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2016年09月 | ARCHIVE-SELECT | 2016年11月

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法月綸太郎   「キングを探せ」(講談社文庫)

 それぞれに憎く、殺したいやつがいる4人が集まる。そして、誰が殺したい奴に代わって殺人を行うかを決める。更に殺す順番も決める。それを決めるために、それぞれトランプの4枚のカードを使う。普通のミステリーにある2重交換殺人でなく、4重交換殺人である。

 このミステリーが読者を悩ませ、混乱に陥れるのは、4人が固有名詞でなく、夢の島、りさぴょん、カネゴン、イクルと仮名で表現され、現実の殺しが起きたときの固有名詞の人物と結びつけるのに右往左往するところ。更にその結びつけに重要な鍵をにぎるのが、トランプの2通りのカードの意味付け。

 しかも、いつもの法月警部、名探偵である綸太郎コンビなら、鋭い頭脳でミステリーを解決してゆくのに、今回の作品では、読者がその殺人犯は誰かわかるのに、綸太郎が作品の中でうろたえ迷う。読者を綸太郎が追いかけるなんてところもある。

 それに加え、交換殺人と言ったって、生身のことになれば、そう簡単にはいかない。中には、実際人殺しをやるというのはとんでもないエネルギーがいるが、気弱でできない人もでてくる。

 自殺をしたい人がいる。しかし、心療科にかかっていたあと、生命保険にはいると、自殺した場合は、保険金がはいらない。そこで、いかにも他殺のようにみせかけ、自殺を試み、警察を欺く、なんてこともある。

 法月得意のロジックによる解決も貫かれているが、法月にはめずらしく、現実の人間の揺らぎも描いて、面白い作品に仕上げている。

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桜木柴乃   「星々たち」(実業乃日本社文庫)

 今年の夏の北海道は、普通なら、梅雨とかかわりなく、爽やかな風と澄んだ青空が広がる大地があるはずが、雨、雨、豪雨で青空はほとんど見ることはできなかった。この作品を読むと、美しい大地に青空が広がるという北海道のイメージが本当は嘘ではないのかと思ってしまう。

 青空などまったく登場しない。いつも、雨が降っているか、雲に空は覆われているか、どんよりと靄が垂れ込めている。たまに、真っ赤な夕焼けのシーンがでてくると、沈む夕日が真っ赤に見えるのは、大気中に大量の埃があるからだという説明がつく。

 咲子、春子、やや子、女3代にわたる連作物語だ。

 咲子は18歳で春子を産む。春子は16歳で圭二なる医師の卵の子と関係を結び、やや子を産む。こういう子は世間体があるから、だいたいは遠くに住む親族などに養子として預けられる。そこそこ勉強ができても大学などにはだしてもらえないし、就職にもハンディとなりまともな仕事にはつけず、最初から底辺を彷徨うことになる。

 物語の中心をなす、春子はススキノのストリップ劇場から仕事がスタートする。底辺の中で2度結婚をするが、千春はすぐ家をでて、放浪し、夜の街へと沈む。咲子も流れて60歳を過ぎ、能登という男とほとんど客が来ない「咲子」という店をやっている。咲子は、乳がんにかかっていてもう死ぬ直前にある。娘の千春に会いたい気持ちはあるが、会うことができない。ずっと前に、千春に会った時、彼女のカードをかすめ取り、限度枠いっぱいの金を借り散財したからである。

 能登は小樽のバーにいるというだけで、小樽にでかけ、千春をみつけ咲子の容態を伝えようとする。何とか苦労して、千春をみつけるが、どうしても咲子のことが言えない。そのまま夜の雨の中ににでる。そこで傘を忘れていたことに気付く。取りにもどろうか迷いながら振り返ると、傘を持って走り出た千春が、走ってきた車にぶつかり千春は投げ出される。

 能登は、そのまま事故現場には行かず、咲子の元へ帰ってくる。そして、千春が重体との記事が新聞に載った日、咲子は息を引き取る。

 千春は足を切断し、飛び散ったガラスの破片がすべて体から抜き取られない状態で、母咲子を探し訪ねようとしている。

 やや子は図書館勤めをしていて、そこに通ってくる昭彦に結婚を申し込まれ、昭彦の母と会う。経歴、両親、家族のことを警察の尋問のように聞かれる。まだ付き合いはしているが、そこから結婚という言葉は会話から消えている。しかし昭彦から「母がもう一度会いたい」と言っていることが伝えられる。

 小説の最後。やや子が街を歩きながら、夜空を見上げる。頼りなげだが星々が夜空いっぱいに輝く。この作品で初めて晴れ渡った空が登場する。やや子の人生に希望があるようにと。読者が願うところで物語は終わる。

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村上春樹      「女のいない男たち」(文春文庫)

 恋というものは不思議なもので、始まりがあれば必ず終わりがついてくる。そして、恋の渦中にあってこれ以上ないという盛り上がりと、恋が終わり、そこから真っ逆さまに落ちて後悔と暗い闇の孤独の海をさまようその落差の大きさに茫然自失になってしまう。

 ある深夜、電話が鳴る。電話を取ると見知らぬ男から、あなたの彼女は亡くなったと伝えてくる。しかも彼女は自殺だと。電話を受けた主人公の男は、これで彼女だった3人の女性が自殺したことになった。

 そこから男は、彼女との過去を辿る。実際はそうではないけど、彼女との恋は14歳のときに彼女から消しゴムを借りたところから始まったのだと思い込む。14歳から始まっていれば、哀しい結末にはならなかった。始まったタイミングが間違えていたと男は思う。

 世の中には女性を略奪する水夫がいて、恋におちた女性を男からみんな水夫がさらっていってしまう。そして男たちはみんな女性がいなくなり、孤独の底でもだえ苦しむ。

 それにしても、主人公の男はジャズや重い音楽を好んだが、あの女性は「エレベーター音楽」しか聴かなかった。耳障りのよい、パシーフェース、ポールモーリア、フランシスレイなどだ。男は音楽の趣味の違いがひとつの恋の破綻の原因のように思う。しかし、この男はもしかの女性と恋を継続していたら、好きな音楽を聴くのをずーっと我慢しなければならない人生を送ることを知らない。

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辻原登    「冬の旅」(集英社文庫)

 この作品の冒頭に作品を貫く象徴的場面がある。5年の刑期を終えて、刑務所をでた主人公の緒方。出て通りを行くと、三叉路がある。ここで、右に行くか左に行くか思案したところに左から右へすーっと流れる風が通る。そこで、緒方は風にのせられ右の通りを選ぶ。まさに運命をここで選択する。この作品にはそんな運命を後から考えれば決めている決断の場面がよく登場する。

 緒方は物語の最後、無賃乗車で天王寺から紀伊田辺に向かい、途中で車掌の検札にあい、それを逃れようと、窓からとびおりる。そこは熊野の入り口である切目。切目とは、現実から熊野という幽界へ行く、境界地。

 ここで、親切にしてくれた老夫婦の家で、盗みをしようとしたところを御婆さんに見つかりそのおばあさんを殺害する。近付いてくるパトカーのサイレンの音を聞きながら、振り返って自分の人生の変わり目はどこだったか思い出そうとする。

 専門学校から大手中華料理チェーン店に就職する。真面目で副店長まで登り、店長候補にまでなる。そこで、一緒に働いていたアルバイトの白鳥が、緒方の首の鎖骨をうっとりみつめるのに遭遇する。ある日、店で白鳥が鎖骨のところにある窪みを触らせてほしいとお願いを受ける。それで窪みを触らせてやる。そこを店長にみつかり、緒方はホモというレッテルを貼られ、チェーン店を首になる。

 ここが転落へのきっかけだったとはるか昔を思い出す。そこからは、何を決断しても、すべてが転落の道を進むだけとなる。

 そして殺人事件の共犯者となり刑務所にも服し、出所しても転がり続け、とうとう無一文で切目までくる。

 切目はからその先は、幽界熊野。死の世界。今、緒方は思う。すべてを無にして死んで人生を終わらした方が幸せではないかと。それともパトカーに乗せられまた人生の底をころがるのがいいのか。また重い決断をせねばならない。

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加納朋子    「虹の家のアリス」(文春文庫)

 心優しき、脱サラの探偵事務所を仁木は経営している。

 世の中には、警察に届け出ても笑われるか、そうでないまでも後回しにされがちな事件が満ち溢れている。些細と思われるようなことだが、当事者は、弱り切り何とかなさねばと悩んでいる問題、それを解決してあげる・・そこに探偵事務所として存立する場所があると。もちろん最初はそうは思っていなかった。得意の推理を駆使して恰好よく犯人を探し当てる、探偵として活躍することを描いていた。しかし、世の中そんな事件を探偵事務所に解決を依頼してくることなどあり得ない。だから、お困り相談よろず解決事務所のような形態になった。

 前作「螺旋階段のアリス」の続編。前作では仁木がワトソン君で、推理解決するのが助手である安梨沙という役割だったが、今作は仁木が解決に活躍するように変化している。

 前作では、仁木と妻鞠子夫婦の問題が、小説のテーマとして流れていたが、今作は、家族がテーマになって流れる。短編が連作になって進行するが、だんだん、仁木の娘美佐子と仁木夫婦が別々に暮らしていることや、息子が何をしているのか、どうして安梨沙が、家を離れて美佐子と同居しているのかが明らかになってくるように仕掛けられている。ここに、美佐子の見合い、安梨沙の元恋人への想いの変化が重なり合う。

 前作は、安梨沙の推理がさえスーパーウーマンの趣があった。しかし、今回は登場人物の素性や現実の悩みが明らかにされ、神秘的要素が全く無くなった。

 作者加納さんの意図はわからないではないけど、安梨沙は神秘のベールに包まれた人物であったほうが魅力的であった。

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万城目学   「とっぴんぱらりの風太郎」(下)(文春文庫)

 この物語は、レコードがCDに一気に変わったころを思い出させる。

 豊臣の時代は事実上終わった。もうそこまで、徳川が天下をとるところまでやってきている。それは、戦国、戦争から徳川統治による安定した時代に変わることを意味している。こうなると、戦争に関わる物や人の価値が消滅することになる。

 忍者、忍びの者は、戦いが世の中にあるから、その存在は光り輝くし、最上の価値がある。しかし戦争が無くなれば全く不要となる。

 伊賀上野では、孤児や貧乏のどん底にいるような子を全国から集め、忍びの者にすべき訓練を課す。ほとんどの者が厳しい訓練に耐えきれず、逃げるか、訓練途上で死んでしまう。わずかに残った者が、忍者としてかけめぐる。風太郎、黒弓、百、蝉、芥子は、厳しい訓練を経て、忍者になれるところまで育った。しかし、時代は戦争を必要としない世に切り替わり、彼らは不要物として伊賀上野から追放された。

 そして、大阪夏の陣で、同じ不要物である月次組と壮絶な決戦となり、風太郎は、因心居士の妖術に支えられ、月次組を全滅させるが、最後に彼も深手を負い、死んでしまう。

 まだ20歳かそこいら。彼の短い一生は何の価値があったのか、考えさせられる。

 それから、もう一つ考えさせられたこと。庶民では想像できない人生があることについても考えさせられる。秀吉の息子秀頼について。この物語ではひさごという別名で登場する。

 彼は大阪城にずっと暮らし、唯一、外出したのは、風太郎らに導かれて、京都祇園社で遊んだとき。城にいても、何一つ自分でやることはない。祇園社での遊びの時も、着物を脱ぐこともできない。城内にいたら、すべて周りの者がやってくれるのである。彼が自分の意志でやったことは、祇園社で蹴鞠をして遊んだことと、最後に本阿弥光悦の創った小刀で腹を捌き自害したことくらい。これはこれで、ものすごい人生である。

 こんな人生を少しでも経験したら、私は絶対ノイローゼになる。

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万城目学    「とっぴんぱらりの風太郎」(上)(文春文庫)

 作品全体の感想は下巻の書評でします。
「週刊文春」連載作品で直木賞候補にもなる。

 伊賀の忍びの者、風太郎は柘植屋敷が火災でなくなってから3か月、上野城で忍びの訓練をしていた。そのとき、天守の壁を傷つけ、城主藤岡高虎の怒りをかい、銃殺されそうになる。
風太郎は銃殺されたものとされ、伊賀から追放され、京都へ逃れる。

 伊賀をでて1年半後、風太郎は京都吉田山の近くのあばら屋に居を構えていた。

 ある夜、用便をしようと外へでると、老人にであう。この老人が因心居士と名乗る。その因心居士が置いて行った包みを翌朝、開けると小箱の中から蛾がでてくる。一緒に泊まっていた黒弓が大きなくしゃみをすると、大量の鱗粉が飛び、それを風太郎が浴びる。

 この鱗粉により因心居士があばら屋にあるひょうたんに取りつく。因心居士、時には、色んな姿に変わり風太郎の面前にでてきたり、取りついたひょうたんに風太郎を閉じ込め、風太郎を自分が思うように動かそうとする。

 因心居士は、その片割れで果心居士というものがいた。30年間離れ離れになっている。果心居士は、大阪に、それもどうも徳川によって落城しそうになっている大阪城にいるらしい。

 因心居士は、風太郎に大阪に連れていってもらってどうしても果心居士にあわせてくれと懇願する。

 上巻の物語は、大阪冬の陣の戦いに多くがさかれ、途中から因心居士の登場場面がめっきり少なくなった。あまり忍びの者の雰囲気もなくなった。まさか下巻に至って物語が居士とはかけ離れることはないだろうなと少し心配になる。

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皆川博子    「猫舌男爵」(ハヤカワ文庫)

 「私は猫です。」という表現は、状況によっていろんな形に日本語では変化する。

 男の子だったら「僕は猫だ。」女の子だったら「私は猫よ。」下層階級だったら「俺は猫だぜ。」「あたいは猫だよ」。成人男子なら「余は猫なり」「わしは猫である」。高飛車な表現としては「吾輩は猫である」。上流階級の婦人は「あたくしは猫でございますのよ」。成金女は「あたくしは猫でざあまんしょ」。中世の封建領主であれば「これは猫にてそーろー」。武将は「われこそは猫なるぞ」。近世の戦闘員は「せっしゃは猫でござる」。「みどもは猫じゃ」。近世の高級売春婦は「わちきは猫でありんすわいなあ」。下級売春婦は「わっちゃ猫だよ」。道化は「せつは猫でげす。」。田舎の親父は「おらあ猫だでよー。」。同じく田舎者でも丁寧に言うときには「おらあ猫でござりますでござります」。ある地方では「わいは猫やで」「うちは猫や」「うちは猫どすえ」。他の地方では「おいどんは猫でごわす」「おいは猫たい」。皇帝は「ちんは猫なり」。

 これらをすべて「I AM A CAT」一言で訳しても、海外で翻訳本を読む人は何を言っているのかわからないことが多いだろう。

 それよりなにより、海外の日本通の翻訳者であっても、これらの日本語すべてが「私は猫である」ということを言っていると理解することも大変なことのように思う。

 日本文学を海外の言葉で翻訳して出版することは、本当に難行苦行である。

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辻原登    「東京大学で世界文学を学ぶ」(集英社文庫)

 辻原の東京大学における、世界文学についての14回の特別講義のうち10回分を収録。

 辻原があげる世界近代文学の傑作はセルバンテス「ドン・キホーテ」フローベール「ボヴァリー夫人」ドストエフスキー「白地」スタンダール「赤と黒」トルストイ「アンナ・カレーニナ」。

 人間とは生まれることは偶然だが死は絶対であり必然。人間は生まれたら死に向かって生きる。生きている人間は水分が70%以上で生であり燃えにくい。しかし、小説は紙で書かれ乾いたもの。簡単に燃える。ゴーゴリやカフカは、未完の作品や、書きつづった未発表ものを焼いて灰にしてしまっている。

 先の傑作5作品も主人公は、燃えるような人生を経験して、最後には燃え尽きて死んでしまう。死ねば物語は終わる。そして生身の読者は、その主人公の死を考えながら燃え尽きた主人公の人生は何であったのかを考える。死を考えることはまさに生きる意味を考えることである。主人公の生と死を考えながら、生身の読者は自分の必然である死を考えそして生を見つめる。読者をこの境地に持って行かせられる文学こそ傑作作品だと辻原は語る。

 文学にはテーマとプロットがある。テーマは物語を貫く主題であるが、プロットというのはどうしてそんな行動や思いになるのか、言わば動機のようなもの。心の動きを表す。

 小説はプロットの積み重ねででき、プロットは小説では必須の要素である。

 しかし、心の動きは人間には見えない。例えば自然の風景、それそのものはいつも変わらないものなのだが、人の心の状態で、見え方が変わってくる。幸せいっぱいのとき、落ち込んでいるとき。恋に夢中になっているときは華やいで活気あるものに見えるだろうが、戦争で戦っているときは、恐ろしいもの、陰鬱なものとして見えるだろう。

 明治時代、漱石や鴎外が文学で苦しんだのは、それまでの小説では、心の動きや、それを反映した自然の風景を表現する言葉が殆ど無く、心を表す言葉作りから創作が始まったからだと言う。

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法月綸太郎   「しらみつぶしの時計」(祥伝社文庫)

 1440個の時計がある。デジタルとアナログに分けられている。そしてどの時計も分単位にずれていて、一つとして同じ時間を表している時計はない。つまり1時間は60分だから24時間x60分で1440個の時計となる。

 この時計にはランドルト環というマークが貼られている。ランドルト環というのは、視力検査するときのCの文字に似ていて、穴の切れている場所が異なる図のことを言う。

 貼られているランドルト環は、穴の欠けている部分は上下左右だけで、斜めの部分は欠けている部分のものはない。

 この状態から、現在の正しい時間を表している時計を論理的に考察して選びだせという問題が主人公に与えられる。つまり、勘、まぐれは許さないということである。

 論理的に正しい時刻を表示している時計が絞り込まれてゆく。正直、京大卒の天才的頭脳を持つ法月の絞り込みをする過程の論理は、愚かな私にはまったくわからない。

 最後の段階で2つの時計が絞り込まれる。

 穴が開いている部分が左のCに時間の表示は04:06と16:06。つまり午前か午後がわからない。残り制限時間は一分。
 一分たったところで、これだと16:06の時計を出題者に向かって投げる。その時計はひっくりかえって次のように時間をさす。

 L0:91C。表示はまさにLOgiC。

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辻原登     「闇の奥」(文春文庫)

 ジョセフ・コンラッドの名作「闇の奥」をモチーフにして、それをもっと複雑にした意欲作品。

 大正5年和歌山県生まれの三上隆は中学時代熊野の山奥大塔山系に行ったとき、日本では存在しえない蝶々キリシマミドリシジミを採集、その魅力にとりつかれ、昭和20年陸軍の命令でボルネオの奥地にキリシマミドリシジミと小人民族であるネグリトを求めてフィールドワークを行う。そのボルネオで、三上は死んだことになっていた。

 しかし、三上の友人の村上は三上は死んでいなくて、いまだにボルネオで生存していると信じ昭和30年から57年にかけ3回捜索隊を結成して、捜索を行う。三上は発見されなかったが、三上がウネという現地の女性と結婚して、彼女を連れて、やはりネグリットが存在し、希少な蝶々が生息すると言われているチベットにむけ、マレー半島にわたり旅立ったことを知る。

 ここで話は大きく変わる。村上の息子が、たまたま同年代の稲葉、出水、津金が大塔山にはいり、そこでネグリットと三上にであったことを村人から聞く。息子は当時大塔山に入った3人と接触を図ったが、何と3人とも死んでいた。特に出水は、かの有名な和歌山毒入りカレー事件に巻き込まれ死んでいた。しかし、出水の遺族に接触したところ、出水の息子が、出水の探検記のテープを残しており、それを村上の息子が書き起こす。

 この作品は、毒入りカレー事件や、実在する人物の探検記や人びとを登場させ、実際の話ではないかと常に幻惑させる。

 唯一これはフィクションだと思ったのが、大塔山にて生存していたとされる三上が、病気に陥り意識不明になり、意識を回復したとき、手厚く看病していたネグリットのロザンが「あなたの願いを一つだけかなえてあげる。」という。そこで三上が「チベットのネグリットのいるところに行きたい。」というと、気が付くとチベットにいたというところ。

 村上の息子は、中国松茸狩りツアーにはいり、チベットに行き、3人でツアーからとびでて、三上捜索にのりだす。そして、チグリット居住地まで困難はあったが到達する。物語はこの街のむこうに三上がいるといわれ、そこに向かって歩きだすところで終わる。

 不思議な雰囲気が漂う物語だった。事実となると三上と書かれるが、不明なことになるとミカミとなる。故意なのか、今この文章は、誰が語っているかわからないところがたくさんあって最初は読みづらくて大変。魔法の世界にいる雰囲気。

 そういえば、辻原の本名は村上。三上の友達の村上は辻原の父親なのか。

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法月綸太郎    「ノックス・マシン」(角川文庫)

 小説の舞台は2058年4月。このころになると、タイムマシンが試験的作品までできあがり、実験もなされる。確かに、過去にも未来にも人を送り込むのだが、行ったきり誰一人戻ってこない。

 推理小説というのは、過去に起こった事件を証拠を集めたり、推理してさかのぼって解決するものである。もしタイムマシーンで自由に過去を変えられたら、事件は解決しないし、推理小説も成立しなくなる。

 1929年2月28日、英国オックスフォード大学教授のロナルド・ノックスはあらゆる推理小説を調査、分析して、推理小説でやってはならない「ノックスの十戒」を執筆していて、それを1929年8月に発表した。その5項に「探偵小説には中国人を登場させてはならない」という項目があった。

 上海大学のユアン チンルウ教授が、タイムマシーン実験機にのり1929年2月28日のノックス教授の執筆現場へ飛ぶ。ノックス教授はユアンを見て驚く。そしてタイムマシンは推理小説を破壊すると考え、第4項の「とりわけ」以降を書き加える。

 「未発見の毒物や最終章でくどくどしい科学的解説を要する装置や設備を使ってはならない。とりわけH・Gウェルズ氏が考案したタイムマシンごとき装置の使用は絶対禁じられるべきだ。」

 ユアンは困る。こんなことを書き加えられたら自分は元の世界に戻れなくなる。どうにかしないととあせっているうちに、タイムマシンに乗せられる。

 ノックス教授はウェルズなどの固有名詞やありもしないタイムマシンを十戒にいれるのはよくないとしばし考える。タイムマシンに乗って現れたのが中国人だ。タイムマシンは中国人が発見したものだと思う。それで「とりわけ」以下を削って、第5項を作った。

 「探偵小説には中国人を登場させてはならない」と。

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皆川博子     「会津恋い鷹」(講談社文庫)

 江戸末期の福島県会津の南山は、肝煎りという頭領横山儀左衛門によって治められていた。

 肝煎りは年貢の徴収などを行うが、儀左衛門は南山という山間地域で採れる、山菜や野菜を買い付け市場で販売したり、金融も行い、会津の有数の資産家でもあった。また、山間地より鷹の雛をみつけ生け捕り、これを会津藩が年二回行う鷹狩のために藩の御鷹部屋に献上する役も持っていた。

 この鷹の雛を献上に儀左衛門の長男儀一郎と一人娘の15歳のさよが御鷹部屋の鷹匠、長江周吾に献上に行く。ここで、さよは長江に見込まれたか、横山家の資産、お金が欲しいがためか、長江家より周吾の妻に迎いいれたいとのお願いが、献上後何日かたって横山家に届く。

 一方長男の儀一郎は、周吾の姉小竹にほのかな思いを抱く。

 さよと周吾では身分が違うため、即婚姻というわけにはいかなくて、武士である安藤家の養子にさよはいったんなって、その数か月後に長江周吾の夫となる。

 この物語の白眉は、もちろん江戸末期動乱のなか、凛とはしているが、孤独なさよの姿にあるのはが確かだが、さよの運命を大きく変える、会津藩と政府軍との闘いの際に起きた出来事である。

 政府軍が迫ってくる中、さよや儀左衛門、周吾は母屋にいて、他のものは蔵に潜む。政府軍は蔵に火をつけ、儀左衛門を殺し、更に周吾の目の前で、さよを木に括り付け、兵士がいれかわりたちかわりさよをレイプする。周吾はみているだけで何もしない。

 一方、周吾は帰ってきた儀一郎を刀を持って殺す。実は、儀一郎は周吾の姉小竹を殺しているのである。

 小竹は会津城の近くにある、日新館という道場に詰めていた。この日新館が政府軍の焼き討ちにあい燃え上がる。儀一郎は、全身火だるまになって飛び出してくる小竹に会う。もうどうしても助からない。見ていて切ない。これ以上苦しまないために愛する小竹に向け銃弾を放ったのである。

 戦争がまきおこす、さよと周吾、儀一郎と愛する小竹の悲劇の運命があまりにも切ない。

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皆川博子     「鳥少年」(創元推理文庫)

 主人公の鳰子(におこ)が男友達の左内と関係して惰眠をむさぼっていた時、隣部屋で誰かがいる音がすることに気付く。娘のユイかと思ってドアを開けると、男がいた。この男は木谷秋久。実は、過日、鳰子は左内と深夜横浜の公園で酔っ払って休んでいて、左内が席をはずしたとき複数の不良どもにナイフを突きつけられ、強姦された。そのときの不良の一人が木谷だった。

 この不良グループが別の罪で警察に捕まり、その取り調べの中で鳰子への強姦が浮かんだ。鳰子のところに警察がやってきて告訴するように説得したが、元来鳰子は外へ物事をいうタイプでなく、内々で処理するのでと、告訴願いには応じなかった。

 不良の一人の子の名前が木谷と知ったのは、不良2人の両親と弁護士と屈強な男3人が強姦をした謝罪と告訴をしなかったお礼に鳰子の部屋を訪れたからだ。このとき木谷の母親が、騒音のごとくに「木谷は何もしたのではなく、主犯は逃げてかくれている人で、木谷は何も悪くない」と延々としゃべりまくった。木谷がその姿を見てながら鳰子に微笑む。鳰子も負けじと微笑みかえす。2人に密かな交感があった。


 鳰子の部屋に押し入った木谷。「何しに来たの?」と鳰子が聞くが「クァーオ」と鳥の鳴き声を返すだけ。やがて屈強な男3人がやってきて木谷を抱えて連れてゆく。

 この木谷が運動性失語症患者の一人として同様な患者何人かとテレビに出演する。運動性失語症というのは強い衝撃を受けて言葉を失うが、失う直前に喋った最後の言葉だけは喋られるという病気。

 アナウンサーが最後の一言だけでもお願いと失語症患者にマイクを向けるがだれも喋らない。どうなるんだろうと鳰子が見ていると、患者全員、アナウンサー、評論家が一斉に鳰子に人差し指をむける。「おまえが一番何もせずずるい奴」と。
 気が付くと鳰子の人差し指も自分を指していた。

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辻原登    「恋情からくり長屋」(新潮文庫)

 大阪で、田中屋新兵衛は米方両替商を営んでいる。彼は「番傘」という俳諧仲間に属している。その俳諧仲間から夜酒肴の会の誘いがあり出かける。新兵衛をいれて10人が集まる。「番傘」の新兵衛以外の9人はすべて下級武士か浪人。食うや食わずの生活のなかにある。

 新兵衛は、小商人とはいえ、妾を囲っていて、早く酒肴の会を抜け出て、妾のところへ行こうと思っている。この会で彦兵衛が、今日はとんでもないお金が入ったと10両小判を取り出し、みんなにまわす。新兵衛を除いた仲間は小判などみたことがないから、なめまわすようにうらやましがって見る。

 その10両が仲間を一周してくると、1両がなくなり9両となっていた。誰かが1両くすねたと思われるのだが誰だかわからない。これでは、会をお開きにできず新兵衛は妾のところへ行かれない。

 そこで新兵衛はいう。隣部屋にひとりずつ入って、盗んだ人はそこに一両おいてこい。もし1両が置かれていても犯人は問わないと。新兵衛はたかが1両と思い、懐から1両をだし、隣部屋に置いてくる。これで、すべてが収まった。よかったということで会を散会しようとする。

 ところが、片つけようとしたお膳の下に1両がくっついていたことが発覚する。なんと10両が11両になったのである。「番傘」の仲間は、隣部屋で新兵衛が1両置いてきたことを知っている。何しろ小判などみたことがないから。武士は馬鹿にされ面子をつぶされたと思う。

 新兵衛が通りを妾宅に急ぐ。そこに9人の男が刀をかざしてたちはだかる。

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宮本輝     「満月の道」(新潮文庫)

 1981年に書き始めたという「流転の海」シリーズの本作が7巻目。宮本はあとがきで本シリーズはあと2巻で終わると宣言している。宮本は昭和22年生まれだから、この作品の伸仁と同い年。だから伸仁は宮本の分身とみてよいだろう。主人公は伸仁の父親熊吾。

 伸仁が誕生した昭和22年から物語が始まり、本7巻目は伸仁の高校時代、東京オリンピックが行われる前年昭和37年までの2年間を描く。

 こういう物語は北杜夫の「楡家の人々」を彷彿とされるが、この類の小説は、家族を中心にして、曾祖父母から祖父母、両親、兄妹、その夫婦、子供までの群像を描くのが一般的。

 しかし、宮本のこのシリーズはもちろん熊吾、妻の房江、そして息子の伸仁が中心になって繰り広げられる大河小説ではあるが、熊吾、房江に連なる、一族、さらに彼らの友人たち、ものすごい量の人々が時代のそれぞれに登場する、広がり深さが他の同じ類の小説に比べ大きい。

 7巻目は熊吾が柳田と共同して始めたモータープールと熊吾が独自に始めた中古車販売業の繁栄から没落までを描く。会社の金を信頼していた経理責任者に横領され、それが埋められず、倒産になるほど追いつめられる。そんな中でも、熊吾は愛人にお金をつぎこみ、愛人を抱え込んでいるそんなところで終了している。

 宮本に本当に感心するのは、表層的に事象、人間を描くのではなく、宮本自身が物語に一緒に入り込んでいるのではと思わせるくらいに、登場人物を生身の人間のように描きだすところである。

 伸仁の母、房江が城崎温泉で風呂につかり、そのあと散歩をする。そこでの房江の心に去来する母への思いと今自分も母でいることについての思いの文章が印象に残る。温泉にゆったり一人でつかる、そのあと星明りの中を散歩する背景と房江の心情が見事に溶け合う。

 「私の父は、女と出奔して行方しらずだ。私が赤ん坊のとき母は死んだ。・・・夫の裏切りが母の心身を痛めつけたのは明白だ。
 そして、私は六つか七つのころ奉公にだされて以来、働きづめに働いた。・・・・
私は楽をしたいとは思わないが、働くということに少々疲れた。六つか七つのころからの疲れが出たのかもしれない。
 母はまだ30半ばの若さで、乳呑児の私を残して死ぬとき、どんなことを考えただろう。どんなに後ろ髪をひかれる思いの中で自分の死と向かい合ったことであろうか。
 だが私は52歳になり、何をしでかすかわからないおっちょこちょいの息子に振り回され、66歳になっても懸命に商売に精をだす夫の体を案じつつ、城崎温泉の立派な岩風呂でのんびりと星空をたのしんでいる。母は喜んでいてくれていることだろう。」

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折原一    「暗闇の教室Ⅱ 悪夢、ふたたび」(ハヤカワ文庫)

 この小説は「暗闇の教室Ⅰ百物語」の続編。

 ダムに沈んだかっての緑山中学校。日照りで水がなくなったとき、その中学校に冒険に行った悪童たち、療養所に見舞いに行った帰りに中学校に迷い込んだ先生と生徒、それに過激派の女性闘士、暴力教師だった校長、強姦魔であり殺人鬼が中学校を舞台に惨劇を起こし、最後台風による洪水により、どのような結果になったのかよくわからないまま前編が終了。

 20年たってまた日照りが続き、緑山中学校が現れる。前編で迷い込んだ中学校の高倉先生が、あの時の真相はどうだったのか知りたくなって、当時ダム底に入った中学生を集める。

 そして、また狂ったような惨劇が開始される。

 私の街でも、時々徘徊老人が現れ、行方不明者として、同報無線で捜索協力のお知らせが流される。徘徊老人は、帰趨本能が強く、子供のころ住んでいた家に帰ることが多く、とんでもなく離れた場所で発見されることが多い。

 徘徊老人が、認知症を装いながら、昔の恨みを抱いていて、今でも復讐したいという人間を殺す目的で徘徊を行ったら。この物語はそんな似非徘徊老人を主題にしている。日がな一日ぼけーっと店番をしていて殆ど眠っている婆さんが、時に徘徊をして30kmも離れたところで見つかる。

 この婆さん、実は、戦前、暴力教師だった男と間違いをおこし、16歳で身ごもる。当然未婚のため生まれた子供は、養子でひきとられる。実は、この子供が強姦殺人鬼。殺人鬼は

 20年前の干上がりダム底惨劇時、中学校生徒と先生たちによって惨殺される。それで、20年後のまた同じ関係者がダム底に集まるという機会に乗じて、自分の子を惨殺した人たち全部に復讐することを実行。

 この作品、前作もそうなのだが、やたら便所のシーンが多い。(それが物語の品位をかなり落としているが)。老婆が便所の下に隠れていて、トイレに来る人を便所の下にひっぱりこんで殺す。普通の人は、便所の下は身をかがめなければ移動できないのだが、老婆はすでに腰がまがっているため、普通に立ったままで素早く移動ができる。この体の特徴を殺傷に使っている。

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貫井徳郎     「北天の馬たち」(角川文庫)

 角倉をそそのかして、故買屋を襲わせ、盗難までさせて、角倉を逮捕させ刑務所に行かせる。結婚詐欺をしている証拠として、依子と男性を引き合わせ、その経過をすべて録音して、それを警察署に送り、事件化して依子を犯罪者として刑罰を受けるようにする。

 何で、探偵事務所を運営している皆藤、山南は、角倉、依子をわざと罪を犯すようなことに落としてゆくのか、主人公の毅志は不思議に思う。

 地道に毅志は調査し、角倉と依子が異父兄妹であることをつきとめ、皆藤と山南の策謀は、大企業ナルミヤ自動車の遺産相続に収斂してゆくことをつきとめる。

 最初の故買屋の仕組みとそれに乗りながら角倉を動かすところと結婚詐欺をしている依子の態度と行動は、面白く、興味深々で、さすが貫井と感心して楽しんだ。

 最後の収斂部分の結論が、何だこれは平凡すぎるとかなりがっかりした。もう少しひねりが欲しかった。

 それにしても、男というのは情けない。依子はアイドル女優のように美しく、スタイルも抜群。この依子に1000万円も貢いだ男性が登場する。毅志や、皆藤、山南が、その男性にだまされていると言うのだが、男性は自分の人生ではあれほどの女性と話したり、つきあうことは絶対不可能。依子さんに騙され、お金をつかっても自分は幸せだと言って喜ぶのだから。

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折原一    「暗闇の教室Ⅰ 百物語の夜」(ハヤカワ文庫)

 長い日照りで干上がったダム。そのダムの底にあった緑山中学校に主人公のボクを含めた4人が泊りがけで探検にゆく。そこで、蝋燭を灯してそれが全部消えるまで互いに百物語を話して過ごそうとする。百物語では物語が全部終わり、蝋燭もなくなると、そのあと恐怖の出来事が起こるということになっている。

 この廃屋である緑山中学校に、それぞれ別々に、緑山にある療養所に入院している生徒を見舞いに行った先生と生徒2人、たくさんの同志を制裁との名のもとに虐殺してきたかっての過激派女性活動家、女性を車に引き入れ強姦殺しをして逃亡している男、緑川中学校がダムに埋められたときの校長で、かっての暴力教師が居合わせる。

 その夜は台風がやってきていて、暴風雨に中学校は襲われる。

 この暴風雨を背景にして、折原得意の、それぞれの閉じ込められた人間を別々に章をわけ語らせ物語が進行する。更に校長は、最後の中学校での講演のテープで参加する。

 それぞれが、自分たちしかそこにはいないと思っているため、ニアミスで驚愕し、恐怖に落ちてゆく様子が、ホラーサスペンスとして雰囲気を盛り上げる。ここが折原の腕のみせどころとなっている。

 もちろん殺人事件も起きる。

 この作品、いつもの折原のどんでん返しもなく、最後もちゃんとまとまっている。

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| 古本読書日記 | 15:59 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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村上春樹     「職業としての小説家」(新潮文庫)

 村上春樹が小説家としてデビューしてから今まで歩んできた道、小説家とはどうあって、どういう姿勢で取り組むべきか、誠実、実直に語った作品。

 いつも思うが、村上作品を読むと、自分たちが日々生息している世界とは全く異なる世界に村上は存在している。村上なりの困難や苦労はあっただろうが、少なくとも私たちがあくせく労働しながら、今日、明日を生き延びている姿、世界とは住んでいる世界が違う。

 特に今などは、完全に時間、空間を超越している。締め切りに追われることなど無いし、執筆場所もハワイだったり、ヨーロッパだったり、世界中を仕事場所にしている。そんな深くまた広い空間を自由に飛ぶことができる世界に住んでいる異界の作品に、驚き、感動もする。もちろん、異空間に憧れを持てない人々には拒絶、酷評されるわけだが。

 この作品を読んで驚くのは、一旦長編小説を書き上げると、4-5回くらい読み直し、多くの書き直しをするところ。更に、これでよしと思ったところで、まず奥さんに読んでもらう。そしてたくさんの修正を提案される、それに対し、村上が誠実に奥さんの指摘に従い書き直すところ。更にこれに加え編集者からの意見もある。本編を書き上げる労力より手直しの時間の方が多いくらい修正にかける。真剣、誠実なのである。

 今や世界の村上になっているが、この世界への村上への跳躍は、自らがアメリカに乗り込み、出版社をさがし、さらに有能な翻訳者をみつけて、道をつけたということ。特に翻訳者は重要で、互いに信頼できる人を探し、翻訳過程で、相談を受けたり、意見交換をして作品をしあげるようにしている。

 誰かに依頼して終了するのではなく、自らが手をくだし、納得できるところまでやりぬく村上のこだわりが世界の村上を創り上げたのだとこの作品で納得した。

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折原一     「逃亡者」(文春文庫)

 この小説はかの有名になった松山ホステス殺害事件の福田和子容疑者の逃亡に触発されて書かれた作品である。福田和子は整形に整形を重ね、「7つの顔を持つ女」などと言われ社会を賑わした。福田和子は何と時効成立ほんの少し前まで、逃亡を続け、成立11時間前に逮捕された。私は何とついていない女性だろうと当時は素朴に感じた。

 この物語は、全く面識もない女性に自分の夫を殺す、依頼した女性は依頼された女性の夫を殺すことを約束した交換殺人事件の契約からスタートする。

 依頼された女性、主人公の智恵子は、標的だった男を部屋にあったトロフィーで殴り倒した。しかし、これで本当に男が死んだかどうかをはっきりさせなかったところがこの小説のミソ。

 当然、智恵子は、殺人容疑で逮捕されるが、取り調べ中体調を崩し、病院に運ばれ、警察の警戒のスキをついて、病院を抜け出て逃走。ここから福田和子ばりの逃走が続く。

 新潟、青森、大阪、岡山の山奥の街、神戸と整形もしながら逃げまくる。どこでも、寸でのところで夫や警察に捕まりそうになるが、危機を脱出して逃げる。そこのところが読みどころ。そして、とうとう時効成立期限まで逃げ切る。

 それで、実際依頼された男を殺した犯人は誰かということになるが、折原の作品の傾向からして、最も事件に関係なさそうな人間になると読みながら想像すると、戸村由佳なる、おばあさんを介護している若い女性に違いないと思ってしまう。

 そして結論はまさにそうなるのだが、その必然性が物語上になく、唐突すぎて納得感を感じない。しかも、智恵子が実際逃げまくったのは7年間で、後の8年間は由佳が監禁していたという結末に至っては、ほとんど意味不明。

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折原一    「赤い森」(祥伝社文庫)

 以前に読んだ「樹海伝説」に、二作品を加え、全部で3つの中編からなる連作作品。

 樹海というのは、一度入り込んだら、磁石もつかえず、方向がわからなくなり、元に戻ることが難しくなる。しかも、鬱蒼とした木々に光が遮られ、今が夜なのか昼なのか、時間の感覚がなくなる。更に、樹海の外は晴れわたっているのに、中は50センチメートル先も見えないほどの濃い霧に包まれることもしばしば。

 読者をこの世ではないようなところへ連れてゆき、恐怖と幻惑をこれでもかと味合わせる折原文学には樹海は最高の舞台である。

 あとがきで解説者がいう。

 「ときに読者は笑っていいのか、怖がっていいのか分からず、奇妙な宙吊り状態になる。・・・
緻密さといびつさが、密かにからみあっている。」

 まさにその通りである。

 樹海の中の山荘で、斧をふりまわし、惨殺が行われる。そんな悲鳴のなか、家主の双子の娘たちは、笑い声をあげ楽しそうに本を読んでいる。そんなことありえる?と思って声をかけると振り向いた娘たちの顔はのっぺらぼう。そうなると、惨殺された死体は本当に死体になのか、それが人形だったり。

 樹海の中の山荘が怖くて、逃げ出す。いくら、逃げても、逃げても、また山荘にもどってしまう。逃げているときは、樹海の摩術に翻弄される。

 ところで、この作品は、ここぞというときに、よく登場人物が睡魔に襲われ眠る。眠ったときに何が起きているか読み込めば、事件の中身は、折原に翻弄されずにわかるかもしれない。

 それにしてこってりとした世界。折原作品は本当に疲れる。

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工藤美代子  「なぜノンフィクション作家はお化けが視えるのか」(中公文庫)

 幽霊をみたという本が、不思議な現象ではないくらいに、世の中にあふれている。もちろん私はみたことはないし、周りにもそんな人はいない。だけど、これだけ巷に見たことがあるという人が溢れているのだから、幽霊をみることができる人はいると思うのが常識なのだろう。

 工藤さんも、幽霊と遭遇し、見える人であるらしい。それも、特に霊を信じているわけでもないし、霊感があるわけでもない。自然に見えてしまうのだそうだ。

 工藤さんの姪一家は、工藤さんの家の隣に居を構えて住んでいる。姪っ子はラクロスをやっている。

 ある夜が明けそうなころ、工藤さんが仕事をしていると、隣の家の玄関が開く音がする。こんなに早く、新聞配達かと思って、窓から隣家をみると、若い女の子がでかけるところ。
姪っ子がラクロスをやりにゆくんだ、それにしても、こんなに早くに。大変だなあと思い「頑張って」と声をかけようとすると、若い女の子が後ろを振り返る。なんとその顔は、80歳以上の骸骨のような老婆だった。

 工藤さんは、夜型人間で、夜中11時ころから朝まで執筆作業をする。よく、幽霊を見るのは、未明のころである。常識では未明のころというのは、人通りもなく幽霊もでやすい時間のように思われる。

 しかし、私の街でもそうだが、最近は健康志向の高まりから、未明のころというのはやたらにウォーキングをしている人がいる。昼間は人通りが殆どない。未明に外出すると、この街にはこんなに人がいたのかと認識がひっくりかえるほど人が歩いている。

 だから工藤さんの見る幽霊も意識が幻惑しているからなのではと少し思ってしまう。

 工藤さんは、いつも未明のときお酒をやる。少し意識がどんよりとする。

 私も、徹夜を繰り返し、未明にお酒を飲む生活をしたら、ひょっとすれば幽霊見えるのではと,思えてきた。

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加納朋子    「てるてるあした」(幻冬舎文庫)

 この前、小学校のとき担任だった女性の先生から封書を頂いた。今年御年91歳。太平洋戦争が始まった年に、今の高校、当時の中学を卒業して、故郷諏訪から単身東京にゆき、岩波書店に入った。岩波書店で仕事をしながら夜学に通い先生の免状を取得した。戦争が激しくなり、社員が疎開にでたり、辞めたりして、岩波書店も7人が東京に残るだけになった。社長で創業者の岩波茂雄から手をとられ書店に残って欲しいと懇願されたが、ご両親が諏訪に帰るように強く言うので、岩波を退職して、諏訪で小学校の先生として新たな人生を歩みだした。

 先生は信念を曲げないで、自らが正しいということを貫く先生だった。男社会では辛かったと思うし、生徒からも厳しいと思われていたと思う。だから、順調な教師人生を歩んだわけではなかった。

 この物語の鈴木久代先生が私の担任の先生にだぶってどうしようもなかった。加納さんが鈴木先生を通じて、先生と子供について熱く語る照代への手紙には感動した。

 加納さんの経験がしみだしているように思う。

 「可哀想な子供ってのは、どこにだって、いつだって、うんざりするくらいにいる。毎日毎日、日本でも世界でも、子供が殺されていくのをニュースでみるのはたまらないね。親が殺す、兵士が殺す、大人が殺す、ついには子供が子供を殺す。・・・なさけないものさね。
子供を大切にしない社会に、未来なんてありゃあしないってのにさ。

 教師といったって無力なものさ。誰一人救えない人間の一人さ。照代が将来何になれるのか、どんなことができるのか、わたしにはわからない。だけど口やかましく言うことはできる。勉強しなさい、本を読みなさいとね。

 本はいいよ。特に、どうしようもなく哀しくて泣きたくなったようなとき、本の中で登場人物の誰かが泣いていたりすると、ほっとするんだ。・・・・小説なんて絵空事で嘘っぱちだから、現実に誰かが泣いてるわけじゃないって我に返ることだってある。それでもやっぱりほっとするんだ。泣きたくなるようなことがあったら、試してごらんよ。長い人生、そんな気分になることだっていっぱいあるだろうからね。」 

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折原一    「望湖荘の殺人」(光文社文庫)

 大手家電量販店社長二宮大蔵に毒に塗られた剃刀とともに殺人予告をする脅迫状が送られてくる。そこで、怒った二宮が、犯人と思われる人を含めて5人に、諏訪湖近くにある別荘望湖荘で開く誕生パーティーの招待状をだす。

 台風が襲ってくる夜、一人を除いて、二宮を含め5人が望湖荘に集まる。そこで二宮が宣言する。俺を殺そうとしている人は今自ら進んで言えば罪は問わないと。しかし、当然誰も申し出る人はいない。すると二宮は暴風雨のなか、電源をきり、今から犯人をあぶりだすゲームをすると宣言する。

 そんな中、2人が殺される。すると、残った人たちは疑心暗鬼になり、恐怖に突き落とされる。お前こそ犯人じゃないかと。それと、こんな恐怖の中でいるのならいっそ二宮を殺害しようとする人もでてくる。

 混乱が深まる中、驚くことに二宮そのものが殺される。

 この作品は、折原初期の作品。でも、折原の特質がよくでている。殺人者が登場するが、固有名詞をださず、殺人者という名で、物語では表現される。

 サスペンス、スリラーとして雰囲気は盛り上げるが、犯人が招待状をだしたけど、パーティーに参加しなかった人としたところは、平凡すぎた。

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折原一     「誘拐者」(文春文庫)

 一時期流行った、生まれたばかりの赤ちゃんの持ち去り事件。その事件に触発されこの物語はできている。

 宇都宮のある産婦人科病院で生まれたばかりのアスカという赤ちゃんが何者かに拉致される。ところが、この赤ちゃん、謝罪の紙とともに、まもなく赤ちゃんの両親が住んでいるアパートの玄関に置かれ、戻ってきた。これで万事めでたしとなるかと思ったらそうはならない。

 実は、戻ってきた赤ちゃんの名前はアスカというが、殺人で服役中だった佐久間玉枝が獄中で生んだ赤ちゃんで、囚人が監獄で育てるわけにはいかないので、養子にだされる。その養子先から、誘拐され、アパートの玄関に置かれていたのである。

 だから、拉致されたアスカは、拉致した夫妻の元で育てられる。
ここに、殺人鬼佐久間玉枝が、獄中で生んだアスカを出所後取り返そうとして、邪魔するものを次々殺そうとするから、話が複雑になる。

 折原は、今読んでいる部分が、現在を語っているのか、過去を語っているのか混然としてわからなくさせる。それから、彼、彼女、あいつ、あれとか「殺人者」という表現を多用し個人名を排除して、それが一体誰をさすのか、曖昧にする。また、文章も、告白、記録、新聞記事を過去と現在を織り交ぜ、採用する。この、折原ワールドのもわっとしてあやふやな世界を読者は漂い朦朧としてくる。

 宇都宮のアパートで殺人鬼佐久間玉枝が、アスカの母親チエに会い、彼女を風呂場で殺し死体を切断。顔をビニールに詰め持ち去る。玉枝の殺人だったと思わせるような表現が続く。ところが、あるところで、実は殺したのはチエで被害者は玉枝のような記述がでてくる。それで、びっくりすると、最後は、実は殺人を犯したのはチエでなくチエの夫ということになる。

 確かに、叙述はギリギリのところで、誰が殺したのか曖昧にしてある。細心の気配りで練られた叙述トリックを楽しむことができる。

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| 古本読書日記 | 16:22 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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加納朋子     「ガラスの麒麟」(講談社文庫)

 美しく、聡明で、誰もが憧れるような女子高生安藤麻衣子が通り魔により殺される。その犯人が誰かということを基調にしながら、連作短編として、登場人物のそれぞれの視野から物語が紡がれる。

 折原一のような叙述トリックが駆使され、犯人が誰か関係者はわかっているが、固有名詞をださずに「犯人」がという表現で、全編押し通す。犯人は、物語では事件を追及する探偵として役割で活躍するからややこしい。犯人は保健体育教師の神野奈生子になるが、最後まで物語では犯人では「犯人」であって神野だとは言い切っていない。

 加納さんの視野の鋭く大きいのは、今の高校の生徒と先生に対して見る目である。

 二年二組の担任の小幡先生が、3学期の最後の日を迎える。教室に行くと、生徒の人数分39本の花束をもらい、生徒から「一年間ありがとう」と一斉に言われる。

 この時の小峰先生の感じる思いが、加納さんの見る目の鋭さが表現される。

 「あたしはクールな女教師なんだから。こんなことくらいで騙されてたまるもんですか。またきっとあんたたちはとんでもないことをしでかして、あたしをへとへとになるまで走り回らせて、あげくのはてに警察のご厄介になったりして、あたしは怒鳴り散らす毎日で、ヒステリーババアだとかオバタリアンだとか言われて、校長には嫌味を言われて、教頭や学年主任には叱られて、保護者たちには言いがかりをつけられて、ちょっと叱ればめそめそするし、目を離すと途端に悪さするし、ニワトリ並みに覚えは悪いし、そのくせしっかり根に持つし、愚かしいのにこずるいし・・・」

 高校生を、純粋で美化した青春小説が多い中で、加納さんが描き出す高校生は現実を抉り出し、深い視点でとらえられている。だから、ずしんと読者に響く。

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折原一    「潜伏者」(文春文庫)

 巻末の解説によると、この作品は1979年から90年に起きた「北関東連続幼女殺害事件」に折原が触発され書かれた作品だそうだ。

 折原は、最初の幼女誘拐部分と最後に誰を犯人にするかを決め、後は得意の、幼女誘拐で冤罪で捕まり、刑期を終え出所してきた男、それから、いつものノンフィクション作家とその助手を配することを決め、作品執筆にとりかかったように思う。

 物語の途中で、最後は一番事件から遠くにいるようにみえる、保育園「なごみ園」の園長里中房子を犯人にするのではと思えてきた。

 一番犯人には見えないということは、里中の登場場面は少なく、印象も薄い。そうなると、400ページも費やして、里中犯人に至るまでの描写、物語は何のためにあるのかと思うとどっと疲れがでた。

 冤罪者が、幼女拉致その後殺害したと思っている人と、いかにも殺害者だろうと思える人たちが、あまり事件とは関わりないところで、不必要な行動、振る舞いをする。真暗闇なる占い師、冤罪者の動きを追いながら小説にしている小説家など、園長とは関係ない物語が異様に膨らんで進行する。

 どうだ、まいったか、すごいどんでん返しだろうと折原の高笑いが聞こえてきそうだがが、園長の行動や、心の動揺などを物語にもっと入れ込まないと、ちょっと反則ミステリーの印象が強い。

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加納朋子    「沙羅は和子の名を呼ぶ」(集英社文庫)

 主人公の一樹は、大学生から付き合い結婚まで約束したエーミーという日本人とカナダ人の間に生まれたハーフの子がいた。ところが、大会社に就職して、専務の娘佐和子を紹介され、自分の利害を考えて、エーミーと離別して、佐和子と結婚する。そして、彼は思惑通り同期で一番早く課長になり、和子という小学生の娘がいた。

 一樹には同期で黒木という社員がいた。黒木は一樹がうまくやりやがってといつも一樹につっかかった。

 今、一樹は九州支店に勤めている。和子は、九州弁にうまくなじめず、友達ができなかった。それで幻のような実在しない沙羅という子をいつも呼びだして友達としていた。

 一樹はいつもエーミーが心に引っかかっていた。今は幸せには思うが、もしエーミーと結婚していたらどうなっていただろうかと。

 実は沙羅はそんな一樹が思い込んでいた異界からやってきていた。その世界では黒木が専務の娘佐和子と結婚していて、沙羅はその娘。そして、一樹は黒木の部下として働かされていた。一樹は黒木の順調な出世に嫉妬していた。

 現実と異界を行きかいすこし頭がくらっとする。でも、この作品を読むとどっちにころんでも、男というものはこれで良かったと満足できる人生を送るものではないと感じた。

 もしあのときこうしていたらと思うことがしょっちゅう。

 でも、青春時代を思い出して、もし今でも一番好きなあいつと結婚していたら、どんな人生だっただろうと甘い幸せな人生を思い描いてみることはそんなに悪いことではない。

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折原一     「失踪者」(文春文庫)

埼玉県久喜市で、3人の女性が失踪する事件が起きる。それが迷宮入りになった15年後にまたOL3人が失踪する。捜査の一か月後、15年前の失踪者と思われる3人の白骨死体が新しいビニール袋にくるまって発見される。その死体には、「ユダの息子」と書かれた紙が貼りつけられている。現在起きている失踪事件の遺留品にも同じように「ユダの息子」と
書かれた紙が落ちている。

 当然、警察は今回の失踪事件が15年前の事件と繋がっていると考える。そして当時犯人として浮かび上がった3人を追及しようとする。

 不良少年で今パチンコ屋店長の下柳、前科者で今理容師の玉村、そして少年A。この事件を少年法の観点から追及しようとするルポライターの高嶺と助手の弓子が登場する。

 この物語の面白いのは、犯罪者の家庭と思われる父から息子少年Aに対する手紙、その少年Aに対する先生や、校長の証言が個人名を排して記号のように描かれるところ。記号と名前の書かれている人たちの行動や発言が折り重なって、独特の雰囲気を物語が醸し出す。

 清張のように悪があってそれに対して批判挑戦するミステリーではなく、虚構と現実を折り重ならせるグラデュレーションの叙述を楽しみ解きほぐしながら、推理してくださいと作品は読者によびかける。

 そして、最後はとんでもない結末を用意している。再度読み返してみないと、どこに、こんな結論になるための叙述トリックが隠されているのかわからない。

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