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2014年07月 | ARCHIVE-SELECT | 2014年09月

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山田詠美  「ライ麦畑で熱血ポンちゃん」(文春文庫)

山田詠美  「ライ麦畑で熱血ポンちゃん」(文春文庫)
現在私はテレビを殆ど見ない。きっかけは、芸能人でもコメディアンでも、内輪で集まって、
内輪の付き合い話をして、内輪だけでもりあがり大げさに笑いあう番組ばかりをみせられるようになってからである。テレビをみているひとには興味もわかない。誰も知っている人や親しい人がいないのに、仲間うちのコンパを見せられるからである。テレビとの間に埋めがたい距離ができてしまった。
 このエッセイはまるでそんなテレビを見ているように感じる。ちっとも読んでいて面白さを感じない。日記として書いて、内輪で回し読みでとどめておけばいいような作品であり、この本を出した出版社と山田詠美の見識を疑いたくなる。

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いしいしんじ 「ある一日」(新潮文庫)

いしいしんじ 「ある一日」(新潮文庫)
慎二の奥さんの園子さんが、43歳で妊娠。出産予定日に医者にゆき、そこからギャラリーや寺町商店街、錦市場を経て我が家に帰り、祝い会の食事中に陣痛がおこり、そして出産するまでの一日半の物語。
 いしいは、一般読者とははっきりと距離をおき、自らの想像宇宙を縦横無尽にとびまわる独特の世界を、言葉にして物語を創る。わかる読者にはわかるが、わからない読者は読んでくれなくてもいいという姿勢がいしいにはある。
 この作品も陣痛までは、石井独特の世界が躍動する。人間の源が西マリアナ海嶺にでき、そこから長い旅をする。それは古代にとんでみたり、彼ら夫婦が行ったキューバにとんでみたり、いしい独特のイマジネーションの世界が展開する。
 しかし、この物語のクライマックス、陣痛開始から子供が生まれるまで、いしいの目の前に展開する過程は、いしいのこだわるイマジネーションは見事に破壊され、ひたすら、高齢出産の現実そのものが描かれる。現実がイマジネーションに打ち勝った瞬間である。
 それだけに陣痛から出産までの描写は、生々しくかついしいの卓越した表現力により読者を畏れと驚愕の世界にいざなう。

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有吉佐和子  「花ならば赤く」(集英社文庫)

有吉佐和子  「花ならば赤く」(集英社文庫)
有吉没後20周年を記念して、文庫としては新刊で出版された作品。50年前、「週刊明星」連載作品。
 50年前のため、今と違いラブシーンに至るまでの盛り上がりやラブシーンそのものをしつこく、深く、そのときの女性が持つ官能や、感情の起伏は描いてはいない。
 すべてのラブシーンが一行、二行で終わってしまっている。恋愛や憎しみが深く掘り下げるにはやはり現在は、ラブシーンでの体や心の高まり表現が必要だ。
 そこがないため、恋愛がどことなく、薄く、理屈っぽくなってしまっている。
有吉は、喋り表現が非常に優れている作家。そのしゃべりを読者が読むことにより登場人物たち心の動きが認識できるところが有吉作品の優れているところ。この作品は、重要なしゃべりに鋭さが無く、喋りでなく説明文章が多く、有吉作品本来の良さが影を潜めている。

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吉行淳之介 「目玉」  (新潮文庫)

吉行淳之介 「目玉」  (新潮文庫)
吉行の魅力であり不思議なところは、普通の人であれば、衝撃をうけ、落ち込んだり、興奮したりするようなことを、実に日常の普通のことのように対処し、表現する。
 収録されている目玉、白内障で目が見えなくなるが、淡々と手術を受ける。実際は大変だったろうと思うが。もう片方の目も、見えるが白内障と言われ、ついでの感じで手術を受ける。
 圧巻なのは、最後に収録されている「葛飾」。腰の痛みに耐えられず、歩くのもままならない時、葛飾の整体師の先生を知り合いから紹介される。その程度の痛みなら一発で治すと
聞いたから。
 一回では治らず、先生に治るまでに2,3回は必要と言われ、どうしようかと悩むが、日がな一日、仕事もできずごろごろしているばかりなので、車を3時間半運転して先生のもとに通う。全くなおらない。先生の胡散臭さにも気が付く。
で気が付くと、治らないままなんとぶらぶらと3年以上も通ってしまった。

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海猫沢めろん  「ニコニコ時給800円」(集英社文庫)

海猫沢めろん  「ニコニコ時給800円」(集英社文庫)
この前地区で、警察の人にきてもらい、中高生の犯罪補導の実情とそれを防ぐ手立てについて講演をしてもらった。やってきたのは市の警察生活安全課の警部補。
 初めてみるかの有名な生活安全課の警官。ひとしお感慨が沸いた。
 生活安全課というのは末端警察署のなかでは役得のでかい課である。検査、監査と称して
スーパーやらコンビニ、それにパチンコ屋などに出入りする。
 パチンコ屋というのは、裏ロムという不正の回路を使い、パチンコ出玉を完全管理している。どの店でも全く同じ確率で出玉がでるのであれば、どこのパチンコ屋に行ってもならせば結果は同じとなるのでそれではパチンコ屋の存立している価値はなくなる。
 生活安全課はその不正を摘発するための組織である。もし厳しく取り締まれば、この世にパチンコ屋という商売は無くなるはず。つまりパチンコ屋は不正をやることにより成立している商売なのである。
 ここで生活安全課の人間とパチンコ屋がつるむ。時に不正検査をする。その前に定例会があると言って(定例会は立入検査のこと)こっそりパチンコ屋に検査日時をこの警官が教える。そのときだけ不正ロムを取り除いておく。生活安全課のパチンコ屋担当、3年もやると家一軒建てられるそうだ。

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吉行淳之介 「私の東京物語」(文春文庫)

吉行淳之介 「私の東京物語」(文春文庫)
どれも、これも、ちょっと手をのばせばあったが、いつのまにかすーっと消えたもの。吉村にとっては昭和20年から30年にかけてあったもの。銀座がずっと大衆的な街で屋台まで舗道にでていた。
 吉村は高揚することもなければ、落ち込むこともない。遊園地。パチンコにスマートボール、射的にビックリハウス。そこは、ウィークデイの昼間は、人の姿はポツリ、ポツリ。すべての遊具や風景がくすんでみえて、一段と寂しい。しかし、どうしてなのだろうか、週末家族連れでいっぱいになっても、やっぱりわびしくさみしい。
 色んな遊具がなくなり、しぶとくパチンコだけが生き延び隆盛を誇っている。
吉村の話はあちこちよく歩く。女性と歩いても、一人で歩いても、文章も風景も霞がかかり、後姿はどこか寂しい。
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ジョン グリシャム「処刑室」(新潮文庫)

ジョン グリシャム「処刑室」(上)(新潮文庫)
ジョン グリシャム「処刑室」(下)(新潮文庫)
70歳を目前にした死刑囚サム、事件を引き起こしたのは23年前、そして死刑が確定したのは9年前。彼の住んでいるミシシッピー州は、死刑執行停止がなされていた。それが、突然停止解除が知事によって宣言され、8週間後の8月8日にサムの死刑執行が行われることになった。
 サムは死刑判決になった事件以外に2件の殺人あるいは殺人加担事件を引き起こしていた。でも全くそれは事件にならなかった。相手が黒人だったから。当時黒人は家畜同然の扱いで
殺されてもミシシッピーでは殺人事件扱いにならなかった。
 あれから23年。社会は大きく変化した。人種差別はもちろん、ブスだとか醜いなんてことは言ってはならない。でも、形式だけが単に整えられただけで、人々の思いや魂は何も23年前と変わっていない。アメリカに存在する苦悩、矛盾は綿々と受け継がれている。
 死刑とは何だ。人を殺すと決定した判事や陪審員が人殺しをするわけではない。それを決めている国や州が人を殺すわけではない。まして、被害者の家族を含めた関係者が罪人を殺すわけではない。
 何ら判決にも事件にも全く関係ない罪なき人が国、州に成り代わり従い人を殺す。この
闇はあまりにも深い。70歳で死刑執行。執行しなくても、老い先はそんなにない短い。そんな年齢の人間を力で殺すことに何の意味があるのか。そのまま、刑務所に生かしておいてもいいのではないか。重い問題だ。
 文庫1000ページは長い。しかし、厳しく重い課題を読者に提供する。グリシャム渾身の一作である。
 この作品も映画になっている。リンというおばさんの役を、私にとっては「華麗なる賭け」にヒロインとして恰好よく登場した憧れの女優フェイダナウェイが演じている。驚くことに
その年のワースト助演女優賞にノミネートされた。

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歌野晶午 「家守」 (角川文庫)

歌野晶午 「家守」 (角川文庫)
5編の中編集。
タイトルになっている「家守」の密室殺人事件のトリックがとんでもない。
被害者が窒息死するのだが、犯人は排気口の業務用の掃除機の吸い口を差し込み、掃除機を運転させ、部屋の空気を吸い取り窒息死させるという手口。本当にそんなことが可能か。自分の家を見渡してもとても可能に思えない。そうか我が家は安普請。空気を抜いても、抜いても隙間からいくらでも空気が供給されるから。
 プロパビリティとい言葉がある。「ありそうなこと」と訳す。殺したい酒飲みを飲み屋に連れてゆく。そいつは車できている。だから飲むのを我慢する。そいつの前で、おいしそうに浴びるように酒を飲む。そいつは、我慢しきれなくなり、酒を手にする。そしてその帰り交通事故を起こし死んでしまう。銭湯で殺したい男の足元に石鹸をしのばせておく。ひょっとすれば石鹸で足をすべらせ、転倒して頭を打ち死ぬかもしれない。
 これらは、たとえ殺したい奴が死んでも事故死となり、罪に問われることはない。こういったことを繰り返しやっているやつがこの世には結構いそうだ。そんなことを考えさせるのが最後の作品「転居先不明」だ。


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吉行淳之介 「エッセイコレクション①1紳士」(ちくま文庫)

吉行淳之介 「エッセイコレクション①1紳士」(ちくま文庫)
すでに読んだことのある作品が多い。
女性にもてたくて、ダンディをはき違え、頭から足元まですべて外国製でとりそろえてバーなどにやってくる輩がいる。
 「あの人、全部外国製ね。」
 「そうだな。国産は肉体だけか。」
 「でも胃袋には外国産のブランデーがはいっているわ。」
 「それも数時間もすると、国産の小便になってしまう。」
こんなウィットにとんだお話が満載。 


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吉行淳之介  「やわらかい話」(講談社文芸文庫)

吉行淳之介  「やわらかい話」(講談社文芸文庫)
吉行対談集。
男には地理派と歴史派がいるそうだ。歴史派はじっくりできるだけ長く一人の女性とつきあう人。地理派は、今日はこの女性と、明日は別の女性と、あっちこっちの女性に手をだす人。
 ここでは書けないけど、山口瞳とのこんにゃく問答が面白い。中学生のころすきやきの糸こんにゃくを買っているお母さんに、普通のこんにゃくも買ってとねだる。そんなものどうするのか。青春の入り口に立っている少年をおもわず連想してしまう。
 桃井かおりがコンパとか飲みにいって、帰りに男に送ってもらう。こんな人ならキスぐらいしてもいいかな、場合によったら、お遊びしてもいいかなとは思うことがしばしばあったが結局実行したことはなかった。
 そこで監督がでてきて「ヨーイ 本番!」と掛け声をかけてくれたら実行できたのにと言っている。


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角田光代  「今日もごちそうさまでした」(新潮文庫)

角田光代  「今日もごちそうさまでした」(新潮文庫)
松本清張は、擬音語、擬態語を全くといっていいほど使わなかった。清張に限らず、吉村昭など清張世代以前の作家は誰も殆ど使ってない。
 新言葉を創作したり、擬態、擬音をわんさか取り入れた作品を最初に作った作家は椎名誠ではなかったか。作品が漫画や劇画に相似してきた。角田もその手の作家だ。で、このエッセイは不思議だ。前半は、いやになるほど擬態、擬音、それから角田独特の創作語のオンパレード。それが、後半になるにしたがって、擬音、擬態が影をひそめ、それまで飛んだり跳ねたりしていた作品が静かで落ち着きだした。私は後半の静かな文体を好む。
 栗ごはんを口に入れると「もかもか」する。と角田は書く。この「もかもか」の発明に余程感動したのか、5行の間に「もかもか」が4回も登場する。
 擬態、擬音は入れすぎると、文章の品が下がり読者が馬鹿にされたような気になる。


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吉行淳之介  「ダンディな食卓」(グルメ文庫)

吉行淳之介  「ダンディな食卓」(グルメ文庫)
面白いエッセイ集である。
マージャンで大きな手に振込点棒がなくなると、ドボンという。ドボンというのは船乗りが甲板の手摺を超えてしまって、海に「ドボン」と落ちることからきているそうだ。
鱈は大食なる魚。それで大食いをすることを「鱈腹食べる」という。引っ越しての近所への挨拶。僕らの小さい頃はそばを持って近所を回った。「おそばにまいりましたからよろしく」という意味。
 吉行は、こんな薀蓄をはさんだ小気味よいエッセイをどんな格好で書いているかとおもいきや腹ばいになって執筆しているのだという。変な作家だとおもいきや、あの佐藤春夫も腹ばいで小説を書いていたそうだ。
 ベッドの枕の先の壁を四角にくりぬく。そこから顔をだして執筆する方法が、一番按配がいいと佐藤春夫は言っている。

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吉行淳之介  「街角の煙草屋までの旅」(ランダムハウス講談社文庫)

吉行淳之介  「街角の煙草屋までの旅」(ランダムハウス講談社文庫)
吉行、小説は肌合いが私と合わず敬遠しがちなのだが、エッセイは感心するほどに素晴らしい。どれも、言葉使い、文章、構成がよく練れていて、短文であっても神経を研ぎ澄まし、骨身を削って創作していることがわかる。大変な労力だったろうと思う。
 缶詰めというわけではないが、ホテルに連泊して作品を創ることが吉行は多い。最初はお茶の水の「山の上ホテル」にしていたが駐車場スペースが少ないということで、「ニューオータニ」に変える。ここで大喧嘩をして最終的にどこに行くにも都合が良いということで
「帝国ホテル」を定宿とした。
 さらさらとあの「帝国ホテル」を定宿にしたと書く。小説家というのはどえらい金持ちだと感心する。それで、帝国ホテルで高級三昧かと思うと、ちょっと食事は近くの蕎麦屋までとか。外出をする。行先は「パチンコ屋」と「ゲームセンター」。夜はテレビにかじりつき
「クイズダービー」と「白い巨塔」を楽しむ。
 帝国ホテル住まいと行動のギャップが大きすぎ、ただただ唖然。



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吉行淳之介  「日日すれすれ」 (集英社文庫)

吉行淳之介  「日日すれすれ」 (集英社文庫)
AV女優の芸名は安直でおかしなものが多い。
吉行の最大の販売数を記録した作品は「夕暮れまで」。当時「夕暮れ族」なんていう女性がでてきて流行語となった。そして極め付けはデートクラブ「夕暮れ族」という店ができ、そこの経営者が筒見待子と言った。この名前をみて驚愕しかなり衝撃を受けた。今でもこれを超えるAV女優の名はでてこない。
 「筒ヲ見ルノヲ待ツ子」か。
このエッセイを読んでそうだったかと思ったことがあった。
パチンコは戦後大流行りしたが、その後下火になりパチンコメーカーの多くが廃業したり倒産した。こんなパチンコを復活させたのがチューリップの発明だった。最盛期には3段チューリップがでていた。
 ところが警察がチューリップは射幸心を煽るということで禁止した。そこでできたのが
フィーバーという台。
 不思議だ。チューリップなど比較ならないほど、射幸心をあおり、そのため依存症のひとたちの悲劇はあふれているのに、全く禁止にならない。
 警察署長が転勤するたび、家一軒くらい建てられるほどのお金がパチンコ屋から流れているとか、政治献金最大の団体こそパチンコ業界ということを時々聞くことがある。

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吉行淳之介 開高健  「街に顔があった頃」(新潮文庫)

吉行淳之介 開高健  「街に顔があった頃」(新潮文庫)
最近は、しつこいストーカーから発展した殺人とか、低年齢の女の子を連れ去り殺すというような殺伐とした事件が頻発している。犯人はいずれも、社会から落ちこぼれ、無職で孤独な男だ。
 そう言えば、ビニ本やおとなのおもちゃを売っている店はどこへ消えたのだろう。タッチバー、おさわりバーはどこへ。昔は色あやし世界への入り口、かけはしが街場には必ずあった。それを囲むように赤青ネオン、提灯の店がある。そして、そんな店は、それほど高い値段をとらず、青年諸君には実に優しい店であった。
 そういった街が、バキュームカーのように無垢な青年たちを吸収、そんな暖かな場所から
青年たちは成長していった。
 今そんな場所には、ブラック企業の酒場かひっかけバーがはびこり、あたたかさや潤いが消えた。
青年は成長のための場所を失い、ぎらぎらした獰猛な眼と心をもって通りを歩く。

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白石一文   「翼」 (鉄筆文庫)

白石一文   「翼」 (鉄筆文庫)
白石久しぶりの作品。独特の白石節アフォリズムの世界がとても懐かしく感じた。
白石の作品の素晴らしいところは、箴言が物語に上手く溶け込んで、それ故、箴言が読者にぐっと迫ってくるところだ。
 しかし、今回の作品は、箴言の部分が多すぎ、更に物語が、現実離れしていて、箴言が溶けることなく、ゴツゴツとあちこちで山のように独立していて、読んでいてうまくはいりこめなかった。
 それより驚いたのは、浜松ホトニクスを思わせる浜松光学という会社が登場。浜松ホトニクスは浜松では光技術の最先端の会社で、業績もすばらしく、憧れの会社として浜松に君臨している。その会社の内部がねっとりと暗く、社員や社長一族のなかに、自殺があったりすることが、どこまで真実か知らないが作品で描かれていることにびっくりした。

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三浦綾子  「忘れえぬ言葉」(小学館文庫)

三浦綾子  「忘れえぬ言葉」(小学館文庫)
三浦のエッセイをたくさん読んでいるが、殆ど他の作家との交流の場面や話題がない。
三浦は文学大好き女性だったので、そんな女性が読んできた小説は国内外問わず読んでいる。それでも、誰か他の作家に師事したり、文章を学んだりしていない。文章と文体の区別もよくわからない。ただひたすら
 「たった一人の胸でもいい、もしその胸を打つ小説が書けたら」
と思いながら創作に打ち込む。
 このエッセイには、三浦の心に響いたり、時に人生観を変えた色んな人々の言葉が書かれているが、そのどれよりも三浦が書いた次の文が一番ズシンときた。
 「言葉は人格の所産である。」

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吉田修一  「太陽は動かない」(幻冬舎文庫)

吉田修一  「太陽は動かない」(幻冬舎文庫)
物語の終わりの少し前、丹田という政治家五十嵐の秘書が言う。
「良い政治家なんて何の役にもたたないんですよ。力のある政治家だけが国を動かせるんだ。」こんな叫びが実に空しく響く作品である。政治家なんて微塵も国を動かす人間ではない。
 地球は実に小さく狭くなった。何しろこの作品でも、広津が「福寿園」のおいしい炒飯が食べたいと言うと一緒にいたAYAKOが世界で一番おいしいチャーハンを食べに行くと
言って広津をサンフランシスコに連れてゆく。今の世には、国を全く意識することなく暮らし、活動する人間がいる。そういう人間が地球をベースにして争い、それに勝つと地球を動かし、大金をものにする最も力のある人間として君臨する。例えばこの物語のように、原発が否定され、石油はもう時代遅れの燃料となった今、次世代のエネルギーは何であり、それをどう作りだし、それをだれが手にするか、こんな課題には国や国を前提として動く政治家など何の役にも立たないのである。
 エボラ出血熱。これも国単位では制御できない。そして、それを材料にしてどこかに大儲けする人間がいる。何だか集団的自衛権がどうのこうのなんていっていることがアホらしくなる。


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三浦綾子  「嵐吹く時も」 (新潮文庫)

三浦綾子  「嵐吹く時も」(上)(新潮文庫)
三浦綾子  「嵐吹く時も」(下)(新潮文庫)
この作品主人公は志津代であり夫の文治である。だけど、作者がこの作品で最も力を注ぎ描いたのが志津代の弟の新太郎である。
新太郎は志津代の母ふじ乃のたった一度の過ちでふじ乃が身籠りできた子と思われている。もちろん母親であるふじ乃もそう思っている。周りがどう思っているかは別としてふじ乃は新太郎を不憫に思い溺愛する。それにより新太郎は手がつけられないほどわがままな子となる。
 そのふじ乃が、新太郎の父と思われている増野と再婚して東京へ新太郎を連れて行く。ここから、新太郎は殆ど登場しなくなるが、この東京時代に社会主義者でありキリスト教信者である北村と交流し、新太郎は強い影響を受けたようだ。
 20年ぶり、新太郎は、わがままなところは全く消え、暖かく、慈愛に満ちた人間にかわり、志津代や文治の前に現れる。
 「人間はすべてあやまちをおかす。あやまちを犯さない人間などいない。」
と言った直後に暴れ馬の下敷きとなり絶命する。その姿は、あらゆる人々の罪を背負って
神の元へ旅立ったキリストを思わせる。


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三浦綾子  「難病日記」 (角川文庫)

三浦綾子  「難病日記」 (角川文庫)
三浦晩年の日記集。
聖書の伝道の書にある言葉。
「多くの書を作れば際限がない。多く学べば体が疲れる」
今はこの警句に従い、日に2冊を限度として本を読むようにしている。でも、どうしても読みたくなることがしばしば、昨日も4冊読んでしまい自己嫌悪。それにしても確かに本は際限なく作られている。毎日、本に追いかけられているような圧迫を感じている。
 この日記を書いている時、松本清張が亡くなっている。三浦も松本も文壇からは嫌われ避けられていた。でも、文壇の作家たちが束にかかっても彼らの本の販売数の足元にも及ばない。三浦と松本は熱い交流をしている。会うことはままならなかったが、しょっちゅう電話で会話をしていた。作家というのは、本来世をばかにしているか斜めにみている。スノビズムで世を解脱したような作品を、文章を仲間内で褒めあいして世から隔離されていることを喜ぶ。
 三浦と松本は世の中に飛び込み、テーマをもって常に人間そのものを描こうとしている。
2人とも初期を別とすれば、口述筆記で作品を創る。精魂と体全部を賭して、炎の言葉を吐く。こんな作品が読者を揺さぶらないわけがない。文壇というところは、情熱の塊の作品を質が低いと忌み嫌う。本当に情けない。

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三浦綾子  「なくてならぬもの」 (光文社文庫)

三浦綾子  「なくてならぬもの」 (光文社文庫)
鳩山元首相が中国へ行って、「尖閣諸島は日本領土ということはおかしい」と発言をして
中国政府関係者や中国マスコミを喜ばしているなどという記事が中国系の通信社から配信される。そうすると、インターネットのブログでは「売国者」「鳩山は日本に帰ってくるな」
など夥しい数の鳩山非難があふれかえる。
 日本政府が懸命になって尖閣は日本の領土と世界に訴え、尖閣の現場では海上保安庁が中国船の領海侵入に対応している。こんな現状に元首相が売国のような発言を頻繁に繰り返していることは確かにどうかとは思う。
 戦争中、ある一般の人が「根室飛行場の一番偉い人は軍曹らしい」と友達に言った。そしたら言った当人はおろか、聞いた友達、言った当人の親までが警察にしょっぴかれ厳しい拷問にあったそうだ。日本国の秘密をばらしたための罪だ。こんな話をこの本で知ると正直「特定秘密保護法」成立は少し怖くなる。
 鳩山さんの発言はどうかと思うが、こんな発言を自由に言える状態にある日本は良い国だとしみじみ思う。

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朝井リョウ  「星やどりの声」(角川文庫)

朝井リョウ  「星やどりの声」(角川文庫)
父は6人目の子ができ名前を真歩とつけた。男の子だけど女の子っぽい名前。そのとき、父は自分が癌を患っていて数年しか生きられないことを知っていた。父は自分のやっていた喫茶店の天井に小窓をつくり光が入ってくるようにして、店の名を「星やどり」と変えた。
 父が亡くなって何年かが過ぎた。
それまで仲の良かった兄妹たちが、恋人を作ったり、就職に内定したり、それぞれ独自の個性を発揮しながら別々の人生をスタートさせようとしていた。
バラバラになりかけていたとき、喫茶店を閉めざるをえなくなった。久しぶりに兄妹と母が喫茶店に集まった。そして確認した。
母さんの名は「りつこ」一番上の姉が「ことみ」それから「みつひこ」「こはる」「るり」「りょうま」そして一番下の弟が「まほ」。名前が全部しりとりで回っている。そして父は
店を「ほしやどり」に変えた。一つの星降る家に家族が一つになって宿るようにと。
この物語は、それぞれ子供たちの物語がこれから始まるための物語を思い描いて朝井が作った作品だと思う。


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三浦綾子  「明日をうたう」(角川文庫)

三浦綾子  「明日をうたう」(角川文庫)
三浦の自叙伝、「草のうた」「石ころのうた」「道ありき」「この土の器をも」「命ある限り」に次ぐ最後を飾る自叙伝である。
三浦は開拓民の苦難、戦国時代の女性の生き方、暮らし、農業、漁業、鉄道マンの生きる様、十勝岳爆発による逆巻く泥流、すべて彼女が経験しているのではと思わせるほど詳細に描き出す。
 「海嶺」で漂流中の乗組員の様子を、「重右衛門日記」としてある乗組員の日記より引用したように書く。これは三浦も資料丸写しで、とうとう手を抜いたかと思った。ところがびっくりこの日記は三浦の作り上げた創作なのだ。この恐るべき凄さはどこからうまれるのだろう。
 「氷点」最終審査作品までひきあげた、朝日新聞の門馬義久が的確に表現している。
「三浦の作品は、まず、いつも、はっきりしたアッピールしたいことをもっていること。人間とは何か、いかに生きるべきか、と言った本来小説が追及すべきテーマに、心と体の全部でぶつかっている。」まったくそのとおり。

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「サウンド オブ ミュージック」と従軍慰安婦報道

誰もが感動し涙した映画「サウンド オブ ミュージック」。
トラップ大佐一家のファシスト ナチスへの抵抗とスイスへの脱出は、オーストリーの悲劇の象徴として世界中の感動を呼んだ。しかし、当時のオーストリーはファシスト、シュシュニックの独裁体制。シュシュニックはナチスに負けないくらい、人々を弾圧、殺戮を行った。そしてこの片棒をかついだのがまさにこのトラップ大佐。彼の生き様の背景からは、残忍さは見えても、とても、抵抗者の悲劇などは見えてこない。この残忍さを故意に無視して、ナチスのひどさを誇張し、悲劇の美談に映画はしたてている。
 朝日新聞の自らの従軍慰安婦誤報道の記事の多くが誤報であったとの特集を読んで「サウンド オブ ミュージック」を思い出した。一昨日の誤報道の検証特集を読んで、朝日はこれをどう収拾させるのかと思いながら昨日の第2弾を読む。びっくりした。慰安婦問題登場は朝日新聞の誤報道であったかもしれないが、現実はあったかなかったかなどという次元をはるかに飛び越えて、従軍慰安婦問題は事実(?)として国際連合をはじめ国際社会では、定着してしまっている。それを日本だけが、抵抗、抗弁しても国際社会で孤立するだけだと。しかも、多分朝日新聞は間違いなく特集を発表する前、韓国有力新聞に内容を相談している。 韓国の新聞は一斉に、朝日を安倍内閣批判の先頭にたっての今回の特集と称賛しているのだから。あの特集でどこからそんな意図が読み取れるのか。それも全ての新聞が全く同じ反応なのだから。
恐ろしすぎる朝日新聞は。


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三浦綾子  「夢幾夜」 (角川文庫)

三浦綾子  「夢幾夜」 (角川文庫)
戦争反対 平和 誰でも願うし、この言葉の前にはすべての人が反対は唱えることはできない。
 この言葉を殊更、ことあるごとにアピールするのが、キリスト教であり、共産党である。
三浦は、夜見る夢に、マルクスが登場したり、共産党員の人から結婚を申し込まれたりされる。どこかに、共産党を強く肯定的でも否定的でも意識しているからだと思う。
 平和の世界実現には、その方法と過程が示されねばならないし、それはひょっとすれば
時々の世界の情勢により異なるかもしれない。スローガンは誰にでも言える。信じることができないことは、キリスト教信者が植民地をはじめ、世界で最も多くの人を殺してきたし、共産党が人々を圧迫し最も多くの人を虐殺してきた事実に、平和、戦争反対だと唱えても本当かよと思ってしまう。
 高邁な理屈をこねて、戦争に人々を駆り立てるのがキリスト教であり、共産党ではないのかという疑念は今もってぬぐえない。


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三浦光世  「三浦綾子 創作秘話」(小学館文庫)

三浦光世  「三浦綾子 創作秘話」(小学館文庫)
三浦光世は三浦綾子の夫である。綾子の創作エピソードや苦労を作品ごとに描いている。
綾子ファンの私にとっては興味がつきない作品である。
綾子の作品で最も販売が多かったのは「氷点」でなく「塩狩峠」なのだそうだ。
キリスト教では、信者が集まっての研修会があり、信仰や聖書について語り合う。そのある研修会に藤原栄吉さんという80歳を超える老人信者がきていた。他の信者は、発言制限時間内に話をするのだが、この栄吉さんだけはひとり長々と話す。綾子は彼に嫌悪感をかんじたようで、藤原さんの発言に対し辛辣な批判をしたようだ。後日、研修会を主催した牧師から、藤原さんからきた手紙を綾子は見せられた。
 あんな批判ばかり、くちくち言う失礼な婦人とは2度と同席したくない
綾子はここからが普通じゃない。普通は「なによ、あのバカ老人」となるのだが、すぐ藤原さんのところへ飛んでゆき、土下座をして失礼を詫びる。そこで、怒りが溶けて再度藤原さんにお話しをうかがう。それが塩狩峠の主人公長野正雄さんの話。名作はひょんなことから出来上がっていた。

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三浦綾子  「銀色のあしあと」(講談社文庫)

三浦綾子  「銀色のあしあと」(講談社文庫)
星野富弘という画家であり詩人がいる。彼は群馬大学をでて中学体育教師になるが、事故にあい、体が完全に不自由となる。口で筆を持ち、今は絵や詩を書いている。
三浦綾子も肺結核、カリエスでベッドに伏したまま13年間暮らす。
星野は、不自由な体になり、ベッドに伏せた生活になったが三浦の本を読んで、13年は我慢しようと頑張る。もちろん、13年たっても体は変わらないまま不自由。そうするとその先は伏した生活世界最長記録を毎年樹立しているのだと、思いを切り替え前向きに頑張っている。
 本が星野は好きだが、ページをめくれない。書見器をベッドにくくりつけ、見開きを読み終わると、奥さん(すばらしい奥さんがいる)にページを繰ってもらう。
 でも、奥さん用事が途中ででき、ベッドの際から離れることが時々ある。星野はそうすると、奥さんが帰ってくるまで、同じページを繰り返し、繰り返し読み直す。
 読書が素晴らしいことを教えてくれる人がここにもいる。


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吉村昭  「天狗争乱」 (新潮文庫)

吉村昭  「天狗争乱」 (新潮文庫)
水戸で始まった幕末の「尊王攘夷」。それはそもそも朝廷を中心に据えながらも、幕府にすべての力を結集、鎖国を維持し、海外からの侵略から国を守るという思想だった。
ところが肝心の幕府は、開国を決意実行。水戸の攘夷派が筑波山にたてこもり、天狗党を
結成したが、水戸藩との戦いに敗れ、この後は、京都にいる一橋慶喜に攘夷を直に訴えるしか自分たちの考えを通す方法はないと思い込み、1000余名が茨城から京都に向かう。
 不思議な話だ。
とにかく1000余名の天狗党、反幕府勢力として位置つけられ、幕府は何としても京都には入れさせないといことで、通過する藩にたいし、天狗党を討伐せよと命令するが、実際、討伐を行ったのは、下仁田藩と、松本、諏訪藩のみ。これらの藩をうちやぶり、天狗党は茨城から敦賀まで到達。もう少しで京都にはいるところまで行けるのである。
 幕府が弱体化していたといのか。それとも、尊王攘夷が国の隅々まで浸透して討伐できても、藩は天狗党シンパによってとんでもない反乱にでも見舞われることを恐れたのか。
 吉村は、そのことはともかく、権力者とか会社の上司といものは、いつでも臆面もなく
部下を自らが都合悪くなれば平気で裏切るものが多いということを言いたかったのだとは思うが。それでも、しっくりこない。

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三浦綾子  「この病をも賜物として」(角川文庫)

三浦綾子  「この病をも賜物として」(角川文庫)
三浦の弟さんが書いたという詩が収録されている。
詩としての文芸的価値は無いかもしれないが、胸をうつ作品ですので紹介します。
         木
ぐっと空にむかって立っている木
自然の力を借りて
大地に根をおろして立っている木
なんの木か知らないが
これが「オギャア」と生まれてきた
赤ん坊のうぶ湯のたらいに
なるかもしれない
「生きていたい 生きていたい」と
言いながら死んでいった人の
棺桶になるかもしれない
何のやくにたつか知らないが
いやいやもっと早く
役にたつかもしれない
僕が去ったあと、誰かが来て
首つりの役に立つかもしれない
木は黙っているだけだ


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吉村昭  「鯨の絵巻」 (新潮文庫)

吉村昭  「鯨の絵巻」 (新潮文庫)
日本人は農耕民族だと言われている。そんなことはない。元々は狩猟で一家は養われていた。
その後、米などの栽培を開発して、農耕を主体に生きるようになった。だから元来日本人は狩猟民族だったのである。
 この作品集は、鯨、ハブ、鳥、蛙、鯉を捕獲したり、新種を開発したりする人間を主人公にすえた物語を集めている。農耕民族からはずれた人々の物語である。
 こういう人は社会と折り合ってうまく生きることができない。だから、人生が変転しながら動物との生活に行き着く。はたから見ると変わったやつだとして、みんなが敬遠するが、当人は一向にそれが気になることはなく、結構、満足した日々を送っている。
 融和できない個性を欠点やできのわるい人間として見ないで、暖かく積極的に見つめている吉村の目が素晴らしい。

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