酒井順子 「この年齢だった!」
だそうです。
妻の若い愛人が同居するのを許す(岡本かの子)
妻をパリに送り出し、カネオクレの連絡にも応じる(森英恵)
弁護士を目指して、妊娠中も出産直後もがり勉している妻を応援(マーガレット・サッチャー)
こういう協力的な(?)旦那を取り上げる一方で、仕事も娘も旦那に奪われたという金子みすゞの話も入っています。

紫式部35歳、清少納言28歳、も出てきます。
酒井さんは、清少納言は「持ち前の才気と明るさで女房生活を大いに楽しみ、一流の男性貴族たちとも当意即妙のやり取りを楽しみ、人気者だった模様」と書いています。
「はなとゆめ」には、日の光の下で侍るのを嫌がって『葛城の神』というあだ名をつけられたり、身分の高い男性に話しかけられてしどろもどろになったり、自信がつく前の姿も出てくる。
彼女より年下で内向的だった紫式部は、「清少納言は、教養をひけらかす鼻持ちならない女。女は「一」という字も書けないフリをしなくては」と、日記に書いているらしい。
源氏物語には光源氏の詠んだ歌が書かれているわけで、紫式部も教養やセンスに誇りを持っていたとは思います(^▽^;)
高校の授業で「山月記」をやったとき、国語の先生が「中島敦が、『秀才』の李徴に吟じさせた漢詩は、そんなに巧くない」と突っ込んでいました。
あれは、虎になってから年月が経っているし、友人も「第一流の作品となるには何か足りない」と引っかかっているし、まだ逃げ道がある。
光源氏は、何をやらせても第一流じゃなきゃいけない。作者に自信がなきゃ、あんなヒーローは設定できないでしょう。
(書き写されていく中で、手直しされた可能性もあるんじゃ・・・)
あと、私はあと20年生きたとしても、向田邦子並みの具体的な遺言は書けない気がする。
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