のエッセイ集。ただしこのエッセイ集は、20年前に書かれ本になったものを再出版している。20年前の昇太は、まだ「笑点」に出演していない。出演はこの本を出版した9年後。だから「笑点」でのネタは全くない。

 落語家にはなったものの売れてお金がはいる時代ではない。

 銭湯に行った帰り、アイスを食べたくなり、自販機の前にたつ。ポケットをまさぐるのだが、財布がない。全財産の5000円が入っている財布だ。青ざめて、銭湯までいってみるが、どこにも財布は無かった。

 アパートに帰り、すべての服やズボンのポケットをまさぐる。350円がでてきた。明日の寄席までの電車賃をとっておくと使えるお金は80円。どうやって今晩の飯を食べるか。

 お米をといで、炊飯器にかける。
それから、近くのコンビニまでゆく。80円で食べられるもの。あったカレーパン。

 早速アパートまで買って帰る。そしてパンをむく。右端に偏った場所にカレーが詰められている。そのカレーを取り出す。量がそれでは少ない。鍋に水をいれ沸かす。湧き上がったところでカレーをいれ、スープ状にする。

 これを炊き上がったごはんにかけて食べる。

 昇太は、発想がユニークで貧乏を生き抜く知恵を知っている。

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| 古本読書日記 | 05:48 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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岡田尊司    「うつと気分障害」(幻冬舎新書)

 こういう本を読んでいると、また、新しい鬱の型が発見されたと、症例の細かな分類を読んでいるような錯覚に陥る。例えばうつ病といえば、自殺に直結していて、絶対「頑張れ」など励ますような言葉は発してはいけないということになっているが、この本では励まして背中を押してあげねばならない「うつ病」もあると記されている。何だか何でもありで読んでいるうちに、だいたい正常な人というのはどんな人なのか像がまったく浮かばなくなる。

 精神科の扉をはいると、すべてのひとが病人となってでてこざるを得ないのではないかと思う。

 分類や恐怖心をあおることはもう十分だから、もう少し鬱のメカニズムを科学的研究はなされていないのか説明が教えてほしいと思っていたところ、この本では、研究成果を多くはないが公開している。

 神経伝達物質にモノアミンという物質があるそうだ。モノアミンは単一物質ではなく、ドーパミン、ノルアドレナリン、セロトニンの総体をいう。このモノアミンの減じると、精神的疾患が生じる。またモノアミンを受ける受容体がある。この受容体の増減が疾患に結びつく。減じればうつ状態になり、逆増えすぎると躁状態になる。

 モノアミンを減じない薬、或いは受容体が減じたら増やす、逆に増えすぎたら減じる薬の開発が求められている。しかし、今は、現状流通しているてんかんの薬とか、結核の薬に効能があると後付で薬が決められているようにこの本を読んで思う。

 分類もいいが、メカニズム解明に挑戦して、効果のある処方をみつけてほしいと思う。

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| 古本読書日記 | 05:47 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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藤原新也    「なにも願わない手を合わせる」(文春文庫)

 藤原は、人の死んでしまえば、土に帰り無となると考える。では、死んだ魂が成仏するとはどういうことなのか。藤原は、死んだ人の魂は、その人を送った今生きている人の中にあるという。繰り返し、祈りをささげる。その真摯な祈りの向こうに、やがて死んでいった人への悲しみや、重圧から解放され無になる。その時こそ、死んだ人の魂が成仏したときだという。

 仏教で祈るということは、仏様に何か願いをかなえてくれるようにすることではない。心をひたすら無にして、手をあわせることである。邪念を捨て、無、空と同化することである。

 そんな姿を、四国の寺で、母親から「お大師様にありがとうと手をあわせなさい」と言われた少女の真っ白い純粋な祈りに藤原はみている。

 藤原は、世界のありとあらゆる場所を旅している。しかし、無の世界にであったことはない。何もない砂漠のどまんなかであっても、よく見てみると、おびただしい数の虫たちが走り回っている。入山禁止の山奥のチベットの村でも、夜を切り裂く山鳥の声で、無の想像は飛ばされた。

 この世に無という世界は無いのか。無というとある記録カメラマンの話を藤原は思い出す。
 「全く音の無い世界なんですね。
  耳元をそよぐ風の音以外は」
これは、長崎に原爆が落とされ、一瞬にして万の人々が殺戮された直後の世界をカメラマンが表現した言葉だ。

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| 古本読書日記 | 06:04 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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星野博美    「コンニャク屋漂流記」(文春文庫)

 星野さんのルーツは、漁師だ。千葉県の外房の小さな村、岩和田で父親が生まれ、先祖はこの村で生きてきた。祖父が亡くなる。その祖父が末期がんと宣告された後、遺書のように自分史を書く。それが、星野さんの手元に残され、そこから星野家のルーツは何だったのかつきつめる旅が始まる。不思議に思うのは、星野家の屋号が漁師町に家があるのにも拘わらず「コンニャク屋」とは。

 星野さんの特徴は、好奇心が旺盛。で、思ったことはホラ吹きのごとくまるで見てきたように喋らずにはいられない。その特徴が、長所としてこのノンフィクションでは発揮されている。それが400年前の家康の時代のことでも、岩和田で住む人たちと全く同じ目線で、彼らと一緒に暮らし語る。読者をその時代、その事件が起きた場面に連れていってくれる。

 御祖父さんは、漁師にはならず、五反田にでてきて、町工場に勤める。そして独立して町工場を構える。昭和6年から8年にかけ、祖父の工場の近くには藤倉ゴムがあった。

 藤倉ゴムに入り込んで共産党員を勧誘していたのが小林多喜二。さらに、祖父の知り合いの家には、宮本百合子がよく来ていた。この祖父の工場付近の暮らしぶりを、多喜二の「党生活者」や百合子の「乳房」を引いて描写しているところが、生き生きとさせている。

 千葉県外房海岸の町は、和歌山県からの移住民が多い。実は星野さんの先祖も和歌山からやってきている。ちょうど家康が日本を収めている時代だ。移住の原因になっているのが鰯。

 鰯は低級の大衆魚としてあまり価値が無いように思われている。ところが、鰯干や〆粕は肥料として大変な力を持っている。良質の米や冷害に強い米の栽培、或いは良質な綿花栽培には欠かすことのできないものである。

 織豊時代、和歌山沖や瀬戸内、鳴門では、このため鰯を大量に獲り、徳川時代には鰯が獲れなくなっていた。このため、和歌山の漁師と淡路島の漁師に騒動がおきる状況にまでなっていた。

 それで和歌山の漁師が、鰯を求めて東へ、東へむかった。そして、外房までやってきたとき、大量の鰯がいることを知る。更に、江戸時代の前は大阪、京都が食の大市場。それを満たすために、和歌山の漁は重要だった。同じ大きな市場が、江戸にできあがった。それを支えるために、千葉の漁師も重要になった。

 そんな背景があり、和歌山の漁師が千葉外房に移ってきたのだ。

 鰯が働く人々を動かしたとは、なかなか面白い。

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乃南アサ    「それは秘密の」(新潮文庫)

 恋心が生まれる瞬間、そしてそれがどんな風に生まれて当人を、ときめかせたリ、悩ませたり、そんな心理のあり様を、年齢や状況、千差万別において、描き出した短編集。

 やはり本のタイトルにもなっている「それは秘密の」が一番面白い。

 猛烈な台風がやってきている。吹き荒れる雨風のなか、主人公の国会議員が車を運転していた。彼は、病気療養中で死期がせまっている友人の見舞いにきた帰りに台風に遭遇した。

 道路が寸断され、トンネル内に取り残された。車は故障し全く動かなくなった。トンネル内では土砂で横転したバスがいた。そこから助けを求める女性の声がする。その女性を助け出す。暗闇でよくわからないが、身体中泥だらけで、顔も泥が覆っている。主人公もずぶぬれのよれよれになったスーツ姿で、顔は泥だらけ。

 2人は、トンネルの出口まで歩こうとする。真っ暗で全く前が見えない。それで、危険を避けるため、手を握り合いながら、ゆっくり歩く。

 やわらかい手が強く握りしめられたり、ふわっと握られたりを繰り返す。それが主人公の心をときめかす。

 夜は長い。車のなかで一緒に過ごす。普段は話題にもならないような、子供のころのことや、絵本の話など、澄み切った心の会話が弾む。闇のなかでトイレに行きたくなる。戻り場所がわかるように、車に残っている人が大声で歌を歌う。彼は「遠くで汽笛を聞きながら」。彼女は「秘密のアッコちゃん」を歌う。

 朝がくれば、救助隊がやってくる。彼は心を燃やしながら、救助隊が来なければいいなと一瞬思う。救助隊がきて助けられたとき彼女が耳元でささやく。「誰も助けにこなければよかったのにね」と。彼は舞い上がる。

 2人は、もう永遠に会うことはないだろうが、生涯を通じて最も純真な恋をしたことをいつも思い出すだろう。

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城山三郎    「よみがえる力は、どこに」(新潮文庫)

 生前の講演と吉村昭との対談が収録されている。

 講演での本田宗一郎や、石田體助のエピソードや人となりについて話している内容も興味深く面白かったが、大層な教訓話より、気楽にしゃべっている吉村昭との対談のほうが面白かった。

 Hさんという有名な編集者が、アメリカに出張に行った。まったく英語ができない。ホテルの名前は憶えていたから、タクシーに乗ってホテルまでは着いた。フロントで耳と口をさしてから、バツマークをした。全く英語は喋れないということを伝えたのだ。そしたらにこやかにフロントマンがやってきて、連れていってくれたのが、ヘレンケラー協会主催のパーティ会場。耳と口が不自由だから、きっと日本の代表の方だと思って。その方もずうずうしい方だから、パーティ会場で、酒を飲んだり、ついだりしてあげて楽しんだ。

 武家者の小説を書いていると、自分までもその時代に浸りきってしまう。朝から懸命に書いていて、ふっと時計をみると午後2時。おもわず「ああ、今は八つか」とつぶやく。

 タクシーに乗って、少し先に四つ角がみえてくる。運転手に言う。
「あの辻を右へ」と指示している。

 対談の当時、フランスが核実験をした。それをオーストラリアが批判して「また、ナポレオンとおなじことをやっている」と言った。「ナポレオンとおなじこと」というのは、自分の国のことだけを考えてやっているということ。自分の国だけということになると、必ず他国との軋轢が増大し、果ては戦争になるということをオーストラリアは言っているのだ。

 「アメリカン ファースト」と連呼している大統領の顔が浮かんだ。

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| 古本読書日記 | 06:35 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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長野まゆみ     「鉱石倶楽部」(文春文庫)

「ゾロ博士の鉱物図鑑」に載っている、紫水晶、白雲母、月長石などの美しい鉱石の写真とともに、その鉱石からわきでたイメージと物語を紡いでいる。

 天河沙流の結晶からイメージした鉱石の説明が、ピタっと写真とはまる。

 「アイネクライム村の海岸でだけ採集できる珍しい沙流。・・・硝子壜に詰めた装飾品としても人気が高い。猫族のチンチラ仲間たちは、この天河沙流を身体にふりかけ、毛並を煌めかせて歩くことを流行らせている。我々の仲間でも、北極狐などから大量の注文があるそうだ。アイネクライム村では、郵便小包で各地に送っているという。」

 鉱石は、石だから、食すことはできないが、写真をみつめていると、砂糖の塊、金平糖や洒落た洋菓子のようにみえてくる。長野さんは、それを美味しいぞというばかりの表現で描写、説明する。写真に写る鉱石を本当に手にとって食べたくなる。

 北極地方の零下20度の世界では、アイスクリームは冬の鍋のように、暖をとる食べ物という発想もすばらしい。

 絵本から飛び出してくる小さな物語の数々は、少女ではうまく決まらない。やはり、小さい兄弟でなくては。海にのりだす冒険や、空を舞ったりするのは、冒険心一杯の兄と、少し気が弱い弟が活躍する。夢に溢れて、ピュアな少年たちの輝く絵画が、長野さんの紡ぐ物語から目の前に飛び出す。

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| 古本読書日記 | 06:32 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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瀬尾まいこ   「春、戻る」(集英社文庫)

 最近は、一瞬に人を判断して、特にダメ人間だと判断した人物は、排除してしまうという傾向がありとあらゆる場面で強くなった。そして、ダメ人間としてレッテルを貼られると、なかなかそこから脱出することができない。

 この作品は教師を目指し人生をおくってきた主人公の女性が、念願がかない、岡山の田舎の小学校に赴任、小学2年生を受け持つことから教師生活をスタートさせる。主人公は、生徒たちと同じ目線で物事をとらえようとする。だから、苗字で〇〇先生と呼ばせるより、名前のさくらで呼んでもらうようにした。しかし、ここが難しいところだが、生徒たちが、自分たちと同等の人間と主人公を判断してしまい、主人公が何をいってもまともに生徒がきかなくなり、学級が混乱状態に陥る。最後はベテラン教師を彼女にはつけられてしまう。

 当然先生たちの中では、ダメ先生の烙印がおされる。排斥された主人公は、追いつめられ憧れていた先生の仕事をやめる。

 しかし、先生になって一年もたっていない経験で、周囲より判断されてしまうのは切ない。新人なのだから、失敗もある。主人公の目線の置き方だって、彼女の意欲によりなされたものであり、それが上手くいかなかったとして、意欲をしぼませるような学校であっては悲しい。

 この作品では、唯一校長が、彼女の頑張りを理解していたのだが、辞職をおしとどめることはできなかった。

 そして校長は、憧れていた夢を断念した主人公が、幸せな人生を送れるよう、息子に依頼して彼女の人生をみさせ、障害がおきれば手助けしようとする。

 主人公は、見合いをして和菓子屋の若主人と結婚することになる。最後に突然現れる若い男が主人公の人生をみてきた、校長先生の息子であることがわかる。

 人は過去のいやな経験は、できるだけ封印して思いださないようにする。しかし、最後に主人公は、優しかった校長先生の言葉やしぐさを思い出す。そして、読者もよかったと暖かい気持ちになる。元先生だった瀬尾さんの優しい想いがこもった小説だった。

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| 古本読書日記 | 05:59 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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長野まゆみ   「あの頃のデパート」(新潮文庫)

昭和40年代、50年代はデパートが全盛の時代だった。デパートはその頃は、家族が行きたい、今でいえば、ディズニーランドのような場所だった。だから、この作品で長野さんが言っているように、デパートに行くと言われると、前の晩は眠れなかったり、一張羅を着こんで行くところだった。

 今日は食堂で何を食べようかとか、屋上の植物園探索や乗り物楽しみだった。その頃はデパートの屋上はその近辺では最も高いところで、そこから見る展望も楽しみだった。

 長野さんは、そんなデパート黄金時代に社員として店頭にたっていた経験を持っている。その時代を回顧して、このエッセイを綴っている。

 デパートにいるとよく耳にするアナウンス
「先ほど、〇〇売り場で〇〇をお買い上げいただきましたお客様に申し上げます。お忘れものがございますので、お近くの係員までご連絡いただきますようにお願いもうしあげます。」
 これは、すべて隠語。お釣りを間違えたとか印紙を領収証に貼り忘れたか、デパート側のミスのために流しているアナウンスだそうだ。

 こんなアナウンスがたびたび流れるデパートはよくないというシグナルだと思わねばいけないのだ。

 デパートはお中元とかお歳暮を大々的に売り上げを上げる機会だととらえる。ところが、この扱い商品がかなりの割合で返品されてくるそうだ。世の中の慣習で行われているが、贈答品がくる人には大量にくる人が多く、殆どが不要なものばかりで、これを包装紙をみてどこの百貨店が扱っているか判断してそこに返品持ち込みをするのだ。

 ここでデパートから多くの金をせしめようという輩がたくさんいるからデパートも対応に大変。デパートで販売したのではない商品を、どこから包装紙を調達して、商品をくるみ、お金を要求する人。

 大口取引先で大幅値引きをして販売。それが返品するときは、値引きをしているかなどは知らないふりをして、正規の値段で引き取ってもらおうとする人。値引きをしていた商品であることを納得させる証拠がないため、デパート側は対応に苦慮する。

 お歳暮、お中元の多くは、取引先の担当に贈るもの。それが返品されるのなら、会社間での贈り物の風習は禁止したらとこの作品で思ってしまう。

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| 古本読書日記 | 06:07 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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坂口恭平    「徘徊タクシー」(新潮文庫)

 ぼけとか認知症といって、徘徊老人を病人として判断して、一般世界から排除を我々はしてしまう。しかし、人間の心は多種多様で、こういうものと決めつけてしまうことは、この作品を読むといけないことだと感じてしまう。

 この作品の主人公恭平。祖父の葬式のために東京から故郷熊本に帰ってくる。そこで90歳で健在な曾祖母トキヲがボケ老人になり徘徊をくりかえして家族を困らせていることを知る。

 このトキヲが時々「ヤマグチ」とつぶやき、徘徊をする。この「ヤマグチ」とは何を言っているのだろうと恭平は、トキヲを観察しながら考える。トキヲの行動をみながら、トキヲは意識なく、徘徊しているのではなく、確かな意志を持って徘徊していると確信するようになる。

 トキヲは、一般の人たちと見えている世界が違う。今、彼女は「ヤマグチ」に行こうとして歩いている。そして、若いころ住んでいた山口と同じような風景のところに行き、山口時代に浸っているのだ。

 恭平は、徘徊老人は病気でなく、正気で行くべき場所を持って歩いていると確信する。それなら、それを手助けして、彼らが行きたい場所に連れていってあげるタクシー営業をしようとする。

 彼らは「ヤマグチ」とか「M1」とか暗号のような言葉をつぶやく。これが何かを掴むことは難しい。しかし、大丈夫。ちゃんと運転手に向かって道筋を指示するから。

 でも、こんな妄想に思えるようなタクシー会社が営業認可を受けられることはない。
超マイノリティの考え方だから。

 しかし、徘徊をボケと簡単に片付けるのではなく、彼らが見えている世界はどんな世界なのか、そこに一緒にたってみることができるかは、現代世界では必要なのではと思ってしまう。

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| 古本読書日記 | 06:08 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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有川浩     「旅猫レポート」(講談社文庫)

 主人公は30歳を過ぎている悟。ある日瀕死になっている野良猫を救ってやり、名前をナナにして一緒に暮らし始める。ナナは人間の言うことがわかり、他の猫とも会話ができる。

 5年間一緒に暮らしたが、ある事情があって、ナナを手放さなくてはならなくなる。
「猫をもらってくれませんか?」と銀色のワゴンに乗って、小学校や中学校、高校の頃の親友を訪ね全国を旅する。

 読者は、何でナナを手放さねばならないか、疑問を膨らませながら、悟とナナと一緒に全国を旅する。最も何故と思うのは、時々、これが最後の旅といわれるフレーズが登場すること。

 確かに、友達との昔の交流、衝撃を与えた出来事、そして友達の現在の暮らしぶりなど、読んでいてそれなりに興味は沸くが、疑問が頭にこびりついているため、かなりロードノベルの部分はかったるい。

 その疑問を解く出来事はロードノベルの間にヒントがちらつかしてある。
小学校の修学旅行のとき、悟だけが途中で繰り上げて帰家する。両親が交通事故で亡くなったのだ。或いは、不況で悟の勤めていた会社もリストラという名の人員整理を大々的にしたことなど。

 それでも、まったくわからない。このまま終わったら何?この小説と思ってしまうのだが、ちゃんとロードノベルの飽き飽きした感じを大きく凌いで感動させる最後、ノリコの章を用意してあった。

 悟の両親は、母親が一般家庭で、父親は著名な資産家。それで、父親の両親は結婚に猛反対。しかし、父親も母親もその重圧をはねのけて結婚する。更によくなかったのは、母親が子供が産めない体であることが判明。それで、悟を養子にした。両親と悟は血がつながっていないことが判明。それから、母親の妹ノリコが判事の仕事を捨ててまで悟を引き取った経緯。更に悟が重い肝臓ガンを患っており余命半年の宣告を受けていたことが、この章で明かされる。

 悟が亡くなり、ナナが昔の野良猫に戻っていくとこが、りりしくもあり、せつなさもこみあげ感動する。

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秋吉理香子     「暗黒女子」(双葉文庫)

 芸能界にはまったく関心がない老人の入り口にいる私。最近ヤフーのニュースで話題になっている清水富美加という女優、不倫や「幸福の科学」に専念するため女優をやめると大騒ぎになっていることを知る。

 この文庫を書店でみたとき、去年の4月にこの作品は映画化されていて、清水富美加という女優が主演していて、表紙に載っている。へえ、この人が話題の人かと思わずまじまじ見てしまった。

 この小説、主人公の学校経営者の娘いつみが、学園の屋上から飛び降り自殺をして死ぬ。

 一週間後に集められた文学サークルのメンバーが、闇鍋大会を行う。そのなかで、副会長小百合の指示で、いつみについて小説をメンバーが書いてその闇鍋大会時に朗読することになる。

 それぞれのメンバーが、いつみを殺した犯人は誰かということを、その理由背景を含めて説明した小説にしている。この作品の妙味は、それぞれの説明、告白が小説だとしているところ。

 それぞれが、自分が思っている、異なる犯人を想定している。ここが物語の結果を導く。

 しかし、死んだといういつみが実は死んでいなかったというところが、違和感だらけ。死んだという前提のそれぞれの告白が何だったんだろうかと釈然としない。

 小説の出来ももうひとつ。こんな作品が映画化するという映画界はどういうところなのだろうかと、首をかしげてしまう。

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| 古本読書日記 | 20:41 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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