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2015年11月 | ARCHIVE-SELECT | 2016年01月

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もういくつ寝るとなんとやら

年末といえば大掃除。
棚をどかすために爺やの本棚からいったん中身を出したら、気になる2冊が。
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作家ごとにまとめている棚が別にありまして、「あっちに移しておかなくては!」というわけです。
小川洋子さんも吉田修一さんも、何冊か読んだことがあります。
「最果てアーケード」「海」「刺繍する少女」など、短編の方が読みやすかった。「やさしい訴え」は長編のようなので、今回はそのまましまってしまおう。
「悪人」「パレード」は結構面白かった記憶。「女たちは二度遊ぶ」は、読んだはずだけど記憶がない。「最後の息子」は表題作だけ読んだ。
……連作短編集らしいので、近々読む候補としてキープかな。

以前、「仮面の告白」を買ったとこのブログに書きましたが、読まずに本棚に戻しました(-_-;)
興味が失せてしもうた。
あと、次かその次に読みたいのがこれです。
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安定の長嶋有。

数年前は、「文学よりエンタメ。芥川賞より直木賞。芥川賞を取った人の本は、よくワカンナイ」という感じだったのですが、最近はそうでもないような。
あんまり派手な奴や読者に挑戦するような奴は、ついていけない(^▽^;)
謎解き・エンタメ系も、「鍵のない夢を見る」とかアンソロジーとか「おまえじゃなきゃだめなんだ」とか、短編を選んでいた模様。
……あ、長編を読んだ小池真理子や林真理子は直木賞作家ですね。でもまぁ、おとなしい内容だったし。

おまけ。最近観た映画。
「愛を読むひと」
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ヤフー(というかGyao!)で無料だったので。
「タイタニック」のヒロインだったケイトがこんな役をやっていたのか、と。ベッドシーンでは腋毛処理完璧だなっ←なんか違う。
なかなか面白かったです。
wikiに結末まであらすじが載っているので、先に内容を知ってしまったのですが、「あのシーンが伏線になっているのか。あの涙はそういうことか」とつながっていくのが楽しい。
テーマは重く、ケイト演じるハンナには強制収容所の女性看守だったという過去があります。
主人公(ハンナの元恋人)が、娘が成人するまで打ち明けなかったのも当然だと思う。
主人公の老け込み(俳優の切り替え)が早いのも、心労の故か。
死の行進を生き残った女性が、「あの人(ハンナ)を許してほしいというの? カタルシスが欲しいの?」と冷たく言うのも、彼女の罪が罪なだけに……うん。
主な俳優をwikiでチェックしたんですが、別にドイツ系やユダヤ系の人を使ったというわけでもないんですね。

| 日記 | 19:26 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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年末の読書

爺やが「伊坂幸太郎は人気あるんだな」と言ったのに対し、「金田一やった人? 鑑定団に出ていた人?」と返した。
それは、石坂浩二。
耳掃除しようかな(-_-;)

最近読んだ本 その1.
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高樹のぶ子「恋愛空間」

「恋愛小説を書くためには自分を欲求不満状態にしておかなきゃいけない。
異性のちょっとし美点に心が揺れる『惚れっぽい』状態を保ち、その心の揺れをイコライザーで拡大して小説を書く。
恋愛しているわけでもないのにエロスを描くなんてすごく体力を使う。こんな体に悪い仕事はほかにない」
といった裏事情(?)とか、
「不倫の『不』という字が嫌いだ。その反対にある倫とはいったいどれほどのものなのか。ふたごころという言い方を勧めたい」
という主張とか、映画の批評とか、渡辺淳一との対談とか。

主人公二人が尊厳死(心中)する「失楽園」について語った流れで、「太宰治以来ない、作家の心中をやりたい」と言っていた渡辺氏は、普通に癌で亡くなったようですね。


最近読んだ本 その2.
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吉行淳之介「春夏秋冬 女は怖い」

しょっぱなから、最後の逢瀬に排卵誘発剤を飲んでのぞむ怖い女の話です。
この本が出てから二十数年は経つはずですが、今でも「彼女が絶対安全な日だと言った。裏切りだ!」と嘆く男性やその親の相談はネットで見かけます。
並べて書かれているのが、最後の逢瀬に毒を用意しておき無理心中した女のケースですからね。
一生背負わされる(無期懲役?)くらいなら、無理心中のほうがマシってケースもあるのではないかと。

定期的に抱えきれない(隠せない)サイズの薔薇の花束を贈ってくる女とか、べたべたのオブラートにくるまれた喘息の薬を送り付ける女とかも、病んだ感じで怖いですね。
この本もいくつか映画の批評をしていますが、髙樹さんと違ってノリがいいです。
「このテの内容なら、アダルトビデオで用は足りる。まして、反省なんかされたら興ざめですな」とか、
「ダグラス君、君はずいぶん軽率だぜ。女の家のダイニングキッチンで初めての情事だなんて。ガスコンロや蛇口の見える、家庭のにおいがプンプンするところでやるなんて」とか。

ミミズ千匹とかカルモチン自殺とかいろいろアリですが、こんな調子なのでさらっと読んでしまった。

| 日記 | 19:06 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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鈴木光司    「神々のプロムナード」(講談社文庫)

 この物語、きっと鈴木にテレビ番組ジャックを法律違反なしにやってみる、そのアイデアがあるとき閃いたのだろうと思う。そして、そのアイデアが素晴らしいと鈴木は一人悦にはいった。

 そのアイデアが鈴木が思うほど独創的かどうかはわからないが、何ともアイデアを描くまでの過程や、そのアイデアを実施する動機がいかにもありえないしシャビーである。

 突然深雪のもとから失踪した夫松岡を、深雪とともに探そうとする主人公村上。その村上には松岡を仕事の時間を捨ててまで探そうとするほど、松岡との結びつきがあるわけではない。だから、どうにも村上の行動に実感が伴わない。更に、深雪自体にも松岡を探しあて元の夫婦関係にもどりたいという切迫感、悲壮感もない。だから探索活動がだらけ、加えて、愛し合っているでもないのに、深雪と村上のラブシーンが多用されるため、白けることこの上ない。

 だいたい、失踪した動機が、松岡や、タレントとして成功している加納諒子が、北嶋という学生時代、仲間の中心だった男の姿をテレビ番組通じて知り、またあの輝いた青春にもどりるために失踪したというんだから、正直、怒りを覚えた。

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| 古本読書日記 | 06:27 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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辺見庸    「眼の探索」 (角川文庫)

 会社を退職して、新聞と真面目につきあってみようと思い、従来から購読していた中日新聞に加え、朝日新聞と産経新聞を購読している。

 朝日は、大学入試にもでるコラムを持っていて、言葉を極め、言葉で語る姿勢を貫いていると刷り込まれていたが、意外と産経のほうが言葉を尽くし、朝日はスローガンや感情に訴え、扇情的な印象が今は非常に強い。

 辺見庸も、難しい言葉を多用していて偉そうなのだが、現実を分析し言葉を尽くし読者に伝える姿勢が乏しい。ひょっとすれば私のような馬鹿な読者には伝わらなくていいと思っているかもしれない。どことなく自己満足、自分の言葉に酔うナルシストに思える。

 「周辺事態」というのは造語だそうだが、それに噛み付く。文法でも意味でもこんな言葉は許されない。周辺事態という言葉で権力側は戦争をしたいということをすべてごまかす。周辺事態が今、今後どうなっていて、どうなるかを語ってほしい。言葉をとりだして、その瞬間に戦争に向っているというのは、知識人としての責任を果たしているとは思えない。

 しかし、辺見はベトナム、北京、エチオピア、カンボジア、紛争、戦争地帯や、私達が知らない世界をまたにかけ活躍してきた。
 辺見は言う。共同通信の花形記者だったとき、会社には会社独特の匂いがしていた。彼らしか通用しない言葉を持っていた。会社をやめたら、嗅覚がするどくなり、色んな香りを味わえるようになったと。

 そうか。私は会社人生も平凡だったし、会社を退職しても普通。だから、香りは会社でも会社をやめても変化は無かった。

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| 古本読書日記 | 06:26 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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森絵都    「宇宙のみなしご」(角川文庫)

 森さんは、殻をやぶって生まれ変わる中学生を描かせたら、右にでる作家がいないほど上手だ。

 若草4姉妹といわれる仲間にはいっていて、追い出されないよう緊張している七瀬さん。パシリや掃除当番を押し付けられっぱなしの、苛められっ子のキオスク。グループにはいることをよしとせず、孤高としている主人公の陽子。そしてその弟のリン。

 陽子と弟のリンは、両親が仕事で忙しく、ときどき帰宅しない時がある。そんな時、真夜中二人で家をでて、昇れそうな屋根のある家をみつけ、屋根にのぼり空をみあげるという2人だけの遊びを楽しんでいる。

 色んな経過があって、七瀬さんとキオスクが現状から脱皮しようと、この屋根昇りに陽子リン姉弟と一緒に挑戦しようとする。七瀬さんは成功するが、恐怖が先に立ったキオスクは登れなかった。 それから三日後キオスクが自殺を図り、怪我をしたという話が広まる。
でも、陽子は知っていた。キオスクは脱皮したくて、屋根のぼりに挑戦。それに失敗してけがをしたことを。

 そして、中学生として生きていくことにぶきっちょな4人が最後と決めて屋根へのぼる。
その屋根の上で、七瀬さんが前の担任の冨塚先生の言葉を言う。

 「ぼくたちはみんな宇宙のみなしごだから。ばらばらに生まれてばらばらに死んでゆくみなしごだから。じぶんの力できらきらと輝いていないと宇宙の暗闇にのみこまれて消えちゃうんだよって」

 そして4人は見事に脱皮した。

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| 古本読書日記 | 06:54 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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東川篤哉    「密室の鍵貸します」(光文社文庫)

 密室殺人でそのトリックの中に「内出血密室説」というのがあるらしい。
これは刺された人間が、出血して死ぬまでの間、室内を移動し、犯人が出て行った出口に鍵をかけ密室を結果として作ってしまうというトリックである。この方法が可能になるのは刺した傷口は小さいが、刃物の先は心臓など重要な臓器に達しているということだ。つまり出血は少ないが必ず死ぬという状態をつくらねばならない。だから武器は錐のような武器がふさわしい。

 東川は、この作品を読む人は、推理小説マニアを想定している。だから読者に知識はあるかどうかはわからないが、いかにも君たちは「内出血密室説」を思い浮かべるだろうと想像して、この「内出血密室説」の事件での有効性を滔々と説明する。
 更に、これに浴室の窓から、武器をつけた棒を差し込んで殺人をしたという説もかぶせている。

 そこまで、読者ひっぱりおもわせておいて、最後に犯人が密室で流れていた時間と本当の時間をずらすことによって密室でない時間をこしらえたというトリックが事件の真相だったと読者に提示して、推移小説マニアの想いを裏切ってみせる。

 トリックとしては斬新で面白い。しかし、犯人がそこまでやった動機が、殺人をおこしそうな男に恋愛感情を抱いていたからでは、良質の推理小説を台無しにしている。

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| 古本読書日記 | 06:52 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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慰安婦問題解決日韓合意

  昨日から今日にかけ、慰安婦問題解決日韓政府合意でもちきり。
 しかし、その報道ぶりが解せない。
合意について、韓国マスコミがどう伝えたか、慰安婦へのインタビュー、韓国国民街頭インタビューは大々的に報道されるが、日本での反応については殆ど報道されない。
 すべてのマスコミが韓国だけに気持ちが向い、韓国に慮る報道、記事だけだ。

 しかし、ヤフーのコメントをみればかってないほどのコメント数が寄せられ大騒ぎになっている。
今朝のどこかの新聞ではこれで安倍さんは懸案を解決でき、支持率はさらに上昇するだろうと書いている。本当にそうなるのか。むしろ逆になるのではないか。
 とにかく、報道ぶりがかなりおかしい。

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鈴木光司    「サイレントリー」(新潮文庫)

短編集。どれも素晴らしい作品が収められているが、本のタイトルになっている「サイレントリー」がその中でも際立って素晴らしい。

 主人公は、妻の帝王切開手術で医者が失敗して、娘は誕生したが妻を亡くした。それまでの教師をやめ、自宅で家庭教師をしながら、誕生間もない娘と暮らしている。

 今、主人公は赤ちゃんである娘を抱えながら、大学受験を控えた生徒の真弓に受験志望校の試験にある小論文を書かせようとしている。彼が与えたテーマは「心に残るワンシーン」。

 いやそうにしていた真弓だが、大分の時間が経過したあとでペンシルが机の上でカタカタと音をだして動きだした。
主人公は娘を見つめる。足の湿疹が顔にまでできだした。妻がいたら「大変」と大騒ぎするだろうし、自分は男である夫として「大丈夫だよ」と大きく構えようとする返答をする。そうした夫婦のバランスの中で子供は育っていくのだろうと考える。しかし、その妻はいない。

 そして、「心に残るワンシーン」というテーマだったら自分は何を書くか想像する。
結婚してしばらくして行った信州の実家の近くの川を上ったときに撮った写真を思い出す。それは、沢蟹を主人公がもてあそんで、弁当箱の上から放り出したら、蟹が水中で動かなくなる。妻は「死んじゃった」というが、実は蟹はそのとき産卵していた。妻がうれしくて喜びの声を上げた瞬間の写真。ほのかに大きくなっていたお腹が写っていた。

 真弓は、幼くして両親が無く、祖母に育てられている。真弓も父が母を、伊豆土肥温泉の海岸で撮った写真をワンシーンを思い出していた。その写真は変わっていて、母の頭と足が欠けていた。右手がおへそのあたりを押さえている。
 その場所を探して、ボーイフレンドにバイクで伊豆に旅にでた。そして、場所を探し当てる。そこで、何であんなへんなポーズの写真だったのかを知る。指で押さえたへその奥には自分が存在していたのだ。
 真弓は、両親がいなくても、感受性も豊かで、前向きで元気な子だ。真弓の原稿と自分の写真のシーンを思い起こしながら、まだ首もすわらない娘も真弓のように元気で素直な人に育つだろうと主人公は思う。

 湿疹の赤ちゃん、主人公の川で撮った写真、真弓が心に残った母の写真が見事におりかさなって穏やかな上質な短編となっている。

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| 古本読書日記 | 08:45 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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田中康夫    「昔みたい」(新潮文庫)

この短編集は、ちょっとそれがどんな人たちかイメージが浮かばないが、アッパーミドルクラスにいる女性たちを描いた作品だそうだ。

 こういう世界にいる女性は、絶対自分が卒業した大学と同じ大学出身か、それ以上の難易度が高い大学卒業の男性でないと結婚相手として扱わない。一方逆に男性は、自分と同じ大学卒業生か、それより下位と思われる大学卒業の女性と結婚しようとする。

 こういうクラスの女性は、本当に恋している男性と結婚するとは限らない。まずは、前記条件に相手が合致しているか、男性が一流会社社員で将来が嘱望されているか、安定したアッパーミドルの生活が保証してくれるかが結婚相手としての選択条件になる。そういう条件の男性にめぐりあわないのなら、一生独身でも構わないと考える。
 しかし、そうは言っても、熱い恋愛はしていたい。だから、この作品のように、結婚が決まったからと言って、恋愛は別腹。だから密かに熱い恋は続く。

 まあ、いいのか。相手のアッパークラスの男性も女性と内緒で別の恋愛をしている場合が多いのだから。
 だから、こういうクラスの人たちは、結婚しても別腹を継続して、結構バランスが取れた安定的生活をする。一流大学、一流企業ブランドは絶対崩壊させてはならないのである。

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| 古本読書日記 | 08:36 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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森絵都     「リズム」(角川文庫)

 ケレン味のない、直球勝負の気持ちのよい小説だ。ちょっと青臭いところもいい。
主人公のさゆきは中学一年生。幼馴染の5人組がいる。これまでは、川べりを歩くとき、
丘を歩くとき、いつも先頭が高志くん、そしてお姉ちゃん、その後が真ちゃん、それから私(さゆき)。そして、後から置いてかないでと泣きながら懸命についてくるのが、弱くてどんくさいテツ。直線でまっすぐ行進のように縦に並んで歩いていた。
 それが中学生になるとバラけだす。中学生は変化のとき、子供から大人の入り口に大きく変わる。

 直球過ぎて、読んでいると照れるけど、三木先生のさゆきへの言葉がそんな大きな変化のことを言っている。
 木もいろいろある。

 「水をたくさんやったほうがいい木と、やりすぎないほうがいい木、放っておいても丈夫に育つ木と、まめに肥料をやらないと腐ってしまう木。色々よ。それぞれ個性があるのよね。
・・・・・さゆきちゃんはどんな木かな。」
 さゆきが答える。
「・・・しぶとい木がいいな。何回も枯れそうになっても、しぶとくしぶとく生き返って、きれいな花を咲かせるの。」

 中学生は、今まで無邪気で一緒に遊んでいた仲間たちが、体と心の変化とともに、個性が芽生え急に大きく育つ。そして、それぞれがそれぞれの個性のリズムをつかみ、歩み始める時である。

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柚木麻子   「早稲女、女、男」(祥伝社文庫)

  原宏一に柚木さんは似ている。最初のとっかかりは面白いし、本人も調子全開。だけど後半はパワーが落ち、まさに竜頭蛇尾。

 早稲女というのは、早稲田大学に通っている女学生。それはどんな特徴かというと、杉の君という学生が言う。
 「ほら早稲女は女じゃなくて、早稲女だから・・・・男でも女でもなくて早稲女なんだよ。早稲田の女って、男以上に強くって、頼れるじゃん。そのくせ、妙にお母さんぽくって世話好きでさ。」それにほとんど化粧はせず、みなりも頓着しない。バックの中には化粧道具のかわりにバタイユの文庫がはいっている。

 慶応の女子学生は、この作品では、必死に結婚相手を4年間で探す。とにかく慶応ブランドの学生は、将来の幸せが約束されている。だから、慶応以外に目をくれず、結婚相手をつかまえることに精をだすのだそうだ。

 ここに登場する、早稲田、慶応、学習院、立教の女子大生は、恋がまずあるのではなく、この人と一緒になったとき自分との釣り合い、他人と比較して優越感がもてるか、他人からみて幸せに見えるかが交際の決め手。それから、東京の国立大学を別にすれば世の中には小説に登場する大学しか大学は存在しない雰囲気。

 私の小さな田舎の市にも大学はあるし、隣の小さな市にも大学がある。彼らはどんな恋をしているのだろうか。ちょっとこの本を読むと活気のない彼らの姿が浮かんで切なくなる。

 私の長い会社生活で、部下に早稲田出身の女の子が一人いた。確かにその子も結婚はしなかったなあ。化粧も殆どしない。お母さんと2人暮らしで、毎晩日本酒を熱燗で二合飲むのが楽しみと言っていた。

 上司、部下には早稲田出身の男性がいた。どちらも、とにかく俺が部下を育ててあげるという熱意が異常すぎるほど強かった。

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| 古本読書日記 | 06:31 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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京極夏彦   「眩談」 (角川文庫)

僕らが幼かったころ、裸電球全盛、そんな中で生まれる、暗闇とうすぼんやりと光のある世界。そしてそれが古い家屋から醸し出す、いやな匂いとともにでる眩惑、めまいを8つの短編に収める。

 8つとも本当に面白い。しかし、最初の「便所の神様」はぶったまげた。本当に僕らの小さい頃の便所を、壮絶なる表現とともに、物の見事に描き出している。過去、トイレでなく便所をこれほどまでに細密に、的確に表現できた作品はみたことがない。

 どこかで「トイレの神様」という曲を聴いたことがある。そして、何となくおばあちゃんを慕っている曲のようなうすら覚えがある。おばあちゃんは「トイレの神様」ではいけない。やはり「便所の神様」でなくては。

 しかし、書評は書けない。それを書いたら、誰も私のブログにはアクセスしてこないと思う。

 昔の家では、トイレは住居と隔離されていた。穴を深く掘って、そこに人間からでる排泄物を貯めておく。排泄物は農家では肥料として肥桶にさらい使われる。だから、いつも猛烈な匂いを発しているから住居と離す。まだ陶器の便器ではなく、板を加工した便所。
 多分今あの便所しかなかったら、誰もが膀胱炎か便秘になるだろう。 

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| 古本読書日記 | 06:10 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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熊谷達也   「氷結の森」(文春文庫)

森シリーズ三部作の完結編だそうだ。しかし、内容とトーンは前2作とは大分異なり面食らう。

 この作品は昭和初めのシベリアが舞台。日露戦争に出兵したマタギの主人公矢一郎が、戦争から帰還すると、妻は別の男の子を身ごもっていた。それを苦にして、矢一郎は故郷を離れシベリアに渡る。妻は妊娠相手の松岡と心中をはかり死ぬ。それを恨みに思った松岡の弟辰治が矢一朗を追うという昔のテレビドラマ「逃亡者」のような設定。
そして真岡のニシン漁や、敷香でのトドマツの伐採などを転々として、氷結した間宮海峡をこえ、最後はロシアのニコラエフスクにたどり着く。
 それは、真岡で世話になり、お金を借りた香代にお金を返さねばならい一念で、ニコラエフスクに来ているという香代に会うためだ。

 この作品を読むと、今日本人がだれもしらないロシアの都市に、たくさんの日本人が生活していたことがわかる。貧乏に苦しみ、そこからの脱出のため膨大な日本人たちが、ハワイにアメリカに、ロシアに、中国にでていったことがわかる。日本人のグローバル化は、部分的ではあるが今より進んでいたのではないかと思う。

 多分事実であろうが、共産革命中のロシアの革命軍に小さな町に住む日本人700人が殺されたという場面は衝撃的である。

 この作品が残念なのは、主人公矢一郎の心が澄みきっていて、正義感が強いスーパーマンであるところ。もう少し、影がある人間を創造してほしかった。700人が虐殺されても、彼だけは生き残る。他の森シリーズのマタギとして悩む姿がこの矢一郎には無い。そこがつまらない。

 ハードボイルド小説として割り切って読めば、面白かもしれない。

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| 古本読書日記 | 06:04 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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東川篤哉   「中途半端な密室」(光文社文庫)

 こういう作品を読むと、私は推理小説家には絶対なれないと感じる。
とにかく東川はひねくれている。誰も考えない盲点をつく。朝から晩まで考えたってこんな発想は私にはでてこない。

 ある町で、婦女暴行殺人事件がたて続け5件おきる。そんなとき、公園に裸足でうずくまっている女性を発見した人が警察に通報。事情をきくと、覆面男に暴行されそうになって逃げてきたという。
 それと同じころ、町有名な不動産屋社長の末次が何者かに刺されテニスコートで死んでいるのが発見される。テニスコートは4方を4メートルの金網に囲まれ、出入り口は一か所で鍵がかけられていた。屋根の無いところでの密室殺人事件である。

 これを知って事件の真相を主人公が推理する。
まずは出入り口について推理するがピタっとハマる推理がない。そうすると、どうしても金網を昇って降りて事件が起こるという考えが浮かぶ。

 そしてわかる。暴行事件の犯人は、不動産会社社長の末次。暴行をうけそうになった女性はテニスコートをよじ登り降りて、またよじ登り外へでようとした。犯人である社長は金網を昇り逃げる女性をおいかけているとき、暗くてうまく見えなかったテニスコートのネットに体をぶつけつまずき転んだ拍子に持っていたナイフが体に刺さり死んだのである。

 何なのだと。呆れかえるほどのおかしな発想に感心してしまった。

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三羽省吾   「太陽がイッパイいっぱい」(文春文庫)

 三羽省吾の処女作。彼の体験を小説にしている雰囲気。

 普通のバイト代が安いので、体にはきついがバイト代が高い解体屋「マルショウ解体」に主人公イズミは変える。ひょっとして三羽に解体屋経験が無いのかなと思ったのが、イズミが解体仕事の後に飲むビールが最高に美味しい、その経験だけで、三流とはいえ大学をやめ解体屋バイトにいそしむことになるところ。ちょっと納得できない。しかも、確かに熱い夏はビールも美味しかろうが、寒風吹きすさぶ冷たい冬に解体仕事を終えて飲むビールがそんなに美味しいとは思えない気がするからだ。

 最初解体屋で働く仲間は、個性的だが人間らしく楽しい、だからイズミも彼らに魅かれ楽しく仕事にいそしむ。
 しかし、解体職場は、建築現場の最下層の仕事。ここから先に仕事を委託できる業者はいないのである。更に、解体発注業者も最下位から二番目、4次5次下請け業者で、上から締め付けられ、締め付けられ利幅が無い中で、最後の解体業者に仕事を発注しているのである。
 それだから、例えば解体現場に欠員ができたり、アクシデントで納期が間に合わないと解体業者の持ち出し経費で、仕事をせざるを得ず、すぐに仕事は赤字となる。

 そんなところに集まる働き手は、何らかの事情を背負いながら集まった人ばかりである。個性的で楽しい仲間とはとても言えない。そして、そこから落ちたら、もう悪に手を染めるしか生きる術の無い人たちの集まりなのである。

 ちょっとイズミ解体職場が素晴らしいなんて甘くないか?そう思って読み進むと、やっぱり、ここはお前が働くような場所ではないと諭され、自らもわかり一年半でアルバイトを辞めることになる。

 最後は、たまたま父親がイズミに内緒で休学届をだしてくれていて、イズミは復学する。

 わかっていたが、落ち着くところに落ち着いたしなあんだと思って、本を読み終えた。

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三羽省吾   「公園で逢いましょう」(祥伝社文庫)

 私の読む本の傾向なのか、感想文の内容を分析した結果なのか、私にピッタリの作家がいると紹介されたのが三羽省吾。客観的に評価すると良い作家かどうかわからないが、悔しいけどはまった三羽省吾に。

 違う人も多いだろうが、年齢を重ねると、どうにも過去の失敗したこと、迷惑を人にかけたこと、悔しいことばかりが私は浮かんでくるばかり。楽しいこともあったはずなのに、ちっとも思い出として浮かんでこない。

 この物語には公園ママが5人とそのうちの一人の子6人それに育児休暇をとった男性が公園仲間に加わり登場する。女性たちはゆるやかで他人を干渉しない関係を維持しているが、他人のちょっとした仕種や会話から、誰にも言えない過去に引っ張られ、その過去を思い出しながらやがて、今ある公園風景までもどるまでを短編としてこの本では描かれる
 子供を楽しそうに世話している姿からは想像できないが、大きい小さいに係らず、何かにつけ悔悟がこみあげる過去を女性たち持っているし、それを引きずっている。

 弟と喧嘩をする。それを根に持ったわけではないが、修復できないまま、口もきかず6年がたった、大学のとき、弟が事故か自殺かわからないが死んでしまう。

 小学生のとき、知恵おくれの子をその母親に頼まれて毎朝一緒に伴って学校に行く。いやでたまらない。あるときほったらかしたら、行方不明になり騒ぎになる。
その知恵おくれの子が、主人公に何としても好かれたくて、色んなものを学校途中にある商店街で万引きする。そのために彷徨っているうちに不明になったのだ。

 嫌で大っ嫌いで、でも主人公の真意がわかってもらえず、知恵おくれの子を支えた優しい子として卒業式に表彰され大拍手をもらう。など。

 わかるなあ、ズキンと心に刺さることは消えないんだよ。でも、それが無意識のうちにその後の人生を支えてくれていたのかもしれない。

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長野まゆみ   「宇宙百貨活劇」(河出文庫)

 長野さんは美大を卒業している。文章も芸術的と思うが、それ以上に言葉の形が見事にはまって、文章の形が美術作品のように思わせる。長野さんも意識して文章の形を作ることに力を注いでいると思う。

 この作品は長野さんが愛情こめて使う大切な言葉の由来と込められた想いが書かれている。

 大正時代発行の辞書を傍らに置いている。大正時代はまだカタカナが普遍的でなく、海外からきた言葉を表現するのに、カタカナでなく漢字を当てた。何かにつけ、その辞書をめくり、これは面白いという当て字をメモしておいて使うことが多い。

 ソーセージ=腸詰肉  ソーダ水=曹達水などが長野さんの作品では印象的。

 夜空のイメージ。長野さんには黒幕に星が散りばめられてはりついているように見える。だから黒い幕を揺すると、星がハラハラこぼれ落ちてくるように感じられる。それでできる言葉。
 「群青天鵞絨の天幕」これに「ぐんじょうびろうどのてんまく」とルビがふられる。

 最近の小説は意味も無く、とても考えられない登場人物に名前がふられる。長野さんの物語は登場人物の名前が、その人物の性格、行動形態を表す。だからとても重要。名前が物語をすでに語っている。
 「天体議会」の少年の名前が印象に残る。「銅貨」日焼けしていて、強く、頑固な子というイメージがしてくる。

 こんな小説を書く長野さんでもパソコンで原稿を書いているのだろうか。

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橋本紡    「イルミネーション・キス」(双葉文庫)

橋本さんの作品はいつも感心する。高校生であっても、大学生であっても、新人社員、中堅社員であっても、どれも見事にその年代の等身大の人たちを登場させ、その年代、その年代に感じるだろう、めぐり合うだろう、気持ち、困難を鮮やかに、生き生きと描いてみせる。

 文章はこれ以上ないほど平易。そこには、修飾や比喩は一切というくらい無く、誇張も何もない。しいていえば、会話が他の作家作品より多めかと感じるくらい。

 それから、この作品集で感心したのは、辛い、悲しい場面も少なからずあるのだが、泣くという場面が一切ないこと。泣くを連発する作家は安直で、言葉や深く考える思考が欠けているからすぐ登場人物を泣かす。
 人生をふりかえるとき、泣きたいときはいくつもあった。でも、泣いても解決しない。ぐっと涙をこらえて一歩ふみだし頑張ろうと思わなくっちゃ。

 本のタイトルになっている作品の西野さんと伊藤君の間に起こる出来事と、それからの2人の愛を作ってゆく過程が印象的。同じ年頃だった時の自分と重なり、恋が成就するよう懸命に読みながら応援していた。

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| 古本読書日記 | 08:57 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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長野まゆみ    「あめふらし」(新潮文庫)

たった220ページ余の薄い本なのに、途中で投げ出してしまった。

25年ほど前、長野さんが登場、中性的な少年が活躍する「少年アリス」「野ばら」が出版され、瑠璃石や独特の植物などに、ふりがなが振られ、文章はどことなく古文調、その美しさに完全に私はとりこまれ次から次へと長野作品を読み漁った。
 しかし、社会の真っただ中にどっぷりつかり、浮いたり沈んだりしているうちに、完全に社会の垢に心も体もなってしまったようだ。
 とにかく、そんな社会とは決して交差しない世界を描く長野さんの作品を今の私は受け付けなくなってしまった。耄碌し、頭も、いよいよ硬くなり、キャパキャパシティも狭まったことをこの作品を読みながら実感した。

 この短編集、長野さん、私のような読者のためにか、かなり現実世界に寄り添おうとされている。
 上流婦人というか上流おばあさんがいる。このおばあさんが、18歳で亡くなった娘に何とか結婚をさせてあげたいと橘河(名前)が経営する何でも屋のウズマキ商会にお願いにくる。それで、橘河は学生アルバイトの市村に相手をさせようとする。
当然娘は死んでいる。この作品では死ぬとみんな蛇になる。
 蛇が風呂にはいっている。娘となって風呂からでるのにとても時間がかかる。何故なら蛇から脱皮して人間になるから。 脱皮すれば背中に蛇が絵となりとりつく。

さてさて、何と相手の市村の背中にも見事な蛇のうろこがついている。
何だか市村も生きているのか死んでしまったのかわからない。ただ、わかるのは橘河だけがこの世とあの世を仲介するちからがあり、この仲介手数料によりウズマキ商会がなりたっている。幻想と現実がくるくると交差する。

 こんなに面白く、現実に寄り添うとして長野さん努力しているのに、受け付けられない私は実に情けない。

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| 古本読書日記 | 08:56 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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いしいしんじ    「ポーの話」(新潮文庫)

いしい独特の世界が広がる不思議な物語だ。

うなぎ女たちのなかで生まれ、育てられ、それから地上にあがり、人間世界とからみあうポーといううなぎのようであり、人間のような少年の物語。

 当然なのだが、ポーは心や頭脳は真っ白けの状態で物語はスタートする。まずうなぎ女たちの母親としての愛情に接する。そして、人間世界にはいりこみ、川やら環境を汚す、人間たちのわがままな生き様をみる。それから、メリーゴーランドとひまし油(名前)の葛藤や兄弟愛などもしる。メリーゴーランドの窃盗癖を知り、自分も窃盗にいそしむ。まあ、我々から見れば悪である。
 その他、ゴミ屋との出会いで家族愛を見、優しさ、恩などを見る。
そして、色んな言葉や知識も併せて知る。

 しかし、ポーはちっともそれにより成長したり、人間的に深くならないのである。見たりまねたりするが、それが自分の血とか肉になっていかず、なんともノッペラボーなのである。
 形だけの存在、それがいっこうに意志をもって変化しない。

何か梨木香歩の「ピスタチオ」の世界を彷彿とさせる。人間は、大きな生命体の一部の機能を果たしているのにすぎない。自分は意識的、無意識的に行動する。それは個々の人間をとれば、バラバラであり、そんな行動は無秩序でひょっとすれば奇跡のように見えるかもしれないが、行動や考えは生命体により創られ、その生命体の秩序のなかで行動しているだけ。
 生命体のなかをグルグル輪廻しているだけ。

この本を読むと、人間があの蟻の隊群が一定方向に向かってせっせと動いている姿に見えてくる。

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| 古本読書日記 | 09:18 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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黒川祥子   「誕生日を知らない女の子」(集英社文庫)

今日本には、親が何らかの事情で育児ができないため、施設にはいり育てられている子供が46000人いる。そのうち両親の虐待、あるいは育児放棄、怠惰による子が31%をしめる。
 施設の中には酷い施設があり、生活方法しつけを教えるどころか、施設を出た直後には入浴の仕方、大便の後のお尻の拭き方など何も知らない、なんて子ばかりの施設もある。

 2つの証言を読んで本当にショックを受けた。
「ある子が小学校一年で施設に来た。そのときその子は歩かず、四つん這いで這い、手つかみで物を食べ、口がちゃんとしまらずボロボロこぼし、仰向けに寝て鯨の潮吹きのように嘔吐した。」

 虐待を受けていた小学4年生
 「ママ大人になるってつらいことだろう。俺はもう死んだほうがいい。大人になってもどうせ俺はバカだからお仕事できないし、今、死んだほうがいい、大人になるってつらいことだろう。」

 愛情、絆、癒し、優しさ、叱咤、親の教育、責任色々言葉は虚ろにテレビ、コメンテーターの間で飛び交う。しかし、言葉で終わり知ったかぶりをして、決して現実を見ようとしない。見ない、見ようとしない。その先に、唖然として立ちすくむ現実がある。

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| 古本読書日記 | 09:10 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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明野照葉    「澪つくし」(文春文庫)

 最近は「大人の週末」などと言って、会社生活と休日のオンとオフをすぱっと切り替えができるひとが、優雅な人生を送ることができるような喧伝がなされている。

 この短編集のなかの「ジェリーフィッシュ」に強烈な言葉がある。
佐島という多分湘南海岸のどこかなのだろうが、ここにヨットは高額すぎるのでディンキーを共同で持って、夏などのシーズン週末に海へでる大人の仲間たちがいる。係留しておくだけで年間70万円。それにいろんな費用がかさみ100万円以上の経費がかかる。だから何人かで共同で所有するということになる。
 色んな経過があって、ディンキーに乗せてもらって東京に帰る車の中で、主人公にたいし恋人の瑛子が言う。これが本質をついていてじつにきつく鋭い。

 「カッコばっか。ぼくたちはヨットやってます。普段はまっとうな企業人ですが、シーズンの週末は仲間たちと佐島でヨット遊びを楽しんでいます。・・・・・あんたたちは歪んでいるのよ。だから本橋さんちのひなびた離れを借りたり、東京にいるときは絶対立ち寄らない小汚い店で朝ごはんを食べている。僕たちはヨットを持っています。いえいえ別に贅沢な遊びじゃありません。だってこんなに不便や苦労を背負ってやっているうですから。ただ海にでている一瞬がほしくてね・・・」

 ただただ、世間や他人がどう見ているかだけがヨット仲間たちの基準。そこにすべての気使いをする。会社でも、自分がどう見られ、どう評価されるかだけで必死に行動する。
 「大人の週末」どころでは無い。オン、オフどころではない。これではオン、オンである。

 こんな人たちほど心が折れやすい。

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| 古本読書日記 | 06:48 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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庄野潤三    「せきれい」(文春文庫)

  庄野の名作「夕べの雲」。一般的には、穏やかで暖かい理想的な家庭の風景が描かれている素敵な作品と評価されている。確かにその通りだし、庄野も「どうだいい家庭だろう」と誇らしげに描いている。

 しかし、どうも私はひねくれているのか、ざわざわ心がしてしかたがなかった。丘のの上に建てられた新興住宅地の家。確かに家の中は暖かいかもしれないが、ゆっくり眼差しを引いてみると、丘下の家からはどこかはみ出しているし、庄野流のありかたについてこれる人だけを存在として認めてやるという少し厚顔不遜の香りがあり、どことなく孤立して寒々しい雰囲気がする家がみえてくる。

 庄野の80歳を少し超えてのエッセイを続けて3冊この本も含め読んだが、暖かく、ゆっくりと動く日々の変化が見事に書かれ感心するが、どうにも「夕べの雲」を読んだときのざわつきが消えない。

 とにかく、何かにつけ、長男、次男の家族が庄野の家にやってくる。さらに、隣家の清水さんと巨人のピッチャーだった藤城さん一家との交流だけが熱く描かれる。
 その描かれ方は、とにかく、貰い物と、それに対するお返しの話ばかり。そして、孫を中心とした、貰い物へのお礼の手紙をうれしそうに公開する。
 何かどこか息苦しい。庄野からみれば当然かもしれないが、長男、次男一家は、何だか庄野一家への忠心を争っているようにみえる。贈ったり贈られたりする品物も、他家といつも比較したりされたりしているようで緊張が絶えない。礼状もだすのが当然だし、中味も通り一遍の内容ではいけない。何がどんなふうに良かったのか(悪かったことは書いてはいけない)必ず書かれていなければならない。

 暖かさ、優しさの裏側にどこか言いしれない冷たさ、緊張が覗く。

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| 古本読書日記 | 06:47 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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恋愛論  吉行淳之介

爺やの感想はこちら
男と女はもともと一つで、片割れが存在するはずという話やら歌やらは、どっかで聞いたことがありますな。
「恋愛とは美しい誤解である」「できるだけ早く結婚することは女のビジネスであり、できるだけ結婚しないでいるのは男のビジネスである」といった名言にも触れられます。

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古い作家さんですが、けっこうおもしろかったです。少なくとも、遠藤周作の「恋愛とはなにか」よりは。
遠藤さんは、
「女性は母親になることによって一つの完成を遂げるのです。母親になることの悦びはほとんど人生の大半の悦びに価するのです」
吉行さんは、
「昔は、セックスは種族保存、つまり妊娠のためのものであって、それに伴う快楽はいわば馬の鼻先につるされたニンジンのような役割であった。活字にするのは適当でないと思うが、快楽を追及して妊娠を忘れるのは結構な方向である」

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面白かった話①
チェーホフと恋人のリディアが、本のページを指定してやり取りをする。
彼女から彼へは、「P267 6行から7行」。私の命を差し上げます、みたいなロマンチックな一文。
彼から彼女への返事は「P121 11行から12行」。「なんだって君はそんなに僕を見つめるんだ? 君は僕が好きなのかね?」。
これじゃねぇだろうと、彼女はほかの本をあたり、納得できる文を見つける。
吉行氏は、彼女が最初に見つけた皮肉っぽい一節がチェーホフの本音だっただろうと推測する。

立原えりかの短編でも、本を使ったものがありました。雑に説明すると、
「彼女が、僕の貸したバラに関する本をちゃんと読んでいたら、『今から話すことは、バラの下での約束だと思ってほしい』という僕の言葉が、『この話は秘密だ』という意味であることが分かったはずだ。
僕は線まで引いておいたんだから。
約束をべらべら他の人にしゃべったということは、彼女の『読んだわ。面白かったわ』は真っ赤な嘘だ。もう二度と会うものか」
という話です。
舞台装置として本を使っても、そううまくはいかない。

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面白かった話②
吉行氏の友人が、「君のやり方を知っているぜ。コールガールに聞いたんだ」と、知識を披露する。
「それによると、私は世にも忌まわしい残虐色情者であって、そのコールガールを風呂場に引きずり込んで高手小手に縛り上げたうえで、関係したことになっている」
で、
「生来私は不器用なところがあって、小包の荷造りもうまくつくれない」
と続く。……そりゃ無理でしょうな。
代表作でサディズムとマゾヒズムを扱ったため、勝手なイメージを持たれるようになったとかなんとか。

ちなみに、「砂の上の植物群」は早い段階で挫折しました。

| 日記 | 22:25 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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百田尚樹   「フォルトゥナの瞳」(新潮文庫)

自分ではなく、他人が近々死んでしまうことがわかってしまうことになったら、その人の心境や運命はどうなってしまうのだろう。百田が想像の限りをつくして、この作品で挑戦している。

 自動車のコーティングをしている主人公の木山は、街や電車のなかで、手が透けて見える人や、顔や上半身が透けてみえる人にであう。そんな人は、時間がたつにつれ、段々体全体が透け、そして、必ず死んでしまう。だいたい手から透け始めて、一か月で死んでしまう。

 他人の不幸を見過ごせない木山は、時に透けてみえてしまう人を、死に至る事故に故意にでくわさないよう操作して、救ってやる。そんなことをすると、必ず自らが心臓をしめつけられ、失神して倒れる。特に、その後、恋人となる携帯電話販売営業所の女性を救ったときは、木山自身もうすこしで死ぬというところまで至る。

 まだ、透けてみえる人がポツリ、ポツリだったら、どうということはなかったのだが、ある日から、あっちでも、こっちでも手が透けてみえる人たちに会うようになる。そして、クリスマスイブに走るある列車が、事故にあい、そこで大量の人が死ぬことがわかる。しかも透けてはいないのだが、自分の恋人もその列車に乗ることがわかる。

 そして、木山は自分の人生をかけ、その列車が事故現場に到達できない行動をする。
この作品は、一瞬先の未来であれ、未来というものがわかってしまうことは、人間世界ではあってはならないし、わかってしまうことは必ず不幸を呼び込むと語っている。

 百田は、起こっている事象、あるいは起こった出来事、経験を膨らませて描くと、素晴らしい作品を創造するが、すべてが想像のみの作品となると、凡作になってしまうと、この作品で感じた。

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| 古本読書日記 | 07:21 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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長野まゆみ    「雪花草子」(新潮文庫)

文藝賞以来、独特な世界にはまりこみすぎたのか、一部に熱狂的なファンがいるにもかかわらず、文学賞にはとんと縁が無かった、長野まゆみさんが、本年度の泉鏡花賞と野間文藝賞2つの賞を獲得した。

 長野さんがうろおぼえだけど、傑作な受賞コメントをしていた。
「離れ小島で、同じ気持ちの仲間と、自分たちの世界を楽しんでいたら、本土から船がやってきて、連れ戻されてしまった」確かこんな風なコメント。

 最初長野さんは、無垢で心美しい少年のファンタジーな世界を描いて、長野フェチ読者を獲得した。この作品はそのファンタジーから一気に耽美な古典の世界へ駆け上っている。
 それは賞を獲得した泉鏡花より妖変で、谷崎より耽美。更に芥川より古典的。
雨月物語、今昔物語の世界へ一気に読者を連れてゆく。

 異様に美形の夜叉になりきれない白薇童子。この童子が、常は男だが、夏至と冬至の日だけは何と絶世の美女にかわる。色々怪しげな過程を経るが、冬至の日、白薇童子が産み捨てた瑠璃岩を自分の隠れ家に引き入れ、(その道のりの叙述が実に妖気に満ちどきどきする)
母子相姦となるが、そこで降り注いでいた桜が雪に変わりゆくところが鮮やかで美しい。

 印象が強い場面、文章もあった。
白薇童子が父から授かった太刀はさすがの業物。
「その切れ味はあまりに鋭く、血潮さえ飛ばない。頭のないことに気付かず、歩き出す僧兵もいたものだ。」

 鏡花も芥川も想像もつかない表現である。

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| 古本読書日記 | 07:00 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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明野照葉   「降臨」(光文社文庫)

家族のあるべき姿は、家族の誰もが、家族の誰かに寄りかかっているようになっている姿だと思う。だいたいは、この作品のように、お母さんによりかかる。

お母さんは、口うるさい。朝から、起きろ、早く支度しろ。朝ごはん食べて。弁当持ったか。次から次へと速射砲のごとく指示、命令が続く。お母さんは、その上バイトもして家計を助けている。夕食も手を抜かない。掃除は隅から隅までする。ネクタイもシャツもブラウスもスカートもいつもアイロンがかけられ収納されている。

 こんなお母さんが一旦くずれると、当然家庭も大変。でも、最初はみんなオロオロするが、
それぞれ役割ができ、お母さんのレベルまではゆかないが、何とかお母さんぬきの生活の形ができるあがる。
 お母さんはよい休息がとれ、役割が決まる家族になって、以前より体も心も楽になる。

でも、そうはいかない。やはり、復活すると、また口やかましくなり、何でも完璧にこなそうとする。

 こんな完璧お母さん。年老いて、旦那が亡くなり、子供も巣立ち、一人ぼっちになると、自分が中心で切りまわしていたと思っていた家族に自分も寄りかかっていたことを知る。そして、ちょっぴり落ち込む。

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| 古本読書日記 | 06:14 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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長野まゆみ   「カルトローレ」(新潮文庫)

私が学生のころマルクス主義、共産主義が全盛のころだった。
理屈はよくわからないが、革命につぐ革命の果てに地上の楽園のように思える、共産国家が実現する。その完成された共産国を描いているような感覚をこの小説では持った。

 広大な砂地が拡がるどこかアラビアのようなところが究極の地。
まず、お金というものが登場しない。お金がなければ生活ができないということは無い。ゆったりと流れる穏やかな生活が保証されている。
 お金が無いから、稼ぐための労働をする必要が無い。主人公がせねばならいことは、この地に来る前、天空を船で彷徨っていたとき、誰かが書いたという日記、109冊分を翻訳すること。これがいつまでにという期限が無い。それどころか、すべてのページ、この日記空白なのである。

 物語には、たくさんの人たちが登場する。しかし人々の間に尊敬もなければ、嫉妬、愛情、恨みなど我々の世界にあるような一般的感情は無い。だから争いや戦争など毛頭ない。
 よく言えば善人しかいないように見えるが、単に個性のないのっぺらぼうだけがいるようにも思える。

 期限がない趣味のようなことをしながら一日を過ごす。刺繍をしたり翻訳をしたり。のっぺらぼうたちの物語だから、あまりこれという場面が作れない。だから、やたらに、食事をしたり、コーヒーを飲んだりする場面が多い。

 こんな長野さんが描く世界に今の人たちが放りこまれたら、順応できるだろうか。私はぐうたら人間だから適応したい希望を持つけど。

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| 古本読書日記 | 06:08 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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きょうのできごと 柴崎友香

読書ブログで紹介されていたので。

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大きな事件が起こるわけではないですが、ある日(日付をまたいでいますが)の出来事を5人の視点で描いている=1つ1つの話が短いので、飽きずに読めました。
というか、数日に分けて読みました。

描写が細かいです。映像が流れていくような感じ。
玄関のガラス戸に笹の模様が入っているとか、
トンネルのオレンジの光にあたるとなんでも灰色に見えるとか、
指摘されてよく見ても納得がいかないくらい、無理やり動物の顔に似せたデザインの交番とか、
髪を切るとき工作用の鋏とホテルから持ち帰ったような薄っぺらい櫛しかなかったとか、
各チャンネルを三秒ずつ見て次のチャンネルへ行くことを繰り返し、だんだん間隔が短くなり、四周したところでコップをテーブルに置いたとか。

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実在する場所が出てきたり、作者の中で映画のように人物が動いていたりするのでしょう。
酔っている人物がたくさん出てくる小説です。
運転中に後部座席でビール飲まれたらうっとうしいような気もするんですが、大学生ってそんなノリかもしれないですね。
わたしはそれほど酒に強くないので、「まだ飲むんかい」「まだ食べるんかい」と胸やけがしそうだった(^▽^;)

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この男性の髪形、変じゃないかねぇ。かぶりものっぽい。
どの俳優が誰を演じたのかは調べませんでした。

| 日記 | 10:32 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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村上春樹  「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」(文春文庫)

主人公多崎つくる(名前)には高校時代、無二の親友グループだった4人の友だちがいた。多崎を含めた5人は、バランスもよくとれていて、語り、学び、そして遊んだ。4人は出身の名古屋に高校をでてとどまったが、多崎は駅建築に携わりたくて、東京の一流大学の建築科に進む。

 それでも、仲間の基盤は名古屋にあり、名古屋に帰って、5人グループと集まることがすべてのように生きていた。ところが2年になって帰省したとき、突然もう君とは会わないと宣言され、残り4人に交流を完全拒否される。
 思い当たることも全くないし、その拒否の衝撃は多崎を襲い、多崎は死さえも考える日々を送る。

 それから16年、多崎は初期の目的を達して、建築会社に就職して駅を修理したり、建設する仕事についている。そんな時、恋人の沙羅にいわれ、多崎の根っこで巣食っている、高校時代グループから拒否されたわけを知る旅にでる。

 ここが、私みたいな大衆凡人と住んでいる世界の違う村上との大きな差である。

訪ねたグループの一人で、トヨタのレクサス販売になっている社員がいう。
 「封をきった商品の交換はできない。これでやっていくしかない。・・・・・今更後戻りはできないということだ。」
 何故、そんな昔のことに主人公つくるは拘っているのだと、彼はいいたいのだ。

 会社生活にはもちろん悩み苦しみはある。しかし、それは刹那的なことだ。叱責をうける、失敗をする、落ち込む。しかし嘆いていても、もう後戻りはできない。切り替えて明日がんばるしかない。そんな瞬間、瞬間の積み重ねである。
 大衆人は、高校での仲間の拒否など引きずっている暇はない。辛くても、悲しくても、今の在り様を認め、昔のことなど切り捨て、日々を送らねばならない。

 村上のこの小説のテーマは「後戻り」だ。村上の小説に登場する人間たちは容姿は崩れていないし、頭もそこそこ良いし、知識もあり、音楽も私たちがなじんだことない曲を楽しむ。
 社会へ一たびでれば、そんな優雅で、後戻りをする生活はできない。
登場人物の深い苦しみがこれでもかと描かれるが、そんなことを描ける後戻りの世界にいる村上が羨ましい。

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| 古本読書日記 | 07:43 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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