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彩瀬まる     「骨を彩る」(幻冬舎文庫)

 人間はひとりひとり違う。だから、言葉を懸命に紡いでもわかりあえないこと多い。

 津村は10年前に妻を病気で失う。その妻の夢を最近見るようになる。必ず妻はいつもどこかの指が欠けている。そんな妻と夢の中で懸命に会話をしようとするが、指が欠けているがごとく、何かが欠けていて会話にならない。妻は、あきらめたように「何もわかってくれない」とつぶやく。その何もが何なのか考えようとするのだが少しもわからない。それは妻がわからなかったということ。ぐさりと津村の骨にそのことが刺さる。

 津村の娘、小春は中学校に通っている。葵という子が転校してきて、一緒のバスケット部にはいる。葵はどこかの宗教集団に入信していて、食事の前に必ず十字架を胸のまえできり、何かを唱えてから食事をする。それが、気味悪がられて、誰も一緒に食事をしないし、小春以外は誰も近付かない。

 小春は、その子にどうして十字架をきるのか。祈りの言葉もやめるべきと懸命に忠告する。
それを止めればみんなと仲良くなれるのだから。その思いが少しも葵に届かない。

 小春に彼氏ができる。ある日公園で彼と弁当を食べていると、彼がミニトマトを残す。「トマトが嫌いとわかっているくせに、母さんはミニトマトを弁当にいれる。だから、絶対嫌いなんだ。だからトマトを残すんだ。」と。

 この言葉に小春はショックを受ける。小春には嫌いも好きも思うことができない。母親はすでに死んでいないのだから。
 小春は骨身に沁みる言葉を、葵に言い続ける。彼氏は小春の事情は考えず、母親のことを愚痴り、それが小春の骨に突き刺さる。

 大人になるということは、突き刺さるようなことは言わず、骨の手前の液体で融解してしまうことを覚えることだ。しかし、どんなに融解してもその液体はいつか干上がり骨は残る。

 声には表情をださなくするよう大人はふるまうが、それだけに骨に突き刺さった言葉は、いつまでも重く人生にのしかかる。

 彩瀬さんは、文章の表現が実に広く深い。必ずいつか飛躍することが確信できる作家である。

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| 古本読書日記 | 06:25 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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又吉直樹       「火花」(文春文庫)

 280万部の大ベストセラー。読んでいないと時代遅れと揶揄される作品。単行本から文庫になって、遅まきながらやっと手に取ってみた。

 又吉を表現していると思われる売れない漫才師、主人公の徳永、ストイックで天才肌の漫才師神谷とであい、その能力に脅威をかんじながら、師弟関係を結ぶ。

 徳永の相方山下に女ができ、子供まで作り、結婚をする。漫才師ではとても家族は養えない。それで、コンビを解消することになる。結果徳永も山下あってのコンビだったので、漫才芸人で生きてゆくことを断念する。

 その決断を伝えに神谷のところに行くが、その時の神谷の言葉がぐっと私を掴む。この作品で、又吉の想いが神谷を通して語られる。

 「漫才はな、一人では出来ひんねん。二人以上じゃないと出来ひんねん。でもな、俺は二人だけでも出来ひんと思ってるねん。もし漫才師がこの世に自分だけやったら、こんなに頑張ったかなと思うときもあんねん。周りに凄い奴がいっぱいいたから、そいつらがやってないこととか、そいつらの続きとかを俺たちは考えてこれたわけやろ?ほんなら、もう共同作業みたいなもんやん。同世代で売れるのは一握りかもしれへん。でも、まわりと比較されて独自なものをうみだしたり、淘汰されたりするわけやろ。この壮大な大会には勝ち負けがちゃんとある。だから面白いねん。でもな、淘汰された奴らの存在って、絶対無駄じゃないねん。やらんかったらよかったと思う奴もいてるかもしれんけど、例えば優勝したコンビ以外はやらんほうがよかったんかって言うたら絶対そんなことないやん。一組だけしかおらんかったら、絶対にそんな面白くなってないと思うで。だから舞台に一回でも立ったやつは絶対に必要やってん。ほんで、すべての芸人には、そいつ等を芸人でおらしてくれる人がいてんねん。家族かもしれへんし、恋人かもしれん。」

 漫才やお笑いコントの強さは、雲霞のように集まっている塊が、強烈なエネルギーを持ってうごめいているから、保たれ増幅しているのだ。その塊全体が漫才、面白いコントを生み出している。なるほどと感服した。

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| 古本読書日記 | 06:14 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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初野晴    「わたしのノーマジーン」(ポプラ文庫)

 今介護現場にも介護用ロボットが導入されるようになった。この作品は、未来の話で、介護用ロボットが進化し、更に遺伝子組み換え技術も革新がなされ、「アイ・ペット」という、人間の5歳程度の知能をもつ介護用動物が開発導入されている時代を扱う。このアイ・ペット、サルとブタで作られる。そして富裕層である、女性独身政府高官、子供のできない夫婦、子供が独立した老夫婦を支えるペットとして迎えられた。

 このアイ・ペット。半世紀の間は利用されたが、やがて衰退してゆく。それは、もっと優れた介護ロボットが登場したこと。特にブタを食さない団体からの反キャンペーン。更に、富裕層が自分だけは生き抜きたいと、アイ・ペットを臓器提供者にするため殺してしまうことに動物愛護団体から強烈な反対運動がなされたことによる。

 そして、世界で7匹になったアイペット。その6匹がすべて殺され、逃げ出した最後のアイ・ペットである赤毛サルのノーマジーンが主人公で障害者のシズカを支えるために、シズカの母親の指示で、シズカのもとに派遣されてくる。

 アイ・ペット5歳の言語能力しかなく、読み書きもできないし、数字も5までしか数えられない。最初はシズカと摩擦ばかり起こる。それがだんだんシズカにはなくてはならない存在になってゆく過程が丁寧に描かれる。最後ノーマジーンが、シズカにとっては自分が重すぎると思い、シズカのもとを去ってゆく場面は胸がしめつけられる。

 それにしても、面白いと思ったのは、この作品に介護用ロボット開発の第一人者という学者が登場するが、彼が開発したのは、要介護者に対し反逆するロボットだ。暴れたり、言うことをきかない要介護者を押さえつけ、抵抗できなくするロボットである。

 すごい発想であるが、ひょっとすれば介護現場では、熱望されるロボットかもしれない。

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| 古本読書日記 | 06:07 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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2月22日=猫の日=ももこ記念日

ももこが我が家に来たのは、14年前の今日でした。

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初々しいころ

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たわしなう

さすがに冷蔵庫に飛び乗るパワーはないですが。元気です。
外界への興味も失せない。たとえ結露で見えずとも。

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来年の記念日も迎えられるかな。たぶん。

| 日記 | 21:49 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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津村記久子    「まともな家の子どもはいない」(ちくま文庫)

 最近は、親が子供以上に成長してなくて、子供のまま大人になっている親が多い。子供のほうが親より人間を見る目や判断力がある。そんな家庭では、子供はうんざりしていて、馬鹿な親とは一緒にいたくないという状態になる。

 特に、両親の関係が破綻していたり、離婚して片親としか暮らしていない、父親に生活能力がなく、家で毎日ブラブラしているような家庭は、日々生活するお金も不足がちになり、そのしわ寄せを子どもがかぶる。

 この小説は、親のだらしなさを子どもの眼を通して描き、それにより子供が受ける寂しさ、孤独感、やるせなさを描いている。

 津村さんは、こういう家庭がいかにも現代の特徴のように描き出すが、そんなことは無いと思う。私の子どもの頃も、こんな家庭は一般的に多くあった。生活力の無い両親、常に両親が喧嘩をしていて、貧乏な家庭。今以上にたくさんそんな家庭はあった。それはまだ日本が貧乏だったからかもしれない。別にそんな家庭は恥ずかしいこともなく、子供は中学をでて働きだした。当たり前の風景だった。

 この作品、主人公のセキコが冷静で、いかにも親のほうがわがままで対応が情緒的なように描くが、そうかなあと疑問に思う。

 父親がある日コンビニで働きだす。セキコはほっと安心する。或いは母が「お金のことは心配いらないよ。あなたを私立高校にだすくらいの蓄えはあるよ。」と言われた時もほっとする。

 しかし、セキコはどんなことがあっても根っから両親が嫌い。それでふるまいを変えない。

 両親にも問題は確かにあるが、セキコにも問題があるように思う。 

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| 古本読書日記 | 06:11 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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