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宮尾登美子   「わたしの四季暦」(中公文庫)

 四季の移り変わりに合わせて、暮らしのしつらえを整えてゆく。そんな移り変わりを綴ったエッセイ集。子供の頃を思い出して懐かしかった。

 今は本当に見かけなくなったと思うのは下駄。下駄箱というくらいで、昔は下駄箱に靴は少なく下駄がメインで収められていた。学校へも、中学高校となると、学ランに下駄ばき姿で通った生徒が多かった。

 公民館で集まりがあるとき玄関に「下駄を脱いでスリッパを使ってください」と貼り紙がされていた。

 今は、生活用品が故障するとメーカーの修理センターに電話して、修理にきてもらうが、昔は修理屋さんが定期的に訪問にきて、そこで包丁などを研いでくれたりした。下駄の修理屋さんも、巡回してきてちびている歯を直してくれた。

 村祭りの日。神社に行く下駄やポックリのカタカタと鳴る音に、だんだん心が高ぶってきたことを思い出す。

 それから団扇。会社に入ったころ、もちろん会社は冷暖房完備だったが、電気代節約ということで終業時間になると、冷暖房設備のスイッチを落とした。個々の机の上には書類に挟まった団扇が必ずあり、残業は団扇をあおりながらした。

 年末は、出入りの商人はカレンダー、日めくりを持ってきてくれた。夏は、店の名前が入った団扇を持ってきてくれた。部屋や台所の隅には竹の団扇さしがあり、用途に応じて差してある団扇を使った。外出するときは団扇を団扇差しに差してでかけ、帰ってくると団扇差しから団扇をだして使った。客を招く、客間には上品な団扇が団扇差しに入っていた。

 小さい頃には押し売りがよく現れた。その中で、百科事典を売る押し売りがあった。田舎者の見栄で、読みも見もしないのに、購入する家があった。

 そんな見栄をはる家に遊びに行ったことがあった。今の壁際や食器棚の前にその百科事典は並べられていた。変なところにあるなあと首をかしげたが、すぐにわかった。高いところにあるものを取るため踏み台に使っているんだと。

 このエッセイ集を読んでそんなたわいもないことを思い出した。

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| 古本読書日記 | 06:10 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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千野隆司   「成り上がり弐吉札差帖貼り紙値段」(角川文庫)

 札差というのは江戸時代の金貸業。江戸時代の武士は、お米で給与が支払われる。しかし現実の支払い、生活費はお金によって行われる。だから、米をお金に換えてもらわないと暮らしが成り立たない。そのお金に交換する職業が札差業である。

 しかし、インフレや度重なる飢饉などがあり、武士でも困窮する者が大量にでて、武士は生活をするために、将来の配給米石高を担保に札差から金を借りることが頻繁になり、かつその借りた金を返済できなくなる武士が大量に発生しだした。

 この物語、札差笠倉屋の若旦那が幕府が決める米と金の交換レートを事前に仕入れ、お米を購入するとき交換レートより安く交換、そしてそのお米を公示レート発表後にそのレートで市場で販売し儲けようという唆しにはまり、そのレートを教えてくれるという同業者にお礼として100両を小僧に持っていかせる。

 ところが、この小僧が途中で何者かに襲われ100両を奪われてしまう。この100両を誰が収奪したかを突き止め、100両を取り返すというのが物語の筋だて。

 その捜査を笠倉屋の手代弐吉と、南町奉行所定町廻り同心の城野原同心の使いっぱしりの冬太が行う。

 この作品を読んで思うのは、江戸時代事件の犯人をつきとめるのは本当に難しいということ。

 今のように、指紋、DNA,防犯カメラもない。またアリバイと言っても、誰もが時計をもっているわけでもないし、事件の起きた時刻もあいまいになり、アリバイも時間単位が刻2時間、半刻でも一時間であやふやな状態になる。

 すると、どうするか。おとり捜査のようなことをして、犯人しかなしえないような状態を作り、そこに犯人が現れたら捕縛する。こんな方法をこの作品でも採用している。

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| 古本読書日記 | 06:18 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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北川悦吏子  「生きとし生けるもの」(文春文庫)

 今からおよそ30年前、脚本家北川悦吏子は「ロング バケーション」「素顔のままで」など大当たりしたテレビドラマの脚本を担当して時代の寵児となっていた。私は昔からほとんどテレビを見ないので、映像でみたことはないのだが、北川がドラマの脚本をノベライズした本を片端から購入完全に北川の虜になった。

 久しぶりに、北川作品を手にとった。

主人公の独身作家成瀬翔は、6年前癌にかかり、抗がん剤、放射線治療など辛く厳しい治療を経て、とうとう余命3か月を告げられる。外科から内科に移った医師佐倉陸は、

成瀬が苦しく、激しい痛みと戦いながらそのまま死んでゆくことに疑問を感じ、モルヒネなど、激痛緩和剤を盗み、点滴機材も持ち出し、成瀬とともに、病院を抜け出す。途中、単車では旅行が難しくなり、キャンピングカーに乗り換え北にむかい、キャンプ場のバンガローに泊まりながら死へと向かう患者とともに旅を続ける。

 物語は、成瀬が生まれ育った故郷会津若松で小学校の同級生の女性と会ったり、磐城の勿来で、別れた妻の間にできた一人娘にであったり、感動的な場面が続くが、どことなく山田洋次監督の映画を彷彿させる雰囲気で、北川にしては内容が平凡だと感じていた。

 途中で、北川が唐突によくわからない言葉をつづる。
「生まれるは圧倒的。死は徹底的」
どういうこと?思いながら読み進む。

その答えを佐倉が言う。
「人間って、産むことには、めちゃくちゃ貪欲じゃないですか。不妊治療もすれば、卵子の冷凍保存もする。果ては精子バンク。これだけ産むということに、欲望のまま突っ走るのに、死ぬことは、放っておかれる。見て見ぬふりだ。」

それから、佐倉の上司小宮から電話が入る。小宮が言う。
「いいか。佐倉。医者は、人の命を救うんだよ。それが使命だ。」

それに対し、佐倉が言う。
「違う。僕は、人の人生を救いたい。」

作家北川は確かに健在している。

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| 古本読書日記 | 05:49 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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葉室麟   「散り椿」(角川文庫)

扇野藩の元藩士の主人公瓜生新兵衛は、藩の不正を訴えたのだが、認めてもらえず、藩で権勢をふるっていた家老石田玄蕃に追放され、妻篠とともに、江戸、京都を流れ、扇野藩にもどってきた。

 石田玄蕃の権力の源泉は、扇野藩で作られる和紙の取引を和紙問屋田中屋の取引専売にすること。そしてそこから上がる莫大なお金を使い、石田閥を築き上げ、それに反対する人間を殺したり、自害を命じて悪政の基盤を築いていた。物語はその石田に与する次期藩主の側用人候補となっている榊原采女と主人公新兵衛の戦いを描く。

 その中に、情感あふれた恋や夫婦の人間模様を描き、この作品は重厚な人間物語にもなっている。

葉室さんの、文章は、素晴らしく鮮やかで読者を感動させる。

 新兵衛と、新兵衛が身を寄せている藤吾との間に諍いが起きる。その部分。
「『違いますぞ。それは違います。』
 藤吾は声を高くした。
 雨が蕭蕭(しょうしょう)と降り続いている。」
この後、また別の行動が描かれる。

 雨が蕭蕭と降り続いている
このさしはさまれた文章が見事だ。読んでいて、この文章に驚愕する。一瞬何これと思うのだが、見事に際立ち、物語に膨らみを与えている。

 それから、物語のタイトルにもなっている「散り椿」について、葉室の言葉が見事。
「散る椿は残る椿があると思えばこそ見事に散っていけるのだ。」

 ただ、400ページを超える作品で、石田玄蕃が倒されるクライマックスのシーンが終盤2-30ページしか使っていない。どんどん読んでいて残り少なくなるページに、ひょっとすると悪人石田玄蕃は生き残るのかと不安が募ってきた。

 新兵衛と玄蕃の死闘をもっとページを費やして描いて欲しかった。それが残念。

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| 古本読書日記 | 06:08 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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大山淳子   「猫は抱くもの」(講談社文庫)

猫と人との幸せをめぐる連作短編集。

主人公の沙織は田舎の両親がしている小さな工務店の娘。高校を卒業すると、女には勉強は不要ということで、家の工務店で働きだした。帳簿を付けたり、レジを担当した。24歳になった時に、東京で働いていた兄が嫁と子供を連れて実家に帰ってきた。途端に、沙織は居場所をなくした。そんな時、両親が離婚経験のある男を沙織にくっつけようとしていた。

 愕然とした沙織はレジスターとお金をもって家出をする。東京だ。東京にはいくらでも仕事があった。色んな職場を経験した。沙織が務めた職場は、賃金を安く抑えようと経営者は次々新人を採用。そして、勤めている人の首を切った。

 「ニコニコ堂」というスーパーの面接を受けた。面接をした社長が「できるだけ長く勤めてください。」と言って採用してくれた。

 沙織はレジ打ちが得意だった。それで沙織のレジは早く会計してくれると、お客が列をなした。他の雑務も手を抜くことなく一生懸命こなした。

 しかし、恋も友達もいないまま38歳になった時、故郷に帰ろうかと思い、大事なレジスターを質屋にもっていくと7万円で売れた。

 その帰りに通り沿いにあるペットショップに入る。生後4か月のロシアンブルーが売れ残っていた。価格は7万円。これは高いと思っていたら、店員が値札を3万円に張り替えた。それでその猫を買ってアパートに持ち帰った。

 アパートはペット禁止だったが、大家さんから、敷地にある物置で飼ったらと勧められそこで飼った。名前は芳雄にした。芳雄が自由に出入りできるよう、猫の出入り口を作ってあげた。芳雄は、沙織の初めての恋の相手になった。芳雄も沙織に甘えた。

 ところがある日、芳雄が帰って来なくなった。アパートのまわりやスーパーのまわりを探したが、芳雄は見つからなかった。

 そんな時、男がスーパーに現れ、猫さがしのポスターを貼ってくれと言う。そして
「このスーパーをよく使うが、あなたは仕事もテキパキとやっているし、どんな仕事も一生懸命で手抜きをしない。私はあなたを『誠実さん』と呼んでいるよ。」と。

 猫はもちろん芳雄だった。そして男は、自分を採用してくれた『ニコニコ堂』の社長だった。

 今の小説は、活発で特徴のある人が描かれる作品が多い。地味誠実は敬遠される。あるいは描いても、下層や落ちこぼれの人として描く。しかし、地味誠実の人はたくさん存在している。私は沙織が好きだ。

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| 古本読書日記 | 06:02 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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