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住野よる  「麦本三歩の好きなもの第2集」(幻冬舎文庫)

 主人公の麦本三歩は、大学の図書館に勤めていて、3年になる。そこに初めて後輩となる新人女性が入ってくる。その後輩を含め、怖い、優しい先輩との交流によって引き起こされる出来事を短編形式で描いた作品集。

 こういう作品で思い出すのは、益田ミリさんの漫画。たしか主人公は独身OLのスーちゃんだと思うが、益田さんの作品に比し、主人公の三歩を住野さんは、かなり変わっている女性として描くが、中味は正直平凡で、圧倒的に益田さんのスーちゃんのほうがユニークで面白い。

 それに漫画のほうが描きやすいことも有利になる。一コマで、できごとを生き生き描くことができるが、その一コマを文章で描くと、多くの字数を要し、間延びしてインパクトが小さくなる。

 その中で、おおここは面白い。さすが住野だと思わせたところを紹介する。
主人公の三歩が、お婆さんが一人でやっている小さな文房具屋にゆく。そこでお婆さんに教わりながら、店に来ていた母子連れの子供と三歩が一緒に折り紙で孔雀を作る。

 その時お婆さんの手首に入れ墨が彫ってあることに、女の子が気付く。で女の子がお婆さんに言う。
「あたしにも同じ絵を描いて。」
文房具屋だから、水性ペンや絵の具などおいてあり、描いてあげようと思えば描いてあげることはできる。

 きっと描いてあげるだろうと三歩は思ったが、お婆さんの答えは全く違った。
「ごめんね、これは鉛筆やマジックで描いたものじゃないから、お婆ちゃんには描けないの。」
「誰が描いたの」
「お婆ちゃんの娘。」
「これは刺青と言ってね。かっこいいけど、消すときは病院に行かないといけないし、尖った針で描くからとっても痛いんだよ。」
「そうなんだ。じゃあ、いいや・・・・」

 隠さず、正直に幼い子に伝える。普通の発想ではあり得ない。ここをきちんと伝える住野さんの感性に感心した。

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| 日記 | 06:24 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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岩井志麻子   「合意情死」 (角川ホラー文庫)

 短編ホラー集。

この作品集を読んで思い出したが、私の小学校時代にはおじいさんの用務員さんが学校にいた。学校に住み込みだった。用務員さんは、先生たちのお茶を作ったり、学校で傷んだところを直していた。それから、なつかしく思い出すのは、授業の終了、開始時間は、今のようにベルや音楽を流すのではなく、用務員さんが大きなベルをもって、それをふりふり鳴らしながら知らせていた。そう、小学校に入学した当初は、校内放送の設備が無かった。

 物語の時代は明治の終わりか大正の初め。主人公の小宮は新人の小学校の先生。引っ込み思案で、あまり他人と会話ができない先生だった。

 唯一の楽しみが、帰宅途中にあるカフェー「カフェーオカヤマ」にたちよりくつろぐこと。
その「カフェーオカヤマ」で小学校時代の同級生安藤にでくわす。安藤は実家が呉服商を営んでいる資産家。安藤はそんな実家を継がずに、市内にアトリエを持ち、絵を描いている。

 安藤と書店主大岩、それと小宮のいた「カフェーオカヤマ」に女学生いせ子がやってくる。美人の女学生だった。そのいせ子が、安藤、大岩ではなく、小宮の隣に座る。小宮はいせ子が自分に好意を抱いていると感じる。でもとてもいせ子と話すことなどできない。自分には無理とはなからいせ子を諦める。

 しかし、ある日安藤より、いせ子をアトリエにつれてきてほしい、小宮から言えばいせ子は承知するからと。そんなことはとてもできないと放っておく。

 しばらくして大岩がやってきて、「安藤はいせ子をモデルにして、アトリエで妾にもしている。」と言う。
安藤の妻ミツヨはできた妻で、収入のない夫をカフェの店員や、料理屋の女給をして支えている。
ここで、やめとけばいいのに、憤慨した小宮が、ミツヨにこれは正義だと思い、いせ子と安藤の関係をミツヨに告げ口をする。

 しばらくして、安藤といせ子が心中したと大岩より知らされる。小宮は自分の告げ口が大変な事態を引き起こしたと悔恨する。

 そして、ミツヨから小宮はアトリエに連れてってくれるようにお願いされ仕方なく、ミツヨを小宮はアトリエに連れてゆく。

 すると小宮の目の前で、いきなりミツヨが全裸になる。そしていせ子を描いた絵と同じポーズをする。
ひしひしとミツヨの嫉妬、哀切が伝わってくる。

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| 日記 | 05:56 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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領家高子    「向島」(日経文芸文庫)

 自分とは全く関係ない空間で生きている人達がいて、喋ることも、生活も、行動も全く違う。その一つが芸者と、芸者遊びを楽しむ男達の世界。

 主人公の芳恵は、向島の芸者の娘に生まれ、大学には行かず、高校を卒業して芸者の道にはいる。
ある日、大企業の偉いさんと、財務省官僚の宴席に、芳恵が芸者としてでる。そこで、高校の時だいすきだった木村君が財務官僚として出席していた。そして、食事にゆくことを約束。その食事の後、2人は熱い口づけをする。

 ところが、その熱い接吻の翌日、朝から和菓子屋の御曹司黒川が芳恵の家まで迎えにきて、一泊二日で軽井沢の高級ホテルに行く。黒川は朝10時に高級スポーツカーでやってきた。

 黒川は芳恵より30歳年上。そして今夜生まれて初めて男性に抱かれる。
しかし、芳恵に全くの躊躇は無い。覚悟を決めて黒川に抱かれる。それにしても、和菓子屋というのはそんな贅沢ができるのか。不動産をあちこちに持っているのか。

 それで、木村君などすっかり忘れて、芳恵は黒川を心の底から愛する。木村君は私と同じ世界の人なのか。それはない。だって、20代半ばで向島の芸者遊びの宴席にでているわけだから。

 芳恵はめくるめくような恋の世界に浸る。
その姿を見ていた、向島の長老沢木老人が黒川に会って話をする。
沢木老人は、実は芳恵の母親は三芳という向島芸者だったが、ある男の子供身ごもる。実はその男は最高裁判所の判事だった。そう芳恵は最高裁判事の娘なのである。

 沢木老人は芳恵は三芳によく似ているから心配だと言う。
芳恵の母親三芳は、生まれた子供は誰の子か絶対明かさなかった。もし知った人がいても、父親には絶対言わないように頼んだ。

 それを相手が知ったり、噂になったら相手の判事の人生に傷をつける。それだけはしてはいけないと。老人はその母親の生き様を黒川に訴える。30歳年上、遊び人に見える黒川に。

 この沢木老人の真剣な話が読者の心を揺さぶる。
でも、その凄みにしては、結果は平凡。

 しかし、作者領家さんは、芸者の街、向島を印象深い表現で丁寧に描く。その描写はため息がでるほど、素晴らしい。

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宇江佐真理    「酒田さ行ぐさげ」(実業之日本社文庫)

 江戸人情噺を書いたら右にでる小説家はいないと言われる宇江佐真理の傑作人情小説集。

「花屋の柳」が印象に残った。
最初の入りがよくできている。
日本橋の路地の一角にある「千花」という花屋。
こんな川柳がある
 幽霊のとまり木花屋門へ植え

花屋というのは、陽射しが直接店に差し込むと、店の花が涸れる。それで、それを防ぐために、簾をつるしたり、柳を植えて防ぐ。
そんな蘊蓄から物語は開始する。

店の主人は滝蔵。それに妻おこの。長女15歳のおけいと12歳の息子幸太の4人家族。
幸太はいつも不思議に思う。花の仕入れに滝蔵は、隣町の染井町に大きな花の卸屋、「植勘」があるのに、そこからは仕入れずわざわざ一日がかりで、遠方の巣鴨の花卸屋まで行く。

ある日母親おこのの実家の父親が危篤に陥る。おこのは、母親はすでになく、父親の面倒を観るために実家に帰る。ここで話がおかしくなる。おこのは、一人っ子で、父親の面倒をずっとみるから、家には帰らないという。

 おこのは実は、「植勘」の一人娘だった。滝蔵は、おこのを追わない。長く父親の面倒をみるということは、滝蔵とは離縁するということなのだ。

 幸太は、おこのを追いかけて「植勘」まで行く。そこでデジャヴを観る。入口に簾があり柳が植えられている。そこで、父親滝蔵は今の店「千花」の前は「植勘」にいたことを知る。

 実はおこのは、別の有名な花屋の息子を、「植勘」にむかえ結婚するが、夫と死に別れる。養子をもらう前から、「植勘」で働いていた滝蔵とおこのは愛し合っていた。そして、前夫の死をきっかけに、おこのと滝蔵は駆け落ちして、花屋「千花」を始める。

 滝蔵も大切だが、自分を育ててくれた父親の最後の面倒をみるのは私しかいないとおこのは思い詰める。これで2人の子供を残して、おこのと滝蔵は別れてしまうのか。はらはらする読者に、おこのの父親が大きな決断をくだす。

 話はありふれた人情噺だが、物語の構成が上手い。

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桜木紫乃    「光まで5分」(光文社文庫)

 北海道の片隅の町で、義父におかされ辛い日々を送っていた主人公38歳のツキヨは、絶対に知り合いに会う可能性が無い、沖縄にやってきて「竜宮城」という風俗店で働く。

 作品には3人の男が登場する。

1人は万次郎。地方の有名な歯医者の息子で、実家の歯医者を継いでいたのだが、女性トラブルを起こし、歯医者を飛び出し、沖縄でタトゥーハウス「暗い部屋」というシェアハウスで、闇の歯医者と入れ墨彫をしている。

 もう一人はヒロキというホモの男。ヒロキは万次郎に背中にモナリザの入れ墨を彫ってもらっている。

 更にあと一人は南原という「暗い部屋」を所有している男。この南原という男は、ツキヨを気に入っていて、竜宮城にツキヨを指名してやってくる。後ろのポケットに札束をねじこんでいて、竜宮城のママ経由でツキヨに万札を何枚も惜しげもなく渡す。

 実は南原は、もう死にたいと思っている万次郎を沖縄まで連れてきて、歯科医院の万次郎の母から、万次郎を養う費用として大きなお金を毎月もらっている。そこからツキヨへのお金もでていた。

 ヒロキの飼っている猫が死ぬ。遺体を埋めるために、ヒロキの出身の小さな島、奥志島に南原ら男3人とツキヨが行く。

また南原が自分の母から金をもらっていることを万次郎が知るが、南原はそれでお前が生きていられるのだと居直られる。南原は悪の権化のような男。南原はツキヨも犯す。

 大悪党の南原の毒牙にからめとられていく、万次郎、ツキヨ、ヒロキのたどりつく先の運命はどうなるのかが読みどころ。
 ツキヨのあっけらかんとした生き様が印象に残る作品。光の速度でみれば、人間生まれて死ぬまでは5分間。たった5分。だから明るく生きようよという作者桜木さんの声が聞こえてくる。

 桜木さんは、旭川に住み、北国の人々の苦しい生活、やるせなさを暗いトーンで描くことを得意とする作家だ。

 この作品の舞台は明るく、光が強い沖縄が舞台。私は桜木さんの暗いトーンの作品が好きだ。沖縄の明るさは桜木さんには似合わないと感じる。かなり面食らった。

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