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2014年03月 | ARCHIVE-SELECT | 2014年05月

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お給料日なので

マックでポテトを食べ、戸田書店で本を買いました。
アボカドバーガーの中身がビーフではなくエビだったと、交換を要求しているお客さんがいました。トッピングが選べるって、面倒ですね。
そういえば、私もマクドナルドで爽健美茶ではなく紅茶が入っていたことがあったような……

140418_2011~01

連城三紀彦「私という名の変奏曲」。本屋でもブックオフでもネット書店(非密林)でもなかったんですが、復活したようで。
赤毛のアンを特集した雑誌にするかこっちにするか悩んだのですが、雑誌は付録に心惹かれなかった(そしてページ数の割に高かった)ので、文庫を選択。
ちなみに、マシューががんばってパフスリーブの服をアンにプレゼントするくだりが好きです。不器用なマシューはいいキャラクターですねぇ。

似たような名前の本と並べてみる。

140418_2012~01

姫野カオルコさん、「鼻毛のアン」というタイトルのエッセイを書いていた記憶がある。「アンの悩みが赤毛ではなく、早く伸びる鼻毛だったら?」と、ふと思ってしまったのだとか。

しかし、連城さんの「花墜ちる」も、先日買った植物の雑学本もまだ残っているのに、いつ読むつもりなんだろうか。

おまけ:ツチノコネコ

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by はなゆめねえや

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「メキシコ青春地図」 原田房枝 

原田房枝  「メキシコ青春地図」 (中公文庫)
1973年著者がメキシコ留学をしていた時代のメキシコ滞在記。
滞在記がまだめずらしい。特にメキシコ滞在記は殆ど当時は無い。そんな時代ではまず異文化、異習慣に驚く記述が大半になる。でも後半になるに従い、メキシコの宗教の歴史とか政治についても語られ、メキシコを知るにはよい本になっている。
メキシコ南部のインディオの町サン クリストバルに車ででかける。メキシコシティで買った地図には海外線を大回りするしか道はないようになっていたが、途中の町で買った地図には道が記載されている。それだと800kmの道が60kmになる。
 恐る恐る新しい地図に従い車を進める。後7-8kmのところで道が突然なくなり、まったくすすめなくなり何と引き返して800kmの道を再度進む。
 頭にきた著者と仲間が地図の会社に文句をつけにいく。すると応対した社員がルーペをとりだしよく見ろという。道路と町に1mmくらいのわずかなすきまがあった。

by はなゆめ爺や

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「日蔭の村」 石川達三  

石川達三  「日蔭の村」 (新潮文庫)
石川処女作でかつ芥川賞受賞作「蒼氓」につぐ第2作めの小説。
東京の水確保のために山梨県境にある辺境の小河内村にダムをつくり、この村を水の中に沈める話。
石川の社会派小説は、イデオロギーやこれを利用する革新党などがでてこなくて、
ひたすら、あるがままに悲劇に至る過程を描くため、リアリティがあり面白い。
 役人や政治家のありよう、村の村長のありよう、一枚岩になるどころか、それぞれ個人の利得だけがむきだしになる反対運動。そして権力の冷酷な横暴。
 それから、小さい村への他の地域からの人々の流入。変貌してゆく村の姿が活写され面白い。欲得に飢えた群れが小さな村にどっと流れてくるのだ。
 日蔭の村とは、どんどん栄えてゆく大都会東京のために食いつくされさびれてゆく地方の里村。何だか原発村を思い出す。

by はなゆめ爺や

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ウチのはなことアン

「赤毛のアン」は多くの少女と元少女の心を深く魅了した名作だと思います
おばさんになった今でも時に読み返しアニメの再放送を見ては涙するのは私だけではないはず
子供のころはアンになりきって、大人になった今はマリラになりきっております

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私のお気に入りは松本侑子さん翻訳のこの本↑
注釈がいっぱいあって実に興味深いのです


心に残るエピソードはたくさんあるけどそのひとつ
アンがシャーロットタウンに4日間ダイアナと共に遊びに行きます
楽しく刺激的な旅行を終えてマリラとマシューが待つグリーンゲイブルスに
帰ってきたわけですがその時のセリフ


「一生忘れられない思い出よ。でも、いちばんすばらしかったのは、家に帰ってきたことよ」



自分の居場所があるってこと、自分を待っていてくれる人がいるってこと
すばらしいことだよね

この言葉を聞いてマリラはどんなにか嬉しかったことでしょう



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一泊温泉旅行から帰ったおばちゃんみたいやね


by はなゆめママ

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「長い橋」 水上勉  

水上勉  「長い橋」(上)(新潮文庫)
水上勉  「長い橋」(下)(新潮文庫)
これぞ小説のなかの小説だ。小説は読者と一緒に歩き、読者の魂を揺さぶり動かすもの。風景やしゃべりや、心の動きが生き生きと浮かび上がり心にまっすぐにつきささる。多くの読者は芸術的文学を求めていない。魂を揺さぶる小説を求めている。
 子どもは親や家庭を選ぶことができない。どうしようもない親のもとにうまれてくる子供がいる。この小説の主人公すみれの兄妹3人がそんな家庭に生まれている。兄2人は中学を卒業して集団就職。苦難はあっただろうがそれぞれきちんと暮らしている。しかし、すみれは中学途中でぐれて、トーハツという悪のグループに落ち込む。そこで売春と売春相手の男の財布から三万円を盗み、逮捕、そして少年院を経て仮釈放の身で岐阜で生活を始める。そこから、すみれの変転が始まる。そんな過去を持っていれば世間は色眼鏡ですみれをみるし、何か事件が起きれば警察はまずこんな過去を持った人間に疑いをあてる。
 そういったなかでの苦しさに耐えきれず、自殺する人もいる。そこを越えるには、すみれは人から頼られる人間にならねばと思い必死に死の淵をめぐりながらがんばる。
 最後がすばらしい。曽々木という部落の海辺におちている石を世話になった保護司の雪枝にあげる。曽々木の石は水の中では七色に光るが、水からあげるとどこにでもある石になってしまう。墓石は石にもなれなかった人間の石だけにはなりたかった願望の象徴であると水上は言って物語を結ぶ。

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「ちょっといやな話」 井上ひさし選 

井上ひさし選 「ちょっといやな話」 (光文社文庫)
韓国に部長と出張する。大きな仕事を終えて、決してりっぱなとは言えないホテルに戻る。
部長が「下のレストランで、御苦労さんだったから、北京ダックでもおごってやるよ。」とつれていってくれる。
 普通は、北京ダッグは薄くカットされていて、それをレタスのような葉にくるんで食するが、ここのレストランはすでに葉にくるまれていた。少し北京ダックとは違うような気もしたが、もともと食した経験も一度きり。こんなもんかと思い腹いっぱい食べた。
 翌朝、そのレストランで朝ごはんを食べた。昨日の給仕がやってきて「昨日の
北京ドックはいかがでしたか。」と聞く。耳を疑い「ドック?」と聞き返す。給仕は大きな声で「そうドック。」と返事を返す。
 こんな話が満載の本。

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「禁じられた遊び」 フランソワ ポワイエ

フランソワ ポワイエ 「禁じられた遊び」(角川文庫)
巨匠ルネクレマンが撮った名映画の原作。
オオカミ(ドイツ空爆機)が都市を無差別に攻撃する。うろたえた人々が必至に大街道を逃げ急ぐ。そこにオオカミは追いかけさらに爆撃を加える。作品では逃げ惑う罪の無い人々を動物にたとえる。イヌやネコやウシやヤギ。そんな動物たちが次々殺戮される。
  都市から逃げてきた少女ポーレットは目の前で母も父も殺され孤児になる。不思議なことにそれは大街道だけでなされる。たった5キロ大街道から離れたサン フェクスの村は、戦争などまったく関係ない普通の暮らしがいとなまれている。爆撃音が遠くかすかにきこえるが、人々は戦争のニュースもあまり聞かないし戦争にほとんど関心がない。
 ポーレットとサン フェクスの少年の2人が、亡くなった動物たちのために墓地や礼拝堂の十字架、墓標を盗んで、墓をつくってやる。それを、村の人たちが見つけて淡々ともとの墓地に埋めかえす。ここのところが氷の刃のように冷やかに読者の胸に突き刺さる。

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「わが人生の時刻表」 井上ひさし 

井上ひさし 「わが人生の時刻表」 (集英社文庫)
井上は何でも分析、論理だてすることに異常に熱心だ。ユーモアもパロディも種別に細かくわけ分析のうえ創作を始める。
 物語や劇は、人間の摂理にあうよう最初はゆっくりと流れ、だんだん速くなり、最後に最もスピードがあがるように組み立てると面白い物語になるのだそうだ。シュエークスピアの劇はすべてこの法則にのっとてるらしい。
 人間は子供の頃は時の進みがゆっくりに思え、晩年にはそれがまたたくまに過ぎる。物語もその速さにならって作ることがよいとのこと。

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「花の浮草」 石川達三  

石川達三  「花の浮草」 (文春文庫)
昭和の初めから次々有名作家と浮名を流し、尻軽女性として名をはせた作家真杉静枝の生涯を描いている。
 石川は真杉をどうしようもない女性の代表として描く。わがまま、虚栄、男性を愛するのでなく打算として利用のために扱う。また、家庭の始末や家事にはとんと関心がない。
だから、まわりからは蔑まれ、孤独で、誰も支えてくれたり助けてはくれない。男だけがすけべ心でちょっかいをだし、そして肉体関係を味わうとさっさと離れてゆく。こういう女性は失意のまま地獄におちてゆく。こんな風に石川は思って作品を創る。
 しかし、この真杉という女性は、運もあるだろうが、しぶとく浮いたり沈んだりしながら生き抜く。全く石川をあざわらっているがごとく、中々地獄には落ちない。
そこが面白い。真杉が石川の哲学に強烈に反抗しているように思う作品である。
それから、この作品で真杉の愛人だった武者小路実篤の人間性を徹底的にこきおろす。私もその内容に全く賛成する。しかし、武者をこきおろすことは白樺派をこきおろすことを意味する。志賀直哉とか有島武郎とか。石川が文壇から嫌われていた理由が何となくわかった。

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「心猿」 石川達三 

石川達三  「心猿」 (角川文庫)
愛情、いたわり、優しさ、心の暖かさ、一言でいえばヒューマニズムが人間社会で最も大切。それが平和で豊かな社会をもたらす。しかし、古今東西、ヒューマニズムはとなえられたことはあっても、それが崇高なるものとして実行がなされたことはない。人々の関心はひたすら自己の利益実現、エゴイストのぶつかりあいばかり。その前にヒューマニズムは形もなく崩れ去る。
 加代をめぐる家族や関係する人々はエゴイズムの塊。その塊の中、加代は翻弄され
心の伴わない、肉体関係を次々結び、そして奈落の底へまっしぐらに転落してゆく。
 人間社会のもつ宿命的な醜さをこの作品はしつこいくらいに追求する。
 昭和11年の作品だそうだ。この内容では、権力はその出版を認めなかった。

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「悪の愉しさ」 石川達三 

石川達三  「悪の愉しさ」(角川文庫)
主人公中根の関心と行動のすべては、女を抱くこと。そこには恋とか愛の感情は一切ない。ただひたすら快楽のため。それ以外の、友、社会も人間関係には一切関心がない。
 手っとり早く会社の女性と関係をつくる。ある女性に口からでまかせでくどく。別の女性にも。その時々で適当にくどくので、辻つまが合わなくなる。しかも、彼は既婚。くどきに加え関係成就にはお金がいる。でもまだ安サラリーマンで金はない。そして結局行きつまる。
 最後は友達を殺して金を奪う。
 自由でニヒルは社会の中にあってその効果がある。しかし社会の外へはじきだされると
無価値になり心底冷たい人生となる。
 石川が時代の寵児の作家となったのがこれを読むとわかる。この作品は昭和28年まだ戦争の爪痕がのこる時代、読売新聞の連載小説として発表されている。今ではどうってことのない小説だが、よくそんな時代に新聞小説としてこの作品を発表したと驚く。
 当時「悪の愉しみ」という言葉が流行ったそうだ。冒険的野心的な作家だったのである石川は。あの超斬新な小説ともてはやされた石原慎太郎の「太陽の季節」より5年も前の
作品である。

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「夜の鶴」 石川達三  

石川達三  「夜の鶴」(講談社文庫)
娘を送り出す、その夫となる男性にむけた父親からの手紙。
これは小説として書かれていることになっているが石川の私小説であり、石川の娘を送り出す思いをこめた手紙そのものだと思う。そして明らかに夫に読んでもらうことを意識している。
 これは、両親も素晴らしい、まして娘も素晴らしいという家族賛歌。正直こんな手紙をもらった男性は、かなり白けると思う。おしつけがましい。こういうことをなんとも思わず平気に自慢でき世間に公表することが石川の世間しらずを露呈させている。
 これでは、もし将来娘夫婦が困難に陥ったとき、そのすべての責任は夫にあるということになる。こんな手紙をもらったら、結婚を解消したくなる。

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今日も今日とて

今日も穴掘りに夢中のはなこさん

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そしてまた・・

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あーぁ
ジムグリくん、起こしちゃってごめんね~

こちらまったく反省していない犬

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今日は風が強かったけど
お散歩にはいい季節になってきたね

ジムグリくんにはお気の毒だけど


by はなゆめママ

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「開き過ぎた扉」 石川達三  

石川達三  「開き過ぎた扉」(新潮文庫)
石川の物語は決して崩れない。彼の持っている信念の枠のなかで物事は収まる。ちょっと枠をはみでたようなことがあるが、強烈な信念理屈に従ってまた元へ戻る。
 この作品は石川にしては珍しくかなり崩れている。
若き医者奎治の亡くなった父親は、事業家と同時に大きな政治家だった。しかし今は母と2人暮らし。そんな奎治は戸塚七重に一目ぼれ、七重も奎治に一目ぼれ、2人は愛を深め結婚の約束をする。ところが、どちらの母も理由は言わないが、頑として2人の結婚を認めない。ここらで、この2人は父が同じで母が異なる異母兄妹ではないかと思う。
 ところが驚くのだが、奎治には死んだことになっていた兄が、実は生きていて信州諏訪にいることがわかる。実は父は先妻が亡くなり、2号であった奎治の母を後妻として迎えたが、寵愛していたのは3号の七重の母。それで、ほとんど父は七重の家にいりびたり。
 それを寂しく思った奎治の母は、奎治の兄と関係を持つ。そう、奎治は兄と母の間にできた子供だった。
 物語はこのくらいもつれて解けないほうが面白い。石川にはもっとこういった崩れた小説を書いてほしかった。

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「幸福の限界」 石川達三  

石川達三  「幸福の限界」 (新潮文庫)
母は社会を知らない。働くことも知らない。学校を終え、少しの花嫁修業をして、人からの紹介で見合いをして、そして一生を過ごす。
 夫は家をあまり顧みない。子供も含め家のことはすべて妻まかせ、子供が悪くなること、
家にゴタゴタがあることは全て妻の失敗であり責任。
 そこで、母は考える。私は妻という女中だと。忍耐のみの人生。あるときここを抜けだそうとする。しかし、働いたことがないから、抜けだしてはみたもののその先は真っ暗。抜け出す先は、娘のアパート。それで数週間がんばってはみたもののやっぱり夫のもとに帰る。
そして思う。
 家庭の一日は愚劣。妻の一日も愚劣。一日単位にみれば愚劣だが20年単位でみれば、3人の子供を育て一人前にした大きな仕事を成し得た、と。
 石川は明治37年生まれ。どうしてもこういう考えになってしまう。 

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「醍醐の桜」 水上勉 

水上勉  「醍醐の桜」 (新潮文庫)
1990年近辺に書いた短編集。
まだ大分読まないと言えないが、水上、両親、祖母のことや彼の親族のことは時々物語にしているが、自分の妻や子供のことはあまり物語にしていない。次女が重い障害を持って生まれる。それをすべて妻に預ける。重い病気で入院しても、ちょっと日帰りで見舞にきてそのまま妻子を放って軽井沢の別荘に帰ってゆく。
 妻子が、執筆や創作の邪魔のように考えている。若いころはそれで、それなりの遊びもしてわがまま生活を、家族を犠牲にして楽しんだろう。
 この作品の水上は心筋梗塞で倒れ手術をした後、京都で2病院、東京で1病院、転院をくりかえすが、妻の姿が全く無い。70を過ぎてしかも病気もち、それなりのきままさを楽しんでいるように見えるけど、心の奥は真に孤独だ。

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「沢庵」 水上勉  

水上勉  「沢庵」 (中公文庫)
水上は沢庵和尚について、「枯淡、峻厳、権力に媚びず、名聞を求めず、清貧を尊ぶ」と絶賛。確かに「紫衣事件」ではこの点うなずけるが、他のことについては、本当かなあと疑問を感じざるをえない。
 大徳寺の住職をたった3日でやめる。住職になればどういうことになるのかわかっているはず。依頼があってもやめればいいこと。かなりわがままに思える。紫衣事件の罰がとかれて江戸に戻される。そこで家光と結びつく。家光から品川に東海寺をもらいうける。
ここには多くの幕府の権力者が帰依する。その勢力は関東を越え静岡まで及ぶ。
 どうしても清貧に甘んじ、権力におもねないとは思えない。

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「道の花」 水上勉  

水上勉  「道の花」 (新潮文庫)
昭和52年出版の作品。
この話の主人公お民は、水上の母を土台に創造されていると思う。特にお民が島本家に嫁いだ大正6年から戦争終了まではほぼ水上が実際に見聞した母の人生を描いているように思う。
 しかし、戦後になって、民主主義の時代が始まってからの島本家の姿は、お民も含めて水上の人生論に従って新たに構築創造されている。
 特に故郷大島部落、合併して大飯町になり、この大島部落に当時東洋最大の原発が作られるところからは、水上の哲学、深い思いがお民や嫁によって語られ強烈な物語になっている。この物語を読んだだけでは、原発の是非については、私はうまく答えることはできない。原発は悩ましい問題である。
 当時は、京都は共産党が中心とした革新府政の時代。当然原発設置には激しい反対をした。しかし、原発の最も恩恵を受けるのはその京都。原発は京都には設置していないのに。
 よくわからないが、戦後まもなく、島本家をかえりみず下関に行ってしまった長男が、
原発をあてこんで、原発に就職するために家族を連れて実家に勝手にかえる。
 読んで是非確かめてほしい。嫁の息子が、壺トイレでは大便ができないと文句を嫁が言う。これにたいしてのお民、それは水上の思いと同じだが強烈な反撃が印象に残る。
 水上の伝えたいことに私は完全に受け入れることができる。

by はなゆめ爺や

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「母一夜」 水上勉  

水上勉  「母一夜」 (新潮文庫)
昭和50年から翌年にかけて書かれた短編を集めている。
私は子供のころのことは余り覚えていないが、水上は本当によく記憶している。
そして水上の物語を読んでかすかにひっかかっている子供の記憶が、忽然と目の前に飛び出してくることがある。
 「母は大尻を左右に振って、それがくせである、両手をこころもち後ろにそらせて走るように歩くのであった。」
 朝から晩まで毎日の農作業。田圃では、腰までどろにつかって、草とりを行う。畑は腰をまげて畝をつくる。農作業は腰をかがめたり、折ったり、丸めたりして行う作業ばかり。
だから、歩く時両手がこころもち後ろにそる。そして、60歳を過ぎる頃から例外なく腰が曲がる。
田舎の小さい駅では、2番線にわたるための跨線橋はなかった。みんな線路を横断して向かいのホームに渡った。
そんなことをこの本を読みながら思い出した。

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「虚名の鎖」 水上勉  

水上勉  「虚名の鎖」 (光文社文庫)
社会派ミステリーと思いながら読んだが、女優志願の女性を手玉にとりながら痴情のもつれでにっちもさっちもいかなくなった末での殺人という結果で、作品としては表層的で2流の作品。
 しかし、この作品を書いた当時、映画界の風雲児大蔵貢というスキャンダラスな人間がいた。次々女優を愛人にする。このことをインタビューで問われたとき、彼は言う。
 「女優を愛人にしているのではない。愛人を女優にしているんだ。」と豪語した。
そんな背景をベースにしながら読むと、この作品もそこそこには面白い。

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「おきん」 水上勉  

水上勉  「おきん」(文春文庫)
14歳で何も知らないまま、おきん、育ての親から離れて、東北小原温泉の旅館女中として連れていかれる。そこから、男に関係を強要され、それで、東京に流れる。
 旅一座に拾われる。そこでまた男にせまられ関係する。男の遍歴があり、戦争の困難があり、産んだ私生児の病死。そして昭和20年の8月15日を迎える。
 大きな荒波にもまれながら青春を生き抜いて、戦争が終わってまた小原温泉に戻る。
もうすべての人生を生きつくしたはずなのに、なんとおきんはまだ青春の入口である20歳だった。

by はなゆめ爺や

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膀胱炎日記?

少し前のお話
これが残尿感これが排尿痛?
頻尿というほどではない普段の1.2倍くらいかな
そんなに重症じゃないのだけど夜中はちょっと困る
普段一旦寝入ったら朝まで起きないのに夜中に2回もトイレに起きる
そしてあのいやーな残尿感と共に布団に入るのはいやだぁぁぁ!

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というわけで勇気をふりしぼって近所の内科に行ったものの
ものすごく混んでいて1時間以上待つというので断念(根性なし)

家に帰ってふと思った
膀胱炎といえば抗生物質じゃないか
抗生物質といえば去年歯肉炎の時もらったやつが残っているじゃないか
猫のだけど

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抗生物質って人間用も猫用も同じでしょ?とその時ネットで調べた記憶が・・
同じでした
そりゃ飲みますよためらいなく
自分猫の体重の10倍だから残っていた4粒くらい飲んでもまあどってことないね
結果、どってことありませんでした変化なし




でね、気が付いたのね
薬ってそういえば2種類あったっけ

確認してみました


ありゃ、私が飲んだのって抗生物質じゃなくてステロイドじゃん

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ま、結果的になんともなかったんでめでたし、めでたし(なのか?)


翌日薬局で小林製薬の「ボーコレン」ていうお薬を見つけて購入
漢方系なのですぐに効くわけではなかったけど徐々に快方に向かい
今は元気バリバリだよ~

それにしてもいつも思うんだけど小林製薬のネーミングのセンスって



by はなゆめママ

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「霰」 水上勉 

水上勉  「霰」 (新潮文庫)
りんは夫文蔵がおせきという女に狂って10年間不在だった家を守る。その文蔵が帰ってきたら、文蔵は股ぐらに巨大な膿がとりつき、2年の看病の後に文蔵を失う。
 ここが理解できないのだが、独りになったりんが、せきと文蔵の間に生まれ、青年に育った2人の息子を引き取って、これ以上ない愛情をもって同居するところ。
 でもここのところが重要で、物語は進む。りんも息子兄弟も深い孤独で辛い生活ぶりだ。それが、水上の若狭を初めとした北陸のなまり言葉と暗く雪深い風景描写でこれでもかと切なさを盛り上げる。
 川端康成がこの作品を称して「いますこし名品になれないところがある」と語っている。
水上の作品は、理くつぬきで北陸、裏日本の厳しい生活や愛憎を土の匂いとともに描く。川端のような、東大をでて、優雅な生活を享受している人に水上の世界は理解できるわけがないのである。ここが水上の強みであるが、それが高踏的文壇からは理解されなかったことも事実である。

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「爪」 水上勉  

水上勉  「爪」 (中公文庫)
松本清張を意識していたころの水上が捜索して社会派推理小説。
この小説は途中に田島というクラブの従業員がでてきて、彼が犯人じゃないかと推察できる。そこからああでもないこうでもないと物語が彷徨う。
 そんなことしているより、琵琶湖の北で宿泊した旅館の夫婦に写真でも送ってみてもらえば一発で田島が犯人だとわかるのに、何をやっているんだろうと不思議に思えた。
 これは最後にとんでもないどんでんがえしでもあるかと思って読んだが、やっぱり犯人は田島だった。
 水上は松本清張の向こうを張って社会派ミステリーをいくつか書いた。でも、本当に早い段階で見切りをつけたのは正解だったとこの作品を読んで思った。

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今年お初、でたーー!

春になるとはなこは草むらの中鼻先つっこんでフガフガします

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今日は特にご執心だったので「何がいるの?」と覗いてみたところ・・・



ヒント 細くて長いものだよ




心の準備はできたかな?
じゃーん


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画像ちょっとわかりずらいね(そのほうがいっか)
ネットで調べたら「ジムグリ」という蛇らしい
幼蛇は赤っぽいんだって

勇気のある人はこちら

最初ヒモかと思ったんですよ
ほら自転車の荷台とかに括り付ける模様のあるヒモ
でも・・動いたんですよ、奥さん
きゃーっ


動物の赤ちゃんはヘビでも可愛いって昔マンガのセリフであったけど
そうなのかなぁ・・


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そりゃよかったね・・・
ま、春ということですな



by はなゆめママ

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「寺泊 わが風車」 水上勉  

水上勉  「寺泊 わが風車」 (新潮文庫)
味わい深い短編集。
どれもいいなあと思ったが、特に印象深かったのは「リヤカーを曳いて」。友達の細君と息子を疎開先として自宅裏に住まわせる。昭和20年8月14日細君が高熱をだしチフスと診断される。あの8月15日朝、16km離れた小浜まで、汽車乗車を断られたため、細君をリヤカーにのせて、父と水上があるいて連れてゆく。山を越え、谷を越え、真夏の照りつける陽射のなかの道中を、おかしみをこめて描き出す。夕方にやっとこさ病院に到着。婦長に遅いすぎることと、暑さが最も病人に悪いと叱られる。へとへとになったその日に長い戦争が終わったことを水上親子はまだ知らない。中野重治が絶賛した短編。
 その他、タイトルにもなっている「わが風車」では、戦争末期に妻が妊娠。養うことができないため、中絶手術をする。電気が通じなくなり、ローソクの明かりで手術をする。それを医者にいわれて水上が手伝う。その場面がすさまじい。
  元気でお暮らしくださいを一言最後に手紙で「たっしゃでな」という言葉も郷愁をそそる。

by はなゆめ爺や

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「七人の敵が居た」 石川達三 

石川達三  「七人の敵が居た」 (新潮文庫)
この作品は、石川も冒頭に述べているが、実際に起こった事件の裁判記録に従って書かれた作品である。但し、すべては仮名、仮称にしてある。
 その事件は私が大学のときに起きている。青山学院大学気鋭の国際学教授である春木教授の教え子強姦事件である。当時、最大スキャンダルとして話題沸騰。大学教授というのはすべてスケベであり強姦魔である錯覚をみんなが抱いた事件であった。
 しかし、この事件は、今だからわかることも多いが、まず、告訴の全面にたった早坂太吉(作品では山形和光)がご存じ悪徳企業として名をあげた「最上恒産」の社長。その会長は被害者の女子大生の父親といかにも胡散臭い人間たちが関与していた。
 更に被害者が青山を卒業してついた職がこれも胡散臭く受託収賄の罪で逮捕されたことがある元議員の中尾栄一の秘書。更に中尾は何と青山学院の卒業生。
 石川は胡散臭さにはあまりふれず、裁判記録や検事調書などを丹念に調べて、いかに
調書が矛盾に満ちていて、一般社会ではあり得ないことを書いていることをあぶりだす。更に判事も人間模様に関心が薄く、頭で法律だけをひねくりまわし判決をくだしているかを、裁判の恐ろしさに力点をおいてこの作品を書いている。
 しかし、この事件は、権力がつるみ事前打ち合わせをすれば、事件をでっちあげたり、事実を曲げることがいかに簡単になし得るかを示した事件であったと思う。

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だって本能なんだもん

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「人生画帖」 石川達三 

石川達三  「人生画帖」 (角川文庫)
ビジョンとか長期目標が、会社経営や人生には必要という。しかし概して遠い将来の目標などとなると、数字は希望だらけのでっちあげ、述べられていることは勢いのありそうな言葉は並べられているが、抽象的で中身は空疎。
 だいたいは経営も人生もその日をどう対応するか、目先、長くても数か月先をどうするか考え行動するのが現実。それが調子がいいときは何をやってもあたる。大体そんな人生の成功者は、後になって大きなビジョンを持って決断してきたから今を築いたと格好をつけるから世の中錯覚する人ばかりになる。
 調子のいいときはいいのだが、これが落ち目になってくると、何を取りつくろってもうまくいかなくなる。あっちにはAといいこっちにはBといい、辻褄をあわせようとするがそれがばれるといかんともしがたく被害も数倍に拡大する。
 ここに登場する主人公閑平もそんな人間。経営が順調なとき、調子に乗って3号夫人までこしらえ4号までもう一息のところで経営につまずき凋落が始まる。経営も大変だがこれらの夫人への対応もメチャクチャになりどん底におちてゆく。

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「悪女の手記」 石川達三  

石川達三  「悪女の手記」 (新潮文庫)
石川の作品は、会社の研修で演題がだされそれをどう考えるか討論させられているような雰囲気がある。
 愛すること、別れること、好きになること、嫌いになることにはすべてにおいてそうなる理由、理屈がある。その理屈理由を縷々のべてから愛することが始まる。愛する、好きになることは一目ぼれもあるだろうし、理屈なしにこの人といたいという強い感情にうながされていることで生ずることもあるだろうに。
 この作品も石川の特徴がはっきりとでている。昭和40年当時特に女性たちに、どうしてこんな作品が広く読まれたのだろう。
 そう言えばどの作品も、教養十分、社会的地位も約束されている、お金も不自由しないくらいある人が中心に描かれる。
 結局本能で愛したり、別れたりするような人たちは、そもそも本などは読まないだろう、
本の読者は、やはり理屈が好きなのだろうと石川は思っていたのではないかと思う。

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