FC2ブログ

≫ EDIT

山田宗樹    「きっと誰かが祈ってる」(幻冬舎文庫)

 DV、貧困小学生、現代の問題を扱っている。山田宗樹の作風だと、少し暗く重い基調になりそうだが、極めてテンポよく描かれ、読者の気分を暗くすることなく、作品が創られている。

 主人公の島本温子は乳児院「双葉ハウス」に看護師として勤めている。11年目でベテランの域にはいっている。

 乳児院とは、この世にうまれてきた子供を、何らかの理由で親が育児養育ができなくて、収容する施設のことである。乳児院は法律上0歳から2歳までの子を収容する。2歳を過ぎると、児童保護施設に収容されるか、親の育児環境が整ったと判断されれば親元に帰すか、あるいは里親がみつかり引き取られるか、いずれかになる。

 多喜は、温子が施設で働きだして、初めて育児を担当した子だった。2年後に里親となった樫村夫妻に引き取られた。引き取られるとき、温子は泣きながら樫村夫妻の正面にたちはだかり、連れて行かないように懇願した。一旦引き取られた子供と関係をもつことは禁じられている。養父母と看護師の間にトラブルを引き起こす可能性があるからである。だから、多喜とは偶然が無ければ生涯の別離ということになる。

 新人の寺尾早月が担当している幸太が里親に引き取られる。そのことが早月に衝撃を与え早月が双葉ハウスを辞めるといいだす。そんな言い合いが、温子に多喜を思い出させる。

 多喜は幸に暮らしているだろうかと思い、樫村多喜でネット検索をすると、何と多喜は3年前父の運転する車が交通事故に遭い、両親は即死、多喜も重傷を負い病院に運ばれたという記事をみつける。

 いろいろ調査して、多喜は母方のお祖父さんに引き取られ暮らしていることがわかる。ところがこのお祖父さんがここ半年姿が見えないことを知る。お祖父さんの家では久野浪江というおばさんが多喜と一緒に住んでいた。この浪江がひどい。多喜にショッピングセンターで化粧品を万引きすることを命令する。また内縁の男がいて、しょっちゅう多喜に暴力を振るう。お祖父さんが風呂場でショック死をする。倒れたときに病院に駆け込めば助かったかもしれないのに、浪江と男は放っておく。その死体を内縁の男がどこかえ運んで埋めてくる。

 お祖父さんを生きていることにして年金を取得するためだ。この現場をみて多喜は緘黙症になりしゃべれなくなる。

 更に男は客を集めて多喜にヌード撮影会のモデルを強要する。

追い詰められた、極貧の多喜を、温子が、小林巡査、熱血漢の市役所の近藤とともに、魔窟から多喜を救い出す。この場面が読みどころ。

 温子の多喜への溢れる愛情に裏打ちされた熱い行動に胸がうたれる。

ランキングに参加しています。
ぽちっと応援していただければ幸いです。
にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ


| 古本読書日記 | 06:47 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

横山秀夫    「第三の時効」(集英社文庫)

 名作名高い作品。未読だったので手に取った。

今は殺人事件は時効がなくなったが、この作品はまだ時効が存在している時代に書かれている。当時の時効は15年。

 15年前、タクシー運転手が刃物で刺され殺害される。犯人は電器屋の竹内。竹内が電気修理に運転手の家を訪ねてきたとき、運転手の妻ゆき絵を襲い強姦する。その現場に帰ってきた運転手が遭遇。しかも、ゆき絵はその時妊娠して、娘のありさを身ごもった。

 怒った運転手が金属バットで竹内に襲い掛かったとき、竹内が持っていたナイフで運転手を刺し殺した。

 竹内はその場から逃走。そこから15年たった今も行方はわからず逃走している。捜査第2係、キャップの楠見や刑事の森たちが、ゆき絵の家に竹内から電話があるのではと最後の望みをかけてつめている。

 無情にも、午前0時になり時効となる。しかしこれは第一の時効。実は、竹内は逃走中海外に1週間行っていたため、時効は1週間後となる。これが第二の時効。

 楠見はかっては公安に所属。大きな失敗をおかし、事務職に回され、何故か捜査第2係に異動してきた変わり種。部下を人間扱いせずに、森をはじめ全員から嫌われていた。

 更に3年前、竹内がゆき絵のところに電話をしてきた。このことは当然署内では秘密となっていた。それが、マスコミにばれ、大騒ぎとなった。誰もが楠見がマスコミにしゃべったと思った。

 この楠見が森に理解不能の指示をだす。地裁の判事の普段の行動を細かく調べ報告すること。このさらっとした一行が、最後に抜群の効果をひきおこす。

 実は1週間がすぎ,第二の時効も成立。これで完全に時効となったわけで、ゆき絵の家につめていた捜査陣も撤収しようとする。すると楠見は捜査続行、撤収不要と部下に命じる。

 そこに時効成立ということで、竹内からゆき絵に電話がはいる。かけてきた公衆電話をつきとめ竹内を補足する。逃げようとする竹内が激しく警棒で打ちたたかれる。

 思わず、ゆき絵が叫ぶ。
「やめて!実は運転手を殺したのは私」と。

 ゆき絵は、殺害していたとしても、すでに時効は成立。犯行を自白したのではなく、述懐しただけ。

 そこで楠見が登場。実は、楠見は時効直前に竹内ではなく犯人はゆき絵として地検に被疑者不在のまま告訴、さらに地裁もその公訴を受理するというとんでもない策謀を行っていた。第三の時効だ。

 面白い。楠見が地裁判事たちの行状を調べさせていたというところが実にうまい。横山の作品の創りのうまさに感心しきりだ。

ランキングに参加しています。
ぽちっと応援していただければ幸いです。
にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ

| 古本読書日記 | 06:42 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

和田宏   「司馬遼太郎という人」(文春新書)

 著者の和田宏は、文芸春秋社で編集者として30年司馬遼太郎を担当した。彼の見た司馬遼太郎を綴った作品。

 司馬遼太郎が今の上皇が皇太子時代に御進講をしたことがあった。御進講とは、天皇は皇太子に、専門学問を御講義することである。

 司馬遼太郎はトイレが近く、御進講途中でトイレに行きたくなる。ところが御進講をしている東宮御所が大きくてトイレの場所がわからない。また、彼は方向音痴で一回トイレに行っただけではその場所を覚えられない。
 だからトイレに立つ都度、前の天皇がつきそってくれたそうだ。

この作品を読んで、司馬に惚れ直した。すばらしい人である。

 司馬は、だんだん地位があがってゆくたびに、そっくりかえるようになる人を極端に忌み嫌う。会話をしているときは、司馬は悪印象を与えてはならないと気をつかうが、一旦離れると、二度とその人には会わないようにする。

 接待、会食も極端に嫌う。
というのは、面白いのだが、司馬は酒は殆ど飲めないし、魚介類は受け付けない。寿司、刺身は食べず、肉類もあまり好まず、そして小食である。

 「街道を行く」シリーズで長期間取材に同道した画家の須田剋太さんが嘆く。
「司馬さんはずいぶん偏食の人で、鶏でも魚でも全然食べない。食べるものといったら、トンカツかソバぐらいなもので、それも少ししか食べない。・・・天才は少ししか食べないんですかね。腹がへってしょうがなかった。」と完全にサジを投げている。

 長年、「司馬さんを囲む会」というのが、出版関係者と司馬さんの間で行われている。この作品には、会費や会場までの交通費は自費としているが、出版社がもっているのが多いと思う。

 驚くのは。会費から足が出た費用はすべて司馬が払っている。

作家は売れ出すと、出版社に寄りかかり、横柄になったり、いろんな費用は出版社持ちという場合が殆ど。だから司馬のクリーンな態度が際立ってすがすがしい。

 それにしても「坂の上の雲」4巻から初版の数が20万部だったそうである。一般の初版数は3000部程度。流行作家でも1万部。それでも殆ど再販されず、消え去ってゆく。
 20万部とは、強烈である。

ランキングに参加しています。
ぽちっと応援していただければ幸いです。
にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ

| 古本読書日記 | 06:11 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

司馬遼太郎    「宮本武蔵」(朝日文庫)

 武蔵が極めた兵法というのは、室町時代から戦国時代にかけ立ちあらわれてきた。しかし乱世において兵法技術は尊重されなかった。戦国時代の戦いは馬を駆って槍と小銃をもっての戦いになっていた。太刀を振っての戦いは雑兵の戦いであった。兵法の兵は雑兵の兵であり、兵法はその技術であった。

 しかし、武蔵が活躍したころは、家康の時代。家康は兵法を重んじ、自らも進んで兵法を学んだ。これにより、各大名にも兵法を学ぶ機運が高まり、自らの腕次第では大名が抱えてくれる時代になった。

 しかし、所詮兵法使いは雑兵の技術。戦場では足軽程度に過ぎず、俸禄も300-600石程度。
 佐々木小次郎を破り、すでに日本一の兵法術者との評判の武蔵はそれが不満だった。

自分を抱えるなら、3000石は最低ほしい。3000石は兵ではなく、一隊を率いる大将がもらう石高であった。

 徳川2代将軍秀忠に仕えていた北条氏長、武蔵の兵法術を高く評価して、抱えたいと思い武蔵と面談したが、3000石要求に応えられず、破談になる。しかし武蔵の技術がもったいなく、尾張の徳川家に紹介し、推薦状も送る。武蔵との交渉相手は大名などの監視役にあたっていた、成瀬正虎である。

 ここでも、武蔵は3000石を譲らない。すでに尾張には武術の指南役として柳生兵庫助があたっている。その兵庫助にして俸禄は600石である。

 正虎は、お抱えは不可能と思ったが、一応主君に推挙してみる。
すると主君は「3000石で抱えてもいいのでは」と言う。そんなことをしたら、他の士官に示しがつかない。それで、正虎は兵庫助に武蔵の兵法とは何かを聞く。

 兵庫助は、武蔵に以前町の往来であっている。その時、武蔵の眼光は鋭く、地を這う影までも生きるがごとく油断なく、歩を運ぶだけで五体から精気を発しいささかの隙もない姿におののき、思わず通りの端に飛び避けた記憶がある。

 兵庫助が答える。
「武蔵は指南役にはなれない。武蔵の兵法術の根本は氣であり、剣や武術ではない。残念だが氣は指南できるものではない」と。

 武蔵は死ぬまでに63回試合をして、一度も負けたことが無い。立ち合いからその精気で相手を圧倒するのである。

 なるほどとは思うが、武蔵に立ちはだかる壁は、能力があっても浮かばれない公務員のノンキャリアの壁のようにも思えた。

ランキングに参加しています。
ぽちっと応援していただければ幸いです。
にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ

| 古本読書日記 | 06:12 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

絲山秋子     「小松とうさちゃん」(河出文庫)

 主人公の南雲咲子は、海岸から海の中に入り込む。自ら固定した足元にミズクラゲがいた。

そのミズクラゲには他の仲間と違ったところがひとつあった。お腹の部分が透明で、時々そのお腹の色が黄色から水色になったり、紫からピンクに変化をする。何かを考えるとき、かれの精神を表す波形のように思えた。

 咲子の心がミズクラゲのお腹に落ちた。すると、ミズクラゲが「こんにちは」とあいさつする。咲子も「こんにちは」と答える。

 ミズクラゲは考えたり、思ったりすることはあるが、脳を持っていないから、それが行動に移ることはない。

 クラゲの中には、無性に生殖ばかりするクラゲもいるし、光を発生したり、波に逆らって立ち向かうクラゲもいる。

 しかしミズクラゲは、まわりにいるプランクトンを食べるだけで、他に一切しない。仲間との間に隙間を作って、群れることもなく孤高としている。仲間友達なんて考えたことも無い。

 咲子は、小さい時から、他人との関わりを避けてきた。居心地の悪い学生時代を送った。
就職して事務員になったが、人と交わることができなかった。就職して3年後に求愛され男と結婚したが、3年で破綻。悲しく思ったが、ほっとした自分がいた。

 離婚後は実家に帰り、地元の会社に就職。休日は畑仕事を手伝ったり、病気がちの親を世話しながら暮らしてきた。

 そんなことをミズクラゲに話した。
すると、驚くことにミズクラゲが笑った。ミズクラゲが笑ったのは生まれて初めてのことだった。つられて咲子も笑った。
 「私たちって同じだね。」

ミズクラゲは、脳が無いから、思っても行動はおこさない。しかし咲子には脳がある。行動を起こさないのは切ないことだなとも思ってしまう。

ランキングに参加しています。
ぽちっと応援していただければ幸いです。
にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ


| 古本読書日記 | 05:54 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

| PAGE-SELECT | NEXT