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2014年04月 | ARCHIVE-SELECT | 2014年06月

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奥田英朗  「どちらとも言えません」 (文春文庫)

奥田英朗  「どちらとも言えません」 (文春文庫)
海外、特にラテン系の世界では、行儀とか秩序なんて言葉はほとんど通用しない。行列に割り込む、それも弱そうなやつを蹴飛ばしてなんてことは平気。黄色は渡れ、赤は注意して渡れ、止まって信号の変わることをじっと待つなどということでは生きてゆけない。
サッカーというのは、もちろんチームプレーというのもあるが、手でボールを扱ってはいけない以外は無秩序、行儀なんてことはほとんど無い。これがどうにも私のような古い人間には合わない。その点野球は行儀、秩序のスポーツである。攻撃と守備がきっちりとわかれている。打つのも順番がある。ここがチャンスだから俺に打たせろなんてことにはならない。多少の融通はあるが、一塁ゴロを三塁手がとりにゆくことはない。おのずから守るテリトリーはあらかじめ決まっている。
 そう言えば、パリーグの試合などは、時にスタンドはガラガラなんてことがある。ところが客は、チケットに記されている席に、ほかに自由に観られる席がいっぱいあるのに、固まってちんまり座っている。日本人は観客も秩序が好きである。だから野球を愛する。

| 古本読書日記 | 08:38 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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西加奈子  「円卓」 (新潮文庫)

西加奈子  「円卓」 (新潮文庫)
主人公こっこが作者西を投影しているのだろう。公団住宅で祖父母、両親、こども5人の八人暮らし。とにかくプライバシーもなく、うるさい。こっこは孤独にあこがれる。孤独は沈黙かと思いきや、よくしゃべる。よくしゃべる。小学校3年。学校には、引っ込み思案の子はいないのか。登場人物は個性的でまあどいつもこいつも関西弁をあやつりしゃべってしゃべってしゃべりまくる。学級会での「クラスで動物を飼うか」のしゃべり会は圧巻。西もきっとおしゃべりなのだろう。そして、小学校時代でなく今を書いても、しゃべりまくりの小説になるのだろう。関西小説はしゃべりを味わえということなのだ。

| 古本読書日記 | 08:37 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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連城三紀彦「流れ星と遊んだころ」

谷島屋で購入。
マチに行ったって、デパ地下の惣菜と、本屋と、催事場の北海道物産展にしか興味は無い。ちなみに、ノーメイクで出かけました。

この作品、ミステリーとしての完成度は高いですが、同性愛の要素が強いです。
ググったらそういうノリ(腐女子)の感想ブログもありました。オジサマたちの半端ない色気に悶えたそうな。
そういう方面で推されても複雑なんですが、色気を書くのが巧いってのは紛れもない事実です。例えば、「ベッドにあがる」という控えめな表現は、想像を掻き立てる分エロいと思う。

二転三転する話なので、あらすじを書くことは難しいです。
文庫の裏には、北上という男がある男をスターにすべく動き出す~みたいなことが書いてあるのですが、これすらもネタバレになってしまっている。
途中で、「え? あらすじは間違っているのか?」といったん本を閉じて確認してしまいました。
当然ながら、あらすじからは予想できないような仕掛けと嘘とドロドロとその他もろもろが入っています。
読み出したら止まらないです。

| 日記 | 22:34 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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柴崎友香  「ドリーマーズ」 (講談社文庫)

柴崎友香  「ドリーマーズ」 (講談社文庫)
柴崎の世界はすべての作品が似ているが、それでも好きだ。この連作小説集も柴崎の特徴が十分発揮されている。
 なんでもない日常世界が展開する。その日常が、現実に目の前でおこなわれていることなのか、時々、どっか架空の世界に飛んでいっておこなわれているのか、わからないまま小説が展開する。この行ったり来たりが心地よく、遊園地の乗り物に乗っているような錯覚を起こさせる。
 自転車に乗っていて、車にぶつかり、昏倒する。気がつくと、自転車のハンドルがちょっと曲がったままだけ。スピードのでていた車にぶつかって死んでも不思議でないのに、体のどこにも異常がない。
 自転車屋にゆく。だれもいない。友達の家にゆく。誰もいない。家に帰る。鍵があかない。そして誰もいない。気がつけば、往来にも誰もいない。公園のベンチで休む。そこにも誰もいない。やっぱし自分はあのとき死んだのだ。今死の世界をあるいているのだ。
 公園をでて、家に着く。おかあさんが「お帰り」と迎えてくれた。
おもしろい物語空間だ。

| 日記 | 13:07 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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開高健  「青い月曜日」 (文春文庫)

開高健  「青い月曜日」 (文春文庫)
戦争末期、大阪で空襲警報に追われながら、学徒動員として、汽車操車場での連結切り離しの仕事から時代から、戦争が終わって混乱するなか、飢餓と戦いながら、新制大学にはいり、何もさだまらないまま彷徨していたまでの青春時代回想記。
 戦争中の生活の厳しさ、戦争直後の混乱のなかでの過酷さゆえ、この時代は、生きることをなげたり、無気力で虚無に生きた人たち作家が多かった。太宰、坂口安吾、石川淳、壇一雄、田中英光などがそうで、それがカッコよく読者に受けた。
 開高、彷徨はするが、さすが大阪人、生きることには逞しい。飾らず、ありのまま素直に青春を描いている。
 それにしても、森之宮駅の操車場で働いていたときにあった空襲の惨劇描写はすさまじく生々しい。さすが本音をそのまま関西人作家だ。この逞しさがベ名作トナム従軍記を生んだ。
 戦後の大学で最も親しい山沢との葛藤、交流が描かれている。これは谷沢永一のことなのだと思った。

| 日記 | 13:07 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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内田百ケン  「東京焼盡」 (中公文庫)

内田百ケン  「東京焼盡」 (中公文庫)
内田は日記をつける習慣をもっている。それらは「百鬼園日記帳」などで、出版されている。この作品はその日記帳の中から、昭和19年11月1日から昭和20年8月21日までの毎日の日記を抜き取って出版したものである。
 日記は明日を書くのでもないし、過去を書くわけでもなく、今を書くもので真実がそこにある。とかく戦争の悲劇物や回想物は、時間を経て描き、悲劇を誇張したくて、見ても、聞いてもいないことをあたかも見聞したかがごとく書かれているものが多い。ちょっぴり嘘も混じる。だからどうしてもある距離感を持って読まざるをえなくなる。
 この作品は、真実が書かれ、しかも庶民がどんなふうに大空襲や戦争に対峙していたかのみが書かれている。それも内田流の文学表現で。
 酒が欲しい、ちょっぴり手に入った酒を飲んだ、そして空襲、そしてちょっぴりの酒。また空襲。
めずらしく手に入った牛乳を飲む。食うものがないからガバガバ飲む。直後に大きな下痢。トイレにしゃがんでいると、ブーンという音。またB29が来たと思ったら大きなアブだった。
風呂に久しぶりに入る、思い返せば一年ぶりの風呂。風呂嫌いもあるが、空襲警報が年がら年中で、風呂を焚いてはいるなんてことがおちおちできなかったから。
 こんなことを読んでいるとじわじわと戦争の悲しさ、辛さがしみこんでくる。

| 日記 | 08:53 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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久保田万太郎  「火事息子」(中公文庫)

久保田万太郎  「火事息子」(中公文庫)
生粋の江戸っ子の江戸気質と江戸弁が見事に表現されている小説。
吉原の大火のあおりをうけ、清次郎の家をふくめた一帯がすべて焼け出される。自分のことを忘れて焼け出されたひとたちの今後の面倒をみようとする清次郎。何だか今の私の町の自治会に来てほしいと思ってしまった。
 落語にでるような人情男。酒が好きで、惚れっぽくて、商売には熱心だが、肝心なところが破綻している、そんな万太郎が好んで描く江戸っ子がこの小説でも縦横無尽に活躍する。この本を読むと、浅田次郎の江戸言葉が嘘っぽくみえてくる。

| 古本読書日記 | 08:51 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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大岡昇平  「幼年」 (潮出版社)

大岡昇平  「幼年」 (潮出版社)
大岡の小学校卒業までの幼年期の繰り返し引越しばかしていた思い出を、引越し場所を尋ねながら回想した作品。
中村錦之助が萬屋と屋号を変えたときにはちょっとびっくりした。「よろずや」というのは、小さな個人商店で何でも売っている雑貨屋のような店を言った。何でそんなみすぼらしい屋号を錦之助は名乗ったのか。その後子供たちが集まる「駄菓子屋」ができた。
 「とうりゃんせ」。歌だけは残っているが、今では遊びとしてはあるのだろうか。向かい合った二人が両手を高くあげ手を握り合う。その下を子供たちがとうりゃんせの歌にあわせてくぐりぬける。「行きはよいよい。帰りはこわい。」と歌いながら突然握り合った手を
腰の辺りに下ろして、ちょうどそこを通った子をつかまえる。私の子供の頃はやっていた遊びである。
 そんななつかしい思い出に混じって、大岡独特の幼年時代の性的においを感じさせる描写もあり、面白い作品である。

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安岡章太郎  「舌出し天使」(講談社)

安岡章太郎  「舌出し天使」(講談社)
男は自分はもてていると思う。女から愛されていると思う。特に体を一回でも許した女は後は意のままと思っている。
 しかし、実際女は男とであった瞬間にその男の本質を見抜いて、それに沿って対応する。
主人公は翻訳で稼いでいる。といってもゴーストライター。奥山という男の下請け。印税や翻訳料が奥山にはいりそこから幾許かが主人公にわたる。
 奥山と行った銀座の店でホステスに惚れる。その女に愛されていると錯覚。お金を貢ぐ。しかし、下請け翻訳では銀座の女をつなぎとめる金などない。いいように女にあやつられながら、友達、家族からお金を借りまくる。奥山の印税も横取り。とにかく愛されていると信じている女のために。そのたびに女はバカねと舌をだす。

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沢木耕太郎  「ポーカー・フェース」(新潮文庫)

沢木耕太郎  「ポーカー・フェース」(新潮文庫)
ジョンレノンが最初にバンドを結成したときのバンドの名前は「ザクウォリーメン」。当時通っていた学校名にちなんでつけた。レノンがポール・マッカートニーをメンバーに加え
マッカートニーがその友人ジョージ・ハリスンを誘ったところで、元の「クウォリーメン」のメンバーが頭にきてメンバーからでてしまう。「クウォリーメン」はリンゴスターをその後加えて「ザビートルズ」とバンド名を変えて活動をする。
 ビートルズはその後世界を席巻。そのチケットが手にはいらないため、しかたなく多くのビートルズファンが細々活動している「クウォリーメン」の演奏を楽しみにゆく。ビートルズは頂点を極めたが、解散後はレノンが射殺されたり、ポールが覚せい剤中毒に陥ったりと決して幸せな最後にはならなかった。
 実は、今でも老人となった「クウォリーメン」は演奏を続けていてビートルズナンバーを楽しく聴衆とわかちあっているとのこと。

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吉行淳之介 「がらんどう」 (中公文庫)

吉行淳之介 「がらんどう」 (中公文庫)
吉行は他の巨匠といわれる作家のように偉そうなところやしかめっつらをして、作家とは難行苦行の職業としての風情を決してみせない。空想や想像を縦横無尽に走らせ、考えはいつも自由、肩の力を抜いて、さらさらと生きていく。この短編集でも発想はあっちへこっちへと浮遊する。
 同僚の森山君が、社長からブルーフィルムを借りてきて、飲み屋のねえさんやお客や同僚をあつめてブルーフィルム映写会をして入場料をとりお金をかせぐ。無声のブルーフィルムに弁士になりあえぎ声などを弁じて会をもりあげる。これが警察の手入れにあい逮捕される。
 そして実地検分として会が再現される。
ブルーフィルムを映写して、得意のあえぎ声を演じる。しかし検分のときの観客は刑事や
巡査ばかり。森山君の困った表情を想像してこっちまで笑ってしまう。

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新田次郎  「海流」 (中公文庫)

新田次郎 「海流」(中公文庫)
新田次郎始めての恋愛作品。新田次郎も遅咲きの作家。39歳のとき私の故郷の町の民話をモチーフにして書いた「山犬物語」が処女作。遅咲き作家はとにかく一旦世にでると、それまでの鬱憤を晴らすかのように書いて書きまくる。新田も多作作家だ。
 この作品、木材船が台風で転覆。その木材につかまって漂流中の主人公豊野が、別の船に助けられるがこれが密輸船。それだけでも、面白い作品になるのではと予感されるのだが、そこから3人の女性とかかわりながら恋愛や、事件、密輸仲間からの逃走とあれやこれやテンコもり。発想の泉が止まらない。だけど泉が多すぎ、中味が残念ながら薄くなる。
 倍くらいの長さにしてもっと書き込めば面白い作品になったのではと思う。

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芹沢光治良 「坂の上の家」

芹沢光治良  「坂の上の家」(中公文庫)
芹沢は沼津出身の作家。寡作作家だけど大好きな作家。だいぶ前に老衰で亡くなったが、ノーベル文学賞の推薦作品を決める委員もしていた国際派の仏文学者でもある。
 この作品はNHKの朝の小説といっても、テレビでなくラジオの企画のために書き下ろされた昭和34年の作品である。
 今は、夫婦共働きの家庭が多い。女性の多くが定年まで勤める時代になった。結婚では多くの場合男性が年上。だから定年退職を妻より先に迎える。そうなると夫は朝から晩まで家にいる。妻が出勤して夕方まで働く。家庭の風景が逆転する。夫が家庭の世話をする。夫の主夫ぶり、妻には欠点ばかりが見える。妻のストレスがたまり、家に帰ると夫を叱責するようになる。この作品、小説の設定は少し違うが、こんな逆転の悲劇とその克服を物語にしている。芹沢の発想に拍手。面白い。

| 日記 | 08:49 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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乾くるみ 「セカンドラブ」(文春文庫)

乾くるみ  「セカンドラブ」(文春文庫)
題名は中森明菜の「セカンドラブ」からとっているそうだ。明菜の歌が流行った1980年代初めのころが物語の背景になっているとのこと。
乾の最初の作品「イニシエーションラブ」がよかった。静岡大学、学生の街と青春の恋が溶け合って物語の効果をあげていた。それに続いて、乾の作品を追っかけてみたがあまりパっとしなかった。それで時間をあけての久しぶりの乾の作品になった。
 「イニシエーションラブ」の香りが残っているし、青春のせつなさはでている。
しかし、晴香と美奈子が同一人物にみせないようにするための無理がめにつき、作者もそこに集中していて、肝心の物語が深まらず、薄いものになってしまった。でも、乾は感性が豊かだから今後の期待は大きい。

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水上勉 「北国の女の物語」(講談社文庫)

水上勉  「北国の女の物語」(講談社文庫)
主人公沖子の身の回りの人たちがとにかくたくさん死ぬ。人間は生まれたら一度だが必ず死ぬ。それは定めであることを深く知るべきと水上は言っているのかもしれない。
 この物語、沖子の半生を描くのだが、水上は、沖子をどん底につきおとされる寸前で救ってあげている。それが、悲しい物語のせつなさを和らげている。
 水上の仏教からくる人生観がよく発揮されている作品だ。
人間の一生は荷を背負って生きることである。荷は、悲しみや苦しみ悩み不幸である。ときどき、荷を背から離して、休むときがある。それが、幸せを感じているときである。でも休息が終わるとまた荷を背負って歩く。
 だから自分だけが、辛いとか苦しいということはなく、等しく人間はみんな辛く悲しいのである。どうなのかなこの人生観。

| 日記 | 08:41 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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井上靖  「四角の船」(新潮文庫)

井上靖  「四角な船」(新潮文庫)
地球に大洪水がおこる。そこにノアの箱舟が現れ、選ばれたものだけが代表で救われる。
そんな大洪水は大半のひとが起こるはずがないと思っている。しかし、この作品にでてくる甍(いらか)は、大洪水がくることを信じる。そして船大工に箱舟作成を依頼する。さらに甍は船にのるべき人間―大洪水がくると信じる人―を探す旅にでる。その途中で亡くなってしまう。
 阪神淡路で大震災がおこった。でも年月がたつとともにその衝撃は風化する。そしてまた東北で大震災が起こる。
 南海トラフ大地震が起きるといわれる。だけど、だんだん半信半疑の人々が増え、絶対それは起きる、だから、何よりも優先に対策をとらねばならないという声はかき消され、やがてそんなことを声高に言う人は狂った人とみなされるようになる。

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藤原正彦  「ヒコベエ」(新潮文庫)

藤原正彦  「ヒコベエ」(新潮文庫)
これは完全にまいった。正彦当人自身が、自信にあふれ自意識過剰なところはいつもの藤原らしく、眉をしかめざるを得ないが、この作品は、私の田舎、少年の暮らしがあますところなく描かれ感動する。
 蛙の皮をはぎ、それにたかってくる足長蜂を追いかけ、巣をみつける。その巣に硝煙筒を使い、蜂をおいだし、そのすきに蜂の巣をとる。そして蜂の子をとりだし、炒って食する。そんなことやったあと思い出す。
 イチイの赤い実をミネズボと言っていた。これをとって食べる。藤原のお母さんの実家は茅野の笹原という部落。諏訪からみて山の裏側にあるので、ヤマウラという。そこをとことこ○S印の諏訪バスが走る。
 諏訪の田舎言葉がそのまま書かれている。「そ」が言えなくて「ほ」になる。「それが」が「ほれが」。「それで」が「ほれで」。「おれたち」が「おれほう」。
 最近は形や頭でかく昭和が多いが、ここには、いがぐり頭でかけまわった昭和の少年が確かにいる。

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百田尚樹 「ボックス」(太田出版)

百田尚樹  「ボックス」(上)(太田出版)
百田尚樹  「ボックス」(下)(太田出版)
ボクシングおたく百田の渾身一滴のボクシング青春小説。
2点が特に素晴らしい。
ボクシングが全ての基盤にあり、その上に人間ドラマがあること。普通は人間ドラマがあってその手段としてボクシングを利用する。百田は全くその逆を行っている。だから、ボクシングというものがどういうものであるかが細部にわたって描かれる。それがこの物語に深みと感動を与えている。
 ヒーローだけの試合だけでなく、素人で弱い高校ボクシング部の部員の戦いも、手を抜かず、丁寧にその試合を描いている。だからヒーローの試合の印象が鮮やかにしている。 百田が本当にボクシングを愛していることがよくわかる。
 それにしても、最後の鏑谷と稲村の試合の経過は、ひとつひとつの動き、それに伴う選手の心理の動き、リングの息使いが読者に強烈に染み込んでくる。
 文章、言葉には本当に力があることを百田によって知らされた。

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村田喜代子 「縦横無尽の文章レッスン」(朝日文庫)

村田喜代子  「縦横無尽の文章レッスン」(朝日文庫)
人生も残り少なくなってきた。だから、気に入った作家に絞って読み込んでみようという思いが強くなった。気に入った作家は誰にしようかと思いを馳せる。おぼろげに決まってくる。で、書店かどこかで、記憶からもれたけどああこの作家がいたと突然書架をみて思い出す。村田喜代子がそうだ。この人の作品は、想像力が優れ、見方考え方を色んな角度からみているので、はっと驚き、うーんとうなる作品が多い。
 この作品には、村田が考える文章、文学とはどんなものかが、実に豊かに提示され見事な文章読本になっている。この本を読んで、二つのことを深く感じた。
 プロの作家といえども、駄作がかなりあり、時にポツン、ポツンとこれぞという名作をものにすること。うちでの小槌のようにポコポコ、テーマやアイデアが浮かぶわけではない。締切におわれたり出版社に要請され無理やり書かされていることが多い。だから、平凡な内容を奇抜な文章で取り繕う作品が多くなる。
 大学で文学部に通い、小説家かもの書きを目指す学生。結構発想豊かに、受けもねらいながら散文を書ける学生が多いことをこの村田の作品で知った。自分などとても物書きにはなれなかったことを認識する。たくさんの才能豊かな作家志望の若者がいる。これからもたくさんの優れた小説家がでるだろうということがわかりうれしくなった。

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井上靖 「射程」(新潮文庫)

井上靖  「射程」 (新潮文庫)
井上靖は遅咲きの作家。40歳、1950年短編として発表した「猟銃、闘牛」で芥川賞を受賞して文壇デビューをした。そして5年後に新聞で「氷壁」を発表一気に大巨匠に上り詰めた。
 巨匠に上り詰めるまでの5年間に書いた小説が私はすきだ。この作品もそのひとつ。井上にはめずらしくハードボイルド的色彩が強い。戦後の闇取引では物さえあれば、誰でも莫大なお金がはいった。そこで、女を右に左にあしらいながら、膨大なお金を稼いだ主人公の高男。しかし、混乱が収まり、あちこちで工場が稼動し、物があふれてくると、こんなブローカーは一気に奈落の底におちる。奈落から金持ちの頂点を極めそして奈落へと振幅が大きい人生を高男は経験し、やがて八方ふさがりのなか自らを殺してしまう。
 このダイナミズムな人生に色んな女性が絡まり、臨場感あふれる物語になっている。
井上は巨匠になってからが、民衆から離れ、シルクロードや歴史物に傾倒し、雲の上の物語だけが評判となった。もちろん、一般現代小説もてがけたが、足場がもう一般にないため、本当に質の低いくだらない小説しか書けなくなった。

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乾くるみ 「セカンドラブ」(文春文庫)

乾くるみ  「セカンドラブ」(文春文庫)
題名は中森明菜の「セカンドラブ」からとっているそうだ。明菜の歌が流行った1980年代初めのころが物語の背景になっているとのこと。
乾の最初の作品「イニシエーションラブ」がよかった。静岡大学、学生の街と青春の恋が溶け合って物語の効果をあげていた。それに続いて、幾つか追っかけてみたがパっとしなかった。それで時間をあけての久しぶりの乾の作品になった。
 「イニシエーションラブ」の香りが残っているし、青春のせつなさもでている。
しかし、晴香と美奈子が同一人物にみせないようにするための無理が目につき、作者もそこに集中していて、肝心の物語が深まらず、薄いものになってしまった。でも、乾は感性が豊かだから今後の期待は大きい。

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「銀行総務特命」 池井戸潤  

池井戸潤  「銀行総務特命」 (講談社文庫)
銀行も世にいうブラック企業の象徴のような職場だと思う。こきつかわれて、こきつかわれて、それで報われるのはほんの一握り。人で持っている業種であるのに加えて金が目の前を動く。
 報われない恨みは、人に、金にむく。人は内部はもちろん、顧客であるが虫けらと思っている取引先中小企業にもむく。約束を反故にして、ふんぞりかえり中小企業を倒産に追い込む。更に、彼らに貸したお金を、自分の懐にバックさせる。こんなことで自殺者がやたらとでる。そんな銀行の有り様を扱った作品。
 池井戸は多作でタフな作家だ。で、読むとわかるのだが、多分口述筆記だと思う。口述筆記はともすると自らを過大評価し、ストイックになる。文が浮薄で荒い。昔では清水一行、今では新堂冬樹を彷彿とさせる。私はこのタイプの作家は苦手である。

by はなゆめ爺や

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「葉桜」 橋本紡  

橋本紡  「葉桜」 (集英社文庫)
橋本は力のこもった言葉を書ける作家で、私が期待する作家のひとりだ。
妹紗英の生きる限界伝説はこの作品には不要だと思う。主人公佳奈の青春の恋や、書道と先生への思慕、たまたま夏だけ同じ書道教室に通うことになった津田との係わりをもっと濃密に描いたほうがよかった。
 ずっと育んできた思いが夏に燃えて、そして初秋に消える。そして佳奈はひとつ大人になる。だから、夏をもっと大切に書き込んでほしかった。
 更に最終章の紗英と佳奈の会話はこれまた余分だ。

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「生きるとは、自分の物語をつくること」 小川洋子  

小川洋子  「生きるとは、自分の物語をつくること」(新潮文庫)
心理学者河合隼雄との対談集。
それぞれに含蓄があり、意義深いことが語られているのだろうが、読み手である私の感性がにぶいため、すべてさらさらと素通りしてしまった。
 人々は常に矛盾にぶつかりながら生活している。その矛盾にどう対処するか、どう克服するかがその人のもつ個性となる。そして、その個性の数だけ物語はできる。
 読んだそのときはなるほどと思うが、よく考えるとほんとかなと疑ってしまう
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「河岸に立ちて」 井上靖  

井上靖  「河岸に立ちて」 (新潮文庫)
アジア、ヨーロッパを中心にさまざまな河岸を見学しての紀行文と写真を併載した作品。
川をみながら悠久の歴史に思いをはせることも大事だが、見ている川は今現在の川である。
川は産業から生活までの源でもあるし、基盤を成す。
 にもかかわらず、中国の川の写真には人が写されていない。紀行文にも一切今の人たちが登場しない。やけに、風光明媚で豊かな風景写真しか載っていない。
 まったく奇妙な作品である。
共産党主導で当時未開放の国であった中国。そこで、先生とあがめられ、博識ある中国の付添の先生方に先導され、各地をまわる。河にたいする愛情も知識も深まる。写真も専門家によってこれ以上なく美しく撮られる。でもどこか空しい。
 山崎豊子や有吉佐和子が、付添い人にかみつき、人民公社にのりこみ宿泊したり、ダム建設現場の労働者と寝泊まりし、中国の現実に体当たりで迫ろうとした気概がなつかしい。
大御所というものはそういう馬鹿な行動はしないもの。井上の声が聞こえてきそうな作品である。

by はなゆめ爺や

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「後白河院」 井上靖 

井上靖 「後白河院」 (新潮文庫)
源頼朝をして「天狗」といわしめた、後白河法皇の半生を描いた作品。
いろんな事件の度に、浮いたり沈んだり。沈んでもいつのまにかまた時代の表舞台に登場。院政を敷き、権謀術数にたけているのか。平治、保元の乱をあやつり、時に平家、時に源氏、そして公家である藤原家の間を泳ぎ、操り、最終的に平家を滅亡に落とし入れ、それで源頼朝の征夷大将軍への就任を拒否する。武士階級に支配されることを拒否し、粘りに粘る。
 お化けのようにみえる後白河法皇も、天狗の面もあるが、この作品を読むと、誰も信じず、孤独な悲しい姿が浮かび上がる。

by はなゆめ爺や

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「蒼き狼」 井上靖  

井上靖  「蒼き狼」 (新潮文庫)
ご存知チンギスハーン65年の全生涯を描いた英雄伝。
蒼い狼はモンゴル民族の主であり英雄を称す。父がモンゴル族や村で疎外され、孤立したときにメルキト族に襲撃され、ハーンの母はメルキト族に凌辱される。それで、ハーンは本当に両親から生まれモンゴルの純血統をついでいるのか、メルキト族の血が流れているのか母以外はまったくわからず、それを母に聞くこともできない。
 モンゴル平原に群雄する民族を蹴散らし、モンゴル国を制定する。その時、母が死ぬ。
そこで、ハーンは吹っ切れる。自分は蒼き狼と宣する。ここが彼の生涯の分岐点。ここから他国侵略への道に進む。
 英雄のように称され、ある面まちがいはないが、ともかく常ににっくき敵を創造し、戦争をしていないと人心をおさめることができない。その恐怖、不信が略奪、戦争へかりたてたように思う。
 マスコミや庶民を味方にして、高支持率を維持するには、にっくき敵国を作ること。調子に乗っていると、とんでもないことになるかもしれない。

by はなゆめ爺や

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やっぱり、漫画は読書じゃありません

我慢できずに既刊の7巻まで買いました。

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一緒に並べたテキストが破れているのは、私の扱いが雑な証拠です。使い込んだというわけではなく。

サブタイトルは「女王の法医学」で、心の中で主人公がヒロインを「女王様」と呼んでいます。気になって見返してみましたが、場所を考えずに眠っている彼女を起こすとき、一度冗談で口にしているだけです。
指導教官をあだ名じゃ呼びませんよね。

ヒロイン(たぶん30代。美人)が食べている変な食べ物も、この漫画の楽しみです。しめさばしるこドリンクとか、イチゴ納豆チップスとか、あんきもクリーム大判焼とか。
ただし、のだめとか菱沼さんとかみたいに、昔からずれていたわけではなく、ある事件を機に性格が変わったという設定です。無気力というか、諦めというか。
そういう点では、ジャンボ先生に近いんだろうな。


サスペンスなので、当然警察も出てきます。
メインキャラの聞こえるところで、「もしも自殺ではなく他殺だとわかった場合、五千万円の保険金が~」なんて話しちゃっているのは、まぁ物語の進行上しかたないでしょう。普通はべらべらしゃべらないでしょうが。

気になったのは、中学生が死んだ事件ですね。3巻だったかな。
「身内の居るところじゃまともに話が聞けないな。別の場所で訊かせてもらおう」
と言って、準レギュラーキャラの刑事が、被害者の後輩を別室へ連れて行く。
あごに手をかけて、
「ここまで言ったなら告白したらどうだ? 事故ではなく、自分が彼を突き落としたと」
なんて脅す。
「証拠はあるのか? 所詮は中学生、言い逃れにしか聞こえないね。君には動機が十分にあるんだ」
と冷たく言い放つ。

あと、7巻では虐待されて死んだ子供の話が入っています。
ここでは、友達の死についてちゃんと調べてほしいとお願いする小学校低学年の女の子に対し、
「調べるも何もこれは事件じゃないんだよ。警察は現場を見たけれど、特におかしなことはなかったようだし、その子は病院に運ばれて亡くなった。死因も病死。何か死因におかしなところがあれば警察も調べるけどね」
と、しゃがみもせず迷惑そうにしゃべっています。

うーん。ちょっと固いかなぁ。
まぁ、最近は未成年が加害者だなんて珍しくないし、かわいげのない子供も多いし、子供が嫌いな人間も多いし、こんなものかもしれませんが。


二十年近く前、アニメ化もされた「こどものおもちゃ」という漫画がありました。りぼん系で我が家に残っているのは、これと有閑倶楽部だけだな。

140505_1430~01

その中で、中学生の少年が同級生の腕をナイフで刺す事件が起こるのです。
で、被害者が手術を受けている間、病院の廊下にて、加害者である少年に警察官が、「彼の傷は君が?」「あのナイフは君のもの?」と尋ねるシーンがある。
少年が答えようとするのを母親がさえぎり、「息子はそんなことできません」「息子は被害者なんです」とヒステリックに叫び、「私は息子さんに聞いているんですよ?」「言いがかりはやめてください」なんて続く。

柱部分で作者が、
「警察のおぢさんが出てくるあたりのシーンですが、現実では(加害者が)13才だと知った時点で警察はあそこまで強くからまないだろうと思います。でも、あのシーンはあのよーに描きたかったので描きました(汗)ああゆーこと言う性格のおぢさんなんだと思ってください……」
と書いております。
あ、文章ほぼそのままです。少女マンガの柱はこんなものでした。今はどうだか知りませんけど。

「屍活師」、医学的な説明はしっかりしているし、キャラクターも魅力的だし、挟み込まれる笑いもいい感じです。
警察の人間の言動がちょっとわざとらしいところは、惜しいポイントかもしれない。

by はなゆめねえや

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「散歩が仕事」 早川良一郎  

早川良一郎  「散歩が仕事」(文春文庫)
パンタロンか。そういえば最近聞かないなあ。ピンキーとキラーズのころはパンタロンがものすごく流行っていた。
 丸いエッセイだと思う。経団連事務局で著者は定年退職となる。この事実だけでも豊かなサラリーマン生活を送ったのだと推察される。どのエッセイにも必ずといっていいほど友達がでてきて、銀座のクラブや古美術店などをまわり、充実した生活を送る。そのなかにいかにもハイソサイエティがかもし出すユーモアがある。
 こういうエッセイがいいのだろうなあ。幸せな丸い世界から決してはみでない、道ははずさない。でも、私は毒があって、丸い世界をはみでたエッセイが欲しい。

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「風と雲と砦」 井上靖  

井上靖  「風と雲と砦」 (角川文庫)
長篠城などは、最初は今川の下にあり、徳川が今川を破り、それで徳川の配下に、その後三方が原で徳川が武田に敗れ、武田の配下に、その武田が長篠の戦で敗れ、また徳川の配下に。小さい豪族出の城が、戦国の世に翻弄される。合戦、合戦、また合戦。
 それで、屍累々。そして、若者の青春が、虫けらのように捨てられてゆく。井上はともすれば、戦国時代を英雄伝や、有力武将たちのリーダーシップや戦術、戦法の優劣で描こうとする、他の作家の物語にやりきれなさを感じていると思う。
 翻弄され、捨てられていく若者、青春を描くことで、戦争のむなしさ、悲しさを井上は描く。

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