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2014年10月 | ARCHIVE-SELECT | 2014年12月

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有川浩  「クジラの彼」(角川文庫)

有川浩  「クジラの彼」(角川文庫)
圧倒的に地位や権力に差がある。しかも権力のある人が、相手の将来の在り様を左右できる場合、権力者は自分の横暴な行動、言動にはいたって無頓着。
この短編集のなかに、そこまではいかないが、かなり状況は似ている話がある。しかも力があるほうが女性。この女性は相手の男を男というか人間として認めず物体扱い。下着まで買いにいかせそうな状態。いわゆるパシリ。
 女性は男とつきあっては別れを繰り返すことがしばしば。その度に、女性は男を呼び出し安居酒屋に連れていき、男とのいきさつをくどくど酒をあおりながら話す。性交場面まで微細に。殆どパワハラであり逆セクシャルハラスメント。男は憎らしさを腹におさえ、ものわかりよさそうな表情で聞いてやる。男は女性が最後には酔いつぶれることを知っていて、アパートまで運んであげねばならない。だから、あるときから酒を飲まないようにしている。
 こんなことをしていると、流石に男にも限界がくる。そしてあるときから居直って女性の要請を全くきかなくなる。
 その時女性は、恋人と別れたときとは比較にならないほど強烈な屈辱感、絶望感、孤独感に襲われる。こういう結論になるかと思ったら、やはり女性重松清といわれる有川。この女性と男を結び付けハッピーに終わらせる。ここが有川作品に納得がいかないところ。

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新井素子  「今はもういないあたしへ・・」(ハヤカワ文庫)

新井素子  「今はもういないあたしへ・・」(ハヤカワ文庫)
人間は、人間自身も自然の一部であることを知らねばならない。二酸化炭素の排出量増大を止められなくて、地球温暖化が進む。それにより、地球の活動体系が変わり、自然災害が繰り返しおこる。陸地が海に浸食され、やがて無くなる。そして人間の存在も無くなるのかもしれない。人間は思い上がる。それは、自然破壊であり、地球破壊だと。あるいは地球にやさしくなどと。
 しかし、それも自然の中で起こっていること。単に、長い地球の歴史の経過のなかで、人間という自然界に存在していた生物が壊され、無くなることを意味するだけで、地球はその後も新たな生命体を創造し、確実に生き残る。
 生命体の大きな変革、進化はカンブリア紀に飛躍的に起こった。それは、カンブリア紀に長い氷河期があり、その極寒という常識を遥かに超えた寒さに生き残ることができるように体を変革できた生命体だけが生き残ったからという一般の説がある。
 それは違うとこの物語では言う。生命体は最初に存在したときから、少しでも遠くへ行きたい、未知なところへ行ってみたいという本能的欲望を実現しながら進化してきた。水の中に誕生して、まずは水中で遠くへいきたいと泳ぎだし、更に遠くへと陸上にあがる。更に空を飛ぼうと。そしてもっと遠くへ、遠くへと。輝いている星に行ってみたいと。「遠くへ」が進化の原動力であると。

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有川浩  「フリーター、家を買う。」(幻冬舎文庫)

有川浩  「フリーター、家を買う。」(幻冬舎文庫)
正社員であっても、フリーター、アルバイトであっても、働く場所をころころ変えることは、個々人の生き様だから別に問題は無い。
 問題は、ころころ変える職場について、振り返ってみたら、自分がこれはあわない、やってられないと投げ出した職場、あるいは勤め場所からあいつは使いものにはとてもならないと放り出されたか、どちらかしかないことである。
 自分のやりたいことはこんなんじゃあない。自分を生かす場所ではない。などとほざいている間に振り返ってみたら、相手もお前なんかいらないよと言われていたらとても切ない。
 重要なのは、どこかひとつの職場でいいから、「辞めないでくれ。お前がこの職場には必要だ。」と懇願された職場があることだ。そこに思いを馳せた時、自らの存在価値、自らの長所がわかる。そして、それは意外と、職種では無いことに気付く。
 この作品の主人公誠治は、ノイローゼになった母を目の前にして、これではいかんと踏ん張って働いた土方の仕事により、自らの生きてゆく価値を知る。

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新井素子  「明日も元気にいきましょう」(角川文庫)

新井素子  「明日も元気にいきましょう」(角川文庫)
新井は読書が大好き、それが嵩じて作家になった。家じゅう本だらけになる。結婚したとき新居に移る。そのとき本を新居にはしまうスペースが無いので、辞書以外の本は実家に置いてきた。うーん、辞書だけか。悲しかったろうなと思って読み進むと、その辞書だけで100冊あったとのこと。唖然。
 本大好人間に積んどく派という人が結構いる。たくさん本棚に本を並べることが大好き。そして気が向いたときにパラパラとめくってみる。私のような貧乏人とその根性が染みついている人間にとっては何と贅沢な人たちだとため息がでてしまう。
 本は本当に効率のわるい品物である。タイトルと大袈裟な帯宣伝を参考にこれは面白いのではと思って購入する。
 単行本では1600円/冊、文庫、新書でも700円/冊はする。
それで、まあこれだったら購入した甲斐があったと思われるのは、10冊に1冊程度。感動したとなると30冊に1冊程度。殆どが、つまらない作品ばかり。でも高い買い物をしたのだからと貧乏根性で読み通す。これが2時間から3時間の苦闘。こんなに無駄な時間を過ごすのなら他にもっといいことができたのにと悔やんでばかりなのである。

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恩田陸  「球形の季節」(新潮文庫)

恩田陸  「球形の季節」(新潮文庫)
人間が作り上げる社会はどこかおかしい。
個々の人間は、他人にわずらわされずに、自由に個性を発揮して生きていこうとしたがる。
ところが本能的には、決められた秩序をまもり、大勢や他人によりかかって生きて行こうとする。その秩序を守るということを小中学校、高校を通じた狭い世界で徹底的に叩き込まれる。時に反発はしてみるものの、齢を重ねると、他人に頼りながら、波風をおこさず、同じ日々を繰り返す社会に組み込まれてゆく。
 ならば、個性的に生きようとか、自由を謳歌しようなどと考え社会に抵抗することはまことに無駄なことである。だから、この作品に登場する藤田晋は、そんな無駄なことをする必要のない世界、晋の考えていることにすべての人々が従う世界へ連れて行ってやろうと考える。そのほうが、人々は幸せな人生を送れるはずだから。

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石持浅海   「扉は閉ざされたまま」(祥伝社文庫)

石持浅海   「扉は閉ざされたまま」(祥伝社文庫)
同じサークル仲間だった元大学生5名とその仲間の妹の6名が、かってのレストラン兼宿泊施設で同窓会を開く。
 主人公伏見が、花粉症で悩む新山に市販の風邪薬でよく効くという薬2種類を提供。酒をたくさん飲んだ後、薬を服用し眠ってしまった新山を、伏見が首を絞めて殺し、それを事故死にみせかけるため、風呂場に運び湯のなかに放置する。
 そこからの伏見の行為が奇妙。絶対新山の部屋に誰もはいりこめないように、内側ロックを締めるのに加えて、ドアストッパーまでをセットする。
 伏見はいずれは、ドアを壊すなり、窓を割るなりして誰かが部屋に侵入し、殺人が露見することは覚悟している。しかし、発見は死後10時間以上たってでなければならないと考えている。
 新山は臓器提供意思表示をしてドナー登録をしているが、東南アジアなどに旅行して買春ツアーに狂っている。そして実は性病検査で陽性反応を示していることを殺した伏見は知っている。そんな新山を伏見は許さない。法律では死後10時間を経てば、どんな臓器も提供できないことになっている。

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折原一  「毒殺者」(文春文庫)

折原一  「毒殺者」(文春文庫)
これは、よくストーリーが練れていて、構成も上手い。
まず、最初、小さな証券会社に勤めている夫が妻に5000万円の保険をかけ、トリカブトを使って殺害する。しかも、殺人は愛人に実行させる。それが成功した後、心中とみせかけてその愛人を崖から落として殺害。愛人に遺書を書かせていたので、警察は自殺として処理をする。5000万円は夫の手にはいる。折原は夫が松本の高校をでていることをここでさりげなく入れている。
 話は一転、水嶋という証券会社をやめ、証券情報コンサルタント社を経営している人間が登場する。この水嶋が、クラブで知り合った麻里と結婚をする。その麻里に5000万円の保険がかけられる。麻里はその直後から体に変調が現れ衰弱してゆく。
 水嶋は松本商業高校の出身。作品の最初で書かれていた物語がデェジャブのように進行してゆく。そこに、望月という証券会社に通っている水嶋の高校同級生が登場する。
 読者は最初の物語が頭に沁みこんでいるため、水嶋が麻里に対してトリカブト殺人を実行しているものとしてどうしても読んでしまう。しかも、いつも麻里が殺される瀬戸際まで追い込まれるの。麻里が最後どうなるのかハラハラしながら読み進める。
 そんな中、水嶋が失踪したり、望月が殺害される。で、何とその犯人が麻里だと最後に暴かれる。麻里は直前まで、殺害されそうでずっと追い込まれていたのに。全く驚いた。

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大岡昇平  「ザルツブルグの小枝」(中公文庫)

大岡昇平  「ザルツブルグの小枝」(中公文庫)
昭和28年ロックフェラー財団の奨学金を得てのアメリカ ヨーロッパ見聞記。
まだ戦争の爪痕が残っていて、海外旅行など夢物語だったときの一年間にわたる海外旅行記。しかも、最初はアメリカ。戦争で負けてしまった相手国。
 興奮したり落ち込んだり、驚嘆したり、落胆したり、揺れ幅の大きい旅行記を想像していた。最初のアメリカに向けて乗船した客船見聞記には、たしかにそんな描写もあった。そして、アメリカではサンフランシスコからロスと南に下り、そして南回り大陸横断する汽車の旅。冷静でいられるはずがないと読者は思う。
 しかし、全くその期待、想像は裏切られる。それは、大岡が、アメリカ、ヨーロッパの文学、芸術、演劇、そして歴史を深く知っていて、その造詣から、人、街、暮らしを視るからであるである。従って内容は実に濃密で、広く、深い。
 サンタフェのロレンス、ニューオリンズのスタンダール、そしてブロードウェイのシェークスピア。大岡の眼の確かさに感銘する。
 でも、ちゃんとユーモアもはしばしに挿入している。ピッツバーグでの街の見聞は笑いが止まらないくらい。文学の香りあふれる旅行記である。

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池井戸潤  「シャイロックの子供たち」(文春文庫)

池井戸潤  「シャイロックの子供たち」(文春文庫)
銀行の小規模支店が舞台。パワハラ全開の副支店長がいる。理屈、道理は通らず、成績があがらない行員には、人間性まで否定して、人前で徹底的にいたぶる。ある行員がそのいじめに理屈、道理で反逆。まともに答えることのできない副支店長が、かっとして拳を顔面に殴打する。行員は倒れ血を流し一旦家に帰るが、その後入院をする。一気に副支店長はピンチとなるが、殴打された行員が退行となり、絶対的ピンチを逃れる。それで少しは反省して態度が変わるかと思うが、そうはならず今もパワハラ全開中。
 こんな副支店長がいる小さな支店は、当然雰囲気はよくない。支店長は、本部ばかりに目がいく。達成不可能なノルマを本部は支店長経由で行員におしつける。しらける行員もいるし、諦める行員もいる。上役に食ってかかる行員もいる。早くこんなちんけな支店を脱出しようと画策する行員もいる。副支店長や上席は、ちょっとした不祥事が起きると、できる限り他人にその責任を負わせるように腐心する。まあ。とにかく勝手バラバラ。
 不満だらけ、諦めの境地の個人には、ふっとした悪い誘惑、危険な悪魔がはいりこんでくる。それが、悪のスパイラルに人生を陥れ、奈落の底につきおとす。
 忘れられている銀行の小さな支店は、切なくわびしい風が吹き抜けている。

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梨木香歩  「ピスタチオ」(ちくま文庫)

梨木香歩  「ピスタチオ」(ちくま文庫)
この小説は難解だ。
読んで感じたこと。最も生命の基盤は水であるということ。あらゆる生命が水を取り入れ、水を基礎にして活動し、そして水を排出してゆく。水とは不思議だ。零度以下になると個体になり生命の活動に寄与しない、ある温度を超えると熱すぎ使えなくなり、そして100度を超えると気体になり生命活動には不適となる。水は地球や宇宙に存在する温度のなかでは極めて限られた温度の中で存在する。それが、膨大な量の生命体を支えているのだから。
 水は空中で生まれ、地球に落ちる。そして時に木を倒したり土を削り、地球の形状を変えながら、海に流れ気体に変化してゆく。
 この水に支えられ、揺れ動かされながら、生命は活動する。もし、ある生命体が木→人間→鳥→木と輪廻していたら。人間としての活動期間ははなはだ少ない。ということは、生きているときの物語より、人間というか生命の物語は、死んでから長い長い物語となる。
世の中にはどうも人間が輪廻している生命体の一部と認識している人間がいる。その人たちは、木や鳥たちと普通にコミュニケーションがとれる。

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伊坂幸太郎  「PK」(講談社文庫)

伊坂幸太郎  「PK」(講談社文庫)
3篇の独立した小説から構成されるが、それらは最後には一つの小説として完成される。完成までが複雑で、よくわからず読者にはモヤモヤ感を残したままになる。文は平易だが結構難解な作品であり私も伊坂の意図が理解できていない気がする。
 しかし鍵らしきものはわかる。
一作目の「PK」は、ワールドカップサッカーの予選の最終戦。まったく調子の悪かったFWの小津が、ドリブル突破をして、相手の選手の反則を誘い、PKを得る。PKを蹴るのは不調の小津。そのときの小津は蒼白で、絶望溢れる表情をしている。そこに友の宇野が何か声をかける。途端に小津の表情は一転し、顔は紅潮、自信に満ち溢れた態度になり、見事にPKを決め、日本のワールドカップ出場が決まる。
 それから11年後、ある大臣に初めてなった政治家がいる。政治家は今重要な決断をせねばならない分岐点にいた。そこで政治家は秘書官に命令する。あのとき宇野は何を小津に言ったのか。どうして小津が鮮やかに豹変できたのか。
 2作目の「超人」。
かの有名なノーベルは、生前間違えて新聞に「死亡記事」を載せられてしまった。その追悼文として「死の商人」として称されてしまった。ノーベルは死んだ未来に、人々が彼をどう評価するか死ぬ前に知ってしまったのだ。そこでノーベルは未来の評価を変えたくてノーベル賞を創設した。
 3作目が「密使」。
色々手がこんだ話になっているが、今ある世界は過去のどこかで、今があることを選択する分岐点があり、そこで今に通じているAの道を行くことを決断するか、Bを決断するかで、
今が異なる世界になる。結局Aを決断したから今がある。その今、不都合が多いのでその分岐点までもどってBを改めて選択して違った世界を作り上げる。まあ、およそこんな話。
 未来の在り様を決める、今が不満だから、過去にさかのぼり、今を変える。それができる人がいる。サッカーでの宇野は、きっとそんなことができる人間だったのだ。
 

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山崎努  「柔らかな犀の角」 (文春文庫)

山崎努  「柔らかな犀の角」 (文春文庫)
最近は「~力」という言葉がもてはやされる。「老人力」「鈍感力」など。
この本は山崎の人生と重ね合わせながら、折々に読んだ本の感想が書かれている。山崎は本に対しては読解力が重要だと言っているように思う。また、作家は執筆中に興がのってくると物語の構成、設計を離れて筆が勝手に動き出すときがしばしばあり、そんな本こそ傑作となるそうだ。しかし、こういう本は作家の意図を超越して創作されているわけだから、山崎のような読解力が無いと、なかなか理解ができない。
 「~力」というのは、人生を前向きに生きねばならないと背中をおされ、他人より優れているのだと立ち位置を常に高みのところにおらねばならず、圧迫され堅苦しい。
 本は、構成もしっかりしていて、文章もわかりやすい作品が私のような年寄りにはよい。
「読解力」がなくても、すいすいページがめくれるようでないといけない。
 この作品のテーマは、作者の意図はなんだろう、ここの表現言い回しは卓越している、
そんなことを常に考えながら本を読むのは辛い。
 「吸収力」が私は今や無くなったのかもしれない。

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桐野夏生   「緑の毒」(角川文庫)

桐野夏生   「緑の毒」(角川文庫)
主人公と妻はどちらも医者。主人公は開業医、妻は総合病院の勤務医。主人公は妻が総合病院の救急医と浮気をしていることを薄々気付いている。その浮気は毎週水曜日に行われている。一人家で待つ主人公は悲しく孤独である。だから、その孤独のハケ口を近所のアパートの独り住まいの女性をレイプすることで紛らわす。
 この話では、主人公のレイプの証拠が早い段階で読者に提供され、犯人を追いつめていくミステリー感は他の桐野の作品より弱い。
 で、この作品で桐野が言いたかったのは、インターネット時代の恐ろしさである。
レイプされた4人は、インターネットですぐに結びつく。男の卑劣さ、人間としての汚らわしさを迷いながら語り合い、警察に言えない辛さを告白しあう。そして、4人で犯人を追いつめることを誓いあう。
 クライマックスの復讐、そこでもインターネットを使う。主人公が家をでたところで、主人公の映像をとりながら主人公がレイプ犯であることを叫ぶ。近所の人も集まってくる。そこも写す。
 しつこく、しつこく写す、叫ぶ、写す、叫ぶ。病院の中までそれが続く。
 写し叫ぶ度に、レイプ男の写真と叫び声をインターネットへ流し、瞬く間に世界へ拡散してゆく。主人公はなすすべもなく、奈落の底へ落下してゆく。

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佐藤優  「紳士協定」 (新潮文庫)

佐藤優  「紳士協定」 (新潮文庫)
この作品を読むと、作者佐藤は、組織の中では生き抜けない人だと思ってしまう。
佐藤が通った浦和高校というのは、県内随一の進学校であり、バンカラの気風漂う高校だったようだ。その高校で佐藤は複数のクラブに入って活動する。文芸部、新聞部、それから応援部である。新聞部というのは、今はどうかしらないが、過激思想信者の隠れ蓑となっていたクラブである。総括なる言葉が走り回り、年がら年中青臭い議論が口角泡をとばしなされていたクラブである。一方応援部は上位下達が基盤のクラブで、先輩のいうことは理不尽であってもすべて従うクラブである。応援部と新聞部という正反対の気質のクラブにも所属しているのは、かなり異才だ。
 更に大学では驚嘆したのだが「マルクス エンゲルス全集」を何回も繰り返し読んでいるそうだ。読み切ることだけでもすごいが、繰り返しとは精神構造が変わっているし強固だ。
 どうしてこうなるのか、それは何よりも人間とは何かを知りたい、人間にたいし異常に興味を持っていたからである。
 組織というのは、組織の発展のための人間関係は強くしてもよいが、発展を越えた関係については排除しようとする。もちろん、組織勤めを終えても、人間関係は続くかもしれないが、それは組織に属していたときに培われた規範が基盤にある。
 佐藤の強烈な人間探究の想いは、他人をそれで搦めとってしまうこともあるし、搦めとられてしまうこともある。組織内の人間関係は、基本は薄く、互いの領域には踏み込まずである。
 踏み込む佐藤は危ないが逆に、真の人間関係をつくることができる。タイトルにある「紳士協定」の紳士とは、佐藤が外務省新人研修時代にホームステイした家の高校生グレイ君である。
 佐藤26歳、10歳年下のグレイ君との同じ肩を寄せての数々の会話、体験が読者をゆさぶる。素晴らしい作品だと思う。

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恒川光太郎  「金色の獣、彼方に向かう」(双葉文庫)

恒川光太郎  「金色の獣、彼方に向かう」(双葉文庫)
まるで芥川の歴史、怪奇物を読んでいる雰囲気。恒川の作品は凡作が無い。文章が素晴らしくストーリーと完全にマッチしている。
 鎌倉時代、蒙古襲来があった。神風が吹きそれを退却させたというのが通説だ。この作品では違う。
 実は、蒙古は日本の実情調査のため、スパイ15名を旅楽隊という名で博多に送り込んでいた。その中に、対馬に住んで一家惨殺されたがそこから逃れた仁風という日本人と、蒙古によって壊滅させられた小国で孤児となった占術師匠鈴華という女性がいた。
 鈴華は蒙古に恨みを抱いていたので、謝という博多で一番の中国人権力者に蒙古がやってくることを折にふれ伝えていた。この謝を鈴華に紹介したのが日本人であった仁風である。
 蒙古は3万人の兵をひきつれ博多へ上陸し、家々を焼き払った。その後、兵糧を求めて家々を探索したが、何もでてこない。蒙古は日本を征服しながら食物を略奪するつもりだったので、食料は4日分しか用意していなかった。
 鈴華の情報により、すべての食糧が隠されたのだ。これでは蒙古軍は飢え死にを待つだけになる。攻め込んでも、退却しても壊滅する。
 こんな恒川の想像が歴史の真実であったと思わせる卓越した構成と文章がこの物語にはある。

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伊藤計劃  「虐殺器官」 (ハヤカワ文庫)

伊藤計劃  「虐殺器官」 (ハヤカワ文庫)
9.11テロから世界は大きく変わった。敵対する人間を徹底的に暴き出さねばならない。飛行機に乗るときは指紋をとられるようになったし、全身レントゲン写真まで撮られる。この小説の舞台はすぐそこの未来。物理的紙幣はほぼなくなっている。すべてはカードで収入支出が行われる。人々が犯罪を犯すと体にICタグが埋め込まれる。
 人々は、24時間どこでなにをしているか、コンドームをいくつ購入して誰とそれを消費したかまで把握されるようになる。
 それらの膨大などという言葉では表現できないほどの情報が刻々と集められる。これだけ人々の情報が丸裸されるとテロや紛争は無くなっていいはずなのに、情報を集めれば、集めるほどテロや紛争は頻発、増加する。
 集めることとそれを分析しテロや犯罪の危険を認識することとは異なるからだ。集めた情報の爪のあかの何千万分の一も使えず、情報は膨大なゴミとなる。
 情報を集めたり、分析したりする技術が革新的に進化することは、地球規模で、思想、行動様式の統一した人を探し、集めることを可能にする。ポツン、ポツンとまばらに点在する人間を集団化することが容易にできる。そして、集団間での争いがあっちでもこっちでも起こるようになる。テロもどんどん増加する。
 集団は強固どんどんなり、集団そのものが一つの生命体に変わる。そうすると、そこに属する人間は、生命体の一部の機能と化す。ハチが自らの命と引き換えに、集団を守る。そんなことは自然界には普通のようにある。集団化した人間の塊がハチの集団に変化する。

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恩田陸  「月の裏側」(幻冬舎文庫)

恩田陸  「月の裏側」(幻冬舎文庫)
人間になる前の生き物は、水の中で暮らしていた。それが、変化なのか進化なのかわからないが、水をでて陸へ上がった。水の中では、考えも感情も行動も、相違がなくすべて一緒だった。
時々我々は、一瞬意識を失うときがある。ふと気が付きあれ今のはなんだったと不思議な思いにとらわれるときがある。それは、人間が本来の水中に戻ったときかもしれない。水の世界に郷愁があり、時々戻ってみたいという潜在的思いがあるために起こる現象かもしれない。
 人間の祖先が、陸に上がったとき、苦難が待ち受けていた。意識、思いがバラバラになったのである。そこにそれぞれの個性が生まれた。何も考える必要もなく、仲間と同じ行動をしていればよかったのに、個性がでて、何かをやるには、相手と言葉を交わさねばならなくなった。調整や、説得が必要になった。それがうまくできなければ、争い、時には戦争に発展、殺し合いまでするようになった。行動を起こすことに、長い時間をかける話し合いが必要になった。
 個性の違いは人間の本質部分。それを薄めたり無くそうとして平和とか戦争の無い世界をといっても、なかなか本能を凌駕できない。会社や社会も、個性重視、能力重視などと言っているが、本音は水の中にいたころのように、皆が同じ意識、思いで協調しあって行動することを期待している。
 月の表側の異なった個性が本質である世界が良いのか、裏側の個性は無く、みんな平等で考え、行動がいつも同じ世界がいいのか。どうなのだろうか。

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江戸川乱歩  「吸血鬼」(創元推理文庫)

江戸川乱歩  「吸血鬼」(創元推理文庫)
乱歩、完全密室殺人では、3つの手を使う。まず、密室で殺人や事件の発生を警戒している人、探偵や刑事の中に犯人がいる。予め殺した人間を密室におく。殺された人間を警戒者が騒いでいる間に、底板が抜けて地下室か地下道がありそこに隠し、そこからどこかへ運ぶ。
 この作品では部屋の底板が抜ける。
また、犯人が逃走する。それを追いかける。もう一歩で捕まるというところで、犯人が一緒に追いかけていたけど捕まえそこねたと正義ぶって突然登場する。犯人がわかってしまう瞬間である。
 まだ色んなトリックがあるかもしれないが、少々乱歩に飽きがきたので、ここらで乱歩を読むのをやめる。
 乱歩はやっぱし短編が素晴らしい。「押絵と旅する男」「芋虫」「人間椅子」「心理試験」は文学作品としても超一流である。

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角田光代 穂村弘  「異性」(河出文庫)

角田光代 穂村弘  「異性」(河出文庫)
恋愛をするのに、特に若いうちは互いの容姿が、すべてではないが、重要な要素であることは間違いない。この容姿というのがくせもので、女性はやはり、20歳を過ぎてから25歳くらいまででピークを迎えるが、男性は35歳くらいから40代前半までが最も輝きピークを迎え、男女ではかなりピークに差がある。そして、容姿ではなく人柄が大切などと言うが、これは容姿が劣る人への慰めのように思う。つまり、ピーク時に輝いている容姿を持っている人に、殆ど人柄が悪いなどという人はいないからである。
 男性の35歳過ぎがピークというのは、そのくらいの年齢が社会へでて、仕事の責任をまかされたり、自由業でも自信があふれでてくる時、たとえくすんでいても社会を語れるようになっており、それが容姿を輝かせるからである。
 それが、輝かない人は、自信やくすみが過度にでる人である。どんな人か。
それは、この本によると、食事の後にスクウァットを100回毎日かかさず行う人だそうだ。

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金井美恵子   「軽いめまい」(講談社文庫)

金井美恵子   「軽いめまい」(講談社文庫)
最初の文が4ページにわたり、初めて句点がつく。ギネスにのってもいいような長文である。それだけで読者はまさに「軽いめまい」がおきる。どうして、こんな文体になるかわけがある。
 団地に住んでいる主人公の専業主婦。とにかくとめどもなく誰かと喋る。喋らなければ、独り言をずっと言っているか、何かがずっと頭に浮かんでいる。まったく頭がボケっと空白になることがない。中味にたいしたことほとんどない。性癖として喋っているか、頭に何かが浮かんでいなければいられないのである。
 そのありさまを忠実に文章にすると、ひとつ、ひとつの文がしまりないように長くなるのである。しかし、だらだらだけでは、当人も読者もつまらなくなる。だから、しばしば、、皮肉やユーモアがまざる。そこが、この小説のみそ。
 弘田三枝子と九重佑三子の眼は整形で全く同じものをつかっているとか、白で休日の衣装を統一している、隣のアパートの部屋の御主人をみて「カバを漂白したみたい」とか。

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高倉健&ピートハミル 「ニューヨークスケッチブック」(河出文庫)

ピートハミル 「ニューヨークスケッチブック」(河出文庫)
「ニューヨークタイムス」で長い間名物男として君臨したコラムニストがピートハミルである。
コラムは、さらさらっとしているが、印象が強く素晴らしいコラムで人気コラムとなった。このコラムの中から選集して出版された本に「ニューヨーク・スケッチブック」(河出文庫)という本がある。
確か最初は34コラムでまとめられる本であったが、もうひとつ無理やり入れられたのが「ゴーイング ホーム」というスケッチコラム。コラムは6ページという短い作品。しかし私は強烈な印象を受けた。
 ニューヨークからフロリダに向かうヤング男性女性6人。そこに、乗り合わせた寡黙で暗い初老男のビンゴ。
色んなスケッチがあるのだが、クライマックス直前にバスが走る中で少女が訪ねる。
「結婚していらっしゃるの?」
「それが、わからないんでね」
「わからないですって?」と少女。
「実は、刑務所から女房に手紙を書いたんだが、長い間、るすにすることになったから、もし辛抱できなかったり、子供たちがしつこく尋ねたりするようなら、そして、とても困るようなら、おれのことは忘れてくれ、と言ってやったんだ。事情が事情だから、再婚しろ、とね--すばらしい女だったよ、ほんとに、りっぱな女房だった--そして、おれのことは忘れてくれとね。手紙はくれなくてもよいと言ってやったら、くれなかったよ、三年半の間ね」
「それなのに、あなたはいま、家に帰ろうとしているの? どうなってるかわからないのに?」
「ああ」とビンゴは恥ずかしそうに言った。「実は、先週、仮釈放されることがはっきりしたので、また手紙を書いたんだ。おれたちが住んでいた町の入口に大きなカシの木があってね。おれが戻ってもいいのなら、その木に黄色いハンカチを結んでおけ、そしたら、おれはバスを降りて家に帰る。戻ってほしくなかったら、忘れてしまってくれ--ハンカチがなかったら、おれはそのまま、降りないで行ってしまう--そう言ってやったんだよ」
ハンカチは皆知っているようにあったよね。これがあの映画の原作。

高倉健が亡くなった。この映画が高倉健の転機になったと言われている。
映像もよかったと思うが、コラムはそれを凌いで素晴らしい。ピートハミル「ニューヨークスケッチブック」を手にして「幸福の黄色いハンカチ」の映画より素晴らしいコラムを文章で堪能してほしい。

| 古本読書日記 | 20:16 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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池井戸潤  「ルーズヴェルト・ゲーム」(講談社文庫)

池井戸潤  「ルーズヴェルト・ゲーム」(講談社文庫)
本は読まれてこそ価値がある。いくら芸術的な文学であっても読まれなければただの紙切れと同じ。
 池井戸の作品は圧倒的に面白い。だから読まれる。きっぷがいい、けれんみがない。真っ向勝負の作品ばかりである。この作品も池井戸の特徴が存分に発揮されている。
 私が勤めていた会社には野球部があった。この本によると野球部には年間3億円のお金が使われるそうだ。勤めていた会社にも浮き沈みがあった。大きな赤字を計上し、何回かリストラという名のもとに、人員整理が行われた。そんなときいつもなぜ野球部を廃部しないのかという声が強く発せられていた。それはそうだ、やむを得ぬとはいえ、会社は何の罪もない社員に退職をせまる。そんなことをするのなら、3億円もかけている野球部をまずなくすべきだ。多分会社を自らの気持ちに反してやめた人たちの中には、会社にそう訴えていた人もいただろう。
 こんな時、野球をやっていた選手たちの想いはどうだったのだろう。辛かったろうなと思う。この作品には会社が傾きかけリストラを横でみている選手たちの苦悩がよく描かれており、なるほどあの時、勤めていた会社の選手たちもこんな状態だったのだとよくわかった。
 それでも、私の会社も野球部は廃止しなかった。会社が傾きかけたときは、jリーグが創設され、野球はダサク、もうだめではないかという風潮が全国にも蔓延した。都市対抗野球の観客席も観客は少なくなった。
 それでも、攻撃のときには、一斉に声をあげ、味方会社を応援。ピンチの時には、両手を目の前に組んで必死に祈る。この野球のリズムは企業の一体感、絆を作り成長させる。
 我慢の時代は去って、観客、応援席もたくさん埋まるようになってきた。苦境の時ほど
社員同士のその企業を愛し、信じる気持ちの強さが必要なのだ。社員こそ宝物と考え経営が行える企業こそが最後は生き残り発展すると池井戸はこの物語で訴えている。
 東京都市対抗最終予選のゲームの経過描写に池井戸は渾身の力をこめ、
30ページ以上を費やしている。実に迫力があり手に汗をにぎる。

| 古本読書日記 | 06:33 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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江戸川乱歩  「幽霊塔」 (江戸川乱歩文庫)

江戸川乱歩  「幽霊塔」 (江戸川乱歩文庫)
次から次へと本を読んでいると、前に読んだ本の内容を忘れてしまう。知識、教養の上積みが全く無い。何て無駄なことをしているのだと心底思う。
 この作品に芦屋暁斎という医学博士がでてくる。乱歩の作品のどこかで読んでいるような気がする。でも、何の作品であったか思い出せない。この芦屋先生、外科とかひとつの専門医の知識だけを探究するのでなく、あらゆる医学、薬学を習得し、結果、ある顔から別の顔を作り出すことに成功する。ただ、その顔は鼻筋のあたりなどに、どうしても元の顔の面影が残ってしまう。この作品は、その整形顔が事件をとく鍵となる。
 また、めずらしく、探偵が脇役でしか登場しない。
主人公の恋人への強い思いが、事件の真相に近付ける物語になっている。

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垣根涼介  「サウダージ」(文春文庫)

垣根涼介  「サウダージ」(文春文庫)
最近の小説は、高校生、中学生の主人公が、人との関わりが上手くいかなくて、登校拒否になったり、ひきこもりになるか、街へとびだしてぐれる物語が多い。
 一時期の人生での逆風。それに対して、一瞬の感情的対応、発散。それがその時は恰好よく見える。だから、学校にはいかない。愛などと縁のない性遊びに彷徨う。チンピラぶりっこをする。バイクを改造して、夜の街で群れを成して爆音をひびかせ走り回る。
 そして学校中退となる。そのとき、あくまでそのときは恰好よく映る。
しかし、人生はその直後暗転する。
 継続的な生活を送るための就労場所が無いのである。脱出できない底辺の生活、その日、その日をしのぐだけの生活が始まる。いけどもいけども出口が無い。
 そして、大きなお金を手にいれるためには、常に死と隣り合わせた、悪業に手をださねばならなくなる。それが底辺から脱出する唯一の生きる道となる。
 この小説は、そんな行き場のない人生から脱出を試みようとする悲しい人々の物語である。

| 古本読書日記 | 05:54 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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江戸川乱歩  「悪魔の紋章」(江戸川乱歩文庫)

江戸川乱歩  「悪魔の紋章」(江戸川乱歩文庫)
大企業の社長である川出氏のところに、川出社長から受けた非道な扱いの仇を討つと宣言し、川出家族をひとりひとり殺すという差出人不明の手紙が届く。
 驚いた川出社長は、警察に言ってもまともにとりあげてもらえないと考え、明智小五郎名探偵に真相を暴き、家族をすくってもらおうと依頼しようとしたが、明智が不在だったため、当時明智と並び称されていた名探偵宗像博士にその依頼をした。
 この作品、次女を誘拐する場面で、犯人がわかったとうなずく。ところが乱歩がここで変化球を放つ。あれ?違ったかと思うが、お化け屋敷で犯人を追いつめるところで、犯人が消えていなくなる。ここで、やっぱし犯人は誘拐のところで思った奴が犯人であることに確信を持つ。それを知ってから、明智探偵が登場するまでが長く退屈な読書だった。

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垣根涼介  「張り込み姫」(新潮文庫)

垣根涼介  「張り込み姫」(新潮文庫)
手放しに素晴らしい作品。リストラ請負人、村上真介シリーズ「君たちに明日はない」の3作目。全二作より物語の造詣が深く、人間を見つめるまなざしも鋭くなっている。どうしてこんなに変化したのかと思ったら、垣根はこの3作目を書く前に病気になり2年間休筆を余儀なくされている、そこで何かをつかんでいる。満を持しての復帰作。当然力もはいる。
 この本は4編の作品になっている。
私たちは、知らず知らずのうちに、自分の所属している組織、団体、(例えば会社とか、公務員とか、地域自治体とか、)のレンズを通して、人間を良いとか悪いとか評価してしまっている。
 しかし深く人生を考え、こよなく人間を愛しようとしている人は、同じタイプの人間に出会うと、その人がどこに属しているか関係なく、互いの琴線が触れ合い、ビビっと魂を揺さぶられあう。
 この短編集「やどかり人生」に登場する転職を繰り返す、会社組織にはなじめないようにみえる古屋、「みんなの力」に登場する自動車整備士宅間の鮮やかな飛躍は、人間をみつめる視線をどこにおかねばならないか読者に迫ってくる。
 久しぶりに小説を読んだという気持ちになり満足感が溢れた。

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平松洋子  「野蛮な読書」(集英社文庫)

平松洋子  「野蛮な読書」(集英社文庫)
その昔4大ポルノ作家がいた。川上宗薫、富島健夫、宇野鴻一郎、それに団鬼六。
この中で、宇野鴻一郎だけが顔が浮かばない。写真をとらせない作家だったのだ。あのエロムンムンの文章はどんな顔をして書いているのか興味津々だった。
 ところで宇野鴻一郎は昭和37年「鯨神」で何と芥川賞を受賞している。この作品は村に禍をもたらす、鯨の姿をした神を主人公のシャキが死闘の末倒す物語で、その死闘場面はこれでもかというほど壮絶な場面が描かれ尋常ではない迫力に圧倒された覚えがある。凄い作家と心底思った。芥川賞受賞からしばらくして、宇野の作品が見られなくなった。それから3年後、宇野はとんでもない書き出しの本で再登場した。「鯨神」と再登場の間に、宇野に何が起こったのか。この落差はどうしたのだ。
 「あたしレイコ。人妻看護婦なんです。」
 「課長さんたら、ひどいんです。」
 「あたし濡れるんです。」
しかし、この書き出しはすごい。この一行だけで、宇野ポルノワールドへ読者をひっぱりこむのだから。驚くべき才能をもつ作家である。

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池井戸潤  「民王」 (文春文庫)

池井戸潤  「民王」 (文春文庫)
その昔、漢字をまともに読めない首相がいた。マスコミやテレビの芸能番組で揶揄され大恥をかいた。いつからか、首相の原稿には漢字すべてにルビがふられているとの噂がでるようになった。この物語は首相たるもの、なぜ漢字をよめないのか、それはある陰謀で、首相のバカ息子と首相の脳が入れ替わったために起きたためとしている。
 バカ息子はとにかく属している大学には殆どいかず、首相のもたらすでかい金を使って毎晩、高級クラブでお姉さまと遊びまくったり、やりまくったり、わがままし放題の生活を送っている。まあ、手の付けられないアッパラパーな息子である。
 この2人がいれかわるから大変。なにしろアッパラパーがいきなり首相となるのだから。
一方首相も大変。アッパラパーに代わり、就職試験をうけ、どこかの企業にはいらねばならないから。
 首相は企業といのは、表面は、お客様本位とか正義の面をかぶっているが、実際は政治と結びついて、金を動かし、汚いことにより金儲けをしていること知っている。ところがアッパラパーはそんなことを知らないし、意外とピュアな性格で、企業を真っ直ぐ信じて、企業のスローガンに共感したから入社したいと志望書類に熱く記述する。首相はそれに心から感動する。そして、就職面接で、その思いを語る。当然企業側はしらける。企業と首相の強烈な言い合いがはじまる。こんなんだからことごとく就職試験におちる。
 一方アッパラパーは、ピュアな気持ちをそのままに、人々の立場にたち、金だけで動いている政治にたいし、その利権をはく奪する政策を実行しようとする。
 内容の濃さはあまりないが、結構社会の本質をついた作品に仕上がっている。

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江戸川乱歩  「怪人二十面相 少年探偵団」(講談社文庫)

江戸川乱歩  「怪人二十面相 少年探偵団」(講談社文庫)
トリックというので、乱歩がよく使う手は、人間が本来もってしまっている固定観念の裏をかくというもの。
 密室殺人事件では、殺人が起こらないように警備している人間がいる。完璧な警備をしているのに、殺人が見事に行われる。こういう場合はたいてい警備をしている中に犯人がいるかすでに殺人は行われていて、死体が密室にある場合が多い。
 まじめな作家は、換気扇の穴に酸素吸収バキュームを設置し、部屋の酸素を無くして窒息死をさせるなどというとんでもないことを考える作家もいるが・・・・。
 この作品で使われている盲点。県が異なれば、事件にかかわる2つの場所は距離がかなり離れているのではと思い込む人間の錯覚。
 価値の高い美術品である仏像11体をある寺から盗んで、それを隠れ家に持ち込む。寺と隠れ家は違う県にある。重い仏像が、出入り口から搬出されることなく忽然と消える。かつそんな重い仏像を運ぶ車も存在しない。どうしてそんなことが可能なのか。
 実は県が異なっていても、2つの場所は県境を挟んで隣り合わせで距離は10メートル。
地下にトンネルが作ってあって、搬入、搬送が行われていた。

| 古本読書日記 | 06:25 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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森浩美  「家族の見える場所」(双葉文庫)

森浩美  「家族の見える場所」(双葉文庫)
NHKで震災復興応援歌としてよく流していた「はなはさく」という歌、流れるたびに偽善ぽくていやだなあと思っていた。
 今年、町内の自治会長をした。その活動の中で、河原にある公園にコスモスをみんなで植え秋にはコスモスをみながらお祭りをすることが、自治会連合で決まった。皆と言ったって花畑をつくったり、種をまいたり、水をやったり、草取りをしたりすることは毎日のようにあり、皆でできるわけがない。そこで結局連合会の会長と私と会長の友だちの3人が暑い最中、殆どの作業をした。
 がっくりきたのは、台風18号で鉄砲水がでて、コスモスが全部水の下、濁流の下に沈んでしまったことだ。何のために今まで苦労をしてきたのか・・・・。水が全て引いたあと、倒れたコスモスが現れた。倒れても蕾ができていたり、中には小さな花をつけていたものもあった。花の生命力の強靭さには驚愕した。台風の去った翌日、竹をとってきてつっかい棒にして立たせる作業をした。1000本にもわたる倒れたコスモスを起こした。
 そして祭当日は、色とりどりのコスモスが公園一面に咲き誇った。
偽善だと思っていた歌「はなはさく」がじんと心に沁み渡ってきた。
 この短編集「イキヌクキセキ」。東北大震災の津波で家族を失った葵が、預けられていた伯父さんの家から石巻に里帰りをする。家のまわりに母が大好きだったひまわりの種をまき、そして自分の作った歌を歌って、たった一人のコンサートをしようとする。
 そんな物語を読みながら、秋風にゆれるたくさんのコスモスを思い出した。

| 古本読書日記 | 06:04 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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