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海部陽介   「日本人はどこから来たのか?」(文春文庫)

 人類の歴史。人類の原型と言われる初期の猿人はアフリカで約700万年前に誕生した。そして猿人が420万年前。原人が250万年前。旧人が80万年前。新人が20万年前。そして現代に至る。時代は、前期、中期、後期旧石器時代、新石器時代、青銅器時代、鉄器時代を経て、歴史時代となる。

 アフリカで誕生した猿人はその後、ヒマラヤ山脈南ルートを通りそのまま東へ向かう者とそこから枝分かれして、更に南下してやがて海をわたり、スマトラ、インドネシアを経てオーストラリアに向かうものがいた。一方、ヒマラヤ山脈北ルートを経て東にむかう者、そこからシベリアに向かい、中には北極圏にまで至るグループとにわかれた。

 そして日本には、3万8000年前、対馬海峡を渡り、あるいは、台湾から島々を渡り、更に3万年前、シベリアから北海道に渡ってくる3方向から、新人類が入ってきた。

 3万8000年より前に日本に人類は存在したかというと全く遺跡は発見されていない。それで、わずかの日本固有の人類はいたかもしれないが、殆どすべての日本人は海外より渡ってきたと言ってよい。

 石器時代のことについて、なぜ、どうしてという疑問は発してはいけない。あるのは、遺跡が発掘された事実だけで、どうしてそうなったかは、言葉も文も残っていないから、わからないのである。

 それにしても、石を少し加工するしかできない時代、何でシベリアの極寒の地に旧人類は移住したのだろうか。大した技術も無いのに、寒さをしのぐ衣類などよく作れたと不思議に思う。何しろマイナス30度など当たり前の世界なのだから。

 そんな人類の先祖が、本当に舟を創って対馬海峡そこから九州まで、台湾から多くの島を渡って日本にやって来れたのだろうか。北海道は実は2万年前の氷期では、北海道と陸でつながっていたから渡って来れた。

 そして何よりも不思議なのは、海を渡るという危険をおかしてまで、日本に渡って来たのはどうしてなのだろうか。思ってはいけないとは思うが、どうにも納得できない。

 南からのルートでは、出発基地は台湾の中部から。現在、石器時代に舟で渡って来られるか航海実験がおこなわれようとしている。舟の材料は、台湾現地で調達できねばならない。

 まずは現地草束で挑戦したが、失敗。次に竹で造った舟で挑戦したがこれも失敗。

 それで何?!と思わず思ったが、石川県より杉を持ち込み舟を現在建造中だそうだ。何か変。それで成功したら、石器時代の航海の検証ができる?変だよ。

 今年、この実験が行われるそうだ。

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| 古本読書日記 | 06:18 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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柚月裕子    「パレートの誤算」(祥伝社文庫)

 本のタイトルになっている「パレート」というのは、イタリアの経済学者パレートが発見した経済だけでなく自然現象、社会現象で現れる法則のことを指している。この法則は8:2の法則とも言われている。集団では必ず同種のものと異種のものが8:2の割合で存在するという法則である。

 物語の舞台は、瀬戸内海の人口20万余の津川市。広島の呉市が想定されているらしい。

生活保護費支給日2000万円の現金が市役所社会福祉課に運び込まれてくる。現金受取対象者163人分の生活保護費である。しかし、生活保護費の大半は振り込み。津川市では2000世帯の生活保護世帯があり、総額は月2億円を超える。生活保護費は国が四分の三、市が四分の一を負担。毎年対象者が増加。これを何とか抑えようと市は対応する。

 その最大の対策は不正受給者の発掘である。

 この作品は、暴力団が生活保護者を取り込む貧困ビジネスを扱っている。

 暴力団は路上生活者のような困窮者を探してきて、生活保護申請をさせる。そして、困窮者はタコ部屋に住まわせ、粗末な食事を与える。困窮者が手にする生活保護費のうち大半をまきあげる。

 また、ブラック医院と結託し、困窮者を受診させ、病名をたくさん記載した偽診断書と大量の薬を入手。手に入れた大量の薬を、別途販売する。

 最近は、保護費削減政策のため、保護申請の審査が厳格になってきている。だから、保護認可の裁可者をお金で篭絡したり、女性を使った美人局でひっかけ脅迫する。
 役所の役人と暴力団がつるむのである。

 物語は、その黒いベールを暴露している。
主人公のケースワーカー聡美が、暴力団に捕らわれ、殺害寸前のところで、救出されるまでは、柚月の渾身のこもった筆が冴え、迫力満点だった。

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| 古本読書日記 | 06:04 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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宮部みゆき  「桜ほうさら」(下)(PHP文芸文庫)

 下巻の初めも、搗根藩の後継藩主をめぐる争いではなく、全く無関係な物語になっている。このまま、偽文書作成する人間は捜索されないまま、物語は終了するのだろうか、それはないよなと不安になりながら読み進む。

 しかし、心配不要だった。下巻の最終章になったら、物語が最初の後継争いに戻った。

 さて、それで笙之介はどうやって偽文書作成人にたどり着くかその過程はどうなるのかと集中して読んでいると、その人物、自らが笙之介の前に現れる。

 しかも、この人物が偽文書を創っていることは、偽文書を創っている人間を突き止めよと言って、笙之介を呼び寄せた江戸留守居役の坂崎重秀や、笙之介が日々頼りにしている貸本屋兼古本屋の和田屋の主人も偽造屋が誰かを知っていたということがわかり、これまでの物語は何だったのか、結構落胆した。

 宮部はこの物語の舞台である江戸深川生まれの江戸っ子。文章も実に明るく、きっぷがいい。
 しかし、物語は文章の明るさと対照的に重く、暗い。

社会の荒波に放り出され、苦境、逆境にさらされても、最後の砦よりどころに家族の絆や長屋の人情があるというのがこのような物語では一般的なのだが、宮部はそれは甘い幻想にすぎないと言っている。

 「笙之介はこの長屋で暮らし、いがみあいを見てきた。三河屋の親子。和田屋の和香と喧嘩ばかりしているおかみ。治兵衛が失った愛する妻。解けない謎の惨さ。謎が解けることによって失われるものへの怯え。
 心を捨てることができないかぎり、人は想いを抱く。個々の想いが違えば、ひとつのものに向き合っても、そこからみて取るものは大きくかけ離れてしまう。求めるものも異なってゆく。」

 その最たる象徴が、兄勝之介と笙之介との果し合いである。笙之介は兄により、切りつけられる。長屋の太一の機転で命はとりとめるが、深い痛手を負う。

 その傷が癒えて、愛する和香とともに、江戸を離れるが、そこには苦難の道しかみえてこない。

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| 古本読書日記 | 06:14 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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宮部みゆき   「桜ほうさら」(上)(PHP文芸文庫)

 NHKの時代劇シリーズでドラマ化された原作。

上総国の小藩搗根藩は、藩主が老齢となり次の藩主を誰にするか4家老が2つに分かれ、対立していた。正室の4男を押す派と側室長男を推す派である。

 主人公は小納戸役を務めていた古橋宗左右衛門の次男笙之介。長男勝之介は剣術に優れ、野心家。一方笙之介は武術はまったくだめだが学問が得意。父宗左右衛門も穏やかで温和な性格。

 正室派と側室派の争いで、藩主の父が跡目を決めた遺言状があるという話がでる。側室派は、父親の遺言状を偽造することをもくろむ。確かに父親が書いたと思われる書体の遺言状を創れる人間をみつける。

 この偽造屋の書体がどんな人が書いたものであっても通用するか確かめるため、宗左右衛門が賄賂を出入りの道具屋から得ていて、その賄賂の内訳を宗左右衛門が記録していたという内訳表を宗左右衛門の書体で偽造屋に書かせる。身に覚えのない宗左右衛門は冤罪だとして否定するが、最後追求に抗えなくなり自白。職を解かれた3日後に自害、その介錯は長男勝之介が行う。

 この自殺に不審を抱いた、江戸留守居役の坂崎重秀が、江戸に笙之介を呼び、自在に人の書体を書くことができる人間を捜索してつきとめるよう指示する。

 そして、江戸深川の町民長屋、富勘長屋に居を構えて捜索を開始する。

これで、どうやって偽造人を捕まえるのか、具体的に側室派の暗躍はどうだったのか興味深々となったのだが、突然第二部で物語が変わる。

 三八野藩の長堀金吾郎なる浪人が現れて、三八野藩の内紛についての物語になってしまう。
 何で物語がこんな変化をするのか、全く理解できないまま下巻にゆく。

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| 古本読書日記 | 06:10 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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恩田陸    「消滅」(下)(幻冬舎文庫)

 この小説、テロリストは誰だろうと真剣に読んでゆくと、かなり面倒なことになる。対象者10名が、最初は本名ででてくるが、途中からあだ名と本名が混在し、誰が誰だかわからなくなり、常に前に戻って確認するようになる。

 それで苦戦しながら真剣になって読んで、最後にテロリストは10人のなかにはいないというとんでもない肩透かしの結論。どっと疲れがたまる。

 面白いなと思ったのはベンジャミンの開発したソフト。

耳とか眼は、状況や出来事を獲得するためのツールであり、それを情景にしたり、言葉にするのはすべて頭脳である。その頭脳に生まれた情景や思いを膨大な量の他言語の事例から適当と思える表現を拾い出し、即時にその言語の言葉にして発する。だから、しゃべるためのデンタルクロスが口の中で使われる。このソフトを埋め込めば、多くの外国語が、普通の会話のように喋れたり、文章にすることができる。こんな時代はすぐにやってくるかもしれない。

 それから、恩田さんの物語の中で吐露するこの思い。私もその通りと深く共感した。

「走り続けなければ脱落するぞ、昨日の手法は明日には通用しないぞと、やたら不安を煽られ、尻を叩かれるが、だからと言ってどこを目指して走っているのか、最終的にはどうしたいのか、誰にもさっぱりわからない。皆不安にかられてやみくもに走っているけれど、立ち止まって休む暇も、じっくりと考える時間もない。
 だが、すぐそばに恐ろしいものがいるぞ、そいつは今にもとびかかってくるぞ、そいつを見つけろ、相互に監視し、摘発しあえとそそのかされるのだ。本当にそいつがいるのかも、いったい何が敵なのかということもわからないのに。」

 こういう思い、言葉を持っている作家は、印象的な作品をいつでも創作できる。

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| 古本読書日記 | 06:40 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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