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2016年03月 | ARCHIVE-SELECT | 2016年05月

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新井素子    「眠たい瞳のお嬢さん」(角川文庫)

 陽子さん23歳と正彦くん25歳のプロポーズから婚約、エンゲージリングを購入するまでのすったもんだを描く。一昔前のホームコメディを思わせる作品。

 この作品の中で、正彦くんが陽子さんの家に陽子さんを嫁にくださいというお願いをしにゆく場面がある。そこで、陽子さんのお父さんが「自分たち(陽子さんの両親)のお墓を守ってくれるか。」と聞く。このことは、私からみればたいしたことには思えないが、両親にとってはかなり重要な問題のようだ。陽子さんは2人姉妹。ということは、2人とも嫁にゆき、陽子さんの家系は2人の姉妹が結婚すると途絶えることになる。

 最近は、お墓を守るということが一般的に薄れてきて、結構他の亡くなった人と共同で骨を埋葬する、無縁仏、永代供養が増えてきている。陽子さんのお父さんはそうなりたくないと言っているのである。

 実は、私の義父母の子供も2人姉妹。姉妹は私のところを含め他家に嫁いでいる。まったく陽子さんの家庭と同じ状態。

 この間、義父が亡くなり、本当にお墓、仏壇では苦労をした。

義兄がしっかりした人で、お墓も仏壇も義母が亡くなった後は、ちゃんと引き継いで守っていくと宣言。そのため、義兄は義兄の家の近くに墓地を求めそこにお墓を建てるつもりだった。しかし、義兄の家は、義母の家から50分くらい離れている。義母はどうしても住んでいる家の近くに墓地を購入しお墓を建てたいと譲らない。

 更に、49日法要のときに、義父の納骨をしたいと。このことは、義母の家の近くで墓地を探し、そこに墓石を49日までに建立しろということを言っている。

 義兄は相当気分を害する。それを宥めながら、墓石のことなで何も知らない私が、墓地探しから墓石購入、建立までをすべてを49日法要に間に合わせた。そして仏壇を揃える。

 義兄は自分の近場だったら墓も仏壇も引き継ぐのだが、遠くでは無理と言う。

ということは、義母が亡くなれば、無縁仏にするしかない。墓地、墓石、仏壇購入だけでもとんでもないお金がかかっている。義母も80代半ば。亡くなったときには、墓地を立ち退き、無縁仏法要をし、仏壇も供養して焼き払わねばならない。

 一体何のためにこんなに苦労したのか、そして大出費をしたのか徒労感が私の体全体を覆っている。

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| 古本読書日記 | 20:24 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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最近読んだ4冊

その1:山田詠美編 「せつない話」

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山田氏がいうには、「せつない」という感情から涙が流れるとしても、それは五粒以内だそうな。それ以上流れた場合は、「せつない」ではなく「悲しい」なのだと。
瀬戸内晴美・吉行淳之介・サガン・カミュ・・・・・と、いろいろな作家の短編が入っています。
わかりやすく「せつない」のは、叔母と甥の恋を描いた「恋の棺」(田辺聖子)とか、亡くなった弟の思い出を語る「庭の砂場」(山口瞳)とかですね。
ジゴロとの関係に悩む裕福な中年女性の話になると、せつないんだろうけど、別世界って気がしますな。
痛々しかったり、皮肉交じりの語りで感情移入しづらかったり、文学的・哲学的な文章がわかりにくかったり。
「せつなさ」を読み取るにもセンスが必要なんでしょうね。

その2: 和久峻三「密室のたわむれ」

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官能小説っぽいタイトルですが、「赤かぶ検事」シリーズの1つです。
ドラマの原作になっただけあって、キャラクターの方言・外見・感情が強調されていたり、セリフが羅列されていて誰の発言かわからなかったり。
狙い通りの証言を引き出して法廷で「会心の笑みを浮かべる」弁護士とか、「無実は決まったようなものね」と調子よくしゃべっちゃう弁護士とか、「木曽のメスザル」「信州のヤマネコ」と罵り合う美人警部補&美人弁護士とか。
このシリーズは全く知らず、「赤かぶというニックネームなんだから、赤ら顔で肥えたおっさんなんだろう」と1話目では想像していたのですが、2話目で「菜食主義者で枯れ木のように細い」と判明。
ウィキペディアによると、「法廷にて弁護士との激論の真っ最中に、好物の赤かぶの漬物の袋詰めを興奮した弾みで床に撒き散らし」というエピソードがあるそうな。
映像としてなら楽しいかもしれませんが、読み物としてはちょっとワザトラマンですね。

その3: 「エレファント・マン」

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映画の原作というか、ノベライズみたいなものでしょうね。
実在した人物というのは、半分くらい読んでから知りました。(裏に映画のポスターの画像があり、書いてあった)
整形して新しい人生を歩ませるのかな~と思うのは現代の感覚であって、舞台は19世紀です。
もっとも、今でも全身に腫瘍ができたり側弯をおこしたりしていると、治療は大変だと思いますが。頭部にメスは入れづらかろう。
周囲の人が、象人間に知性やピュアの心があると知って態度を変える中、最後まで悪人という奴もいて、バランスはとれているんじゃないかなと。
見世物にされる以外に生きていく(お金を得る)道がないという「持ち主」の考えも、一理あるような気はする。

その4: 小川洋子「完璧な病室」

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著者紹介で、文学部卒だけど医大秘書室に勤めた経験があると知り、だから臓器やら標本やらの生々しい描写が多いんだと納得。
もっとも、もともとそういう世界が好きな人だったら、学校の勉強や仕事で医学に触れずとも、スプラッタ満載の話を書くんでしょうね。
安定のおもしろさと、気味の悪さがあります。笑い転げるような面白さではないし、モヤッとするほどのバッドエンドでもない。
そうだな……モヤッというよりはヒヤッとかゾクッとかですね。
天真爛漫な人は、なかなかこの人の本に出てこない。
純粋な人や笑顔の素敵な人が出てきても、死期間近で透き通っていたり、ふわふわして現実に足がついていなかったり、繊細な美しさを持っていて陶器の人形みたいだったり。
あんまり、現実の街が舞台になっているという気はしませんね。
ビーフシチューは、ざらついた脂が唇やあごの裏に残るので、チョコレート嚢腫とまで具体的には思いませんが、確かに粘液や脂肪を連想させるかもしれない。
唇がグロテスクな器官だというくだりは、いくつかの話に出てきました。あんまりじっくり眺める部位ではないかな。うん。

| 日記 | 19:07 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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安岡章太郎    「走れ トマホーク」(講談社文庫)

 短編集。中学校の教科書にしばらくの間載っていた作品「走れ トマホーク」も面白かったが、私には「野の声」が印象に残った。

 会社に入ったころ、新規開拓なるセールスをやらされた。いきなり訪問して、取引などできるわけは無い。しかし、取引が全然できないとなると、せめて店だけはこまめにまわらねばならないという無言の圧力が心の中に迫ってくる。新規となると、扉を開けた途端水でもぶっかけられるのじゃないかとどうしても恐怖心が先にたち足が竦む。そこを目をつむって入る。

 「今日は責任者のひとが外へでてるからだめだよ。」

 こう言われると安心する。セールス日報に「責任者の方不在のため再訪予定」と書けるから。誰も日報などみてるわけではない。ちゃんと自分は仕事をしたんだという自己弁護だけのためである。成果などまるっきりない、自己弁護の日々を毎日、毎日繰り返す。

 この作品の主人公。30歳になるが無職で、親に寄食している。母親が代議士秘書の名刺や時に代議士本人の紹介状を手に入れ、主人公に渡し、就職活動をしてこいと発破をかけ毎日主人公を送り出す。

 求人企業に公衆電話から恐々電話する。そうすると話し中。主人公は「良かった」と思う。帰って母親に話し中だったからと言えるから。訪問する企業のビルをぐるぐる回りながら入るか入るまいか悩む。それで、思い切って入る。「昨日で募集は終わりました」と企業から言われる。すると主人公はまたホっとする。就職することが目的でなく、母親にちゃんとこれだけやったよと報告することが目的となってしまっている。

 帰りの駅で切符を買おうとしていると、キリスト教宣教師の演説が聞こえてくる。
「私は皆さんにキリストの素晴らしい教えを伝えるため、家も、飼っていた牛100頭、豚100頭全部売り払いました。」
 そのとき、主人公は何を俺はやっているのだろう。あの宣教師は、キリストのために家財を一切捨てたのだ。そして、ポケットにはいっている代議士秘書の名刺と紹介状を握りつぶす。

 この最後を読んで、私は心底、宣教師の説教を聞かなくってよかったと思った。

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| 古本読書日記 | 20:28 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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安倍譲二    「塀の中のプレイボール」(講談社文庫)

 最初にテレビで野球をみたとき、5歳くらいだったか、テレビカメラはバックネット裏に固定で一台、キャッチャーとピッチャーだけが映っているだけだった。ストライク、ボールの判定と、ランナーがホームを走り抜け点がはいるところだけがわかった。それでは、バッターが打ったらどこへ打って、アウトかセーフかわからないから、実況はラジオ放送と同じだった。

 こんな時代にはプロ野球といっても、テレビは殆ど中継しないし、ラジオも特定のチームの試合しか実況しない。長い間テレビも巨人の試合しか実況しなかったが。

 こんな時代、実況がなければ、野球を観たければ野球場に行くしかない。観客も特定のチームの試合を除けば、少なく、閑古鳥状態の球場ばかり。

 実況が無いということと、わざわざ見に来てくれている観客を大事にしなければということで選手はお客を大事にして、楽しませてくれた。

 終盤9-0で一方的。するとピッチャーが突然乱れて3フォアボールを献上。ノーアウト満塁にしてから、本気を出して投球をする。イージーな力のない外野フライがあがる。これをとりにきたレフトが目測をあやまった振りをしてバンザイをする。ひどい守備と思うとかちゃんと後ろにセンターがいてボールをとる。そういえば、外野フライを必ずへそのところで捕る選手もいたっけ。

 阪神の強打者藤村。ワンアウトサードで登場。そしてレフトスタンドにバットをむけてあそこに打ち込むと宣言をする。それで、ピッチャーが投げると、やおらサード前にバントをする。

 ランナー無しでピッチャーゴロ。正直あほらしくてバッターは真剣に走らない。ピッチャーはボールをセカンドに放り、セカンドがファーストへ。ダブルプレーの練習をする。

 そんなことで、観客は拍手喝さい。
 今はそんなことをしたら、大目玉を食らうか、即二軍へ。常に真剣勝負。テレビや大観衆が常に見ているから。

 安部の名作であるこの作品を読むと、長嶋、王が登場するずっと前のプロ野球の風景がよみがえってくる。

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| 古本読書日記 | 20:26 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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乃南アサ     「夜離れ」(新潮文庫)

民主党と言ったら怒られるかもしれないが、本当に民主党時代の3年間は、大学を出ても就職が難しかった。就職浪人や学院生、派遣やアルバイトに流れていった学生が多かった。

 主人公比佐子もそんな時代と巡り合わねばならなかったつきのない学生だった。就職スーツに身を包んでたくさんの企業を回ったがことごとくはねつけられ止むを得ず就職浪人となってしまった。

 それで、視野も広げるという目的と稼ぎもいいということで夜のバイトに入った。銀座に移った時から、高収入を得ている人や、ビジネスエリートに出会うようになる。そこで、自分にあった恋人、結婚相手を探そうとする。素敵だ。君が伴侶だったらなどと言われる言葉を信じて、気持ちをこめて付き合いをする。しかし、独身だと思っていた男は家庭を持っていたり、クラブに勤めているのではと最後は捨てられてばかり。

 さすがに28歳になりこれはまずいと思い、家電メーカーのショールームに仕事場を確保して、給料はホステス時代の数分の一にはなるが堅実と思う生活を始めた。

 そこで、風采はあがらないが、時々やってくる地味で堅実にみえる三好に狙いを定め、付き合いを始める。三好は「銀座の女は、自分は持てて誰でもよりどりみどりなんて思っているかもしれないが、全く錯覚で馬鹿。」と銀座に行ってきたときの感想を言う。
 しかし、三好は比佐子が30歳を超えても、全く結婚しようと言わない。どんなに誘い水を言っても。

 それであるとき「好きで結婚したい女性がいる」と告白する。それはホステスをしている女性だと。その女性は悩みもなんでも泣きながら打ち明けて、寄りかかってくれる。とても一人にしておけないと。それに比べ、比佐子は少しも自分を愛しているようには感じないと。

 今の時代。そんなことで比佐子はショックを受けてはいけない。ここから跳躍すれば今は人生は展望が開けると、私は思った。

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安岡章太郎   「サルが木から下りるとき」(角川文庫)

1970年、安岡のアフリカでのゴリラ探索を中心とした旅行記。
本のタイトルである「サルが木から下りる」というのが、何のことを言っているのか、この作品を読み終わり、その意味を知りかなり心に重たさを持った。

 元来、水からあがった人間は、安全を第一として、木の上で暮らしていた。木の実や葉を食料にして暮らしていたのかもしれない。しかし、それでは食料は不足。あるとき意を決して木から地上に下り、そこで膨大な食料が手に入ることを知る。それもやがて、人間が増殖することにより不足し、そして危険を顧みず、狩猟へと変化する。それから、農業が起こる。

 次には産業革命がおき、組み立てラインのような工場生産現場にはりついて、種々の生活用品や娯楽商品、食料を生産することとなる。

 しかし、元来木の上で平安な暮らしをしていた人間が、地上におり、農業や労働などの苦役をすることは本能的にはあっていない。で、今は、また人間は我さきに木に登るようにになった。木に登っても生活ができる人間は金に裏打ちされている。つまり金の猛威が人間を労働から切り離し木での生活を可能にしているのである。

 ヨーロッパの人間たちがまず木に登りだした。でも、ヨーロッパでは自動車やら農業、労働を中心とした産業はまだ継続しているではないか。今、ヨーロッパでは、純なヨーロッパ人でそんな労働に従事している人々はどんどん少なくなっている。アフリカや中近東から時には難民として、移民としてわたってきて汗水を流す労働の分野に進出、支えているのである。アメリカも似た状況。

 日本も、農業を捨て、地方を捨て、労働を捨て、東京へ、東京へと人間がなびく。そして一旦東京へでてしまうと、また地方に戻り農業をやるなんて人は稀である。

 みんな金、金の世界に繰り込まれてゆく。

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金原ひとみ   「TRIP TRAP」(角川文庫)

 15歳から、25歳までの時々に経験した旅を描きながら、少女から女へと変化してゆく姿を描く。

 多分、かなり金原さんが辿ってきた道を反映しているだろう。

 それにしても、15歳で学校には行かず、パチンコ店員と従業員寮で同棲しているマユ。ここから旅が始まるのだが、どうして、どうなるのだろうと私も多少心が揺れながら読み進める。

 沼津までのマユと友達との無銭旅行。汽車でのキセル。男は常にお金を負担するもの。つまり全部財布。食べるため、遊ぶためにはいくらでも体を男に投げ出し、財布から金を引き出す。旅というのは、帰る場所があり、帰ることが前提で成り立つ。でも、主人公のマユはずっと旅をしていて、どこにも帰れないのではないかという想いが募る。

 財布であるべき男とは別で、同棲している男に対しては、好きよ、愛してるわと天に上るような想いになった5秒後には憎らしくてたまらなくなる。考えることはなく、ひたすらその起伏の中だけの無軌道な旅が続く。

 それで、何人かの男を経て、タイミングなのだろうが、ある男と結婚する。そして妊娠して子供が生まれる。それでも、旅をしていたい衝動が抑えられない。それで、イタリアまで4か月の赤ちゃんを連れて旅にでる。まずもって一般では考えられない。全くそんな時に、どうしてもの事情がないのに、単に旅、それも海外へとは。当然、赤ちゃんにひっぱりまわされ旅情を楽しむどころか、反対に、彼と喧嘩、喧嘩の繰り返し。のっぴきにならない状態、嵐と懸命に戦っている状態。

 それでも、マユが25歳になり、子供も2歳。そのときのちょっとした一人旅は大分落ち着いている。ビーチにたたずんでいると、若い男がやってきて、MDMAをしないかと持ち掛ける。以前は、MDMAコカインや薬に寄りかかり、薬に支配されていた。しかし今は、断ることもできる。自らがMDMAをコントロールできるようにはなった。でもMDMAとはいまだにつきあって一緒に旅をしている。 

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| 古本読書日記 | 18:39 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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朝倉かすみ   「そんなはずない」(角川文庫)

 面白いところをついている小説だ。

 女性にとってのメインストリームがある。この作品の主人公鳩子が15歳のときにしたためている。
 1.25歳で結婚
 2. 26歳で第一子出産(退職)
 3. 29歳で第二子出産
 4. 33歳で再就職(パート可)
 5. 夫は手堅い会社員で、ひとなみに出世する
 6. 子供が就職独立したころ、両親が他界
 7. 夫 定年退職。オーストラリアに移住

 こんな人生を送るはずだった、鳩子。結婚に縁はなく、今30歳目前の29歳。ちょうど、結婚目前まできていた彼に捨てられたところ。しかも、退職予定どころか、勤めていた信用金庫が倒産で求職活動中。

 で、並の小説なら親はガンガン結婚しろと言うし、鳩子もあせりまくっているがそうは問屋がおろさないという小説になる。

 でも鳩子の感覚が実に面白い。30歳になるからと焦るわけではない。30歳で未婚はなんともないが、実は過去体を交わした男の数が八人。やはり、2桁に達して未婚はまずいと考えている。親も以前はせっついたが、今はどうでもいいという態度。

 そこに、結婚してもまあいいか状態になる男、大学院生が現れる。ことはなりゆきまかせ。そんなだるい関係だから、昔の男にもメールをして呼び出し体の関係をする。そこに、妹までが登場してその意図がよくわからないのだが、鳩子の昔の男と関係を持ったりする。

 ずっとぐちゃぐちゃと淀んで、前に進むというか、変化が全くない。少し結婚は思うが、どうでもいいやということになる。

 同じところで淀んでいるが、年齢と関係した男の数だけは残酷に増えてゆく。

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恩田陸    「上と外」(下)(幻冬舎文庫)

 王様ジャガーと対決する儀式は成人式といわれ、その対象は千華子。そこからは恩田さんの筆が冴えにさえ、恩田ワールドが縦横無尽に展開する。

 対決に臨んだ錬は、その対決で失敗をするが危機一髪でのがれ、ニコの助けもかり、ジャガーを殺すことに成功。また、ヘリコプターから放り出された近くにあるピラミッドまで、ニコ、千華子とともに錬は戻る。

 そして、これもいろいろあったが、新政府のヘリコプターで3人は救出され、錬、千華子は両親との再会を果たす。
 そこまでは本当に手に汗を握る大スペクタルドラマが展開する。

 しかし、肝心なことはそれで、離婚騒ぎ、母千鶴子の千華子は父の子ではないと上巻前半の謎はどうなったのか、そこが1000ページにもわたって苦労しながら読み進んで知りたかったこと。

 で、結果は何も解決せず、謎のまま、4人でまた日本で暮らしはじめる。
 それはないよ恩田さん。4人を助ける筋書きで力尽き、肝心のところまで考えができていなかったのか。

 面白くはあったが、何だか詐欺にあった感覚が残った。
(すみません。上巻の感想と合わせて読んでください。お願いします。)

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| 古本読書日記 | 19:15 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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恩田陸    「上と外」(上)(幻冬舎文庫)

 上巻を読んだ限りではサバイバル小説というか純粋な冒険小説の雰囲気。気になるのは上巻の前半部分。

 千鶴子と賢の両親と錬と千華子兄妹の4人家族。賢はあまり家庭を顧みず、考古学の研究フィールドワークに余念がない。父である賢は今中米のG国で考古学調査をしている。そこへ夏休みをとっている錬と千華子、母親の千鶴子を呼び寄せ休暇を家族水入らずで楽しもうとしている。

 家族水入らずで楽しもうとしていた休暇中に母千鶴子がとんでもないことを言う。
「今付き合っている恋人と結婚したいから、離婚してくれ。」と。更に「千鶴子は賢の子供ではないから、自分が引き取るが決して今後あなたは会わないでくれ」と、夫の賢に言う。

 これがこの物語にどういう影響を与えてくるのかが上巻ではわからない。

 家族4人が遺跡観光にでかけるヘリコプターに乗っていたとき、G国でクーデターが起きてヘリコプターが襲撃される。両親はそのままヘリコプターに乗ったまま拉致され、首都にもどるが、錬と千華子はジャングルにヘリコプターから放り出される。

 そこから、錬と千華子の冒険サバイバルが始まる。この2人の冒険心が素晴らしい。ひるむことなく前向きにサバイバルをしようとする。

 上巻ではここにニコという片言日本語を話す、神秘的な現地人が登場、錬と千華子はニコが所属するマヤの王ジャガーと対決して勝利しないとジャングルを抜けられないというところで終了。

 後半の展開が楽しみになってきた。

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森沢明夫    「ミーコの宝箱」(光文社文庫)

うーん、私の基準からすればもう一つの作品である。

ミーコは両親のわがままにより取り残され、お父さんの両親、祖父母に預けられ育てられる。
祖父母の特におばあさんは、息子の教育に失敗した想いが強く、ミーコに厳しくあたる。しかし、それは愛情に包まれたうえでのこと。お爺さんもミーコに対しては愛情いっぱい。

 だから、ミーコは優しい祖父母に愛情を注がれ育つ。

 それから、時間がたくさん飛んで、ミーコは悪い男にひっかかり、男はミーコのもとから逃げ、500万円の借金を背負わされ、今、ソフトSMの女王と介護の仕事をしながら男との間にできた一人娘チーコを育てている。

 何故に、そんな愛情を注がれ優しい良い娘に育ったミーコが、そんなダメ男に引っかかり底辺のような生活を余儀なくされているのか、ちっともわからない。そこを書き込まないと物語にならない。そこに納得まではいかなくても、なるほどそうなってしまったのかという物語がないと、ミーコにかかわる色んなエピソードが短編として展開されているがどうにも実感がわいてこない。

 それで、森沢もその欠陥に気付いているのか、それぞれの短編、やたら、涙、泣くを頻発させ、感動を呼び起こそうと苦戦している。そこに私の白けた想いが募る。

 主役であるミーコをしっかり書き込まないといけない小説である。

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水上勉     「わが華燭」(朝日文庫)

水上勉が一流作家となれた影には、二度目の結婚で娶った叡子さんの絶大な力があった。
二度目の結婚、水上36歳に対し叡子さんは21歳。15歳もの年齢差。何とも不思議なのが、この結婚水上が叡子さんにほれ込み、引っ張り込んで結婚したのではなく、純粋に見合い結婚で結ばれたのである。

 水上は再婚でしかも先妻の連れ子が小学5年生でいる。この時、水上は小説など全く書いておらず、全国洋服の行商で何とか生活をやりくりしている状態。水上にしたってとても結婚など考えられる状態ではないし、ましてそんな背景と現状のなか嫁に来てくれる人がこの世に存在しているとは思える状況ではない。

 それでも、叡子さんのお姉さんの強い説得に根負けし、見合いをして、まあ水上はともかく21歳の叡子さんが結婚を承諾するとはびっくり。しかも、叡子さん、大分から状況し見合いした翌日には水上のところへ飛び込み、そのまま同棲結婚となる。たった一日で両親の承諾なしに結婚したのである。そして、水上の故郷若狭で両親が育てていた先妻の娘さんを叡子さんは引き取りにでかけ、水上と3人の超貧乏暮らしを始める。21歳で11歳の子を持つ親になる。

 水上の家に川上宗薫や菊村到がやってきて「いつかは小説を書けよ」としつこく励ます。松本清張の「点と線」が大ベストセラーとなる。それを読んで俺でも書けると水上は思う。

 そして叡子さんに小説を書くから行商をやめると宣言。そこで叡子さんは、キャバレー勤めを始め、水上を支える。

 想像を絶するたくましい女性である。叡子さんは。叡子さんの献身的犠牲がなければとても作家水上勉は実現していなかっただろう。

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 朝倉かすみ   「静かにしなさい、でないと」(集英社文庫)

朝倉さんの作品は、こういうことあるある、そんなことあったあった、という出来事を、実に上手な表現で描く。だから、身近に読者は作品を感じる。そして、そのあるあるをデフォルメして、極端に飛び出させる。その過程に巧みな表現と独特のユーモアを挿入して読者を興奮させる。

 それで、最初は朝倉さんがだめで未熟なところと思っていたが、盛り上げるだけ盛り上げそれはどうなったのというところまでは決して行かず、ふっと物語が終わる。どの作品もやりちらかしで終わるのである。それが未熟ではなく、明らかに朝倉さんは意識してそういう終わり方にしている。その意図が今もって私にはわからない。
 
この作品集でも、その特徴ですべての作品ができあがっている。

例えば2作目の「どう考えても火夫」。

 小学生のとき、主人公は子犬を盗む。その犬をいろんな経過があって元の盗んだ家に戻してあげる。それを返してもらった家が勘違いして、捨てられた状態になっていた子犬を救ってくれたと思い感謝をする。そのことで主人公は心の美しい生徒として周囲からほめたたえられる。しかし、少し陰険な同級生守彦にそのすべてを観られていて、守彦にバラすぞとずっと脅され続ける。守彦は成績優秀で、地元でそこそこの大学を卒業して銀行員となる。

 守彦のストーカーは今でも続く。主人公がいない時に誰かが主人公の部屋に入っている。勘違いかもしれないが合鍵を作れる可能性のあるのは守彦しかいないと主人公は決めつける。

 怒った主人公は逆に守彦を逆ストーカーをすることを決意。守彦を地の底におとしてやると、守彦の家付近に、「守彦はレイプ摩」など、悪辣なことを書いた紙を20枚以上貼付けようとする。

 ここで物語はふっと終わる。それはないよ。ここまで盛り上げておいて、えっ、終わりなの?それで、私は、どうしてこんな半端で終わるのだろうかと頭を悩ませる。

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| 古本読書日記 | 22:18 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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朝倉かすみ    「ほかに誰がいる」(幻冬舎文庫)

 これは、私達男ではよく理解できない小説だ。女生徒が女生徒へ一目ぼれすることがテーマ。
高校生16歳の主人公えりは、玲子という美人女生徒に一目ぼれする。このあたりの感覚がまず男にはわからない。えりは、玲子に天鵞絨というニックネームをつけ、二人で一人に重なり合ってずっと一つになっていたいと願う。まさに天鵞絨命である。

 その天鵞絨に彼氏ができる。そうなると、天鵞絨の一つになりたい対象は、えりではなく彼氏となる。

 で、えりはどうしたか。たまたま天鵞絨と同じ珍しい苗字の人で、えりが交通事故で傷んだ腰を回復するために指導してくれたリハビリ担当者がいて、この人を天鵞絨の父親と思い込み、彼の子供を作ろうとする。そうすれば、自分も、自分の子も天鵞絨につながることになると思ったからだ。こんなことまで女性が女性に恋するときにはするのか、それとも朝倉さんの妄想なのか、女性の気持ちがここで全く理解できなくなる。

 このリハビリ指導者が、実は、天鵞絨の父親ではないことが分かる。すると、えりは天鵞絨の本当の父親を探し出し、父親の子をつくり産もうと決意するところで物語は終わる。

 女性の持つ(朝倉さんの妄想と思いたいが)恐ろしさと小説の意志のこもったタイトル「ほかに誰がいる」が私の心に突き刺さってくる。

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恒川光太郎   「夜市」(角川ホラー文庫)

 第12回日本ホラー大賞受賞作。

 ホラー作品と銘を打っているが、文体内容を含めファンタジー作品のほうがピタっとくるうように感じた。

 「夜市」という名の市場が、ある条件が整うと開かれる。その市が開かれる当日、蝙蝠や蝶やあるいはカエルまでが空を飛んで市の開催を知らせてくれる。

 主人公の裕司は小学生のとき、夜市に弟とでかける。その市場では、たくさんの店がでてへんてこりんな物を売っている。それがべらぼうに高額。とても小学生では商品を買おうとしても、買えるものではない。ところが、夜市では何かを購入しないと、その市場から抜け出ることができない。仕方ないから裕司は弟を人さらいに売って、抜け出る。

 そして、大きくなった夜市は女の子いづみを連れて、夜市に侵入。弟を見つけ出し連れ出すことを企む。

 鍵は2つ。
 岩にハマっている刀。その刀は岩付きで価格は15億円。でも買うことを契約して、刀だけを岩から引っ張り出せれば10万円と格安となる。契約しておいて、引っ張り出すことに失敗すれば15億円払わねばならない。この刀は殺したい人がいれば、一振りで必ず殺すことができる。

 もうひとつ、偽りの品を買ってしまい、それがわかり、売人を殺してしまえば夜市からぬけだせる。

 弟はどうなるか。いづみと裕司は?2点がその解決のベースになる。

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吉行淳之介    「夜の噂」(新潮文庫)

 昭和39年に書かれた作品。

 その頃は、男女関係については確固たる価値観が存在していた。女性は男性経験のないまま結婚をすべきという価値観。だから、男性経験を結婚前にすると女性はこれでお嫁にいけなくなったと嘆いた。当時は一つの恋愛小説のストリームとして、結婚前での女性の男性体験を描きながら、その緊張感、緊迫感を描きだすことが流行った。

 吉行の実際の行動、言動から、そんな緊張感は無縁と思われるのだが、この作品、バー勤めの女性がでてきて、その女性が男性経験があるか否かが話題として何回も取り上げられる。クラブやバーを渡り歩く女性に男性経験が無いなどということは殆どあり得ないし、物語で女性の男をもてあそぶような会話を読んでも、これで男性経験あるなしに拘るなんて全く摩訶不思議。

 吉行は、当時の世の中の価値観や、本の売れ行きを考えて、そこを無理やり女性の男性経験話を盛り込まないとと思ったに違いない。普段着の吉行で作品を書けばよかったのにと思う。

 それから、この物語の女性の主人公は良家の令嬢かおるなのだが、物語には殆ど登場しない。また由加という別の普通のOL女性もあまり登場しない。

 もっぱら登場するのは銀子。銀子は目立たない性格と吉行は書くが、バー、クラブに勤めているものだから、頻繁に登場する。コールガールやクラブの女性たちとの付き合いは吉行には多々あり、その生態も熟知しているから、物語として書けるが、さて令嬢とか、普通の女性となると、未知の部分が多く、吉行には上手く書くことができない。

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| 古本読書日記 | 18:47 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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春眠暁を覚えず

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プロポーション維持のため、ストレッチも忘れない

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下半身も忘れずに。


最近、「書くだけダイエット」をしております。
毎日風呂上りに体重測定し、カレンダーに書き込むわけですね。
そんなに増減していません。標準より少し重めをキープ。
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春夏秋冬いつでも眠いというか、けだるい。
もう若くない・・・・・いや、高校生の頃も寝てばかりだったな。

久々の、写真祭りでした。

| 日記 | 13:51 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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朝倉かすみ   「ロコモーション」(光文社文庫)

  小学生のとき主人公のアカリが、大雨のなか河原で木の葉っぱを次々引きちぎっては川に流す場面がある。そのときアカリが思う。葉っぱは木の子供じゃないかと。

 生まれることだって自分の意志はない。それからこの葉のように、川の流れに沿って流され、どこかに停まって、それからまた流され、そんなことを繰り返し、やがて葉っぱはしんでゆく。人生も葉っぱと同じと朝倉さんは多くの作品で言っているのではと思った。

 主人公のアカリ。中学校の時、教頭に犯され、「やりまん死刑」というあだ名をもらう。中学卒業後、大手住宅メーカーに就職するが半年で退職、それからいくつかの仕事をして、家を離れ大きな町へゆき、そこでもまずは会社勤めをするが、そこもやめヘアーサロンの受付をする。そこで、遊び人のような飛澤という男にひっかかり、セックスを強要され、そして同棲する。その飛澤をナイフで刺し、刑務所生活。仮釈放で娑婆にでるところで物語はふっと終わる。

 このストーリーが、小学低学年の作文のように、そして、そしてでつながって展開する。
ここには、悲しいとか嬉しいとか、考えるとか、カっとなるとか、嫉妬、抵抗、頑張るということが全くない。
 だからといって読者は、何で泣かないの、どうして抵抗しないの、何でそうなるのといちいちつっかかってはいけない。あるがまま、気が付いたらそうなっていたのだと思い込みながら読まないとならない。

 これは本当に難しい。何だか感情を持つことが無意味のような想いが朝倉さんを読むと思ってしまう。

 それにしても、私たちはみんな川の葉っぱのように意志とか考えはみかけであって、さらさらと死にむかってただ流れているだけなのだろうか。

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| 古本読書日記 | 20:09 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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川上未映子     「安心毛布」(中公文庫)

 エッセイ集。幾つかの感想。

 南部鉄器に水やお湯をいれてそれを飲むと健康にいい。それは食生活で不足となる鉄分が溶けてでるから。川上さん鉄器を買い試す。何か肌も輝きだし調子がいい。しかし、お湯をいれるのが面倒。それでお湯を鉄器で沸かせないかと注意書きを読む。決してお湯など火にあてないでくださいと書いてある。さらに読むと、鉄器、表面は南部鉄だが、内側はただのホーローと書いてある。その後、この鉄器の水を飲んで川上さんは健康増進したのだろうか。

 最近、テレビショッピングで40歳くらいに見える女性がでてきて、年齢を聞くと70歳以上という宣伝をよくみる。それを見ていると思い出すのが松田聖子さん。今幾つなのだろうか。下手をすると20代といっても通るような容姿である。川上さんが言っている。現代の最高技術の粋を集めて聖子さんは創られていると。全く共感する。

 小坂明子さんの大ヒット曲「あなた」。この曲を最初に聞いたとき、マイホームを夢見る明るい歌だと思っていたが、いつだか徳永英明がカバーした歌を聴いたとき、これは切なく悲しい歌だと思った。

 この歌は1974年に発表された。ドルショック、オイルショックがあった頃。この歌の「あなた」は幸せと同義語。幸せを夢に見、いつかは手に入れたいと願うが、それはどんなに望んでも決して手に入らないもの。幸せになれる確信が消え、不安と暗さが世の中を覆っている。

 そう思って聞くと最後の「あなた」と叫ぶフレーズは実に切ない。

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| 古本読書日記 | 20:04 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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朝倉かすみ    「夏目家順路」(文春文庫)

 少し前、義父が87歳で亡くなった。嫁さんは2人姉妹でそれぞれ嫁いでいるので、嫁さんの姉の夫義兄が喪主となり、通夜から葬式を執り行った。義兄も私も初めての経験のため、2人で協力しながらだ。

 義父の人生はあまり知らなかった。中学をでて、鉄加工工場現場一筋で65歳まで働いた。寡黙で真面目一筋の人生だったことくらいだけは知っていた。

 葬式では、あるいはその直後は、甥っ子、姪っ子、孫まで、普段殆ど行き来の無い人が集まり、故人の思い出を語り合う。不思議なのは、故人の思い出を語りながら、段々、義父の人生を鏡にして自分の人生はどうだったのかを想い語り合うようになる。

 この物語も、74歳で突然倒れ亡くなったブリキ職人清茂の葬式に出席した人たちが清茂の人生を振り返りながら、自分の人生を顧みる。

 清茂は中卒で奉公にでたが、奉公先の店主が6年過ぎても給金をださない。それで頭にきて、奉公先をとびだし、札幌にやってきて、色んな経過を経てブリキ職人となる。妻が田上という同級生を恋し、妻から離婚をせまられ、ある晩意志をもって妻を殺そうとした経験もある。だから、まあ人様に言えるような人生ではないのかもしれない。

 で会葬に参列した人たちも、清茂を鏡にすれば、自分のほうが幸せな人生を歩んでいると思う。でも、清茂以上にそれぞれの人生、問題を抱え、悪戦苦闘している人も多い。

 朝倉さんがこの作品で言うように、人は誰でも移ろっている。確信的なものは何もない。死ぬまで移ろっているのが人生である。それでも、確実にこれだと認識できる今、瞬間を持っている人がいる。ブリキ職人の清茂にはそれがある。朝倉さんがブリキ職人の清茂に言わせた言葉が強く頭にこびりつく。

 「おらがせねばならないこととゆったら、まるいゆわかし(湯沸かし)をつくることだけでないか。それで手一杯でないか。」

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| 古本読書日記 | 18:49 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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平松洋子     「小鳥来る日」(文春文庫)

 平松さんは私より7歳年下。それにしては、懐かしい昭和をリアルに描く。

 赤塚不二夫の「ひみつのアッコちゃん」は最初月間少女漫画雑誌「りぼん」に掲載された。漫画では、アッコちゃんがなりたいものを鏡にお願いするとき、なりたいものを逆さにして言った。鏡は左右を逆に映すからである。
 「ひみつのアッコちゃん」をアニメ化するとき、逆さではいかにもわかりにくく、更に声優の方も言いにくいということで、おまじないの言葉に変わった。誰でも知っている

 「テクマクマヤコン テクマクマヤコン  ○○になあれ。」で、元にもどるときはどんなおまじないか覚えている?
 「ラミパス ラミパス ルルルルル」だ。

 昭和の時代は、居酒屋や食堂は一軒家を構えた店舗で商売をしていた。だから焼き鳥屋は、炭火で焼くとき、団扇をあおり、その加減で上手く焼き鳥を焼いた。またそのときの煙が外に流れ、匂いに釣られ入ってくる客も多かった。

 今はビルの中の貸店舗が殆ど。炭火焼きの焼き鳥屋もあるが、あまり団扇で仰いで仕上げる焼き鳥屋はなくなった。

 それと同時に、何だか美味しい焼き鳥が姿を消してしまった気がする。

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| 古本読書日記 | 18:45 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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中田永一   「百瀬、こっちを向いて」(祥伝社文庫)

 「スタートライン」というアンソロジーを読んだときそこに収録されていた中田さんの作品、結構いい線いっていると思い、この本を手に取った。

 短編集。最初の作品でこの本のタイトルにもなっている「百瀬、こっちを向いて」を読みだすと、以前にこの作品を読んだことがあることを思い出した。調べてみるとアンソロジー「I LOVE YOU」に収録されていた。その時読んだ感想は、主人公の僕の造形が根暗なのに、小説ではよく喋るし、女の子が鼻にもかけず馬鹿にしているという主人公の雰囲気が全く伝わってこない、これはだめだというものだった。

 その印象は再読しても変わらなかったが、他の収録作品は本当に見事な出来だった。

 最後の「小梅が通る」。
 主人公小梅は美少女故に友達ができない。それがいやで、高校からわざとブスメイクをして、目立たない、男性とは関係ない仲間たちを友達にして過ごしている。山本というチビでおっちょこちょいの性格の男の子がいる。山本にせがまれ、仕方なく主人公の妹を代わりにあわせてあげるということにして、ブスメイクを落として絶世の美女になり小梅は山本と会う。

 そこからが物語が異常に面白くなる。どうやっても、小梅には美少女の妹がいると山本が信じてしまうからである。

 そして最後に、小梅に対して、男の子が「大好きなのは・・・だった」と主人公小梅の名前を言う。ちょっとミステリーらしさもあり、感動のラストを迎える。

 恋愛を描くのは本当に難しい時代になっている。しかしちゃんと恋愛を描ける作家がいたことがうれしい。

 そういえば、中田さんのプロフィールを見ると、職業:恋愛小説家となっている。
 なるほどと納得した。

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| 古本読書日記 | 19:24 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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大田和彦   「ひとり飲む、京都」(新潮文庫)

 私の住む田舎町でも、団塊の世代がどんどん年金生活にはいり暇人が増え、そういう人たちを狙ったのかポツリ、ポツリと喫茶店ができてきた。犬の散歩の途中に知らないうちに7店もできていた。

 しかし、田舎町の喫茶店は、若かりし頃の喫茶店とは全く異なる。たいがいがカラオケを置いてある。昼間から年金生活者ががなりたてるのである。じゃあ、カラオケの無い喫茶店はどうか。田舎はだめだ。年金生活者が、朝からいりびたりで賭け将棋をしている。

 やっぱし、喫茶店は、薫り高い珈琲を楽しみながら文庫本が気兼ねなく読めるところでないと。京都は伝統と文化の街。そんな喫茶店がいたるところにある。この作品で描写されている喫茶店「月と六ペンス」

 「昔の布巻コードで天井から下げたソケットの裸電球、古材の多用、粗塗した白壁など、渋い好みの設計は静かな居心地をつくる。外に向くガラス窓を市松に仕切りそこにも本を置くが、書店や図書館のようにぎっしり詰めないのがいい。音楽はないとおもったが、かすかにピアノ練習曲らしきが隣の家の音のように聞こえる。トーストの焼けるいい匂いがして、窓辺で本を開く女性にあたる光がきれいだ。」

 ああ、今すぐにも汽車に飛び乗り京都へ行きたい。

 おいしい、うまいはどうやったらこれぞという表現が適当なのだろうか。大田さんのものすごいというかやりすぎの表現をどうぞ。
 「一心不乱無我夢中恍惚悶絶記憶喪失の世界」
 参ったなあ。

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| 古本読書日記 | 19:21 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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朝倉かすみ   「田村はまだか」(光文社文庫)

 私が勤めていたのは製造会社。製造会社だけではないとは思うが、会社というのはいかに売れる商品を開発製造するか、それがすべてである。そういう意味ではいたって簡単なものである。

 しかし、これが本当に難しい。世の中、もう買いたい商品など殆どない。ましてデフレ、人口減、購買力はどんどん落ちている現実。その中でこれぞ欲しいと思われる商品を企画開発することが至難の業なのである。
 売れない商品というのは、どんなに宣伝に大金を使っても、販売方法を変えても、理屈をこねても売れない。

 ところが、会社というのは、多くの事務処理はコンピューターが行うため、人はダブついている。しかも、中高年が。だから、部下のいない部長やら課長やらがぞろぞろいることになる。そういう人たちが、MBAを取得したなどと言う経営コンサルタントなる人たちに篭絡されて、会社のマネイジメント、プロセス、システムを変革せねば、この会社は落ちてゆくばかりになると脅迫する。

 パワーポイントの資料を毎日量産し、ありとあらゆる変革、戦略、戦術を声高に弁じ、まわりにただでさえ忙しいのに余計な仕事を増やす。
 
 でも、不思議なことだが、変革なるものが現実の販売現場では、この作品のように、新製品名とスローガンが書き込まれたパンダのぬいぐるみが、宣伝風船を集まった主婦や子供に配布することになってしまう。

 で、またあぶれた中高年たちが、何故これだけ戦略を実施しても売れないかを経営コンサルタントとともに徹底的に分析をする。それで、さらに仕事が増加し、また新たなる戦略が考案されるが、現場ではパンダが風船を配っている風景はずっと変わらない。

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| 古本読書日記 | 19:00 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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開高健    「歩く影たち」(新潮文庫)

 開高は、朝日新聞の従軍特別取材者として、ベトナム戦争の最前線に何回も行く。戦争文学は今でも色んな作家により描かれるが、現実の戦争現場を体験した開高の小説は言語貧弱な私では評価するための表現が浮かばないほどすさまじい。

 サイゴン運河を挟んで、北ベトナム軍、ベトコンとアメリカ軍、南ベトナム軍が対峙して、未明の午前2時から朝7時まで5時間、激しい戦闘が行われた。

 「ひどく若かった。硬直した蒼白の頬には、たいていヒゲ一本生えていなかった。・・・腰に米袋をくくりつけ、シャツ、パンツ、はだしという恰好で殺到してきた。
 防衛軍は運河のこちら側に掘ったたくさんの狐穴から必死になって機関銃を連射した。
・・・・圧力と火のその壁を乗り越えたり、くぐりぬけたりして少年たちも60ミリ、81ミリの砲撃砲弾をたたきこみ、手榴弾を投げ込み、ライフル銃、携帯機関銃、重機関銃を連射してきた。狐穴の底にうずくまって汗にまみれ、尿を流し、私は波のようにゆれる土の壁にしがみついて震えていた。」

 そして7時に争闘が終わると、何百という少年兵の屍の山。その屍には、銃弾で貫いた穴が5つも6つもあった。

 私は、30年位前に、仕事で東南アジアや中国へ行った。今はそんな感じはしないのだが、とにかく至るところ人があふれかえっていた。
 撃って撃って撃ちまくって敵の少年兵をいくら殺しても、ボウフラのごとく次々に永遠とおもえるほど湧いて出て、立ち向かってくる。

 アメリカ兵は心底恐怖を味わっていただろう。戦争最前線は本当に恐ろしい。

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| 古本読書日記 | 18:56 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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朝倉かすみ   「玩具の言い分」(祥伝社文庫)

 今を小説にすることは本当に難しいとこの作品を読んで感じる。

 私が定年退職となった5年前、私の部下でも、何人か年嵩がいった未婚の女性がいた。今でも未婚である。今はそんな女性はたくさんいるし、それが当たり前の風景になり、ちっとも奇異に見えない。出世が幸せとは関係ないかもしれないが、殆どの女性が管理職になっているし、一人は部長にもなっている。表面的にみれば、実に愉快に充実した人生を送っている。

 小説の世界は少し時代の進化に対し遅れている。いや、遅れていることを常識の軸として描かないと物語にならないからそうなっているのかもしれない。

 メインストリームがある。少なくても、いくつかの恋を経験した後には、結婚して子供をもうけ育て上げるという人生である。

 この小説ではそのメインストリームをはずれている女性をユーモアを交えながらちょっぴり切なく描く。45歳になって初めて性体験をする女性。逆に高校生のときの性体験で子供ができてしまい、卒業して即結婚してしまった女性。

 そうそう今は「できちゃった婚」は死語となっていて、「授かり婚」とか「おめでた婚」というのだそうだ。

 で読んでも、メインをはずれているからっといって全く切なくもなく、不幸にも朝倉さんが描くほどにはどの女性に対しても可哀想さは感じない。

 どの生き方がメインということは最早なく、どれもこれも、どこにでもあるストリームだと思う。

 これでは、確かに小説を創るのは難しい。

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| 古本読書日記 | 21:50 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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朝倉かすみ   「肝、焼ける」(講談社文庫)

今集中して朝倉かすみを読んでいる。

 へえーっと思った。この「肝、焼ける」で朝倉さんは小説現代の新人賞を受賞。中央文壇へのデビュー作だったのか。ほぼ、この作品から朝倉かすみは始まったのだ。

 どことなく絲山秋子を彷彿とさせる作品である。朝倉さんは、天性なのか、それともすごい努力をしてかわからないが、言葉の選択の範囲が広く、使い方もいつもピタっとはまり、感心する。とにかく表現と言葉のたくさん詰まったポケットをもっているのである。

 この作品で、31歳の主人公の真穂子が年下の恋人を追いかけ東京から稚内までやってきて。彼のアパートに行くまでを作品は描く。

 そして圧巻は泊まったホテルの部屋から、多分恋人と信じている相手からは無視されるだろうと切ない予感はするが、それでも行くのだと決意をこめて、彼の住んでいるアパートに行く場面描写は見事。使われている言葉はすべて易しい言葉だけだけど、実に心の迷いゆらぎが上手くでていて、わけもわからず悲しくなって涙ぐみそうになる。

「ジーンズを穿いた。Tシャツも替えた。顔もこしらえ、よし、とひとつ気合をいれた。小テーブルに置いた鍵をさらい、サンダルに足を入れる。照明のスイッチを切った。エレベーターまでの絨毯を歩く。下向三角のボタンを押し、腕組みをする。箱を降りてロビーを突っ切る。目的のある人の歩き方で歩いていく。回転ドアの金色の横棒をつかんで押すと、夜がふけていた。早足になる。港からの向かい風が追い風に変わっている。おっつけられて小走りになる。気持ちと足の動きが噛み合わない。旅館の前を通り、国道に出た。あとは一直線に行けばいい。鼓動が速くなるのは駆け出しているからだ。家並がぶれ、街灯がぶれ、息があがる。全力疾走だ。笑いがこみあげてくる。走っちゃってるよと大口を開けて笑ったら、咳こんだ。胸を押さえて歩きに変えた。汗がひたいにいっきに吹き出る。息を整えてまた走り出した。・・・・
  今夜伝えたいことがある。・・・・
押しボタンを押さずに国道を渡った。」

  本当に真穂子の気持ちと熱い息使いが文章にあふれ返っている。あっぱれ!!

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津村記久子   「ミュージック・ブレス・ユー!!」(角川文庫)

高校3年 主人公のアザミ。大学願書講習会で長所、短所を書かされるがうまくまとまらない。そこで思っていたこと。

「短所はあれです、何かこう行動がおそくて、でも余計なことは簡単にやってしまって、勉強ができんくて、だからまあ頭がわるくて、男子から嫌われてて、ときどき女の子からも変な目で見られて、ほかにもいろいろ。
長所は、長所は、ええと、どんだけ食べてもあんまり太らんことです。」

 もう、津村さんのこの一文だけで、完全にアザミに取り込まれてしまった。今の時代で、とりわけアザミがぞっこんの音楽やミュージシャンのことが山のように書かれているが、私だけでなく、殆どの読者がおそらく一人も曲もミュージシャンも知らないと思う。それほど、特別なミュージックに深くアザミは憑りつかれている。

 ミュージック以外となると、勉強も、受験も、恋も、クラブ活動も、高校生として関心いっぱいなことについて、同級生と会話しても、全く会話にならない。気が付けば「そう」とか「ああ」とか返事をしているだけか、長々とミュージックのことを周囲の空気を無視してしゃべっている。

 勉強からこぼれ、3流大学受験にも失敗。でもそれが、まずいことなのかが少しもわからない。ただ、まわりに一緒にいた同級生が、自分だけを取り残して、大学や専門学校に巣立ってゆき、どんどん独りになってゆく。

 こんなアザミに同じくらいミュージック馬鹿のトノムラが絡む。恋とか愛などわからないが、互いに同じくらいバカがいることはうれしい。ミュージックになればお互い負けないくらいに話が盛り上がる。

 同じ大学を受けて、トノムラはアザミよりもっとバカだったはずなのに、トノムラが受かりアザミは落ちる。トノムラが電車に乗って巣立ってゆく。まけるなよ、アザミ。たいすきなミュージックがあるじゃないか。思わず声をだして私は励ましたくなる。

 津村さんの高校時代がかなりこの作品では投影しているように感じた。久しぶりに、魅力あふれる高校生に出会った。

素晴らしい作品である。

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室生犀星   「舌を噛み切った女」(新潮文庫)

短編集。
この文庫、昭和32年に出版されている。久しぶりに古い文豪の作品を手にとった。

犀星は、この短編集を編んだころ、次のように語っていた。

 「人生のことはすべて(原稿)30枚で解決をつけねばならぬ」

そして、この短編集に収録された作品は、犀星のその信念を鮮やかに表している。特に本のタイトルにもなっている「舌を噛み切った女」は信念を貫いて更に切れ味も鋭い。

 都が近い山塞に、かっては武士だったが、落人になって山賊を生業にしている軍団がある。
そこは二つの勢力が常に張りあっていた。袴野乃麿と貝ノ馬介がそれぞれの軍団を率いている。

山賊の大きな問題は、軍団の中に女性がいないことだ。襲う通り道に女性が歩いてくると、その女性を捕獲。そして、捕獲した女性を巡って、袴野と馬介が必ず争い、それぞれ軍団は血をみることなる。

 袴野には13歳の時拾った、山塞に迷い込んだ、多分都に住んでいた身分の高い家の娘が、手の中にいる。捨て子のようだったので、すて姫と呼んでいる。当然袴野は、自分の娘として育てて、やがては自分の女とすることを目論んでいる。そして今娘から女性にかわりつつあるすて姫も、自分のそんな運命を引き受けるつもりでいる。

 すて姫を、袴野がいないとき、馬介が襲う。姫は懸命に抵抗するが、力に抗いきれない。そこで最後の手段で、馬介の舌を引きちぎる。馬介は、大量出血で亡くなる。

 しかし、姫のお腹には馬介の子が宿り、やがて生まれる。袴野はその赤子が憎い。だから殺そうとする。しかし、姫は絶対袴野に赤子をさわらせようとしない。そして袴野の寵愛も忘れ、にっくき馬介の子を育てる。

 強姦された結果できた子供でも、産んだ女性にはかけがえのない子なのである。やがて、姫は袴野を捨てて山塞を去る。

その、きっぱりとした姿を描く犀星の筆致が見事である。

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| 古本読書日記 | 21:51 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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朝倉かすみ   「エンジョイしなけりゃ意味ないね」(幻冬舎文庫)

  派遣社員、新聞などの情報では、身分は不安定で、社員と同じ仕事をしていても給料は低く、何だか不幸せの申し子のようにみえる。

 しかし、この作品を読んでいると、不幸の側面もあるかもしれないが、どうもそうでもないようにも思えてくる。

 まず、結構派遣のニーズは結構底堅く世の仲にはある。いくら事務処理をシステム化しても、企業にはかなりシステムできない事務、業務はある。今は、職種で男女区別が難しいため、総合職という名目で採用をする。それで、採用した女性を事務作業に充当することは難しい。
 そこを派遣社員が埋める。

 派遣社員。ニーズがあるから、辞めてまた次の会社にはいることは容易だ。そして、新しい会社で仲間と遊んだり、時に恋もしたり、それでちょっぴり人間関係で詰まったら、次の派遣にゆき同じ行動を繰り返す。ついでに、前の会社の人と時にあってランチなんかも楽しむ。

 でも、その多くの女性たちは、遅かれ早かれいつかは最後のピースが嵌って、毎日同じ会社に勤め仕事をする単調な生活が始まる。

 そのとき、あの頃は自由で楽しかったとなつかしく想いもするが、今の毎日変化もなく続く安定した暮らしもそれなりにいいものだと思うのである。

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