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2016年06月 | ARCHIVE-SELECT | 2016年08月

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阿川弘之   「カレーライスの唄」(下)(講談社文庫)

 本当に感心するくらいに、簡潔で解りやすい文章が並ぶ。こういう文章が書けることも作家として類まれな能力を持っていると阿川については思う。

 私の住んでいる近くの街に40年以上もやっている小さなカレー屋があります。名前は「ブータン」といいますが、全くエスニックなカレーをだしてはいません。静岡県で初めてカツカレーを提供した店です。40年以上前から、建物も内装も全く変わっていず、ちょっぴり煤けてはいるが趣もあります。

 最近は、殆どの店が、ランチと夕食の間は店を閉めます。僕が高校のころ昼店を閉めることはありませんでした。高校のころは、食べても、食べても腹が減ります。だから、学校を終えたときに駅近くのカレー屋に飛び込んだ。そこのカレーの味が今でも忘れることができません。

 「ブータン」は昼営業をしています。よくクラブ活動帰りの高校生がたちよって、練習や試合の反省をしながらカレーにむしゃぶりついている姿を見ます。あーあこういう店がいいんだよなと思います。

 「ブータン」の大将、もう80歳。それで、店を閉めようと考えていました。「そりゃあ残念」と思っていたところ、30歳の甥っ子が「私がやりたい」と声をあげ、今大将の味をついで頑張ってやっています。

 40年前に始まった店、今からまた40年の一歩が始まりました。もう私は40年後の姿をみることはできませんが、どうなっているのだろうと想像しています。ビルも店内も同じだろうか。街の風景はどうなっているのだろうか。

 でも、ずっと高校生の応援団であるカレー屋でいてほしいと阿川のこの作品を読んで思いました。

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阿川弘之   「カレーライスの唄」(上)(講談社文庫)

 感想文は下巻を読了後書きます。

 昭和36年の新聞掲載小説。青春小説に阿川が大好きな、海軍軍人や列車についての話題がちょっと無理やり差し込まれているのはちょっとした愛嬌。

 六助という主人公の父親、海軍少佐だが、戦争が終わったとき上海で中国軍の捕虜にされ、軍事裁判にかかり処刑にされてしまう。その処刑の過程の理不尽さが、物語の内容から離れて挿入される。その際、六助の父親が言っていたこと。

 「国を愛する、国を守るというても、その国とは、この町やら、この山やら、となりの村田さんやら、お向かいの加藤の後家さんやら、うちの六助坊主やら、それを別にして、とくに守ったり愛したりする対象があるわけじゃあない。・・・・隣近所の人にようしてあげよ。知らん人にも親切にせえよ。そしてみんながひどい貧乏をせずに、仲よう楽しく暮らしていけるようにすることが、国を愛するということよ。」

 阿川の心の叫びがこの言葉にある。

 それにしても昭和40年ころの3Cと言えば、クーラー、カラーテレビ、車だと思っていたが、この作品では車、カメラ、そして驚くことにキャッシュになっていた。こういう奴が今富裕層となって貧乏人を支配しているような気がする。

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竹内久美子   「小さな悪魔の背中の窪み」(新潮文庫)

血液型が発見されたのは1901年ウィーン大学のラントシュタイナーによってなされた。この時はABOのみだったが翌年AB型が発見され今の分類が定まった。

 日本人は10人いるとO型が3人、A型が4人、B型が2人、AB型が1人の割合で存在しているそうだ。

 血液型の相違により性格が異なると騒いでいるのは日本だけで、その相違はかなりインチキくさい。それでも、日本では、昭和10年代に東京女子高等師範学校の古川教授により、血液型による性格分類が行われ、10年間くらいブームになったそうだ。しかし、古川教授がスキャンダルに見舞われ下火になった。これが1971年に能見正比古による「血液型でわかる相性」が出版され異常なブームとなり、今でも、話のきっかけとして「あなたの血液型は何?」と使われるほどに話題として定着している。

 性格分類は無意味かもしれないが、血液型の相違による特徴が存在している。
ドイツのゲッチンゲン大学の研究によると、羅病率が低く、長寿を享受できるのはO型の人が多い。逆にA型の人は長生きができない割合が多い。

 A型の人がかかる病気ではガンが多く。O型の人は少ない。逆にO型の人がA型に比べ多くかかる病気は胃潰瘍、十二指腸潰瘍で生命に危険を及ぼすことは極めて少ない。日本の政治家のうち老齢な人はO型が多いそうだ。

 ところでこの作品で、種痘法の発見で有名なジェンナー。人体実験で自らの子を使ったと伝記で教わったが、事実ではないことを知り衝撃を受けた。当時は貧乏な子供が多く、孤児院からそんな子を連れてきては人体実験をしていたそうだ。最初の人体実験となったフィップス少年はジェンナーの使用人の息子だった。

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中島らも  「中島らものたまらん人々」(新潮文庫)

この本は僕の青春の頃を思い出させる。

中学校、高校のころはギターが欲しかった。田舎に育ったから楽器店がない。でテレビをみながら、箒を持ってギターを弾くまねをしていた。あんまり感じがでないので、フライパンに輪ゴムをまいて、ギター弦にして弾くまねをして、声をからして歌った。

 まだ、水洗トイレは無かった。大学の寮の大便所は汲み取り式。大便をしたとき、さっと尻を横にどかさないと、はねっかえりが尻についてしまう。本当にトイレは必死の運動をする場所だった。ここに100KGの体重の御仁。動きも鈍く、とても俊敏に尻をどかすことはできないだろうと想像する人がいる。ところが、この御仁、はねっかえりを受けたことがないのである。
 どうしてるのと不思議に思いきく。するととんでもない答えが返ってくる。

便器の横に大便をする。それを足で蹴って便器の中に入れる。びっくりしたぜ。

それから、高校のときなど、老人ホームに慰問でよく行くことがあった。
そこで、歌を歌ったり、落語をしてあげた。
終わるとわれんばかりの拍手が起きた。でも、帰り支度をしていると「よくも、あんな下手なものをきかせやがって」と老人たちのヒソヒソ話が聞こえた。

 私達より数倍老人たちの方が役者だと思った。

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星新一     「妄想銀行」(新潮文庫)

 発想に感服する。
その銀行はビルの3階にあり、3部屋からなっている。一部屋は受付と事務室。もう一部屋はこの銀行の総裁室、兼処置室。残りの1部屋は倉庫。

 人間は、妄想を常に浮かべ考えている。これが極端になると、妄想にとりつかれ精神的病になる。

 この銀行では総裁エフ博士により、その妄想を完全に取り除いてあげ、それをカプセルに蓄え倉庫で保管する。

 ある依頼者が銀行にやってくる。そして言う。
 「自分は家康であると。」完全に家康になりきり行動をする。この家康妄想を取り除く。
そうすると、当人妄想がなくなり、気が晴れる。エフ博士が聞く。
 「いかがですか。徳川家康さま。」
 「あんた気は確かか、俺が家康だなんて、気でも狂ったか。」

 この、家康妄想をカプセルにして倉庫に保管しておく。
するとある劇団の演出家がやってくる。劇団で家康を舞台にかけているが、主役少しも家康らしくなく弱っていると。
 それで演出家に家康のカプセルを販売して、主役はそれを飲み家康になりきるのである。

 こんな面白い事例がいくつか披露される。

 最後はエフ博士の愛人が、少しもエフ博士に情愛を傾けない。それでエフ博士に情愛を持つよう、エフ博士に対する恋情の妄想が募るカプセルを飲ませるべきところを間違って、馬の妄想カプセルを飲ませてしまう。
 愛人はエフ博士の部屋の扉を蹄のような音をたてて叩く。

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アーウィン・ショー  「夏服を着た女たち」(講談社文庫)

 名翻訳家、常盤新平があとがきで書いている。ニューヨークにはそれまで、春と秋にしか行ったことがなかった。くすんだドレスを着飾った女性たちが街を闊歩していたが、常盤の印象はニューヨークには美人が少ないということだった。だからアーウィン・ショーのこの短編を読んでも、もうひとつピンと来なかった。

 それが1983年夏に2週間ニューヨークに滞在。その街でタクシーを止めようとしていた夏服を着た女性は、実に綺麗で印象に残った。ゆっくりみわたせばサマードレスを身に包んだ女性がみんな魅力的で美しいのである。それで、あああの人たちがショーの書いた「夏服を着た女たち」なのだと理解した。

 新婚ホヤホヤのマイクルとフランセスがニューヨークの街を歩いている。マイクルは通りを歩く女性をすべてじっくり見る。フランセスとの会話がとぎれがちになる。美人ともなると、首がちぎれ落ちそうなくらいに強く振り返っていつまでも見ている。

 フランセスは今日一日だけは他の女性をみないようにしてほしいと懇願する。マイクルは「そうしよう」と答えるが、そのはしからまた女性を見る。

 フランセスは「私のことはどうなの。もう愛してないの。」「そんなことは無い。愛しているさ」と答えるが、女性をみるのを止めないマイクルは、あまりにもしつこいフランセスに根負けして、「あの娘と恋におちてもいい。抱き合ってもいい。」と口走る。

 怒って去っていくフランセスの後ろ姿をみてつぶやく。
「なんてかわいらしいのだろう。なんて素敵な脚だろう。」と。

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コレット  「牝猫」(新潮文庫)

 今は、結婚は、恋愛の延長にあり、どういう生活があり、どんな体の関係があるのか、十分すぎるくらいイメージできる。

 その昔は、良家の子女が、あどけなさが残る頃に、恋愛も、生活も未知のまま、両家の意志に従い結婚をさせられる。これはこれで大変だったろうと思う。

 この作品のあとがきにコレット自身が言っているが、新婚初夜に、明かりが消され、恥ずかしがる娘に対し、夫が結婚したら、恥ずかしいどころか裸でいるほうが自然なのだよと言って、妻の服をやさしく脱がしてやる。
 朝目覚めて、朝食のテーブルに夫が行くと、朝食がすでに用意されていて、妻は素っ裸で椅子に座っている。

 こんな状態の2人が結婚する。恋なんて感情より、もっと違うことに関心が強い。この作品の主人公アランは、新妻カミイユのことはもちろん好きではあるが、それ以上に猫のサハに強い愛情を感じている。

 何しろ、夜ベッドの上でもアランはカミイユの肌に爪をたてて傷つけてしまうほどなのだから。

 アランのいないとき、カミイユがベランダからサハを突き落とす。傷ついたサハをアランは連れて実家に戻ってしまう。カミイユが連れ戻しにくるが、アランは猫サハが何よりも大事と譲らない。
 カミイユがアランの家を去る。それを見送るアランは片方の手のひらを猫の足のように丸くして見送る。

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室井滋    「キトキトの魚」(文春文庫)

 今の小さい子たちは、どんな漫画を読んでいるのだろう。僕らの幼い頃は、男の子は「少年」「冒険王」などの漫画雑誌。女の子は「なかよし」「りぼん」など。男の子向け雑誌はだいたいがヒーロー物。ときどき姉の雑誌をみせてもらうと、悲しい薄幸少女ものが多かった。

 だいたいは継母に育てられている。この継母に徹底的にいじめられ、衣装はボロボロ、食事もパン一切れで家畜小屋みたいなところに眠らされお腹をすかし、「おかあさま、おとうさま」と声をあげいつもしくしく泣いている。

 その実母、実父に念願かなって会うことができ一緒にくらすようになると、お母さんは重い病気でお父さんは事故で亡くなってしまう。最後に主人公の女の子も失明して病気になり亡くなる。

 こんな話が載っている。たいがいの幼い子たちは、この物語に強烈な衝撃を受ける。そして、夜ふとんにはいり、おとうさんやおかあさんが亡くなり、自分も失明するものだと思い込み、涙を流すのである。

 それから、お父さんなんかに、何かで叱られると、やはり自分は他の兄妹と違い、おとうさんもおかあさんも本当の両親ではないのだ。だから、自分だけ嫌われていて、こんなに虐められるのだと思い込んでしまう。

 全く当時の少女雑誌は罪作りの雑誌だった。

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長嶋有    「問いのない答え」(文春文庫)

 久しぶりに電車に乗る。椅子に座ると同時に殆どの客がスマホをとりだし、真剣に操作をしている。最早、スマホは体に必要不可欠な呼吸器のような状態になっている。スマホが無いと死んでしまう状態である。

 この小説、スマホを肉体の一部にしていない私には殆ど理解できない小説だった。何を電車の中で、スマホを操作しているの。この小説で、その実態の一端がわかる。夜勤明けの男が「疲れた」と朝つぶやく。するとあちこちから一斉に「おかえりなさい」と言葉がかかる。

 「今、歯磨きしてる」「今電車」「朝飯は何を食べてる」など、今何をしているのか、刻々とツイッターでつぶやき、互いに報告しているのである。朝起きてから、眠るまで、スマホにかぶりついて今何をしているのかをつぶやく。こういう会話をつねにしていないと、不安だらけになるのかもしれない。

 それで、面白いのは、カラオケには一人カラオケをする。2人でゆくと、交代、交代で年がら年中、マイクを持っていなければならない。多人数で行くと、その雰囲気がかもしだす歌を歌っていなければならない。その、不自由さが気に入らない。だから一人カラオケなのだ。

 それで、延長までして、後で支払い明細をみる。すると、多人数で行ったときに歌っているスタンダードナンバーしか歌ってないことを知る。

 生活の殆をスマホと一緒に送る。それも、ニックネームで。そのうち、口で喋ることが不要になる世界が来るかもしれない。

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森絵都    「漁師の愛人」(文春文庫)

 40歳にもなると、愛人の位置を捨てにくくなる。30歳代までであれば、まだ未来も少しはあるだろうし、別れるエネルギーも残っている。40歳を超えて、相手と別れるとなると、そこから始まる一人での生活の底深い寂しさは味わいたくないし、とても耐えられそうにもない。誰かが傍にいてくれないと。

 紗江は、バーで長尾と知り合い、愛し合う関係となる。長尾は大手食品メーカーの社長令嬢円香を妻に持ち、14歳の息子がいる。長尾の離婚要求に円香は、別れることは承知するが、息子が結婚するまでは離婚はしないと言う。紗江は、別れた後の寂しさが怖くて、結局愛人としての立場を貫くことを決める。

 その長尾、会社生活が上手くいかなくなり、突然会社を辞める。50歳を超えるから再就職はままならない。そこで意を決して、故郷の村に帰り、漁師になることを決意。紗江には選択の余地はなく、長尾について小さな漁村に行く。

 小さな村は、村人同士が互いに全員知り合いとなっている。そんな中で、妻でなく愛人として長尾と暮らす紗江は辛い。

 村で生きてゆくために、長尾は村人に妻とのこと、愛人紗江のことをしゃべってしまう。紗江が村人とすれちがって挨拶をしても、白目をむくだけで、決して挨拶などかえしてくれない。

 村のいやなところは、陰でおとしめる噂をするのではなく、ちゃんと紗江に聞こえることを計算して、「イヤな女、けがらわしい」と言い合うところである。村中の女性が敵である。

 それだったら東京に帰ればいいのに。40歳を過ぎると、そんなことはできず、どうなってもいいと開きなおり、長尾と一緒に暮らすのである。

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雫井脩介    「途中の一歩」(下)(幻冬舎)

 自分が経験したわけではないけど、傍に何だか自分の分身がいるような感覚になってしまう、等身大の愛すべき6人が繰り出す恋愛物語の数々。

 美女4人との合コン。皆盛り上がり、メアドの交換も果たす。それで、それぞれの相手にメールを打つ。しかし、どの美女からも全く返信がない。あれだけ盛り上がったのに、何かの手違いじゃないかとまたメールを打つ。それでも何もない。普通こんな状態が5-6回も続くと、相手は全然興味がないのだと諦めるのだが、未練が希望はあるはずと思わさせ繰り返しメールをうつ。それが知らないうちに40回、50回となる。

 マンガ雑誌の編集者をしている。自分が担当している漫画家のアシスタントをしている女の子、漫画家志望でとても可愛い。自分が作った作品を編集者の雑誌に掲載して欲しいことを強く望んでいる。持ち込んでくる作品をああでもないこうでもないと批評してやる。そして、食事でもしながら漫画の話をしようと編集者が言う。すると可愛い子が言う。
 「作品だけを評価、アドバイスをしてくれるだけでいいです。食事はいりません。」と。
下心を見透かされてガクンとくる。今だともう少しでパワハラ。

 それぞれが相手を見つけて一歩を踏み出すが、みんな30歳前後。相手は心をときめかすほどではないが、見方を変えれば、優しいところもあるし、家庭的だしと、極力いい部分と思われるところだけをみつめ、妥協しておつきあいが始まる。

 やっぱし、どんなに年齢を重ねても、傍に恋人がいてほしいと思うのだ。

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雫井脩介    「途中の一歩」(上)(幻冬舎文庫)

 全体の感想は下巻を読んでから書きます。

 通常の本だと、10万冊も売れればベストセラーとして評判になる。100万部以上にもなると時代現象となり、超ベストセラーである。

 この作品で、漫画作家優が描いている「おちゃのこ」は累計6000万部販売を記録していると書かれている。ちょっと桁がちがうんじゃないの。漫画ってどうなっているか調べてみる。

 「ワンピース」の売り上げ部数は3億2千万部、「ゴルゴ13」が2億部、「ドラゴンボール」1憶6千万部
 普通の本と桁が数十倍違うほど売れているのだ。
 「ワンピース」の作者、尾田栄一郎の年収が昨年31億2千万円だそうだ。

 漫画の世界は、一発あてると、下手な富裕層の人たちを軽く凌駕する収入を得ることができる。

 何だか、出版不況などといわれて糊口をなめている小説家が可哀想に思えてくる。

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堂場瞬一   「凍る炎 アナザーフェイス5」(文春文庫)

一時期大騒ぎした、メタンハイドレードの掘削開発、今はどうなっているのだろうか。日本の近海には物凄い埋蔵量のメタンハイドレードが存在する。これがエネルギーとして活用されると、日本はエネルギー資源輸入大国から輸出国に変わることができる。

 しかし、このメタンハイドレードの掘削技術は確立されているのだが、コストが異常に高い。今のコストを三分の一にできないと、石油価格には対応できない。

 この物語、ベンチャー企業である「新エネルギー開発」がメタンハイドレードの低コスト掘削技術NSシステムを開発に成功する。このシステムを開発したのが研究者中原。しかし日本企業は開発成果対価を個人には還さず、企業で儲けのすべてを受け取る。難しいところだが、開発に際しては膨大な資金が企業から投入されている。そのお金がなければ、システムは開発不能だったから企業に利益還元は当然という考えが日本企業の主流なのだ。

 しかし、それでは開発者は不満が残る。そこに、悪の手が忍び寄る。そのシステムを不満を持っている個人から買い上げ、それを世界相手に売ることによって儲けようとする輩。

 この輩が一つであれば、問題はあまり生じないが、この物語では中国、ロシアマフィアが係る。そして互いが争う。その中で、殺人事件が起こる。

 更に、システム開発者に大いに不満を持つ「新システム開発」の別の研究者が、この不正取引をかぎつけ、マフィアを脅し金をとろうとする。

 なかなか複雑な構図を堂場は物語にはめこんでいる。そこまでやるかとは思うがそれなりに面白かった。

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堂場瞬一   「相剋 警視庁失踪課・高城賢吾」(中公文庫)

里田はIT企業を起こし、成功している。ジャスダック市場の株式を上場している。
彼は、IT企業を起こすとき、弟を技術関係の専務として招聘し、技術部門をまかせる。
弟は天才的な技術者で、先取的なシステムを次々開発し、会社を繁栄に導く。

 兄弟、途中までは協力しあって会社を引っ張って来たが、弟は考えてみると、この繁栄はすべて自分のシステム開発により実現していると思う。それに比べれば自分の待遇は低すぎるといつしか思うようになり、兄に憎悪を感じるようになる。そして、会社の金5000万円を詐取する。怒った兄は弟を首にする。

 この会社を暴力団のフロント企業が株を買い占め買収をしようとする。この企みに弟が関与する。フロント企業は、兄に社長を退き、弟の社長就任を求める。

 ここまでいってしまうのか。ロッテや大塚家具の騒動を思い出させた作品である。

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立川談四楼   「シャレのち曇り」(PHP文芸文庫)

 今、落語界はどうなっているのだろうか。世間は落語家といえば「笑点」に出演いている落語家しか名前は知らないのではないか。チャンネルをカチャカチャいじくっても落語の番組は皆無に近い。クイズ番組やバラエティ番組でも昔は落語家が何人かでていたものだが、今は全く見ない。

 この物語は、落語ブームが去り、だんだん落ち目になってゆく、その最中、落語協会組織が分裂、その中でねちねちしたいじめや、理不尽な真打昇進試験審査などを背景に、その時の売れない落語家の悲哀を、そして、そこからどうやって脱出してきたか、その脱出口までを描く。

 ちょうどそんな落語衰退期、東京出張の折り、上野鈴本演芸場に行ったことがある。とりは林家こん平だった。驚いた、とにかく客が指で数えられるしかいなかった。
 落語はもうだめじゃないのかと思った。この本によると、当時は入門者数がどんどん減り、落語家も200人から150人に減る。たまに入門者があると、たいがいが落語家の息子ばかり。

 ところがメディアには殆ど登場しないが、今は平成の落語ブームなのだそうだ。入門者も増え、今や落語家は600人、上方もいれれば800人もいるそうだ。立川門下も20人弱だったものが今は60人もいるのだ。

 どうなっているのか。定席でなく、出前寄席が物凄い勢いで拡大している。首都圏だけで一日30会場で落語が演じられている。
 ネットに上手くのっかたのである。SNSを使い、落語会を売り込んだり、紹介したり。

 それを徹底的に行いブームを作ったのである。ネットは凄い。チケットもパンフレットも作らなくて構わない。人力に頼らず、落語会の開催ができる。全くもって今はネット時代なのである。

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堂場瞬一     「暗い穴 警視庁追跡捜査係」(ハルキ文庫)

 うーん、この作品にでてくる三浦美知という女性の人物造形にはなかなかついてゆくことができない。

 自分は自由であるべき。思い通り生きたい。それを邪魔する人がいるのなら排除する。自己中心、究極のエゴイスト。
 そして、邪魔となる者を次々殺す。その時弱味を握らされている男を呼び出し、車に死体を積んで、東京の西の果ての山間の村の森の中に埋めさせる。この作品では、5人の遺体が発見されるが、それだけではすまない雰囲気がある。

 美知という女。恋愛しているカップルがいる。そのカップルの男を、特に好きでもないのに、奪おうとする。そのために、相手の女性を殺す。そして手に入れた男を女を殺したらもう男は用済みとして捨てる。

 或いは、たまたまバーで飲んでいた女の客と口論になり、外へ連れ出し殺す。山間の村に遺体を埋めるのだが、その殺した女性の名前するわからない。

 小学6年のとき、一つ年下の5年の女の子を殺して埋めたのが、殺人史の始まりだと物語では明かされる。

 それにしても、こんな怪物がこの世にいるだろうか。いるのだろうけど、ちょっと怪物すぎてついていけない。

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朝井リョウ   「世界地図の下書き」(集英社文庫)

 両親が亡くなったり、事情があって一緒に親と暮らせない子供のための児童養護施設「青葉おひさまの家」の共同生活第一班のメンバーは次の5人。
 佐緒里 中3  一班のリーダー
 麻利  小1  淳也の妹
 淳也  小3  麻利の兄
 美保子 小2
 大輔  小3  昨日施設に来たばかり

 色々問題はあるが、まとめ役佐緒里と世話役のみこさんを中心にいつも仲良く、元気でまとまって行動するとても素晴らしい仲間たち。

 ある晩秋の日曜日、いつもは一緒に行動する皆が、バラバラに行動する。お母さんのところへ行ったり、伯母さんのところへ行ったり、入院している弟のところへ行ったり、友達のところへ行ったりと。

 いつもは、施設に帰ってくると、必ず5人が集まってガヤガヤと騒ぐのだけれど、その日はそれぞればらばらで誰も口をきこうとしない。それは、施設の外へでると、家族もいなければ支えてくれる人も、友達もいない。本当に自分は孤独だと心底わかったから。
 性格が悪いわけでもない、意地悪でもないのに、世の中に誰もつながる人がいない切なさが心に痛い。

 佐緒里が一生懸命大学受験勉強をしている。志望校には80%の確率で合格間違いない。
しかし、新潟の印刷工場をやっている叔父叔母の工場に就職せざるを得なくなり、大学を諦める。瞬間呆然として何もしたくなくなる。これも、何だかとても切なく感じた。

 朝井リョウだから、未来に向かって頑張るんだというところで物語を終わらせているが、朝井が強調するような明るい未来はこの子供たちにはとてもあるようには思えない私がいる。

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堂場瞬一   「遮断 警視庁失踪課・高城賢吾」(中公文庫)

 堂場の作品の多くは、事件を捜査して真相を明らかにしてゆくのを担う、捜査一課、二課本道の組織捜査を描くのではなく、その周辺にある新設課の業務の範囲も曖昧な組織を描く。

 だから、捜査というより、警察組織の人間模様とかそこからにじみ出る哀感に多くが割かれる。だから、どうしても事件解決までの道のりが長く、本も分厚くなる。

 この失踪課という課も、失踪捜索願いをもって、失踪人の行方を捜す課なのだが、そこに事件が絡んできたら、捜査はすべて捜査一課、二課に引き継がねばならない。いつも、地道な捜査をするだけで美味しいところはすべて一課、二課にさらわれるのである。

 今、舛添さんの後任の知事選びで、小池百合子さんと増田達也さんがつばぜりあいをしている。こういう時には、表にはでてこない、両陣営の相手が立候補を断念させるための必死の裏で工作をしあっている。早速、産経新聞が、小池さんの講演会の賃借ビルの料金がおかしいとわけのわからない記事を一面で掲載している。

 この作品も、与党公認で次期選挙に出馬を予定している老齢の議員に対抗して、若手官僚が与党公認を取得して出馬を狙っている。現状では、公認レースでは若手官僚に分がある。

 そこで、老齢議員は、若手官僚のスキャンダルを探し、それを暴き若手官僚を脅迫して出馬を断念させようといろいろ策を弄する。その際、でかい金も動き、誘拐だとか金の強奪だとか事件が起きる。

 こういう時に動くお金というのは、足がつかないようにすべて現金。若手官僚の母親が株の配当金を預金せず、家に現金で持ち、税金も払わず、この金を選挙や工作資金に使おうとする。

 しかし、株の配当は現金で入手することなどないだろう。配当があった口座から引き下ろしているはずで、隠匿は難しいように私には思えるのだが。

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村山由佳    「天使の柩」(集英社文庫)

 村山由佳のデビュー作「天使の卵」から始まった「天使シリーズ」の完結編。

 主人公の茉莉は14歳。フィリピン人の母は茉莉が4歳の時に家をでて失踪中。父親と2人の生活だが、家の中では父親は自分の部屋に入り込んで鍵をかけ、一切茉莉との会話、接触は無い。更に自殺願望も強い。

 こんな茉莉だから、学校へもあまり行かない。そして、不良のタクヤと知り合い、彼の家へとしけこむ。タクヤは、小遣い稼ぎにと茉莉に美人局をやらせ、引っかかった男から金を巻き上げる。

 こんな茉莉だけど、きっと村山さんがタイトルで表している天使は茉莉のことを言うのだろうか、純粋で感受性も豊かで、優しい心の持ち主として描かれる。ここが、どうにも嘘っぽくてすっと話にはいりこめない。

 この環境にいる子は、投げやりで蓮っ葉、気まぐれな子が普通。こんなにピュアで優しい子ならば、14歳で美人局をやるところまではいかない。

 茉莉は、画家の歩太と出会い、歩太により救われ再生への道を歩みだすのだが、その歩太も暗いものを抱えていて、それを純真な茉莉によって同じように救われる。そこが、この話のミソ。

 何かあまりすっきりとした作品では無かった。

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堂場瞬一    「解」(集英社文庫)

 バブル景気絶頂期学生だった大江と鷹西は、それぞれ政治家、小説家になることを夢で語る友達だった。卒業後、大江は大蔵省へ、鷹西は新聞社に就職する。

 大江は政治家だった父が死ぬが、すぐ政治の世界には足を踏み入れず、政治活動するための資金を溜めることを目的として、当時最先端だったIT企業を起こして、成功する。

 実はそのIT企業を起こすためのお金は、権力がまだ強い元政治家堀口を伊豆の別荘で襲い花瓶で頭をを割り、堀口を殺し、そのとき金庫にあった札束を強奪して、調達した。

 その時、鷹西は、静岡で新聞記者をしていて、事件の直前に大江と会っていて、この事件に遭遇した。この事件の真相を追おうとしていた矢先に本社に異動になり追及できず、事件は迷宮入りとなり時効となる。

 大江はこの資金をもとにIT企業を設立。大成功をして、溜めたお金で衆院選に立候補、しかも父親の所属していた与党民自党からではなく、野党政友党から出馬して当選を果たす。この時、選挙戦の戦い方を指南したのが今の小沢議員を彷彿とさせる塩崎。

 民自党が腐敗などで、瓦解し、政友党が政権につく。ところが、政友党の総裁が塩崎も含め悉く金権スキャンダルに見舞われ、クリーンな政治家は政友党には大江しかいなくなり、政権を維持するためには、大江が総裁になるしか手はないところまでになる。

 一方鷹西は、新聞社に勤めながら小説を書くが、鳴かず飛ばずの状態が長く続く。ミステリーを中心に描いていたが、それを思い切って時代小説に変えたところ、これが大当たりで、押しも押されぬ時代小説作家の第一人者にかけあがる。

 そんな時、時効にはなったが、小骨のように引っかかっていた伊豆の事件をドキュメント小説にまとめようとして、調査を開始する。その過程で堀口を殺したのは大江であることを突き止める。

 ここで大江を責め上げ、追いつめられた大江はどうなるのか。2人の友情は瓦解するのか。息をつめて読み進むと、その時、東北大震災が起こり、この危機を救えるのは、大江総裁しかいないと鷹西は判断し、大江を追いつめるのをやめる。

 最後をどうまとめるか期待していただけに、気分はかなり肩透かしをくった想いが強かった。

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| 古本読書日記 | 16:17 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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堂場瞬一    「壊れる心」(講談社文庫)

 この作品で中心に描かれる警視庁犯罪被害者支援課なる組織が実際に存在するものか調べてみた。すると、規模の大小を別にすれば、その窓口になるような機能は、警察署には存在することがわかった。単にメンタルケアだけでなく、経済的支援も行っているようだ。

 しかし、何となく物語を読んでいても被害者支援課というのは違和感が残った。警察は何よりもまず、事件の犯人を逮捕したり、事件の発生を未然に防ぐことが使命である。事件に遭遇した被害者や、その家族を彼らに寄り添いながら相談に応じ、事件で受けた衝撃を緩和させ、再び社会に返してあげるというところまで警察が対応すべきなのか。しかも、この作品で支援課のメンバーは、専門の心理カウンセラーではなく、一般の警察官である。

 この物語は、朝の通学通勤時に並んで歩いている歩行者の列に車が突っ込み、何人かがひき殺され、けが人もでたところから始まる。ここに支援課が登場して、個々の被害者家族に寄り添う活動をする。しかし、一般警察官に個別の被害者の心情など理解できない。ちょっとした言葉の行き違いが被害者を傷つけ、更に被害者の心を痛めつける。

 その心の闇の深さと支援課スタッフの言動のかい離が、結局大きな人質事件へと発展してゆく。

 完読後でも被害者支援課の警察内部での必要性がまだ理解できない。

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| 古本読書日記 | 16:24 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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堂場瞬一    「帰郷」(中公文庫)

 主人公鳴沢了の父親が亡くなり葬儀を行った日は、了の父親が最後に捜査した事件の犯人がみつからず時効となった日だった。

 この時効となった翌日、事件で父親が殺されたため遺児となった息子鷹取正明が了のところに父親を殺した犯人を捜してほしいと依頼にきた。了の父親を中心に新潟県警が総力をあげ捜査し犯人が見つからなかった、加えて事件は時効を迎えている、しかも了が捜査できるのは忌引き休暇の7日間だけ。とても、事件の真相に迫ることは困難に思える。

 しかし、この事件では容疑者と目されていた羽鳥という当時大学教授がいた。この羽鳥と殺された鷹取は環境保護団体『アーズセイブ新潟』を立ち上げていて、どちらがリードするかでしょっちゅう喧嘩をしていた。そんなわけで、鷹取殺人の容疑者として事件当初羽鳥が浮上していたのである。

 この物語、読んでいく途中で真犯人は殺された鷹取の息子正明ではないかと頭に浮かんだ。しかし事件は15年前で、正式捜査でもないので、真相に迫るまで、なかなか物語が進まない。それでずっと読みながらイライラする。

 中味があまりない物語を、ああでもない、こうでもないとこねくりまわす。そして最後び正明が犯人とわかる。やっぱしか。

 中味が薄い分、やたら人間の心象風景や複雑な人間関係を表現し人間ドラマを作ろうと堂場は頑張るが、底が薄いだけに、人間ドラマが無理過ぎて物語から浮いている。

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| 古本読書日記 | 16:23 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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雫井脩介    「銀色の絆」(下)(PHP文芸文庫)

 これは、今までにあまり見かけたことのない物語だ。物語の主人公は、フィギアスケートで一流選手を目指している小織のように見えるが、実は小織ではなく小織の母梨津子である。

 私達は人間の成長とか変革というものは若者にしか現れないものと思っている。事実世の中には、成長してゆく若者の姿を描いた作品であふれ返っている。
 しかし、この作品は40歳を過ぎた人でも、成長、変革はあるのだということを扱っている。

 何不自由もなくセレブな生活をしていた社長夫人であり梨津子。習い事のつもりで娘小織にやらせたフィギアスケートで、小織に凄い才能があることを知る。そこから小織命の梨津子の生活が始まる。とにかく、寝ても覚めても小織を日本代表になるくらいのアスリートに育て上げる。そのためにはすべてを犠牲にしてもよいという生活。

 最初の躓きは、夫の浮気現場に遭遇して、勢いで離婚するが、夫の会社が倒産して、養育費が途絶えたこと。これはなかなかできないことなのだが、一旦染みついたセレブの生活レベルをどんどん落とさねばならない。しかも、お金がかかる小織のフィギアは続けながら。それを、生活のレベルが低くなってゆくことを耐えて受け入れていく。

 甘えていて、自分と小織だけが良ければというところから、特に一流指導者である、諒子と美濤につきあいながら、自らも知らなかったフィギアの知識、技術を習得して、小織だけでなく、小織の周囲の選手も含め、技術の何が不足、メンタルのどこが問題なのか考え指摘できるようになる。更に、一流指導者の厳しい人間性にふれ、フィギアを越えて、生きることの意味を掴んでゆくところ。この利津子の成長変化の過程がよく描かれている。

 田中希和という、小織と同じくらいの歳の子が、母の急死。そこから梨津子の支え励ましにより痛手から脱却して、日本一になる姿は、梨津子によりそれを実現させたように思える。

 小織は結局一流になれず、挫折して大学入学前にフィギアを離れるが、こんな時、小織命の母は空の巣症候群に陥ることもなく、母も頑張って自転車で生活しながら、新しい人生に歩みだしている。

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| 古本読書日記 | 16:23 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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雫井脩介    「銀色の絆」(上)(PHP文芸文庫)

 フィギアスケートで一流選手を目指す女の子とそれを支える母親の物語。全体の感想は下巻を読み終わってからする。

 それにしても、フィギアスケートの世界、世界的選手になりスポンサーがつけば選手として続けられるが、そこまでは実に金がかかる世界である。

 この作品によれば、講習料は月50万円が最低。これに色んな付帯費用が加算され70万円はかかる。更にスケート靴、それに大変なのは衣装代。そして、演技の振り付け料。100万円もかかるとのこと。そして、講師に気持ちよく指導してもらうため、気配りと気使い。

 それから、この作品では、母親が離婚し、その際の約束で毎月50万円の娘の養育料を元夫が支払うことになっていたが、元夫が経営している会社が倒産して、50万円がはいらなくなる。

 それでも、母親は娘のフィギアスケートを止めさせるなどということは毛頭思わない。色んな金繰りなどをして上巻ではスケートが継続される。執念は鬼気が迫るほどである。

 娘は、フィギアを諦めてもまだ20代。前途は開かれている。母親は全人生をかけて娘によりかかる。もし、娘がフィギアを止めたら、こんな母親はどうなるのだろうか。
 母親のことが気にかかりながら下巻を手にとる。

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| 古本読書日記 | 16:21 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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柚木麻子    「本屋さんのダイアナ」(新潮文庫)

 はっとりけいいちという作家が書いた児童小説「秘密の森のダイアナ」が愛読書だった小学3年生の女の子2人親友になる。一人は彩子。裕福でりっぱな両親に暖かく育てられている。

 もう一人は名前からして変わっている「大穴」。これでダイアナと読む。母親が16歳のときに産んだ子。相手の男とはその時別れている。母親はティアラという名前で新宿のキャバクラに勤めてダイアナを育てている。

 とても仲が良かったのだが、中学校が彩子は私立の女子学園に、ダイアナは公立中学校へと道が別れる。小学校卒業寸前に喧嘩になり絶交を互いに宣言。

 彩子は、両親の望む路線にそのままのっかって成長してゆくことと、学園生活が縛られて窮屈なことに生きにくさを感じる。それで大学は。男女共学の私立大にはいり、親の縛りから抜け出そうとする。そこで、遊びサークルに勧誘され、飲み会でしこたま飲まされ、サークルの男に強姦される。そこから、友達もできない、灰色な大学生活を送ることになる。親からの解放を望んだ結果が、こんな暗い世界だったのかと絶望する。

 大学4年のとき、同じサークルに新人の子がはいり、自分と同じ体験をさせられそうになるところに遭遇する。そこで、今までの彩子には考えられなかったが、大声で男を非難し、新入生を救い出し、更に大学の人権委員会に申し立てをする。ここで彩子は親も含めた呪いから解放される。

 ダイアナは、高校卒業前の親子進路面談で、先生の前で、ティアラと大喧嘩をして、大学」進学はやめる。そして希望だった書店のアルバイト店員になる。名前の「大穴」とキャバクラ嬢を母に持つ家庭故に困難にみまわれるが、それに立ち向かい、呪いをといてゆく。

 そして呪いから解放された2人が6年の歳月を経て再会する。強く大きく成長した友達を互いに確認しあい、2人はそれぞれの道をしっかりと歩みはじめる。

 文章も物語も「赤毛のアン」を彷彿させる。

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| 古本読書日記 | 15:36 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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堂場瞬一  「アナザーフェイス4 消失者」(文春文庫)

 この作品を読むと2つのことを思った。

 私の会社も私が入社したころは、ワンマン社長だった。どこの、社長もある程度そうなのかもしれないが、社長というのは会社のお金と自分のお金の区分けができない。とくにワンマンともなると、いくらでも食費、遊興費は会社の金からもらうということになる。業績が伸びている間は、それが通用する。こういうワンマンは、会社を私物化して、自分の息子に会社を引き継がせようとする。

 この息子が能力があれば問題ないのだが、たいがいは甘ちゃんで子供っぽい。それで、私物化だけはちゃんと親父から引き継ぎやりたい放題するからたまらない。

 この作品にも、社長の息子がダメ息子にもかかわらず、重役になっている。昔どこかの会社であったが、ラスベガスやマカオのカジノで大損をこいてそれを会社に肩代わりしてもらう、同じことがその息子によってなされる。

 横領になるわけだから、お金は秘密裡に会社から出金され、スイスの銀行などを通じマネーロンダリングされ、負け金の補てんがされる。こういう行為は普通、闇に消え表には出ない。表に出る場合は、大概は内部告発である。この作品でも、経理部長の内部告発により横領が明るみになる。

 いつも、思うのだが、この経理部長の行く末はどうなるのだろうか。とても心配になる。

 それから、この作品にはスリの名人が登場する。スリというのは殺人罪と異なり、死刑ということはないから、刑務所の出入りを繰り返す。そうすると、捕まえ取り調べをする刑事がいつも同じとなる。これを繰り返していると、刑事とスリとの間に。互いの情が移り、人間関係が構築される。

 定年間際の森野刑事が言う。
「おれはとうとうあいつを更生できなかった。それが警察人生の中で最も痛恨なことだ。」
 別に刑事は犯人を更生させるために存在するわけではない。

 本当にドラマのようなこんな刑事は存在するのだろうかと思う。

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| 古本読書日記 | 15:34 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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東田直樹    「自閉症の僕が跳びはねる理由2」(角川文庫)

 この本のすごいのは、普通の人々からみて、自閉症のひとたちはどうしてあんな行動をするのだろうと不思議に思ったり、困ったことだと思っていることに、自閉症の人が、正直に懸命に答えていることである。

 それから、決して自閉症を病気であると規定しない。だから治すという表現も無い。
だから東田さんは訴える。違った価値観の人が存在していることを、自分たちも理解しようと努力するから、普通の人たちも自閉症の人を理解してほしいと。そして、互いが共存しあいたいと。

 いくつか面白いと思った。

 手足が、自分のものとしての実感が無いところ。だから、勝手に手足が動いている、自分が動かしているという感触が無い。

 記憶が線になってつながらない。点となって記憶される。だから、ふるい、新しい記憶として残らない。ただイメージとして記憶が点在する。

 言葉は独立して存在しない。必ず、過去経験したイメージと重なり合うことがないと、理解しえない。そのイメージが浮かんでこないと、言葉となって口からでない。

 「ここでじっとしていて」と言われる。すると「ここ」という言葉が残り、イメージと重ねようとする。そうすると、「ここ」が今言われている「ここ」とは違ってくる。

 怒られる。どうして怒られたのかが認識できると、とても嬉しくなって笑ってしまう。

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| 古本読書日記 | 16:13 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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雫井脩介    「犯罪小説家」(双葉文庫)

 食うや食わずの能力があまりない作家待居涼司が突然「しずく」という作品から変異し、文学新人賞を獲得、更に続く「凍て鶴」で、日本クライム文学賞というビッグな賞を獲得する。

 この「凍て鶴」を映画化しようと奇才脚本家小野川が涼司にその許可を申し込む。この小野川、原作から触発されて、映画ではかってネットで自殺サイトを運営し、多くの自殺者もだし、最後は自らも「伝説の死」として死んでいった木ノ瀬蓮美を絡めようとする。

 そして、待居は気が進まないのだが、小野川は、フリーのジャーナリストを使いながら『自殺サイト』の実態と木ノ瀬の死の原因をつきつめようとする。

 優れた作家や脚本家は、何かでぽっと触発されると、豊かな想像力を持って、素晴らしい作品を生み出すが、平凡な作家や脚本家は、豊かな想像力、才能に欠け、どうにも陳腐な作品しか生み出せない。結果、売れなくなり、追いつめられ、何も書けない状態に陥る。そんな状態にあったのが、街居であり小野川だった。

 こういう作家、脚本家は、人殺しなど異常な行動に自ら手をくだし、そこで血肉になった現実の行為、沸き上がった感情を体験しないことには、筆が持てないという状況から脱却できない。

 「自殺サイト」では木ノ瀬が死んでからも、失踪者や不審死者がでている。

 それらの死に、だんだん、この2人のどちらかが実際に手をくだしているのではという思いを読者に抱かせ、雫井はクライマックスに持っていく。その間、本当の悪人は街居か小野川かどちらだと読者は雫井に揺さぶられ続ける。

 それにしても、凡人が売れる作家か脚本家になろうとするには、ここまでせねばならないのかとひたすら驚愕する。

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| 古本読書日記 | 16:07 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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東田直樹   「自閉症の僕が跳びはねる理由」(角川文庫)

 この本を読むと、自閉症というのは本当に病気なのだろうかと思ってしまう。

 何か刺激的なことが起こったり、目の前で起こったことにすぐ反応して一人で大声をあげ、それが止まらない。
それは、反射的にそうなってしまう。まわりの迷惑とか、驚きなど全く念頭にない。

 いつも、同じことをしつこく聞いてしまう。聞いたことをわかっていないわけではない。わかっていても聞いてしまう。言葉遊びなのだ。同じことを聞いているのが楽しいからだ。

人から何か聞かれると質問を何度も繰り返す。頭に過去同じ場面を浮かべようとしている。浮かんできたら答えられる。場面が浮かんでこないと言葉が浮かんでこない。だから場面が浮かぶまで繰り返して聞く。

 言葉のイントネーションが普通と異なる。どうして変わったしゃべりかたになってしまうのか。その言葉がどんな時に使われるのか全くわからないまま喋ってしまうから。

 話せるということは声にだせることとは違う。こう言いたいと思っていることと声にでていることが違うことがしばしば。だから自閉症の人が言うことをそのまま信じないで欲しい。

 こんな自閉症の作者の有り様を読んでいると、自閉症と我々が住んでいて、見ている世界が自閉症の人たちには異なっているのではないかと思えてしまう。たまたま、自閉症の人たちが、圧倒的に人類のなかで少ないから、異常にみえ病気だとしているが、割合が逆だったら我々が異常に分類されるのではないかと思う。

 住んでいる世界が異なるのに、何とか我々の世界に近づこうとしていることに無理があるようにこの本を読むと思えてしまう。

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| 古本読書日記 | 16:17 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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堂場瞬一   「アナザーフェイス0 親子の肖像」(文春文庫)

 警察の活動、活躍を一般に理解してもらうため、更に視聴率もそれなりにいいのだろう、時々「密着ドキュメント警視庁○○署24時」なんて番組が放映されることがある。

 当たり前なのだが、顔はモザイクがかかるか、極力写さないようにする。警察官、刑事の顔が世間にばれるのはまずいから。しかし、登場する刑事は、番組で言えば役者ということになる。普段テレビにでるなどということは全く無いから、刑事役を意識して対応はできないし、しない。それでは、番組に臨場感がでないから、きっと現場ではディレクターからあれやこれやと注文があるだろうし、やらせもあるだろうと想像できる。

 この短編集にも、面白い場面がでてくる。刑事の靴を撮影したいと。いかに履きふるしくたびれているかを撮影し刑事の現場での苦労を伝えたいのだとか。

 聞き込みもカメラの位置を決めた後に行う。聞き込み相手はカメラがきているなど想像ができないから、聞き込みの前にわざわざ刑事が説明し了解を求める。

 「今日は何たら番組でテレビが入っています。顔などは写さずあなたが誰かを特定できないようにします。」で、ここから聞き込みが開始される。

 捜査本部での会議も、閣議の前撮りのように、最初の画どりがあって、その後の実際の捜査会議は撮影させない。この時、いかにも捜査会議をしているように、捜査課長は訓話のようなコメントを準備しておき、読み上げる。

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| 古本読書日記 | 16:15 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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