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2016年04月 | ARCHIVE-SELECT | 2016年06月

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佐川光晴   「牛を屠る」(双葉文庫)

 佐川は北海道大学法学部をでている。その後、出版社に勤めるが上司とケンカをして会社をやめる。そして、ハローワークの紹介で大宮の屠殺会社の屠殺現場作業員の仕事に就く。

 その現場で働いてから作家になるまでの10年間を描いている。

 この作品、屠殺現場作業の厳しさは書かれているが、それが辛いとか苦しいということは書かれていない。それから、生き物を殺すわけだが、そのことが仕事なわけだから、死とか、屠殺以外では殺という言葉が殆ど登場しない。現場がどういう職場なのかどういう仕事をしているのかを表現することに徹している。

 その中で10年、多分30代前半くらいまでに、佐川が屠殺職場で、職人としての技量を磨き、人間関係を深め、どんな風に成長してきたかを記している。

 佐川の次の言葉がぐっとくる。
 「誰でも実際に働いてみればわかるように、仕事は選ぶよりも続けるほうが格段に難しい。そして続けられた理由なら私にも答えられる。屠殺が続けるに値する仕事だと信じられたからだ。」

 最近は情報過多で、自分をやたら客観視して、自分にあった仕事はなんであるか考える人たちが多い。しかし、やはりまずは飛び込んでみるということも必要だとこの作品で思う。そして続けていけば、仕事も覚えていくだろうし、新しい社会人も職場にはいってきて、都度雰囲気が変化し、自らの立場もかわり人間として成長してゆく。

 仕事について、それを継続してゆくことで、人が変わってゆくという当たり前の姿が目の前で展開する。

 しかし、それでも屠殺という職場は一般からはかけ離れている。だから、ある時から佐川が自分の仕事を表現する言葉が欲しくなったというのはよくわかる。そして欲しくなった言葉を集めて、屠殺現場の経験を糧にし、今味わい深い作品を発表していることに拍手をおくりたい。

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| 古本読書日記 | 15:44 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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佐川光晴    「おれのおばさん」(集英社文庫)

 「おれたちの青空」の前にかかれた、札幌児童養護施設魴鮄舎シリーズ最初の作品。
この小説が、まず良いのは、主人公の陽介が、中学校でも一番の成績で、高校、大学も一流校を目指し、一流の仕事につくことを目指しているところ。通常学校小説では、こういうタイプは嫌われるか、無視される生徒として登場し、崩れた生徒を描く小説ばかりになる。

 真っ正直に一流大学を目指し頑張る生徒を中心に据えているところに外連味がなく好感がもてる。

 陽介の母令子は、銀行の副支店長の男性と家庭をもち、世間的には安定した幸せな家庭を築いていた。一方陽介のおばさんにあたる令子の姉恵子は、北海道大学医学部に入るが。入学早々演劇にとりつかれ、学業を放棄して、劇にすべてを打ち込み、2年後に退学となる。
 その後は、劇団仲間だった春男と結婚するが、春男の浮気により離婚。旗揚げした劇団も続行できなくなり破綻。その後、大学時代の友達の紹介で児童養護施設魴鮄舎を立ち上げ、一人で施設を切り盛りしている。

 姉妹は仲たがいをしていて、家をでてから全く互いに会うことがなかった。それが、陽介の父の銀行のお金の横領により、令子と陽介が住むところが無くなり、令子は陽介をつれて札幌の恵子の施設に預けにくる。令子の一流家庭が破綻したことで、姉妹は出会うこととなるのである。

 それにしても女性は強い。令子は普通であれば、夫と離婚する。そうしないと、夫名義の財産はすべて銀行に弁済のためにとられるし、それで不足していれば、令子に請求がくるからである。ところが、令子は離婚はしないし、銀行への賠償も決意する。そして今は都会で24時間対応の介護施設で懸命に働いている。

 恵子も14人の問題ある子供の世話を一人でしている。食事、家事だけでなく、親代わりに、学校での面談、相談も14人全部みている。施設の子が問題を起こした場合、警察への引き取りを含め対応する。

 この令子、恵子姉妹の決意のこもった生き方が驚愕と感動を読者に与える。

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| 古本読書日記 | 20:13 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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笙野頼子    「タイムスリップ」(文春文庫)

 マグロと恋愛をすることを熱望する作家沢野千本のところに、そのマグロからかもしれないが突然訳のわからない電話がかかってくる。

 「今すぐ、電車に乗って海芝浦という駅に行け」と。
そこで、へんてこりんな電話での会話が長く続くが、結局沢野は電車に乗り、海芝浦駅を目指す。

 日本には戦後高度成長期という時期があった。それが石油ショックや円高ショックで止まり、バブル期を除けば低成長期に入った。海芝浦はその高度成長期の遺跡のような場所だ。
駅は、東芝従業員の工場への専用出口があり、反対側は海辺があるだけで、何もないのである。

 沢野はどこへ行くにもまず東京駅にでて、そこからきちんと目的駅を確認して、目的地へ向かう。東京駅は色んな路線が乗り入れて、沢野が来た2年前より混雑していた。しかし、いろんなものはベニヤで創られていた。東京周辺の駅は近代化されたビルが林立するが品川、川崎に行くにつれ、軒の低い家や古いブリキ板の広告、たくさんの工場が眼にはいるようになる。乗換駅の鶴見から先は、石油タンクや大工場群と銀色の海ばかりになる。

 それは全く沢野が生まれ育った四日市の風景と同じ。まさに高度成長期の遺跡である。

 海芝浦駅へ行く電車は一両編成。それも、この日は東芝が休日のために、乗り換えに2時間も待たねばならない。往時には、人間だけでなく、鉄製品や、石油製品が分刻みで運搬されていただろう。遺跡の今と沢野が子供だった頃が風景が変わらず、重なりあって歪む。

 それから、作者笙野の母は、三重大学初めての女学生で、大学卒業後、東芝工場に勤めた。
笙野が海芝浦駅のプラットフォームに立った時、どんな思いが胸に去来したのだろうか。

 沢野の海芝浦への旅は、笙野の母への旅のように思えた。

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佐川光晴    「おれたちの青空」(集英社文庫)

 3つの物語で構成されている。それぞれが主人公の視点で一人称で描かれる。

 「小石のように」柴田卓也。「あたしのいい人」が児童施設運営者の後藤恵子、そして本のタイトルにもなっている「おれたちの青空」恵子の甥っ子である高木陽介。

 3つの作品で軸となっていると私に思えたのは「あたしのいい人」。

 後藤恵子は福井県の小浜から北海道大学医学部にゆく。しかし、医者になることがどうにも自分にはいやで、北大の演劇部にはいり、舞台劇にのめりこむ。その演劇部に入ってきたのが後藤春男。春男は脚本、演出、演技とも秀でていて、圧倒的存在感を示す。そして、恵子と春男は大学を投げ出し、劇団魴鮄舎を立ち上げる。しかし、バイトをしながら劇団を運営することは札幌では不可能。2年後に破綻。そのとき春男の浮気がばれ、春男は娘花子を引き取って東京へ飛び出してしまう。

 恵子が途方にくれていたとき、大学時代の友達玉木から、児童養護施設を運営しないかもちかけられ、劇団の名前と同じ魴鮄舎という児童養護施設を設立し、一人で14人の中学生を世話することになる。

 施設に入る子は、当然親と同居ができない複雑な事情を抱えている。一話目の卓也は、父親を交通事故で無くし、その途端母親から、卓也はもらい子で、実はレイプされた女性から生まれたことを知らされる。同時に母親は卓也の育児を放棄する。3話目の陽介は、父親が勤めていた銀行のお金を横領し、福岡で刑務所くらし。

 そんな子らを抱えて恵子は毎日奮闘する。恵子も今の仕事はいつか辞めて、また劇をしたいと強く思っていて、揺れている。しかし、同じように子供たちも心に痛手をおいながら毎日を送り、その都度恵子に悩みをぶつけてくる。それを、恵子は体ごとぶつかり、克服させていく。子供たちは、皆誰よりも恵子を慕い、ひとつの家族がそこにできる。
 最後の施設でのラーメンを子供たちと一緒に手打ちで作り、おいしそうに子供たちが食べ、後片付けをみんなでする場面が感動を引き起こす。

 恵子を中心にまわる施設を恵子は見渡しながら、自分は確かに劇団児童障害施設魴鮄舎という人生舞台でずっと演技を子供たちと一緒にしている間に、子供たちと同じように成長していることを実感する。

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| 古本読書日記 | 18:17 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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笙野頼子    「母の発達」(河出文庫)

 母という言葉が作るイメージがある。母なる大地、母国、母性、母校など、すべての根源となり、慈しむ愛ですべてを包み込み、おおらかで温かい。ずっと、こんなイメージで母は崇拝され奉られてきた。しかし、現実は、口うるさく、わがままで、自己中心でいつもガーガーがなっている母がいる。そんな現実の母像は影にまわり母には素晴らしいイメージだけがまかり通っている。

 一方で最近は、尽くすとか皆の犠牲者としての母のイメージを覆す世の中になりつつあり、そんな小説も世の中に登場してきている。

 この作品は、徹底的に固定化した母のイメージを言葉で破壊し解体しようとしている。

 強烈なこの作品でのナンセンス。
 男によって、母に子供がやどるのではない。男などいらない。母は空気を吸うことで子供を創る。だから息を吸うたびに子供ができる。母がまた膨大な母を創る。そしてゴミ山のようにうず高く積みあがった母の山ができる。しかたないので、殺虫剤をまいて山のようになった母を殺す。そうすると、母は無くなり、そこには母の糞だけが残る。その糞の山が発火し燃え上がる。

 これは何を言いたいのだろう。女性は母という概念から脱皮しろということなのだろうか。母にはそんなに人間としての価値はないということなのだろうか。

 とにかく、この作品は、強烈に母の善の偶像を踏みつぶす。読んでいてすこし反吐をはきたくなった。

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| 古本読書日記 | 18:15 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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狛犬ジョンの軌跡

先日買った本、4冊中の1冊。これでおしまい。

購入時に、書いた3点。
①「判別不能の犬種の犬」= 狛犬だと、タイトルからわかる
その通りです。狛犬を実体化(?)するとロットワイラーとレオンベルガーの掛け合わせみたいなものになるという設定。
狛犬なので、傷の治りが早く、獣臭くない。
ドッグフード食べているのにウンコが臭わないそうで、体の中がどうなっているのかはわかりません。

②ある疑惑の真相とは― :ミステリー要素があるが、どんでん返しとか驚愕とか凝ったものではないとわかる
序盤の、主人公が救急病院で受けた説明が伏線になっているあたり、ミステリーっぽいです。
「その時の俺は気づいていなかった」みたいな語りが若干うっとうしく、主人公の調査も探偵の真似事程度で、警察の前ではあっさり降参して心理戦や抵抗はしません。
推理モノではなく、あくまでファンタジー。

③淡く胸に迫る大人のファンタジー : さあ泣いてくれ! と言わんばかりの狙った作品ではないとわかる
泣かせはしないですね。主人公が、ジョンとの別れで過度に感傷的になるわけではない。
獣医がいい味出していて、
「こんな人間に時々出くわすから、俺もまた世間を笑って歩いていける。時間さえ経てば、また気楽に息をできる」
と主人公がさわやかな気分になって終わりますが、ジョンのおかげで主人公が変わったという印象はあまりないです。
主人公の生い立ちや価値観を語るパートは正直退屈で、ジョンの語りも「『私』とはなにか? 『神』はいるのか? 人間とはおかしな生き物である」という哲学的な調子で、わかったようなわからないような。

あとがきで、「狛犬ジョンの冒険は始まったばかり。逃亡者の身の上ではあるけれど、彼が街から街へと渡り歩く続編をぜひ期待したい」とあります。
なんとなく、中途半端な終わり方です。
続編を出して、最終巻では1作目の主人公を再登場させ(女とどうなったかはっきりさせ)、新しく作られた狛犬にジョンの魂を戻したら、きれいに収まるのかもしれない。
ググってみたところ、続編があるという情報はなかったです。

| 日記 | 17:29 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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老後の真実 -不安なく暮らすための新しい常識-

先日買った本、4冊中の1冊。

「老人ホームの生活は禁固刑と同じ。入所者を型にはめようとする」 「胃ろうになると特養から追い出される」
という話もありますが、覚悟しておけば不安は少なくて済むってことでしょう。
タイトル通り、「間違った常識」を指摘するような内容です。

★寝たきりになると長い、は迷信
亡くなった高齢者の5~6割は、寝たきり期間が1か月未満。
坂を転げ落ちるように老化・劣化すると思いがちだけれど、実際は直角型。死の間際にガタッとくるのが、現在考えられているパターン。

☆投資より現金
退職金を持って郵便局や証券会社の窓口に行っても、カモにされるだけ。素人は手を出さない方がいい。
韓国でウォンが暴落した時も預貯金は守られた。
自分の家系は長生きだと思ったら、保険にはるチップは少なくし、年金の受給も遅らせる。
どんな病気にかかるか事前にはわからないし、がんなどに特化した保険を選ぶのは、ギャンブルみたいなもの。

★六十歳以上の半数くらいは、性行為を年に数回行う「現役」である。
60代70代の人の、出会ったきっかけ・逢瀬の場所・最後にしたのはいつかといったアンケートの、回答が載っています。
吉原のソープランドだの、飛行機やキャンピングカーの中でやっただの、河川敷でやっただの、夫婦でラスベガスに旅行して盛り上がっただの、皆さん元気です。

などなど。
老人施設をつぎつぎ新設しても、団塊の世代が去った後はガラガラになってしまうから、自宅で最期を迎える方向でサービスを充実させていったほうがいいんだと。
お年寄り世帯に、緊急呼び出しボタンの配布をしている自治体もあるそうな。

EDが心筋梗塞の予兆になる(=陰茎動脈が詰まってきたら、一回り太い心臓の冠動脈も危ない)というのは、ためになる情報だと思います。
私は女ですが(^▽^;)

| 日記 | 16:49 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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井上荒野     「夜をぶっとばせ」(朝日文庫)

 心棒がない。ふわふわと宙吊りのような状態で流されてゆく。
 ペット屋にバイトで勤めている35歳の主婦たまき。夫はちらしの写真撮りカメラマンで、夫婦トモ社会の末端にしがみついている。

 そんなたまきが小学校の同級生の瑤子にせがまれ秋葉原に原田という同じ同級生とパソコンを見に行き、行きずりでパソコンを購入する。そのパソコンを息子の朗が設定してくれてネットやゲームの世界にはまりこんでしまう。

 夫も仕事へでかけるのも帰ってくるのも不定期で、殆ど会話もない。夫を放っておいてパソコンばかりいじくる。かなり、夫は腹に据えかねている。時々夜レイプのようにたまきに襲いかかってくる。

 そのたまきがパソコンの出会い系サイトに自らの紹介を何の気なしにアップする。そして、これも何の気なしにそこで食いついてきた男に会いにふらふらでかけて、ラブホテルに行く。何人か男を変えてみたりもする。

 ある日、サイトで知り合った男が、突然たまきのアパートにやってきて、夫に対し夫のレイプのような行為を非難する。怒った夫が男をなぐりつけ、男は頬や鼻の骨をおり、救急車で病院にかつぎこまれる。夫は警察に連行される。

 ひどいDV男と夫は認定され、暴力から守られるためにたまきは子供2人とともに施設に隔離される。

 そんなときふと、たまきはふわふわ世間を流浪している間に、とんでもないところに行き着いてしまったと心底思う。

 少しシュールな趣きはあるが、何かこんなことは今の世にはよくあるのではと思ってしまう。

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| 古本読書日記 | 18:49 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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森浩美    「推定恋愛」(講談社文庫)

 恋愛しているかよくわからない不安定な状態、あるいは恋愛は終わったのだがいつまでも引きずっている状態を描いた掌編集。
 
 不倫をしていた相手の奥さんがでてきて、「どういうつもりでつきあってるの」と厳しく責め立てられる。それでも、不倫相手は色んな条件をつけてつきあいを続けたいと言う。それを「もういい」と言って振り切って帰宅する途中、頭にきてスイカを買って帰る。
 家で、普通はスプーンで食べるのだが、そのままかぶりついてペッペと種をテーブルの上に吐く。そんなとき、故郷の実家の母から電話。

 「早く、いい人みつけて、結婚して孫の顔をみせておくれ」と言われる。
スイカを食べながら、ひとりつぶやく。
 「このお腹がだんだんスイカのように膨らんでくるんだよね。」と。

 コンビニ大好きな恋人。それが嵩じて、とうとう会社を辞め、故郷新潟に帰りコンビニを始める。それから何の連絡もなくなる。宴会が終わって帰宅途中に何も食べてないことに気付き、コンビニで冷凍食品を買って帰る。家に帰り、一人寂しく、冷凍食品を解凍して、パクパク食べる。それにしても寂しい。そんなときふと思う。恋愛を冷凍化して売ってくれたらいいのにと。そしたら、たくさん買いだめしておいて、寂しい時いつでも解凍して楽しめるのに。

 こんな掌編がたくさんつまっている。

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| 古本読書日記 | 18:47 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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リタ・メイ・ブラウン  「散歩をこよなく愛する猫」(ハヤカワ文庫)

 トラ猫ミセス マーフィが活躍するライトミステリーシリーズ7作目。
 今回のシリーズではミセス マーフィに加え、デブ猫ピュータ、コーギー犬のタッカーが加わる。アメリカらしい。この3匹の猫、犬が着ぐるみを着ているディズニーキャラクターに思えた。

 それと、権力があって、金もあって、人間を自由に操れる人間は、この作品ではH・ヴェイン・テンペストなのだが、どんなに悪玉であっても、決して捕まらないものだ。警察の埒外にいるものだと痛切に感じた。

 それにしても、この作品のクライマックスである、何者か後ろから撃たれ瀕死状態のブレアを、その彼も使って、3匹が協力して車を走らせ、彼らの主人であるメアリーのところまで運んでゆくところは手に汗を握るほどに面白かった。

 事件の真相は語られたが、多分わかっているのは猫と犬たちだけ。悪玉が逮捕されない後味の悪さはつきまとうが、それにも増して、作品では犬、猫の特徴が発揮されていて、縦横無尽に活躍する姿が素敵だった。猫、犬を愛する人にはたまらない作品である。

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| 古本読書日記 | 18:25 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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大塚公子     「死刑執行人の苦悩」(角川文庫)

 殆ど表ざたにならない、死刑囚の日常と死刑執行の実態を、元刑務官の固い口を開いてもらってその実態に迫ったノンフィクション。

 この作品に登場する死刑囚は、刑務所の独房に収監されたときは、粗暴で粗野なのだが、教誨師などと言葉を交わすうちに、罪を悔い改め、それこそ一般の人より、高潔な人間に生まれ変わっている。こんな真っ当な人を殺す理由がどこにあると著者の大塚さんは訴える。

 しかし読んでいて辛く思うのは、むしろ最後まで死ぬことに抵抗して、殺される死刑囚の死刑現場である。独房から刑場まで200M。徹底して抵抗する。刑務官に抱えられ絶対自らの足では歩かない。最後は、人間とは思えない、動物の咆哮とも思える声により亡くなっていく。

 こんなことをやらされる刑務官とは言葉では言い表せないほど大変な仕事である。
どんな経緯があれ、命令により人殺しを行うのだから。

 この本のなかに、刑務官が首に縄をしっかりかけなかったために、息があるままロープに吊り下がった死刑囚がいた。その死刑囚を刑務官が首を絞めて殺したという場面には息を思わず飲んだ。これは完全な人殺しだ。

 死刑囚も暴れたりすると、懲罰がくだされる。その懲罰は皮の手錠をかけられ、3畳ばかりの独房から1週間出られないようにするのだそうだ。困るのは用便をするとき、何とか下着を下すことはできるのだが、上げることが難しく、手が傷つき、血だらけになる。それでいつからか服は浴衣だけになり、下着は穿かず、用便ができるようにしたのだそうだ。驚く。

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宮部みゆき 室井滋  「チチンプイプイ」(文春文庫)

 宮部さんは、最近の作家ではめずらしく、大学には行っておらず、高卒で裁判所の速記係になっている。その他、幾つかの職業を経て、小説家の道に入った。

 幼い時から本が大好きだったし、文章を書くことも上手だったので、小説家になる素質は十分だったのだろうが、作家宮部みゆきを創ったのは、速記などの仕事をしながら、講談社の子会社がやっていた小説作法教室講談社フェーマススクールに通って、多岐川恭や阿刀田高などに習ったことが大きかったと思う。

 また佐野洋の本を読んで小説のコツを習得している。

 宮部さんが小説で一番重要なことは誰の視点でその小説を書くか決めてそれを徹底することだそうだ。そうすると、視点以外の人を描くとき、「~のように見えた」「~のように思えた」というふうに「~ように」ばかりの文章になる。そうならないために「涙を落した」とか、びっくりして動揺しているようなときは「煙草を取り落とした」とか、さっと一文で終わらせるのがよい。これが、なかなかできない。どうしても、心の動きを説明しようとする。それが小説がくしゃくしゃにしてしまう。

 それからびっくりしたが、宮部さんは旅行が嫌いで、ほとんど家から離れないそうだ。たまに旅行をしても、そこの経験から触発されて物語を創ることはない。あくまで旅行は、自分が作った物語の風景や舞台が現実と相違がないか確認するために行くだけだとのこと。

 その代わり、街を歩いていてもいつも「へえー」と声をあげることが癖になっている。
そこで出会った風景をカメラに収めるように脳に蓄積して、それを重ね合わせて物語を創る。なるほどと感心した。

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小泉武夫    「これがC級グルメのありったけ」(新潮文庫)

 ビフテキがとりあげられているが、ビフテキをC級グルメとはなかなか思えない。それでも家で挑戦してみるが、なかなかレストランで味わうような感じに上手く焼けない。この本によると、最初強火で焼いて、表面が焼けたらすぐ弱火にすると上手く焼けるそうだ。裏返してまた強火、弱火を繰り返す。なるほど、今度やってみよう。

 私の故郷信州では、肉といえば、普通食するのは馬肉。馬肉のことをさくら肉ともいう。どうしてさくら肉と言うのか。てっきり色が桜に似ているからと思っていたら、この本では。よく人よせのために、お金をはらって並ばせたりする人をさくらという。すき焼きの牛肉の中に、馬肉を混ぜる。このためその馬肉をさくらといったことからさくら肉の名がついたと言っている。何だか嘘っぽい。

 酒飲みのことを左党という。どうして左党というかというと、大工さんなど職人さんがノミを打つとき、左手にノミを持ってコンコンと叩く。左手にノミを持つ、飲み手からきている。
 美味しいグルメの本というより、小泉らしくこんな蘊蓄がちりばめている本だった。

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西村賢太    「棺に跨がる」(文春文庫)

 待望の貫多、秋恵もの。

 今回の騒動は、秋恵が作ったカツカレーに貫多ががっつく姿を見た秋恵が「まるで豚のような食べ方」と言ってしまったことに対して貫多がぶちぎれるところから始まる。

 拳でぶんなぐり倒し更に蹴りをいれる。それにより秋恵の肋骨にひびがはいる。
 瞬間湯沸かし器であるが小心者のでもある貫多。もし秋恵が病院に行き、ひび割れの原因を追究され事実を語ると、病院からの通報により警察沙汰になる。過去、2回同じようなことを起こし、書類送検はされているが実刑を受け刑務所に入ることまでには至らなかったが、今回は3回目、実刑は間違いなく刑務所いりも確実。だから秋恵にひたすら下手にでて、謝り倒し、病院には行かないように願い努める。

 その甲斐あって、暴行が表ざたになることはなかったが、どんなに卑屈になり下手にでても、秋恵との関係が元に戻らない。

 何しろここ10年間、恋人など持ったこともない。それに秋恵を失うと、もう一生女性とつきあうことはないだろう。以前の孤独でわびしい生活に戻る。それだけは避けたい。その恐怖に苛まれながら、秋恵に恐る恐る接する日々が続く。

 その秋恵がある日から突然優しく昔の秋恵に戻る。すきやきまで作ってくれる。こんなに優しくしてくれるから当然その晩は、久しぶりに秋恵の体を求めたが、拒否されてしまう。

 一体どうしてと不安に思いながら翌日石川七尾に心の師として仰ぐ作家藤澤清造の墓にお参りにゆく。
 そして少しの不安をもちながらアパートに帰ると、案の定書置きがポツリ。

 「もうあなたとはやってゆけません」と。思わず体全体が緩み放屁するところで小説は終了。

 それにしてもカツカレーの食べる姿をブタのようだと言われたときの貫多の心持の表現が秀逸
 「幸福な食欲の三昧鏡に没入していた状態に、いきなり後ろから盥一杯の冷水をぶっかけられ、続いてその空になった盥の角で頭をパコンと叩かれたも同然の、えらく屈辱的な気分になった。」

 パコンがやたらに効果がある。

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大岡昇平     「無罪」(小学館文庫)

 特にイギリスの事例を中心に、「疑わしきは罰せず」を基底にして、無罪判決を決定した有名裁判の事例を読み物として描き出した作品。

 この本を読んでいると、ある集落で事件が起きると、だいたい普段から素行が悪く、嫌われ者だった人間が、あいつが犯人ではないかと狙われることがわかる。それで、人々がしゃべりあっている間に、だろうが違いないに変わり、あいつが犯人だと確信に変わる。それでそのことを裏付ける目撃者がたくさん登場する。

 しかし、目撃というのは、結構思いこみに左右される。実際は瞬間みただけで、あいつに間違いないというほどに記憶には留めておくのは不可能であることが過去の事件では多く証明されている。だから、あいつを見たということで犯人を特定することは避けるべきだということをこの作品集では言っている。

 それから、大岡は松川事件が冤罪であるという確信を持っていた。暴力革命を信望する共産党員だからといって、大量殺人を行ったはずと見込み捜査をすることは絶対やってはいけないと思っている人である。

 この作品集にイタリア労働者で赤として街で知られている男2人が殺人犯として捕らわれ、街の人々は彼らが犯人で間違いないという風潮のなか、証拠なしということで無罪判決にした経緯が紹介されている。ISテロの蔓延で、イスラム教信者は、恐ろしい人ばかりとの気持ちがはびこりだした。何か大きな殺人事件がアメリカやヨーロッパで起きると、イスラム教信者の仕業ということが当たり前のような雰囲気がある。気をつけねばならないことだ。

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「働く女! 38歳までにしておくべきこと」

なぜ38歳なのかというと、著者が地方の出版社での仕事を辞めて東京に出てきたのが、その頃だそうな。
それ以前にも多種多様な仕事を経験し、40か国を旅行したという人なので、
「いま無一文になっても、生きていける自信がある。何とかできる」
という強さがあり、
「『安定』という概念は捨てよう!」
「求められる人間になろう!」
「会社にぶら下がっている人間は、いずれ捨てられる!」
と、攻めることを勧めています。うーん。耳に痛いですね。

購入時に気になったのは、下記の2点。
★「必要のない資格を取りまくってもムダなだけ」
→その資格を使って活躍している自分を思い描く。今の仕事や就きたい仕事に役立たない資格を取っても無駄。
今の仕事で自分を高める方法は、資格取得に限らないわけですからね。
保険で取ったとしても、使わなければさび付いてしまう。実務経験あってこそだと、転職関連サイトでも見かけました。

★「結婚か仕事かで悩むのはもうやめよう」
→働けってことです。専業主婦希望や「働くにしてもバイト程度」という人に対しては否定的。
だからって、
「働くママたちは、『子供のために十分なことをしてあげられない』と罪悪感を抱きがち。
大丈夫。子供たちはママのにっこり笑顔があれば幸せ」
なんてあっさり書いちゃうと、反感買いそうな気もする。

もっともなことを書いています。
「著者だからできることだよね~。私にはムリ~」という態度でいても何も得るものはないし、素直な気持ちで読もうとはしましたが、時々「うへぇ」となりました(^▽^;)

| 日記 | 22:53 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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あさのあつこ    「もう一枝あれかし」(文春文庫)

 時代短編小説集。

 三菱自動車の燃費不正問題が大きな話題となっている。三菱自動車の不正を温存する体質がひどすぎるとよってたかって糾弾されている。しかし、この不正体質は三菱自動車に限ったことなのだろうかと少し考えてしまう。

 私の会社の社長も、訓示のたびに「悪いことははやくトップに」と口癖のように毎回言う。この言葉に感動しつられて社内不正を直訴するとその告発者はどうなるだろうかと思う。殆どの場合「よく告発してくれた」ということにはならないだろう。社長は、担当部門に責任をかぶせて、知らぬ存ぜぬという態度をとる。担当部門では、告発者を非人間として、徹底的に虐げる態度で動くだろう。

 一時的な盛り上がった正義感を抑えきれなくなり行動すると、瞬間は英雄になったと錯覚して気持ちよくなるが、大概はその後組織の論理で奈落の底においやられ、会社を辞めざるを得なくなる。

 あさのさんは、この作品集で、男はよく、男としての沽券、本懐と男の論理だけで、後先を考えずに行動する。そのことにより、取り残された女の立場を考えてくれることはできないのだろうか。

 答えは難しいところだ。組織で生き抜くには、見ざる、言わざる、聞かずで通すことでいいのだろうか。

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| 古本読書日記 | 08:18 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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高橋三千綱    「いつの日か驢馬に乗って」(講談社文庫)

 主人公の慎一は、28歳、新人文学賞はとったものの、その後はこれという作品を書けずに悶々とした日々を送っている。早苗という4つ年下の腹違いの妹がいる。いつも、休みの日には早苗は慎一のアパートにやってきて、部屋の掃除や片付け、炊事をしてくれる。

 早苗は小さな商社に勤めている。ある日、同じ会社に恋人ができたことを慎一に言う。そしてぽろっと名前は行本さんと告白してしまう。

 慎一は、行本はどんな男か確かめに会社まで行く。そして、退社時間に待ち伏せをいて行本の後をつける。行本は3人の会社仲間と飲みにゆく。そして、最後のバーで3人の会話を聞いている。行本は妻子がいて、早苗をてごめにしている。それを、飲み仲間に大きな声で自慢している。

 慎一は怒りが沸き上がり、3人と路上で大喧嘩をする。そして、行本を打ちのめす。

 実は、慎一にも恋い焦がれている女性がいる。いつも大福を買っているお菓子屋の娘はるである。妄想だけを膨らますだけで、ちっとも告白ができない。そのうちに、赤いスポーツカーを乗り回す男とはるが付き合っていることを知る。ふられるところまでも行かず完全に落ち込む。

 行本を叩きのめした直後、早苗が「恋人にふられちゃった」と元気を装って慎一に言う。

 慎一は、貧乏な中学時代、新聞配達をして家計を支えた。早苗も慎一に続いて新聞配達をした。慎一は懸命にあとからついてくる早苗を思い出す。そして、あの早苗も恋をするようになったのだと感慨無量となる。

 熱血漢ではあるがちっとも恋に至らない兄と痛い恋をくぐりぬけて一皮むけた妹。不器用だが暖かい兄妹の姿が鮮やかだ。

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| 古本読書日記 | 08:16 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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小川糸   「蝶々喃々」(ポプラ文庫)

恋は冬から春に生まれて、夏の盛りに絶頂期が来て、秋の訪れとともにすーっと消えてなくなる。その恋の周期をそのままに描く。きれいな言葉を散りばめてはいるが中味は不倫。

消えて無くなったはずの不倫が、また冬にぶりかえすところで物語は終わる。

 作者の特徴である、食べ物に対する記述がぎゅっと詰まっていて恋に彩を添える。また、ひとつ、ひとつの風景描写がよく練られている。

 不倫相手の春一郎から、岡山の水蜜桃をもらう。その皮むきをしながら食べるところ。
「私が指先で皮を剥くと、桃は自ら服を脱ぐみたいに従順に皮を剥がし、きめの細かい、ほんのりと紅く色づいた白い肌をさらけだす。」
 一見平凡に見えるが、なかなか書けない文章だ。

 もうひとつ。
「あんなに暑くて参っていたのに、このまま夏が終わってしまうと思うと名残惜しくて、私は夏の背中を追いかけて、ぎゅっとしがみつきたくなった。」
 いい文章だと思う。

 でも、話の中身がついてきていなくて、文章が物語から浮き上がってしまっている。

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| 古本読書日記 | 08:58 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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新田次郎    「小説に書かなかった話」(光文社文庫)

甲斐の国、山梨県では武田信玄は最大の英雄である。多くの人が、武田信玄を語るとき、「信玄公」という。

 また武田信玄は、農民まで出兵させたため、先祖は信玄の家来であると言う人が多い。戦国時代、甲斐の国の80%が戦争に駆り出されたそうである。

 新田次郎がパリへ行ってモンマルトルを散策していたとき、当時はめずらしく日本の青年がいたので声をかけた。話をしていると、新田が生まれた故郷の言葉にイントネーションがそっくりだったので、青年に生まれは信州か、甲州かと聞いたところ案の定甲斐の国の出身。新田が自分は「諏訪」と答えると、青年は「じゃあ、俺の家来か」という。
 信玄との戦いで諏訪は敗れ、武田の領地となったからである。
そして、自分の名前は武田何某だといい、先祖は信玄に通じていると言う。新田は、信玄の小説を書いているから、また嘘をいうやつが登場したと思った。

 とにかく、山梨県に行くと、「武田」の末裔と名乗る人がいっぱいいる。このモンマルトルの山梨県出身者は、帰国して知人に確かめると、「武田の末裔」と名乗る人として有名な人だった。彼は、何と武田の末裔を名乗りたくて、武田姓の家の養子にまでなっている。

 私も生まれは諏訪だが、そういえば確かに武田の末裔と名乗る人は多かった。彼らはそれらしき家系図を必ず持っていた。この偽家系図をもっともらしく作ることを商売にしている人もいた。わざわざ、紙に皺つけたり、汚して古い家系図のようなものを作るのが実に上手かった。

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| 古本読書日記 | 08:57 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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そんなはずない

爺やの感想はこちら

私も、中学生のころに人生予想みたいなものは書きました。(授業で)
薬剤師になることが第一ステップだったのに、2年後には「物理できない。薬学部無理」と放棄しました。
「こんな男と付き合っていたら、人生計画が狂ってしまう。次は公務員にしよう」と目標を意識し続けた鳩子と、ふらふらしている私と、どっちがいいのかはわかりません。

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輪かざりは、何を意味しているのやら

鳩子に限らず、癖の強いキャラクターが多いのですが、キツイとかイタいとか思って読むスピードが落ちたころに、意外な一面を見せてくる。興味を持続させるのが巧いですね。

「取り残された藤井孝道(元恋人)は、尻もちをついていた。残雪の上だ。
溶けかかった雪はザラメ状になっており、煤煙によって黒ずんでいる。
冬の間に捨てられたガムの包み紙などのごみが顔を出している。彼が右手をついている少し先には、犬の糞も顔を出していた。
雪中で一度凍った犬の糞は、昼の陽光で解凍され、夜の冷気でまた凍り始めている。
後ろ手をつくのをやめて、彼はゆっくりと体を起こした。右手が犬の糞に触れそうにになったが、うまい具合に触れなかった。
鳩子はかすかに舌打ちをした」
こういう周囲の細かい描写と、主人公の性格を表す反応が、たくさんあります。
よっぽど印象的でない限りはさーっと読んでしまうし、記憶にも残らないんですが、凝っている感じはしますね。

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雑貨屋で買ったが、大きくて階段で転びそうになるため、飾りになっているスリッパ

妹の行動については、爺やと同じく「意図がよくわからない」です。
鳩子目線で話は進み、彼女は妹と青年と見比べてにやにやするタイプではなく、まっすぐ青年を見て値踏みするタイプ。
鳩子が気付かなかったことは、読者に対して語られない。妹の動機が、理解できるように語られない。
妹が、探偵を雇って姉の素行を調べたり、姉の元彼たちに「会いたいな♡」のメールを勝手に送ったり、そのうちの一人とホテルに行ったり、そこまでする理由がピンとこないまま、姉妹が本音を言い合えてよかったね~の結末。

妹の暴走っぷり以外は、まずまずリアルで面白いというところです。

| 日記 | 19:03 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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村上春樹   「村上ラヂオ3」(新潮文庫)

 蝉の声が一斉にわきあがると、今年も夏がやってきたのだと思う。この蝉というのはあまり西欧にはいない。だから、「しずかさや岩に染みいる蝉のこえ」といっても何のことだかわからない。

 村上のアメリカの知人が初めてセミを知ったのは、車で旅行していたとき、鳴き声が急にした時。近所で送電線でもきれて火花がでている音かと思い恐ろしくなったそうだ。だから芭蕉のこの句でも、あまりにもたくさんの蝉の声がうるさくて、捕まえては潰し次々岩に染み入れているのではとアメリカ人なら想像するのではないかとこのエッセイで村上は書いている。

 ギリシャには蝉がいて、もともと「アリとキリギリス」は「アリと蝉」というタイトルだったのだが、それでは西欧の人たちがわからないということで、キリギリスに変えたのだそうだ。へえーっと思った。

 それから村上が好きだということで紹介している木山捷平の詩が素敵だ。

  「新しい下駄を買ったからと
   ひょっこり友達が訪ねてきた
   わたしは丁度髭を剃り終へたところであった
   二人は郊外へ
   秋をけりけり歩いていった」

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| 古本読書日記 | 18:22 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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高杉良    「エリートの転身」(角川文庫)

 池井戸潤の作品は、理不尽に虐げられている人々が逆襲をして、敵をうちやぶり最後は正義が勝つという痛快な結論で終わる。それは、物語を創っているからだ。高杉の小説は想像ではあるが、基本は現実の事実をベースにしている。

 高杉の作品を読むたび、現実は池井戸の小説のようにはならないものだと心底思う。だから終わりがどれもどことなく中途半端で怒りが完全に消化されない。

 だいたい、権力者こそあいつは生意気で気に入らないとなると、ちょっとした不正をみつけて、それを使って解雇しようとする。そして気に入らないこととは仕事とは関係なく、ゴルフのプレイで、権力者のことを馬鹿にしたなど、どうでもいいような下らないこと。気使い、気配りが全然なってないと。

 こんなことをみてると、一般の社員が権力者をはねかえすことなどとても会社ではできないことを思ってしまう。

 それにして、この短編集の最後の作品「エリートの反乱」の主人公は凄い。つまらない揚げ足を権力者に取られ、懲戒解雇される。これに対抗して労働者の地位保全をかかげて会社と裁判をする。そして、会社に勝つ。

 普通はこうなると、賠償金を獲得して別の会社に働き口を求めるものだが、この主人公はまた会社に復帰して今でも働いているそうだ。ものすごく心の強い人が世の中にはいるものだと感心する。あとがきで高杉が彼が同じ会社へ降格されながらも復帰をしたことを事実として書いている。

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| 古本読書日記 | 18:20 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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立夏を過ぎましたが

今日は風もあってひんやりです。
半袖1枚でいい日もあったのに、今日は長そでの二枚重ね。
そうは言っても、毛布を体に巻いて寝そべって読書するほどではないので、換気ついでに窓から垂らして干す。

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秋に毛布を出したときからしょっちゅう寝そべっていたももこは、不満そう。
何度か抗議するようにワオワオ鳴きましたが、とりあえずむき出しのソファーに落ち着きました。

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昨日購入した4冊ですが、橋本治「幸いは降る星のごとく」だけ読み終わりました。
女芸人の成長物語やサクセスストーリーではなく、お笑いの変遷を丹念に描いたものでもない。
「彼女がそんな風に思ったのは、こういうことである」なんて調子でこまごまと理由・根拠が語られ、
「こんな調子で語っていてはきりがない作者も心配になってきたので、手短に」と自分に突っ込みを入れていく。
だいたいそんなもんですよ、橋本さんの本は。
私は、このふざけているんだか小難しいだかわからない語り口が好きですが、「コメントを求められた芸人さんたちは、無理して読んだかもな」と勝手な心配もしてしまう。

登場する4人の女芸人たちに男を用意し、結婚や愛の告白というイベントをぶちこみ、「ちゃんちゃん♪」と締めた感じです。
橋本さんの長編で「結婚」も、唐突な終わり方でした。ヒロインが、テレビを見て「私はこの人手不足の田舎町へ行く。農家の嫁になるんだ!」みたいな宣言をして終わる。
だからって、橋本さんが「女の幸せは結局のところ、結婚。男に求められるのが大事」という固い考えなんだろうとは、あまり思わない。(同性愛者らしいし)
「そんな生き方もあるよね。何があるかわからないし、面白いよね」とのんびり言われている感じ。

| 日記 | 13:34 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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宵越しの図書カードは持たない (再び)

まず、これまでの使い道を振り返ってみませう。

二年前 一年前 半年前
二年前と半年前に買った漫画は、ブックオフ行き。長嶋有さんと村上春樹さんは、爺やも読む作家なので、今も本棚にあります。
群ようこさんの本や、生物系の雑学本は、「図書カードが手に入ったけど、今特に欲しい本はないんだよなぁ。無難なところでこれかな」と選ばれがちであることがわかる。
そして、内容はあんまり覚えていない。

今回は4冊。

垣根涼介「狛犬ジョンの軌跡」
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後ろのあらすじを読んで、
①「判別不能の犬種の犬」= 狛犬だと、タイトルからわかる
②ある疑惑の真相とは― :ミステリー要素があるが、どんでん返しとか驚愕とか凝ったものではないとわかる
③淡く胸に迫る大人のファンタジー : さあ泣いてくれ! と言わんばかりの狙った作品ではないとわかる
これらがポイント。
読んでいて疲れるような、挑戦されているようなミステリーは避けたい。クサすぎるのも、駄目。
最初から、仕掛けの一部を明かし、ミステリーではなく「狛犬の目から見た人間の営み」というユニークな設定が売りだと言ってくれるほうが、気楽です。
・・・・・実際には、推理要素が強いかもしれないですがね。それは、読まなきゃわからない。

文藝春秋編「老後の真実」
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有川真由美「働く女! 38歳までにしておくべきこと」
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人間やっぱり、耳に痛い話は避けるんですよ。
「投資より現金」とか「在宅で安心して死ねる日がやってくる」とかいう章がある本を選び、「銀行預金だけでは足りない!今から始める投資」みたいな本は買わない。
「必要のない資格を取りまくってもムダなだけ」とか「結婚か仕事かで悩むのはもうやめよう」とか書いてある本を選び、ユーキャンのテキストとか「口ベタでも上手くいく人はコレをやっている」とかは買わない。
これだって読んでみなきゃわからない。
「在宅で安心して死ねる」のはあくまで団塊世代より上の人の話かもしれないし、30歳時点で貯金一千万ある人が38歳までにすべきことの話かもしれない。

橋本治「幸いは降る星のごとく」
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帯に、椿鬼奴さんがコメント書いています。
たまに、橋本節(?)が懐かしくなるのです。この薄さなら疲れないだろうし。うん。

連休明けの今日、ミスもありました。仕事量が少なく、定時に帰れたのはよかったです。

| 日記 | 20:32 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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辻村深月   「オーダーメイド殺人クラブ」(集英社文庫)

この作品によくでてくる中2病という言葉、辻村さんの造語だと思っていたら、実際に言葉としてあるということをネットで知った。

 この作品、中学2年生の主人公アンが、仲間から疎外やいじめを受け、家庭での母親との関係も壊れ、世の中、学校がいやになり、クラスの中でもパっとしない徳川君に「私を殺して」とお願い徳川君がそれを引き受けることから話が動きだす。しかし、ここまでが長い。100ページを費やす。人間の造りにも、どことなく現実から浮き上がっていて、この程度のことで死ぬなどと真剣に考えるのだろうかという想いが残り、「殺して」までは結構読むのが辛かった。

 「殺して」から以降は、辻村さんの筆が冴え非常に面白くなった。特に、殺してもらう場所にアンがやってくるが、そこに徳川君がいなくて、アンがずっと夜中待つ場面と、一時間以上遅れてやってきた徳川君が「アンを殺せない」と訴える場面は緊張感がみなぎり素晴らしかった。

 中2病の特徴は「本当の友達をさがそうとしたり、出会いたい」という欲求が極度に高まるところにあるのだそうだ。そのことに失敗したり、真の友達だと思っていた子から裏切られたり、寄りかかっていたグループからはぶせにされると、人生のすべてが喪失したと思いこんでしまう。

 この作品が面白いと思ったのは、殺されることを決行する12月6日になれば、はぶせにされたり、虐めにあっても、どうせこの世からいなくなるのだからと割り切りができ、前向きになり、生きる力がわいてくるところだ。

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| 古本読書日記 | 05:44 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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丹羽文雄    「四季の旋律」(新潮文庫)

私の新入社員だったころは、女性は会社には結婚相手を探すためにきているという社会通念がまだ残っていた。

 そのため、女性は四年生大学にゆけば婚期が遅れるので、短大卒が良いとされた。更に結婚前の性関係は、不良女性とみなされていた。25歳が女性の婚期の上限。男性は30歳の声は聞いてはならなかった。家の格が重んじられていたので、見合い結婚も多かった。

 私の職場は、貿易部門だったので、そんな窮屈な枠からはみでようとしている女性が多く、それらの女性は殆ど会社をやめて窮屈な日本を飛び出て海外へ飛翔した。

 この作品は、がんじがらめに社会通念にはめられた3姉妹が、その枠から自由になりたいという想いとさりとて社会通念は生き方としては重要という2つの相反する想いのなかで揺らめく姿を描く。更に、夫を亡くした貞淑一途と思われる母親が、覚醒して同じくらいの歳の男に身を投げ出し生き生きとした恋愛を初めて人生の中で経験する姿も描く。

 ちょっと読むと、作者丹羽が社会通念に対し抵抗しているように思えるが、どことなく丹羽は社会通念が正しいという保守的なところがチラチラみえて、それがいかにも苦しい。

 あまり無理をせず、社会通念からみて登場人物の考えや行動は間違っていると徹底的に批判する小説にしたほうが丹羽の信条に合致して面白い作品ができたと思う。

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| 古本読書日記 | 05:38 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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イルミネーション・キス

今 人生変える~ きぃすがした~い♪ と歌ったのは平井堅。

爺やの感想はこちら
ほめちぎっています。

橋本さんは、高校時代に図書室で「リバーズ・エンド」を一通り読みました。
細かな筋は覚えていませんが、
『主人公のこれまでの家族や学校や友人に関する記憶はすべて偽物。ほんの数週間前に、秘密組織(シフマだったかな)で任務のために機械から生み出された存在。社会へ出すにあたって、十数年分の記憶を組み込んだ』
みたいな設定が途中で明かされ、「その手があったか!」という衝撃を受けました。
あと、メインヒロインが唯という首や手の細い儚い雰囲気の女の子だった。
目に星は入っていなかったはず。念のため

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「フレンズ・キス」「ガールズ・キス」
昨日「玩具の言い分」を読んだときにも思ったんですが、高校生が普通に飲んでヤってるんですね。ラブホまで入っちゃう。
最近の子は~と思いかけるも、自分の知る世界が狭いだけなんだろうという結論。
だって、作者が私より年上だったり、青春が回想形式(=数年前の高校生を描いている)だったり、爺やが「等身大」と評したりしているわけですから。

「パストデイズ・キス」
女性作家だったら、売れっ子になった恋人に捨てられる結末へ落ち着く可能性が高そうだ。
野心家で金持ちの男とデートするにあたって着飾るヒロインを滑稽に描き、年下の貧乏男(デートは割り勘)を選んだヒロインの自己満足(言い訳)をたっぷり描写し、支えた彼に捨てられた彼女の無様な姿を……と。
これからもよろしく、という明るい結末でよかったんですけどね。

「イルミネーション・キス」
なるほど。こういう年上女がツボの男もいるんだな。そんな感じ。
議論好きで、年下君をしゃれたバルだかバーだかにエスコートするお姉さま。でも、酔ってお持ち帰りされたり、雑踏の中でキスをねだったり、かわいいところもある、と。
そういえば、五十嵐貴久「年下の男の子」も微妙だった。

「ハウスハズバンド・キス」
主人公が、恐ろしいほど出来のいい男です。
愛妻家で「おかえり」のキスが当たり前。妻の、ウォール街での半年の研修にも、子連れでついていく。
「育休2年取った後でも、ライバルに追いつく自信がある」というほど優秀。
料理ができて、キャラ弁づくりも同時並行のおかずづくりも慣れたもの。
古い考えの実家とは縁を切っていて、援助のない大学生活で苦労も知っている。
視察に訪れた町工場で、初めて触った工作機械のコツをすぐにつかみ、「スジがいい。弟子にしてやりてぇな」とおやっさんに褒められる。
もちろん、彼がこれまで直面した問題もいくつか描かれ、「乗り越えて今の幸せがある」というスタンスなんですが、不動産や保険のコマーシャルを見せられている気分です。

1歳半で、料理のお手伝い(ジャガイモつぶし)をしたり、「固くてつぶせない」と不具合を訴えたり、「今日のサラダはマユが作ったんだよ」とパパに言われて自慢げな顔をしたり、カラフルなお弁当を喜んだり、できるものなんですね。
もっと意思の通じない生き物だと思っていました。そのへんも、「できすぎじゃないのか?」という萎えにつながるんですが……。

| 日記 | 13:33 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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玩具の言い分

爺やの感想はこちらです。

しゃれた表紙ですが、主人公たちは30代40代。
長時間座っているとおなかに赤い筋が入るとか、下の毛も白いものが混じるとか、
恋人より先に起きて下地クリームを顔になじませて素肌を偽装するとか、目の下にすぐクマができるとか、わりとリアルです。

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容色や体力の衰えに関する描写に加えて、
・周囲には読書が趣味ということにしているが、実はネットばかりしていて、検索ワードは人前で言えないもの。
・会社の飲み会の後、一人になると、反省点がいくつも頭に浮かぶ。
このあたりは、アラサーの私でも共感できる。

爺やも書いていますが、会社での独身中年女性に対する風当たりの強さは、誇張されている気がしますね。
私の働いている会社は、爺やの働いていた会社よりも規模が小さく、女性でエラくなった人は知りませんが、こんなベタなおばちゃんやセクハラ上司もいません。
仕事さえちゃんとやってくれれば、未婚も既婚もバツイチも気にしないと思う。
たぶん主人公たちの、被害妄想に陥りやすいとか、自意識過剰で自虐的とか、そんな部分を表現しているんでしょう。
綿矢りさだって、アラサーの主人公に対して高齢処女という表現を使っていたし、女が女を書くときつい(きわどい?)表現になりやすいのかもしれん。

この作者は、記憶にある限りだと、「好かれようとしない」と「感応連鎖」を読んだことがあります。
2冊の間には時間が空いていて、「感応連鎖」からも時間が空いている。
つまり、どっちも微妙だった・・・・・が、気になるタイトル・あらすじであればまた読もうと思えるし、作者の名前は覚えた。
それくらいの位置づけです。

ところどころ、「~である」とかしこまるのは、癖なんでしょうかね?
描写は巧いですが、ちょっと古い感じがしてしまう。主人公たちの年齢を下げなければ問題ないのかもしれませんが。

| 日記 | 01:46 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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富岡多恵子     「表現の風景」(講談社文芸文庫)

音楽とか食べることを言葉で表現することは難しい。それは、感覚、感受性の在りようを言葉にして表現することが非常に困難というところからくる。

少し前、山本益博という料理評論家なる人がマスコミ、雑誌に頻繁に登場して、あちこちのレストランの料理を批評し、時代の寵児になったことがあった。彼の一言で、レストランが急に流行りだしたり、おちぶれたりした。だから、レストランは彼が現れることを戦々恐々としていた。

 当時私は山本をたかが食事のごとくに偉そうにして、味の良しあしなど人それぞれじゃないかと結構胡散臭い人として嫌っていた。

 しかし、この本を読んで、山本の食べることを味わい尽くすこと、それを深い言葉で表現する力量を知って敬服した。

京都の「千代」という割烹料理店での話。

料理を味わった後の指摘。
「どうしてこの料理に甘い酒をだしたのか。お造りの鮮度がよすぎてうまみがでてくる以前の刺身にしてしまっている。」
 すごいと思うのは、さしみは鮮度が命と刷り込まれている私にとって、鮮度がよすぎてうまみがないなどということは思いもよらない指摘である。

 次に山本が「千代」を訪れたとき、酒は辛口に変わっていた。お椀が熱すぎたので「あの熱さでは微妙なところがわからないのではないか」と主人に問う。

 主人は、言う。お椀の前にだしたのが、ぐじの糸つくり。これは塩気があるから少々口の中に残る。その塩気をひといきで消し去るにはあの熱さが必要なのだ。そして言う。
 「一口頂いて、それから椀ダネをいただき、そして三分の一になったところでのお椀の味が勝負」

 山本は二の句がつげなかった。
料理人と山本との果し合いがここにある。それの表現と緊張するやりとりがだされた料理のすばらしさを読者に伝えている。
 テレビなどで「うーん。おいしい」のお決まりの文句では料理が可哀想である。

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| 古本読書日記 | 20:27 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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