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ジョン・アーヴィング   「ウォーターメソッドマン」(下)(新潮文庫)

いきあたりばったりで中途半端な生き方をして、騒動ばかり起こす主人公フレッド。ウィーンで知り合ったスキーのオリンピック選手ビギーと恋仲となり、子どもを作ってアメリカのアイオワに帰り、結婚するが、父親からは勘当される。

 アイオワ大学で博士論文に臨むが、あれこれ挑戦してすぐ投げ出す。そして最後は古代低地ノルド語の唯一の本「アクセルトとグンネル」の研究と翻訳に挑戦する。最初は真面目に直訳していたが、途中でいやになり、意訳から最後は訳をやめ勝手な物語を創る。

 父親として、夫としてきちんと責任を果たさねばならないという気持ちと今までのように気ままに自由に暮らしたいという気持ちが揺れ動くが、気ままのほうにいつも傾いてしまう。

 あきれ返ったビギーは、フレッドの浮気未遂事件で家をでる。2人目の同棲相手トゥルペンが子供を欲しがるため、それを嫌うフレッドが今度は家をでる。その間にアーヴィング得意のドタバタがくりかえされる。

 しかし、尿道の曲がりを直すために、水療法に頼っていたが、決意して手術を受けようとしたところから、徐々に物事を真剣に受け止め前向きに生きようとする姿勢に変わる。

 父親と和解する。職探しも始める。同棲から逃げ出したトゥルペンも、親友クースと結婚した最初の妻ビギーも受け入れる。

 そんな社会にたいし前向きになったところで物語は閉じる。ぐうたら男のフレッドも暴力溢れるアメリカの世界に立ち向かい家族を守る男に間違いなくなることを読者に確信させる。

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| 古本読書日記 | 06:26 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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ジョン・アーヴィング   「ウォーターメソッドマン」(上)(新潮文庫)

何をやっても中途半端。身体は大人でも、思考は子供のままの主人公フレッド。

尿道が曲がりくねっていて、小便をするたびに激痛をともない、性交のたびに感染症に患ったりする。それで、かかりつけの医師にいわれ水療法をする。小便をしたり性交する前と後に大量の水を飲む。これがタイトルになっている「ウォーターメソッド」ということである。

 物語は、現在から近い過去に遡るかと思えば、ずっと昔に戻ったり、それがアットランダムに繰り返す。主人公フレッドが主語で物語は展開するが、それが僕だったり三人称だったりして、気持ちを込めて読まないと、かなり頭が混乱する。
 しかし、肩の力を抜くと、ユーモア満載の青春物語で、それぞれの章は結構楽しく笑いを道連れにして読むことができる。

 ウィーンに一緒に行った糖尿病の友達メリルと酒場で語り合う内容のしつこい表現は常識の枠を超え、どうしてこれほどに描くのか不思議で異彩を放つ。
 「メリルいろんなことを思う存分喋った。
国際スポーツ競技、ヒエロニムス・ボッシュのこと、ウィーンのアメリカ大使館の機能、オーストリアの永世中立。ユーゴのチトー大統領の素晴らしい成功。ブルジョアジーの驚くべき勃興、更にゴルフのテレビ中継はいかに退屈か。ハリング氏の口臭の原因は何か。ここのウェイトレスはなぜブラジャーをしているか。彼女はわき毛を剃っているか毛深いか、誰がそのことを彼女に聞くか、あるいはまたスリヴォヴィッツのチェイサーにはビールがいいかどうか、ボストンのセントベリット社のラジアル・タイヤの値段、ドアの側に座っている男の顔の傷はどうしてできたのか、チターは全くくだらない楽器だということ、チェコ人はハンガリー人より創造的かどうか、古代低地ノルド語は如何に阿保で未発達の言語か、アメリカの二党政治は如何に現代にあってないか、
新しい宗教を設立することの問題点、聖職者が権力をもったファシズムはナチズムと殆どちがいがないのではないか、ガンはなぜなおらないのか、戦争はなぜ避けられないのか、人間はどうしてこう愚かなのか、女の子をひっかけるのにはどの方法がいちばんか。」

 ここまでしつこいと、あきれかえって思わず笑ってしまう。

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| 古本読書日記 | 06:25 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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伊岡瞬    「代償」(角川文庫)

これは力作だ。ストーリーも悪魔のような主人公圭輔の同級生達也が、圭輔の家に出入りするようになってから、お金や母親の下着がなくなることが頻発して、もう達也を圭輔の家には入れないと決め、ずっと守って来たのに、達也の両親が大阪に1週間ほどでかけるため、達也を預かって欲しいと頼まれ、それを両親が受け入れたところだけが不自然だと思ったが、それ以外は非常に読ませ質の高いものになっている。
 手に取っていただき、その質の高さは味わってほしい。

ひとつだけ強く印象に残ったことを記す。

 圭輔の家庭を破壊し、圭輔をいたぶりつくした道子、達也親子。その達也が。勤務怠慢で馘首された運送会社に押し入り、そこにいた従業員を殺し、お金を奪った、逃走の目撃者もいて、達也は逮捕され一旦は犯行を認めるが、あるとき一転容疑を否認する。
 当初は国選弁護人をたてたが、突然達也が、その時新米弁護士になっていた圭輔を弁護人に選任する。

 圭輔は当然、達也が無罪という立場にたって弁護をせねばならない。達也が無罪になるためには、犯行時間に達也のアリバイがあるかが重要な鍵となる。

 そのアリバイが証明できず、苦戦していると、犯行時間に達也とホテルにしけこんでいたという女性紗弓が現れる。紗弓のところには警察も訪ねたが、別に恋人がいたため、本当のことが言えなかったと紗弓が言うが、法廷に証人としてたち、達也とホテルにいたことを証言するという。

 圭輔は、この証言が裁判員や裁判官にどうとらえられるか不安はあったが、これでかなり無実に近くなったと思う。

 ところが公判前審議で検察側が証人要請をし、それが驚くことに紗弓だという。
紗弓は法廷で証言する。
 「達也とその時間あっていないし、達也とは2-3回会ったことはあるが、男女関係は無い。」と。
 更に
  圭輔に、「達也は同級生で何とか無罪にしてあげたい。それでホテルで会っていたと証言をしてほしいと頼まれた」という。

 こんなことを創り上げる伊岡の想像力に感服する。

絶体絶命のピンチ。これをどう突破するかがこの小説のよみどころ。

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| 古本読書日記 | 06:04 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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貫井徳郎    「ドミノ倒し」(創元推理文庫)

うーん、落ちがあまりに現実離れ。ここまでやるか、やりすぎと思った作品。

地方都市である月影市に、亡くなった恋人の面影をみつけにやってきて、探偵事務所を開いた主人公の十村。その恋人のとびっきり美人の妹から、殺人犯で捕まった人の無実を証明してほしいとの依頼がある。

 その依頼の直後、友人である月影市警察署長から、2年前未解決のままになっている殺人事件の真相を明らかにして欲しいとの依頼もされる。

 地方都市では、それほど殺人事件が起きない。月影市では10年の間に4件殺人事件が起きているが、これが悉く未解決になっていた。

 十村が捜索してゆくと、今回起きた殺人事件が、他の未解決事件と繋がっていることがわかっている。

 ここからがびっくりするのだが、国の法律とは別に、市としての掟が月影市には存在していて、法律より掟が優先していた。例えば、ある女性が強姦される。女性は殺されたわけではないので、強姦者は実刑を受けても、死刑になることは無い。
 しかし、掟、市民感覚では犯人は殺されてもしかたないということになる。

 月影市はこの市民感覚が優先される。だから強姦者は殺される。警察も市民感覚を優先するので犯人を逮捕はしない。しかも殺人者は、各市民団体から選ばれるが、被害者、強姦者とは無縁な団体から選ばれ、犯人は捕まらないように市民が協力する。

 こんなところに、十村とキャリアで地元には無縁の警察署長が挑む。でも、こんなトリックはやりすぎだよね。

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| 古本読書日記 | 06:07 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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堂場瞬一    「オトコの一理」 (集英社文庫)

作者堂場の生きざまを反映した、こだわりと思い入れのある品をテーマにした掌編集。

主人公の俺は 医者に「このまま体重を落とさないで、自堕落な暮らしをしていたら、5年後に心筋梗塞か脳溢血を起こす可能性が高い。」と死を予告される。

 それで、これはいけないと思い、トレーニングジムに通い、体重を落とす。10年間で10kg落とした。
 体重を落とすのではなく体形を変えることにそこから取り組む。そして逆三角形の体にする。ちなみに、俺に死を予告した医者も同じジムに通い逆三角形の身体になっている。

 逆三角形の体形にフィットするファッションはTシャツだ。

 医者が主人公に聞く。
 「今年のTシャツはどうしました?」
 「スリードッツの濃紺と黒。あなたは?」
 「私はディーゼルを買いましたよ。」

 そんなものがTシャツの世界に存在するのかと思う。彼らが言っているTシャツはいずれも万円以上する。しかもカットソーでないといけない。当然、すべてクリーニングにだす。洗濯機で洗うなど考えられない。

 堂場はかっては庶民。だから3枚1000円のTシャツ暮らし。だから、リッチな今と昔の間でこんなことでいいだろうかと揺らぐ。
 だけどそれはほんの一瞬。今の贅沢の心地よさに浸りきる。

 何だか庶民の私には後味の悪さだけが残る。

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| 古本読書日記 | 05:41 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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